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人間失格

戸川治

4,859 字

心理サスペンス、暗い青春小説、禁断の愛

"道化の仮面の下に隠された、禁断の愛と破滅の軌跡。"

ほぼ人間失格の下位互換

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私はその男の義兄であった…
そして、多分、最後まで親友であった。
ある日、その男から一冊の本が届いた。
表紙を開くと、最初の頁に、見慣れた筆跡で
こう記されていた。

「人間失格」

私はとある名家の次男に生まれました。
兄と姉もいましたが、歳が5つ離れており、
一緒に遊ぶことはめったになかった。
しかし私には、最愛の妹が一人いました、
名前は志保です。いつも二人で遊んだものです。
今思えば、幸せの絶頂だったかも知れない。
それから私は小学校へ入学しました。
名家の生まれというものは、いくつか面倒なのです。
いらない誇りというモノが、人との関係を邪魔をするのです。
そのせいか、人との関わりさえ億劫になりました。
小学生の頃は、それが憂鬱でした。
だからこそ自分は道化になるしかなかった。
実際、道化…阿呆を演じることである程度の交流は持てました。
でもその辛さを知られたら私はもっと辛くなる。
幸いにも周りには秘密に気がつかれなかった。
家族もそうでした。
しかし、妹の志保は、道化を演じていない私を好いてくれました。
志保さえいれば周りに人なんていらない。
小学生の時はそう思えたのです。
志保が小学校へ入学した時は少し喜ばしかったが、
私みたいに道化になってしまうのでは無いか?
一度ならず、幾度も心配しました。
しかしそれは杞憂でした。
私は地元の中学ではなく
地元から遠い、私を知らない者ばかりの学校へと入学した。
小学校とは違い、ここでは道化ではない私を受け入れてくれたのです。
特にクラスメイトの勇作は
私を親友と呼んでくれたのです。
私は嬉しくなり、毎日放課後残って遊びました。
帰った後に家族に、楽しかったなどとの事を言って
みんなが安心していました。
志保は微笑んで「お兄ちゃん良かったね」そう言ってくれました。
楽しいこの生活にも終わりがあるものです。
卒業というものでした。

ある日、勇作が風邪で休んだのです。
私は心配して見舞いに行きました。
しかしそこに居たのは勇作と私の姉でした。
いや、裸の獣が居たといいましょう。
私は信じられなかったのです。
何故そこに居た?何故裸なのだ?
なんで?なんで?
私には理解できなかった。
私は雨の中、夢中で走りました。
持っていた傘が
水田の中に入ったことも知らずに。
日はとうに落ちていて
裏山の洞穴でうずくまっていました。
ガサッ…ガサッ…という音が聞こえました。
あぁこんな私でも獣の餌になるのか…
それが最後の役目か…そう諦めていました。
しかし「お兄ちゃん」と、そう微かに、確かにそう聞こえました…
いや…面妖のたぐいだろうと思いました。
洞穴の奥でずっと隠れてやる。そう思った。
「きゃ!お兄ちゃん助けて!!」
その時の記憶はない。
だが私の傍らには野犬の死体だけが残っている。
志保は岩の後ろに隠れてうずくまっていた。
嗚咽だけがこだましていたのです。
私は志保の顔を覗き込んで「大丈夫か?」
そう言って手を差し伸べました。
志保はわなわなと体を震わせて、立ち上がった。
志保の目は恐怖で一杯だったと今もそう思います。
志保の手には泥だらけの傘と志保の傘がありました。
「あぁ志保は優しい子だな…」
「お前だけは変わらないでくれ…」
そう思ったのは、雨の匂いが残った帰り道。

