「ただいまシーサーが大量発生しております。現在その影響により多くの地点で渋滞が発生しており――――。」
これはまだこの島が”日本国”と呼ばれていたころの記録であった。
いつからかはわからないが、シーサーは日常生活に定着し始めた。シーサーを町のいたるところで見つけることができた。
その時の僕は、沖縄旅行が流行っているんだな、程度のこととしてしか受け止めていなかったが、今思えばこれがことの発端であったのだろう。
しかし、「沖縄県に伝わる守り神のような存在、それがシーサー」という程度の情報しか知らなかった僕にとっては、シーサーが町中にいることに違和感を覚えることがないのは当然である。僕の目には、彼らがただのシーサーにしか映らなった。
画面は渋滞の様子を映している。
「ただいまの状況です。現在、沖縄県に通じる―――また、―――市内に約3000体のシーサーが確認されており、車の走行が不可能な状態にあるため――――早期対応を行うとのことです。」
映像が古いのか、はたまた再生機器が古いのかはわからないが、酷く歪んだ画面を眺めながら、その時の当事者としての記憶を探ってみる。
僕の自宅周辺にぽつぽつとシーサーが現れ始めたのは、シーサーによる交通渋滞がニュースで報道されるようになったあたりだった。
シーサーが原因で渋滞という、あまりにも現実離れしたその内容は、当時大学受験に追われていた身として、耳に入ることすらなかった。
さらに言えば、入試問題で時事ネタが問われたが、「シーサー」「渋滞」なんていう単語が出てくることはなかった。
事が大きく動いたのは大学の合格発表があったころである。
「シーサー注意報が発令しました。扉、窓といった出入口になり得るものすべてに鍵をかけ、カーテンは全て閉め、カーテンがない場合その場から速やかに離れたうえで死角になる位置に行ってください。決して外出をしないようにしてください。既に外出をしている場合、近隣の建物に入り、できるだけ奥に行ってください。」
画面はその時の出来事を映している。
大学生活を行うための県外の住居の下見を行っているときにそれは起こった。当時、僕は事の重大さが分からなかったが、担当の人が営業スマイルを忘れ、とてつもない剣幕で「出るな、開けるな、見られるな」とだけを言い、目を閉じその場にうずくまっているのを見て、何かまずいことが起こっていることだけは理解できた。
その刹那、とても大きな音が聞こえてきた。アスファルトを削るような、そんな音だった。
音はひどく響き渡り、脳を揺さぶるようで、このあたりの区画が崩れてしまうのではないかという恐怖もあったが、僕はその音の出所が気になってしょうがなかった。目の前の人物をここまで怯えさせてしまう不可解な現象の正体を探らずにはいられないとさえ思った。結局、僕は恐怖よりも好奇心が勝り、震える手で、扉を開けてしまった。
幸いにも、営業の人は、恐怖でその場にうずくまり、耳をふさいで目を閉じて、苦悶の顔を示していただけで、そのことに一切気が付かなかった。
これが本当の幸いだったのか、今のとなっては疑わしい限りであるが。
そして扉を開け、僕はそのまま音のした方を見た。
そこには、片手に乗るようなシーサーの置物が、ただ一つ坐っていた。
僕がそこに移り住んだ後も、”シーサー注意報”は定期的に発令されていた。
そのたびにどこかで大きな音がなる、一度その音がなれば、注意報は解除され、皆何もなかったように過ごす。
理解ができなかった。
どうして皆そのような行動をとるのだろうか、と疑問いう疑問が募り続け、一度聞いてみたことがある。
しかし、何も教えてはくれなかった。
質問をするや否や、顔から余裕がなくなり、青ざめ、僕に近づき、小さな声で「聞くな」と言い残しその場を去った。
その表情と雰囲気は、下見のときの担当者そっくりであった。
その剣幕に慄いてしまい、一切の追及を行う気すら失せてしまった。
僕がもともといた場所、旧神奈川県では、シーサー注意報が発令されることもなく、ましてや、そのような注意報が存在することすら知らなかった。ただ、その片鱗は今思い返すとちらほら存在しているようだ。
そして、おそらく「聞くな」言葉から察するに、広めるという行為が何らかの代償を伴うものなのだと思う、と今では思うのだが、当時の僕には、ただただ不気味な何かに触った感触しか残さなかった。
