深夜の首都高速。
紫兎の事務所に滑り込んできたのは、不可解な交通怪異の調査依頼だった。
「自動運転モードにした途端、ブレーキもハンドルも一切効かなくなったんです」
依頼人の男性は、青ざめた顔で当時の恐怖を語る。
「ナビの目的地が、勝手に見たこともない場所に書き換わって……。気付いたら不気味な心霊スポットへ向かっていました。バックモニターには、狂ったように笑う生首が映っていたんです」
手元のタブレットにメモを取りながら、紫兎はパッと目を輝かせた。
「なるほど! 現代の交通インフラと、行き場を失った怪異の融合ですか!」
(ガジェット:;▽;)
宙に浮かぶ提灯お化け型のガジェットが、主人の不謹慎なワクワクを察して不安そうに小刻みに揺れる。
「大丈夫ですよ」
紫兎は不敵に笑った。
「まずは敵を知ることから。調査開始です!」
数日後。
首都高速周辺の監視システムと過去の走行データを解析していた紫兎は、ある奇妙な共通点を発見した。
被害者たちは全員、「明確な目的地」を一時的に失っていた。
なんとなくの帰宅途中。
あてのないドライブ。
疲れ果てた仕事帰り。
全員が思考を放棄し、ルート選定をすべてナビ任せにしていたのだ。
そして思考の隙を突かれるように、車は彼らを「かつての死地」へと誘う。
事故現場、廃トンネル、閉鎖されたサービスエリア、誰もいない旧道――。
「おや?」
紫兎はホログラムディスプレイを操作しながら、ふと眉を上げた。
「これ、自動運転のシステム自体をハッキングしているわけじゃありませんね」
(ガジェット:・▽・?)
「そう。この怪異はシステムを乗っ取っているんじゃない。人間の【目的地】を奪っているんです」
その夜。
紫兎は自ら囮となるべく、首都高へ乗り出した。
用意したのは、最新鋭のEVシェアカー。
高精度な自動運転と、ディープラーニング搭載のAIナビを完備した、現代妖怪が最も好みそうな「至れり尽くせり」の車両だ。
その少し後方を、紫兎の愛車である大型バイク(自動制御なしのフルマニュアル)が、ガジェットの遠隔操作で無人で追走している。
「平和な夜景ですねえ」
お気に入りの音楽を流しながら、紫兎はあえてナビのルートを曖昧にして車を走行させた。
(ガジェット:・▽・)
「でも、おびき寄せの餌としては上等なはず。そろそろ来る頃ですかね?」
――その瞬間、空間が歪んだ。
車内の液晶ディスプレイが一斉に明滅する。
激しい電子ノイズと、鼓膜を刺すような警告音。
次の瞬間、カーナビの画面が真っ赤に染まった。
【目的地を変更します】
【19XX年 湾岸ジャンクション衝突事故現場】
「来ましたね!」
紫兎は嬉々としてステアリングを握り、強制解除を試みる。
だが、ビクともしない。フットブレーキも完全にロックされている。
「うわっ、本当に完全拒否! 完全に制御を奪われました!」
フロントガラスの向こう、闇の中から巨大な「顔」がヌッと浮かび上がった。
苦悶に歪んだ男の顔。車体からブワリと白い朧気が噴き出し、どす黒い霧がEV全体を包み込んでいく。
『終点……』
『終点……』
『次ハ、終点……』
ガジェットが即座に怪異の解析を開始した。
(ガジェット:>□<)
パッと目の前に警告ホログラムが展開される。
【現代妖怪:朧車(オボログルマ)】
【危険度:★★★★☆】
【能力:目的地改竄・電子制御阻害】
【被害者共通点:ナビ依存状態の人間】
[WARNING]
目的地改竄率:96%
現在地:本来のルートから83km逸脱
過去被害:行方不明3件、重傷事故4件
「えっ!?」
紫兎は流れるデータを見て目を丸くした。
「ちょっと待って、思ったより洒落になってませんねこれ!?」
朧車は獲物を捕らえた喜びを表現するように、車体をガタガタと激しく震わせる。
『終点……終点……終点……ッ!』
その時、紫兎はバックミラーに映る、狂ったように回るタイヤと霧の動きに気付いた。
「……そうか! 貴方はこの車(ハードウェア)を動かしたいんじゃない!」
「私の『行く先(ソフトウェア)』を奪いたいだけなんですね!」
見破られたことに激昂したのか、朧車が鼓膜を震わせる咆哮を上げた。
高速道路全体に黒い霧が拡散していく。
その影響を受け、周囲を走っていた一般の自動運転車たちが、次々とセンサーエラーを起こして誤作動を始めた。
無人車両が車線変更を繰り返し、急ブレーキの白煙が上がる。事故寸前の大混乱だ。
「うわわっ! 周囲のドライバーのイライラや恐怖の感情までエネルギーに利用してるんですか!?」
これ以上は被害が広がる。紫兎は即座に覚悟を決めた。
パワーウィンドウを全開にすると、激しい夜風と電子ノイズが車内に吹き込む。
並走させるのは、電子制御を一切排した自分の大型バイク。
「ガジェット! ドアロックの強制解除、お願いします!」
(ガジェット:!?)
