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いっぱーご!

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13,922 字

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「『いっぱーご』さん!!」
国鉄185系。
それは、特急車両でありながら、普通車両である。
「あらあら、皆乗りに来てくれたの?優しいわねぇ。」
その顔は高貴でありながら、愛嬌があった。
「ご乗車ありがとうございます。この列車は特急踊り子、伊豆急下田行きです。」
少し低く、でも座席が少しふかふかになった様に錯覚させるような声を持って。
「まもなく熱海に到着いたします。」
ほんの少しの磯風を、その身体のうちに潜めさせていた。

ただ、その磯風には、ただ海の匂いがあるだけでなく、他の潮気すら持っているようだった。

時代は昭和56年の正月に戻る。
緑のストライプを着た少女が、田町車両センターにいた。
「新入りの子が来てくれるなんて、嬉しいわねぇ!」
湘南色、かぼちゃ色とも呼ばれる服を着た上司たち、153系に囲まれ、185系はカチコチになっていた。
「あ、あの……お仕事……。」
153系は、大量の紙束の前で手を振っていた。
「あー良いの!若い子には楽させてあげないと!ねぇ、183系さん?」
国鉄特急のシンボル、銀色のエンブレムを輝かせて座っている男——どうやら183系と言うらしい——が、鋭い目をこちらに向けていた。
「いや、若い娘にこそ仕事をさせてやるものだろう。早速色々やってもらわんといけないことがある。」
153系に「何よ、わたしは年寄りってこと?まだ車齢23歳なのに……。」とぶつくさ言われながらも、183系は目を逸らそうとしていなかった。
「おい、185系。こっちに来なさい。」
びくーっとなった。
「はっ、はい!」
新人としてはあまりにも不甲斐ない声を漏らし、とてとてと183系の元に行く。
「今日からお前も国鉄特急の仲間入りだ。……まあ、とはいえ普通列車もしてもらうんだが。ともかく、国鉄特急の証をやる。大事にしろよ。」
そういって、金銀の逆三角形のエンブレムを取り出した。
「胸元につけるでもいい、襟につけるでもいい。自分が特急であると言うことがわかる位置につけろ。」
しばらく、185系は目が離せなかった。あのエンブレムが、目の前にある。そして、身につけろと言われている。
——髪につけた。
似合うと思ったから。
髪飾りとするにはなんだか大きい気もしたけど、一番目立つのはここだと思ったから。
「こんな感じですか……?」
とたん、後ろにいた153系、そして153系と話していた167系が、天皇をも乗せる列車の157系が、みんな、笑っていた。
「いやいやいや!その付け方見たことないよ!」
157系は腹を抱えて笑っていた。
「151系爺さんが見たら『最近の若者はなっとらん!』って笑うんじゃないかな
?」
167系は、過去の超特急が怒る姿すら思い浮かべていた。
「良いのよ!あの人が怒ったらわたしが止めるから!」
153系は、どうやらその超特急と親しく喋れるようだった。そう考えたら、なかなか年がいっているらしい。
「あ……あの、わたし、頑張りますから……!」
全員の笑い声が、ぴたりと止んだ。
「国鉄さんは、お金がないって聞きました……だから、わたしが頑張って働くことで、少しでも楽にならないかなって!」
口からどんどんと言葉が紡がれていく。
「だから、わたし、頑張ります!」
183系は、じっと185系の目を見つめていた。
「……そうか。良いことを聞いた。」
183系の口角が、少し上がる。
「では、185系の運用は…。朝4時32分、品川から沼津に向かい、夜23時52分に東京からまで行ってもらおう。それだけ働いてくれたら、俺たちは楽だな。」
「え、えぇーーーっ!!!!!!!」
とんだ重労働が、185系を待っていた。