注意報が”警報”となったのは、大学を卒業し、大学院へと進んだ時である。それはかつてのサークルメンバーとの再会を果たし、帰路に就いた時であった。
電源を切っていた当時最先端であったスマートフォンが突然警報を鳴らしたのだ。
緊急地震速報は電源を切っていてもなることがあると聞いたことはあったが、画面を見て僕は絶句した。
『シーサー警報 シーサーの発生を確認』
画面には確かに16文字で、見間違いなどではなく、このように映されていた。そもそもシーサーの発生ってなんだ、もし仮に幻獣の方のシーサーが出てきたとしても何でシーサーが現実に存在しているんだ、百歩譲って置物だとしても、どうやって発生したんだ、思考が頭を巡るが、やがて考えることすらも馬鹿馬鹿しくなり、気にも留めずに足を進めた。
その時、背後に轟音が鳴り響いた。
全身の水分が大きく揺れるような振動はやがて小さくなり、そして水が滴るような音に変わった。
そして、その音は徐々に僕に近づいてきているようであった。
僕は直感で逃げなくてはまずいと感じたが、足が竦み動くことができなかった。
僕は初めてこの状況に恐怖した。背後にいる途方もない気配は、先ほどまで轟音を伴って現れた"シーサー"であることを理解してしまった。心音を皮膚で感じれてしまうほどに、恐怖が体中をめぐり、そして、最悪の考えまでもが僕の頭に浮かんでは、さらに浮かんできた。
僕の背中近くまで音が近づいてきたとき、意識を失った。
意識を失う直前、残された力を使って後ろを振り向くとそこには、こちら側を向いたシーサーの置物がこちらに坐っていた。
意識を失って出れ程経ったかは分からない。暫くたったあと、僕は見慣れない公園で目を覚ました。
介抱された形跡はなく、乱雑に公園のベンチの上に放置されていたようだ。 起きた時に、体が少々痛かった。
誰がここに運んできたのか(あるいは何かが運んだのかもしれないが)、そして全く場所はわからなかったが、幸いなことにスマートフォンのバッテリーはまだ充電が残っているようだったので、そのまま地図を調べてどうにか帰ることができた。
疲れ切った足取りで帰宅帰宅している中、あんなに大規模なシステムを組んでいるぐらいなら何らかの情報があるだろうと思い、”シーサー警報”について調べてみたが、何の情報もなかった。
正確には、どの検索エンジンを使っても、検索結果に単語すらも引っかかることはなかったのだ。
不気味で不気味でしょうがなかった。そのことが、僕をより一層不快な気分にした。
そんな出来事があったため、僕は警報には従うようになった。
警報が発令されればすぐに屋内に逃げ込み、窓や扉の死角に入り息をひそめる。どうして死角だったのかはわからないが、僕は本能からそうしないといけないような気がしてならなかった。きっと、あの時の担当者の「見られるな」が脳に刻み込まれてしまったのだろう。
警報のたびにどこかで破壊音が轟くが、何回かその音がなったのちに警報は解除され、そしてそのあとはいつも通りにすごした。
そんな日々が過ぎていき、僕は大学院に進んだ。大学院では順調に研究が進み、素朴ながらも充実した生活を送っていた。恋人も、多分この時期にできた気がする。研究をお互いに進める中で支えあっているうちに、たがいに惹かれ、そして将来を約束した仲だった。
そして、僕はもう、”シーサー警報”という存在を疑問に思うことがなくなっていた。
それだけ、あの時の体験がトラウマとなっていたということだろうか。
だが、そんな日常も長くは続かなかった。
あるとき、僕が住んでいる地区の隣の地区が、進入禁止区域となった。
その地域の住民は、全員行方不明となり、完全に封鎖された。
意味が分からなかった。当時の僕の恋人は、その地域にいた。あまりに一方的な宣言に納得はできず、僕は市に説明を求めた。しかし、一切の質問、説明の要求を受け付けておらず、直接聞きに行ったが、まともに相手をしてもらえなかった。
さらに市長にも直接会いに行った。しかし、市長は忙しいの一点張りであり、やはりまともに相手をしてもらえなかった。
市長が出てくる時を待ち伏せしたが、そもそも市長が役所から出てくることもなかった。当時、すでに異常事態が起こっていたのだろうが、僕にはそのことすらもどうでもよかったのだ。
