← 作品ページへ戻る

【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み

haku

54,093 字

コメディ・ファンタジー・ヒューマンドラマ

"元吸血鬼王女、日本の死刑執行官に。その真面目すぎる「悩み」が、人間社会を鮮やかに照らす。"

祖国を追われた心優しい吸血鬼王女カルミ―ナ。日本に逃れ市民権を得ることができたが、その条件は死刑執行業務を遂行すること。今まで人命を奪ったことのない吸血鬼王女が、毎回一癖も二癖もある死刑囚相手に悪戦苦闘する様を描く。

← 右から左へスクロール

その夜、大東拘置所の入口に立つ彼女の溜息は止まらなかった。

いや、執行業務の日は毎回そうだ。

彼女は黒いハンドバッグから折りたたまれた一枚の紙切れを取り出して開いた。

真っ赤な瞳が忌々しげに揺れる。

《死刑執行招集辞令》の文字。

「今年に入ってもうニ回目よ……」

真っ赤な唇の端から、牙をかすかに覗かせてつぶやく。

高いコンクリート塀に厳重に閉じられた鋼鉄の扉。

彼女は扉横のモニター付きインターホンを押した。

「本日の執行業務でまいりました。カルミ―ナです。」

『フルネームでお願いします!』

「あ、すみません!カルミ―ナ・ド・ラキュ―レです」

『承知しました 。ご入場ください』

重厚な扉が地響きと共に左右に開いていく。

彼女は深呼吸してから中に踏み入った。

鋼鉄の頑丈な扉が続く薄暗い廊下にヒールの音だけが響く。

歩くたびに腰にかかる銀髪が揺れ、コウモリをかたどったイヤリングが小さく鳴る。

黒いスーツにタイトスカート、白いブラウスを身につけたその姿は、シンプルな装いでありながらどこか気品があった。

彼女は通路の鉄格子のゲートでチェックを受けた後さらに進み、最奥の部屋の扉の前で立ち止まった。

ドア横の赤く点灯しているカードリ―ダ―に入場許可証をかざす。

青色にランプが切り替わり、カチッとドアが開錠される音がした。

彼女は覚悟を決めてドアを押し開ける。

中央にグレーの大きなテーブルがあり、左右の椅子に制服姿の男性刑務官が座っている。

ニ人は制帽のつばの奥からカルミーナにジロリと目を向けた。

(ひ、こわっ!そんな目で睨まなくても……)

彼女は入口で身が縮む。

右側の座席で足を組んで座っていた刑務官長の柴田厳男(しばた いわお)が口を開いた。

「時間ギリギリだよ!困るな……そんなことじゃ」

「は、はい!申し訳ありません……」

「夜間で時間は押してるんだ。早く準備してくれたまえ!」

「かしこまりました!」

カルミ―ナは慌てて敬礼すると脱衣ロッカー室に走った。

刑務官制服に着替えて執務室に戻ると、もう一人の若い刑務官、白鳥 瑠偉(しらとり るい)にバインダーに挟まれたカルテを渡される。

「これが今回の執行対象死刑囚のプロフィールだよ」

「ありがとうございます。どれどれ……え!」

カルミ―ナは息を飲んだ。

死刑囚名:虎牙 暴殺光(こきば ぼさみつ)

罪状:殺人罪

属性:46歳男性 関西系暴力団龍神組  若頭

犯行内容:敵対する暴力団事務所に単身乗り込み組員10人を殺害

確定判決:死刑

彼女はゆっくり顔を上げて白鳥の顔を見た。

彼は爽やかな顔でにっこり笑った。

(なるほど……今回私が呼ばれたのは……そういうことね……)

バインダーを握る手が小刻みに震える。

「あの……今日は早く処置してね。いつもみたいにダラダラやられると帰りが遅くなっちゃうから」

「は、はい……」

(遅くしたくて……そうしてるわけじゃないのに)

彼女はぎゅっと唇をかみしめる。

「それから……死刑執行中は外から施錠してるから。終わったら開けてあげるよ」

「……分かっています」

「まあ、いつもの通りだよ。じゃあいってらっしゃい」

彼女は無言で執行室のドアの方に振り向いた。

黒い鋼鉄製の頑丈なドア。

強化ガラスがはめ込まれた丸い小さな窓がついている。

中を覗き込むと、大柄な死刑囚が後ろ手に手錠をはめられ椅子に括りつけられている様子が見える。

(行くしかないわ!)

カルミ―ナは制帽を直すとバインダーを胸に抱え、太くて大きいドアハンドルを降ろした。

ずっしりとしたドアが不気味なきしみ音をたてて開く。

彼女は中に入るとドアを閉じ、ハンドルをしっかりと閉める。

執行室は8畳程のスペースで窓は無い。

壁面には蓮の花と観音菩薩をモチーフとした仏画が描かれている。

部屋の中央には鋼鉄製の無骨な椅子が床にしっかり固定されており、そこに死刑囚が括りつけられている。

しかし彼女はその姿を間近で見て息を飲んだ。

丸刈り頭に相撲取りのような巨大な体躯。

しかし肥満ではなく、危険な筋肉質の匂いを醸している。

半袖の囚人服から覗く太い腕には極彩色の龍の入墨が這う。

眉は無く、大型の猫科の様な獰猛な目が瞬きせず虚空を睨んでいる。

(あうう……ま、先ずは名前を確認しないと)

「虎牙 暴殺光さん、でお間違いないですね」

虎牙がジロリとカルミ―ナを睨んだ。

「おどれは阿呆か!」

「え!」

「え……やあらへん!おどれは阿呆かって言うとんじゃ!ぼけぇ!」

「な、何故?」

「おどれ!人に名前聞くときは先に名乗らんかい!常識やろが!このクソだぼがぁ!」

「し、失礼しました。わたくしカルミ―ナ・ド・ラキュ―レと申します」

「おう!外人かい!そのカルボナーラさんが何の用事や!」

「わたくし!カルボナーラでは有りません!カルミ―ナ……」

「そんなもんどっちゃでもええがな。何の用事や言うてんねん!耳聞こえてへんのかアホンダラ!」

「う……く……」

何という乱暴な物言いであろう。

これほどの暴言を浴びせられた事は、今まで二百年生きてきて一回も無かった。

悔しさと情けなさで目に涙がにじむ。

しかしそれをさっと袖で拭くと表情を引き締めて言った。

「わたくしは死刑執行官です。本日はあなたを処刑するために参りました。御覚悟下さい」

それを聞いても虎牙は動じる様子はなかった。

「ほう。おどれが処刑人かい。ところで首縄はどこにあんねん?」

「今回は絞首刑ではございません」

「何?ほたらどないすんねん?」

「わたくしは吸血鬼ですので、あなたの血液を吸い出血死に至らしめます」

それを聞いて虎牙の表情が変わった。

「何やと!わいの血を吸うやと?そんなん聞いてへんで!」

(え!嘘!事前告知してくれてないの?)

カルミ―ナは少し焦った。

「は、はい。でも吸血処刑は苦痛も少なく、きちんと国に認可された方法であり……」

「聞いてへんゆうとんじゃ、われぇ!なめとんか!」

「い、いや……でも」

「何でわいがおどれみたいな、牙生やした化け物に血やらなあかんねん!」

「ば、化け物?」

「化け物やないかい!青白い顔しやがって!偉そうに牙生やして人前に姿晒すな!ど阿呆!」

「わ、わたくしはきちんと日本国籍を有しています。決して不法移民では……」

「そんなこと言うとんちゃうねん!そら仰山殺したから死刑はしゃあない。そやけどわいは人間や!訳分からん吸血の化け物に何で命やらなあかんねん!ちゃんと首縄持ってこいや!」

「っ……うう……」

カルミ―ナは相手の剣幕に押されて固まっている。

その時室内に設置されたスピーカーから白鳥の音声が流れた。

『カルミ―ナ執行官!速やかに処刑を執行して下さい!処刑を執行して下さい!』

(ちょ!そんなこと言われたって……)

まさしく前門の虎、後門の白鳥状態である。

カルミ―ナは決断を迫られていた。

次回   処刑執行

凄まじい形相でカルミ―ナを睨みつける虎牙。

「くっ!」

「どないやねん!早よ首吊りの用意せいやあ!物の怪アホンダラ女!」

(嗚呼もう!……どちらにしろ……やるしか無い!)

カルミ―ナは居住まいを正し、虎牙に向かって宣告した。

「虎牙死刑囚。これから貴方を吸血処刑いたします!」

それを聞いた虎牙は一瞬呆気に取られた。

そして顔を床に向けると静かになる。

(え?どういう事!?)

予想外の反応にゴクリと唾を飲み込むカルミ―ナ。

「ぐっ…ふふ……」

虎牙の肩が小刻みに震えだした。

そして次の瞬間彼は天井を仰いで爆笑した。

「ぐは!ぐはは!ぐははははは!」

「な、何が可笑しいのですか?」

虎牙の笑いがピタリと止まった。

「おう……カルボナーラ。おどれは、わいを本気で怒らせた!」

そう言った次の瞬間、彼は後ろ手にはめられている手錠を両側に引っ張った。

手錠をつなぐ鎖がパキンという音を立ててちぎれる。

「え!嘘!やだ!」

茫然となるカルミ―ナ。

続けて両足をしばっていた縄をいともた容易くぶちぶちと引きちぎる。

そして、虎牙はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「こんなもんはのう、いつでも外せたんや。そやけどわいは人殺しや。一応大人しゅう罪を償うつもりやった。でものう……気が変わった!」

「虎牙死刑囚!いけません!椅子に戻りなさい!立ち上がってはなりませ……」

グワシッ!

岩石のような拳がカルミ―ナの顔面にめり込んだ。

制帽が宙を舞う。

彼女は吹っ飛び、入口ドアに背中を叩きつけられた。

そのままずるずると背中を滑らせて床に崩れ落ちる。

「ふん!化け物風情がわいに勝てると思とんか!クソだぼが!」

虎牙はせせら笑いながらドアに背を持たれてぐったりしているカルミ―ナを見下ろした。

その時であった。

彼女の目が妖しく光った。

「な、何や?その目……うが!!」

カルミ―ナは跳ね起きて虎牙の懐に一瞬の内に飛び込む。

そして彼を羽交い締めにした。

虎牙の肋骨がミシ、ミシと悲鳴を上げる。

「ぐ、ぐああ!万力で締められてるみたいや!こ、こいつ、どないなってんのや!」

カルミ―ナは鼻血まみれの顔で必死に叫んだ。

「わ、わたくしの握力は500kgあります。1トンのバ―ベルだって上げられます!抵抗しても無駄です。暴れないで下さい!」

「う、うなアホな!離せ!離せ!離さんか―い!」

虎牙は凄まじい力で身をよじって暴れまくる。

人間離れした凄まじい力である。

カルミ―ナも解かれないよう必死に締め付ける。

「虎牙さん!吸血を開始します!」

そう言うと彼女は虎牙の首筋に噛み付いた。

「アホ!吸うたらアカン!やめやめやめ!」

虎牙は振り解こうと全力で体を揺らす。

しかし食らいついているカルミーナは離れず、その喉がゴクゴクと鳴る。

「吸われるんがなんぼのもんじゃい!血が無くなるんがなんぼのもんじゃい!」

虎牙はもがき続ける。

だが、彼女の牙は頸動脈を捉えて離さない。

彼の血液は急速に失われ顔面が蒼白になっていく。

「おどりゃ……カルボ……ナラ……」

彼女は目を閉じて必死に吸い続ける。

虎牙は痙攣し始めた。

「なん……ぼ……の………もん……じゃ…………い……………………………」

虎牙は白目を剥いて静かになった。

彼女が両手を離すと巨体は床に崩れ落ちた。

「ハァ、ハァ」

カルミーナは荒い息使いで床に膝をついた。

髪の毛は乱れ、制服は血で汚れている。

(虎牙さん……)

彼女は床に転がる虎牙の虚ろな表情を見て顔をそらした。

その時であった。

入口の鋼鉄製のドアが開き、白鳥と検死官の茶山 四郎(ちゃやま しろう)が入室してきた。

「相変わらずお見事ですね!」

白鳥は虎牙の死体を見てにっこりと笑う。

カルミ―ナは眉間にしわを寄せて白鳥を睨んだ。

「何が……面白いんですか?」

「え、何がって?」

「人が死んでいるんですよ!」

「やだなあ……こいつ死刑囚じゃないですか?害虫が駆除されただけでしょ」

「くっ!……」

彼女は(彼も人間です!)という言葉をぐっと飲み込んだ。

「さあ茶山さん。検死結果はどうですか?」

虎牙に聴診器を当てていた白衣姿の茶山が、白髪頭をボリボリ掻きながら振り返った。

「脈拍 0。瞳孔大散。血圧0。死因は頸動脈破損からの出血死。死亡時刻 21時35分47秒」

「は―い!執行終了!」

白鳥はパンパンと手を叩きながら完了を告げる。

そして彼はカルミ―ナに声掛けした。

「あとはやっとくから。もう帰ってもいいよ」

「…………」

カルミ―ナはふらつきながら立ち上がると、床に落ちている制帽を拾ってから無言で部屋を出た。

執務室で柴田が彼女の姿を見て声を荒げた。

「なんだ!そのなりは?制服を汚すなと言ったじゃないか!」

「はい……すみません……」

彼女はか細い声でつぶやくと頭を下げた。

「言っとくがクリーニング代は自己負担だからな。次回までに綺麗にしておくように!」

「……分かりました」

彼女は生気のない目で床を見つめていた。

「はい、これ」

カルミ―ナが更衣室で着替えてから執務室に戻った時、白鳥から一通の茶封筒を手渡された。

「……ありがとう……ございます」

彼女は封筒をバックにしまうと帰宅の途についた。

拘置所を出た時に立ち止まって封筒の中身を見た。

『死刑執行謝礼金口座振込案内』の表記。

シールをめくると『20,000円』と金額が記されてある。

彼女は夜空を仰ぐと溜息をついた。

大気が澱んでいるのか、星の姿はほとんど見えなかった。

その日、カルミ―ナはベッドの上で惰眠を貪っていた。

時計の針は17時を過ぎている。

シミのついた片引戸の襖が乱暴に開けられた。

「おい!いつまで寝てやがる!」

一人の男が怒鳴りながら畳の上に足を踏み入れた。

碇谷 泰造(いかりや たいぞう) 51歳

この家の家主である。

彼は入口横のスイッチを押す。

和格子傘の蛍光灯がパッと点灯した。

「うわあ!眩しい!眩しいですわ!」

カルミ―ナは身をよじりながら布団に潜り込む。

「なあ。起きて支度しなくてもいいのか?」

「……行きたく……ありません」

布団の中から、か細い声が聞こえてくる。

碇谷は額にシワを寄せ、強面顔を歪めた。

「ったく!執行の日はいつもこんな調子だな。それとクール宅急便が届いてるぜ」

「……そこに置いといてください」

「ふうん。差出人は『清滝 春人』って書いてあるぜ」

「え!なんですって!」

カルミ―ナは布団から跳ね起きると、碇谷が持っているダンボール箱の宛名シールを食い入るように確認した。

「嗚呼!春人君……」

カルミ―ナは愛しげにダンボールに頬ずりをする。

「おいおい!確かに血は渡したぜ。執行に遅れるんじゃないぞ」

碇谷はそう言うと半ば呆れながら部屋を出て行った。

カルミ―ナは、うっとりとダンボールを見つめながら頬を紅潮させた。

「春人君……待っててね!今日さえ終われば…貴方の血……頂くから。うふ!」

彼女はそう言うと、ダンボールの中から保冷剤で養生された牛乳瓶ぐらいの大きさのガラスケースを取り出し、部屋の隅に置いてある冷凍庫を開けた。

中には様々な血液提供者の名前入りのラベルが貼られたガラス瓶がぎっしり並んでいる。

そして彼女は大事そうに、春人の瓶だけ何も置いていない最上段中央に収めた。

その後、彼女は床からスマホを拾いメールメッセージを打ち始める。

『清滝 春人様。送って頂いた血液が只今届きました!いつも本当にありがとうございます。貴方様の血液は毎回とても美味しく頂いています。きっと体調管理もしっかりなされてご採血されておられるものと思います。今回も貴方様のお気遣いに感謝し ありがたく頂く所存でございます。今後ともよろしくお願い申し上げます』

彼女は送信ボタンを押すと、背伸びをして大あくびをした。

「じゃあ支度を始めよっか!」

彼女は赤地に黒いコウモリ柄が散りばめられたジャージを脱いで着替え始めた。

「今日はギリギリにならないようにしないと……」

黒スーツの上着のボタンを止める手元もどこかせわしい。

支度が終わり「行ってきます」と玄関の引戸を開けた時である。

「カルミ―ナ!ちょっと待て!」

二階からけたたましい音を立てて碇谷が階段を降りてきた。

「こいつはいいのか?」

そう言って彼は1枚の紙切れを突き出した。

《死刑執行招集辞令》の文字。

「ああ!いけない!ありがとうございます!」

カルミ―ナは慌てて書面を受け取るとバッグにしまった。

「ったくよう!忘れんなよ……」

「えへ!すいません!」

彼女は呆れ顔の碇谷にペコリと頭を下げた後、玄関を飛び出して行った。

大東拘置所に着いた彼女は執務室に入った。

「へえ…今日はギリギリじゃないんだね 。はい、これ」

そう言って白鳥からカルテを受け取る。

(え!僧侶?)