何もかもが185系を歓迎したわけではない。
当然、特急列車と普通列車を兼ねるということで、国鉄側もいろんな工夫をしていた。
「ドアは各車両2つ!」
「グリーン車は1つだけ!」
しかし、東京の人口はとんでもない量だった。のちの時代にはドアが6つの車両すら開発されるほどの過密状態。そんなところに2ドアの車両が来たらどうなるだろうか。
「皆さーん!普通列車到着しましたよー!」
ホームに響く、185系の声。
しかし。
「うわ、緑のストライプのやつか……。」
「乗り降りに時間かかるんだよな……。」
「国鉄は全く何を考えてるんだ!」
乗客の声色は、185系とは全く逆だった。
「そ、そんな……。」
特急としても、185系の評判は悪かった。
「153系の時と比べたら、実質的な値上げじゃないか!」
「見た目はいいのに…。」
「153系と併結してたら153系の方に乗りたい。」
とまで言われた。
「まあまあ、落ち着きなさい。ゆっくり海を眺めたら、乗客さんの声だって吹っ飛んでいくわよ。」
優しく背中をさすってくれる153系の顔は、小田原の海のように穏やかだった。
それでも。
「183系さん。」
午前0時、185系は183系に向き合っていた。
「私、やっぱり邪魔なんでしょうか。だって、みんな私を見ても喜んでくれないし、それに——。」
「わかった、じゃあこうしよう。」
183系は話を遮って喋り始めた。
「東海道が嫌なら高崎はどうだ、ちょうど急行列車を置き換えたいんだ。あと、新幹線みたいな塗装をして東京に運んでくる仕事もいいだろう。そっちに回るか?」
——185系の服は、ストライプの一着だけではなくなった。
一直線の緑帯を身につけて「あかぎ」として群馬を走り、大宮で新幹線を降りた乗客を「新幹線リレー号」として上野まで運び、そして「踊り子」として南関東を走る時には元のストライプ柄を身につけた。
「よし、群馬だけじゃなくもっと行ってこよう。軽井沢にも南魚沼にも行け。」
183系に背中を押され、時には力持ちの電気機関車、EF63形に腕を引っ張り上げ、なんとか峠を越えて中部地方にまでいくことだってあった。
「緑のストライプの子だ!」
「わざわざこんなところに来てくれるなんて嬉しいわねぇ。」
先輩の167系は、もう東海道を離れてこちらでのんびりしていた。
「久しぶりだけど、ちょっと顔色悪いんじゃない?休める時に休んでおきなさいよ?」
「いえ、大丈夫です!まだまだ走りますから!」
さて、185系という車両は、普通の車両に比べてくたびれやすいのである。何より特急と普通列車、つまりは倍は他の車両と比べて走らないといけない。何より、時折海辺を「踊り子」として走る。つまりは海の潮が彼女の体を蝕み、削り取っていくのだ。それでも、この少女はまだ笑顔でいられた。

1985年。昭和も末期に差し掛かっていた頃。
東北新幹線は、上野まで開業を果たした。つまりは、新幹線リレー号としての仕事は御免。
「まだまだ走れます!」
185系は、新幹線リレー号として使っていたリソースまでをサービス拡大に持って行かせた。「谷川」、「草津」、「なすの」。
「これが私だけの、『新特急』です!」
ばばんっと新しい愛称を掲げ、関東の様々な場所に足を運び、客を乗せて走った。
普通列車としては、新品ステンレスの211系、湘南色を受け継いだ113系と手を取り合い、それぞれがそれぞれを支え合った・
冬になったある日。183系に呼び出され、しっかりとした足取りで183系の元に行く。
「前に新潟に行った事があっただろう。その時の実績が評価されて、君を夜行列車にも使うという話が出た。」
「え、私が……?」
驚くのも無理はない。当時は熱狂的なスキーブーム。全国で「シュプール」という名前の夜行列車が様々走っていた。しかし、普通列車も兼務するような車両にその名称を与えるのだ。
「ぜひやらせて下さい!」
貪欲だった。
普通はもっと躊躇うものだと思っていた183系も、少し言葉に詰まった。
「……そうか。では、頑張ってくれ。」
185系はにこやかに「ありがとうございます!」と伝え、ウキウキしながら机を離れた。
183系はその背中を見つめて、ぽつりと。
「——変わったな。」