家に帰ると皆が私を待っていました。
その時には姉も居ました。
道化という者は、阿呆だから道化ではない、
賢いから道化になれる。
私は姉に「ありがとう心配してくれて。」
その言葉しか出なかった、
仮面を被るしかなかった。
幸いにも私が覗いたことは、知らなかった。
中学校を卒業した後は、高等学校に入りました。
志保は反抗期が来たのか、
少し私と喋ってくれなくなり、態度も冷たくなりました。
勇作は、秘密裏に姉と交際していたのです。
志保は度々、中学の友達を家へ連れてきて遊んでいます。
私は少し執筆作業の楽しさを知りました。
しかし、志保が友達と恋人を欲しいという話をするたび、
心が張り裂けてしまいそうだった。
志保は歳を取るたび一段と綺麗になっていきました。
志保は気づいているだろうか、まぁ知られても良いかも知れない。
もうどうでも良いのだ、今は小説を書くことに集中しよう。
実際あの事から、志保は私をどう思っているのだろうか?
そう思いながら自分にあった事を小説に書き記した。
高校二年になった時には、大半の小説を書き溜めていました。
志保は中学二年生になって、少しずつ大人びてきたんです。
自然派文学倶楽部に入って、あるセンセイに会ったんです。
私の作品を見てこう言ったのです。
「品性の美は、すべての美中の最美なものである。」そう言われました。
「品性の美とは?」
「それは、いつか分かるさ。」
そう国木田先生が教えてくれたんです。
こんな私でも。
結局、自然に書くことなんてできませんでした。
私の部屋には憂鬱さだけが残った。
勇作は姉との祝言を挙げる事となった。
家族はなんにも知らない、あんな獣二匹なんて居なくなれ。
それだけ。

その日は来た、名家としての「いらない誇り」を誇示するかのような、
実に見事な秋晴れでした。家の門には幕が張られ、
格式高い祝言の準備が整えられていました。
私は、紋付き袴に身を包み、
鏡の前で入念に「道化」の仮面を整えていました。
阿呆を演じること、それだけだ
鏡の中の自分に向かって、
ひときわ滑稽な笑みを作ってみせました。
広間には、親戚や近隣の名士たちが所狭しと座っていました。
その中心に、私の「親友」であった勇作と、私の姉が並んで座っています。
かつて勇作の部屋で目撃した、あの「裸の獣」の姿が脳裏をよぎりました。
しかし、今の二人は清らかな白無垢と紋付きに身を包み、
まるで品性の塊であるかのように、
しめやかに三三九度の盃を交わしています。
「いやあ、おめでとう!勇作、姉貴を泣かせたら僕が承知しない!」
私はわざと声を張り上げ、酒に酔ったふりをして、
場を盛り上げるための滑稽な踊りを披露しました。
周囲は私の「阿呆」な振る舞いに爆笑し、
父も母も「良い弟だ」と安心したような顔をしています。
しかし、私の心の中では「汚らしい獣め」
という呪詛だけが渦巻いていました。
祝辞の席で、私は国木田先生から教わった
「品性の美」という言葉を思い出していました。
目の前で微笑む「獣」たちと、それを演出し、
自らも偽りの笑顔を振りまく私。
ここには品性など微塵もありません。
私の部屋に残されたのは、ただ底知れない憂鬱さと、
書き溜めた小説の原稿だけでした。
勇作が私の「義兄」となった瞬間、私は確信しました。
私という人間は、この美しい家族の風景の中で、いらない存在だ

高校卒業のとき私は、「冬の崎」という小説を発刊しました。
内容は北国の青年が世界の不条理を嘆き25歳で冬の海へ入水自殺するというものだ。
哀れな小説を書いたのだ、あまりにも駄作だ。
…「しかし、賢い人ほど早死するもんだ、道化なんざ胸糞だ。」
そう最後の頁に書いた…最後に…最後にそう一冊だけに。

しかし、自然派は私を散々に非難したのです。
「汚らわしい」「自然ではない作り物だ。」
国木田先生も「理想を逸脱している。」そう言って、
私は自然派グループから追放された。
あんな派閥なんてクソくらえ、
そう思いましたが、やはり応える事もあったのです…