彼女はプロフィールを見て目をしばたたいた。

死刑囚名:法念(本名:種村 良男)

罪状:殺人罪

属性:39歳男性 浄土真宗萬国寺 僧侶

犯行内容:三人の女性を強姦の上殺害

確定判決:死刑

「お坊さん……なんですか?」

「そうだよ。今日は楽勝じゃない」

カルミーナは赤い瞳で白鳥を睨んだ。

「楽勝とか……言わないでください」

「あはは!そんな怖い顔しないでよ。そろそろ時間だよ」

「…………」

彼女はムッツリしたまま執行室の扉を開けて中に入った。

中央の椅子には剃髪姿の男性が固定されていた。

「帰命無量寿如来、南無不可思議光、法蔵菩薩因位時、在世自在王仏所」

彼は目を閉じたままお経を唱えていた。

その周りには何か静謐な空気が流れていた。

「あ、あの……」

カルミ―ナは少し遠慮がちに声がけした。

読経が止み、男は彼女の方に顔を向けた。

「これは失礼しました。あなた様は?」

「死刑執行官のカルミ―ナでございます。本日の執行を担当させていただきます」

「ほう。しかし貴方様は、何やら人ではないような……」

「はい。吸血鬼でございます」

「なる程。妖かしの方でございましたか。このご縁も釈迦如来様のお導きでございましょう。真に奇なるかな。南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏」

「法念様、でよろしかったでしょうか?」

「はい。相違ございません」

カルミ―ナは一呼吸置くとはっきりと宣告した。

「これよりあなたの吸血死刑を執行いたします」

「ほう。吸血処刑とは?」

「あなたの頸動脈から吸血を行い、失血死に至らしめます」

「なる程。ではあなた様はその方法で今まで多くの人を殺めてきたのでしょうね」

カルミ―ナは伏し目がちになった。

「そ、それは……はい……」

「貴方様は大変重い《業》をお持ちのようです。南無……」

彼女は法念から目を背けながら言った。

「こ、これ以上あなたとお話をしているわけにはいきません。死刑執行させていただきます!」

「いいえ。あなた様はその牙を振るう必要はございません」

「え!何をおっしゃっているのですか?」

「あなたのその牙は、罪人(つみびと)に対して振るわれるものでございましょう。しかしあなた様の目の前には罪人はおりません」

「は、はあ!?」

――罪人がいない?

――どういうこと?

カルミ―ナは混乱をきたし、言葉を失ったまま相手を見つめることしかできなかった。

「ほっほっほ。あなた様はわたくしの話に少々ご混乱の御様子」

「はい……おっしゃってる意味が、分かりませんが……」

煙に巻かれているような表情のカルミーナに対して法念は目を細めた。

「良いでしょう。では仏の大慈悲についてお話しましょう」

「い、いや……結構です!」

「何故です。あなた様は自らの《業》に御気付きの筈」

「うっ!……」

「これはあなた様の救いの話でもあります。《悪人正機》という言葉をご存知ですか?」

「いえ……存じません」

「これはわが宗祖の親鸞上人のお言葉です。《善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや》と続きます。『善人でさえ阿弥陀仏に救われるのだから、自分ではどうにもならない悪人こそ、なおさら救われる』という意味です」

「悪人こそ?」

「はい。仏の慈悲は真に広大です。この世の生きとし生けるもの全てにあまねくふり注がれるのです。私のような《悪人》 や、あなた様のようなあやかしにも」

「わたしにも?」

「はい」

法念はにっこり微笑んだ。

しかしカルミ―ナは少し目線を強めた。

「でも、あなたは犯罪を犯しました。3人もの女性を殺害したじゃありませんか!」

「あれは私の仕業ではありません。魔羅(マ―ラ)の仕業です」

「どういう意味ですか!?」

「わたくしは仏道の修行において禁欲を自らに強く課しておりました。しかしそんな修行を重ねれば重ねるほど魔羅の誘惑は強くなっていきました。そして心弱きわたくしはついに夜毎に寺を抜け出し、魔羅の命ずるがままに女犯に至ったのです」

「そんな!でも殺す必要はなかったはずです!」

「そんなわけには参りません。もし女犯がばれれば破門されてしまいます。それは仏道に身を捧げた私には耐えられません」

「非道い……信じられない!そんなことをして、なぜ救われると思えるんですか?」

「ここで一番大事な上人様の教えについてお話をします。私のような、自分ではどうにもならぬ悪人でも《南無阿弥陀仏》とさえ唱えれば良いのです。この一唱だけでこれまでの一切の罪は祓われ、極楽往生が約されるのです。全ての罪は自ら償うのではなく全て仏の海に流してしまえば良いのです。これを《他力本願》といいます」

「他力……本願……」

「わたくしもすでに《南無阿弥陀仏》と唱え、御仏から救いを受けた無罪の身。さあ!あなた様も《南無阿弥陀仏》と唱えなさい。そして私の縛りを解き放ちこの場からお救いなさい。そうしてニ人で別天地で極楽往生を果たそうではありませんか!」

「ち……がう」

「?……何を申しておるのです!早く手錠を解きなさい!」

「違うと思います!」

「何!仏の道を疑るのですか!」

「あなたの言っていることは仏の道ではないと思います」

「なんですと!仏道も知らぬ妖が何を言うか!」

「ええ。確かに私は仏教には詳しくありません。
でもあなたは……自己保身のために都合よく教えを捻じ曲げているだけ……」

「何を言うか!この妖が!無限地獄に落ちますぞ!」

「あなたは聖職者ではありません。只の犯罪者です!」

そしてカルミーナは法念を鋭い目で睨みつけた。

「死刑を執行します!」

それを見た法念は眼を見開いた。

「お止めなさい。あなたは更に《業》を重ねるおつもりか!まだ間に合う!さあ共に唱えましょう!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」

しかしカルミ―ナは素早く法念に抱き着き頸動脈に牙を突き立てた。

「ぐあ!阿弥陀如来様!この妖を払い給え!魔障眼前雖有多!願力不思議摂持!」

必死にお経を唱える法念に構わず、カルミ―ナはしっかり牙を食い込ませて血液を吸い続ける。

「清浄歓喜智慧光、不断難思無称光…超日月光照塵刹………一切群生蒙光照…………」

徐々に法念の読経の声が小さくなっていく。

カルミ―ナは目をつぶり喉を鳴らし続ける。

「南…無……阿……弥………陀………………………」

法念はぐったりして静かになった。

カルミ―ナは首から唇を離すとゲップが出て慌てて唇に手を当てる。

そしてタプタプのお腹を苦しそうにさすりながら事切れた法念の顔を見た。

眼がカッと見開かれ、最後まで生に執着した表情であった。

カルミ―ナが帰宅の途についた時には22時を過ぎていた。

外灯が疎らな夜道を歩く。

彼女は暗い方が好きなのである。

途中児童公園があり、その一角に小さな観音堂がある。

彼女は不意に立ち止まり、お堂に向かって手を合わせ「南無阿弥陀仏」と唱えてみた。

お堂はシンと静まりかえっている。

(まあ……こんなもんでしょ)

彼女はフッと笑みを浮かべると、再び歩きだして夜の住宅街に消えて行った。

お堂の色褪せた観音像の顔は、オレンジ色の薄暗い外灯の光に照らされて優しく微笑んでいた。

法念の死刑執行から1週間。

カルミ―ナにとって待ちに待ったこの日がやってきた。

清滝春人から送られてきた血液を開封するのである。

彼女はこの日に備えてコンディションを整えてきた。

通常、吸血鬼は一度に大量の血液を飲んで満腹になってしまった場合 、1ヶ月ぐらいは空腹にならない。

余談だが吸血鬼は寝るのが得意で、その気になれば10年ぐらい睡眠することもできる。

その際、冬眠した動物のように体力の消費はほとんどなく血液の補給もいらない。

しかし彼女は、夜間のランニングや腕立て伏せ、腹筋などの筋トレを行い、 昼間もベッドの誘惑に負けず、目蓋が落ちそうになりながら耐え忍んだ。

こうして短期間で空腹状態を得た。

その日の夜。

時計の針が0時を回った。

いつも散らかっている部屋は綺麗に片付けられている。

カルミ―ナは入念にメイクを整え髪を巻いた後、押入れからビニールに包装されている衣装を大事そうに取り出した。

彼女はそれをゆっくり着用して最後に銀色のティアラを頭に乗せ、自分の姿を鏡に映してみる。

生地の色は深いワインレッド。

ジャケットは金のボタンに、同じく金の刺繍の入った詰襟、袖にも金色の縁取りが入り、王家の儀礼用の軍服らしさを感じさせる。

しかし絞られたウエストに黒の太いベルトが締められ、ロング丈のフレアスカートが合わされたそのデザインは、堅苦しさよりも優雅な女性らしいシルエットである。

彼女の脳裏には、かつて彼女が君臨していたブランシュテイン城の情景が思い浮かんでいた。

(いつか……必ず戻ってみせる!)

彼女は唇をキュッと噛みしめた。

そしていよいよ冷凍庫の横に置かれている解凍庫に視線を移した時、カルミ―ナはハッと何かを思い出した。

(いっけな―い!あれを貰わなくっちゃ!)

彼女は 襖を開けて部屋を出ると、階段の下からニ階に向かって声を張り上げた。

「泰造さ―ん!泰造さ―ん!」

シーンとしていたニ階に、がらりと引戸を開ける音がする。

そして眠い目をこすりながら、不機嫌そうな顔で碇谷が階段を降りてきた。

「お前なあ!何時だと思って……あっ!またそんな格好しやがって!」

「泰造さん……今日は大切な日なんですよ」

「何が大切な日だよ!血を飲むだけじゃねえか!それなのにいちいちおめかししやがって」

「血を飲むだけ!?春人君の血ですよ!とっても 神聖な儀式なのです!」

「分かったよ!るっせえなあ……で、用事は何なんだよ?」

「レミー・マルタンを分けて頂きたいの」

「な!お前何言ってんだ!あれは俺の大事な……」

「ねえ……お願い!ほんの少しだけでいいから!」

「ほんの少しって……あれ、いくらするか分かってんのか?焼酎甲類でやれよ!」

「いやです!春人君の血を焼酎なんかで汚したくない。レミ―お願い!レミ―!レミ―!」

「くっ!連呼すんな!分かったよ……」

「やったあ!」

「今回だけだぞ、全く……次から自分で買えよ!」

「分かりました」

「ほんとかな……めちゃくちゃたけえのに……」

碇谷はぶつぶつ言いながらニ階に戻ると、大切に保管していたレミー・マルタンの瓶を持って降りてきた。

そして彼はカルミ―ナが捧げ持つガラス細工の小さなカップに琥珀色の液体を数滴落とした。

「これでいいだろ」

「もうちょっとだけ!」

「お前なあ……」

碇谷は仕方なしにもう数滴落とす。

カルミ―ナはにっこりと微笑んだ。

碇谷は渋い顔である。

「さてと。お待ちかね!春人君!」

彼女は両手を擦り合わせると解凍庫を開け、春人のラベルが貼られた瓶をうやうやしく取り出した。

ちゃぶ台の上にはテーブルクロスが貼られ、とっておきのワイングラスが置かれている。

「上手く解凍してるわ!」

彼女は上機嫌で瓶のキャップの蓋を開けると、中身の血を半分だけワイングラスに注いだ。

中身が半分残った瓶を冷凍室に戻す。

そしてワイングラスに碇谷からもらったコニャックを数滴垂らした。

「ああ!素敵な香り!」

グラスに鼻を傾けうっとりする彼女。

カルミ―ナは、日本に来てから血液に酒を添加することを覚えた。

お酒単体では受け付けないのに、カクテルにするとグイグイいける。

ほんの少し混ぜるだけで味と香りが劇的に美味しくなるのだ。

しかもほんのり酔いが回り気分も良くなる。

ただし醸造酒は今一で、蒸留酒、それもアルコールの純度が高い酒が合う。

焼酎甲類に始まり、ウォッカやテキーラ、ジンなども良いが、やはりコニャックは別格である。

そしてこれを知ってから、カルミ―ナはただの生血が飲めなくなってしまったのだ。

カルミ―ナはちゃぶ台の前に正座すると、血液の瓶に添えられていた1通のレターを開いた。

(ああ!なんて繊細で美しい文字!)

彼女は目をウルウルさせながら手紙に目を通した。

『血液を送るのが1週間ほど遅れてしまってごめんなさい。予定の採血日に風邪を引いてしまったので回復するのを待っていました。カルミ―ナさんにはいつも最高の状態で僕の血をお届けしたいから。美味しいって思って貰えたらとっても嬉しいな。次回の採血日には遅れないようにします。それではお元気で。春人』

カルミーナは手紙を持つ手を感動でブルブル震わせた。

そして、春人と最初に出会った日のことを思い出していた。

春人との出会いは三年前に遡る。

カルミ―ナは老舗のレディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』に看板娘の一人として勤務している。

泰造の知り合いの紹介で入店したのもその頃であった。

当時の彼女は接客に不慣れであった。

店長の『黒薔薇男爵』こと銀城 絢斗(ぎんじょうあやと)からいつもダメ出しを食らっていた。

銀城は常に黒の燕尾服に白の蝶ネクタイ、赤いバラの刺繍が入ったマントをまとっている。

その彼が、赤い目を見開き牙を剥いて言う。

『カル!君はリアルのヴァンパイアであることにあぐらをかいて、《ヴァンパイア》になることを怠っている!』

『え?仰る意味が……』

キョトンとする彼女。

『ふむ……お客様が来られた様だ。お出迎えしてみたまえ』

『分かりました!』

カルミ―ナは黒縁眼鏡に小太りでリュックを背負った男性客に元気一杯に挨拶した。

『ようこそいらっしゃいませ!接客を務めさせていただきますカルミーナです!よろしくお願い申し上げます!』

爽やかな笑顔をふりまくカルミーナ。

『え!あ……あうう……』

男性客は戸惑いながら後ずさりする。

『え!な、何故?』

半泣き顔のカルミーナ。

銀城は彼女の肩をポンとたたき『それではダメだ。黒羽君の接客をよく見たまえ』と言って、漆黒のロングヘアでゴシックホラーなドレスに身を固めた美女に目配せした。

彼女は妖しく笑うと男性客に近付き低い声でつぶやいた。

「あら!あなた…又来たのね。本当におバカさん。もう生きて帰れないのに……」

そう言って彼女は真っ赤なネイルの入った指で男性客を顎クイした。

『ハヒ―!!黒羽様!今日こそ僕のちんけな命を奪ってくださいまし―!』

そう言って男性客は至福の表情で悶絶した。

男性客の反応の違いに呆然とするカルミーナ。

『うっ……ふふ……』

笑いを噛み殺す様な声が聞こえる。

(まあ!ひどい!誰なの!)

カルミ―ナは眉間にしわを寄せて、笑い声のする方に視線を向けた。

(え!何!この……妖しいまでの子……)

彼女は魂を奪われたように立ち尽くした。

ゴシック彫刻に彩られた壁面に組み込まれた縦長の大鏡。

いつからそこに居たのであろうか、その横の壁にもたれた1人の少年が、右手の拳を唇に当てて笑いを噛み殺していた。

清滝 春人(きよたき はると) 17才

白い透き通る様な肌に、肩にかかるサラサラの黒髪。

上まぶたが重く、半分ほど縦長の瞳にかかっている。

その眼は一見眠そうにも見えるが、冷静さ、気だるさ、妖艶さを秘めている。

黒の学生服を詰襟もきちんと閉じて着用しているその姿は、清潔感というよりは何か小悪魔的な印象を与える。

(え……!に、人間?……まさか……同じ眷族?嘘、嘘、嘘!)

