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ダイバーシティストア

haku

11,095 字

ブラックユーモア、社会風刺、現代文学

"疲弊したコンビニ店長が直面する、狂気と不条理の「ダイバーシティ」。"

ある日、コンビニ《朝日ファミリーストア》の店長細川の元に、CEOに連れられて一人の若者が現れた。 彼は両手足が根本から欠損していた。 『ダイバーシティ マネージメントだよ!』 CEO一言で若者を新入店員として受け入れざるを得ない細川。 企業経営者の歪んだ方針に翻弄され疲弊する中間管理職の悲哀を描く短編。

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その日、《朝日ファミリーストア》の店長、細川 茂は疲弊していた。

『腹痛いっす。休みまっす!店長すんません!』

バイトの北嶋に夜間シフトをドタキャンされ、穴埋めのためにずっと夜勤に立たされる羽目となった細川。

彼は昨日の朝の出勤から自宅に帰っていないのだ。

しかも、このコンビニは歓楽街ブラブラ丁からほど近い立地のため、夜間も来客が途絶えないのである。


『おるラァ!ギザ十ちゃうやないか!』

ギザギザ入り10円玉のお釣りを要求して怒鳴るヤクザ。


『ボクチンの息子を恵んであげる!』

カウンター前でズボンをずらして陰部を見せつける男。

こんな訳のわからない酔っ払い客や変態が頻繁に訪れる。

細川の HPは容赦なくそぎ落とされて行くのだ。


そして満足な休憩時間も取れないまま朝を迎え、彼の足は棒のようになっている。

早朝の配送トラックが到着した。

荷受けして伝票確認を終わった後、スタッフルームに戻って一息ついた時である。

「あぎ!痛たたたた!」

ふくらはぎが急にこむら返りを起こした。

激痛に顔をしかめる細川。

こういう時は下手に足を伸ばしたり力を込めたりしたら逆効果である。

彼は痛みをこらえながらゆっくりと深呼吸を繰り返した。

徐々に痛みが和らいでいく。

「はあ…最近よく足がつるな…」

彼の嘆き節には力がない。


今はまだ月半ばなのに、夜間シフトは7回目である。

とにかく人が足りない…


彼は力なくメビウスの箱から最後の1本を取り出すとライターで火をつけた。

最初のひと煙を吐いた時である。


店舗の駐車場に1台のセンチュリー が入庫した。

防犯カメラからその様子を見た細川は仰天した。

「CEOだ!」

彼は慌てて椅子から跳ね上がると、まだ吸い始めのタバコを灰皿にグリグリと押し付け、駐車場にダッシュした。


細川はセンチュリーの前に到着すると、緊張した面持ちで直立不動の体制をとった。

ガチャリと後部座席の扉が開き、中から光沢のある濃紺ストライプのダブルのスーツを着た恰幅の良い男性が姿を現した。

「大膳CEO!おはようございます!」

細川はその男に向かって腰を90度に折曲げて挨拶をする。

「ア―!おはよう細川くん。苦しゅうない」

その大膳CEOと呼ばれた男の頭髪はポマードでテカテカに固められオールバックにまとめられていた。

そして浅黒いつやつやの頬の中の分厚い唇を開け、眩しいほど白く歯並びの良い歯列をのぞかせた。

「CEO!このように直々にお越し頂くとは…一体どのようなご用件で?」

「細川君。君にお願いしたいことがあってね」

「お願いしたい事…でございますか?」

「ああ!彼のことだ」

そう言って大膳は車の方に目配せした。

「彼?」

細川はセンチュリーに顔を向けると、運転手に支えられて車椅子に体を移す一人の若い男性が目に入った。

その若者は、細川の顔を見ると弾けるような笑顔で挨拶をした。

「おはようございます!若林勇人(わかばやしはやと)と言います。二十二歳です!宜しくお願いします!」

(ぐえ!)