183系はそれからすぐ、転出していった。山梨を走る特急を増発するために、転出していった。別れも告げられぬまま、もう田町車両センターにはいなかった。
それでも、185系は泣かなかった。
育ててくれたから。
それに、新宿でならまた会えるから。

1986年秋、185系は新たな仕事に取り掛かった。
「湘南ライナー」。
朝と夜に、2ドアの185系を最大限に生かす種別。
なんといってもその特徴は、185系の過去の失敗を、逆に武器にさせたことだろう。
2ドアしかなく、乗降に時間がかかる。ならば、乗降に時間がかからないようにスムーズにしたらいい。
なんと、あらかじめ決められた通りの座席に座り、決められた駅で降りる。そういうスタイルを貫いたのだ。これにより乗客は分散し、座って快適な通勤通学ができる。なんとも面白い列車だった。

1987年。国鉄分割民営化を前に控えた2月。
185系は、153系の隣にいた。
もう、153系は動けない身体になっていた。走ることもなく、大阪の吹田で横たわっていた。
「踊り子ちゃん、来てたのね」
踊り子ちゃん、と呼ばれた185系の唇は固く結ばれていた。
「最近、東日本の子たちはどう?あまぎくん——183系は元気?」
「転属しちゃいました。」
「……そう。寂しいわね。」
「国鉄ももうすぐ終わるらしいですし、時代が終わるんでしょうね。」
「きっとそうね。」
それから、少し外を眺めていた。
「ねえ、踊り子ちゃん。」
「はい。」
にわかに首を動かして、185系の目を見た。
「ずっと走り続けてね。ずっと、ずっと。私の……大事な娘だから……。」
153系の息は、その言葉と共に、止まった。
言葉通り、185系にとっては親のようで、でも、自分の存在が母の命を削っていたということは間違いなかった。
でも、走り続けてと言われたから。
185系は、「なすの」の運行を減らして「湘南ライナー」に充てたり、かと思えば新たな臨時快速「ホリデーむさしの」を運行したり、まさにこのころの国鉄、もとい解体され新しく生まれたJR東日本にとってはなくてはならない存在になっていた。

このころ185系は車齢9歳。つまりは、少しずつ後進も生まれてくるころである。
1990年。田町車両センターに新しい少女がやってくる。
「こんちはー!ウチ、今日からここで働く251系っす!しゃかりき頑張るんで、おねしゃーす!」
185系の口はパクパクと開いていた。
目の前の少女は灰色と白の髪を束ね、今まで聞いたこともないような変な言葉を操っていた。
「わ!あんなところにマブいチャンネーいるじゃん!そこのナウいおねーちゃん!」
「え、わ、私……?」
185系はすでに度肝を抜かれていた。
157系は私のことを娘のように扱ってくれた。
私はこの子を娘のように扱えるの?
「あ、あ、えっと……185系です、よろしくお願い——」
「えーなんか堅くね?もっと元気印でいこーよ!」
「あ、あはは〜……。」

185系は、その晩にうつ伏せになっていた。
「やばい……本当に今の子の喋り方わかんない……」
211系が背中を撫で、113系が頭をポンポンと撫でる。
「俺も全然わからないよ。何?『ナウい』って……。211系はわかる?」
「あー、なんか……今っぽい!って意味ですかね……。」
185系はうつ伏せのまま、ぼそりとつぶやいた。
「君たちは若くていいね……。」