春人に魅入られ身動きできないカルミーナ。

『春人。駄目よ笑っては。カルちゃんはまだ店に入って間無しなんだから』

黒羽 冴子(くろばね さえこ)がたしなめる。
 
黒羽は源氏名である。

『ごめんなさい姉さん。少し可笑しくて』

それを聞いてカルミ―ナは目を丸くした。

『え!冴子さんの弟さんですか?』

『そうなの。バレエ教室の帰りに時々様子を見に来てくれるのよ』

(バレエ……て、踊る方のよね……)

カルミ―ナは息を飲んだ。

春人はそんな彼女の顔に静かに視線を向けた。

カルミ―ナはドキッとして頬を紅潮させた。

『カルミ―ナさん…でしたよね?』

『は、はい!』

『姉さんに、血液を提供してくれる契約者を募集してるって聞いたんだけど』

『はい。募集しています』

『どんな仕組みなんですか?』

『そ、それは……まず、書面にて契約登録して頂きます。最低3ヶ月以上の期間をおいてメールで採血のご案内を御送りしますので、その到着後2週間以内に最寄りの取扱医療機関にて御採血の上、クール宅急便にて発送いただきます。御代金につきましては後日銀行振込にて御支払い致します』

『へえ……それ、申し込み出来ますか?』

『え!な、何ですって?』

『僕も契約者になりたいんです』

『ほ、ほ、ほあ………!』

カルミ―ナは白目を向いて鼻血が垂れた。

その後の事はよく覚えていない。

震えながら《外来人外生物食用人血提供契約書》に署名と捺印をもらったあたりしか記憶がない。

それから1ヶ月後。

春人から最初の血液が届いた。

きちんとメッセージレターも添えられてあった。

『なんて丁寧な子なの!』

彼女はレターを読み、感動しながら開封して一口目を飲んだ。

その瞬間、海老反りして『アウゥ―』と絶叫した。

脳内には果てが見えなくなるまで一面に薔薇やルビ―、レッドダイヤモンドなどの宝石が広がった。

彼女は祖国でも、日本に来てからも多くの人々の血の恩恵に預かってきた。

しかしこれほどの美味はかつて経験がない。

(これは血ではない……何か別の美しく貴いものよ!)

彼女は瓶を両手で持つと空を見上げて落涙した。

『嗚呼!春人君……』

それ以来、春人の血液を飲む時は、カルミ―ナにとって特別な日となったのである。

「さあ!春人君!頂きます!」

彼女がワイングラスに口を付けようとしたその時である。

障子窓がコンコンと鳴った。

(ちょ!嘘!まさか!)

彼女は息を殺して様子を伺った。

又コンコンと鳴った。

「うふふ…いるんでしょ。窓を開けて」

障子の向こうから声がする。

(最悪だ!)

カルミ―ナは大きな嘆息を漏らすと、そのままちゃぶ台へ額を突っ伏した。

窓を叩く音が執拗に続く。

ちゃぶ台に突っ伏して歯をギリギリいわせていたカルミーナだったが、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「嗚呼!もう!」

彼女は窓にダッシュすると、内障子を激しく開けた。

窓の外にはつぎはぎだらけの黒いワンピースを着た髪の長い女が立っていた。

彼女は上目使いで卑屈な笑みを浮かべながらガラスに貼り付いている。

紅夜叉(べにやしゃ) 230才

日本在来種の女吸血鬼である。

「ねえ…この窓を開けてちょうだい。お願い」

「夜叉さん!本当にいい加減にして下さい!」

「お願いだから……中に入れて……」

「嫌です!帰って下さい!」

「そんなこと言わないで。お腹が空いてたまらないの……血を恵んで。少しでいいから」

「あのですね……どうして自分で働いて血を買おうとしないんですか?いつも言ってるじゃないですか!」

「ふ……ふん!人間なんかに媚びないわ」

「夜叉さん!そんなこと言ってるから今の状況があるわけでしょ!」

「そ、そんな事より……死んじゃう……もう二ヶ月も血を飲んでいないの……助けて……」

「くっ!」

「一本だけでいいから。飲んだらすぐ帰るから……」

「………1本だけですよ!」

カルミ―ナは渋々クレセントをひねって窓を開けた。

「ありがとう!」

紅夜叉はくたびれたパンプスを脱ぎ捨てると、窓をまたいで入ってきた。

(臭!)

カルミ―ナは渋い表情で鼻先を手で煽る。

「何だろう…とてもいい匂いがするわ」

紅夜叉はくんくんと鼻をきかすとちゃぶ台の上のワイングラスに目をやった。

(あ!まずい!)

カルミーナは慌ててワイングラスを手に取ると解凍庫に入れた。

「カルミン……何?あの血。とっても綺麗な色だったけど」

「あれは駄目です!」

「でもすごいいい香りだったわよ。一口だけ……ね!」

「だからダメって言ってます。ちゃんともう1本ありますから」

カルミ―ナはそう言うと、もう1本解凍中の血液瓶を取り出した。

「これだって、本当は私のために御提供いただいた大切な血なんですからね!1本5000円もするんですよ!心して飲んでくださいよ!」

そう言いながらコウモリのゆるキャラの絵柄がついたマグカップに血を注ぐ。

「うふふ…ありがとう!」

紅夜叉は落ちくぼんだ頬で笑みを浮かべ 、貪るようにマグカップに口をつける。

中身は瞬間的に空になった。

「嗚呼……生き返ったわ!」

紅夜叉は落ちくぼんだ目元をほころばせる。

「さあ。これでもう気が済みましたでしょ!もう帰ってください!」

「うふふ…カルミン……血はとっても美味しかったわ。それでね……もう一つだけお願いしていい?」

「な!ダメです!お願いなんて聞きません!」

「そんなに冷たくしないで……同じ眷族じゃない」

「もう!一体……何が望みなんですか!」

「あたしの下着はボロボロで臭いの。カルミンのを貸してほしいのよ」

「ハァ!ふざけないでください!」

「お願いよ!必ず返すから」

「そんなこと言って……今まで戻ってきた試しがないですけど!」

「今度は絶対返すわ。約束よ。せめて、せめて、女のたしなみはちゃんとしたいの!カルミンならわかるでしょ?お願いだから!」

(駄目だ!貸さないと……この女(ひと)絶対帰らない……)

「……下着を貸したら……帰りますか?」

「うん!絶対!」

「……分かりました」

「きゃあ!ありがと!」

カルミ―ナはほとんど殺意を込めて紅夜叉を睨みつけてから、押入れを開けて棚をまさぐった。
 
「あれ?おかしいわね…あ!全部洗濯したんだ!」

棚に下着がないことに気づいたカルミーナは洗面所に置いてある乾燥機付き洗濯機に向かった。

洗濯機の蓋を開けると薔薇柄の赤い下着が全て乾いている。

「あったあった!これなら……」

一番安物の下着を取り出したその時であった。

和室から絶叫が聞こえた。

「きゃぁぁぁぁ――!ウマ―――!」

「あ!しまった!」

カルミ―ナは顔面が蒼白になりながら和室に急行した。

そこで彼女が見たものは…………。

床に転がる空のワイングラスと、その横で至福の顔で悶絶して畳の上に仰向けに転がっている紅夜叉の姿であった。

「きゃあ!春人君の血が!」

カルミ―ナは床で昇天している紅夜叉の襟首を掴んで頭を激しく振った。

「血は?血はどうしたんです?」

「全部…………飲んら………」

「ひ!嘘!」

「おいひ……かった……」

「そんな……そんな、ひどい!ひどいわ!うわぁぁぁ―――!」

カルミ―ナは畳の上にがっくりと膝を落とすと天を仰いで号泣した。

その声を聞きつけた碇谷が2階から怒鳴りながら降りてきた。

「何を泣き喚いてやがる!いい加減にしろよ!」

「夜叉さんが飲んじゃった!春人君の血を飲んじゃった!あぁ――ん!」

「何?一体何時だと思ってやがる!あれ……!てめえ!時々たかりに来る野良吸じゃねえか!」

ムクッと起き上がった紅夜叉は挑発的な目つきで碇谷を睨んだ。

「うっさいわね!あたしの名は野良吸じゃないわ!紅夜叉よ!」

「うわ!臭え!不法侵入だぞ!てめえ!」

「不法侵入じゃないわ!ちゃんとカルミンの許可は得てあるの!」

「これは俺の家だぜ!分かった…警察を呼んでやる」

これを聞いて紅夜叉の顔色が変わった。

「え!い、いや!おまわりさんは嫌よ!分かったわ。退散してあげる」

そう言うと彼女は、泣いているカルミーナの手から下着を引ったくると入ってきた窓から飛び出した。

グキッ!と足をひねる音に続いて「痛!うう……」
という紅夜叉の情けない声が響く。

「おいおい!大丈夫かよ……」

碇谷は溜息を漏らすと、まだべそをかいているカルミ―ナに声を掛けた。

「いつまでもメソメソすんなよ。まだ半分残してるんじゃねえのか?」

「ヒック……うん……残してる」

「そいつを飲んで機嫌を直せや」

「……そうする」

「よし。じゃあ俺は寝るぞ」

「あの……泰造さん」

「な、何だ……」

「レミ―……下さい」

「お、おい!またかよ……勘弁してくれよ!」

「お願い。私の機嫌が劇的に良くなるかも」

「ちっ!よく言うよ……分かった!分かったよ!」

カルミ―ナの涙に濡れた顔がにっこりと笑った。

真夜中の児童公園。

公衆トイレの中から声がする。

「もう!胸がぶかぶかじゃない。あの子……栄養が足りてるもんだから。悔しい!あたしだって血さえちゃんと飲んでいれば…………」

ブランコやシーソーが誰もいない広場で静かに佇んでいた。

日暮れと共に鋳物のカラスが乗った黒傘のナイトライトが点灯する。

そして十字架をかたどったステンドグラスの窓がはめ込まれた、古びた重厚な玄関ドアが開く。

ここはレディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』。

――尖塔や尖ったアーチ窓

――薔薇をモチーフとしたステンドグラス

――蔦に覆われた石造りの重厚な外壁

オフィスビルやショップに囲まれている中で、ここだけが場違いな禍々しい空気に包まれている。

この建物は、現代の店長 《黒薔薇男爵 》こと銀城綾斗が、旧居留地で唯一残った異人館を買取り改装したものである。

『我が夢をここで実現させる!フハ!フハハ!フハハハハハ!』

彼はここで日本で唯一の女吸血鬼をモチーフとしたコンカフェをオープンさせた。

今から三十年前の話である。

それ以来徐々に評判を呼び、今では全国からゴシックホラーファンや吸血鬼マニアが集まる聖地となった。

今日も銀城はいつものように開館直前にヴァンパイアメイド達を集め、祭壇の上からマントの赤バラの裏地を見せつけて牙をむいた。

「さあ!美しく危険なレディー ヴァンパイアの諸君!今宵も愚かで惨めな人間どもに恐怖と絶望を与えてくれたまえ!」

メイドたちは胸に手を当てて「人間どもに甘美な死を!」と声を合わせて叫んだ。

にっこりと笑った銀城は、突如厳しい顔に豹変しカルミーナを睨んだ。

「カル!君は私と一緒に控室に来たまえ!」

(ひ!またお説教だわ!)

彼女は仕方無しに銀城の後ろにトボトボとついていく。

銀城は控室に入ると自分の専用席黒薔薇男爵の椅子に腰かけて足を組んだ。

カルミ―ナは肩をすくめながら銀城の前に立っている。

「君はこの店に来てから何年になる?」

「は、はい。三年と二ヶ月です……」

「ふむ……これを見たまえ」

銀城は懐から紙の束を出した。

「これは当店のお客様アンケートだ。君に対する苦情のコメントもいくつか貰っている。読んでみようか?」

「く、苦情ですか?」

「《諦めては駄目です!頑張りましょう!と一生懸命励まされた》《とっても素敵なお洋服ですね!とキラキラした目で褒められた》《お客様のお仕事は本当に大変ですね!と尊敬された》……言っておくが、これは全て興ざめしたお客様からの批判だからね」

「ええ!」

「いいかね。吸血鬼は人間を蔑んでいなければだめなのだ!」

「で、でも……」

「吸血鬼にとって人間は餌にすぎない!」

「そんな!」

「君は歌舞伎役者の女形を知っているかね?」

「いえ……詳しくは……」

「男性でありながら本物の女性よりも《女性らしさ》を演じることができる。君は《単に本物》であるだけだ!」

「う……ぐ……」

「君にはこの店のコンセプトをもっと理解してもらう必要があるようだ。これから業務終了後は黒羽君と一緒に接客ロールプレイングを行う」

「え!仕事が終わってからですか!?」

「そうだ。毎晩だ。分かったかね」

「うぐ……はい……」

がっくりと肩を落とすカルミ―ナ。

閉店後もみっちりと接客ロープレをさせられ、帰宅した時には夜空が白みかけていた。

彼女は部屋に入るなり黒スーツ姿のままベッドの上に倒れこんだ。

「『早く本物の吸血鬼になるんだ!』って何なのよ……わたしは本物よ!」

彼女のぼやきは止まらない。

(そうだ!お酒でも飲まなきゃやってられないわ……)

彼女はベッドから跳ね起きると解凍庫にダッシュした。

ちょうど1本だけ解凍済みの血液がある。

彼女はその中身を素早くマグカップに移すと、味の素をふりかけてからマドラ―で撹拌した。

最近は旨味成分を加えると味が激変することを知った彼女。

生き血を飲むにも添加物なしでは我慢出来ない体となっていた。

「さあ!仕上げよ!」

アルコール度数35度の焼酎甲類純酔を注いでかき混ぜた。

「出来たわよ―!頂きます!」

彼女は満面の笑顔でカップに口をつけようとした その時、ちゃぶ台の上に乗っている一通の封筒に気付いた。

『死刑執行業務案内在中』の文字が目に入る。

「きゃぁぁぁぁ!!」

カルミーナは床に海老反りになって痙攣した。

書面は執行日の1ヶ月前に届く。

そしてそれは、処刑までの苦難の断血の開始を意味していた。

処刑執行辞令が届いてから1ヶ月。

カルミ―ナは大東拘置所に居た。

「やあ!カルミ―ナさん。いい感じで仕上がっていますね!」

白鳥は笑顔で、両目が落ち窪んだ彼女に声掛けした。

(何が……いい感じなのよ!)