細川は鼓膜が破れるかと思った。

とにかく巨大な声なのである。

そしてまんまるのふくよかな顔にぴったり固められた七三分けの頭。

太眉団子鼻にまつ毛が異常に長い大きな目が希望に満ちて輝いていた。


しかし細川が最も驚いたのは彼のその姿であった。

両手足が無いのである。

上腕部も大腿部もほぼ根元あたりから存在していない。

ワイシャツの袖もズボンも短く切り揃えられて肌色の断端が覗いている。

細川が言葉に詰まる重篤な欠損状態である。

「う…CEO.…一体…彼は」

大膳は満面の笑顔で答える。

「若林勇人君は君の店舗の配属となった。ご指導のほどよろしく頼む!」

「え!」

細川は目が飛び出しそうになった。

「彼は私の大切な友人のご子息でな。非常にやる気に満ちた、我社期待の真面目な若者なんだ」

「は…はい…でも…若林君…君のその手足は?」

「はい!昨年路上で強盗に襲われ四肢全部切断されました!とっても痛かったです!」

「ひ!」

「でも、手足を失うなど僕にとっては大した問題ではありません!新しい個性を得ることができたと思っています!」

「そ…そう…なの?」



大膳は笑顔で続けた。

「細川君。我社もついに《ダイバーシティマネジメント》を具現化する事となった。君の店舗はその栄えある第1号なのだよ!」


(ダイバーシティマネジメント!?)

細川は先月行われた zoomによる経営会議のことを思い出した。

全国の店長が画面を見守る中でCEOは拳を振り回して演説する。

『我社は今後ダイバーシティマネジメントに舵を切る!これは人々の違いによって差別するのではなく、それぞれの能力と特性を生かして企業経営に取り込むことによって、共生と利益確保を同時実現し、さらに社会貢献につなげるという崇高かつ持続可能な経営理念である!』

さらに大膳は唾を飛ばしながら演説を加熱させる。

『日本の多様性に対する経営理念は欧米に比べて立ち遅れている!我社の海外出店は100店舗を超えた。世界の潮流に乗り遅れることはできない!ダイバーシティマネジメント無くして我社の未来はないのだ!今後、女性、外国人、そして障害者雇用を加速する。全国の店長の皆さん!是非とも協力をよろしくお願いいたします!』


細川はこの演説をあくびを噛み殺しながら聞いていた。

(まさか…第1号が自分のところ!)

細川は想定外の事態に呆然としていた。

「細川君!」

「は、はい!」

「若林君には早速本日から仕事に入ってもらう。彼の存在を業績アップにつなげてもらうようよろしく頼むよ!」

「きよ、今日からですか!?」

大膳は唖然とする細川を無視してセンチュリーに乗り込み足早に去って行ってしまった。

細川は顔が土気色に変色した。

そんな細川に対して残された若林君は明るく大きな声で話しかけた。

「手足はなくとも僕のやる気と情熱はなくなりません!必ずお店のお役に立てると確信しています!夢は必ず叶います!今後ともよろしくお願い申し上げます!」

細川は若林君のきらめく笑顔をよそに、ただただ唇を震わせて虚空をうつろな目で見つめていた。



次回   細川の苦闘


虚ろな目で立ち尽くす細川。

「店長!おはよっす!」

ちょうど夜勤をドタキャンした北嶋が出勤し、細川は、はっと我に帰った。

「え!…お、おはよう」

「昨晩はすんませんでした…て!え!この車椅子のボクちんは誰っすか!?」

若林くんを見て目を丸くする北嶋。

「あ…ああ。今日から配属になる新人だ」

「ええ!」

「おはようございます!若林勇人と申します!よろしくお願い申し上げます!」

若林くんは爆声で挨拶した。

「う、ぐ。北嶋す…」

北嶋は耳を塞いで顔をしかめて細川の顔を見た。

(そんな顔するなよ…北嶋…)

