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十四を数える

奥井晴弥

21,115 字

政治哲学ファンタジー

"「指の数」が世界を分かつ。効率と美学、割り切れない均衡を巡る三世代の物語。"

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第八章 変質

それから十五年が過ぎた。

オットーはベームとの協定を起点に、周辺諸国との均衡の網を編み上げていった。どの国とも同盟を結ばず、どの国とも敵対しない。通商と文化の条約や協定が幾重にも重なり、微妙に矛盾し合いながら、全体としては誰も動けない均衡を作り出していた。割り切れない均衡。クレメンスが踊りで守ったものを、オットーは条約や協定の網で保った。

一方、アウグストは内政での十二進法の適用範囲を、着実に広げていった。
度量衡、通貨、徴税の計算方法。港湾から始まった十二は内陸の町に浸透し、やがて行政の隅々にまで届いた。報告書は常に簡潔で、数字に誤りはなかった。

ただ、一つ手をつけられない領域があった。
土地だった。
農地の区割りは、十四のまま残っていた。
帳簿は変わった。市場は変わった。度量衡は変わった。しかし畑の形だけは、百年前と同じだった。
農民にとって、土地は帳簿ではなかった。足で歩き、手で耕し、身体で覚えるものだった。畝の数は十四。七歩で畝の端から端。その歩幅に、作物が植わり、季節が巡り、命が繋がっていた。
境界は曖昧だった。畑と林の間に、誰のものでもない草地があった。非効率だった。だがその草地が、共有の牧草地になり、洪水には遊水地になる。余白が命を支える、と言われていた。
クレメンスもアウグストも、そこには踏み込めなかった。民の抵抗は理屈ではなかった。土地に触れるな。
それは霊的とも言える、民の身体からの拒絶だった。

その年の夏、大旱魃が来た。雨が降らなかった。川が細り、畑が割れた。
十四の区割りで耕された農地は、十四の非効率をそのまま抱えていた。
水路は曲がりくねり、灌漑は畑ごとに異なり、統一的な対処ができなかった。
隣国ガリエンでは、十二の区画で整備された農地が、効率的な灌漑で被害を抑えていた。同じ空の下で、同じ日照りに見舞われながら、収穫は持ちこたえた。
だがガリエンも豊作ではなかった。やがて、あの瓶詰めは入ってこなくなった。
民は、飢えていった。

閣議は荒れた。
「今こそ、農地の区画を改める時だ。十二の区割りに改め、水路を統一しなくては」
アウグストが立った。数字を並べた。ガリエンの農地と自国の農地の収穫量の比較。灌漑効率の差。餓死者の予測。自国の農地を十二の区割りにすることの効果。計算は正確だった。どの数字も、十二が正しいと告げていた。
だが閣議は動かなかった。土地に手をつければ、農民は反発する。反発では済まないかもしれない。

「数字の問題ではない」
古参の大臣が言った。
「土地は、民の身体そのものだ。帳簿を変えるのとは訳が違う」
オットーは閣議の席で古参の言葉を聞きながら、幼い日のことを思い出していた。
故郷の村の水路は、一度だけ大きく曲がっていた。子供の頃、父にその曲がりの意味を尋ねたことがある。父は答えなかった。代わりに、曲がり角の脇に石が置かれているのを指差した。苔むした、名もない石だった。
後に村の老人から、あの場所ではかつて人が死んだのだと聞いた。
誰が、いつ、どのような経緯で死んだのか、水路の曲がりと関わりがあるのか、もう誰も知らない。ただ、人が死んだということだけが伝わっていた。
水路は曲がったまま流れ続けていた。畑はその曲がりに従って区割りされ、畝はその区割りに従って引かれ、作物はその畝に従って植わった。

議論が膠着した三日目、クレメンスが口を開いた。
「オットーに任せる」
閣議が静まった。
「オットーは十四の土地を、民の感覚を知っている。一方で、十二の制度を、民の暮らしのために推進してきた。外交においても均衡を守った。農地の改革に、これ以上の適任はない」
アウグストは頷いた。実務は自分が支えられる。だが、民の前に立ち、民の言葉で語れるのはオットーしかいない。
オットーは黙って受けた。受けるしかなかった。飢えている民がいる。今、何が必要か。答えは一つしかない。
オットーは自分の手を見た。
右の七本、左の七本。この手で、十四の土地を十二に変える。故郷の草地と同じ風景を、整然とした区画に引き直す。あの誰のものでもない草地を、誰かのものにする。あの水路も、真っ直ぐにする。

その年の秋、畑が枯れた国の王宮で、皇太子が生まれた。フリードリヒと名づけられた。

オットーが農地改革に着手した翌月、クレメンスは議場で声を上げた。
「土地は民の魂だ。十二の区割りに変えることは、この国の根を断つことに等しい」
議場がざわめいた。オットーに農地改革を任せると言ったのはクレメンスだ。その男が、そう言った。

クレメンスは、変わった。
議場に立つたびに、十四の伝統を語った。農地の区割りは祖先からの預かりものだ。水路の曲がりには意味がある。効率で測れないものがある。
かつて「十四の手続きで動く国でしてな」と軽妙に語っていた男から、軽さが消えていた。

オットーは戸惑っていた。
執務室でのクレメンスは変わらなかった。農地改革の進捗報告に目を通し、修正を入れ、時に鋭い助言をくれた。
だが議場では十四の伝統を語る。
私に任せると言ったではないか。その言葉は飲み込んだ。
クレメンスは「二つの顔」を持つ男だ、何か考えがあるに違いない。
そう自らに言い聞かせた。

やがて民の間で、二人の名は対照的に語られるようになった。
オットーは飢えた民のために、土地を変えようとしている。
クレメンスは変化を恐れ、旧弊にしがみつき、オットーの邪魔をしている。
「会議を踊らせる男」は、「踊りしか知らない老人」になったと囁かれた。

「あの人は、老いたのだ」
アウグストはオットーに耳打ちをした。
「いいか、次は君が宰相だ。君なら十二も十四もわかる。俺が内政を支える。今と同じだ」
合理的だった。正しかった。
民もそう望んでいるのかもしれない。オットーはそう思った。

── 第9章 了 ──

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