カルミ―ナは恨めしげに白鳥を睨みつける。

この1ヶ月の間、彼女は一滴の血も口にしていない。

もちろん大好きなカクテルも飲めないでいる。

死刑執行時は一気に大量の吸血を行わなければならない。

人間は一度に約3リットルの血液を失えば、命を落とすことになる。

体格によってはそれ以上の吸血が必要になる。

しかしそんな量は通常はとても一気に飲み干せない。

その為、執行時に備えて体を枯渇状態にしないといけないのだ。

しかしこれがカルミ―ナにとってたまらなく辛い。

味の素で豊かになった旨味も、アルコールによるほろ酔いも一切我慢。

待っているのは飲みたくもない大量の生き血と、囚人の悲鳴である。

(自分達が執行ボタンを押したくないからって……)

彼女はやり場のない不満を胸に燻らせていた。

「はい。これが今回の囚人のカルテ」

白鳥から無言でバインダーを受け取り目を通す。

死刑囚名:金城 必勝(きんじょう まさかつ)

罪状:殺人罪

属性:31歳男性 過激派 鉄血革命連合 書記長

犯行内容:メンバーを四人を組織の風紀違反と称して殺害

確定判決:死刑

「過激派?」

「うん。世直しの為には《正しい暴力》はやむを得ないって言ってるこわ―い集団」

「そうなんですか。殺害理由が風紀違反って……」

「彼の演説中にあくびをしたとか、組織の規則を一文覚えてなかったとか……そんな理由らしいよ」

「そんな些細なことで!」

彼女は何か胸に重しを抱えるような気持ちになった。

カルミ―ナは執行室のドアを開けて中に入ったが、イスに固定されている死刑囚は正面をじっと見据えたまま、彼女の方を一瞥すらしようとしない。

彼女は「ちょっと失礼します」と言って部屋の隅に移動すると執行官の制服を脱いで、コウモリのマークが胸にプリントされた白Tシャツと短パン姿になった。

これは、吸血執行時に囚人が暴れて血が飛び散り制服が汚れるのを防ぐためである。

今際の際の囚人の最後のあがきは凄まじい。

どんなに硬く牙を突き立てていても血が漏れることがしばしばある。

そのたびに彼女は自己負担で制服をクリーニングしていたのである。

彼女は刑務官長の柴田に必死の直訴を繰り返し、ようやく着替えの許可を得たのであった。

彼女は死刑囚の横に立ち自己紹介した。

囚人はゆっくり彼女の方に振り向く。

青白い肌色。

開かれているのかどうかわからないような細いキツネ目。

感情が全く窺えないその表情にカルミーナは背筋に冷たいものが走った。

「あなたが執行官ですか?」

彼は薄い唇を開いた。

蛇が這うように耳へ忍び込む、か細く高い声である。

「はい。そうです」

「何故あなたは制服を着用していないのですか?」

「え!」

「何故あなたは制服を着用していないのですか!」

「そ、それは……」

「死刑執行時の服務規定によれば制服を着用することになっているはずです。あなたはなぜそれを遵守していないのですか?」

(う!なんでそんなことを……この人知ってるんだろう)

カルミ―ナは返答に詰まった。

「あなたの……おっしゃる通りです。すみません」

「服務規定違反ですね 。これでは執行はできませんね」

「ま、待って下さい。着替えますから!」

彼女は慌てて部屋の隅に戻ると制服を着用して金城の元に戻った。

「ハァハァ。あの……すいませんでした。執行手続きを継続いたします。死刑方法は私の吸血による執行となります」

「ほう。吸血による死刑ですか?事前に処刑方法の告知は受けていませんが?」

「え!は、はい……そうなんですか?」

「逆に質問されても困ります。《刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律 第百七十八条》をおっしゃってみてください」

「う!あの……その……」

「さあ!早く!」

「お、覚えていません……」

「嘘をついてはいけません!『覚えていない』ではなく最初から知らなかったのでしょう!」

「は、はい。すみません……」

「いいですか。《第百七十八条(死刑の執行)
3項 死刑方法は事前に告知するものとする》となっています。明らかな告知義務違反ですね。執行 停止を要求します!」

「ひい!待ってください!」

「何を待つのですか?早く手錠を解除しなさい!」

「確認します!確認しますから!ちょっと待ってください!」

カルミーナは泡を食って執行室のドアの横についているインターホンにかけよった。

慌ただしく受話器を取り柴田を呼び出す。

「一体なんだね!カルミーナくん!」

「あの……囚人が死刑方法において事前告知がなかったと言っています。どうすればよろしいですか?」

「君は何を寝ぼけたことを言ってるんだね!」

「え?」

「事前の手続きは全て終わっているのだ。君はただ処刑執行を完遂すれば良いのだ!」

「し、しかし……」

「『しかし』では無い!囚人の言葉にいちいち取り合うな!早く持ち場に戻りたまえ!」

(そんな!無茶苦茶よ!)

一方的に会話を打ち切られカルミーナは仕方なく 受話器を元に戻した。

ふと金城の方に視線を戻す。

(ひっ!)

彼女の背中に悪寒が走った。

彼の細い目は、まるで全ての光や感情を吸い込むブラックホールのように見えた。

金城は瞬きせずカルミ―ナを見つめた。

「事前告知の件はどうなんですか?」

「…………」

「聞こえませんでしたか?事前告知の件はどうなんですかと聞いています。無視しないでもらえますか!」

「……事前手続きは……問題ないと……」

「ほう。ではこのまま執行を進めるということですか?」

「はい……」

「なる程。それではもう一つ伺います。今日は何曜日ですか」

「はい……?今日は……確か土曜日のはずです」

「カルミ―ナさん。刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第百七十八条 2項を述べてみてください」

「すいません……分かりません」

「法律も知らずにあなたは本当に執行官ですか?《第2項 日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日、一月二日、一月三日及び十二月二十九日から十二月三十一日までの日には、死刑を執行しない》となっているのですよ 」

「え!」

カルミ―ナは目の前が真っ白になった。

唇が小刻みに震える。

「全く無茶苦茶ですね。先ほどの事前告知無視の件と併せ、これらは明らかに組織絡みの不法行為です」

「い、いえ!そんな……」

「違うのですか?ではあなたの独断ですか?」

「ち、違います……」

「ならばやはり組織絡みということですね?」

「うう……」

絶句するカルミ―ナに金城はさらに問いを重ねる。

「カルミ―ナさん。口を開けて見て下さい」

「え!何故?」

「いいから!早く!」

「は、はい……」

渋々唇を開くカルミ―ナ。

金城はそれを見ながら無表情で呟いた。

「鋭い牙ですね……わたしは今、大変恐怖を覚えています」

「ええ!」

「あなたはその牙でわたしの首筋を貫き惨殺しようとしています」

「ちょ!ちょっと待って下さい。吸血処刑に残酷な意図は有りません。むしろ苦痛を和らげる人道的な手段として国に認可され……」

「あなたの主観は関係有りません。わたしが恐怖と苦痛を感じると言っているのです。残忍でおぞましい処刑でわたしをなぶり殺しにしようとしています。これは明らかに《基本的人権の尊重》に反します!」

「き、基本的人権?」

「《日本国憲法 第36条(拷問・残虐な刑罰の禁止) 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる》と定められています。しかしあなたはわたしを食い殺そうとしています」

「あ……い、いえ……その……」

「先程の組織ぐるみの違反行為と人権侵害に対して異議申し立て致します。弁護士を呼んで下さい!」

「待って……待って下さい……」

もはやカルミ―ナは半ベソ状態である。

「何を待つのです?」

「上司に……相談させて下さい」

「何を相談するのです?」

「ですから……金城さんの御意見につきまして…確認を……」

「……いいでしょう。早くおやりなさい」

カルミ―ナはお辞儀をすると再びインタ―ホンに走る。

「いい加減にしないか!早く執行したまえ!」

「し、しかし!法的にどうなのか……」

「手続きは済んでいる!以上だ!」

ブッと会話を切られた。

プ―、プ―、と無情に鳴り響く受話器を力無く戻す。

うなだれるカルミ―ナ。

どうしてよいか……わからない。

進退極まった様子の彼女に金城はニヤリと笑みを浮かべた。

「カルミ―ナさん。どうです。今の国家はあなたの味方でない事がよく分かったでしょう?」

「…………」

「あなたにひとつ提案が有ります。一緒に日本政府を打倒しませんか?」

「ええ!」
 
「あなたなら国家の犬共を蹴散らし、わたしをここから救い出す事が出来る筈です。そして再び同志を 集めて闘争を再開します。あなたの《正しい力》はきっとこの世を変える事ができます!」

「き、金城さん……」

「さあ!わたしの捕縛を解いて下さい。共通の敵である腐った国家と戦いましょう。そして一緒に革命を成し遂げましょう!平和国家樹立のために力を合わせようではありませんか!」

「…………」

「何を迷う事があるのです!それともあなたがたの不法を糾弾されたいのですか!法律は私の味方ですよ!」

「よく……分かりません……」

「何だって?」

「わたしは無知です。わからない事だらけです。しかし……知っていることが一つだけあります」

「な、何だ!それは?」

「あなたが4人の命を奪った……殺人犯だという事です」

それを聞いて金城は眉間にしわを寄せた。

「違う!私は組織の規律を乱す者を《総括》しただけだ!平和国家樹立という大義の前ではやむを得ないのだ!」

「いいえ!あなたはただの人殺しです。これより死刑を執行いたします」

カルミ―ナの目が赤く光った。

「ま、待て!その行為は基本的人権の侵害だ!」

金城の目に動揺が走る。

彼女は素早く金城に抱きつき頸動脈に牙を通した。

彼は必死に身をよじって絶叫する。

「ぐああ! 日本国憲法第三十一条! 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない!」

彼女の枯渇した体は金城の血液をスポンジのように吸収する。

「第三十六条……公務員による拷問及び残虐な刑罰は………絶対にこれを………禁ずる」

彼の体が徐々に力を失っていく。

カルミ―ナの喉は鳴り続ける。

「第……十一条……基本的……人権は………侵すことのできない……………永久の…………………権利…………………」

金城は完全に動きを止めた。

首から口を離した彼女は、虚ろな彼の目から顔を背けた。

検死鑑定中、カルミ―ナは柴田に詰め寄った。

「一体どうなってるんです!事前告知がなかったり、土曜執行したり!おかしいじゃないですか!」

「君には言ったはずだ。事前の手続きは全て終了していると」

「で、でも!」

「彼は拘置所の待遇や職員の勤務態度、服装その他に関して異議申し立てや難癖を色々つけてね。通常の執行予定が立たなくなったんだ。それに今回の判断は我々だけのものではない。言えることはそれだけだ」

「そんな……でもルール違反は看過できません!死刑囚の言い分はどうなるんです?」

そこに白鳥が割って入った。

「なる程。カルミ―ナさん。じゃあ彼に意見聞いてみよっか?」

彼はそう言うと、仰向けに横たわる金城の額をペシペシと叩いた。

「くっ!」

カルミーナは唇をギュッと噛みしめた。

深夜の帰路。

誰もいない横断歩道が赤信号に変わった。

車道は静寂に包まれ、車の影は1台もない。

カルミ―ナは渡ろうとした。

(いや……待とう……)

彼女は足を引っ込め、青信号に変わるのを待ってから横断歩道を渡った。

そして夜道を去っていく彼女の姿を月光が明るく照らしていた。

レディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』は黄昏時の赤い夕日に染まっている。

しかし、その数時間も前から壁面の大鏡の前で懸命に接客練習をしているカルミーナの姿があった。

「オッホッホッホッホ!怯えているのね!」

「ご安心なさい。優しく息の根を止めてあげる」

「わたくしの永遠の命の前では、あなたの命なんて虫けら同然」

「あら見たのね……私の牙を。あなたはもう生きて帰れない」

「駄目だ!もう1回やり直し!」

腕を組んで睨みつける銀城からダメ出しが飛ぶ。

ここ最近は、業務終了後だけでなく早入り特訓も始まったのである。

カルミ―ナはげっそりしていた。

「あの……さっきのは……何がダメだったんでしょう?」

「目が優しくて毒がない!コスプレをした清楚で健康的なアイドルが、一生懸命吸血鬼を演じているようにしか見えない」

「そ、そんなぁ……」

「イメージするのだ!君は常にその美貌で男を幻惑し、牙を突き立て、命を奪う隙を伺っている吸血鬼だ!」

「う……うう……」

カルミーナには、どうしても危険な捕食者として人間の前に立つことができない。

彼女は故国ベルランドでは、吸血族ラキャレ王家の長女として敬愛されていた。

国民はヴァンパイアに血を捧げ、ヴァンパイアはその力で国民を守る。

その共存関係でベルランドは小国でありながら激動のヨーロッパの中で二千年の独立を維持してきたのだ。

カルミーナにとって人間は血の恵みを貰える、守るべきかけがえのないパートナーである。

(それなのに……ロゼリア帝国め……)

彼女は歯噛みした。

「カル!何をぼーっとしているのだ!」

「は、はい!」

彼女はハッとして顔を上げた。

「もう一度だ!」

「わかりました!」

彼女は力強く返答してロープレを再開した。

ほどなくして黒羽冴子が開館時間を告げに来た。

「お!もうこんな時間か?」

銀城は練習を切り上げて、慌ただしく開館前の訓示を行った。

すでに玄関前には入場を待つ十数人の列ができている。

オープンと同時に来客がなだれ込んできた。

「カルたん!僕だよ!会いたかったよ!」

その先頭にいた肥満した巨漢男性が甲高い声で叫んだ。

毒島 馬羅実(ぶすじま ばらみ) 35歳

彼はカルミーナを最推しする希少な常連客である。

11月なのに彼のタンクトップは汗で乳首が浮き出ている。

一番乗りした彼のニキビ面は歓喜に満ちていた。

しかし……なぜか顔色が異様に青白い。

「あ!ブッスん!今日も来てくれてありがとう。でもなんだか……顔色が良くないですね……」

「ハァハァ……僕は今日、一刻も早くカルたんの元に来たかったんだ!これを見て!」

そう言うと毒島はカルミーナの萌画がプリントされた紙バッグから2 L入りのペットボトルを取り出した。

キャップ近くまで赤い液体で満たされている。

「え……それは?」

「僕からの大切なプレゼント。搾りたての血液だよ!」

みるみる彼女の顔面が蒼白になる。

「ひ!し、搾った、て……それ全部……ブッスんの血?」

「ハァハァ!当然だよ!さあ…!たんとお飲み!」

カルミーナは冷や汗が出始めた。

「ブッスん……駄目だよ。未契約で採血した血は飲めないんです!」

「ぶふふ…大丈夫!僕の血は……いつでもカルたんのもの」

「そんな話ではなくて!法律的にやばいんです!それに、ブッスん……死んじゃうよ!」

「ハァハァ!カルたん!僕はいつでも君のために死ねるんだよ!」

「だから駄目なんです!私のために血を抜いて、もしブッスんが死んだら……私、殺人罪に問われます!」

「ハァハァ!僕は死なない。たとえ肉体が滅んでも霊体となって君を守り続ける」

「救急車……呼びますね!」

「カルた――ん!」

救急隊員は号泣する毒島を無理やりタンカに乗せる。

パーペ―、バーぺ―、とサイレンの音が徐々に遠のいていった。

「……ただいま……」

がっつり精神をやられたカルミーナは、玄関の引戸を開ける時も声がかすれていた。

声に気づいた碇谷が階段をドタドタと駆け下りてきた。

「お前!遅いじゃねぇか!」

「ハァ…今日は色々あったの。接客の練習もあるし……」

「そんなことより大変だぜ!」

「泰造さん……どうしたの?そんなに慌てて」

「部屋の中を見てみろ!」

「?」

カルミ―ナは自室の引戸を開けた。

「え!そんな!」

彼女は目を見開いた。

和室のちゃぶ台の前に1人の男性が正座をしている。

燕尾服の上に黒いマントを羽織っているが、どちらもシミだらけでヨレヨレであった。

オールバックの頭髪にはフケが浮き、跳ね毛がピンピンと立っている。

男はだらしなく垂れている口髭に覆われた唇を申し訳なさそうに開けた。

「カルミ―ナ……久しぶりだね……」

「御父……様!」

カルミ―ナは息が詰まりそうになりながら絶叫した。

 ちゃぶ台の横に正座しているこの男。

 ベラミール・ド・ラキュレ  500歳

 元ベルランド国王である。

 カルミーナは父親を睨みつけた。

 どんどんまゆがつり上がり、目が赤く光り、牙がむき出しになる。

カルミーナはベルランド語で怒りをぶつけた。

『よくも……平気な顔で私の前に出てこれましたわね!』

『す、すまない……カルミ―ナ。許してくれ』

ベラミールは沈痛な面持ちで頭を下げた。
 
彼女はさらにまくしたてる。

『許せません!許せるわけがありません!一体どこをほっつき歩いていたんです!お父様が城を飛び出して行った後、どれだけ大変だったと思ってるんですか!』

『すまない…迷惑をかけたと思ってる……』

『思ってない!何にもわかってない!』

 カルミ―ナはバンバンと畳を叩く。

 碇谷は二人の様子を見て割って入った。

「お、おい。親父さん……頭を下げっぱなしだぜ。一体何があったんだ?」

「泰造さんには関係ありません!これは親子の問題です!」

「まあそういうなよ!ちょっと事情を聞かせてみろ」

「…………父は、国王であることを放棄したんですよ」

「何だって?」

 ベラミールは正座したまま目を閉じて 俯いている。

「40年前のことです。お母様がお亡くなりになった時めちゃくちゃ嘆き悲しんで、三日三晩泣き続けて、挙句の果てにお母様の名前を叫びながら城を飛び出して行ったんです」

「お前の母ちゃんが亡くなって……確か人間だったな」

 吸血鬼は人間と交合して子孫を残せる。

 その際、ヴァンパイアの遺伝子力は極めて強く、100%純正に近い吸血鬼が生まれてくるのである。

「それからというもの。父の行方を必死に捜索しました。国を上げて探したんです。でも全く行方は知れませんでした……でも国政は放置できません。ですから急遽私が仕方なく国王代行を務めたのです」

