# 第一幕・春季
○(ある山奥にて)
原種(静かに風に揺れながら)「始まりの
調べ、微風に揺られ、種子は地を割き芽吹き
始める。この木漏れ日から差す熱は、温かな
栄養となり、育まれていく。木々は揺らぎ、
葉を落とし、香りは風に乗せて飛んでいく。
青く美しい……」
(だんだん視界が曇っていく)
原種「なに? ……ああ、靄
か」
靄(靄から姿を表す)「おはよう、原種。
好い朝だね、春は好きだよ」
原種「そう、けれどここ十数年ほどは春と
呼べる様な気候ではないの。 ……(ため息
混じりに)建辰月も、梅たちの季
節から遠のいてしまった」
靄「どこか暖かいと、桜が勘違いして芽吹
いてしまうのがなんだか勿体ないよね。彼ら
は儚さの象徴だから」
原種「それはそうと、どうしてここに来た
の?」
靄「いや、特に用は無いよ。ただ“彼ら”
の呼吸を感じに来たのさ」
原種「そう、霧靄は人が好きなのだと思っ
ていたけれど」
靄「まさか! 人間なんてこれっぽっちも
興味ないよ。沢山惑わせてあげなきゃ、僕た
ちがいる意味なんてないからね」
原種「相変わらず性格が悪いわね」
靄「地上の薄雲はただそこに在るだけ、何
も出来ないというのも、虚しい物だからさ」
(原種、靄が捌け、暗転)
○ (同時刻、天空にて)
曇天「花を咲かせる雨を降らせ、雲は過ぎ
行く。
脚光を浴びる草木は茂り、青々と輝か
せる。
満開の傘は彩りを与え、人々を惑わ
す」
晴天(曇天の背後から覗き込む様に声をか
ける)「素敵な詩だこと」
曇天(背後から声がして肩を震わせる)
「えっ、いつからそこに」
晴天(楽しそうに笑いながら)「あら、い
てはいけませんか?」
曇天「お恥ずかしい……」
晴天「人々を惑わす花々を傘と表現するな
んて、とても風流じゃない?」
曇天「僕には、そう見えただけです。特に
意味はありませんよ」
晴天「それでいいのよ。 ――ああそう
だ、主はまた“選別”を行うみた
い」
曇天「春の嵐のことでしょうか。 ……ま
あ、“選別”と言うのは、些か物騒と言う
か」
晴天(胸に手を当て一礼して)「あなたた
ちに託しましたからね」
曇天「なんだか……必要以上に期待されて
いませんか?」
晴天「当然。彼らに知らしめて差し上げな
くてはね、春が来たぞ、とね」
(暗転)
× × ×
○ (地上にて)
大地(天に向かって両手を掲げて)「恐る
るにあらず、我ら星の大地。受け止める準備
は出来ています」
河川(空を見上げて)「雲がうねっている
ね、そろそろ降りそうだ」
大地(地面に両手を広げながら)「雨は栄
養ですわ。たーくさん飲んでちょうだいね我
が子達!」
河川「飲みすぎは禁物だよ」
大地「それにしても、大海はどこかしら?
彼の水が溢れ出てしまえば、こちらにも被
害が出てしまうわ」
河川「それほど降らないんじゃないか
な?」
大地「いいえ! そんなの分かりません
わ。気象の気まぐれは誰にも読めません。そ
れに、あの小娘はすぐに大雨を呼ぶの!
こっちはもう大変なのよ! 可哀想な我が子
たちを、ただ見ているだけだなんて!」
大海(舞台袖から顔を覗かせながら)「な
んだか呼ばれたような気がしたけれど、俺の
事かな?」
大地(大海を指差しながら)「大海! 話
があります。こちらに来なさい」
大海(歩いて向かいながら)「まるで母親
だな」
大地「黙りなさい。 ……それで、水位は
どうなっているの?」
大海「少し高いけれど、いつもの事さ。雨
が降る時はね」
大地「そう。こちらに被害がなければそれ
でいいの。河川はどう? そちらも溢れ出る
ことはないでしょうね?」
河川「保証はできないかな。雨で土壌が緩
んでしまえば、河川に木々が雪崩れ込むこと
だって考えられるし、一方的に大地が脅かさ
れるわけでもないよ」
大地「何? わたくしを罵倒する気⁉︎
いい度胸じゃない!」
大海「違うだろう、被害は地上皆それぞれ
大小に関わらずあるものだと」
大地「お黙り! ──原種! こちらへ来
なさい」
原種(舞台袖から軽やかに駆け寄り)「は
い。かあさま、こちらに」
大地「ああ、可愛い我が娘……何がなんで
も守り抜いて差し上げますからね」
原種(首を傾げて)「はあ」
河川「呆れてるみたいだね」
大海「だな。こちらも対処できる様にしよ
う。お互い、最善を尽くそう」
河川「ああ、そうだね」
(暗転)
(吹き荒れる風、地面を叩きつける雨
の音が響く)
(暗い雲が足元を覆う)
○ (天空にて)
風(歌う様に)「吹き荒ぶうねりの声、星
の涙は大地を潤し、やがて種子を運び、新た
な生命を宿す。
嵐は循環、そして――選別
の祈りの儀式」
曇天「春の嵐は、季節の始まりのためのも
のとも言えます。生命活動を始める為の、大
事な資源を補充する為の儀式、とか」
