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偽作演舞

ナン・ルーナック

32,328 字

メタフィクション・ダークファンタジー

"観客席など、どこにもなかった。誰もが筋書きの上の登場人物だ。"

※狂気太郎著、カイストシリーズの二次創作です。 ※オリジナルカイストが登場します。 https://madtaro.x0.com/

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第一章 代役

※狂気太郎著 https://madtaro.x0.com/ カイストシリーズの二次創作です。
※オリジナルカイストが登場します。

偽作演舞

第一章

一

 カイの村は、地図の端の、そのまた端にあった。

 麦を作り、羊を飼い、冬になれば薪を割る。行商人が来れば、村はお祭り騒ぎになる。そんなどこにでもある小さな村だ。

 カイは十才になったばかりで、家には父と母と、六つ下の妹のミーナがいた。それから、家族ではないが家族と同じくらい一緒にいる男がいた。隣の家の五つ年上のハルトだ。

 ハルトはいつも、村の子供達の兄貴分のように振舞っていた。釣りも木登りも罠の仕掛け方も、カイは全部ハルトに教わった。普段は隠しているが臆病なところもある。狼の遠吠えが聞こえるとすぐに家へ帰りたがることもあったが、危険を察知するのは大事なんだぞ、と強がったりする。そういうところも含めてカイはハルトが好きだった。

「おにいちゃん、まって」

 川へ向かうカイとハルトの後ろを、ミーナが短い足で追いかけてくる。カイが立ち止まると、ハルトも一緒に立ち止まる。三人で川へ行き、ハルトが釣り、カイが餌をつけ、ミーナが魚の数を数え間違える。

 そういう日々が、ずっと続くのだと思っていた。

二

 最初におかしなことを言い出したのはハルトだった。

「夜中にさ、空から声がしたんだ」

 川原の石に腰掛けて、ハルトは釣り竿も握らずに言った。

「声って、誰の」

「分からない。女の人みたいな声だった。お前は選ばれた、って言うんだ。お前には大きな役目がある、って」

 カイは笑おうとした。けれどハルトの顔は笑っていなかった。怯えているのでもなかった。何かを受け取ってしまった後のような、妙に静かな顔をしていた。

 次の日から、ハルトは剣の稽古を始めた。正確に言えば、振っているものは剣ではない。古い鉈だ。狼の遠吠えで家に逃げ帰っていたハルトが、日が暮れるまで一人で素振りを続けた。その振り方が、日に日に様になっていくのが、カイには不思議だった。誰かに教わったわけでもないのに。

 村の大人達も、どこか変わっていった。

 鍛冶屋の親父が、ハルトの鉈を研ぎながら言った。

「お前の目には、何か大きなものが宿っているな」

 その言い方が、カイには引っかかった。鍛冶屋の親父は口の悪い男で、そんな言葉を使うところを見たことがなかった。まるで誰かに書いてもらった台詞を、覚えた通りに喋っているようだった。

 雑貨屋の前を通りかかった時、店の主人が一人で店先に立っていた。客は誰もいない。主人は誰に向けるでもなく、平板な声で呟いた。

「今年の祭りは、きっと忘れられないものになるだろうねえ」

 カイが振り返った時には、主人はもう店の奥へ引っ込んでいた。

 気味が悪い、とカイは思った。けれど、それを誰に言えばいいのか分からなかった。ハルトに言えば、ハルトは静かな顔で頷くだけのような気がした。父と母は祭りの支度で忙しかった。ミーナはまだ小さかった。

 だからカイは、誰にも言わなかった。

三

 祭りの前日の夕方、カイは裏の家の老婆に呼び止められた。

 老婆は縁台に座ったまま、骨張った手でカイの肩を掴んだ。思いがけないほど強い力だった。

「明日は必ず広場においで」

 老婆の目は、カイを見ていなかった。カイの顔の少し後ろの、何もないところを見ていた。

「お前さんが来ないと始まらないからね」

 老婆はそれだけ言って手を離し、また縁台の上で虚空を眺め始めた。

 カイは、しばらくその場に立っていた。

 始まらない、と老婆は言った。何が始まるのだろう。自分がいないと始まらない何か。ハルトには大きな役目があると空の声が言った。鍛冶屋の親父は、覚えた台詞のようにハルトを褒めた。雑貨屋の主人は、今年の祭りは忘れられないものになると言った。