「代行?なぜ?《女王》でいいんじゃねえか」

「父の生死がはっきりしませんもの……葬儀も戴冠式もできないです」

「なるほどねえ…こいつは親父さんはよくねえな」

「そうなんです!」

 そう言うとカルミーナは再び父親の方に向き直った。

『さあ!お父様!どこにいたのかちゃんと説明してください!』

『……わたしはあの時……エレーナを失って錯乱してしまったのだよ……』

『どこにいたのかって聞いてます!』

『うう……わたしは無我夢中で駆けた。どこをどう走ったのかも全くわからなかった。もうどこでも良かった。自分の身なんてどうなっても良かったんだよ……そして気づいたら暗く深い洞窟の中にいた……』

『洞窟!』

『そうだ……私はその中で眠りについた……暗く深いこの穴ぐらの中で……このまま朽ち果てたかったんだよ』

『そんな……でも国中の鍾乳洞や洞窟も探しました!でも見当たらなかった!』

『それはそうだ。私がいたのはアドリア海に面した断崖からしか入れない洞窟だったからね』

『アドリア海!一体どこの国なんです?』

『クロアチアだよ……しかも満潮時には洞窟の入り口が水没するんだ』

『ハァ――!そんなの見つかるわけないじゃないですか!その後はどうなったんですか!』

『……30年位眠っていた。目が覚めた時は死ねない己の生命力を呪ったよ。しかしわたしはすぐに激しい後悔に襲われた。何という事をしてしまったのだろうと……そしてお前や国民に謝罪をせねばと思いたち洞窟を飛び出したのだ』

『謝罪って……遅いです!国に行ったんですか?』

『ああ。わたしはヨレヨレになりながらも国に戻った。そこでわたしは魂が消し飛ぶかと思ったよ。何しろ国が無くなっていたんだからね……』

『ええ……ロゼリア帝国に併合されましたからね……』

『そうだ。しかし何も知らないわたしはうろたえるばかりだった。しかもベルランドの元住民はわたしを避けるのだ。悲しかった……』

『30年も国民をほったらかしにして!当然です!』

『う……。今さら……何も申し開きは出来ない……でも、ある家族がわたしを匿ってくれてね。血や新しい衣服を用意してくれた。それで少し元気を取り戻したんだ。でもロゼリアの警察は厳しくて長くは留まれなかった。そしてやむなく家族の元を去る時、お前の話を教えて貰ったんだよ。日本の東京に居ると』

『そうだったんだ……』

『わたしは苦労して日本行きの貿易船に潜りこんだ。コンテナの隙間に隠れていたんだよ。そして東京に上陸してからはお前の匂いを頼りにここに辿り着いたのだ……』

『お父様……それって密航じゃないですか!』

『その通りだ。だが仕方なかったんだよ……国もなく、パスポートもないんだからね』

カルミ―ナは苦虫を潰したような表情で碇谷に聞いた。

「……あの、泰造さん。父がここに来た時にどうしたの?言葉が通じないでしょ」

「あのなあカル。まず親父さん、どう見ても吸血鬼だろ。それに目鼻立ちがお前と似てるし。『カルミ―ナ!カルミ―ナ!』ってうるさいしよ。とりあえず上がって貰ったんだ」

「泰造さん……よくそれだけの手掛かりで父を家に入れましたね。でも……ありがとうございます」

「しかし親父さん、よくここにお前が居るってわかったな」

「匂いを頼りにしたと言ってます。私達は犬より遥かに鼻が利くので。ヴァンパイアがその気になればどこまでも追ってきますよ」

「うへ!おっかねえ!」

泰造は肩をすくめる。

『カルミ―ナ。ちょっと良いかな?』

『何です!お父様?』

『彼が今のお前の保護者なんだね。私のことも信じて家に入れてくれた。礼が言いたい』

『お父様……』

『この国のお礼の言葉を教えてくれないか?』

『【アリガトウゴザイマス】です』
 
『そうか……』

「おい……カル!親父さんなんて言ってるんだ?」

「父はお礼が言いたいそうよ」

「何だと?」

「アリギティオ……ゴザマス」

「お、おい……照れ くせーじゃねえか!別にいいってことよ!」

碇谷は顔を真っ赤にしてベラミールの背中をパンパンと叩いた。

その光景を前にしてカルミ―ナの目に涙が光った。

それを見た碇谷が言った。

「カル……もういいんじゃねえか?もう許してやれよ」

カルミ―ナはぎゅっと唇を噛んだ。

「……ゆ……許さない。絶対許さないんだから!」

ベラミールは沈痛な面持ちで顔を伏せた。

しかしその瞬間カルミーナはわっと号泣してベラミールに抱きついた。

ベラミールは顔を上げて目を見開いた。

しかしそれは穏やかな表情に変わり、自分に体を預けてくるカルミーナを優しく抱きしめた。

その夜、碇谷宅の上には満天の星空が広がっていた。

カルミ―ナが父娘の久しぶりの出会いを果たした夜。

ベラミールはシャワーを浴び、碇谷から借りた黒ジャージに着替えた。

タオルを首にかけ、さっぱりした表情でカルミーナからもらった解凍したばかりの血液を飲み干す。

『ふう……!生き返る心地だ。しかし何だろう?この血の味は……何か後に引く旨味が舌に残る……』

『お父様。それはこれを入れたのよ』

そう言ってカルミーナは味の素の瓶を見せる。

『な、何だそれは!血液に混ぜ物をするのか?』

『うま味調味料よ。人間はこうやって食料の味の改善を図ってきたの』

『ふむ。新しい発見だな。人間から直接血を吸っていれば絶対に味わえない味覚だ』

『そうなの。またアルコールをカクテルした血も試してみて。最高だから』

『ありがとう……娘よ。しかし、私は明日の晩には出て行こうと思う』

『え!一体何言ってるの!』

『お前の元気な顔を見られた。もう十分だ』

『会ったばっかりじゃない!』

『色々迷惑をかけた。これ以上長居して、碇谷どのやお前に負担をかけるわけにはいかん』

『ちょっと待って!出て行って一体どうするつもりなの!』

『なあに。こう見えても頑丈でな。どうにかなるだろう』

『ハァ……要はノープランてことね……ちょっと待ってて』

カルミ―ナは2階の碇谷を呼び出した。

「ねえ……泰造さん。父は……ここを出ると言ってます」

「何だと!2階の物置部屋から荷物をどければ、親父さん一人ぐらいは何とかなるぜ」

「それが……私たちに迷惑をかけたくないって……」

「そんなこと言ってもなあ……。今のまま親父さんが飛び出して行っても、あの臭い女吸血鬼みたいになっちまうぜ」

「そうなんです。何かいい手はないかしら?」

「う―ん。そう言われてもな……。そうだ!黒薔薇男爵にお願いしてみたらどうだ?」

「ロ―ズ・ブラッド!?」

「ああ。あそこなら親父さんを住み込みで働かしてもらえるかもしれないぜ」

「なる程!ヴァンパイアウェルカムですものね。ただ……」

「何だ?」

「あそこのコンセプトはレディ・ヴァンパイアの園 なんですよ。中年男性の吸血鬼なんて相手にしてくれるかしら?」

「まあ言ってみなくちゃわからねえよ!銀城に電話してみるわ!」

「は、はい」

その場ですぐにスマホを鳴らす碇谷。
 

数分ほど会話して電話を切る。

「明後日の夕方来てくれってよ」
 
「本当ですか!ありがとうございます!」

カルミ―ナは嬉々としてこの事をベラミールに話した。

『なに!お前の職場だと?』

『そう!願っても無い話よ。お金も稼げるし!それに、住みながら難民申請をかけるの。上手く行けば居住権が貰えるかも!』

『しかし……私などが役に立てるかどうか……』

『役に立てるかとかじゃない!とにかくお願いするの!私も一緒に行ってあげるから!』

『う……うむ……分かった……』

渋々うなずくベラミール。

明後日、ヴァンパイア父娘は赤い夕日に染まるロ―ズ・ブラッドの前に立っていた。

ベラミールの燕尾服はきちんとクリーニングがかけられ、散髪して頭髪も整えられている。

『何だろう……この建物の雰囲気は。気分が落ち着く。わがブランシュテイン城の離宮のようではないか!』

『でしょ!私も最初に見た時は驚いたもの!』

『この様な物を日本の街中で作り上げるとは。一体どの様な御仁であろうか……』

『まあいいから入りましょう。話はそれからよ!』

カルミ―ナはドアを開いた。

中に入った瞬間ベラミールは我が目を疑った。

エントランスにはレディ・ヴァンパイア・メイドがずらりと並び、中央には満面の笑顔を浮かべた銀城がマントを広げて薔薇の裏地を見せ付けた。

『ようこそ我が館へ!ヴァンパイアの王よ!』

ベルランド語である。

『カ、カルミ―ナ……ここは同族の館なのか!?』

『違うわよ。全員人間です』

『それに……あれは故国の言葉ではないか!』

『最近私が教えてるの。店長にせがまれて……さあ!いくわよ』

カルミ―ナは目を白黒させている父の手を引いて奥に進む。

ベラミールは奥の応接室に通された。

『国王陛下。色々と大変でございましたな』

銀城はなめらかにベルランド語をあやつる。

ヴァンパイアオタクである銀城が吸血鬼の故国の言葉にのめり込んで数年。

今ではカルミーナも舌を巻くレベルである。

『そうお呼びいただくのはありがたいが、私はもう国の主ではありません』

そう言ってベラミールは照れ臭そうに頭をかいた。

『何をおっしゃいます!憎きは一方的に侵攻したロゼリア帝国ではございませんか?何故隣国はかような暴挙を犯したのですか?』

『あそこの皇帝とは永らく友好関係にあったのです。しかし政権が変わったようですな』

『政権が替わる?クーデターですか!』

『旧民に聞いたところでは、それに近いもののようです。キリスト教原理主義の政党が議会を握り、皇帝から政権を剥奪したようですな』

『しかし……それがなぜ?』

『彼らの教義では、吸血鬼は存在が許されぬ呪われた悪魔と定義づけられているようです。それで《解放戦争》と称して我が故国に介入してきたのですよ。そして巨大な軍事力を背景に我が娘を追い出したのです。わたしはその時は恥ずかしながら洞窟の奥底で眠っておりました。誠に情けない……恥ずかしい……』

ベラミールはまなこに手を当てて嗚咽した。

『もう……!お父様!泣かないでよ!こんなところで』

『まあ待ちなさい。王の悲嘆はよく理解できる』

『でも……すみません……』

『ヴァンパイアを愛する者として私は王を放置することはできない。我が館にお迎えしようじゃないか!』

『本当ですか!』

『ああ。ちょうど女性客の開拓も視野に入れようと思っていたところだ。しかし軽薄な若い男ではつまらん。まずは王のような威厳のあるヴァンパイア こそ新しい試みの始まりにふさわしい』

『ありがとうございます!』

『ただし王よ!我が館で働く以上、接客を含め様々な業務は覚えて頂かなくてはならぬ』

『お世話になる以上は当然です。ビシビシしごいてくだされ』

『うむ!それと店内では《吸血鬼 らしく》振る舞って頂かなくてはならぬ。よろしいか?』

『??……。もちろん……ですが……』

キョトンとするベラミール。

カルミーナはそんな父親の顔を気の毒そうな表情で見つめていた。

帰宅の途中、上機嫌のベラミールに対しカルミ―ナは冷めた目で言った。

『最後に店長の言った言葉の意味……わかってるの?』

『銀城殿は《吸血鬼らしく振る舞え》と言っておったな。吸血鬼のわたしに不思議なことをいうものだ』

『お父様……お覚悟をなさいませ……』

『娘よ!何を言っておる。心配はいらぬ、大丈夫だ!わははははは!』

(嗚呼……だめだこりゃ……)

カルミ―ナはため息をついた。

自宅では、泰造が二階の窓枠に背もたれて、三日月を見ながらタバコの煙をふかしていた。

処刑執行日のその夕方。

断食にふらつきながら落ち窪んだ目でカルミ―ナが玄関引戸を開けた時である。

入口前に男女三人組が立っており、彼女は思わ仰け反った。

三人共60歳前後であろうか、胸に十字架の刺繍がはいった宣教師が着用している様な丈長の衣装を身にまとい、白い縁無し帽を被っている。

真中に男性1人を挟んで両側に女性2人が並んでいる。

全員カルミ―ナの顔を見てにっこりと笑顔を作った。

カルミ―ナは怪訝そうな表情を浮かべた。

「あ、あの……。どちら様でしょうか?」

男性が前に進み出て挨拶する。

「始めまして。わたし達は《聖ベラマンチャの会》の者です。決して怪しいものではありません」

「は、はあ……その……どんなご用件でしょうか?」

右側の小柄で厚化粧の女性が口を開いた。

「貴方をお救いしたいのです!とても良い話ですよ」

「良い話?」

今度は左側の背の高い黒縁眼鏡の女性が進み出た。

「あなたは呪われた吸血鬼です!今まで数えきれないほど多くの人の血を吸い、死に至らしめた悪魔です!まずその事を自覚なさい!さあ!あなたが殺害した人数は何人かご存知ですか!」

「う!く……!死刑執行による35人です……」

「寝言はおよしなさい!いいですか!会の調べによれば、あなたは55万3262人の人命を奪っているのです!」

「は!ハァ!そんなのありえません!」

カルミ―ナは目玉が飛び出そうになった。

黒縁眼鏡の女性は甲高い声でまくしたてる。

「否定しても無駄ですよ!わたし達の聖典聖ベラマンチャの書にちゃんと記載があります!」

「あの……そんな書物の名前……聞いたことがないんですけど……」

「わたし達の会派にのみ伝わる秘伝の書です。ここにはキリスト教の真実が書かれているのです!あなたのことについてもちゃんと記載がありますよ!」

「私の事……!どんな内容なんですか?」

「わかりました。お教えしましょう。《聖典 第百二十三章 主が吸血鬼について語られた事》より」

黒縁眼鏡は、表紙に《聖ベラマンチャの書》と日本語で書かれた辞書のような分厚い立派な本を取り出し、満面の笑顔で朗読し始めた。

――吸血鬼は背徳の民なり

――神の教えに背いて堕落し呪われた

――常に人間の血に飢えて追い求める

――その中にカルミナと呼ばれる女吸血鬼あり

――漆黒の翼で空を舞い狙われたものは逃げられない
――若い美男子の血しか狙わない

――一度血を吸い始めたら 一滴も残らず吸い尽くす

――カルミナの犠牲になりたるもの数知れず……

――以上

「ええと……これだけですか?」

「はい。そうですが?」

「私……翼なんてないし!美男子しか狙わないって一体何なんですか!それに 被害者の具体的な数字なんて何もないじゃないですか!」

「それは私どもが独自の調査できちんと計算いたしました。それによるとあなたは西暦1523年以降吸血を繰り返し、58万9822人の尊い命を奪ったのです」

「さっきより数字が増えてるじゃないですか!それに私が生まれたのは1826年です!」

「《吸血鬼は偽りしか言わない》と聖典にございます。誤魔化しても無駄ですよ!あなたはこのままでは地獄の最下層であるコキュ―トス行きは免れませんよ!」

「そんな話なかったでしょう!私これから用事があるんです!もう行っていいですか?」

厚化粧の女が行く手を遮った。

「まぁまぁ。お待ち下さい。そんな罪深きあなたを救済するのが私達の役目。まずは御覧下さい。聖ミカエル・ハゲ・カメジロウ同志、あれを!」

「はい!聖ガブリエル・シワ・ハルコ同志!」

そういうと男性は聖櫃をミニチュアにしたような箱を開けた。

中には派手な装飾が施された金色の十字架が、紫のシルクの布の上で光っていた。

(何これ……何だかおもちゃみたい)

カルミ―ナはジト目である。

「あなた様!これはただの十字架ではございません!持っているだけで全ての罪が浄化される《聖グレゴリウス・ドニ・ポカホンタスの十字架》なのです!」

「それが……何か?」

「何か……ではございません!あなた様に耳寄りの御話ですよ。普段私達はこの聖なるアイテムを1000万でお譲りしています。それをなんと今回……」

聖ガブリエル・シワ・ハルコの目が光った。

カルミ―ナはビクッとなった。

「たったの100万にさせて頂きます!これであなたのコキュ―トス行きは免除されます。さあ!如何ですか?」

「要りません」

即答するカルミ―ナ。

「何故です!あなたの65万9212人の命を奪った罪が帳消しになるのですよ!」

聖ミカエル・ハゲ・カメジロウが絶叫した。

(また人数が増えてる……)

カルミーナは半ば呆れ顔で言った。

「そんなお金持ってませんから!」

「大丈夫ですよ」

シワ・ハルコはにこやかに何かの書類を差し出した。

「私達教団は《サワヤカロ―ン》とも提携しています。年利たったの30%ですよ。さあ……ここにサインを頂くだけですから!」

彼女はカルミ―ナににじり寄ってくる。

(話にならない!)

