あなたは目を開けました。しかし、ただの暗闇しかありません。
今いる場所はとても心地よい場所です。ああ、まだ「心地よい」はよく分かりませんね。そう、あなたに理解できるように言うならば、暑くも寒くもなく、ただふわふわと浮いているような感覚です。
時折、何か音が聞こえます。とても遠い音です。けれど、何故か聞き覚えがあるような気がしませんか? ――ええ。そうです。これまで聞こえてきたのとそっくり似ていますね。何度も耳にしているはずです。
おや? そうですか。その音以外のものはあまり聞こえないのですね。ふむ……たまに聞こえる違う音は、とてもうるさくて嫌、と……それは困りましたね。でも、心配要りませんよ。いずれ慣れてしまうでしょう。慣れた頃にはその音も心地よく変わっているはずです。
ああ、そんなに足を伸ばしてしまうのですか? え、何かに当たった? そうですね。そこはあまり広くはないですから。あなたが一人入ったらもうそれでいっぱいいっぱいです。
こんなに狭かったか、とお尋ねになりましたか? 以前は自由に動けた? そうかもしれません。しかし、悪くはないでしょう。存外、狭い場所というのは安心するものですよ。あまりに広い場所は時に居た堪れなくなるものです。
ふふ、大きなあくびをされましたね。眠いのですか? そこは暗闇ですものね。ふわりとした浮遊感、心地のよい温度、真っ暗な世界――眠気に襲われるのも当然です。
あなたはまた目を閉じてしまいます。いつもと同じように微睡んだところで、狭い場所が更に狭くなってきました。何故かぎゅうぎゅうと体に柔らかいものが押し付けられます。
少し苦しくなってきましたね。いや、少しどころではありませんか。既に全身が狭い場所に追いやられているのですから。
苦しいですか。辛いなら泣いてもいいのですよ。……はぁ、絶対に泣かない、と。それはまたどうして? ……情けない? そんなことはありませんよ。さぁ。
あなたの体は人一人通れるかどうか、という隘路に差し掛かってしまいました。呼吸に支障がなくとも、圧迫されるのは嫌でしょう。もう進むしかありません。さあ、上に……頭の先の方へ進みましょう。
キツい。狭い。出たくない。それでももう進むしかないのです。後少し。そう。後少しですよ。
ずるり、とあなたは滑り落ちました。目を閉じているのに視界は薄ぼんやりと白く染まります。おや、息が苦しい? 大丈夫。口を開けてください。あなたを持ち上げている手を信じて、泣いてみせるだけでいいのですよ。さあ、一声。
「……ふ、ほあぁあ――っ……」
そうです。可愛らしい泣き声じゃないですか。もう平気ですね。たくさん泣いていいんですよ。
「おめでとうございます。よく頑張りましたね!」
あなたにはまだわからない言葉かもしれません。今はただ、初めての外に戸惑っているだけですからね。
でも、きっとこれからこの言葉を、そしてこの世界を知っていくでしょう。
おめでとう。あなたは無事に生まれ落ちました。
絶対泣かない
生命の神秘を描く内省的フィクション
"暗闇の先、世界はあなたを待っている。"
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。