実際のところ、251系の明るさは大きな評判を呼んだ。
「ほら、ウチの先頭に乗ってみな!伊豆の海めちゃ綺麗っしょ!」
ダブルデッカーなだけあり背が高く、わからないことがあるとすぐに
「センパイ!」
と呼んでくるのである。
その度に185系も「えっとね、吸い殻はここに入れてもらって……」と真面目に答える。
いつしか二人は、田町総合センターの中で、親子のような関係になっていた。
「ほんとセンパイ頼りになるわー!マヂここ来て良かったっす!」
「え、ほんと?良かった〜……。」
185系もずいぶん若者言葉に慣れてきて、コミュニケーションにも苦労をしないで良くなってきていた。
「そーだ、先輩!今度から『いっぱーごパイセン』って呼んでいいですか!?」
185系は静岡茶を吹き返しかけた。
「え、え、い、いっぱーご……?」
「そーっす!いっぱーごパイセン!いい名前っしょ!」
「え、そう……?じゃあ、それでも、いいかな……。」
「やったー!いっぱーごパイセン!いっぱーごパイセン!」
あだ名に困惑しつつもまんざらでもなさそうに、ちょっと口元が緩んでいた。
「じゃあ、これから251系はビューちゃんね。私もあだ名つけちゃうから。」
意地悪らしく笑って見せる。
「……ビューちゃん。え、マヂ嬉しい……!」
やり返したつもりが笑わせる結果に終わってしまった。ちょっと恥ずかしい。
そんな中、ニヤニヤしながら211系がそろりと寄ってくる。
「良かったですね、いっぱーご先輩!」
デコピンした。
そして同時に、113系もその後ろから声をかけた。
「これからもずっと一緒に走りましょ、いっぱーご先輩!」
同じくデコピンした。

1990年代の関東はさらにも過密だった。
しかしその中でも、1991年に113系が転出してしまう。211系の増備に伴い、185系は同期の113系を失うこととなってしまった。
「あー……また会えますよ。きっと。幕張に転勤するらしいですし、何かあったらビューちゃんに言ってあげてください。たまに千葉にも顔出すらしいんで。」
「そうね。……お疲れ様。向こうでも頑張ってきなさい。」
「行ってきます。」
そうして、朝夕のラッシュを支える柱がいなくなったら次に起こるのは。もちろん、残った車両の運用が増えるのである。
「あー……ほんとラッシュきつい……。」
211系と185系は毎日ぐでーっと倒れていた。
「あらら、二人とも倒れてるわねぇ。」
185系にとっては姉貴分である167系。思えばずいぶん皺が増えた。
「あ、お茶ありがとう、美味しく飲みます。」
通勤用の2車両を他所目に、特急でしか動いていない251系は気ままなものだった。
「いっぱーごパイセンきつそーっすね……。」
211系が「私も私も私も!」という声は蚊帳の外、185系は言葉を返した。
「なんか……これ以上続いたら、ほんと私倒れそう……。」
「え、じゃあウチ、パイセンの先走って、乗客に警笛鳴らしちゃおっかな〜!」
「……チョベリバ……。」
「え、パイセンそんな言葉使えたんすね?」
「2年も一緒にいたら覚えるでしょ?」
「確かにそっか。」
そんな緊張感のかけらもない会話をしている田町車両センターに、新たな車両が駆け込んできた。
「失礼します!」
大きな声に三車跳ね上がり、167系だけが「あらあら」と声をこぼすと、その姿がにゅっと現れた。
でかい。とにかくでかい。
167系、185系はこの中でも小さめ、211系と251系は比較的大きい方だったが、さらにそれを上回る大きさだった。
「215系と言います!これから、ラッシュ時の列車を代替せよという指令のもと、頑張って皆様の疲労を取り除けるようにいたします!よろしくお願いします!」
そう言って、綺麗なお辞儀を見せた。
「え、これがウチの弟ってこと……?」
流石に251系の顔もひくついていた。
「何言ってるのビューちゃん。ビューちゃんがきた時も私はこんな感じだったのよ?」
しかし、167系もそれに被せるように言う。
「あら、なら踊り子ちゃんがきた時はどうだったかしらねぇ。確か……。」
185系はひしと167系の腕を握った。無理やり言わせなかった。

215系の働きは凄まじかった。1000名以上もの人を乗せる事ができるボディだったため、とにかく「湘南ライナー」の仕事を引き受けた。
「じゃあ、その代わりに私も動かないとね!」
まだまだやれると言わんばかりに、「新特急なすの」を増便。また、「ホームライナー古河」として湘南ライナーみたいに走ったこともあった。かつてのように「シュプール」として走ることもあれば、「青海川」という種別を作り上越市まで走って行ったこともあった。