そう思いながらカルミ―ナは後ずさりして引戸に向き直る。

そして鍵をかけると振り返ってにっこり笑った。

教団の三人も笑みを返す。

その瞬間、カルミ―ナは爆速でダッシュした。

彼女が本気で走ればオリンピック選手でも敵わない。

あっという間に姿が見えなくなる彼女に取り残され茫然と立ち尽くす三人。

数刻後、カルミ―ナは荒い息使いで執務室に飛び込んだ。

「また定刻ギリギリじゃないか!」

柴田の不機嫌な声が飛ぶ。

「すいません!出がけに変な人達に絡まれてしまって……」

「言い訳はなしっすよ……はい!これ今日の死刑囚のファイル」

白鳥からバインダーを受け取った彼女は慌ただしく囚人のプロフィールを確認した。

死刑囚名:鼬 梅吉(いたち うめきち)

罪状:殺人罪

属性:63歳男性 無職

犯行内容:風俗勤務の女性を3人殺害して遺体を隠蔽

確定判決:死刑

「風俗勤務の女性……?」

「今回の囚人は《最後の竿師》と呼ばれている曲者だよ」

「竿師?」

「そう。巧みな言葉と性技で女性を操って金儲けの道具にする人。まあ気をつけてね」

「は、はい……」

「因みに起訴されたのは3人殺害分だけど、実質の被害者はもっと多いから」

「ええ……!」

彼女は何か見えない手で心臓を撫でられたような、得体の知れない気味の悪さを感じていた。

執行室に入る時、カルミ―ナは心なしか息を潜めていた。

しかし鋼鉄椅子に拘束されている死刑囚の姿を見て彼女は目をぱちくりさせた。

小柄で白髪短髪の貧相な男である。

カルミーナはもっと精力と肉体美に満ちた魔性の美男を想像していた。

「私は本日の死刑執行を担当させていただきます、執行官のカルミ―ナ・ド・ラキュレです。宜しくお願い申し上げます」

「ああ!あんた……吸血鬼らしいね。血を吸うんだろ。宜しくね」

梅吉は八の字眉につぶらな瞳でにっこり笑った。

(何故その事を?事前告知なんていつもしてないのに……)

カルミ―ナは少し怪訝な面持ちになったが、気を取り直して処刑宣告をした。

「はい。これから吸血処刑を執り行います」

「はいよ。頼んます」

(何だろう……普通なら動揺するんだけど……)

彼女は梅吉の飄々とした態度に戸惑いながらも唇を彼の首筋に近づけた。

その時であった。

「おっといけねえ。左側はよしな!」

「え!」

カルミ―ナは慌てて牙を引っ込める。

「あんたが口をつけようとしたところ、よく見てみな」

「……?」

彼女は梅吉の首筋を注視した。

皮膚に、輪の様に赤い湿疹が広がっている。

「こ、これ……皮膚病?ですか……」

「ああ。銭たむしだよ。伝染ったら痒いよ」

「は、はい……」

「首の右側は綺麗だ。そっちから吸ってくんな」

「え!」

(この人……わざわざ気を遣ってくれたんだ。処刑される身なのに)

カルミ―ナは今まで執行業務に携わる中で、こんな気遣いなんて受けたことが無かった。

人の良さげな梅吉のつぶらな瞳を見ていると彼女の目に涙がにじんで来る。

そして梅吉の右側に立ったものの、中々執行に踏み切れない。

そんな彼女の様子を見て梅吉が口を開いた。

「何だ。あんた……何か辛いもんでも抱え込んでるのかい?」

「え!な、何故?」

「いや……あんたの顔見てみると……なんかそんな気がして」

「………っ!」

「もしよかったら、おいらに教えてくれねえか?」

「ええ!でも……」

「どうぞオイらはすぐにあの世に行く身だ。遠慮 なく吐き出してくれればいい。何でも聞くよ」

梅吉のつぶらな瞳は、全てを受け止める様な深さを感じさせた。

「は、はい……」

「あんた……何で日本にいるんだい?」

「それは……故郷を……追い出されたからです」

「ふるさとを!どうして?」

「私……元々は東欧の小国ベルランドの王女でした。でも隣の大国ロゼリアがヴァンパイアに否定的な政権に変わってしまって……私達王家を追い出すために軍事侵攻を受けたんです」

「何だって!あんた……人間と仲良くやってたんじゃないのかい?」

「はい……国民からは順に血の提供を受けて……みんなの顔を覚えています。全員家族みたいなものでした」

「そうなんだ……。でも軍隊が押し寄せて来た時は大変だったろう?」

「はい。50万の軍に包囲されました。王家の追放と民の命を引き換え条件に」
 
「50万だって!その時お宅には何人位兵隊がいたんだ?」

「全てかき集めて2万が精一杯でした。私は苦悩しました。肝心の国王である父は行方不明でしたし。でも……」

カルミ―ナは俯きながら涙を落とした。

「国民は王家を守って戦う事を……ロゼリアに宣言したんです」

「そんな!多勢に無勢じゃないか!それでもあんたの為に戦おうとしたんだね……」

梅吉は目尻にしわをよせて彼女を見つめた。

「でも……このまま戦えば国が滅ぶのは明白です。相手は核兵器の使用さえ示唆しました。私は決断しました」

「決断……」

「はい。閣僚と将軍を集めて降伏の意を伝えたのです。反対意見も出ましたが説き伏せました。こうする以外思いつかなかったのです」

「姫さん……あんた……民を守ったんだね」

「………ただ……ロゼリアの対応は過酷でした」

「何……!降伏したのに?」

「はい。開城の後、私は拘束されました。そして民衆が見守るなか、ロゼリアが持ち込んだギロチンで私の首は切断されました」

「ギ、ギロチン……何の為に?」

「《悪魔に対する人間の勝利》を見せ付けたかったのでしょう。私は自分の生首を抱えて死にかけの身で国を追われました。城も財産も全て没収されて……」

「ひ、ひでえ……!降伏してるのに……なんて事をしやがるんだ!でもそんな目に遭って……一体どうやって日本に?」

「それは、私の事を助けてくれた恩人がいたからです」

「恩人?」

「はい。ベルランド研究の為長期滞在していた日本人の民族学者で『世良田 喜三郎(せらだ きさぶろう)』という方です」

「その人があんたを助けてくれたのか……」

「はい。彼はキリスト教の影響が少ない日本への移住を勧めてくれました。渡航や日本での生活の段取りなど全力でフォローしてもらいました。彼が居なければ今の私は存在しません」

そう言うとカルミ―ナは上を向いて瞳を閉じた。

そして目尻から涙が溢れ出した。
 

梅吉はそんな彼女に静かに声を掛けた。

「あんた……もしや……ふるさとに帰りたいんじゃねえか?」

「え!」

カルミ―ナは涙に潤んでいる赤い瞳をかっと開いて梅吉を凝視した。

梅吉の唇の端がかすかに上がって白い歯が覗いた。

「帰りたい?」

カルミーナ は唇を震わせながら問い返した。

「ああ。そうじゃないのかい?」

梅吉は目尻にシワを寄せながら彼女の目を見つめる。

「帰れません……。帰るところもありません……」

彼女は梅吉より目をそらした。

「そうじゃねえだろ。素直になりな!」

「っ!………………」

「おいらはあんたの言葉を墓場に持っていくよ。さあ!思いっきりぶちまけてみな」

「か………」

カルミーナの目から一筋の涙がこぼれた。

「帰り……たい……です!」

絞り出すように声を出すと、堰を切ったように大粒の涙が両目から溢れ出す。

そして人目も憚らず号泣した。

「うう……う……ひっ!ひく!……」

彼女の泣声が執行室に響き続ける。

梅吉はその様子を、目を細めて無言で眺めていた。

しばらくの嗚咽の後、彼女がハンカチを取り出して涙を拭こうとしたその時であった。

梅吉が不意に声をかけてきた。

「おいら……もしかしたら、あんたの力になれるかもしれないよ」

カルミ―ナは涙を拭く手を止めてハッと顔を上げた。

「どういう……ことです?」

「だから……あんたが故郷に帰るのを手助けできるかもしれないってことさ」

「ベルランドに……帰れる?」

カルミ―ナは赤い瞳で梅吉の笑顔を穴が開くほど見つめた。

「ああ。おいらの話……聞いてみるかい?」

「は、はい!お願いします!」

彼女は身を乗り出した。

「あんた、ロゼリア正教会を知ってるだろ。その教皇の息子の聖アンデレが二年前に来日したんだ」

「あ、私……覚えています。メディアでも報道されてましたから」

「その時に暗殺未遂事件が起きたのも知ってるよな」

「はい。大騒ぎになったと記憶しています」

「実はあれ、未遂に終わったのは俺のおかげなんだ」

「ええ!なんですって!」

カルミ―ナは驚愕した。

「アンデレが帝国ホテルに到着した時においらがたまたま居合わせていてな。群衆の中に目つきのおかしい外国人がいたんで警護に教えてやったんだ。それで犯人は取り押さえられた。元ベルランドの軍人で銃を持ってたらしい」

「そ、そんな……」

言葉を失うカルミ―ナ。

「そのあとアンデレにホテルに呼ばれてな。命を助けてもらったお礼をしたいと言いやがるんだ。おいらはその時固辞したんだが、その気になればいつでも言って欲しいと。その時は何でも一つ願いを叶えたいって言うんだよ」

「聖アンデレが……!」

「ロゼリアじゃ皇帝は御飾りだが、教皇は絶対だ。その息子に、あんたを国に戻してやってくれとお願いすれば……通るかもしれねえだろ」

「私を……国に!?」

カルミ―ナの頬に赤みが差した。

「なあ。おいらをここから連れ出してほしいんだ。そしてアンデレにあんたのことをお願いしたら必ず戻ってくる。絶対に逃げたりしない。だから捕縛を解いてくれないか?そして外まで連れ出して欲しいんだ!」

「私……ベルランドに帰れるの?」

「ああ。帰れる!絶対に帰れる!必ず息子を説得するよ!さあ、手錠を外してくれ!」

「そうなんだ……。私……帰れるんだ……」

カルミ―ナの瞳は潤み、視線は宙を彷徨いだした。

口は喜悦に緩み、白い牙が覗いている。

彼女は夢遊病者の様にふらふらと梅吉に近付くと手錠を両手で掴んでギリギリと引っ張り出した。

梅吉の顔にどす黒い笑みが浮かんだ。

その時であった。

執行室内に白鳥の声でアナウンスが流れた。

「カルミ―ナさん。三人の女性被害者のこと、鼬さんに聞いてみてよ」

(被害者……?……は!)

カルミーナの顔が正気に戻った。

その瞬間『ちっ』という舌打ちの声が聞こえた。

彼女はその時とっさに梅吉の顔を見た。

梅吉は慌てて笑顔に戻る。

しかしカルミ―ナは確かに見た。

(何?あの表情……。すごい目つきだった)

彼女は思わず息を飲み込んだ。

同時に、手錠を引っ張っている事に気付き、「やだ!私……何を?」と言いながら慌てて手を離した。

そしてネクタイと制帽を直すと、目を赤く光らせて梅吉に質問した。

「なぜ被害女性を殺害したんですか?」

額に汗が浮かぶ梅吉。

「え……。いや……。なぜっ……て……」

カルミ―ナは瞬きもせず無言で彼の目を凝視している。

「へへ……。実はおいらが殺ったんじゃねえんだ。あいつら自殺してたんだよ。えへへ……うぐ!!」

カルミ―ナの右手が梅吉の首に食い込む。

真っ赤な爪先のしなやかな指がギリギリと喉元を締め上げていた。

「ぐ!ぐええ!ぐるじい!死んじ……まう!」

「本当の事を言いなさい!」

「わ、分かった!分かったから……離してくれぇ!頼む!」

カルミーナは指を緩めた。

「ハァ!ハァ!ゼェ!ゼェ!」

「さあ……教えなさい!」

「……氷縄(ひなわ)が溶けちまったんだよ」

「なに……。ひなわって?」

「今風に言えば……洗脳が解けちまったってことさ」

「被害者の女性が?」

「そうさ。氷縄が有るうちは女なんて意のままさ。風俗に落とすなり、犯罪に手を染めさしたりしていくらでも金づるになるんだ」

「最低ね!で……どうして殺害したの?」

カルミ―ナは赤く尖った爪先で梅吉の喉を押した。

「……っ!喋るって!………。氷縄が溶けた女はめんどくさいんだ。警察に垂れ込むとか、訴えるとか言ってギャーギャー騒ぎやがる。だからバラすしかないんだよ」

「そんな理由で殺したの……?三人共……!死体もみつかっていないと聞いたけど。一体どうしたの!?」

「そんなに牙を剥かんでくれよ。…………知り合いのウナギの養殖池か、練り上げ中のアスファルトに放り込みゃあ終わりだ」

「ウナギ!?……アスファルト!?」

「ああ。骨まできれいに無くなるのさ……一番確実だよ。えっへっへ……。ひいい!」

梅吉はカルミ―ナの顔を見て震えあがった。

一片の慈悲も感じられない冷気をまとった表情。

猫の様な縦長の瞳が瞬きもせず彼を射すくめる。

紫色に変色した唇から静かに、しかし厳かにその言葉が告げられた。

「鼬死刑囚。吸血処刑を執行致します」

「ひ!」

梅吉が言葉を発っする間もなく、カルミ―ナの牙が彼の首筋に食い込んだ。

「ぎゃ!ま、待ってくれ!左は駄目だ。銭たむしがあるんだ!感染っちまう!」

梅吉は必死に頭を揺り動かす。

しかし、カルミ―ナの吸血は止まらない。

「う……ひ……本当だよ!たむしは痒いよ。治らんよ!だから……一旦外して……」

梅吉の顔面が急速に血の気を失っていく。

「……たむし……が……感染っち………まう……あんた……の……た……め……………………………………」

カルミ―ナは首筋から口を離した。

梅吉は、瞳孔が開いたまま微動だにしなかった。

カルミ―ナは重たい表情で、検死に立ち会う白鳥に向かって頭を下げた。

「今回、途中で御声掛け頂きありがとう御座いました」

「ふふ……もうちょっとで手錠がちぎれてたよ」

「……はい。すみません……危ないところでした」

「カルミ―ナさん。奴さあ、死刑囚房に居る時に閲覧申請した本って何か分かる?」

「……いいえ」

「ベルランドやロゼリア関連の書籍ばっかりだよ」

「な、なんですって!」
 
「多分下調べしたんだろうね。因みに暗殺防止の件も嘘っぱちだから。聖アンデレとの約束とか……無い無い!そんなの」

「そんな!でも御存知なら、どうして先に教えてくださらなかったんですか?」

「言ったでしょ。『気を付けてね』って」

「そ、それは……。でも!」

「それにね。カルミ―ナさん、ちょっと《人が良すぎる》から、少し御勉強した方がいいのかな、なんてね」

「なんですって……!」

彼女は絶句した。

梅吉に聴診器を当てていた白衣姿の茶山が怪訝そうに呟く。

「首筋に白癬って珍しいな」

「茶山さん。そうなんですか?」

カルミ―ナは不思議そうに尋ねた。

「うん。普通足に出来るから。こいつの右足も水虫がひどい。これを触った手で首筋をなぞったんじゃないかな」

カルミ―ナはそれを聞き、ハッとして梅吉の首を見て思わず目を擦った。

首筋の銭たむしが、まるでドクロマークのように見えた。

満月が美しく輝く夜。

レディ・ヴァンパイアカフェ『ロ―ズ・ブラッド』はその日も多くの来客で賑わっていた。

その中に仕事帰りのOLや主婦層の姿もちらほら目につく。

最近渋いおじさまヴァンパイアが入店したとの口コミが広がり女性客の来場も増えているのである。

「オジョウサマ。ユックリオクツロギクダサイ」

元吸血鬼国王ベラミールは赤ワインのグラスを並べながらにっこりと笑う。

その様子を十字架の祭壇から銀城が不機嫌そうに睨んでいる。

(あちゃ―!今日も店長の機嫌が悪い……)

それを横目で見ながらカルミーナは気が気でならない。

案の定、閉店後に吸血鬼父娘は控室に呼び出された。

(何で私まで……?)