細川も泣きそうである。

本当ならここで北嶋と交代して帰宅する予定だったのである。

しかし若林くんを置いて帰るわけには行かない。

『今日は帰れなくなった』と妻にLINEを打つ。

既読はつくが返事がない。

とにかくこのままにもしておけないので、とりあえず車椅子を押して彼と共に店内に入った。

「うわあ!なんて綺麗な店なんだ!」

目をキラキラさせる若林くん。

細川は思案し、とにかく今日のところは店内を一通り案内してから、カウンター内に車椅子を置いて仕事の様子を見学してもらうことにした。

「へえ―!」
「なる程!」
「凄い!」

業務の様子にいちいち感心する若林くん。

感極まった若林君は女性客が入店した時思わず大きな声で挨拶をしてしまった。

「ようこそ!いらっしゃいませ!」

「ひい!すいません!」

女性客は飛び上がり、逃げるように出て行ってしまった。

「若林君!まだ挨拶はいいから!」

細川は慌てて制止する。

来客がいない時のバックヤードで、細川と北嶋が喫煙しながら重苦しい空気に包まれている。

「店長!あれどうするんすか?」

モニターに映っているカウンター内の若林くんを北嶋が忌々しそうに顎で指す。

細川は、ふーっと煙を吐きながら無言である。

北嶋はさらに口を尖らせる。

「何ができるんすか?あいつに!」

「いいんだ…分かっている」

「分かってる…って…」

「考えよう。彼ができることを…」

「ちょ!そもそも!何であんな奴を雇うんすよ!」

「…CEOのご友人の息子さんなんだ…」

「え!」

「だから無下にできないんだよ…」

「マジすか?」

「すまん北嶋…ここは何とか協力してくれ」

「いや…無理っす…」

「そんなことは言わんでくれ。頼む!」

細川も必死である。

バイトが協力してくれなければ全部自分が背負うことになるのだ。

渋る北嶋の後ろのモニターには屈託のない笑顔の若林くんが映し出されている。

しかしその笑顔が急に苦悶の表情に歪んだ。

「北嶋!若林君の様子が変だ!」

異変に気付いた細川は慌ててカウンターに走る。

「どうしたんだ!若林君」

「うんこが……出そうです……」

「ええ!」

「早く……トイレへ…」

「わ、分かった!」

細川は車椅子を押してトイレに急行する。

ちなみに若林くんは自分で車椅子を操作出来ないので、移動には全て他人に押してもらう必要が有る。

店の便所は面積の広い多目的トイレである。

三枚引戸を開けて中に入ると車椅子を洋式便器に横付けした。

「お-い!手伝ってくれ!」

細川は北嶋を呼び、二人がかりで若林くんの体を持ち上げて便器に移した。

若林くんは手足が無いのにも関わらず体重は80キロを超えているのだ。

北嶋は顔を赤くして息を切らしている。

そして若林くんの半ズボンを脱がした。

彼のパンツの股間部には可愛い熊の顔のプリントがなされている。

笑いを噛み殺す北嶋を無言でたしなめながら細川はパンツをはいだ。

しかし、その瞬間若林くんは顔を赤らめて二人に叫んだ。

「は、早く出ていって!」

「え!」

「セクハラで訴えますよ!」

「す、すまない!若林君……」

細川は謝ると、中指を立てる北嶋の肩を掴んでいそいそとトイレを出た。

そして排便が終わるのを待ってから再度中に入る。

便器の中には大山椒魚のような巨大な大便が横たわっていた。

細川は鼻の息を止めながら、若林君の尻拭きを始めた。

「ちゃんと綺麗に拭いてくださいね!」

若林くんはフンと鼻を鳴らす。



下着とズボンを元に戻したら、又二人で顔を赤くして若林君の巨体を車椅子に戻す。

こうしてようやく若林くんの排便を終わり、車椅子をカウンター内に戻した。



しかしその二時間後、今度は彼はおしっこがしたいと言い出した。

また同じ手順の繰り返しとなる。

今度は来客と重なった為、レジカウンターで待たされた男性客が騒ぎ出す。

細川は必死に謝罪しながらレジに向かった。

「客を待たせちゃ駄目でしょ!もっとテキパキやらなきゃ!」

若林くんはパンツを履かされながら口を尖らす。

(この野郎……)

北嶋はギリギリと歯を鳴らした。


この後も若林くんは大小便を繰り返した。

その介助だけでヘトヘトになる二人。


そうこうしているうちに夕方になり、若林くんのお迎えの車が店に到着した。

定時に迎えがあることは大膳から聞いていた。

レクサスの運転席よりチェーンの飾りのついた金縁メガネをかけた中年の女性が降り立つ。

若林くんの母親であった。

グレーのシャネルのスーツに真珠のネックレスで身を飾った彼女は鋭い目つきで細川を睨んだ。

「勇人さんは居るザマスか?」

「はい。カウンターの中におられます」


「御母様!」

若林くんは母親の姿を見て嬉しそうに声をあげる。


「勇人さん。今日はしっかりとお仕事ができたの?」

「はい!僕は出来ました!でも……」

「でも?どうなさったの?」

「お店の人が僕の介護が下手で……お客様を怒らしてしまったのです!」


細川はこれを聞いて顎が外れそうになった。


「まあ!店長さん!もっときちんとして頂かなくては困ります!」

「え!いや、その……」

「何をもごもごしてるの!とにかく勇人さんの足を引っ張るのだけは止めて下さいね!」

(く!そもそも足なんて無いだろ…)

