「安心とぬくもり」
笑顔に手を伸ばしたくなる、後輩は変人であった。
見た目は明るい学生を絵に描いたような奴で、緑に青が入った髪は流石、芸術大と言ったところだ。薄手の長袖に印象的なロゴが映える、チェーンをズボンにまとわせた軽い足取りに驚く。
付き合いというほど消極的ではないにしろ、進んで交流を持っているわけでもない。微妙な関係値のスタートであるが、嫌な気持ちではない。
並木道を歩きながら最近のトピックを探る。
「先輩ってなんかパッとしないっすよね。」
距離感がバグっていると感じさせる言動だが、自分を客観視させるには十分であった。伸びた髪、よれたTシャツに擦れたジーンズがトレードマーク。無精ひげも学生の本分から逸脱させている要因だろうか、それでも芸術の道を志していると看板があれば免罪符になりそうだ。
「パッとってなんだよ、そうゆうお前はまさにあたおかって感じだぞ。」
「あたおか?なんですそれ?」
「はぁー、何でもねーよ」
「?まぁいいや、それより先輩知ってます。最近の私のテーマ!」
知らねーよと文字が浮かび、口に行く。前頭葉が強くて助かる。
グッとこらえて、歩み寄る。
「なんだよ、テーマって。」
「それはですね、怪異と芸術です!」
お笑いは緊張と緩和です!みたいに言うなよ。周囲の目線が気になる、特に後ろの男子学生に目が合うと目を逸らされた気がした。嫉妬に似た鋭い視線、白い腕が印象に残る。
「怪異ってなんだよ、怪談話か?」
「いや違いますよ、先輩!実際に体験談があることですよ。都市伝説、都市伝説ですよ。」
「都市伝説ねぇ…それが芸術とどうなるんだ?」
「あれ?先輩ってどんなでしたっけ?」
「なんだよ、どんなって?」
「だから作品の方向性ですよ、方、向、性!」
なぜこんな奴に方向性の講義をされなければいけないのか、
線が切れそうになる。大丈夫、俺の方が大人。うん。
「あー複雑主義だな、確定しない暫定性の表現だよ。」
「へぇーでね、私の怪異と芸術なんですけど!」
興味がないなら聞くな!と右手が上がりそうになる。
「ほら、緊張と緩和ってあるじゃないですか。そこの落差に創造性を感じるんです、収束と解放みたいな。」
少し思考が似てしまい、ダメージを受ける。
「それで今追ってるのが、この先の木与川で見られる深夜の灰色女なんですよ。その怪異の存在証明が私の芸術を一段高めてくれるんです。」
具体性が全く見えない、それでも目の前の笑顔に少し腹が立つ。自信だけは満タンのようだ。
「それで具体的に何をするんだ、それは。」
「興味あります?まずはその怪異の真相を探り、その話が立ち上がった瞬間を観測するんです。そしたらその開始地点がわかる、そこに私の作品を差し込むんです!お札とか、オブジェクトとか。」
ああそう、と適当に返事をして歩く。前を向いてなるべく足早に。隣では分かり合える観客を見つけたように話を続けている、サキが懸命に歩いていた。
私は努めて明るく振舞う。それは自己防衛かも、薄手の袖の下には秘密が3本。心配、不安、絶望を刻んでる。先輩は今日も低燃費に人生を回して、それでも私を見てくれる。
足取りを合わせる、置いて行かれないように笑顔を顔に張り付けて。男の人って怖くて苦手だった。ムラキ先輩はいい意味で無害というか、安全って感じが。そう、安全第一って顔に書いてある。でも嘘じゃないんです。見えないものを見てみたいこの気持ちは。
「先輩も一緒に木与川に来てくださいよ、複雑なその現象を一緒に解き明かしましょう?」
緊張と…緩和待ち。
「本当にあるのか?その灰色の女。具体的にどんな女なんだよそれ。」
ムラキ先輩を見ると、めんどうくさそうな顔と疑問の解決を待っている表情がそこにはあった。ハヤる気持ち抑えて情報を整理する、一拍。
「えっとこの怪異はですね、深夜2時ごろに木与川の橋を通る時に女性の声がするんです。」
「それで?」
「その声がですね、待って、待って、行かないでなんです。」
「ふーん、行かないでね…」
「ええ、そこで立ち止まってはいけないんですよ。通り抜けるんです。」
「なんで、襲われるのか。」
「連れ去られるんです。待つと後ろから組み付かれて、川に引きずり込まれる。すっごい恨みがあるんですよ。」
「なんで?なんだ恨みって。」
「いやきっと、捨てられた女の恨みが通る人に当てられるんです。待って~って。」
歩く速度が徐々に遅くなる。ムラキ先輩の背中が近づき、ぶつかりそうになる。少し期待。
先輩がこちらに振り返り、疑いの目を向けてくる。本当に信じているのかそんな話と訴えている、全身で。
「なぁもう少しその女に具体的な動機はないのか?ただの迷惑人間だろそれじゃ、恨むならそこにとどまらず、恨んでる奴のところに行けよ。」
ごもっとも、この話にこれ以上の情報は今のところない。だけどそこに意味もある、なぜ中途半端に生まれたのか。かと言って一人で2時に徘徊する度胸はない、変なバランス。
