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光と影の魔術師

奥井晴弥

14,352 字

芸術小説、歴史ドラマ

"魔術師の狂気を支え、闇に永遠を刻んだ職人の物語。"

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第七章 祭りの終わり

1642年、晩夏。 熱病は、唐突に去った。

あれほどアトリエに充満していた乾性油の熱気と、魔術師の狂気じみた叫びは、嘘のように消え失せていた。
巨大なキャンバスが運び出される朝、ブレー通りの楼閣には、祭りの後のような、虚脱した静寂だけが満ちていた。

「慎重に運べ! 少しでも傷をつけたら、お前たちの給金が吹き飛ぶぞ!」
火縄銃手組合から雇われた屈強な人足たちが、掛け声と共に巨大な木枠を担ぎ上げる。その非常識な重みに、アトリエの床板が悲鳴のような軋み声を上げた。それは絵画の搬出というより、巨大な獣の死骸、あるいは封印された呪物を運び出す葬列のように見えた。

レンブラントはアトリエの隅、サスキアが生前好んで座っていた椅子に深く沈み込んでいた。 あの獲物を狙うような目つきは、もうない。その顔には深い疲労と、魂がごっそりと抜け落ちたような空白だけが張り付いている。彼は、自分の全てを注ぎ込んだ「物語」が、自分のもとから引き剥がされていくのを、まるで遠い他人の出来事のように虚ろな目で見つめていた。

「……行ってしまったな」
彼がポツリと呟いた声は、枯れ葉のように乾いていた。

私は、傾けられ、狭い玄関扉を辛うじて潜り抜けていくキャンバスの「裏側」を見た。 そこには、私が数ヶ月を費やして塗り込め、叩きつけた、重く、鈍い鉛の層が染み出して広がっている。
アムステルダムの湿気から、この絵を守るための無骨な鎧。

魔術師の魔法は、間もなく解ける。
私は知っている。これからこの絵がクローフェニールスドゥーレンの湿った広間に飾られた瞬間、何が起こるかを。
期待に胸を膨らませた注文主たちは、除幕された絵を見て凍りつき、やがて激怒するだろう。「俺はどこにいる」「これでは完全な端役ではないか」「契約違反だ」と。
約束されたはずの莫大な残金は支払われず、この楼閣の借金は膨れ上がり、やがて債権者たちが押し寄せる。サスキアという光を失った彼には、もうその現実に抗う術はない。

ドン、と重い音がして、玄関の扉が閉まった。アトリエから、あの巨大な光と影が消えた。
後に残されたのは、主を失ったガランとした空間と、床に散らばる毒々しい顔料の染み、そして窓から差し込む、残酷なほど明るい夏の光だけだった。

「……終わったな、ヤン」
レンブラントが、誰に言うでもなく呟いた。ああ、終わったのだ。アムステルダムを熱狂させた短い夢は。

私は答えず、ただ自分の手に染み付いた、洗っても落ちない鉛の匂いを嗅いだ。
祭りは終わり、魔術師は死ぬ。だが、私が打ち込んだ鉛の鎧は、あのキャンバスの中で、これから始まる果てしない時間を、生き続けるに違いない。

── 第8章 了 ──

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