細川は唇を噛み締めながら言葉を飲み込んだ。



そして夕日に照らされながら去っていくレクサスを見送る二人。

北嶋はボソッと呟いた。

「明日……あいつをビンタしてもいいすか?」

「待ってくれ北嶋……こらえてくれ」

「初日で限界MAXすよ……俺」

「考える。考えるから……頼む!」

言いながらも細川の目は虚空を彷徨っている。


トイレの紙巻器からペーパーの切れ端がだらしなく垂れ下がっていた。




次回  更なる危機



その日細川は、若林くんを見送った後残務処理し、夜勤のバイトと交代してようやく帰途についた。

帰宅の途中で不意にけたたましくスマホが鳴った。

大膳からの着信である。

細川はピンと背筋を伸ばして応答した。

『細川君!若林君のお母様から連絡があったんだが、君に粗相があったそうじゃないか!』

「は!あ!いえ……その……」

『言い訳はいい!困るじゃないか!君!』

「あ、う…申し訳ございません……」

『これは非常にインポータント・イニシアティブなのだ!失敗は許されない!』

「はい!その通りです!」

『まあ良い…明日からの動きをよく見ているよ。 細川君』

「か、かしこまりました!」

プツンと電話が切られる。

(うう……あの母親め……)

細川の胃がぎりぎりと痛む。


自宅に着いた時には11時を過ぎていた。

真っ暗なダイニングに入り手探りでペンダントの照明をつける。

テーブルの上にはサランラップがかけられた焼き飯とスプーンが置かれていた。

「なんだ……また焼飯か……」

細川はぼやきながらそれをレンジで温める。

そしてラップをめくると冷蔵庫に冷やしてあったキムチと一緒にスプーンで口に運ぶ。

誰もいないダイニングルームに咀嚼音が響くが焼飯はなかなか減らない。

(彼はレジも打てないし、商品の陳列もできない。揚げ物やスナックフードの調理も、店内の清掃も無理だ。しかも絶対に1人にしておけない。どうすれば……どうすれば……)

いくら考えても答えが見つからないのであった。

(明日からどうしよう……)

細川は途中でスプーンを置くと、無言で頭を抱える。

薄暗い室内に壁時計のチッチッという音だけが鳴り響いていた。



翌朝細川は早めに出勤したが、なんと駐車場にはもうレクサスが止まっていた。

後部座席の窓が開き若林くんが顔を突き出す。

「店長!おはようございます!もう待ちきれなくて!楽しみで!早く来ちゃいました!」

彼の顔は昨日よりもはるかにつやつやでテカテカだった。

その瞳はやる気で燃え上がっている。

「遅刻をなさるとはどういったおつもりざます!」

若林の母親は金縁メガネの奥のまなこを吊り上げて細川を叱責する。

(定時の1時間前なんだけどな……うう……)

細川はぐっとこらえて平身低頭謝罪をした後、若林くんを迎え入れた。

かといってやはり任せられる仕事が思いつかない。

また昨日のようにカウンター内で業務見学してもらうしかなかった。



定時になり北嶋が出勤してきた。

「北嶋先輩!おはようございます!」

入り口の自動ドアが振動するほどの大声で挨拶をする若林くん。

北嶋は彼をじろりと一瞥すると、無言のまま バックヤードに入って行った。

細川はその様子を見て慌てて彼の後について入った。

「北嶋君!あれはまずいって。挨拶ぐらい返さないと」

「冗談はよしこさんっす。何であんな奴に」

「頼むよ!また母親にチクられるかもしれないだろ」

「へえ。別に俺は構わないっすけどね」

「そんなことは言わんでくれ!頼む!」

細川の言葉はもはや悲鳴に近かった。

その時である。

「Oh My God!」

白人男性が呆れながら店を出ていく。

細川はバックヤードから飛び出し若林くんに詰め寄った。

「お客様が帰って行ったじゃないか!一体何があったんだ? 若林君!」

彼はきょとんとしている。

「え?何がって……わけのわからない言葉で喋ってくるから『ここは日本だ!日本語を喋れ!』って言ってやったんですよ」

「げ!ダメじゃないか!」

「なぜですか?《郷に入れば郷に従え》ですよ!フードとかドリンクとかブツブツしつこかったんで『日本語を勉強してから出直せっ』て一括してやりました!」

(最近ここは外人の観光客も多いのに……)