不貞腐れるカルミ―ナの前で銀城の説教が始まる。

『吸血王よ!笑顔を振りまいてどうする!』

『え!いや……しかしですな……。せっかくお越し頂いたお客様方にはくつろいで貰いたく……』

『それがいかんというのです!何度も言っているでしょう!ここは吸血鬼が支配する恐怖の館なのです!』

『それは分かっておるのですが……。どうしても言わなければなりませんかな?「お前はわたしの生け贄になるのだ!」とかか「今晩は首に死の接吻を恵んでやろうか」とか……』

『ベラミール殿……。貴殿はまだまだ《吸血鬼になる》修行が必要なようだ。今晩も接客ロールプレイングにお付き合いいただく』

『うぐ!今宵もですかな……』

『当たり前です!そしてその後ゴシックホラーの名作DVDも最低三本は見ていただく。ベラ・ルゴシやクリストファー・リーの表情などを見てよく勉強してください!』

『三本ですかぁ!』

目の前がクラクラするベラミール。

「あの……店長。私は帰ってもよろしいですか?」

「カル……何を寝言を言っているんだ……君も一緒にやるんだ!」

「あうう!」

がっくりとうなだれる吸血鬼親子。

銀城にこってりしごかれてから退館し、帰宅した頃には空が白じんでいた。

「ハァ―!疲れた……!」

カルミ―ナがあくびを噛み殺しながら部屋の入口の襖を開けた時、ちゃぶ台の上に置かれた一冊の漫画雑誌が目に入った。

横に殴り書きされたメモ書きが置いてある。

(泰造さん……相変わらず字が汚ない!)

彼女は顔をしかめながら紙片を見た。

『コンビニで立ち読みしていたら面白いものを見つけたぜ。読んでみな』と記されてある。

(面白いもの?)

彼女は雑誌を手にとった。

《実話タックル》という名である。

「聞いたこともない雑誌ね……」

彼女は表紙をめくってみた。

目次には『ヤクザのシノギの実態』『ホスト悲哀録』『特殊清掃員の話』『壮絶!ラブホテルの受付』などの怪しいエピソードが並ぶ。

彼女はその中の題名の一つを見て目が飛び出そうになった。

『恐怖!女吸血鬼による死刑執行!血塗れの儀式』

「何これ!」

彼女は牙を剥きながら激しくページをめくった。

そして掲載ページにたどり着くと、角が折ってある。

彼女は眉間にしわを寄せて、赤い瞳を瞬きもせずその劇画調の漫画を読み出した。

――日本の闇!女吸血鬼執行官は実在した!その死刑の恐怖の実態!

――作 じゅんちゃん
――画 入墨パンダ

満月の夜に浮かぶ 拘置所のシルエット。

《大東拘置所》の看板。

薄暗い執務室の中で二人の男性の執行官が引きつった顔でお互いの顔を見合わせている。

『うう……もうすぐ…… 執行の時間だな』

『ああ……あと三十分後には……』

『い、嫌だ!もう囚人の悲鳴は聞きたくない!』

『シッ!大きな声を出すな!』

拘置所の薄暗い廊下の中を歩く背中にバラの刺繍がなされた黒マント姿の女性の後ろ姿。

足元のピンヒールはめちゃくちゃ細くて高い。

カツ―ン、カツ―ンと足音を響かせながら執務室に近づいていく。

そして、 執務室のドアがコンコンとノックされる。

『あの御方がご到着された!』

二人の執行官は飛び跳ねるように同時に起立する。

執務室のドアが開くと、そこには1人の銀髪ロングヘアの女性が立っていた。

『お―ほほほほほほほほほ!ごきげんよう!』

彼女は長い牙をむき出しにして高笑いする。

とがった耳に裂けた唇、ド派手なアイシャドウに猫のような縦長の瞳。

全身は黒マントに覆われ、裏地の赤い立襟がついている。

『今晩もわざわざご足労をいただき誠にありがとうございました!』

二人の執行官は彼女に向かって敬礼する。

『うふふ…今宵は良い月よ。楽しい宴になりそうね』

『は!その通りであります!』

『今夜の悪い子はどんなお痛をしたのかしら?』

『は!山田太郎三十九歳、元食品会社勤務、妻とその浮気相手の男性併せて二人を包丁で殺害し、死刑が確定しております』

『まあ!お二人も殺しちゃったの……悪い子ね!楽しみ甲斐があるわぁ!お―ほっほっほっ!』

『あの……カルミ―ナ様……一つお願いがあるのですが』

『なあに?』

『吸血死刑は……できればルールに則り……穏やかに御執行いただけないでしょうか?』

『あなた!私のやり方に指図するおつもり?』

『い、いえ!決してそのような……』

『あなたから先に《執行》しようかしら?』

『ひ!ひえ!お許しください!』

『うふふ…冗談よ。さあ 準備はよろしいのかしら?』

『は!囚人は固定を完了しております』

『いいわ!では始めましょうか!血の宴を!』

 
   

「もう!何なの、これ!?」

ここまで読んで、雑誌をちゃぶ台の上に叩きつけるように置くカルミーナ。

怒りで体の震えが止まらない。

「何が『面白いものを見つけた』よ!泰造さん、ひどい!起こして文句言ってやろうかしら……」

カルミ―ナは二階に顔を向けた。

(でも……続きが気になるのよね……)

彼女は再度雑誌を手に取ると、ごくりと唾を飲み込んでページをめくった。

 次回 

カルミ―ナ、執行シーンの酷さに激怒する。

 ――執行室のドアを開けて中に入る女吸血鬼。

椅子に拘束されている丸坊主の死刑囚が、マント姿の彼女の姿を見て驚く。

『え!な、なんだお前は!』

『《元ベルランド国王女》にして《吸血鬼死刑執行官》カルミーナ・ドラキュラよ!よろしくね!お―ほっほっほっ!』

『ひい!吸血鬼!?』

『そうよ。これから吸血処刑を執行するわ!』

『そんな……聞いてない!』

『うふふ……わたしの美しい牙で……あなたの血を全て飲んであ・げ・る』

『い……嫌だ……嫌だァァァ!誰か!誰か助けて―!』

『駄目よ。あなたは人殺しの悪い子ちゃんなんだから……。それに泣いたって誰も来ないわよ』

『うぐ……。許して……許してください!』

『あらぁ……。あなた……許してほしいの?』

『は……はい!』

『助かりたいの?』

『はい!助かりたいです!』

『うふふ……分かったわ。助けてあげる』

『え!本当ですか?』

女吸血鬼は囚人に近寄ると、足の結束バンドを外し てから両手にはめられた手錠引きちぎった。

執務室にいる二人は愕然とする。

『ま、まただ!カルミーナ様の悪い癖が……』
『うう……耐えられない……』

『さあ……お逃げなさい』

『あ、ありがとうございます!』

死刑囚は出口に駆け寄り、ドアレバーを必死にひねる。

『お、おい!開かない……。頼む!開けろ!開けてくれ!』

死刑囚は激しくドアを叩きながら悲痛な叫びを上げる。

『ねえ、あなた……こっちを見て』

『ちくしょう!何だ!』

死刑囚が涙と鼻汁にまみれた顔で振り向く。

その瞬間女吸血鬼はマントを脱ぎ捨てた。

『ゲェ!なんだその格好は?』

目をむく死刑囚。

女吸血鬼は黒のコルセットとロンググローブ、ロングブーツとコウモリチョ―カ―を身につけている。

いわゆるSMの女王様のようなスタイルであった。

『お―ほほほほほほほほほ!わたくしから逃げてごらんなさい!楽しい追いかけっこの始まりよ!』

カルミ―ナのページをめくる手が止まった。

彼女は雑誌を持ったままブルブルと震えて固まっている。

「ひどい……。あまりにもひどすぎる……」

その赤い瞳に涙が溜まっていた。

(こんなでたらめ書かれて……黙っているわけにいかない!全部内容を把握して……出版社に文句を言わなくちゃ)

彼女は唇をかみしめながら続きを読み始めた。

『嫌だァァァ!助けて!』

『あらぁ!なかなか逃げ足が早いのね。その調子 よ!』

泣きじゃくりながら逃げ回る死刑囚。

舌なめずりしながら追いかけ回す女吸血鬼。

ついに死刑囚は追いつかれ、背中から羽交い締めにされた。

『ヒィィ!化け物に食い殺されるのは嫌だ!』

『まあ!元王女に対して失礼ね!こうしてやるわ!』

彼女は死刑囚の首筋にガブリと噛みつき思い切り血を吸い始める。

『ギャァァァ――!!』

『ゴクゴクゴクゴク!』

『グウェェェ……!』

執務室で両手で耳を押さえながら身震いする二人。

『あ…………う…………』

恐怖に染まった表情で目を見開いたままぐったりする死刑囚。

首筋から口を離した女吸血鬼は血まみれの顔でニヤリと笑った。

『ああ!人間から直に吸う生血は最高ね!』

そういうとマントを拾いあげる。

執行室のドアが開き、二人の執行官が重く沈んだ表情で入ってくる。

『カルミ―ナ様。刑務執行……お疲れ様でございました……』

『うふふ……ありがとう。それで早速だけど、次の執行予定はいつなの?』

『そ、それは……まだ決定しておりません』

女吸血鬼は厳しい表情で2人を睨む。

『まあ……。早く決めてよね!あんまり待たされるなら……町の人を襲っちゃおうかな!』

『そ、そんな!それだけは絶対に勘弁してください!』

『ならば早く決めることね。私の次の獲物を……』

『は!か、かしこまりました!』

『いい子達ね!お―ほほほほほほほほほ!』

――こうして大東拘置所では《死刑執行》の名のもと、囚人達が女吸血鬼の餌食となっているのだ!

あなたも死刑になるような犯罪は犯さない方がいい。もしそうなれば、カルミーナが現れるかもしれないぞ!

 
――おわり――

次回  カルミ―ナ、出版社に乗り込む。

翌朝。

朝日が泰造の部屋に差し込む。

「ふわぁぁ!もう朝かよ!」

泰造は大あくびをしてからガバッと布団から跳ね起き、一階の洗面所に向かう。

しかし彼が玄関ホールに降りた時、和室の引戸が半開きになっているのに気づいた。

(何だあいつ……。開けっぱなしで寝てやがるのか)

隙間から覗いてみると、ベッドにカルミーナがいない。

ちゃぶ台の上に目を移すと一枚のメモが置かれている。

泰造はそれをいぶかしげに手にとった。

『太平洋書房に抗議に行ってきます!カル』と書かれている。

「あいつ!いきなり出版社に殴り込みに行くつもりか?」

泰造は顔をしかめながらつぶやいた。

朝の通勤ラッシュも終わった新宿駅のホーム。

ホームで並んでいた人々は、到着した電車から先頭で降りてきた女性の姿を見て皆息を飲んだ。

上質のワインレッドのドレスに身を包んだカルミーナであった。

ベルランド王女の正装は詰襟や金ボタンがあしらわれた軍服をモチーフにしており、有事の際は自らが戦うという吸血鬼王族の信念を表していた。

そう。

彼女は一戦を交えることも辞さない覚悟なのである。

(あんなひどい漫画!とにかく問い正してやらないと気が済まないわ!)

怒りのあまり、日暮れまで待てずに飛び出してきてしまった。

本来吸血鬼は日中は苦手で、メラニン色素が非常に薄く直射日光にさらされるとすぐに肌がヒリヒリする。

そこで泰造のサングラスを拝借し、UVカット帽子とマスクも身につけて肌の露出を極力控えた。

それでも今日は日差しが強い。

(だからって怖気づいていられない!)

彼女は果敢に雑誌に記載されていた太平洋書房の住所に向かって突き進んだ。

新宿2丁目の歓楽街のメインストリートを一筋横に入った裏通りに面してそのビルは建っていた。

(薄汚れた建物……。結構古いのかしら?)

彼女はビルを見上げた後、一度深く息を吸い、くすんだ《太平洋ビル》の看板の下をくぐって中に入った。

ビルの案内板を見ると一階はテナント募集となっており二階が太平洋書房の受付となっているようである。

天井灯も所々電球が切れている。

彼女はエレベーターに乗ったが、妙なきしみ音が鳴り、スピードが異常に遅い。

ドアが開くと、正面が太平洋書房の入口であった。

そこを開けて中に入ると、正面にカウンターがあり、その奥はすりガラスの仕切りが立っていて編集室の目隠しとなっていた。

カウンターの上に銀色の呼び鈴が置いてある。

彼女はチリンチリンと鳴らしてみた。

シーンとして反応がない。

何度も鳴らし直すが誰も出てこない。

(おかしいわね……聞こえていないのかしら?)

彼女は眉間にしわを寄せてさらに鳴らし続けるとようやく奥から一人の男性が姿を現した。

ヨレヨレのスーツにゆるんだネクタイ、ボサボサ頭である。

「うっさいな!何度も鳴らすなよ!」

「そんな!聞こえているならどうしてすぐに出てきてくださらなかったんです?」

「こっちだって忙しいんだよ。何の用?」

彼は澱んだ目でカルミーナを一瞥した。

(なんてひどい応対なの!信じられない!)