1994年、この年から185系はイメージ改革を始める。
「ねぇみんな、これ見て!」
ちらっと見た215系が、211系が、251系が、動きを止めた。
185系はいつもの緑ではなく、ブルーとホワイトを基調としながら、スキーをする人々や動物のイラストが描かれた服を着ていた。
「これ、どうかな……?」
211系は、「え、私もこんな色着てみたい!いいな〜……。」と羨んだ。
251系は、「マヂいけてんじゃん!」とケラケラ笑って、フィルムカメラでパシャリと撮影した。
215系は、「非常に美しいデザインで、乗客の気分を盛り上げるのには効果的なデザインだと感じます」と固く答えた。
167系は微笑むばかりだった。
四者が四者、それぞれの反応を見せる中、味を占めた185系はさらに新たな服装を試みていく。
1995年からは、オレンジと緑を組み合わせた服を好んで着るようになる。緑とクリーム色の昔の服は、「もう古くなっちゃったし」と言って奥にしまうようになった。
「いっぱーごパイセンがそんなことするなら、ウチだってやっちゃうもん!」
2002年、251系はデザインを変えた。
灰色と白色の髪を「なんか綺麗に見えない!」と言って、水色と青色に。服のデザインも髪と統一し、目に映える色に一新した。
「どうこれ!ウチめちゃマブいっしょ!」
自慢げに185系に寄って見せにいく。
「最近、そういえば『マブい』って言葉聞かなくなったね。」
251系の動きが止まる。
「が、ガビーン……そうじゃん、私もう老けたかな……チョベリバ……」
かなり落ち込んでいるところを、211系に頭を撫でられていた。

「そんなに古い言葉になったのかね。時代の流れとは嫌なものだ。」
185系にとっては、聞き馴染みがあった、あの声。
ばっと前を向く。そこには、臨時列車として山梨に向かっていた215系と、実に17年ぶりとなる183系の姿があった。
「え、え、なんで……。」
皺は増え、髪も白くなり、顔もかなり変わっていたのに、それでもまだあの先輩だと分かった。国鉄特急のエンブレムがキラキラ輝いている。
「167系の婆さんの置き換えでよこされたんだとよ。」
「……そうですか……。」
出会いは別れと表裏一体。167系は寂しそうな笑顔をしていた。
「みんなは私がいなくても大丈夫よ。何かあったら183系のじーちゃんに聞けばいいからね。」
「俺はまだジジイじゃ……いや、もうジジイか。」
当時車齢30歳となっていた。特急車両にとっては、寿命は20年から30年。もういつお迎えが来てもおかしくない年齢だった。167系は車齢37歳。大往生である。
「それじゃ、みんな仲良くしなさい。爺さんもあと10年はそこにいていいから、元気にしなさいよ。」
「分かっとるわ。お前より長生きしたる。」
それを最後に、167系は田町車両センターをでていった。
「さて、俺は臨時列車として頑張る。215系の臨時列車も手伝ってやる。でも、俺の言葉より185系の言葉を優先しろ。俺はもうロートルだ、若い電車の方が色々考えれるだろう。」
183系は、ぶっきらぼうに言い放った。
「あ、あの…183系さん…」
「なんだ、185系。」
「もう私、車齢21歳なんですけど……。」
185系ももう特急列車としては寿命が近づきつつあった。
「お前、もうそんな年なのか。」
183系はまじまじと185系の顔を見つめた。確かに、かなり老けているように見える。
「ちょっと、何考えてるんですか。まだまだ走りますからね。」
「……走れよ。本当に。」
183系は帽子を目深に被った。

