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恋するゾンビの殺し方

蓮海弄花

67,160 字

ダークファンタジー恋愛小説

"恋が成就すれば、私は死ぬ。それでもあなたを愛したい、私の欠陥だらけの愛しき怪物へ。"

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第八章

 校門のところを歩いていると、静夜の後ろ姿を見つけた。走っていって声をかける。
「静夜さん、おはようございます!」
「はいおはようございます。元気ですね」
「はい、朝から静夜さんに会えたので!」
「……そうですか」
「それじゃあ授業頑張ってください!」
「あなたも」

 トイレで朝食を吐いてから教室に入ると、やはり誰も居なかった。
 ミステリ小説を取り出して読み始める。静夜さんはこの時間は何をしてるんだろう。
 彼も小説を読んでいるのだろうか。
 小説に没入していると、早見に声を掛けられた。
「旭、昨日どうだった?」
「えー? うん、直前でキャンセルされた」
「は? どうしてまた」
「告白しちゃったから先輩に意識されちゃって」
「は? でも生きてるじゃん」
「つまりそういうことよ」
「はぁ? あんたたちのあの距離感で振られたの?」
「振られたよ」
「意味がわからん……」
 早見はこめかみに手を当てた。
「私は今日お前に会えなくなるかもって心配してたんだよ。恋が成就しちゃって死んでるかもって」
「たぶん先輩わたしのこと好きじゃないんだと思う。だから告白し放題」
「好きじゃないなんてことあり得るかなあ︙︙。っていうか告白し放題ってなんだよ。そのたまに出る極限ポジティブは一体何なの?」
「いやまあショックだけどね、でもむしろエウレカ! って感じだよ、お風呂じゃなかったけど」
「ショック受けてからの転換が頭おかしいんだよ」
「防衛機能が働いているのかな?」
「そうかもね」

 珍しくその日の授業は身が入らなかった。
 静夜さんのことばかり考えていた。
 好きな人のことばかり考えていた。

 昼休み、静夜に会うために木村研に向かう。
「こんにちは」
 扉を開くと、そこにはいつもの三人が居た。ゼミ生はまた特盛の定食屋に行っている。
 静夜の隣に座って、生協の弁当を食べる静夜を見つめる。
「……なんですか?」
「いや、先輩が食べ物を食しているなあと思って見てました」
「食べたいですか?」
「いいえ、まったく」
「じゃあなんで見てるんですか」
「あなたのことが好きなので」
 先輩が噎せた。
「あああ大丈夫ですか?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないです。そういうことを人前で言うのをやめてください」
「人前じゃなければ良いんですか?」
「そういう問題じゃありません」
「そうですか、すみません。本でも読んでますね」
「ぜひそうしてください」
 俺らは何を見せられてるんや、と視線を合わせる教授陣をよそに、旭は持ってきていたミステリ小説を読み始めた。
 読み終わる頃、顔を上げると静夜は食事を終えていた。そして、その手には旭の持っているものとは違う黒魔術書があった。
「え? 先輩、なぜそれを?」
「あなたを人間に戻す方法があるかもしれないと思ったので」
「黒魔術、代償が結構大きいので手を出さないほうが良いですよ」
「読んでるとそうみたいですね。なのにあなたは手を出したんですね」
「うっ、そうです」
「ゾンビを人間に戻す方法が見つからないんですよ」
 望んでゾンビになったわけではないので当然である。
「別の呪文の応用かと思って探しています」
「あんまり真剣に読み込まないでくださいね」
「はい」
「先輩、自分の寿命とか使ったら嫌ですからね」
「はい」
 予鈴がそろそろ鳴りそうだったので自分の本を持って立ち上がる。
「それでは失礼します」
 旭は軽く会釈して木村研を出た。

 放課後、木村研から帰るときに静夜はいつもどおり旭に声を掛けた。
「そろそろ帰りますよ」
 いつもどおりに戻れたのが嬉しくて、旭は微笑んで返事をした。
「はい」
 途中で生徒会室に寄って吸血をした。もう慣れたものだった。胎の底が疼いている。もっと欲しいと疼いている。しかしその衝動を飼いならすことが、幸いにも旭にはできていた。
 帰り道に会話は無かった。でも居心地は悪くなかった。
 まだ好きになってもらえるチャンスがある、と前向きに考えていると家の前にたどり着いていた。
「それでは、おやすみなさい」
「はい、好きです」
「だから脈絡もなく好きとか言わないでもらっていいですか」
「困りますか?」
「困ります」
「困るのは嫌ですか?」
「困るということは頭を使うということなので、嫌ではないですけど」
「じゃあもう少しだけわたしのことで困ってくださいね」
「うーん」
「おやすみなさい」
 旭は踵を返して玄関に入った。
 静夜さんの唸り声が背後から聞こえて少し面白かった。
 