 自分にも、何かが用意されている。

 そう思った途端、背中の毛が逆立った。

 その夜、カイは寝床の中でミーナに言った。

「明日の祭りの夜、何か怖いことがあったら、うちの床下に隠れよう。一緒に」

「こわいこと」

「分からない。でも、もしも」

「うん。おにいちゃんといっしょ」

 ミーナは半分眠ったまま頷いた。

四

 祭りの夜は、晴れていた。

 広場には篝火が焚かれ、笛と太鼓が鳴り、村中の人間が集まっていた。ハルトもいた。腰に例の鉈を下げて、篝火の向こうに立っていた。老婆もいた。鍛冶屋の親父も、雑貨屋の主人もいた。皆、何かを待っているような顔をしていた。

 ミーナは、ハルトに連れられて祭りへ行くことになった。こわいことなんかおきないもんっ、とミーナは笑っていた。カイも、半分はそう思っていた。

 それでもカイは、祭りには行かなかった。

 家の裏口から中に入り、台所の床板を一枚外して、貯蔵庫へ降りた。芋と玉葱の匂いのする、狭くて暗い穴だ。床板を少しずらしたままにしておいた。怖いことが起きてもいいように。

 最初の悲鳴が聞こえたのは、それから間もなくのことだった。

 笛と太鼓が止み、代わりに何か重いものが倒れる音と、人の叫び声と、燃える音がした。カイの家は広場に面していた。床板の隙間から、広場の端が見えた。

 角の生えた者達が、村人を殺していた。

 黒い肌に、赤い目。牙の覗く口。絵本で見た魔族そのものの姿だった。彼らは手にした大きな刃物を振るい、逃げ惑う村人を次々と斬り倒していく。

 けれど、カイの目を釘付けにしたのは、その恐ろしい姿ではなかった。

 彼らの顔だった。

 退屈そうだった。嫌々仕事をしている職人のような顔だった。一人が村人の首を刎ねた後で、欠伸を噛み殺すように口元を歪めた。別の一人は、斬り倒した男の上を跨ぎながら、面倒臭そうに肩を回していた。怒りも、憎しみも、殺す喜びすらなかった。ただ、決められた仕事を決められた通りにこなしているだけだった。

 その時、広場の真ん中に小さな影が走り出てきた。

「カイおにいちゃん」

 ミーナだった。

「カイおにいちゃん、どこ」

 ミーナはカイを探していた。怖いことが起きたら、床下で一緒に。その約束を思い出して、ハルトの手を振りほどき、家の方へ駆けてきたのだ。カイは床板を跳ね上げようとした。手が動かなかった。

 魔族の一人が、面倒臭そうにミーナの方を向いた。刃物が、軽く振られた。

 ハルトが走ってきたのは、その直後だった。鉈を振りかざし、魔族を切り伏せ、倒れたミーナを抱き起こした。カイの知っているハルトはあんな動きはできなかったはずだ。まるでおとぎ話の勇者……。篝火の明かりが、ハルトの腕の中の小さな体を照らしていた。

 ミーナの唇が動いた。

「ハルトおにいちゃん……みんなを……」

 そこで、ミーナは動かなくなった。

 ハルトが叫んだ。空に向かって、獣のような声で叫んだ。床下の暗闇の中で、カイは息もできずにいた。

 分かってしまった。

 あれは、自分の役だった。勇者の腕の中で死ぬ、弟分の役。老婆が言っていたのは、このことだった。自分が広場に来ないと始まらない。だから、始まらなかった自分の代わりに、筋書きは別の誰かを探した。一番近くにいた、一番小さな誰かを。

 自分が隠れたから、ミーナが死んだ。

五

 村が燃えていた。

 床板の隙間から、赤い光と煙が流れ込んでくる。魔族達はいつの間にか引き上げていた。仕事を終えた職人が道具を片づけて帰るように、あっさりと。

 静かになった村の上で、声がした。

 どこから聞こえたのか分からなかった。空から降ってきたようでもあり、頭の内側で響いたようでもあった。女の声だった。

「……ええ、いいわ。とても、いい」

 満足げな声だった。出来の良い芝居を見終えた客のような。

 その声を聞いたのは、床下のカイだけだった。

六

 朝になって、カイは床下から這い出した。

 村は焼け落ちていた。家も、納屋も、広場の篝火の台も、黒い炭になって煙を上げていた。

 焼け跡の真ん中に、ハルトが立っていた。

 ハルトは、小さな土饅頭の前に膝をついていた。昨夜のうちに自分の手で掘ったのだろう。ハルトの指は土と血で汚れていた。やがてハルトは立ち上がり、腰の鉈を抜いて空に掲げた。

