「やい、房吉。お前ももう十六だろう、牛肉くらい食べておいた方がいいんでないか。」
祖父にそう話しかけられ、読んでた本をそっと置いた。
「そんだで今晩新宿の牛すきに行くんだ、めったに食えねぇんだからせっかくの機会だぜ。腹ぺこにしておけよ。」
突然言われたってどうもならんと思いつつも、腹を空かそうとそこらを一走りしてきた。いきなり外に行くものだから父に「房吉、そんなに慌てた様子でどこに行くんだ」と呼び止められたが、俺が外に行く方が早かった。足袋を履き、帝都の中を軽く走る。しかし最近の帝都は妙である。幕府の瓦解以降、めっきり髷を結う人は見かけず、ざんぎり頭で辺りを闊歩し、婦女子も和服なぞ着る人が少なくなった。睦仁天皇が即位してから九年。辺りは大きく変化しつつあるように思えた。
あっという間に日は釣瓶落としというように沈んでいった。
家で筆を取り、日記を軽く書いていたところに祖父が行くぞと言ってきたので外に出た。
朧月が俺と俺の家族を、ぽうっと照らしている日であった。
馬車に揺られ少しして、店で鍋を囲んでいる間。常に俺たちの周りに牛の匂いが付き纏っていた。
母親は「あら嫌ねえ、牛の匂いがするなんて。」と言ったのに父は「そんなこと言ったってしょうがないさ、牛すきにはこの匂いが付き物だ」と返し、生姜色に染まった牛肉を勢いよく口に放り込んだ。
「やあ、うまいねえ。この隠し味は醤油だろうか。」と丁稚に問えば、「へぇ、わての店は醤油をふんだんに使った出汁が魅力でございますから。」と返すものだから、めっぽう醤油が好きな俺は、なお涎が口の中に溜まるのを感じた。
「ほれ房吉、お前も食え」と言われ、慌てて口の中に牛肉を放り込んだ。
…熱い!慌てて口を開け、息を吐くと家族全員大笑の様相であった。漸次ぬるくなったところで咀嚼する。…信じられない。俺はこんなにうまい肉を初めて食べたのか。今までの十六年が勿体無い。急いで肉をまた口に放り込んだ。熱さなんて気にならなかった。口に醤油、五臓六腑に牛の濃い風味が広がり、乳臭さなんて一つもない、ただ高い肉を放り込んだことで幸福感が全身を駆け巡った。
ふと前を見ると、そこに肉はもうなかった。祖父はかんかん照りになりながら俺に向かって雷を飛ばした。「おい、俺が食べる分がなくなったじゃねぇか!」
今年で七十七歳になる祖父よりも俺に食べられる方がよっぽど牛は幸せなのではないかというと、また父も母も祖父も、そして俺も笑った。
帰りの馬車でも、ただ牛肉の味だけが口に広がっていた。
それから数日。父は俺に「学会の急用で家を空ける、何かあったら母に言え、金なら困らん」と言われ、「じゃあ牛すきは」という前に父は颯爽と家から出て行った。
俺が喋ろうとしたのを遮らんのが悪い。俺は机の上に置いてあった二十銭を掴み、急ぎ新宿へと向かった。
父に会ってはまずいから、馬車では動かず、俺の足だけを使った。
店に飛び込むやいなや、前の丁稚は「ありゃあ、あの時の坊ちゃんでねえか。牛肉が好きになっちまったかい。こりゃあまるで牛肉中毒だなぁ」なんて言っていたが、そんなことは上の空だった。
この店で最も高い肉はいくらするかと問えば、ああそりゃあ上質なものはあるが、十銭はするよ、足りるのかねと言われたから、その場に十銭を叩きつけた。
その後は一瞬だった。牛肉が醤油出汁に放り込まれた。俺は待った。一日千秋、いや一刻千秋というほどに待った。丁稚が食いどきだと言った瞬間、俺は醤油出汁から肉を取り出し、口に放り込んだ。
ああ、これだ!俺はまさに牛肉に魅せられていた。脂身も、繊維も、全てが完璧な牛肉を俺は一瞬で食ってしまった。丁稚が俺にまだ食うかと言ってきたから、懐から十銭を丁稚に握らせた。牛肉が再び俺の前に現れた。醤油出汁に泳ぎ、小麦の色へと姿を変える牛肉を、俺は再び口に放り込んだ。身体中に牛の脂が回った。俺はあまりにも幸せであったことから、しばしその場にて倒れ、ほうっと天井を見ていた。そのうちだんだん目元が重くなり、そのまま俺は眠りこけてしまった。
「ヤバ!なんか人倒れてんだけど」
