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文武両道鬼の芸術家

赤間世穹

3,674 字

oekakiskey内の創作企画の世界観を借りて制作したOCのSSです。

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# 文武両道鬼の芸術家

 いらっしゃい。今日は何を望む? ──昔話を聞かせて欲しい? 良いだろう。
 ──これは遠い遠い昔の話だ。
 ある地方にあった五百雀いおじゃく家には三人の子宝に恵まれていた。長男は鴨助かものすけ、次男は菊太郎、三男は龍之介と言った仲の良い男兄弟だった。歳は鴨助と菊太郎は一つ違いだったが、龍之介は菊太郎と三つも離れていた。龍之介は二人の兄をとても尊敬しており、二人の真似ばかりをしていた。
 五百雀家は武家だった。親の方針に倣い、三人は道場へ毎日欠かさず通い、家でも竹刀を振るった。一番期待されていた鴨助は期待通りの成果を上げていた。続く菊太郎も兄に負けず劣らず鍛え上げ、しかし三男の龍之介は成長が遅かった。同じ様に鍛え、同じ様に剣を振るったが、兄や他の仲間たちに勝てなかった。
 龍之介は悔しかったがそれでも兄たちに助けられながら鍛え続けた。しかし両親の期待や関心からは徐々に遠のいていった。
 元服となる手前、龍之介は家から追い出された。兄たちからは手紙と刀を譲り受けた。「お前も武家の男児なのだから持っていろ」と言ってくれた。
 武士として恥じぬ生き方をしたかった。だが龍之介は何よりも魅了されていたものがあった。
 「刀」だ。真剣はあまりにも美しかった。兄たちが振るう刀に見惚れて、剣の稽古を欠かさなかったがあまり成果を出せなかったのはこのせいだった。
 貰った刀は長男が一番大事にしていた刀だった。これをお守りとしよう、私には叶えたい夢がある。叶えられなければ、この刀身を以って我が身を切ろう。そう決意し、ある場所へ向かった。
 龍之介には憧れている男がいた。兄たちだけではない。刀匠だ。
 「私を弟子にしていただけないか」
 刀匠は始めこそ嫌がった。あんたは武士だろう、と。
 それでも龍之介は何日も通い詰めた。この目で、この手で、美しい刀身を生み出したいと思ったから。
 そうしてある日、刀匠はおれて「分かった。ならやってみろ」と言った。
 何日も何日も親方の見様見真似で刀を打った。
 自分が打った刀を兄たちに使ってもらえたらどれだけ嬉しいか。両親を見返せるんじゃないか。
 そうして打った刀に、親方に認めてもらえた刀にようやく「五百雀龍之介」の名前が刻まれた。

 月日は流れ、桜が咲き誇る季節。花見に出かける仲間もいた。
 「龍之介は見に行かないんかい」
 「これを終わらせたら行くさ」
 脇目も振らずにただ打ち続けていた龍之介だったが、ふと桜を見に行こうと思った。仲間に言われたからではなく、ほんの些細な気持ちの変化だった。
 町は変わらず賑わっている。この喧騒も慣れたものだ。兄たちは元気にやっているだろうか。そんな考えに耽りながら歩く。
 「あんた、五百雀雷行らいこうのとこの子かい?」
 すると不意に背後から声を掛けられ振り向くと、視線を下げたところに老けた女が立っていた。
 「父をご存知で?」
 「やはりそうか。大きくなったね、あの子にそっくりだ」
 五百雀雷行はこの地域で名を馳せていた武者だった。武士団を統括する棟梁で大地主。
 「あんた、武士じゃないのかい」
 「幼い頃に追い出されてね」
 「そうか、でも今は何をしてるんだい」
 「刀を打っているよ。兄たちにも使って欲しいんだがね」
 「……あんた、知らないのか? 五百雀の息子たち、死んだって」
 その女の言葉が理解できなかった。兄たちが死んだ? そんなわけはない。何も聞いちゃいないのだから。手紙のやりとりはよくしていた。だが、確かに一度、修行の為に他が疎かになっていたことがあった。
 そんなことがあるわけない。
 「聞いちゃいないのか。そら残念だ、雷行は本当に他人の振りをしているのか」
 呆れた様に女は言う。「でも、まだ残っていたのか、よかった」とも言った。
 「どう言う意味で?」
 「後継者が残ってるじゃないか。あんたが後を継ぎな」
 「そんなつもりはない。私は刀匠として生涯を終えるんだ。女に現を抜かすとでも?」
 「なんだ、うちの娘を紹介しようか? 勿体無いじゃないか」
 「何も勿体なくない、私は勝手にやらせてもらう。もう、あの家とは関係ない」
 これが本心だったのだろう。自分でも驚くほど冷めた言葉が出た。
 父から何かを貰ったことは無かった。褒められることも、物を貰うことも。罵声と怒鳴り声だけは妙に覚えている。そして出来なければ切りつけられたあの木刀の重みも痛みも覚えている。
 桜はそんな龍之介を慰める様にゆらゆらと揺れた。花弁が散って、龍之介の掌の上に落ちた。
 桜は美しい。自然物は刀と違った美しさを持っている。
 ──兄たちが死んだのなら、今の自分は何を目指せば良いのだろう。
 ふとそんなことがよぎったがそれは些細な悩みでしか無かった。
 まだ完璧な刀を打てていない。
 まだ自分は続けなければならない。
 今の龍之介にとって五百雀家がどうと言うのは関係なく思っていた。全く関係ない、家を追い出され、自分を必要としなかった親の元へ帰るはずがない。今更の話だ。
 「お。おーい、龍之介! こっち来いよ、酒があるぞ!」
 酔っ払っているのか顔を赤らめた男が酒を翳して龍之介に叫んだ。
 仕方がない、と息を吐き、桜の近くへ歩いて行った。