したり顔の若林くんに対し、もはや物を言う気力も失せてがっくりうなだれる細川。

その姿を北嶋は冷ややかに見つめている。


しかし午後になってさらに問題が発生した。

「そんなに僕をいじめて嬉しいですか!」

若林くんが憤慨している。

「え?一体何のこと?」

「カウンターの斜め前にいやらしい雑誌がいっぱい並んでいます」

「う……そうだけど」

「《熟女マガジン》とか《団地妻の汗》とか《週刊SM》とか、嫌が応にも僕の目に入ります!」

「そ、それは……」

「僕の股間は爆発しそうだ!」

若林くんは顔を真っ赤にして絶叫した。

(しまった!迂闊だった……)

細川は入口横の書籍販売コーナーから慌てて成人向け雑誌を全て抜き去りバックヤードに隠した。

しかしその直後にエリアマネージャーが業務監査に来てしまった。

彼は目敏く書籍コーナーの空きを見つけて細川に厳しく迫る。

「細川店長!何故成人向け雑誌が陳列されていないのかね!」

「ひ!申し訳ございません!」

「この店舗で成人向け雑誌が売上の何%を占めているのか君も承知のはずだろう。販売マニュアルに逆らうつもりかね!」

「いいえ!とんでもございません!」

「すぐに元に戻すんだ!」

「か、かしこまりました!」

細川はエリアマネージャーの監視の元、すべての雑誌を元に戻さざるを得なかった。

「今後は気を付けたまえ!上部には報告しておくから!」

「は、はい……」

まさに泣きっ面に蜂である。

細川はエリアマネージャーの姿が見えなくなるまで腰を折り曲げて見送った後、チラリと若林くんの方を見た。

(ひ!若林君……)

彼の股間は大きくテントを張っている。

そしてそのまなこは憎悪に満ちて細川を睨んでいた。



次回   最終話



「これって虐待ですよね!」

若林くんの目は血走り、激しく眉間に皺を寄せている。


「ち、違うんだ!止むを得ないんだよ」

「こんな僕を苦しめて……最低だ!」

「誤解だよ!今のやり取りを君も見てただろう?」

「店長は僕を護ってくれなかった!」

「え?」

「あんな奴の不当な指示を跳ね除けてくれなかった!」

(そんな事……出来る訳無いだろ…)

細川は溜息をついた。


「御母様に言いつけてやる!」

「え!」

「みんなで僕をいじめたと言いつけてやる!」

「な!それは止めてくれ!若林君!」


細川の脳裏に昨晩の大膳の言葉が蘇った。


――まあ良い…明日からの動きをよく見ているよ。 細川君――

彼は悪夢を見ている気分だった。

頭がクラクラし始めた。

目の前の若林くんが二重に見える。


その時であった。

バックヤ―ドの入口から北嶋が叫んだ。

「店長!後ろ!」

細川はぎょっとして振り向いた。

そこには坊主頭にサングラスとマスクを装着した黒ジャ―ジ姿の男が立っていた。

両手には出刃包丁が握り締められている。

彼はその切先を細川に突き付けて叫んだ。

「騒ぐな!金を出せ!」

強盗である。

しかし細川は慌てなかった。

店舗運営マニュアルではこういう時には決して逆らわず、大人しく金を渡す事が決められている。

「待って下さい。今、現金を出しますから……」

細川は落ち着いてカウンター内に入りレジを開いた。

その時であった。

「このクソ泥棒!店から出て行け!」

若林くんが強盗に向かって叫んだ。

(あ!いけない!)

細川は鼻から心臓が飛び出そうになる。

ジャ―ジ姿の男は一瞬面食らったが、興奮して包丁を若林くんに突き付けた。

「何だと!この野郎!こいつが見えないのか?」

「ふん!そんなもの怖くない。このハゲ頭のウジ虫野郎!」

「ぐ!俺の頭の事を…畜生!」

(だ、駄目だ!犯人を刺激しちゃ!)

