第八章 北からの便り
1660年代、初頭。
私は、再びアントウェルペンの理の中にいた。
かつてのルーベンス様の王国は、今や静かな、あまりにも静かな黄昏時を迎えていた。
私は絵画の修復家として小さな工房を構え、若い徒弟たちに「正しい地塗りの作法」を淡々と説く日々を送っていた。アムステルダムでのあの熱病のような日々は、懐に隠した小壺の顔料のように、誰にも語らぬ秘密として仕舞い込んでいた。
そんなある日のことだ。アムステルダムの画商から、一枚の簡素な版画が届けられた。
「……ほう」
私は作業台の上でその版画を広げ、思わず息を呑んだ。
それは、布地商組合の見本調査官たちを描いたものだった。
一目でわかった。あの魔術師は、まだ死んでいなかった。
それどころか、彼はかつての荒々しい虚飾を捨て、全く別の地平に立っていた。
描かれているのは、五人の調査官と一人の使用人。
かつての火縄銃手たちの劇的なポーズも、不自然な黄金の少女もそこにはない。だが、この版画から放たれる視線の鋭さ、そして画面を支配する圧倒的な「実体」の重みはどうだ。
彼は、学んだのだ。
注文主たちの顔を平等に描きつつ、その一人一人の内面に、消えることのない「物語」を宿らせる方法を。そこには、私が説いた「理」と、彼の「魔法」が完璧な調和を保って共存していた。
「……とうとう、辿り着いたのですね」
私は版画の黒い線をなぞりながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
あの手痛い没落……サスキアの死。名声の失墜。
それらすべての代償を払い、彼はついに「真実」を描き出す術を手に入れたのだ。
それと同時に、私の中に、抑えがたい一つの問いが浮上した。
ならば。
あの日の彼がすべてを賭け、私が禁忌を冒して支えた、あの「傑作」はどうなったのか。
アムステルダムの湿った壁。あの最悪の環境。
レンブラントが「理」を軽蔑し、己の魔法だけを信じていたあの頃、私が打ち込んだ鉛の鎧は、果たして今もあの危うい劇場を支え続けているのだろうか。それを確かめずに、死ぬわけにはいかない。
私は重い腰を上げ、再びスヘルデ川を下る旅支度を始めることにした。
かつての共犯者が辿り着いた「正解」を祝うために。
そして、あの「過ち」が今も在り続けているかをこの目で確かめるために。
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