彼女はサングラスとマスクを外して紙袋に入れると、代わりに《実話タックル》を取り出しカウンターの上にバシッと置いた。

「私はカルミ―ナ・ド・ラキュレと申します。この中に私と思われる人物が描かれています!」

「それで?」

「作者を呼んで下さい!抗議致します!」

彼は無精髭にまみれた唇をボリボリと掻きながらめんどくさそうに答える。

「出版社に作者がいるかよ。伝えとくから連絡先教えて」

「そんな訳には参りません!作者がいないのなら責任者の方を呼んで下さい!」

「そんな事でいちいち呼べるかよ!さあ……帰って帰って!」
 
「嫌です!帰りません!」

カルミ―ナと編集者が押し問答を繰り返していたその時であった。

入口のドアが開いて二人の男が入ってきた。

一人は坊主頭の肥満した巨漢で目の周りと鼻の頭に黒い入れ墨がなされており、小さな黒耳付きのカチュ―シャをはめている。

もう一人はガリガリのからだに巨大リ―ゼント頭で、鋭い目つきの周りにクマができている。

カルミ―ナは巨漢の顔を見た瞬間、「あ!あなた……『入墨パンダ』さんでしょう!」と叫んだ。

それを聞いた巨漢は激しく動揺した。

「え!どうして僕の名前を知ってるパンダ?初対面なのに!じゅんちゃん!怖いよう!」

「落ち着けパンダ!あんたは何者だ?」

「はじめまして『じゅんちゃん』さん……。私はあなた方に漫画にされた者です」

「あんたの事……。漫画?一体何の事だ!」

「死刑執行官、カルミ―ナです!」

「え……もしかして……女吸血鬼!」

「そうよ!よくも私の事をあんな出鱈目に書いてくれたわね!」
 
カルミ―ナは牙を剥き、赤い瞳で二人を睨みつけた。

「ちょ!ちょっと待ってくれ!」

「何を待つんです?」

「俺は編集の用意したプロットに従ってシナリオを書いただけだ!」

「僕はじゅんちゃんの台本を絵にしただけパンダ」

「なんですって?じゃあその編集担当を呼びなさい!」

カルミ―ナは眉間にしわを寄せて二人に詰め寄る。

本気で怒ったヴァンパイアに迫られるとかなり怖い。

「じゅんちゃん!『お―ほっほっほ!』て笑いながら生き血を吸われちゃうパンダ!僕たち二人とも殺されちゃうパンダ!」

「パンダ!あれは俺のシナリオだって!鷺原(さぎわら)さん……真壁さんを呼んできてよ!」

カウンター内でそれまで沈黙を守っていた鷺原は飛び上がった。

「え!編集長を……?やだよ!」

「頼むよ!俺達が何でこんな目に遭わないといけないんだ!呼んでくれないんだったらもうタックルで書かないぜ!」

「ま、待ってくれ!それは困る……。分かった。ちょっと待ってて……」

そう言い残すと鷺原は慌てて編集長デスクに向かった。

真壁のデスクは編集室最奥の窓際にある。

鷺原がデスクの前に着いた時、真壁は焼酎を湯飲みに注いではストレートで一気飲みしていた。

「あ、あの……編集長……ちょっとよろしいでしょうか」

鷺原はおどおどしながら声を掛けた。

彼は酒臭い息を吐きながら血走った目で鷺原を睨みつける。

パンチパ―マに怒り狂った土佐犬のような目つき。

彼が漫画タックル編集長、真壁 竜司(まかべ りゅうじ)であった。

次回  真壁とカルミ―ナの対決

「何だてめえ!このクソ忙しい時に、何をうろちょろしてやがる!」

真壁はドスのきいた声で鷺原に怒鳴りつけた。

鷺原は半泣き顔でビビり上がる。

「す、すんません……。今厄介な奴が来てまして……」

「厄介な奴?なんじゃいそれは!」

「は、はい。先週の実話タックルに掲載した漫画で編集長がプロット指示した死刑執行官の話があったと思うんですけど……」

「純一とパンダに書かせたやつか?」

「はい。そこに出てくる女吸血鬼が怒って抗議に来てるんすよ……」

「吸血鬼だぁ!そんなことでわざわざ来んなボケェ!追っ払え!」

「ひっ!で、でも……牙を剥いて結構やばい感じで……。純ちゃんとパンダも詰め寄られて泣きが入ってます」

「ち!情けねえ!俺が行って大したことなかったら、てめえ覚悟しろよ!」

「そ、そんな……」

鷺原は顔面が真っ青になった。

真壁は湯飲みに焼酎をなみなみと注ぎ入れると、ぐいっと一気飲みした。

そしてガバッと立ち上がると、肩をいからせながら受付に向かった。

一方受付ではカルミ―ナと作者二人との睨み合いが続いていた。

「頼むよ!もう行かせてくれよ!俺たち、次の漫画の打ち合わせがあるんだよ!」
「僕たち悪くないパンダ。許してほしいパンダ」

「駄目よ!納得するまで帰らないんだから!」

カルミ―ナの怒りは収まらない。

その時に背後からドスのきいた声が響いた。

「おい!吸血鬼!仕事の邪魔は良くねえな!」

彼女が驚いて振り返ると、スーツの上着を肩にかけてハンドポケットの真壁が立っていた。

そして凄まじい形相で彼女を睨みつけている。

カルミ―ナは一瞬たじろいだが、心を奮い立たせて真壁に向き合った。

「あなたがここの責任者ですか?」

「ああん!だったらどうなんだ!」

(酒くさ!しかも初対面の来客に対してこの態度……本当に信じられない!)

カルミ―ナは顔をしかめながら答えた。

「仕事の邪魔って……私は《実話タックル》に不当な内容があるので正当な抗議の為に伺ったんです!」

「てめえ!何が気に入らねえんだ?」

「『恐怖!女吸血鬼による死刑執行!血塗れの儀式』という漫画の中に私が描かれているんです。でも内容が全部デタラメです!」

「てめえ……名前は何て言うんだ?」

「カルミ―ナ・ド・ラキュレです!」

「この話に出てくる女吸血鬼の名前をもういっぺん見てみな」

「え!名前…………あ!『カルミ―ナ・ドラキュラ』!」

「違う名前だよな!別人だよな!」

「そ、そんな……」

「てめえ……勘違いでよくも俺たちの仕事にケチをつけてくれたな!この落とし前どうやってつけるつもりだ!ああ!」

「で、でも……この日本で吸血鬼の執行官なんて私しかいません!しかも名前は同じカルミーナ。どう考えたって私以外考えられないじゃないですか!」

「だったらどうだって言うんだよ?この話はちゃんと情報提供者がいるんだよ。俺たちは取材にのっとって漫画を作ってるんだ!」

「何ですって!だったらその情報提供者の方を教えてください。直接話を聞きます!」

「馬鹿かてめえ!教えるわけがねえだろ!」

「どうしてですか!?」

「『情報源の秘匿』っていう言葉を知らねえのか?メディアは情報提供者の身元を守らなくちゃならねえんだよ!」

「そんな!でもここに描かれているのは嘘ばっかりです。本人の私が言うんだから間違いありません!」

「そんなこと俺たちは知らねえよ!こちとらちゃんと《真実相当性あり》と判断してるんだ!てめえのお気持ち表明なんてクソくらえだ!」

「《真実相当性》なんてそっちの勝手な判断じゃないですか!違うものは違うんです!」

「吸血鬼のお姫さんよ!このまま言い争っても時間の無駄ってもんだぜ!これ以上俺たちの仕事邪魔するなら、出るとこ出たっていいんだぜ!」

(なんて人だろう……謝るどころか開き直って屁理屈ばかり言ってくる……一体どうすれば……)

真壁は顎をしゃくって不遜な表情で上から睨みつけてくる。

カルミ―ナは拳をぎゅっと握り締めながらも言葉が出ない。

真壁がニヤリと笑って「おい、純一!パンダ!お姫様はお帰りだとよ」と言いかけたその時であった。

入口のドアがバァンと開いた。

そして中に入ってきた男を見て真壁は目玉が飛び出そうになった。

パンダとじゅんちゃんはヘナヘナとして腰が崩れ、二人とも床にペタンと座り込んだ。

カルミ―ナも両手を口に当てて目を見開く。

「泰造さん!?」

そんな彼女をよそに、碇谷泰造は両手をポケットに入れたまま、仁王の様な表情でズカズカと真壁に近づいた。

そして彼のおでこに自分のおでこをごつんとぶつけた。

そのままグリグリと真壁の顔を押しやり、彼の後頭部を壁に押し付ける。

「竜司……てめえ……いつからそんなに偉そうになったんだ?」

「い、いて、いでで!総長……なんで……」

「総長じゃねえ!いい加減その呼び名はやめな!」

「お、押忍!でも俺達は……因縁をつけてくる吸血鬼の相手をしてるだけなんです!」

「そいつはうちの客人なんだよ!」

「え!」

真壁は半泣き顔で、肘を張り両手を腰に当てるカルミ―ナを見た。

「まあ……居候とも言うが……とにかく俺の身内だ!そいつの事を漫画で嘘八百並べやがって……覚悟しやがれ!」

「ま、待って下さい!嘘じゃありません……多少……アレンジは入ってますが……」

「ああん!アレンジだと!笑わせんな!俺はいつもこいつの仕事の愚痴を聞かされてんだよ!あの内容はねえだろよ!」

「ひ!すみません……」

泰造は、真壁と目と目が触れ合いそうな距離で睨みつけ、デコ押しの力を強めた。

「あぎ!痛で……痛えよう……」

「すぐに謝罪と訂正しやがれ!」

「わ……分かりました……」

「いつやる?」

「その……出来るだけ……早く……」

「次週号でやれ!」

「お、押忍!」

「竜司……もっとちゃんとやれよ!てめえが下らねえ事すると業界全体が冷や水を浴びちまうじゃねえか」

「…………」

泰造は黙り込んだ真壁からでこを外すと、床にへたり込んでいるパンダとじゅんちゃんに顔を向けた。
 
「純一!パンダ!」

「押忍!」
「ひい!」

「お前らもいっぱしの漫画家ならよう、編集の言いなりにばかりなってないで、自分らの漫画を書いてみろ!」

「は、はい!」
「分かったパンダ!」

泰造は、固まっている二人を一瞥してから踵を返して出口へと向いた。

「カル、帰るぞ」 

「え!は、はい……」

カルミ―ナは足早に部屋を出て行く泰造の後ろに慌ててついて行った。

次回  泰造の過去~修正漫画の掲載

白ジャージの背中に《喧嘩両成敗》の文字。

泰造は肩をいからせながら新宿駅に向かってズカズカと歩いて行く。

「泰造さん!待ってよ!」

カルミーナは足早に後ろについていく。

「もっとゆっくり歩いてよ!」

「おめえがトロいんだよ……ったく!」

「もうっ……!」

カルミーナは口をとがらせながら泰造の横に並んだ。

「ねえ……ちょっと聞いていい?」

「ああん?」

「あの人達って……お知り合いだったの?」

「……まあな」

「どんな関係だったの?」

「うるせぇな!いちいち首を突っ込んでくるなよ!」

「私だって関係あるんだから!教えてよ!ねえ!ねえ!」

「あー!もう!分かった!分かったよ!」

泰造は渋々語り出した。

「あいつらは昔の仲間だよ。バカやってた時の」

「仲間?バカやってた時?」

「ああ……拳会(こぶしかい)って集まりがあってな。俺が頭はって竜司は副長、純一とパンダも後から入ってきたんだ」

「拳会……?それって……まさか……暴力団、それとも暴走族?」

「違う違う!そんなゴミみたいなやつらをぶっ叩く集まり」

「ぶっ叩く?」

「……俺は川崎の出身でな、地元には迷惑をまき散らすクソみたいなやつらが多かった。高校生だった俺はそんないきったやつを見つけるたびにボコボコにして行ったんだ」

「ボコボコかぁ……。泰造さん、腕っぷし強そうだもんね」

「周りが弱いだけだ。そうしたらやられた奴らが俺を担ぎ出しやがって、いつの間にか『悪を懲らしめる天誅集団』みたいなのが出来上がってたんだよ。俺のことを勝手に『総長』呼ばわりしてな」

「総長だって!かっこいい!」

「おい!ちゃかすなよ!でも悪(わる)どもをいくらどついてもきりがねえし、警察沙汰にもなるし……このままでいいのかって悩み出したんだ……」

「そうなんだ……」

「そんな時にキサブに説得されてよ……解散を決めたのさ……」

「え!」

「ああ。ヒョロヒョロで弱いくせに俺の胸ぐらつかんで必死に叫んでいたよ。でもあいつの言うことにはなぜか逆らえなかった……」

「…………喜三郎さん……」

ベルランドを追放され絶望の淵に立たされた自分を救ってくれた世良田喜三郎(せらだきさぶろう)。

カルミーナは丸眼鏡でボサボサ長髪の彼が、白い歯をむき出しにして思いっきり笑っている顔を思い起こして目頭が熱くなった。

そして彼女は改めて泰造に礼を言った。

「あの……泰造さん……助けに来てくれてありがとう」

「まあな……でも俺はあの漫画の件で、元々出版社に怒鳴り込むつもりだったんだ。ところが朝起きたらお前が消えてんだ……ビビったぜ!」

「うふふ……頭に血が昇っちゃったのよ」

「ったく!先に突っ走りやがって……(何かあったらどうすんだよ……お前を守るってダチとの約束なのによ……)」

「え……泰造さん?何か言った?」

「なんでもねえよ」

「嘘!私に何か言おうとした!」

「だから!何も言ってねえって!」

「泰造さん、何か焦ってる。あはは!」

「ちっ!」

二人が向かっている新宿駅が夕日で赤く染まっていた。

1週間後、《実話タックル》の最新号が店頭に並んだ。

その日カルミーナは《ローズ・ブラッド》を早退し、コンビニで購入して気もそぞろに自宅に向かう。

帰宅すると泰造は彼女の帰りを待ちわびていた。

「おい!早く読もうぜ!」

「ちょっと待って!着替えぐらいさせてよ!」

せっかちな泰造に文句を言いながらも、彼女の気持ちは落ち着かない。

「お待たせ~!」

パジャマに着替えたカルミーナは、早速雑誌を閉じている立ち読み防止シールを剥がした。

表紙をめくると、いきなり1ページ全面に謝罪文章が掲載されている。

二人は同時に「おお!」と声を発した。

――お詫び――

本誌が先月号に掲載した作品「日本の闇!女吸血鬼執行官は実在した!その死刑の恐怖の実態!」につきまして、取材および事実確認が不十分であり、誤った内容を掲載いたしました。

記事により、登場された御本人様ならびに関係者の皆様に多大なご迷惑とご心痛をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。

今後このようなことがないよう、取材・編集体制の見直しと確認の徹底に努めてまいります。

この度、内容を吟味し、事実に即して作成した修正版を掲載させていただきます。

――真説!元王女吸血鬼執行官~涙の死刑執行!

――作  じゅんちゃん
――画  入墨パンダ
――監修  真壁竜司

満月の夜に浮かぶ拘置所のシルエット。

《大東拘置所》の看板。

薄暗い執務室の中で二人の男性の執行官が緊張感に満ちた顔でお互いの顔を見合わせている。

『もうすぐ……執行の時間だな、アレキサンドレ』

『ああ……そうだな、ラスカル』

『しかし……王女様のお気持ちを考えると……やるせない』

『……でも仕方がない。国が決めたことだ……。おっ、ご到着だ!』

二人は執務室のドアに目を向ける。

それとほぼ同時に執務室のドアがコンコンとノックされた。

二人の執行官は飛び跳ねるように同時に起立する。

執務室のドアが開くと、そこにはゴシックエレガンスなドレス姿の女性が立っていた。

『皆様……ごきげんよう』

彼女はうやうやしく頭を下げる。

無数の縦ロールに彩られたゴージャスな銀髪。

しかしその瞳は憂いに満ちていた。

『カルミーナ殿下!お待ち申し上げておりました!』

二人の執行官は彼女に向かって敬礼する。

『その呼称はおやめくださいませ。私はもう……王女ではないのですから』

『そんなことはお申しにならないでください!我らベルランドの旧臣。いつまでも殿下のことを主君と仰ぎ奉る所存にございます!』

『ああ……いつまでもそなたたちに迷惑をかけます……。さて、今宵の罪人(つみびと)はいかなる御方でしょうか?』

『は!山田太郎三十九歳、元食品会社勤務、妻とその浮気相手の男性併せて二人を包丁で殺害し、死刑が確定しております』

『まあ!浮気……。一時の怒りで取り返しのつかぬことを……』

『殿下……準備は整っております』

『かしこまりました。それでは始めましょう』

カルミーナは執行室に入ると、椅子に固定されている囚人にしずしずと歩み寄り、スカートを上品に持ち上げ、カーテシーで格調高く挨拶をした。

『わたくしはベルランド王国元王女にして死刑執行官を拝命しております《カルミーナ・ド・ラキュレ》と申します。大変ふつつかものではございますが、この度の執行を務めさせていただきますので、かしこみましこみ、よろしくお願い申し上げ奉ります』

『え!元王女?私の様な犯罪者に!』

『わたくしはただの吸血鬼でございます。この牙にて吸血死刑を行います。御覚悟を!』

『ああ……。あなたの様な高貴な方の手にかかって死ねるなら、望外の喜びです!』

『くっ……!ま、参ります!』

カルミーナは囚人の首に口を寄せるが、なかなか牙を立てられない。

『大丈夫!御遠慮無くお吸い下さい!』

『うう……』

『さあ!早く!』

カルミーナの目に涙が光る。

『わ、わたくしは……死刑執行官でございます!』

彼女は言葉を振り絞ると、意を決して牙を突き立てた。

『ああ……なんて優しい処刑なんだ……由美子……僕も……そちら……に……………』

囚人は至福の笑顔でぐったりした。

『わ、わたくしは人殺し!ああ!』

カルミーナは床に泣き崩れる。

その時、二人の執行官が処刑室の中に入ってきた。

『ああ!美しい~花は~咲きみだれ~♪』

アレキサンドレが両手を開いて歌い出す。

『ああ!汚れた~花も~混じる~♪』

ラスカルも続く。

『誰かが~それを~手折らねばならぬ~♪』

『それが執行官の宿命~♪』

二人が声を合わせる。

『でも……悲しくて~たまらないのよ~♪』

カルミーナが掌と顔を天に向けて歌い出す。

『でも~僕らは~その悲しみを受け止めてみせる♪』

『ありがとう!だから~わたしは~生きていけるわ♪』

最後に三人が笑顔で声を合わせる。

『これが~本当の~死刑執行官なのです~♪』

「ま!待て!落ち着け!カル!」

「もう!泰造さん!離して!」

興奮して玄関から飛び出そうとするカルミーナを後ろから必死に羽交い締めにする泰造。

「こんな時間に飛び出して行ってどうすんだ!」

「まだいるかもしれないじゃない!あんなふざけた書き方されて黙ってられない!」

「ふざけてないんだって!奴らあれで真面目なんだよ!分かってやれよ!」

「嘘!嘘!絶対にふざけてる!離してったら!離して!」

二人の喧騒が夜空に響く。

さっきまで綺麗に輝いていた三日月に雲が覆い被さっている。

 

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました