今、夢を見た。
正確に言えば、見た、というのは少し違う。夢はまだここにある。目を開けたはずなのに剥がれていかない。天井の染みがさっきまでいた場所の続きみたいに見える。午前四時を少し過ぎていて、六月の湿気が部屋の隅に溜まっていて、僕はベッドの上で仰向けになったまま、自分がどちら側にいるのかを確かめようとしている。夢の側か、現実の側か。確かめようとしているけれど、その二つを分けている壁のようなものが、今朝に限ってひどく薄い。壁というよりは膜だ。呼吸するたびに揺れる膜。
夢の中で、僕は一冊の本を手にしていた。見たことのない本だった。タイトルは読み取れなかったけれど、表紙は暗い青で、海の底みたいな色をしていた。帯がついていた。帯にはこう書いてあった。
——僕の目の前に村上春樹がいて、あなたの僕が、僕の僕になった、と僕が告白するシーンが登場する。
僕はその帯の文章を、夢の中で、何度も読んだ。読むたびに意味が変わった。「あなたの僕」というのが何を指しているのか、読むたびにずれていった。最初は単純に、あなたの小説の一人称、つまり語り手のことだと思った。次に読んだときにはそれは僕自身のことのように思えた。三度目にはもう誰のことかわからなくなっていて、ただ「僕」という文字だけが帯の上で光っていた。一人称が飽和して、意味を失って、ただの音になる直前の状態。それは不思議と怖くなかった。
その本を開くと——開いたのかどうか、本当のところはわからない。夢の中では本を開くという動作と本の中に入るという動作の区別がつかないことがある——村上春樹がいた。
僕の目の前に。
彼は思っていたよりも普通の顔をしていた。普通というのは、つまり、写真で見るのと同じだったということだ。当たり前のことなのだけれど、夢の中でそれは当たり前ではなかった。夢に出てくる人間の顔は大抵どこかが歪んでいるものだ。目が一つ多かったり、輪郭がぼやけていたり。でも彼の顔は正確だった。正確すぎた。まるで誰かが丁寧に、一ピクセルずつ描いたみたいに。
僕は彼に言った。言わなければならないと思った。ずっと、何年も、あるいは何十年も、言おうとしていたことを。
あなたの僕が、僕の僕になりました。
村上春樹はいつものようにやれやれと言った。いつものように、というのは変な言い方だ。僕は彼がやれやれと言うのを実際に聞いたことは一度もない。小説の中で読んだだけだ。でも夢の中では「読んだ」と「聞いた」の区別がつかない。僕の頭の中にある彼の声は、彼の小説を読むときに僕が勝手に割り当てた声で、それは僕自身の内的な声とほとんど同じものだった。だからやれやれと彼が言ったとき、それを言ったのが彼なのか僕なのかは、正直なところわからなかった。
そういうことって100年とか、1000年に一度、あるんです、と彼は言った。壊れた頭の片隅に、僕の小説と、あなたが僕の小説から書いた世界と、そして現実が混じって。超現実が誕生する。それはあなたが見た夢だ。あなたは記憶を頼りに、その世界を生き延びなければならない。タフなひとりの男として。それが僕が言いたかったことです。
僕は目を覚ました。覚ました、はずだった。
六月の湿気。天井の染み。午前四時八分。すべてがさっきと同じだった。でも何かが違った。何が違うのかはすぐにはわからなかった。しばらくしてわかった。音だ。遠くで、トラックのエンジン音がしていた。それ自体は普通のことだ。早朝に配送のトラックが走ることはある。でもそのエンジン音は、近づいてきていた。まっすぐに。この部屋に向かって。