2004年、251系が動いた。
「ウチも朝ラッシュ働きたいっす!ほら、もういっぱーごパイセンも体キツそうっすし……!」
デコピンした。
「まだ元気です、そんなこと言われる年じゃないです。」
「いやいや!無理しないでよ、長く走ってほしいし……。」
183系が口を開く。
「まあ、そう言ってるんだから走らせてやればいいじゃないか。」
「なんか……183系って私のお父さんみたいになりましたよね。」
183系が少し咳き込んだ。
「なってない。」
251系が追撃に出る。
「えー、おじいちゃん優しくないな〜?」
「何がおじいちゃんだ!」
きゃいきゃいと言ってる側で、215系がそっと251系の懐にメモを差し出した。
そのメモには、「251系先輩の車両なら、ホームライナーとしても他のところで運用できると思います。よろしくお願いします。」と丁寧な字で書かれていた。
185系の運用は、この頃になるともっぱら特急列車・臨時列車・ライナーの三つのみになっていた。
普通列車としては東京を7時24分に出るものだけになり、それでも185系は「集中して取り組めます!」とご機嫌だった。

平和な毎日は、2010年まで続いていた。
毎日田町車両センターに帰り、毎日茶を飲んで、「チョベリバ」とか「チョベリグ」とかだべり、183系が「夜行運転に行ってくる」と行ってたまにふらっとでていく。
そんな毎日だった。
2011年。
「今日からここでお世話になります!E233系です!みなさんどうぞよろしくお願いします!」
ついに、田町のメンバーが変わり始めた。
E233系。各地の古い列車を淘汰し、首都圏を同じ顔に染め上げて行った車両。
185系は当時、「ついに念願の湘南色を身につけました!」とか、「古い服でも自信を持って着てみました!」みたいなことをしていたが、さすがにE233系の前でそんなことはできなかった。
「ねえ、211系。」
「分かってます。先輩。私の番ですよね。」
同じ湘南色で、時代が古い車両。211系が置き換えられていくことは容易に想像できた。
「いなくなっちゃうの?」
「きっとです。でも、まだ廃車にはならないと思います。会えるかはわからないですけど。」
185系の手が211系にギュッと握られた。
「ダメですよ、そんな顔したら。いつか世代は変わっていくんですから。E233系くんのことも大事にしてあげてください。」
「でも、でも……離れたくないよ……。」
「183系さんがいますから。ね。大丈夫です。」
その晩は、黙って星をずっとみていた。
手はまだ繋がれていて、でもいつかは離れないといけない。
「211系先輩、185系先輩。運用の時間です。」
朝になってみれば、二人は互いの肩に頭を乗せぐっすりと眠っていた。
涙の通り道はどちらの頬にもあった。
「時間ですよ。起きてください。」
215系はそんなことも露知らず、二人の肩を揺さぶった。
251系とE233系も奥からのっそりとでてくる。
二人は、まだ起きそうになかった。それとも。

それからわずか半年。211系は長野に転属することとなった。
「26年間ここで過ごしてて、E233系くんの教官もして、本当に毎日すっごくたのしかったです!長野でも頑張ってきます!」
にこやかな笑顔で、別れの挨拶をした。
「寒いだろうけども、しっかり頑張ってくれ。俺も昔はだいぶ苦労した。でも、211系ならできると信じてる。走ってこい。」
183系に肩を押される。
「本当に毎日お疲れ様でした。定刻性に優れ大量運搬に適したフォルムは、E233系さんにとっても大きな刺激になったでしょう。」
215系に分析される。
「関東各地の同僚たちにも、211系さんのこと紹介したら『いい上司だね』って言ってもらえました!本当にありがとうございました!211系さんの分まで頑張ります!」
E233系に引き継がれる。
「……ウチにとっては、ここにきた時から一緒の先輩だし。おじいちゃん、ああいや……183系さんとも、いっぱーごパイセンとも、にーさんさんとも…みんなと仲良くて。ウチをずっと引っ張ってくれて、本当にテンアゲだった。……またこっち来なさいよね!」
251系に真面目に言われる。
そして。
「……。」
185系は、ぎゅっと211系を抱きしめて、そして離れた。
「頑張れ。」
211系は、首を振って、赤くなってしまった目を閉じて微笑んだ。