紫兎はシートから身を起こし、窓枠へ足を掛けた。
金髪が夜風に激しく舞い、頭上の青紫色に変色したバニー耳ホログラムが、戦闘モードの輝きを放つ。
「いっけえええええ!!」
時速100キロを超える極限の並走状態。
紫兎は狂ったEVから、迷わず夜の虚空へと身を投げ出した。
放物線を描き、追走していた大型バイクのシートへ滑り込む。
ドサリという衝撃。
「おっとっと! さすが私、着地成功!」
素早く体勢を立て直し、クラッチを握り直す。
アクセルを限界まで捻ると、ガソリンエンジンの荒々しい爆音と咆哮が、電子ノイズの闇を切り裂いた。
「便利なテクノロジーを使うのは良いことです!」
バックミラーに映る巨大な怨念に向かって、紫兎は叫ぶ。
「でもね! どこへ行くかくらい、人間が自分で決めます!」
朧車が怒り狂い、巨大な亡霊の車輪を回転させて追ってくる。
事故の怨念。電子ノイズ。視界を奪う黒い霧。
その時、ガジェットがバイクの風防に「ある地図」を投影した。
それはGPSナビではない。かつて人間が頭を使って読み解いた、古いデジタル道路地図(ロードマップ)のデータだった。
「なるほど、通信の繋がらないルートですね。やっぱりこれです!」
紫兎はバイクをバンクさせ、首都高速の出口へと滑り込んだ。
そのまま入ったのは、電波の届かない山間部の旧道。
通信圏外。GPS圏外。自動運転非対応エリア。
デジタルに寄生していた朧車の身体が、急激にガタガタと崩れ始めた。
『終点……終点……ガ、ガガ……システム、エラー……』
「貴方は便利すぎる現代のシステムに依存し、迷える人の心を乗っ取っていただけです」
紫兎はバイクを停め、エンジンをカットした。静寂が満ちる。
「でも、人間には『意思』がある。迷っても、自分で選ぶ力があるんです」
朧車が最後の力を振り絞り、霧の触手を伸ばす。
『終点……を……』
紫兎は逃げずに、その怨念の目を真正面から見据えた。
「違います」
「終点は、貴方が決めるんじゃない」
紫兎は自分の胸に手を当て、不敵に、しかし真っ直ぐに言い放った。
「――私が決めます!」
その瞬間、朧車の核となっていた電子ノイズが完全に破綻した。
黒い霧も、白い朧気も、行き場を失った怨念も、すべてがパチパチと火花を散らしながら、静かな夜空へと溶けて消えていく。
最後に霧が霧散する直前、残された男の顔が、ほんの少しだけ寂しそうに綻んだ気がした。
「……本当は、自分の家に帰りたかったんですね」
紫兎は消え去った夜空を見上げ、静かに呟いた。
「でも、寂しいからって、生きている人を連れて行っちゃダメですよ」
朧車はもう答えない。ただの静かな山の夜風が、紫兎の髪を揺らした。
数日後。
依頼人の男性から、弾んだ声で連絡が届いた。
ナビの異常は完全に消失。バックモニターに変なものが映ることもなくなり、快適にドライブできているという。完全解決だ。
事務所のソファで、紫兎は淹れたてのコーヒーを飲みながら息を吐いた。
「本当に、便利で良い時代ですよねえ」
(ガジェット:・▽・)
「でも、どれだけ便利になっても、自分がどこへ向かうかだけは、誰にも譲っちゃダメですね」
(ガジェット:>▽<)
◆ 紫兎の調査報告書
『自動運転もAIナビも、とっても便利で素晴らしい技術です。』
『でも、目的地まで機械や誰かに決めてもらう必要はありません。』
『どこへ行くか。』
『どうやって進むか。』
『それだけは、自分の意志で選びましょう。』
『人生の終点は、誰かに勝手に決められるものじゃありませんからね!』
(了)
終点は誰が決める
現代怪異譚・SFアクション
"AIが導く終点か、己が選ぶ道か。現代の闇に潜む怪異に、意思の光を。"
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。