僕はベッドから起き上がった。窓を開けた。外はまだ暗かった。街灯の光が湿気の中で滲んでいた。道の向こうから、ヘッドライトが二つ、近づいてくるのが見えた。大きなトラックだった。なぜかわからないけれど、僕はそのトラックから目が離せなかった。
トラックは僕の部屋の前で止まった。
エンジンが切られた。静寂が降りてきた。運転席のドアが開いた。
——これはそういう物語だ。彼の小説から彼が飛び出し、現実のものとなって、僕は彼を探す。正確に言えば、探す前に、彼が僕を見つけた。トラックに乗って。午前四時八分の、六月の、夜と朝のあいだに。
物語はここから始まる。あるいは、ずっと前から始まっていて、僕が気づいたのがここだったのかもしれない。小学校の運動会が終わって、太陽が沈んでいくのを見たとき、ここでエンドロールが流れてもおかしくないなと思ったことがある。妙に夕陽が綺麗だった。あのとき僕は初めて、現実が物語みたいだと感じた。でも今はその逆だ。物語が現実みたいなのではない。物語が、現実に、なった。
運転席から降りてきた人物の顔を、僕は見た。
村上春樹だった。
正確に言えば、僕にはそう見えた。しかしそれが本当に村上春樹なのか、僕の夢が形をとったものなのか、あるいはその区別にそもそも意味があるのか、その時点ではまだわからなかった。彼はトラックの運転席から降りて、軽くストレッチをした。長距離を運転してきた人間の動きだった。首を左右に傾けて、肩を回す。その動作がひどく具体的だった。夢の人物はあんなふうに肩を回さない。
乗りなよ、と彼は言った。
どこに、と僕は訊いた。窓から身を乗り出したまま。
彼は少し考えるような顔をした。朝が来る前にいくつか見せたいものがある。
僕はパジャマの上にジャケットを羽織って、サンダルを突っかけて外に出た。なぜそうしたのかはわからない。午前四時に見知らぬトラックに乗り込む理由など普通はない。でも「普通」という言葉がすでにこの場面にはそぐわなかった。僕は彼の小説を二十年以上読んできた人間だ。彼の小説の中では、見知らぬ人間に導かれてどこかへ行くことが、呼吸するのと同じくらい自然に起こる。そしてこの瞬間、僕の現実は彼の小説の文法に従い始めていた。
助手席に乗り込むと、ダッシュボードの上に缶ビールが二本置いてあった。まだ夜明け前だよ、と僕は言った。彼は肩をすくめた。物語の中に時間の規則はないよ、と彼は言った。それはいかにも彼が言いそうなことだった。彼が言いそうなことを彼が実際に言っている。その一致が、僕をめまいに近い場所に連れていった。
トラックが走り始めた。大阪の夜明け前の道は空っぽだった。信号が黄色に点滅していた。ラジオをつけてもいいかい、と彼は訊いた。僕は頷いた。
ラジオからニュースが流れてきた。
——アメリカ合衆国大統領は八十歳の誕生日を、ホワイトハウスの南庭に設置されたオクタゴンで祝った。UFC Freedom 250。建国二百五十年と大統領の八十歳が同じ週に重なった。ケージの中で男たちが殴り合うのを、大統領は最前列で見ていた。その数時間前に、イランとの合意が発表された。ホルムズ海峡が再び開かれる。戦争と格闘技と誕生日が、同じ一日の中に収まっている——
僕はラジオを聴きながら、奇妙な感覚にとらわれていた。これはニュースなのか、それとも誰かが書いた小説の一節なのか。八十歳の大統領がホワイトハウスの庭に格闘技のケージを建てて、その同じ日に戦争を終わらせる合意を発表する。こんな筋書きを小説に書いたら、編集者は「リアリティがない」と言って突き返すだろう。でもそれが現実に起きている。現実のほうがフィクションより先に行ってしまっている。
面白いことになってるね、と村上春樹は言った。ハンドルを握ったまま、前を見たまま。
面白い?