僕が人生のどん底に叩き落された次の日は研究発表があったが、全く身が入らなかった。教授は僕の心配をしてくれたが、研究発表すらもどうでもよくなっていたようだった。
あまりにも唐突な、しかし大きな衝撃に、僕に為すすべはなかった。
進入禁止区域へはいり、せめて恋人の生きた証だけでも取りに行きたかったが、そんなこともかなわなかった。進入禁止区域には、信じられない早さで壁ができており、物理的に入ることが不可能だった。素朴な幸福はこうもあっさりと、理不尽に"シーサー"にかみ砕かれてしまったのだ。そのことが、僕の心に、二度と消えない大きな傷跡を残していた。
その後、絶望にさいなまれながら、何とかして大学院を出るころには、進入禁止区域はさらに広がり、旧日本国の7割を占めるようになった。
そのころには、その状況を少しは飲み込めるようにはなっていた。
いつのまにか行方不明者は、年間1000万人を超えていた。
しかし、今思い返してみても、あまりにも唐突な封鎖、そして行方不明。依然、腑に落ちることはない、当時じゃなくても、同じことを感じえしまうぐらいには。
画面は封鎖時のニュースを映している。
「―――――県全域が進入禁止――――定さ―――――――――しかし―――被―は依然と――ひろ――――――――」
保管状態が悪かったのか、音声の大半はノイズと化していたが、何を言っているのかは察しが付く。
旧日本国はその後、全域が進入禁止区域になった。
そのころには旧日本人の大半は隣国へと避難しており、僕もその一人だった。
隣国の政府は、旧日本で起こっていることをなぜか理解していたため、ほとんどの国ではスムーズに移動することができた。
旧日本は、国家としての機能を完全に喪失、「日本国」は世界の枠組みからはじき出されたのだ。
シーサー警報なる物は、旧日本以外では存在していなかったらしい。
僕は世界の広さを思い知ったと同時に、故郷までもを喪失してしまったのだ。
僕はずっと、亡き恋人を正統に悼む手段が欲しかった。
あまりにも唐突な断絶は、やはり受け入れられない。
そして、やはり変わり果てた故郷を最後にもう一度見ておきたかった。
あるとき、非公式の旧日本調査隊が発足した。旧日本は人間が立ち入らなくなって随分と長い年月が経っている。そして、壁はおそらく"シーサー"によって長い年月をかけて破損しているだろうことが、その時の僕の頭に浮かんだ考えだった。入隊し、僕は、恋人、そして故郷への追悼を完遂したかったのだ。
そしてなにより、理不尽の根源を知りたかった。
そして今この旧日本の国土へと足を踏み入れている。
かつて日本国だったその島は、集団で移住を行った当時のままの姿だったが、一つだけ違っていた。
シーサーの置物が、いたるところで坐っているのだ。どうやらあの理解不能で、理不尽な現象はいまだ起こり続けているようであった。
そして情報収集のために、旧東京都のテレビ局へと侵入し、記録を見ている。今流れているニュースは、僕の故郷、旧神奈川県への避難命令、そして、その後の閉鎖までを記録したものだ。
しかし、どうも映像が乱れすぎている気がしてならない。当時の映像に関する技術が現代よりも劣っているのは事実だが、ここまで歪んでいるのは、何かおかしい気がする。
「――県にシーサ――――――令されま――――――いじゅ――――――船は―――――――」
「せいか―――――――――――せい―――ほしょ―――――――――――――――――――」
音声のノイズが激しくなっている。映像は見えているが、かなり乱れており、かろうじて形を見分けられる程度である。
しかし、その中に一つ、見覚えのある形を見つけた。それは僕が気を失う前に見た置物、見間違えるはずがない、そしてそれはテレビ局を向いている。
僕はその映像にとてつもない違和感を覚えた。
得体のしれない不気味さ、その正体に気が付いた時にはすでに遅かった。
轟音が画面から聞こえてきた。
画面のシーサーはこちらを向いた。
シーサー注意報
ディストピア・ホラー
"守り神が、理不尽な恐怖と化した時、故郷は消滅した。"
シーサー注意報にまつわる 旧日本での話
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。