風「いいや、それにしては、だいぶ酷いも
のだと思うけれど」
曇天「……確かに、台風とそう変わりませ
んから」
風「君の現象のおかげもあっ
てか、あの二人もやる気が溢れ出ている様だ
ね」
雷「がっはははは! おらぁ! もっと
もっとぉ! もっと流れろぉ! したらオレ
さまの雷電が火を吹くぜぇ‼︎」
雨「全く品がないわ! 雷兄さん、(杖を
掲げて)もっとこう、優雅でないと!」
雷「なんだって? (後方転回して)こう
だろ!」
雨「本当に下品! 野蛮! 不潔!」
雷「不潔はちげえだろ!」
風(二人を遠目から眺めながら)「相変わ
らず仲がいいね」
曇天「あれを見て仲がいいと思います
か……本当に」
風「とはいえ、これがあと|二月《ふたつ
き》定期的に続くとなるとね」
曇天「まあ、弟妹はきっと喧嘩しながらも
楽しむことでしょう。彼らにとっては、楽し
みの一つのようですから」
風「うんうん。ではここで一句――“荒ぶ
声、和気藹々と、空模様”」
曇天「風さんに座布団一枚」
雷(挑発的に)「下手くそ!」
雨(子供っぽく挑発的に)「下手くそ!」
風「泣いていいかな」
曇天「(風の頭を撫でる)よしよし」
雨(舞台袖を指差して叫ぶ)「あっ、ね
え! ちょっと!」
雷「あっ、おい! 晴天!」
晴天(舞台袖から中央に歩きながら)「そ
ろそろ終盤です。下をご覧なさい、土砂崩れ
や河川の決壊があちこちに。これ以上はいけ
ません!」
風(晴天から離れる様に舞台袖へ向かう)
「やはりやりすぎてしまったようだね」
曇天(風についていきながら)「なぜあな
たも止めなかったんですか?」
風「風は、気の向くままに吹くからね」
晴天「(風と曇天を指差しながら)ほらそ
こ! 逃げないでください。あなたたちにも
非があります!」
雷「オレたちだって言われたことやってた
じゃんか!」
雨「そうですわ、晴天さま! 何も悪いこ
となどしていません!」
晴天「空は循環の中、其の激しい感情は、
大地を荒らすのみ。 ――ただ言われたこと
を、ただ成せばいいとは限りません」
曇天「それはそうですね、しかし嵐ともい
えば、これくらいは想定できることでは?」
晴天「いいえ、曇天。機を見て止ますこと
はとても重要なこと。 ……この私が、晴ら
してみせます(杖の端を地面に叩きつけ
る)」
(明るくなり、鳥が羽ばたく音が響
く)
雷「ちぇ、強制終了かよ!」
雨「美しいですわ、晴天さま……本当に、
太陽を背負っている神の様」
雷(肩を震わせ、雨の肩を叩く)「おい、
それはまずいって」
晴天「“神”? 今なんと? 主は我らを
導く星そのもの、私はそれに従うまでのこ
と。あなた、軽々しく神の名を口にしたわ
ね?」
雨「も、申し訳ありません! けれど、本
当に美しくて」
晴天「もういいです。 ――さあ、我ら天
空の民、鎮まりなさい(再び杖の端を地面に
叩きつける)」
(暗転)
(勢いよく流れる川の音、都心の人々
の声が響く)
○ (地上にて)
原種(空を見上げながら)「仕事を終えた
ようね」
大地(大股で袖から歩み出て)「全く野
蛮! 知性の欠片もないわ!」
原種(大地に振り返り)「かあさま」
大地「ああ、愛しの我が娘。大丈夫だっ
た?(原種の頬を両手で包むようにして)も
う、こんなに可愛い我が娘が脅かされてしま
うなんて」
原種「問題ありません。少し……(足元に
落ちている枝を拾いながら)木々の手が折れ
ているところがあるだけ」
大地「大問題よ! ああ、かわいそう
に…」
(原種は周りに落ちている枝葉を拾い集めて
いる)
大地「どうしていつもこうなるのかしら!
(落ちている枝葉を踏みつけながら大股で歩
き回る)まだ春は始まったばかりでしょう⁉
︎」
河川(肩を回しながら舞台袖から登場)
「ああ、参ったね」
大地「ちょっと! 河川! こちらにきな
さい」
河川「お母様がお怒りのようだ」
大地「氾濫しているじゃないの! 我が子
たちが痛い目に遭っているんですのよ!」
河川「とんだとばっちりだ。河川は受け皿
でしかないんだよ、こちらとしてもどうする
ことも」
大地(被せるように)「あなたが! それ
ほど降らないんじゃないかって言ったのよ!
責任とってちょうだい!」
河川「とても重い責任だな」
原種「これも試練ですわ、かあさま」
大地「…なんですって?」
原種「流れてしまった種子や枝葉は耐え得
る器ではなかった、それだけのこと。人々も
そう、生ける総べては耐え得る試練にすら落
ちてしまうのなら、それまでのことだったん
です。そうでしょう?」
大地「…ああ、本当に愛しの娘、あなたは
本当に賢い子ね」
河川「原種ありがとう、助かったよ」
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。