世界がね。僕が小説を書き始めた頃は、現実と虚構のあいだにはもっとはっきりした壁があった。小説家の仕事はその壁に穴を開けることだった。でも今は壁そのものがなくなりつつある。大統領がケージファイトを主催する。AIが小説を書く。夢と現実の区別がつかない男がトラックに乗っている。全部同じ平面の上にある。
彼はビールのプルタブを引いた。金属の小さな音が車内に響いた。
だから僕はトラックを運転してるんだ、と彼は言った。
どういう意味ですか。
物語を運ぶためだよ。昔は本屋に行けば物語は棚にあった。でも今は物語はどこにでもある。ニュースの中にも、SNSの中にも、大統領のスピーチの中にも。物語が多すぎて、どれが本物かわからなくなっている。だから誰かが仕分けて、運ばなきゃならない。
荷台には何が積んであるんですか。
彼は答えなかった。その代わりに、ラジオのチャンネルを変えた。
——ベイルートで空爆。イスラエル軍はレバノン首都への攻撃を——
チャンネルが変わった。
——建国二百五十周年の祝祭がナショナル・モールで十六日間にわたり——
また変わった。
——エヴィアンでの首脳会談に向けて大統領はフランスへ——
また。
——午前四時をお知らせします。今日は六月十六日——
六月十六日、と僕は呟いた。
ブルームズデイだね、と村上春樹は言った。
知ってるんですか。
ジョイスのことは好きだよ。長すぎるけど。彼は少し笑った。でもあの小説がやろうとしたことは正しかった。たった一日の中に世界の全部を入れること。一九〇四年六月十六日のダブリンに、人間の経験のすべてを圧縮すること。今日がその日だというのは、偶然じゃないかもしれない。
偶然じゃないって、どういうことですか。
物語は日付を選ぶんだ。作者が選ぶんじゃない。
トラックは高速道路に入った。夜が少しずつ薄くなり始めていた。東の空の端に、まだ光とは呼べないような、光の予感のようなものがあった。道路標識が次々と過ぎていった。僕はそこに書かれた地名を読んだ。最初は見慣れた地名だった。堺。岸和田。泉佐野。でもいつからか、見覚えのない地名が混じり始めた。
「羊をめぐる冒険 42km」
僕は目をこすった。見間違いだと思った。でも次の標識にはこう書いてあった。
「世界の終り 71km」
そしてその次。
「海辺のカフカ 直進」
道路標識が彼の小説のタイトルになっている。僕はそのことを声に出して言おうとしたけれど、声にならなかった。隣を見ると、村上春樹は何でもないように前を見ていた。
ねえ、と僕は言った。これは現実ですか。
どっちでもいいんじゃないかな、と彼は言った。君は今、ここにいる。僕もここにいる。トラックは走っている。ビールは冷たい。それ以上に何が必要なんだろう。
でも僕は小説家です。どちらの側にいるのかを知る必要がある。
彼は初めてこちらを見た。一瞬だけ。そしてまた前を向いた。
君はまだわかってないね、と彼は言った。小説家というのは、どちらの側にもいない人間のことだよ。壁の上に座っている人間だ。壁がなくなったら、どうなると思う?
