余は小説を書いては某投稿サイトに出していた。其処では少しながら人気の小説家であると自負していた。けれども余は其以上に、小説の中で恋愛を営み、其を公開することに興奮を覚える質であった。
そのサイトは唯の投稿サイトではない。昔流行ったネット掲示板を小説に特化させたようなサイトであった。そして其処には余のような小学生くらいの子供が沢山いた。そのせいか小説サイトであるのにも拘らず、馴れ合いを展開したり、小説に関係のない自作の絵を投稿している人もちらほらいた。中には批判文を長々と書いたり荒らしをしたりしている者まであった。其等は勿論利用規約に反しているが、管理人も度々起こる其に辟易しているのか、対処する事は稀であった。
けれども引きこもりの余にとって其処は、──その便所の落書きのような環境は反って住み心地が良かった。良くも悪くも何でも出来るその自由度の高さが、家のルールにも狭い部屋にも縛られた窮屈な余を、青空と草原の間を飛びまわるような気分にさせた。だからそのサイトを見た時、直に指が、目の前の手垢でうす汚れている白いキーを軽快に叩いた。
『あたしは加藤桐乃(かとう きりの)。久野(くの)高校の二年生だ。
いま、あたしには好きな男の子がいる。その彼の名前は、慶藤コウタ(けいとう こうた)。同じクラスの爽やかなイケメンだ。
うそ、、、
え、まって、、、
「おれと付き合ってくれないか」
がっこうの廊下で、今、あたしは信じられない光景を目のあたりにしている。突然コウタくんに告白された。
きっとこれは夢だ。そうに違いない。……』
余の指は此処で止まってしまった。けれども余の心の中には不相変涼やかな風が吹いていた。
余は早速その文章を投稿した。すると直にいいねが一件ついた。そう思っている内にいいねは三件もついた。どんどんハートの横の数字は増えて行った。又「感想」という吹き出しのアイコンの横にも、1と書かれはじめた。
余は震えるポインターで「感想」を開いた。其を見た時、余の心には、ハートの尖っている先を指でそっと撫でられているような、或くすぐったいものを感じた。そうして其は余の全身に、ざらざらした鳥肌を勃てた。
「いい小説ですね。好きです!」
別の日。余は中々小説が思いつかなくなった。頭の中では快楽を得られるのに、なぜか其を文章に出来なくなってしまった。小説の書けない苦悩と焦りと罪悪とが見る見る募りに募って行く。愈行き詰まった余は、先住民がやっていた事をその儘、見様見真似に展開した。タイトルは大体こうである。
【自己紹介します! 馴れ合いしましょう!】
余は小説から逃げた。けれどもその「感想」のアイコンの横に次々増えていく数字を見て、余は一層心に興奮を感じた。この瞬間、先程まで背中に石のように重くのしかかっていた、苦悩と焦りと罪悪とが、さっと消えた。其どころか身体が浮き上がるような感覚まであった。こうした読者との馴れ合いはコミュ障の余にとって、愉快以外の何物でもなかった。しかしそのわくわくした、心地良い胸の鼓動もそう長くは続かなかった。
「ここは小説を投稿するサイトです。馴れ合いをするなら他所でどうぞ。」
尤も其は灰色の、人の影をした初期アイコンだった。名前も aaa とかいう適当極まりないものだった。が、其以上に余を不愉快にさせたのは、他の人もやっているのに、なぜか余だけが注意の的になった事であった。
こういう注意の言葉は初期アイコンだけに限らなかった。其はこのサイトでいつもよく見かける、常連らしいカラフルな絵のアイコンだった。彼か彼女かわからないその人にも殆ど同じような事を言われた。かの人物の書く小説はいつも美しく、面白い物に、余には感じられた。其だけに、少し悲しくなった。
兎も角彼等は余の逆鱗を優しく撫でるように触った。そして其に余の心体は、其までにない熱い興奮を覚えた。殊に尊敬の念も感じはじめていた程の見知った人物にも同じ警告をされたのが、どうにも許せなかった。だから余は半ばわれを忘れて、唯感情のおもむく儘に、ひたすらキーボードを激しく打ち鳴らした。
『嫌いな人ランキング
第一位 ……』
この作品が完成した時、余の心は又優しい快楽に包まれた。其は余の机の上に置いてあった、紫の芳香剤の香りに、余の汗臭い、小さな身体が抱きかかえられているような感覚だった。壁掛け時計のかちこちという音の響く、カーテンのかかったうす暗い部屋の中で、余の口角はほんの小さく上がっていた。
余は其から、自分に敵対する者に容赦なく激しい口撃を繰り出した。その内にそのサイトはひっそりと静かになった。時々妄想文やら自己紹介やら子供らしい絵やらが並ぶだけで、小説らしい小説が並ぶ事はなくなった。──いや、余だけは絶えず恋愛小説を書きつづけた。そして其処には沢山のいいねや余を褒め称える感想がついていた。
其から又数ヶ月が経った或昼下がり、余はあらためてそのサイトを眺めた。其処には不相変、甘美な妄想と薄っぺらい批判と、気持ちの悪い馴れ合いとが並びに並んで、真面な小説は一つも見えなくなっていた。少なくとも余にはそう思えた。
其処で余は、高らかに宣言した。
「わたしはノ〇バの王様である。」
余の心体は全能感に包まれていた。
この時余は、引きこもりでもコミュ障でもりっぱな小説を書けるのだと心から信じた。──あの釈迦をも超えたように感じた。余の身体中の血液が、まるでソーダ水のようにぱちぱちと弾けて、妙に心地の良い快感を指の先まで与えている。余は恍惚たる表情を浮かべて、黄ばんだ壁を見るともなく眺めながら、思わず身震いをした。何という、快感なのだろう。……
数年後、余は何らかの拍子にたまたま某小説サイトのリンクを開いた。勉学が忙しくなってからは、中々パソコンを開く事もなくなっていた。のみならずその小説サイトの事をすっかり忘れていた。
リンクを開くと其処には不相変汚らしい物がうようよと蠢いていた。余はそのあまりに無惨な光景に少し目を背けながらも、やはり怖い物見たさに下へスクロールして行った。するとその駄文の中にふと見慣れた文章が目にはいった。
「わたしはノ〇バの王様である。」
余は苦笑した。その時余の心の中には、其までに感じた事のなかった冷やかな風が吹いた。と同時に、黒い石油のようなどろどろした液体が、心の奥底から湧き溢れて来た。どうにもいたたまれなくなった余は、直にそのサイトを閉じて、今度はSNSに切り替えた。そうして頬の熱を蓄えながら、こう呟いた。
「自分の黒歴史を見てしまった。あの時のわたしクソガキ過ぎる。」
間もなくいいねが三件程ついた。
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