 翌日、木曜。旭の気分は絶好調だった。いつでも先輩に好きって言える。嬉しい。楽しい。
 だって先輩に好かれていないのだから。
 あれ? なんで先輩に好かれていないのにこんなに喜んでいるのだろう。おかしいな? 倒錯しているな?
「お前らとうとうくっついたんか」
 珍しく自分しか居ない木村研で木村先生にそう問われ、旭は首を横に振った。
「いいえ、振られました」
「ええ? なんかの間違いなんとちゃう?」
「でもいま最高に楽しいんですよね、先輩に好きって言い放題だから」
「いや振られたなら諦めろや」
「諦めがつかないんですよ」
「でも相手からしたら相当迷惑やで」
「こないだ嫌じゃないって言ってました」
「月岡は何を考えてんねん︙︙」
「わたしだってわかりませんよ」
「そんな期待をもたせるような言い方して、月岡も残酷やなあ」
「静夜さんは残酷なんかじゃないです、わたしが勝手に諦めてないだけなので」
「教祖と信者みたいやな」
「わかりません、でも、わたしにとってはかみさまみたいな人です」
 やっぱり信仰心はあるようだ。そして崇拝も。でも、それって恋と何が違うんだろう?
「知ってるか、神に恋した人間にはろくな結末が待ってないんやで」
「それでもいいです、今この瞬間を捧げられるなら、そしてそれを万が一受け取ってくれたなら重畳です」
「月岡はきっとその感情を三峰に向けることは無いよ」
「あの人の視界に入れたらもういいです」
「嘘やな」
「はい。わたしを一番に見て欲しい」
「七つの大罪のうちの強欲と傲慢が揃ってるやん」
「いずれ全制覇してみたいですね」
「こわっ」
「でも本当は、本当に一番に願っていることは、あの人が孤独じゃなくなることなんですけど」
「それはエゴイズムやで。月岡は孤独でありたいかも知れんし、そうなら孤独である権利が月岡にはあんねん。孤独が悪いことだと決めつけて押し付けるのは信仰でもなんでもないただのエゴや」
「︙︙そん、なこと」
「しかも、まだ思い違いしとるよ。月岡が孤独じゃなくなるのは、自分が側に居るからってことやろ。自分が側に居たいっていう感情が紛れてる」
 旭の想いは信仰ですらなかったのか?
 その時、木村研の扉が開いた。
「静夜さん」
「どうも」
「コーヒー飲みますか?」
「ああ、じゃあお願いします」
 旭は少し震える手で電気ポットを手にとった。たった今教授に指摘されたエゴイズムについて深く考える必要がありそうだった。
 わたしはあの人のカムパネルラになりたいのに。これはエゴイズムなの?
 好きなままだと生涯の友達にはなれない?
 純粋な恋ってなんだろう。純粋な友情と両立はできないのだろうか。
「木村先生も飲みますよね?」
「ああ、頼む」
「はーい」

 明日の予習をしていると、静夜に声を掛けられた。
「そろそろ帰りますよ、三峰さん」
「はい、わかりました」
 ノートをスクールバッグにしまって、立ち上がる。
「それでは先生、失礼します」
「はい、気ぃつけてな。三峰は今日言ったことを忘れんように」
「はい」
「今日言ったこと?」
 静夜に問われ、うっと詰まる。
「月岡には関係ないよ。さぁ帰り」
「そうですか。さようなら」
「さようなら先生」
 帰り道、旭は静夜の右手の人差指の絆創膏を見ながら口を開いた。
 ひとつの疑念があった。
「静夜さんにとって、恋愛感情とはなんですか?」
 静夜さんは恋愛感情を理解していないのではないかと。
 だってそうじゃないとあんなに甘いわけがない。
 静夜が自分にしてくれることが、誰にでもしていることじゃないのはわかっている。
「わけのわからないものです」
 やっぱりわかっていないじゃないか。
「わかっていないままわたしを振ったんですか?」
「だから最近はずっと僕に恋愛感情をぶつけてくるあなたについて考えています」
「ちなみに恋愛とは?」
「わけのわからないまま進行していくゲームのようなものだと認識しています」
「なるほど。じゃあわたしはそのゲームの駒を勝手に進めておきますね」
「うーん」
 先輩はまた唸った。
「好きです」
 うっとりと告げると、先輩は困ったような顔をした。
「その気持ちには応えられません」
「はい」
「諦めてはくれないんですか」
「友人としての責務は全うするつもりです」
「そうではなく――」
「あっ、お家に着きましたね」
 決定的な言葉が怖くて旭は静夜の言葉を遮った。
「今日も送ってくれてありがとうございました」
「……いいえ」
「それではまた明日」
「はい、また明日」