僕は答えられなかった。
落ちるんだ、と彼は言った。でも落ちた先にも地面はある。
トラックは走り続けた。道路標識はもう完全にフィクションの地名になっていた。「ノルウェイの森 出口」「ダンス・ダンス・ダンス SA」「ねじまき鳥 料金所」。でも不思議なことに、車窓から見える風景は大阪のままだった。コンビニがあり、ガソリンスタンドがあり、マンションの灯りがぽつぽつと点いていた。誰かが朝のために起き出している。現実はまだここにある。でも名前だけがすり替わっている。あるいは、名前のほうがずっと前からフィクションで、僕たちがそれに気づかなかっただけなのかもしれない。
僕はスマートフォンを取り出した。画面にはニュースのプッシュ通知が並んでいた。
「トランプ大統領、80歳誕生日にイラン合意を発表」
「ホワイトハウスUFCイベント、建国250年記念として開催」
「ベイルート空爆続く、合意発表の数時間前にも攻撃」
僕はそれらの見出しを一つずつ読んだ。どれも現実のニュースだった。でも並べて読むと、それは一つの物語の章立てのように見えた。戦争と祝祭と暴力と合意が、一つの小説のプロットのように配列されている。誰がこの物語を書いているのか。
誰も書いていないよ、と村上春樹は言った。僕がスマートフォンの画面を見ていることに気づいていたのかどうかはわからない。でも彼はそう言った。誰も書いていない。でも物語はある。それが一番怖いところだ。作者のいない物語ほど怖いものはない。
ラジオが途切れた。ノイズが走った。そしてノイズの向こうから、聞き覚えのある旋律が浮かび上がってきた。レディオヘッドだった。"Everything In Its Right Place"。全てはあるべき場所に。その曲が、午前四時のトラックの中で鳴っていた。
いい曲だね、と彼は言った。
僕は何も言えなかった。ただ目の前を流れていく風景を見ていた。大阪の風景と、彼の小説の風景と、世界のニュースが、同じフロントガラスの向こうに重なって見えていた。すべてが一つの平面の上にあった。彼が言った通りだった。壁はもうなかった。僕は落ちていた。でもまだ地面は見えなかった。
東の空が白み始めていた。
僕たちはどこへ向かうんですか? 僕は尋ねた。
村上春樹はしばらく黙っていた。左手でハンドルを握り、右手は窓枠に肘をかけて、その先の指で小さくリズムを刻んでいた。ラジオからはまだレディオヘッドが流れていた。彼はその曲が終わるのを待っているようだった。曲の途中で大事なことを言うのは礼儀に反する、とでもいうように。
曲が終わった。数秒の沈黙があった。次の曲が始まる前の、あの空白。
昔ね、と彼は言った。ギリシャに住んでいた頃、毎朝走ってたんだ。地中海沿いの道を。走っていると、ときどき道が分かれるところがある。右に行けば海沿い、左に行けば山の方。毎朝どっちに行くか決めるんだけど、面白いのはね、どっちに行っても走り終わる頃にはだいたい同じ気分になっている。景色は全然違うのに。
それは答えになっていなかった。でも彼の小説を読んだことのある人間なら知っている。彼の答えはいつもこういう形をしている。質問の隣に別の風景を置くことで、質問そのものの形を変えてしまう。答えるのではなく、問いのほうを動かす。
つまり、どこへ向かうかは重要じゃないということですか。
そうじゃない、と彼は言った。どこへ向かうかは重要だよ。ただ、それは出発した後にしかわからないということだ。目的地というのはね、歩いた道の最後にあるものであって、最初にあるものじゃない。地図の上に目的地を置いてからそこへ行くのは旅行だ。旅は違う。旅には目的地がない。着いた場所が目的地になる。
これは旅ですか。
君はどう思う?
僕にはわかりません。今のところこれは、午前四時にパジャマでトラックに乗っている異常な状況です。
彼は笑った。悪くない出だしだと思うけどね。僕の小説もだいたいそんなふうに始まるから。普通の人間が、ある日突然、説明のつかない状況に放り込まれる。理由はわからない。でも降りるわけにはいかない。降りたら物語が終わってしまう。物語が終わるのは——
彼は少し間を置いた。
——いつだって、降りたときだ。走り続けている限り、物語は終わらない。
やれやれ、と僕は言った。自分の口からその言葉が出たことに驚いた。それは僕の言葉ではなかった。彼の言葉だった。彼の小説の中で何百回と繰り返されてきた言葉。それが僕の口から、まるで自分のもののように出てきた。
村上春樹はそれを聞いて、少しだけ眉を上げた。
それは僕のセリフだよ、と彼は言った。
すみません。
いいんだ。もう君のものでもある。そういうものだよ、言葉というのは。誰かが使い始めて、別の誰かのところに渡って、そのうち誰のものかわからなくなる。「やれやれ」は僕が発明した言葉じゃない。でも僕が使いすぎたせいで、僕のものみたいになった。そして今、君がそれを使った。もう僕のものでも君のものでもない。ただの言葉だ。空気みたいに、誰のものでもない。
僕たちはしばらく黙ったまま走った。道路標識はもう読まなかった。読む必要がなかった。どこへ向かっているのかが重要でないのなら、標識に書かれた地名にも意味はない。あるいは、すべてに意味がある。同じことだ。
ねえ、と僕は言った。一つ訊いていいですか。
どうぞ。
荷台には何が積んであるんですか。さっきも訊いたけど、答えてくれなかった。
彼はバックミラーをちらりと見た。荷台のほうを確認するように。
読まれなかった物語だよ、と彼は言った。
読まれなかった?