狼狽する細川をよそに若林くんの言葉は益々エスカレートする。

「言ったがどうした?ゴミ虫クソハゲ馬鹿野郎!お前なんて社会の屑だ!うんこちゃんにたかるクソ蠅だ!」

「うぐ……こいつ!許せねえ…」

「許せねえ…だと!笑わせるな!何も出来ない癖にいきがるな!ハゲハゲハゲハゲハゲ頭!つるつる頭のハゲ頭!女にもてないハゲ頭……」

「わ、若林君!いけない!」

細川が叫んだその瞬間であった。

「うがあぁぁ!!!」

犯人は絶叫して包丁で若林くんの顔を横なぶりに切りつけた。

「ぎゃあ!!」

若林くんは顔面から血を吹き出しながら車椅子から転げ落ちた。

その刃先は深く彼の両目を切り裂いていた。


「ひぎい!目が!目が!」

若林くんは血塗れになりながら床をのたうち回る。

「ハァ!ハァ!ざまあみやがれ!」

ジャ―ジ男は興奮覚めやらぬ様子だったが、若林くんの惨状を見て慌てて逃走した。

その後、店は警察や救急車が入り乱れて騒然となった。

「痛い……痛いよお!」

若林くんは苦しそうにうめきながらタンカに乗せられ、病院に搬送されて行った。



細川はこの事態の責任を問われ、三カ月の停職処分となった。

職責も、店長から《ショップリ―ダ―》に格下げされた。

これは店長としての業務内容は同じだが、給与体系は平社員並になる制度である。

「あなた!ただでさえ薄給なのにどうすんのよ!」

自宅では妻に激しく詰られる。

細川は事件後15kg体重が減少した。

彼は、休業期間には自宅でする事も無く、近くの河原で落ち窪んだ目でじっと川の流れを見つめていた。

(一体何がいけなかったのか……俺は会社の言う通りにやって来たのに……)

さらに考える。

(若林君はあの体でも前向きだった。本当に彼を活かす手立てはなかったのか……)

自問自答を繰り返し、答えは出ない日々……





そして三カ月後、細川は復帰の日を迎えた。

出勤してから制服に着替えたがブカブカである。

「店長……」

そんな彼の姿に北嶋も言葉が出なかった。

「北嶋君。僕はもう店長じゃないよ……」

細川は寂しく笑みを浮かべた。


その時だった。


店舗の駐車場に1台のセンチュリー が入庫した。

「え!CEO!何故?」

細川は慌てて駐車場に駆け付ける。

後部座席から満面の笑顔で大膳が降り立った。

「やあ!細川君!元気そうじゃないか!」

大膳は細川の肩をポンポンと叩いた。

「おはようございます。あの……今日は如何なる御用で?」

「ハッハッハ!彼もようやく回復したんだよ!また君にお任せしようと思ってね!」

「え!彼……?」

細川はゴクリと唾を飲み込んだ。

「店長!いやリ―ダ―!おはようございます!」

後部座席の窓が開き、若林くんが顔を突き出した。

細川はその顔面を見て戦慄が走った。

両目の眼球が完全に摘出され、眼窩が頭蓋骨をなぞるようにぽっかりと落ち窪んでいるのである。

「ひ……、若林君……その目は?」

「はい!僕の視力は完全に失われました!泥棒に切られた時はとっても痛かったです!」

「え!そ……そんな状態で出勤出来るの?」

「はい!問題有りません!視力は失われましたが、意欲と希望は全く失われていません。むしろ前よりやる気は激しく燃え盛っています!必ずお役に立ってみせます!」

「は……ひ……!」

細川は呼吸が苦しくなってきた。

「そういう訳なんだ!彼はきっと我社に貢献してくれる大切な人材だ。今日からまた宜しく頼むよ!」

「ふ……へ……!」

細川の目がぐるぐる回りだす。

「ダイバーシティだよ!」

大膳が真っ白な歯を光らせてた。

「ますますもっと頑張ります!」

若林くんが最上の笑顔をみせた。


「ほ――――!」

細川の意識が遠ざかる。



ビバ・ダイバーシティ!

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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