 随分と長い間刀を打ち続けていた。周りは女の話をしたり酒の話をしたり血生臭い話もしていた。だが一切興味が湧かなかった。
 「お前は男の方が好きなのか?」とも聞かれたことがあったが、自分が今大事なのは刀作りであって人間関係ではない。そう言って来る者は無視をしていた。
 しかし、ある時町で病気が流行った。
 治療法が無く、罹れば死を待つだけだ。近寄るな、と言われるほどの病気だった。
 そして龍之介にもその魔の手が降りかかった。
 酷い咳が出た。喉が擦り切れて血が出るほどだ。
 枕元には常に大事に手入れをしている長男の刀が置いてある。この刀で魔の手を切れれば良いのにと思うも、そう簡単な話では無い様だった。
 家には誰もいない。あるのは兄たちからの手紙の山と長男の刀だけだった。
 酷い体調だ。もう刀は打てないだろう。
 どんどん痩せ細り醜く歪んでいく自分が許せなかった。
 あの時決意した。続けられなければ腹を切ると。
 龍之介は兄の刀を持った。ずっしりと重みを感じる親方が打った刀だ。
 今では病気のせいで衰えつつある腹を剥き出しにし、刀身を突き立てた。
 もう覚悟はできていた。

 時が過ぎ、外つ国から貿易船が来て、この国はより豊かになった。
 弊害もあっただろう。だが今となって龍之介にとっては関係のない話だった。
 亡者となった龍之介は鬼と化していた。元々大きな体をしていたが鬼となって更に大きくなっていた。鍛えていた頃よりも筋肉質で力もあり、二本の角が気になったがそれ以外は素晴らしいと思った。
 鬼であることを隠しながら変わった町を見ていた。
 一度、五百雀家を訪れたことがあった。その時に見えた父の顔は、もはやあの頃の面影も残っていなかった。
 些細な思い出を振り返りながらぶらぶらと彷徨っていると、あまり嗅いだことのない甘ったるい匂いがしてきた。
 「これは?」
 「金平糖っていうんだって! お兄さんもどうぞ」
 少女は手に持っていた袋から一粒取り出し、龍之介に渡した。不思議そうに天に翳して見ると、半透明で光に当たるととても綺麗に輝いて見えた。
 「食べると美味しいんだよ」
 これを食べるのか、と思ったが口の中に放り込んでみた。やけに甘い、口の中をからころと転がる金平糖はかたかったが噛み砕いでみると、更に甘かった。
 う、と吐き出し掛け、口元を押さえると少女はけらけらと笑った。
 「美味しいでしょ」
 「甘ったるいな」
 「お星様みたいで好きなの。きっとお空のお星様も甘いと思うのよ、食べてみたいなあ」
 「いつか食べれるといいな」
 無邪気に話す少女に適当にそう返すも、何だか悪くない気がして気がつけば「どこでもらったんだ?」と質問していた。
 「あそこで買ったの!」
 少女が指さした方向に店があった。少女に礼を言って立ち去ろうとする。
 「お兄さん、これあげる」
 そう言うと少女は龍之介に折り紙を渡した。
 「これは?」
 「中見てみて!」
 包まれた折り紙を丁寧に剥がしてみると、中には金平糖が入っていた。
 「いいのかい」
 「うん!」
 元気よく返事をすると、少女はどこかへ走って行った。呆気にとられたが、こんな贈り物も良い物だと思った龍之介は、その中の一粒を手に取って口に含んだ。

 金平糖は好きかな? 私は好きだよ。味は今でも苦手だがね。
 平安の世は平和とは言い難かったが、充分幸せだった。
 ……これは誰の話か、もう判るだろう。今日は終いにしよう。
 またいずれ、君が望めば話をしてやるさ。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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