世界中で、毎日、たくさんの物語が生まれている。でもそのほとんどは誰にも読まれない。書かれたけど出版されなかった小説。途中で消されたブログの記事。送信されなかったメール。夢の中で誰かが語った話。午前四時にスマートフォンに打ち込まれたメモ。そういうもの全部。
僕は自分のスマートフォンのことを考えた。今朝、目が覚めてすぐに打ち込んだあの文章。夢の記録。帯の文句。「あなたの僕が、僕の僕になった」。あれも読まれなかった物語の一つになるはずだった。でも今、僕はその物語の中にいる。
それを運んでどうするんですか。
届けるんだ。
誰に。
読むべき人に。
東の空がはっきりと明るくなってきた。六月の朝は早い。四時半を過ぎれば空は白みを帯び、五時には最初の光が差す。僕たちのトラックは、夜と朝のあいだの、ほんの短い時間の中を走っていた。世界がまだどちらにも属していない時間。
ラジオが再びニュースに切り替わった。
——大統領はフランス・エヴィアンでのG7サミットに向けて出発。記者団に対し「最も偉大な取引」と自賛——
彼はラジオの音量を少し下げた。
この人の話し方は小説には向かないね、と彼は言った。
トランプ大統領のことですか。
うん。あの人の言葉は全部大文字なんだ。全部がクライマックスで、全部がオチで、全部が最上級。小説の言葉はそうじゃない。小説の言葉は、静かに始まって、読者の中でだんだん大きくなるものだ。最初から叫んでいる言葉には、大きくなる余地がない。
でも現実を動かしている。
そう、と彼は言った。それが問題なんだ。物語の文法を持たない言葉が、世界で最も大きな物語を動かしている。ケージファイトと和平合意が同じ日に行われる。それは小説のプロットとしては成立しない。因果も伏線もない。でも現実はそれで動いている。現実は、小説のルールを守る義務がないから。
それは怖いことですか。
怖いよ。でも面白くもある。小説家にとってはね。世界がこんなに意味不明になったことは、たぶん今までなかった。僕が書き始めた一九七〇年代には、世界はもう少し読みやすかった。因果があり、文脈があり、比喩は比喩として機能していた。今は比喩がそのまま現実になる。大統領がリングサイドに座る。AIが小説を書く。夢を見た男がその夢の中の人物とトラックに乗っている。全部が同じレベルのリアリティで起きている。
村上春樹は窓を少し開けた。六月の朝の空気が入ってきた。湿っていて、かすかに潮の匂いがした。海が近いのだと思った。でもこの道は海に向かっているのだろうか。僕たちはどこにいるのだろう。大阪にいるはずだ。でも潮の匂いがする。
着いたよ、と彼は言った。
トラックが止まった。僕はフロントガラスの向こうを見た。
浜辺だった。
どこの浜辺かはわからなかった。砂は白くて、海は暗い青で、空はちょうど夜と朝が溶け合うあの色をしていた。波の音がした。それ以外には何も聞こえなかった。ニュースも、エンジン音も、世界の喧騒も、全部消えていた。ただ波の音だけがあった。
降りよう、と彼は言った。ビールを二本持って。
僕たちは砂浜に降りた。砂は思ったよりも冷たかった。六月でも夜明け前の砂はまだ夜の温度を持っている。サンダルの下でさらさらと音がした。村上春樹は迷いのない足取りで波打ち際のほうに歩いていった。まるで何度もここに来たことがあるみたいに。あるいは、彼が書いた何十もの浜辺の場面が、この一つの浜辺に集まっているのかもしれなかった。
彼は適当な場所で立ち止まって、砂の上に座った。僕もその隣に座った。彼はビールを一本渡してくれた。プルタブを引く音が、波の音の合間に小さく響いた。
ビールは冷たかった。午前五時前のビールは、普通なら罪悪感を伴うものだ。でもここではそうならなかった。ここでは時間が別の流れ方をしていた。物語の中の時間。小説の中では午前五時にビールを飲むことに何の弁解も要らない。登場人物がビールを飲む。それだけのことだ。
しばらく僕たちは黙って海を見ていた。波が来て、引いて、また来た。その繰り返し。世界で最も古いリズム。物語よりも古く、言語よりも古く、人間よりも古いリズム。
訊いてもいいですか、と僕は言った。
どうぞ。
なぜ僕のところに来たんですか。
彼はビールを一口飲んだ。缶を砂の上に置いた。缶が少し傾いて、そのまま安定した。
君が呼んだからだよ、と彼は言った。
呼んだ覚えはないです。
覚えがなくても呼んでいることはある。二十年分の読書というのは、二十年分の呼びかけだ。本を開くたびに、君は僕を呼んでいたんだ。ただ、声が届くのに時間がかかった。二十年くらい。
僕は砂を見つめた。さっきまでの夜の暗さが少しずつ薄まって、砂粒の一つ一つが見え始めていた。
僕はあなたの小説に救われた、と僕は言った。言うつもりはなかった。でも口が勝手に動いた。浜辺の空気がそうさせたのかもしれない。あるいは、これが物語の要請だったのかもしれない。ここでこの言葉が発せられることが、最初から決まっていたように。
十九の頃に『ノルウェイの森』を読んで、二十三で『ねじまき鳥クロニクル』を読んで、三十のときに『海辺のカフカ』を読み返して、そのたびに僕は少しずつ変わった。変わったというか、あなたの言葉が僕の中に入ってきて、僕の言葉と混ざって、どこからがあなたでどこからが僕なのかわからなくなった。文章を書くとき、気がつくとあなたの呼吸で書いている。比喩を探すとき、あなたの目で世界を見ている。それが嬉しくもあり、怖くもあった。自分の声がないんじゃないかって。あなたの声の反響でしかないんじゃないかって。
村上春樹は黙って聞いていた。海を見ていた。彼の横顔は穏やかだった。
それでね、と彼は言った。長い沈黙のあとで。
君は自分の小説を書いた。
はい。
何本くらい。
十本。
十本、と彼は繰り返した。その響きを確かめるように。十本か。それはなかなかの数だ。
でもまだ誰にも届いていません。
そういうものだよ。僕だって最初はそうだった。神宮球場で野球を見ていて、デイブ・ヒルトンがヒットを打って、そのとき突然、自分にも小説が書けるかもしれないと思った。でもそう思ってから実際に誰かに届くまでに何年もかかった。届くかどうかは、書く人間が決めることじゃない。
じゃあ誰が決めるんですか。
物語が決める。物語には物語の時間がある。人間の時間とは違う。人間は焦る。今月中に、今年中に、と思う。でも物語は焦らない。千年でも待つ。百年でも。さっき言っただろう。そういうことって100年とか、1000年に一度、あるんですって。あれは時間の話じゃない。密度の話だ。千年分の密度を持った一瞬がある。君が今朝見た夢が、もしかしたらそれかもしれない。
波が僕たちの足元近くまで来て、引いていった。砂が少し削られた。潮が満ちているのか引いているのか、僕にはわからなかった。
あなたに会えて嬉しい、と僕は言った。フィクションでも、夢でも、なんでもいい。嬉しい。
彼はこちらを見た。夢の中で見たときよりも、目が柔らかかった。
僕もだよ、と彼は言った。君に読まれているときの感覚を、君は知らないだろう。書いた人間は、読まれているとき、どこか遠いところでかすかに震えるんだ。誰かが自分の言葉を受け取っているという振動が、時間と空間を超えて伝わってくる。それはとても小さな震えだけど、確かにある。二十年間、君が本を開くたびに、僕は震えていた。
僕は泣きそうになった。泣かなかったけれど、泣きそうだった。目の奥が熱かった。ビールの缶を握る手が少し震えていた。
ねえ、と彼は言った。君の小説の話を聞かせてくれないか。
僕の。
十本書いたんだろう。その中で一番大事なやつ。一番自分に近いやつ。
僕は考えた。考える必要はなかった。答えは最初からわかっていた。
死んだ人間の意識が広がっていく話です、と僕は言った。死んで、意識だけになって、その意識がどんどん膨張して、他の人間の意識と混ざっていく。何十億もの人間の経験を吸収して、最終的には全知に到達する。世界のすべてを知る存在になる。でも——
でも?