 翌日、静夜は大学を休んだ。昼休みに木村研で木村先生からそう聞いた。
 風邪でも引いたのだろうか、と心配になりメッセージを送ると、既読だけがついた。
 ひどいのかな。お見舞いに行きたいけどご迷惑になったら嫌だな。お見舞いはやめよう。
 その日の午後は授業中もエゴイズムと信仰と恋のことばかり考えていた。

 翌日、木村研に訪れると静夜が居たのでほっと息を吐いた。静夜以外は誰も居なかった。教授すらも。
「静夜さん、体調不良は治りましたか?」
「治らないですね」
「えっ、大丈夫ですか?」
「原因が何を……」
「えっわたしが原因なんですか!?」
 思い当たる節がありすぎてどの件かわからない。
「えっと、好意を隠さなくてすみません……?」
 一番それらしい原因を口にすると、静夜はため息を吐いた。
「わかってるならやめてください」
「う……」
「ギブアップです。これ以上は好きだとか付き合ってくださいだとか言うのは勘弁願います。正直混乱しています。これ以上は困るという次元じゃなくて、迷惑に感じてしまうかもしれません。いい友人でいてください。今回の体調不良はこの件について考えすぎたせいです」
 パリン、と旭の中の静夜像が板ガラスのように割れた。
 あ、先輩って人間だったんだ。
 ガラスの向こうには旭の投げた言葉が突き刺さって困り果てた先輩の姿が見えた。
 自分みたいな小娘とは隔てられた、感情なんて邪魔なものが削ぎ落とされた完璧な存在だと思っていたけれど、嫌なことも迷惑なことも感じる生身の人間だったんだ。
 かみさまなんかじゃなかったんだ。
 旭の信仰は打ち砕かれた。
 口からこぼれ落ちた言葉は、謝罪だった。
「ご、ごめんなさい」
 これまでどれほど負担をかけてきただろう。申し訳なくて首が転げ落ちそうだった。
「いえ、謝らなくてもいいです。ただ、今後好意を口に出すのを控えて貰えれば」
「尽力します」
「尽力しなければ口から出てくるんですか?」
「はい……」
「困りましたね」
「すみません、努力しますので」
「はい、努力してください」
 先輩は旭のせいで体調を崩したりする脆い人間だったんだ。
 迷惑だと思われたくない。側に居たい。この人が、脆い人間だからこそ側にいたい。
 これまでは、完璧なのにも関わらず孤独な人だと思っていた。
 しかし、本当の彼は完璧なんかじゃなくて、わたしなんかの言葉で崩れてしまうような繊細な人だった。
 この期に及んでそこにまた旭は新たに恋をした。
 脆いジョバンニ。わたしが守ってあげなくちゃ。
「そもそも、あなたにとっての好きとはなんなのですか?」
 先輩の問いに答える。
「看取りたい」
「え?」
「あなたのことを看取りたいんです」
「それ、ただの執着じゃないんですか? 恋と勘違いしてるだけなのではないですか?」
「わたしは、意固地になって執着してどれだけ時間を浪費しても構わない、それが人生の糧になってもいいしならなくてもいいと思えるのが恋なんだと思っています」
「はた迷惑な信仰ではなく?」
 ずっと考えていたことだった。木村教授に言われたこともたしかに旭には響いていた。
 けれど、今はこう思っている。
「信仰と恋は裏表だと思うようになりました、あなたを好きになってから」
「そうですか……」
「一般論じゃないと思います。それにエゴでもあるみたいです。でもちゃんと今後は隠すので、安心してください」
 旭がそう言うと、静夜は微妙な顔をして人差し指の先の絆創膏を剥がした。
「今日はここでやりましょう」
「えっ、誰か帰ってきたら」
「そうなる前に、早く」
「はい」
 普段とは違う場所での吸血に旭の心臓は背徳感でときめいた。けれど、どうして急に?
 人差し指の先を咥える。舌を添える。
 腹の底の疼きが止まる頃にくちびるを離すと、静夜の指先は傷跡だらけになっていた。
 そのことに胸が痛んだ。
 旭は傷ができても大丈夫だから失念していた。静夜は普通の人間なのだから傷はそう簡単に治らないのだ。
「静夜さん、指……」
「指? ああ…︙あなたに血をあげると決めた日にこうなることは予測していたので問題ありませんよ」
「痛くないんですか」
「痛いですよ」
「じゃあどうして︙︙」
「あなたのためだと思うとこのくらいは許容できるので」
「――先輩、本当にわたしのこと好きじゃないんですか?」
「――ええ、多分」

── 第9章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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