「だからいいんじゃないですか、とても複雑ですよコレ!先輩も新しい芸術の扉が開くはずですよ。」
このまま強引に押し切れそうな気配、先輩はきっと来てくれるそんなあたたかな確信。反応を待つ暫しの沈黙に期待が上がる正解の発表。
「はぁーわかったよ、なんでそいつは深夜2時なんだ?今出ろよ、面倒くさい。」
心で小さくガッツポーズ。頭の中で計画を回す、日にち服装持ち物が回りだす。
「じゃあ、2日後でいいですか?少し早く集まって作戦会議しません?」
「ああ、別にいいけど。」
「よしよし、じゃあこれからゼミなんで、また連絡します。来てくださいよー」
すこし大げさに手を振って、気持ちと共に足早に移動する。よし、当日までに怪異を調べて、服を考えて、頑張ろう。
目が合い反らした目を元に戻す。緑と青が揺れ目の前を過ぎていく、ズボンのチェーンが嬉しそうだ。仲良く歩く姿が懐かしい。怪異か…あまり信じるたちではないがサキが好きなら。2日後はぁ、今から考えないとな。右手の包帯にまかれた古傷か痛む。
並木道を歩きながら、よれた服を見て何でだと疑問が湧く。もっとしっかりしていればともったいなさと納得感が同時に訪れる。多分そこが彼女の警戒度を下げたのだろう。
俺は怪異についてあまり考えたことがなかったが芸術とつながるだろうか、冷静になる。まあ個人の芸術センスと言えばそれまでになってしまう。いつまでもうだつの上がらない、学生生活を送るんだろうと軽く笑えてしまう。そう思うと今回はチャンスかもしれない終わらせる。
1時間後ゼミの前を通る、何やら作業に打ち込んでいるサキに目が止まる。先ほどの宣言通り怪談やお化けがイメージなのか、黒や赤が飛び込む作品だった。声はかけずに置こう、それより救うため怪異との準備をするか。
改めて木与川の灰色女を検索してみた。概要は先ほどのバカでかい声で話していたものと同じだが詳細があった。
・灰色女は人に執着している。それは婚約者と息子、娘に見放されたからだ。
・灰色女は、子どもたちは婚約者に騙されていることを知っている。ゆえに子どもは襲わない。
・灰色女は最終的に婚約者に川に沈められる。それは見捨てられてもすがり続けた結果だった。
・灰色女は細身で髪が長く爪は歪に削れている。それはもがき苦しみ救済を求めた結果であるようであった。
・灰色女は見た目に合わず怪力で、光を極端に嫌う。
以上が検索で引っかかる追加の概要であった。
さて、信じているわけでもないが現場に一緒にいくとなればそれ相応の準備をしたい。それに深夜は冷えると思うし、ジャケットもサキの分も持っていこうか。あと2日だ、準備は間に合うか。
私いま、はやる気持ちがあるのかも、わかってくれそうな機会に巡り合えたから。
灰色女の話を見た時に昔の自分と重なった気がした、絶望の中でもそこに居続ける不器用さ、そこが唯一の安心とぬくもりと錯覚する。傷が増えても自分で見ないようにしてた。でも今は先輩がいる。
僕はどこまで気になっているかわからない、彼女の芸術に付き合う理由が。いままでは頼られることより、距離を取られる人生だった。だから新鮮なのかも、それは自分のためか彼女のためか?
それも明日には何かわかるかもしれない。いつもの日常に何か変化が訪れる、そんな予感が残っていた。
当日先輩は少し早く待ち合わせに来てくれていた、足早になる。
「すいません、遅れました?」
「うん?いいや、今さっき着たとこだ。」
笑えてしまう、私も早めに来たからだ。なるべく荷物は減らしたつもりだけど、見た目はどうだろうかと心配になる。でも確認したから大丈夫なはず。
先輩は珍しくジャケットを着ていた、一回り大きくなったシルエットに頼もしさを感じる。緊張。少し先にファミレスの看板が見えていた。
「少し木与川に行く前に作戦会議をしません?」
まだ少し時間がある。一旦座りたかった。
「ああそうだな、結局何をするか話していなかったしな。」
先輩を先頭に歩き出す。深夜が少し赤みを増した。
当日は思いのほか深夜は寒く、彼女はリュックを背負い重装備だった。ファミレスにより情報整理と対処法を考える。軽く、当日にやることか?と頭に過る。
対して僕は軽装備で来てしまったことに後悔を感じている。いつもの服にジャケット一つ。やはり後悔。
「えっと先輩、本当にいた時を考えてこの懐中電灯と軍手を」
「軍手と懐中電灯?なんかあったときのためね。」
「そうですよ、古今東西、神隠しや呪い呪われ。様々な霊障が確認されているんですから。」
「そうゆうもんかね。」
差し出された装備を装着する、これからのことが現実を帯びてきた。まずはドリンクバーを頼む。彼女はミニパフェだそうだ、のんきだ。
コーヒーを一口、あたたかく苦い。パフェを食べるのにも明るく元気だ、いや深夜だからか?
