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ナビゲーションは、何処に行く?

2,738 字

現代ホラー、怪談、都市伝説

"そのナビは、あなたをどこへ導くのか――死と、そして、未練の淵へ。"

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病室のカーテン越しに、夕方の光が薄く差していた。
 消毒液の匂いと、空調の乾いた音だけが静かに響いている。
 ベッドに半身を起こした高梨は、ぼんやりと天井を見つめていた。左脚には重たいギプス、腕には包帯。命に別状はないが、数ヶ月は入院になると言われている。
 ノックの音がして、ドアが開いた。
「生きてるか」
 佐伯が紙袋を提げて入ってきた。
「見ての通りな」
 高梨は小さく笑った。
 佐伯は椅子に腰を下ろし、ゼリーや果物をテーブルに並べた。しばらくギプスを見つめてから、小さく息を吐く。
「……来る前に、現場寄ってきた」
「え?」
「警察がまだ検証してた。ガードレール、かなり曲がってたぞ」
 少し間を置いて続ける。
「警察の人に聞いたんだ。あそこ、同じ場所で何度も車が落ちてるらしい」
 高梨は黙って聞いていた。
「夜だとカーブが分かりにくいんだよ。俺も見て思った。確かに、事故が起きそうな場所だった」
 事故。
 その言葉で、あの夜の記憶がゆっくり戻ってくる。
「……話せよ」
 佐伯が言った。
「ナビがどうしたって。電話じゃよく分かんなかった」
 高梨は少し迷ったが、ゆっくり頷いた。
「中古車、買っただろ」
「ああ、事故車のやつな」
「高級車が2/3の値段で出ててさ。店の人もちゃんと事故車だって言ってた。修復歴に当たる部分は壊れてないから、走るのに問題はないって」
「正直な店だな」
「そう思った。だから決めた」
 納車してからは、何も問題なかった。通勤にも使っていたし、走りも静かで快適だった。
 事故が起きたのは、納車して初めての休日前の夜だった。
 仕事帰り、外食ついでに少し遠回りしてみようと思い、ナビに店をセットした。
「最初は普通だったんだよ。本当に」
 地図も正常。音声もいつもの機械の声。
 だが、途中で。
「急に、音声だけ変になった」
「変って?」
「地図は店に向かってるのに、音声だけ違う方向を指示し始めたんだ」
 最初は、ただの不調だと思った。
 そのとき、短くザーッとノイズが入った。
 ほんの一瞬だけ、別の声が重なった気がした。
 気のせいだと思った。
「壊れてるのかなって思った。でも……何か気になったんだよ。このナビ、どこに行かせたいんだろうって」
 音声の指示に従って走ってみる。
 すると、道は少しずつ細くなっていった。街灯が減り、住宅が途切れ、畑と林ばかりになる。
 その頃から、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
(あれ……?)
 同じ指示を、二回言う。
『右です』
 少し間を置いて、
『……右です』
 二回目の声が、少しだけ違う気がした。
 機械っぽくない。
 そこで一度、引き返そうかと思った。
 でも、「まあ壊れてるだけだろ」と思い直して、そのまま進んだ。
 さらに進むと、距離の案内が消えた。
『300メートル先を右です』だったのが、
『右』だけになる。
 言い方も短く、ぶつ切りになっていく。
(……なんか、変だな)
 もう一度、引き返そうかと思った。
 だが、まだ戻るほどじゃないと自分に言い聞かせた。
 道はさらに暗くなっていく。
 窓は閉めているのに、湿った土の匂いがする。
 対向車は一台も来ない。
 ナビが、突然案内を出した。
「この先、左方向です」
 画面を見ると、そこに道は表示されていなかった。
 地図には、ただの黒い空白しかない。
(……は?)
 思わず画面を見直す。
 だがナビは、まるで当然のように繰り返した。
「左方向です」
 実際には、細い獣道のような脇道しかない。
(こんな道……通っていいのか?)
 それでもナビは、迷いなく誘導を続ける。
 さらに暗い道へ。
 さらに細い道へ。
 ガードレールもない山道へ。
(……やっぱり、戻った方がいいか?)
 そう思い始めた。
 そして、三度目に思った。
(これ、引き返さないとヤバいんじゃないか)
 広い場所を見つけて、Uターンしようと決めた。
 ハンドルを切る。
 そのとき、ナビがノイズ混じりに鳴った。
 そして、はっきり聞こえた。
「……もうすぐ会えそうだね」
 高梨はそこで、確信した。
 壊れているんじゃない。
 何かが、話しかけている。
 ぞっとして、すぐにUターンした。
 元の道に戻ろうとする。
 その瞬間。
 すぐ隣から聞こえるように、女の声が言った。
「帰らないで、私の所へ来て」
 背筋が凍った。
 とにかくその場から離れたくて、アクセルを踏み込んだ。
 逃げるようにスピードを上げる。
 次のカーブに気づいたときには、もう遅かった。
 暗闇の中で、ガードレールの切れ目が見えた。
 ブレーキを踏む間もなく、車は真っ直ぐ崖へ突っ込んだ。
 気がついたときには斜面に投げ出され、遠くでサイレンが鳴っていた。
 話し終えると、病室に静けさが戻った。
「……車は?」
 佐伯が小さく聞く。
「まだ見つかってないらしい」
 二人はしばらく黙っていた。
 退院してしばらくしてから、高梨は車を探し始めた。
 怖くないわけではない。
 だが、車がなければ生活が不便だった。
 中古車店を何軒か回った、そのときだった。
 展示されている車の一台に、ふと目が止まった。
 ダッシュボード中央のナビ。
 同じ型。
 同じ位置にある、小さな傷。
 足が止まる。
 店員が近づいてくる。
「その車、状態いいですよ。ナビもまだ使えますし」
 高梨は何気ないふりをして聞いた。
「ナビって、最初から付いてたんですか?」
「いえ、別の車から移したやつですね。まだ十分使えますから」
 高梨は、それ以上何も言わずに店を出ようとした。
 ふと、振り返る。
 夕日がフロントガラスに反射し、車内が一瞬だけ明るくなる。
 そのとき。
 消えているはずのナビの画面に、
 女性の顔が映っているように見えた。
 はっきりとは見えない。
 それなのに。
 とても寂しげな表情をしていることだけは、分かった。
 見えた気がしただけなのに、
 胸の奥に、説明できない寂しさが残った。
「……今、見えたか?」
 佐伯が小さく言う。
 高梨はゆっくり頷いた。
「見えた気がした」
 その車は、まだ売れていない。
 ナビも、まだそこにある。
 あのナビは――
 これから、何処に行くのだろう。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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