帰ってくるんです。全知を捨てて、有限な存在に戻ってくる。なぜなら、全知の中に一つだけ含まれていないものがあるから。
何が含まれていない。
生きている妻の不在です。
村上春樹はビールの缶を傾けて、最後の一口を飲んだ。空になった缶を砂の上に置いた。風が缶の口を通り抜けて、かすかな音を立てた。
それはいい小説だ、と彼は言った。
静かな声だった。批評でも賞賛でもなかった。ただ事実を述べるように。空が青いとか、海が深いとか、そういうことを言うのと同じ調子で。
全知が全知でありえないのは、不在を含むことができないからだ。不在というのは知識じゃない。不在は穴だ。穴は埋められない。埋めたら穴じゃなくなる。その穴のために全知を捨てて帰ってくるというのは——。彼はまた黙った。言葉を探しているようだった。彼ほどの人間が言葉を探すのを見るのは、不思議な経験だった。
それは愛の話だ、と彼は言った。
はい。
しかも最も困難な種類の愛だ。すべてを手にした上で、すべてを手放す愛だ。
海が光り始めた。水平線のすぐ上の空がオレンジ色に染まって、その光が海面に反射して、無数の小さな光の粒になって揺れていた。夜明けだった。六月十六日の夜明け。ブルームズデイの朝。
僕はふと気づいた。遠くに何かが見えた。浜辺の端のほう。波打ち際に沿って、何かが点々と散らばっている。最初はゴミかと思った。でも違った。近づいてみると——僕はいつの間にか立ち上がっていた——それは本だった。
本が浜辺に打ち上げられていた。何十冊も。何百冊も。波に乗って次々と流れ着いている。背表紙が朝の光に濡れて光っていた。僕は一冊を拾い上げた。知らないタイトルだった。著者の名前も知らなかった。開いてみると、文字は滲んでいたけれど読めた。最初の一行だけ。
「今、夢を見た。」
僕は次の一冊を拾った。それも同じだった。最初の一行が「今、夢を見た。」だった。三冊目も。四冊目も。すべて同じ一行から始まっていた。でもその先はすべて違っていた。同じ夢から始まって、それぞれ違う物語に分岐していく。並行世界のように。読まれなかった物語たち。トラックの荷台に積まれていたもの。それが海に流れ出て、この浜辺に打ち上げられている。
これは、と僕は振り返った。
村上春樹はまだ座っていた。二つの空き缶のあいだで、海を見ていた。
荷台が空になったんだ、と彼は言った。ここが届け先だったらしい。
僕はもう一冊を拾い上げた。それだけ表紙の色が違っていた。暗い青。海の底みたいな色。帯がついていた。夢の中で見た、あの本だった。
帯の文句を読んだ。
——僕の目の前に村上春樹がいて、あなたの僕が、僕の僕になった、と僕が告白するシーンが登場する。
僕はその本を持って、彼のところに戻った。
これは僕の本ですか、と訊いた。
彼はその本を受け取って、表紙を撫でた。砂がついていた。彼はそれを丁寧に払った。
さあ、と彼は言った。僕のかもしれないし、君のかもしれない。あるいはまだ誰のものでもないのかもしれない。でもここにある。それだけは確かだ。ここにある。
太陽が水平線から顔を出した。光が一気に浜辺を満たした。僕たちの影が長く砂の上に伸びた。その影は二つあるべきだったけれど、ふと見ると、一つしかなかった。僕のものか、彼のものか、わからなかった。
そろそろ帰らなくちゃ、と彼は立ち上がりながら言った。
どこに。
物語の中に、と彼は言った。僕はもともとそっちの住人だから。