211系がいなくなって1年。
田町車両センターは廃止され、大宮総合車両センターにほとんどが転属することとなった。
しかし、215系、E233系は国府宮車両センターへ転属することになった。
「皆様お世話になりました。今後も国府宮から皆様のご健勝をお祈りしております。」
215系は、あの時と同じように深々とお辞儀をした。そして、足早に立ち去っていった。まるで、これ以上いたらもう他の場所に行けなくなってしまうから。
E233系も、「ほんの2年だけでしたけど、本当に夢のような毎日でした!皆様ありがとうございました!」と、ぺこっとお辞儀をした。

大宮総合車両センター。
183系と、185系と、251系3人での暮らしになる。
「随分少なくなったな。」
183系がポツリと呟く。
「そうですね……。私も、ずいぶん身体が動かなくなってきました。もしかしたらもう終わりなのかも——」
「やめて。」
251系の言葉が、それ以上言葉を紡ぐことを許さないかのように立ちはだかった。
「まだ走るでしょ、パイセン。走るって言って。」
そう言われて、初めて気づいた。自分の走る気力が衰え始めていることに。
「うん。走るよ。まだ、何年も何年も走るよ。」
183系も今はこうなってるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた。

185系は、凝った服を着るのをやめた。最初と同じ、緑のストライプに身を包み、あの頃のように走り始めた。
それでも、かなり体に疲労が溜まっており、海風が肌を灼いていたせいか、運用はかなり減っていた。
651系に北関東への特急の運用を任せ、そして普通列車としての運用もついに取りやめた。
それでも、先にガタが来たのは183系の方だった。
「……もう、動けなくなった。」
夜に「ムーンライトながら」として動いていた183系は、当然夜も動くせいで体にダメージがのしかかる。2014年に入る頃には、183系は床に伏せる用になった。
「ムーンライトながらを、任せたい。」
183系の目は、185系を向いていた。
「あれは、東海道を駆けていった最後の夜行だ。無くすわけにはいかん。」
車齢33歳の185系にとっては酷すぎる仕事だった。
「もちろんです。やらせてください。」
貪欲だった。あの時のように、貪欲だった。
「……そうか。変わらないな。」
183系は、そう呟いて、今度はどこにもいかずに眠り始めた。
それが、最後の会話になった。

185系は、いよいよ251系と二人だけになってしまった。
あの田町の景色を知るのも、251系しかいない。
「いなくなっちゃね、おじいちゃん。」
251系の声は、もう1990年のころのような明るさはない。
「ビューちゃん。二人だけでも、頑張っていかなきゃ。ね?」
もう子供をあやすかのように、本当の親子のように話しかけていた。
2015年。もう二人は、25年も連れ添って生きていた。
251系が「パイセン」と言えば、「お茶でしょ」と言って持ってくる。
185系が「ビューちゃん」と言えば「はいはい」と言って抱きついてくる。
また、時間が止まったように毎日を繰り返した。
2020年。時間が、動き始める。
「スーパービュー踊り子」、廃止。
それすなわち、251系の運行終了を指していた。
「あー……ウチかあ、先にいなくなっちゃうの……」
185系は、ただ泣いていた。
こんなことが許されて良いのかと、わあわあ泣いた。
母親のように接してくれた157系。尊敬する上司で父のような存在の183系。自分が忙しいときにも寄り添ってくれた姉御分の167系、そして一緒に東海道を走った113系、211系。ラッシュの時の運用を肩代わりしてくれた215系。そして、ついには娘のように愛し、ずっと二人で居続けた相手、251系ですら。
みんな、みんな、私の前から消えていく。
185系の涙は、止まらなかった。
「泣かないでよ、パイセン。ウチまで泣いちゃうじゃん……!」
言い終わる前に涙が出ていた。
「ねえ、パイセン、泣かないでってば…」
どの口が言うかと思うほど、床にシミができていた。
「……パイセン。お願いです。ウチのこと、忘れないでください。」
185系が前を向いた。 
「それで……ずっと走っててください。もう永遠に。2100年くらいまでは。」
「それ永遠じゃないじゃん!」
「いやいや!永遠に走ってていいっすよ!」
少し笑って、251系がようやく口を開いた。
「ぎゅーしよ。」
185系は、なにも言わずにグッと力をいれて抱き締めした。何分も、何十分も、何時間も。