「えーマジじゃん酔っ払いかな?」
俺はぐっすりと眠っていたところから目を覚ますと聞きなれない言葉が耳に入った。何と思いながら辺りを見回すと…そこには夕日の色や湘南の海の色、八王子の森のような色に自らを染める、細長い城のようなものばかりであった。
近くの少女に一体ここはどこかと問うと、「トー横に決まってんじゃん」と言われるが、はて「とおよこ」とはどこだろうか。さては俺は別の場所に行ってしまったのではないかと思い、今は明治何年かと言ったが、「めいじって何?いつのこと?」と言われてしまった。一切の手詰まりになったかと思ったが、「チャッピーに聞いてみる!」と言われ、一体「ちやぴい」とは何かと考え込むも、そんなことは次の一言で消し飛んでしまった。
「なんか今は、明治159年らしい!なんかそう言われたら見た目も明治っぽいじゃん、なにどゆこと?明治界隈なん?ウケるw」
東京府新宿で牛肉を食べている間に百五十年も寝てしまうなんて。俺はあまりにも己の愚かにも程がある行為を恥じた。
俺が牛肉を食べてる間に眠り、気づいたらここにいたと言うことをその少女に伝えてみた。
思えば目の前にいる少女も妙な服だ。結婚装束といえばまた違うし、明治九年の頃ではまずこんな服なんて見ることはなかった。せいぜい舞踏会の洋装が似ていると言ったところだろうか。それはともかく、どうにかこの少女が俺を帰してくれないだろうかと思った。未来であるならば、例えば時など軽々しく超える術があるかもしれない。忍術だろうが魔術だろうが俺はそれを使って帰らねばならなかった。
しかしそんな思惑も虚しく、「何どうゆうこと?150年前に牛肉食って寝てたら今って、そんなことあるわけなくて草w酒飲みすぎだよ君」と言われた。
酒の類は一度も口に含んだことはなかったが、確かに荒唐無稽と言われてもしょうがあるまい。どうにもならないことを覚悟して、俺の名前である「岩崎房吉」を伝えてみた。
少女の顔がみるみる間に白くなった。「えっ待って怖い怖い怖い、なんでうちのひいじいちゃんの名前知ってんの!?」…俺もわからなかった。俺のひ孫はなのか?この少女が?なぜ?どうしてここにいる?
少女に名前を聞くと、「え?うちは…岩崎花香だけど…お兄さん一体何が目的なの…マジ怖い…」とボソボソ喋っていた。どうやら岩崎の名前は続いているらしい。しかし、夜がだいぶ更けていることもあって、俺はもうあまり頭が回っていなかった。どこかに銭がなくても泊まれる宿はないかと聞いてみたが、花香が「まあ…もし本当にひいじいちゃんならここで助けないと、うちが生まれてこないし…うちのとこくる?」と言ってくれたので、当面の宿は大丈夫かもしれない。
俺は早速花香の後ろを歩いて行った。しかしまっこと新宿の景色は何もかも変わっていた。新宿に汽車は走ってなかったはずだが、ここにはすでに色とりどりの横長箱の汽車のようなものがいた。また、おそらく停留場であろう場所は色とりどりの面妖な文字と目では置いきれぬほどの文字がびっしり書かれていた。上を見つめたらそんな調子だからと下を見れば、鋼鉄の猪があちらこちらを走り回っていた。触ってみようとしたら花香には怒られた。「飛び込んだらうちが生まれないんだけど!」と言われてしまったが、別に飛び込むつもりは一切なかったのにと思いつつ、手は引っ込めた。
どうやら花香の住んでいる場所に着いたらしいが、しかしそこには建物はなかった。俺や花香と同い年かそこらであろう青少年がごろごろ寝転がる場所であった。花香にこんなところで寝ているのかと言うと、花香は少しの時黙ったが、そのうち口を開いて「うちにはここにしか居場所がないの」と呟いた。
俺はそれ以上何かを言うのは野暮だと考え、何も言わず、ただ花香の頭を撫でた。花香は驚いた顔をしたが、その後に少し笑ってくれた。
「えーはなちゃん誰に撫でてもらってんの!うちもうちもー!」
「なんだこのショタ…めっちゃ可愛いんだが」
人がわらわら集まってきた。どうやら変なことをしてしまったなと思いつつも、その子らの頭を撫でてやっていた。そのうち、空は黒色から藍色、青色、橙色、白色、そして日が登ってきた。