また会えますか。
本を開けばいつでも会えるよ。ずっとそうしてきたじゃないか。
でもこうやって直接話すのは——
彼は微笑んだ。それは彼の小説の中の誰も見たことのない笑顔だった。小説の中では彼の顔は描写されない。語り手はいつも一人称で、鏡を見ないから。でも今、僕の目の前で、彼は笑っていた。
こうやって直接話すことは、と彼は言った。たぶんもうない。これは100年か、1000年に一度のことだから。でもね、それでいいんだ。一度あったことは、永遠にあったことになる。時間は一方向にしか流れないけれど、物語は違う。物語の中では、この朝はいつでも起きている。君がこれを書けば。
書く?
君は今、物語の中にいる。でも物語の外にも同時にいる。ベッドの上で目を覚ました君がいて、スマートフォンにメモを打ち込んでいる君がいる。その君がこれを書くんだ。今ここで起きていることを。全部。トラックも、ビールも、浜辺も、読まれなかった本も。午前四時八分から始まったこの全部を。
でもそれを書いたら、これはフィクションになってしまう。
ならないよ、と彼は言った。もうフィクションと現実の区別はないんだから。壁はなくなった。さっき言っただろう。落ちた先にも地面はあるって。ここがその地面だ。
彼はトラックのほうに歩き始めた。背中が朝日を受けて、輪郭だけが光っていた。
一つだけ、と僕は言った。彼は振り返った。
なぜトラックだったんですか。スポーツカーとか、もっとかっこいい車じゃなくて。
彼は少し考えて、それからいつものように肩をすくめた。
かっこよさは小説に必要ないよ、と彼は言った。必要なのは正しさだ。読まれなかった物語を何百冊も運ぶには、トラックじゃなきゃ駄目だろう。スポーツカーのトランクには入りきらない。
彼はトラックに乗り込んだ。エンジンがかかった。僕は浜辺に立ったまま、暗い青の本を胸に抱えていた。トラックが動き始めた。砂の上にタイヤの跡が残った。波がすぐにそれを消すだろう。でも物語は消えない。
トラックは浜辺の端を走り、やがて道路に出て、小さくなっていった。ヘッドライトはもう点いていなかった。朝の光の中では必要なかった。
僕は一人で浜辺に立っていた。足元に本が散らばっていた。波がそれを少しずつ攫っていった。でも手の中の一冊だけは、しっかりと握っていた。
スマートフォンを取り出した。通知が溜まっていた。
「トランプ大統領、エヴィアン到着。NATO首脳と会談へ」
「建国250年記念式典、準備進む」
「今日の天気 大阪 晴れ 最高気温29度」
世界はまだ動いていた。ニュースはニュースとして、天気は天気として、大統領は大統領として。でも僕にとって、それらはもうただの事実ではなかった。すべてが物語の一部だった。すべてが一つの大きな、作者のいない物語の断片だった。
僕は新しいメモを開いた。
最初の一行を打った。
「今、夢を見た。」
六月十六日。午前五時十二分。浜辺で。ビールの空き缶が二つ、砂の上に転がっている朝に。読まれなかった物語たちが波に揺れている朝に。僕はこの物語を書き始めた。
あるいは、この物語が僕を書き始めた。
村上春樹をみつけたら
メタフィクション、幻想文学、村上春樹へのオマージュ
"あなたの読書は、二十年分の呼びかけだ。"
突然、村上春樹が僕の前にあらわれた。
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