「必ず、仇を取る」

 その声は、村のどこにも届かなかった。聞いている者は誰もいなかったからだ。村の生き残りは、ハルト一人だということになっていた。

 カイは、焼け落ちた家の陰から、それを見ていた。

 出ていけば、ハルトは驚いて、喜んで、抱きしめてくれただろう。そして二人で旅に出ることになっただろう。仇を取るための旅に。勇者と、その連れの旅に。

 カイは出ていかなかった。

 ハルトは鉈を腰に戻し、焼け跡に背を向けて歩き出した。一度も振り返らなかった。その背中が丘の向こうに消えるまで、カイは物陰から見送った。

 誰も、カイを探さなかった。

 カイも、誰にも名乗り出なかった。ハルトの後を追わなかった。魔族を恨むこともしなかった。恨めば、恨む者の役を与えられる気がした。

 カイは焼け跡を離れ、遠く離れた町へ流れていった。そこで写本屋の下働きの口を見つけた。他人の書いた物語を、一字一句違えずに書き写す仕事だ。

 カイはその仕事が性に合った。物語はいつもカイの手元にあったが、カイはその中にいなかった。英雄が剣を振るい、姫が涙を流し、悪人が滅びる。カイは、それを正確に書き写すだけでよかった。

 誰とも深く関わらなかった。親しい友を作らず、妻を娶らず、子を持たなかった。誰の人生の登場人物にもならないように、静かに暮らした。

 そうして、静かに老いていった。

七

 何十年か経った、ある春の日のことだった。

 写本屋の窓の外から、竪琴の音が聞こえてきた。町の広場に、吟遊詩人が来ているらしい。人だかりの声がする。

 カイは写本の手を止めた。なぜ止めたのか、自分でも分からなかった。杖をついて、広場へ出た。

 吟遊詩人は、英雄の物語を歌っていた。

 辺境の小さな村に生まれた若者の話だった。祭りの夜、村は魔族に焼かれ、若者の腕の中で、幼い娘が息絶える。娘は最期に言う。おにいちゃん、みんなを。若者は天に誓い、剣を取って旅に出る。仲間を得て、試練を越え、ついに魔王を討ち果たす。世界は救われ、若者は姫と結ばれ、王となる。

 娘の最期の場面で、聴衆は泣いていた。前に立っていた年寄りの女は、何度も目元を拭っていた。

 そして、魔王が倒れる場面で、広場は歓声に包まれた。人々は拍手し、口笛を吹き、吟遊詩人の帽子に銀貨を投げ込んだ。

 その歌の中で、娘の名は一度も呼ばれなかった。村の娘、とだけ歌われた。

 カイは、広場の端で、最後まで聴いていた。

 拍手はしなかった。泣きもしなかった。それは違う、とも言わなかった。あの幸福な結末が、ミーナと村の上に築かれていることを知っているのは、この広場でカイ一人だった。

 歌が終わり、人だかりが散っていった。カイは杖をついて、写本屋へ戻った。

八

 カイは、老いて死んだ。

 そして、生まれ直した。

 新しい人生の最初の記憶は、暗さと匂いだった。芋と玉葱と、焦げた木の匂い。あの貯蔵庫の暗さだった。

 赤子のカイには、新しい両親がいた。二人はカイに新しい名前をつけ、何度もその名を呼んだ。カイは、何も反応をしなかった。耳が聞こえないのではないかと、両親はずいぶん心配したらしい。

 五つになった頃、近所の子供達が空き地で遊んでいた。

 木の枝を剣にして、一人が勇者、一人が魔王、残りは村人や姫になる。勇者ごっこだ。

 一番年上の子が、空き地の端に立っていたカイを指さした。

「お前は、勇者に助けられる村の子の役な。名前なんだっけ」

 カイは一歩下がった。

「カイ。ぼくは、いいよ」

「そっか。じゃあ、カイは見てる役な」

 子供達はそれ以上カイに構わず、魔王退治を始めた。勇者の枝が魔王の枝を打ち、姫役の子が歓声を上げた。

 カイは空き地の端に座って、それを眺めていた。

 見ているだけでいい。見ている限り、何も傷つかない。

 カイは見る側に留まったまま、その一生を終えた。

── 第1章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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