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茨と蛇

猫又テン

2,886 字

青春群像劇、心理ドラマ

"素直になれない棘と、絡みつく蛇。愛憎が織りなす、ほろ苦い青春の肖像。"

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「リンってば、絶対私のこと好きでしょう」

「アンタ、バカなの?」

冷たく睨み付けると、アキラはケラケラと笑った。アタシの不機嫌な顔も、何一つ気に留めていない。

コイツは雲なのだ。
ふわふわと掴み所がない、私の癪の種。

こちらからは掴めないくせに、向こうからはとぐろのように巻き付いてきて。
雲というよりは、蛇だろうか?にょろにょろと逃げ回ったかと思えば、アタシの首を絞めるのだ。

アタシの肩に乗せられた頭を雑に振り払う。
やはりというべきか、アキラは不快な顔をしなかった。

「ひどぉい」

なんて笑って、アタシの傍から離れないのだ。

「アタシがアンタのことを好き?寝言は寝てから言うものよ。好きどころか、アンタと付き合うやつのこと、気の毒に思っているんだから」

「なんで?私、可愛いのに?」

素でこれを言うのだから質が悪い。
ナルシストの典型例のようなこの女は、心底不思議そうに首を傾げていた。

「それはそうよ、わがままで遅刻常習犯。成績も悪いし走っている時の顔なんて不細工そのもの。アンタの長所って何?存在してるの?微生物からやり直したら?」

罵詈雑言を受けたアキラはというと。

「へぇ、そう思ってるのに好きなんだ」

頬杖をついて、余裕綽々といった様子だ。
思わず手が出そうだったが、やめた。この程度の人間に手を出して、社会的地位を損ねるのは腹が立つ。

「しつこい」

膝が揺れる。苛立っているのだ、アタシは。
目に見えてそれが分かっているはずなのに、どうしてこの女はこうも喰い下がるのか。

アタシは窓越しに校庭を見下ろす。ちょうど、サッカー部が部活の練習をしているところだった。

気持ちが悪い。眉にシワを寄せて、アタシは本に目を落とした。
読みかけだったSF物の小説は、アキラが話しかけて来たせいで、どこまで読んだのか分からなくなってしまった。

「チッ」

パタンと本を閉じる。

「そんなに好かれたいのなら、カドクラのところにでも行きなさいよ。アイツ、アンタのこと好きなんでしょ」

カドクラはいけ好かないやつだった。ボールを蹴ることしか能がない癖に、教室の一角を占領して、ぎゃあぎゃあと猿のように騒ぐのだ。

「動物同士、お似合いでしょ」

「えぇ~?それでいいの?リンは。だーい好きな私が、カドクラみたいなアホと付き合っても」

「くどいわよ」

アタシは席から立ち上がった。これ以上付き合うつもりはない。時間の浪費というものだ。

この行為は、アキラの機嫌を損ねたらしかった。にやにやと笑っていたアキラが、むっと唇を尖らせて抗議した。

「なんでぇ?ね、ねっ、認めちゃいなよ!私も、リンなら付き合ってあげてもいいよ?」

「上から目線で腹が立つ。出直して」

アタシはもう返事をする気はなかった。
教室の戸に向かう足には迷いがない。その戸口に手をかけた瞬間だった。

アキラが放った言葉に、電流で貫かれたような衝撃を受けたのだ。



「でも、この間、私のカーディガンの匂い嗅いでたよね?」



ぱたりと、動きが止まった。足が杭で縫い付けられているように。

首すらも、コルセットでギチギチに巻かれて、動けなかった。
否、巻かれているのはコルセットなどではない。アキラだ。蛇がアタシを絞め殺そうとしているのだ。

返事をする気がなかったアタシは、返す言葉を探していた。しかし、口内はカラカラに乾いている。
アタシがアキラのカーディガンの匂いを嗅いでいた?そんな荒唐無稽なこと。

そう一蹴してしまいたかった。出来ないのは、それが事実だったからだ。

先週の、放課後だった。教室には誰もいない、夕焼けが窓から射し込む時。

ベージュのカーディガンだ。アキラのイメージに近い。ふわふわとした。アキラらしい、アキラの。

てっきりアキラは帰っていたと思っていた。
ああ、そうだ。アキラは、カドクラとその取り巻きに絡まれていただけだったんだっけ。

「……臭かったからよ」

振り返らず、絞り出した言葉は、頼りなかった。

いつもは見たってイライラするだけのアキラの顔を、今は見るのが怖かったのだ。

「ふーん?素直じゃないなぁ」

アキラの声は、普段よりも、低く感じられた。

このまま教室から逃げてしまえばいいのだ。「やっぱり、アンタはバカ」なんていつも通り貶して。
それが出来なかったのは、アタシの頭がおかしくなってしまったのだろうか?

硬い動作で、ゆっくりと、付きまとう躊躇いを引き剥がすように、アタシは振り返った。

アキラは、目をすっと細めて、普段の軽薄さをどうして捨てられるのか。
頬杖をついたまま、薄く微笑むその姿に、アキラとは思えない色気がある。


「ね、私のこと……好き?」


最後の審判のような厳かさで、アキラは。


私は。



「嫌いよ」



耳鳴りがした。飲み込む唾すらも、消え去ってしまったようだ。

「……そ」

ふっと、アキラがアタシから目を逸らした。それが、まるで興味を失った瞬間のようで。突き放されている訳ではないのに、形容しがたい冷たさを感じた。

思わず手を伸ばしかけて、やめた。
否、やめたなんて高尚なものじゃない。出来なかっただけなのだ。

アキラはすっと立ち上がると、さっさと反対側の戸を開いた。

「あ、そう言えば、カドクラから告白されて、付き合うことにしたから。じゃ、よろしくね」

アタシのことは引き留めたくせに、そう言い捨てると、アキラはさっさと教室から出ていってしまった。

アタシに反応の「は」の字も言わせる隙も、与えてはくれなかった。

残された私は、しばらく戸の前でぼうっとして。 
やがて、自席に座ると、本を開いてみて、しばらく字を辿って。生憎、単語の意味を認識出来なかった。何を読んでも、きっと理解出来ない。

校庭では、まだサッカー部が練習を続けていた。バカみたいだ。
先程よりも何故だか、玉蹴りをする彼らが一層、知能のない猿のように感じられた。

隣を見る。何もいない。当然だ、アキラが出ていってしまって、教室には私しかいない。いるはずがない。アキラはいつもそうだった。

アキラのどこを好きになれると言うのだろうか?カドクラは頭に虫が沸いているに違いない。あんなわがままで、自己中心的な女。
恋人にしたいと思う人間がいることに、驚愕するべきなのだ。

なのに、アキラがアタシを見てケラケラと楽しそうに笑う姿が浮かぶのは、何故だろうか。


「嫌いに決まってるでしょ……」


ぽつり、と漏れた音は、宙に放たれ消えていくのだ。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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