軽く情報を共有した、灰色女は男性に恨みを持っているが子どもは襲わない。怪力であり、光を極端に嫌う。まあ弱点があってよかった。だから懐中電灯を持ってきたのかと少し感心。
時間が進むたびに、いるわけがないという感情と居たらどうするという無意味な焦りが交差する。彼女が食べ終わるのを待って伸びをする、さあ仕事に取り掛かるか。
「まあ、なんやかんや大丈夫かもな。」
「え、何がです?」
「いや、君は女でぱっと見は元気な子どもだから襲われないだろう?」
「なんですかそれー、ちゃんと大人の女です!」
笑い合い席を立つ。明るい店内を置き去りにするように、深夜は黒く突き刺さる。足取りが重いがここまで来たら行くしかない。不思議と彼女も同じ気持ちだろうと想像できた。
よし、もう少しで現れるだろう。2時に橋の上に行くのはそれこそ不審者か幽霊だろう。右手に包帯、不審者になるのか?それも橋の様子を伺いながら進むんだからより不審だ。
二人の足音がリズムを刻んで動く。もう少しで橋に着く、電柱と壁の隙間に身を隠し様子を伺う。まだ変化がない、サキを取り戻さないと。
「もうそこですね、どうです?見えました?」
「ああ、街灯がもとない、川にかかる薄暗い橋だよ。」
「懐中電灯はつけちゃだめですよ、逃げちゃいますから」
ツチノコか!と突っ込みを入れる。
少しずつ進む、先輩の後ろになるべく離れないようにくっつく。少し窮屈そうに歩いている、でも怖いから!
橋を半ばまで進んだところ、背後からガサッと音がする。背後に振り向く。白い包帯がまかれた腕に身が凍る。リョウスケだ。声が出ずに抱き着かれる。
目を見開き腕が痛む、玄関、怒鳴り声。物がなくなり、数十件のメッセージが頭に流れ込む。呼吸ができない、助けて。
後ろに衝撃、振り返ると彼女が男に抱き着かれてる。止まる。疑問が広がり反応が遅れる。男は何やらポケットを探っている、刃物。
咄嗟に懐中電灯をつける。男は眩しさから目をつぶり両手で覆っていた。サキを目一杯引き寄せる。予想以上の力に少し心配が勝つ。
震 えていた、目の焦点が合っていない。どうする?目の前にいる男の包帯をしている手にナイフが握られていた。彼女の前に踏み出す。奴と目が合う。声が出ない。
「なんだお前は!サキを返せ。俺のだ!俺が今まで守ってきたんだ、お前に何がわかる。理解しているのは俺だ!」
男がこっちに走り出し手元が光る。そのまま手首をつかんだつもりが腕に一筋熱が走る。クッソ……
「待って、やめて…」
サキが絞り出すようにつぶやいていた。
ザバッという水の音、落ちた懐中電灯の光に灰色の手が映る。爪が歪に削れていた。深夜の空気が一層粘度を増す。
ズルッズルッズルッ引きずる音に耳が裂ける。濡れた灰色の服が体に張り付いている。やせた体に長い髪が異質な存在であるとわからせていた。
「…待って…待って、行かないで」
目を見開き驚く男、理解していない。まさか本当に。
「な、なんだ、やめろ!」
男は足を掴まれ、僕の体から引き離される。あっけなく欄干に頭をぶつける、男の声は出ない。赤い液体がその速度に似合わず確かに残り、川のほとりへ続いていた。そのまま入水の音を残して消えいく、灰色の未練を残して。
「サキ!大丈夫か?」
まだ震えている、長袖がめくれる線が三本。時間が流れ出しゆっくり抱き着かれる、ついで肩が。
僕はその場で寄り添うことしかできなかった。
腕の中のあたたかさとは別に背中に視線を感じる。ピタッピタッピタッ水滴が落ちる。音が僕を押しつぶしていた。
左目に灰色の手が歪な爪を光らせ首にかかろうとしている。触れられると覚悟をしていた時、止まる。
「先輩、ごめんなさい」サキが力なく発する。
灰色の手が静かに消えた。
きっと私は無様だった、何もできなかった。あいつの顔を見た時すべてが目の前に現れた。動けず恐怖だった。
でも、次に感じたのはムラキ先輩だった。泣き腫らす私を落ちないように支えて包んでくれていた。
それは安心とぬくもりだった。
安心とぬくもり
青春怪異譚・人間ドラマ
"怪異が暴くのは、過去の傷と、確かなぬくもり。"
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。