気力なく、ふらふらと寒い街を生き霊の様に彷徨ったのです。
そこで一人の男性が「そこの君、寒そうだねここに来なさい」
そう語ったのです。
私はなんだろうと最初はそう思いました。
その人は「君はなんでも飲めるかい?」
そう聞かれ「一応…苦いものは苦手ですけども…」と
「ならばミルクティーでいいかい?」
「あ…お願いします。」
「あの…お名前伺っても?」
「夏目でいいかな?」
「夏目ってもしかして、漱石先生?」
「あぁその漱石だよ。」
「なんでこんな寒いところにおらっしゃるのですか?」
「あぁ観光だよ観光。」
「私のこと知ってますか?」
「ペンネームを聞けばだいたい分かるよ。」
「津嶋…雄です。」
「津嶋…あぁ『冬の崎』か!」
「あれは中々良かったよ。自然派なのに反自然すぎる。」
私は上げて落とされたのか、そう思った。
しかし、
「それが良いのだ、それこそ文学だ。」
そう言われた途端、冬の木枯らしが少し暖かく感じたんだ。
「結局、人にはわからないのだよ、作者の気持ちは、
 だからこそ、全てが良いわけではないのだよ。」
「文学というのは、出来事・理想・場所・自身、題材は
 自由で良いのだ、それこそ文章が活きている。そう云うことなのだ。」
私の中でいくつかの支柱が壊れた。
「先生…私は小説を書いても良いのでしょうか?」
頬に涙が伝って、声は放たれた。
「何を言っているんだ?人はみな、なんでも自由に書けるじゃないか?」
そんな先生の言葉は心さえ溶かした。
それから、私は上京した。
東京というものは、いかんせん便利だった、「いらない誇り」
なんてもの気にしなくても生きていけたのだ。
それから私は下宿先の汐さんと交際を始めた。
どことなく、志保に似ていた、それが動機でした。
愛し合っていたわけじゃないんです。
ただ単に代用品なんです。

いつだろうか、「妊娠した」そう言われたのは。
私はいい父にはなれない、全て話すべきか。
そう話し合う前に一つ電報が届いたのです。
それを聞いた私の胃物が逆流した。
私の時間が遅く感じていたんでしょうか。
私は故郷の列車に乗っていました。
電報なんて信じられない、この目で見ることでしか信じない。
列車が故郷についたのは、真夜中だった
凍えるような潮風が肌に当たっては、目に染みる。
私はすぐに家へと向かいました。
名家の家というものは、いつでも大きいのだ、
直ぐに目につく。
勢い良く館の戸を開けて、
志保の部屋へ駆けました。
しかし、志保は死んでいました。
聞きたくない、認めたくない、理不尽だ、そう感じたのです。
「津嶋志保、交通事故で死亡」信じたくなかった。
まだ19だぞ、志保は…
その時に志保の机に一枚の手紙がありました。
「お兄ちゃんへ
 もし何かあったらのために、この手紙を読んでもらうために
 書きました。
 1つ目、実はお兄ちゃんのことがすごく好きでした、
 将来結婚するため一生純潔でいました。
 また今度帰ってきた時に襲って来てほしいな。
 2つ目、私が死んだらお兄ちゃんが遺体を引き取って、
 好きに使って欲しい。
            志保より。」

手紙にはそう書かれていました。
私はどうすればいいか分からなくなり、内側から鍵を掛けました。
部屋の中には、私と志保がいました。
いや、私と志保ではありません。
一匹の獣と、餌が一つ。
そう考えたほうが、私には都合が良かったのです。
兄妹なら、してはいけないことが多すぎます。
獣と餌なら、何をしても罪にはならない。
獣は罪など理解できないのですから。
そう部屋には、水の音だけが木霊し、
餌は血が垂れて、動かない、動くはずがないのだ。
獣は涙を垂らし、喰らいついた。
数刻がたった、部屋には人と死体だけが残っている。
私は憂鬱というより、焦りと恋心を抱えていた。
私は夜が明けるまで、志保を抱いた。
また水の音が数刻響いたのち、
下着を一つ盗んで、去った。
東京の列車の中には一人、孤独な人がいた。

私は人の禁忌を犯した。
世間が許さない、私の中の世間が。

あぁ「人間失格」
そう焼印を押された気分だ。
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私は吐き気を覚えて、この本を閉じた。
今、恐れている。
私は今、その男の葬式に出ているから。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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