目が覚めてみれば、251系はもう冷たくなっていた。
251系の頬は乾き、顔の筋肉は緩んでるはずなのにそれでも微笑んで見えて。
気付けば、そっとおでこに口づけをしていた。
そして、乾いていた頬を湿らせていた。
「おはようございまーす、今日からここで担当になる——」
スーパービュー踊り子の代わりにデビューする、「サフィール踊り子」、E261系。そして、185形の運転を置き換えに来たE257系が、言葉を途中で詰まらせた。

「…はあ、こんなもんかなあ?」
夜空を見上げる。
2021年3月、185系は40年に渡る定期運転を終了した。しかし、それからも根強い人気のおかげで運転は継続された。
「185系さーん!今日もお疲れでした!」
E257系が手を振ってやってくる。
「……お疲れ様でございます。夜食の麺類をお持ちいたしました。」
E261系も、随分慣れた様子でお盆を差し出す。
「うーん、冬は麺が染みるねえ…。」
2024年12月15日。185系の姿は、上野にあった。
「今日は、乗客を乗せて洗車に行ったんだ~」
「へぇー、珍しいイベントですね!」
「……それで身体に光が映ゆるのですね。」
ずるずると麺を食べ、185系は一息ついた。
「あー、美味しかった。ごちそうさま。」
そして三人で、大宮総合車両センターに帰っていった。
寝る前に。
「あのさ、二人とも。」
「はい!」
「……なんなりとお申し付けください」
四つの目がこちらを向く。
「二人はさ、いつまで運転していたいとかあるの?」
「そうですね……あと10年は最低でも。」 
「私は……あと25年。前任の251系と同じくらいには。」
二人に残された命はまだまだ長いようだった。
「そっか。頑張ってね。応援してるから。おやすみ。」
「はーい、おやすみなさい!」
「……ごゆっくりお休みください。」

次に185系が目を覚ましたときには、そこにはかつて共に暮らし、見送っていった皆がいた。
「44歳。長かったわね。お疲れ様。踊り子ちゃんは本当に…本当に頑張ったわね。」
153系が。
「おう、よく頑張った。しかし、また見ない間に更けたな……俺より年寄りに見えるぞ。」
183系が。
「爺さん、あんた失礼にもほどがあるわ。いい女になってるじゃない、ねえ?」
167系が。
「実は……俺も2021年にお役御免になりまして。でも、こちらからも見ていました。185系先輩の運転は乗客の心を平均35%リラックスさせました。これは大きな効果でした。本当にお疲れさまでした。」
215系が。
「早い!!早すぎなんだけど!!なんでこんなさっさと来るわけ!?まだ5年くらいなのに……!!」
本気で泣いている、251系が。

「あれ、211系は?」
183系が呆れたように話す。
「ここに来て早々他の車両の心配か?211系なら……ほれ、長野で頑張って——」
地面の泉のような部分に211系が映し出される。
確かに、長野で頑張っているのは間違いなかった。
しかし、涙を流している。
誰よりも、ポタポタと地面を濡らして。
「会いに行けばよかった、最後くらい会いたかった……なのに」
185系はため息を吐いて、
「干渉したい。させて。」
といって、泉に手を突っ込んだ。
そして。
ぴん。
211系のおでこをはじいた。
211系は空を見て、振り向いて、そして前を向いて。
涙はもう止まっていた。
腕で乱暴にごしごしこすって、頬を叩いて立ち上がった。
「せんぱーーーい!!ありがとうございましたーーー!!私も、頑張りまーーーす!!」
それは、向こうの世界にすら届くほど大きな声だった。
「これでいいでしょ?皆。」
185系に、皆が抱きつきにいった。

今でも、伊豆の海と長野の谷では、時折警笛がとどろくらしい。

── 了 ──

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