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○○がない

奥井晴弥

30,923 字

企業成長物語、群像劇、ヒューマンドラマ

"言葉にできない「らしさ」を求めて、中小企業が辿り着いた答えとは。"

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第八話 コンセンサスがない

「すみません部長、会長って、商品開発のこと、いや、商品開発だけじゃないんですけど、設備なんかの投資が必要になる案件のこと、社内で誰かに相談してたりしました?」
第二回プロジェクト会議の翌日、私はまず部長に声をかけた。
周囲の三人と話す、というプロジェクトの宿題のこともあったが、会議の中で浮かんだ率直な疑問として、聞いてみようと思った。
「うん?それは、坂上さんがうちに来る前のことが聞きたいん?」
「はい、例のプロジェクトの会議で、佐藤さんが、『なぜ、の記録がほとんどない』って言っていて。僕は、会長のアイデアって信金職員だった頃から革命的だなと思ってたんですけど、そういえば全部一人で考えて決めてたのかな、って」
「うーん、もちろん俺には相談はあったけどな。でもそれは、あくまでお金のことや。なんでその商品作ろうと思ったんか、そういうことは聞いたことないわ」
「そうですか。決算書、二十年ぐらい前のって、ありましたっけ?」
「いや、たぶん紙の書類は十年前より古いのは残ってないんちゃうかな。一応決算書から大事な数字だけ拾ったデータが、共有サーバーのoldっちゅうフォルダの中に入っとるはずやで」
「ありがとうございます。見てみます」
「ええけど、プロジェクトにのめり込みすぎんように頼むな」
部長には、私はプロジェクトにのめり込み始めているように見えるらしい。
あるいは、関与したい気持ちが、そう言わせたのかもしれない。

終業時間の三十分前、一日の仕事の目処がついた頃、私は部長が言っていた共有サーバーのフォルダを覗いた。古いスプレッドシートやドキュメント、図面、売場の写真などが、無造作に放り込まれている。
一番古いファイルには二〇〇三年の日付。
ちょうど、私が信金で働き始めたのと、同じ年だ。

スプレッドシートやドキュメントにはある程度、統一感のある名前が付けられていた。 私はファイルを名称で並べ替えると、「決算書 数字」と名付けられたスプレッドシートの一団を見つけ出し、二〇〇三年〜二〇一四年、私がムライ化工に入る前のファイルを、全部開いた。

内容は損益計算書と貸借対照表、キャッシュフロー計算書の数字を、簡略化してまとめたものだった。 損益計算書の様式は今でも使われているものだ。 税理士の岡本さんが毎月二十日頃に、月次レポートとして出してくれるものと同じ。
二〇〇五年以降の数字には少し見覚えがある。
会長が新商品の金型の製作や、倉庫の建て増しのための融資の相談に来た時のこと。
その記憶の断片が、蘇る。

改めて二〇〇五年頃からの約十年の数字を見ると、それ以前と比べて減価償却費の額が急激に増加していることに気づいた。下請けをやめて自社商品メーカーとして、一気に舵を切っていたのがわかる。金型の法定耐用年数は二年だ。償却期間は短い。なのに十年、増加ペースは緩やかになりつつも、減ってはいない。
新しい商品への投資を続けていた証拠だ。

フォルダを遡り、直近の決算資料を開く。
減価償却費の額は当時からやや減っている。大幅ではない。しかし、中身が違う。 経年劣化による摩耗で更新した、既存商品の金型。建て増しした倉庫。 新商品の金型の金額は……わずかだ。 固定資産台帳には、償却を終えて簿価一円となった金型が多数、並んでいる。
今、私たち社員の生活は、簿価一円の金型たちが作り出す商品に、支えられている。
──今のムライ化工は、日常の不便を解消する小さな革命を形にして届ける、そういう会社ではない。
背筋が、少しだけ寒くなった。

翌日、部長に声をかけた。
「昨日、ありがとうございました。昔の決算数値を見たんですけど、今と全然違いますよね」
「そりゃそうやろ。今の社長は、みんなの話をよう、聞こうとしはるから」
「みんなの話を?」
「うん、最近はそんなに言わんようなったけど、代わってすぐの頃はいつも、社内のコンセンサスが大事や、ってよう言うてはったわ」
「コンセンサスが大事、ですか」
「そうやな。最初は会長と違って頼りないな、自分で決めや、ぐらいのことは思ったけど、しばらくしたらこの方がええわ、と思うようになったかな」
「それはどうして、ですか?」
「会長は、全部自分だけで決めてはったからな。コンセンサスって言うても、何のことかわからんのちゃうか。それに比べたら今の社長のやり方の方が、俺らにしたら安心やろ?」
「それは、そうですけど……」
「今、社長は会長みたいに決められへんことを、悩んではるのかもしれん。新しい商品もほとんど、できてへん。でも、それは社長の持ち味や。社長には社長に合うたやり方がある、俺はそう思うで」
部長はそう言うと、軽く笑った。

──第三回会議。 順番に、宿題について報告を行う会だ。
香田さんの指名で、私がトップバッターになった。少し困惑した。
言うべきか、迷っていることがあった。
言うかどうかは、みんなの出方を見てから決めようと思っていた。
──言うしかない。

「すみません、ちょっと、全部ひっくり返すような話をしてしまうかもしれませんが……」
「全部ひっくり返す。」香田さんが、私の言葉をなぞるように返した。
「はい。前回挙がった『うちらしさ』を表す言葉、ですが。あれは全部、会長が作り上げてきたものを言葉にしたものだと思うんです。でも、社長のやり方は、会長とは違います。社長には、社長に合ったやり方があるのではないかと、そう思うんです」

──空気が変わった。
社長の表情が、みるみる強張っていくのがわかった。
佐藤さんが議事録を取る手を止めた。
携帯を気にしていた田所さんの目線が、携帯から私の顔に移った。
黒木さんは全員の表情を観察していた。
私は、頭が真っ白になった。
その後、何を話したか、何が話されたか、ほとんど覚えていない。

──最後に、次回までにムライ化工の将来像を表す言葉を各自三つ考える、そういう宿題が出たことだけが、わかった。

── 第8章 了 ──

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