俺はこれからの生活を案じながらも、ただ子供らを撫でつつ今の状況を受け入れるしかなかった。
百五十年と一夜を過ごした。
撫でている間、さまざまな子供らからこの世界のことを教えてもらった。
ここが「東京都新宿区歌舞伎町」と言う名前らしいこと、ここには「ホスト」なる店で働く男、「キヤ場」なる店で働く女がいると言うこと、血縁関係のない「おじ」なるひとに生活資金を担保してもらっていること。
それだけ教えてもらったのだから、俺も色々言わねばなるまいと思い、俺の読んでいた書物のことを教えてあげた。独国医学や幕府の瓦解、俺の祖父の実業家としての武勇伝、そして時折落語だったり。子供達の反応は揃って一様で、「なんか何言ってるかわかんないけど、マジおもろいじゃん!」と言うものだった。喜んでいるらしいので良かったのだろう。
時折、洋式紙幣らしいもの、硬貨らしいものを渡されることもあった。俺はあいにくしまうところがなかったから、懐に挟んでおいた。
最も価値が高いだろう10000円札…10000円なんてこの時代にはそんなに珍しくないのだろうか…それはともかく、10000円札にはあの福沢先生や渋沢先生が刷られていた。福沢先生は本を読むだけで知っていたと言うところにとどまっていたが、渋沢先生は祖父にたまに会いに来ることで顔は知っていた。話したこともある。十三歳の頃だったろうか。
今となっては百五十年前のことを思いながらぼんやりしていると、花香が目を覚ましたらしい。
しかしその様子は変だった。目が虚で、どうやら眩暈を起こしているようだった。話しかけても呂律が回っておらず、俺は一体どうすればいいのかと慌てたが、そのうち他人が「やばメジコン飲みまくってんじゃんwえぐw」と言うから、「めじこ」とは何かを急いで問うた。
…なるほど。どうやら「めじこ」と言うのは辛い時に飲んでその辛さを忘れるためのものらしい。それのことを「おーばーどおず」と言うとのことであった。咳や不眠にも効くと言う話であったから、俺の時代でもそんな薬を作りたいと思った。
そう言えば父親も大麻を育てていたと思ったが、わざわざこんな薬を使っていることから大麻なんて到底使える状況ではないと思って言うのをやめておいた。
そのうち落ち着いてきたら花香の話を聞いてやろうと思いながら、そのまま少ないレパートリーの落語を続けたり、慶應の頃の話をしてやると、どうやら俺より5つくらい上の男がやってきて、あなたの話は面白いと言って、また一万円札を握らせてきた。今手元にあるのは…36000円だろうか。これだけあれば、何か花香の悩みも解決できるかもしれない。36000円がどれほどの価値に当たるかはわからないが。
花香の意識がはっきりしたところで、なんでここに住んでいるのかと尋ねてみた。
どうやら花香の家は生きづらい、だから新宿へ逃げたらしい。俺の祖父が実業家、俺の父が医者として有名だったことから昔から家族一同相当頭のいい中等学校に入れられているそうだ。「香学館」と言っていたはずだ。そういえば俺の家の近くにもそんな学校があった気がするが、俺はそんな学校に通わずお雇いの使用人に勉強を教えてもらっていたからよく分からなかった。
俺はあまりにも可哀想だと思ったが、だからと言って「めじこ」を飲むのはやめておいたほうがいいのだろうと思った。俺にできることは一つだった。足が震える、寒気がするといった花香を背負い、新宿を歩いた。
俺だって一応百五十年前の最新の知識があるのだから、一変した新宿の街並みでも店を見つけられるだろう。
何の店かなんて決まってる。できるだけ高い牛肉を出してくれる店だ。
特上の牛肉を食わせたろうと決めたのだ。背中でえづく花香を心配しながらも俺はひたすら歩いた。
牛すきらしい店に着いたから、俺は背中から下ろして、店内の丁稚に一言だけ呟いた。
「こいつに一番高い牛肉を食わせてやってくれ。」
俺の口内に涎がどんどん溜まるのを感じながら、花香のためだと思い、我慢を続けていた。
醤油出汁に、どうやら一万円する牛肉だったらしいがそんなことはどうでもいい、一番いい肉を入れてやった。…そろそろ頃合いだろうか。
「ほうら花香、この肉を食え。遠慮すんな、金は花香の仲間から沢山つかまされた。たんと食って胆力付けろよ。」
花香は半分信じられなさそうな顔をしていたが、俺が必死になって俺自身が食うのを止めようとしていたのを見て信じてくれたのだろう。
箸で牛肉をすくい、息を吹きかけて冷ました後にわずかに食べた。
その後は一瞬だった。驚嘆、咀嚼、投入、笑顔、咀嚼、嚥下。そんな様子を見て、ついに俺も我慢ならなかった。俺はサッと肉をとり、すぐに口の中に入れた。
ああ、これだ、これだ!明治の肉と違ってさらに柔らかい、これは明治の頃では絶対に食えなかっただろう肉だった。俺は感動し、涙をこぼした。男が泣いてどうすると、心中の自分に言われ慌てて拭うと、花香はとびっきりの笑顔で俺に向かってこう言ってくれた。「ありがとう、房吉さん!」
その言葉を最後に俺の意識は遠のき、ふらっとそのまま倒れてしまった。
どれくらい経っただろうか。
俺が目を開けると、そこには何もなかった。
俺はどういうことだと体を起こした。目の前には俺の家があった。
俺は畦道で寝ていた。
…俺は長い間夢を見ていたんだろう。なんとなくそんな気がした。その内容までは思い出せないが。高い肉を食って、誰かに感謝された夢だった気がする。
心の中に、何を失ったのかも分からない喪失感を抱えながら、家へとふらっと帰った。
家にはすっかり出張も終わり、家で診療をしている父親がいた。父親は俺の姿を見て一瞬ギョッとしたのも束の間、少し笑って、おかえりと言ってくれた。
その時、父が診療する患者が咳をしてこう言った。「最近、咳が止まらんでな、あんまり寝れてねえんだ。」
俺の頭に、針が刺さるかのように何かが蠢いた。俺は急いで懐を探った。理由はわからないが何かがそうさせた。俺の懐からは、丸い薬が出てきた。名前をつけるとしたら、「めじこ」だろう。俺の頭がそう名付けろと言っていた。
「そんなに寝れてないならこの薬を飲むといい、新宿の薬屋から取り寄せてきた。」そう言って飲ませてやると、数刻のうちにすっかり眠ってしまった。その様子を見ていた患者の嫁が俺の方に向かって言った。
「あんなに眠れなかった弥助が、どうやって眠れるようにしたんか?」
俺は懐の薬を飲ませたなんて言ったらきっと怒られるだろうか、誤魔化すようにこうとだけ言った。「めじこの力よ。」
それを聞いた嫁はこう大きな声で俺に言った。
「はぁ、それはすごいねぇ!ねえ房吉さん、今日からあなたは『めじこ先生』と名乗ったほうがいいんでないかい?」
岩崎 房吉(いわさき ふさきち、英:Iwasaki husakiti)は日本の医者。愛称は「めじこ先生」。1860年に生まれ、1876年から医師として父親に従事。1880年には咳と不眠症を解消する薬「めじこ」を開発し、一躍有名になる。その後日清戦争、日露戦争の軍医として出征し、1913年に陸軍軍医総監に任命されたのちは長らく精神科医、および薬剤師として軍に従事した。
1925年に軍医総監を辞任して以降は、多額の納税により貴族院議員となったものの、戦争回避へ動く言論を支持したことから国民の支持を失う。その後文民として濱口内閣の文部事務次官になるも、1931年8月15日に腹部を狙撃され、香学館大学附属病院に搬送された。その翌日、「牛すきをたらふく食わせてくれ」と言い、病院の計らいで最高級の牛すきを食べた後に「俺の最後は花香によろしく伝えてくれ」と呟いた。その後漸次衰弱し、1931年8月16日の午後11時過ぎに死去した。葬儀は地元で行われ、三千人が参列したと言われている。
牛肉オーバードーズ
明治タイムスリップコメディ
"牛肉に魅せられ、時を超えた男の奇妙な旅路。"
現代のメジコン、明治の牛肉。中毒性の邂逅が、時間を滑らせた。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。