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普通

赤間世穹

4,989 字

内省的幻想文学、散文詩

"「普通」が怖い、と魂は呟く。世界は、怖いほど普通だった。"

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 すぐ側で何かがころがっている。黒くて、臭くて、死骸のよう。しかし、臭うといえども五感を劈くようなものは何も感ぜられない。
 これは夢だろうか。
 巨大な木々が見下ろしてくる。腰を曲げて私を食おうとしてくる。逃げなければならない。足が動いた。この時ばかりは動くのだなあと思った。それでも木々は私を襲おうと必死に腰を曲げて近づいてくる。それは恐怖よりも不気味さがあった。さわさわと葉の擦れる雑音がいやに生々しく聞こえる。どれだけ足を動かしても体力は途切れることを知らないようだった。だがその前に足に痛みを覚えた。立ち止まってしまっても大丈夫だろうかと脳裏によぎる。
 気がつくと場面が変わっていた。交差点のど真ん中に突っ立っていた。人は私を認識していないように通り過ぎて行く。ぶつかると思い避けようとするが、やはりぶつからない。これが透明人間というものか。淋しさは無い。案外無いものだ。このまま、誰にも認識されることなく終わるのだろうか。それもまた良いかもしれない。
 少し歩き出して、何処かへ向かう。何処へ行こう。どこでもいい。どうでもいい。
 木々は、先ほどとは変わって普通だった。そこら辺を歩くカラスや鳩は餌を求めて彷徨っている。人も物乞いをしていたり、弱者を蹴り飛ばして笑ったり、向こう側には乳母車を突き飛ばされた母親が泣いているところが見える。車が信号待ちをしている人のところへ突っ込んで、電柱に刺さっていたりしている。少し歩くと、何者かが笑いながら刃物を振り回しているところがあった。こちらに気づくこともないので、怖くはなかった。警察がどうにか対処していたが、被害はどれくらいでおさまる事だろう。
 ただぼーっと眺めながら歩くのも悪くはないと思った。
 しかし次の瞬間には、気がついてしまった。眩い朝日が差していた。いや、昼時かもしれない。
 長いような短いような夢。不思議な夢。
 現実を生きていても、夢で見たような光景、感覚に陥ることがある。木々に襲われそうになったり、人々が俯きながら歩いているかと思えば、奇声を上げる変人がいたり、やはり、夢ではなく現実だったのかもしれない。とんだ狂った世界に来てしまったものだと思う。
 時節考えるのは、「普通」と言う単語。
 これこそが「普通」なのだろうか、「普通」は、「普通」を考えないのかもしれないとも思う。そんな暇がないほどに忙しくしている人が大勢いるかもしれない。けれど、私から見れば、それは現実逃避しているだけに思う。息をするために、生活というものを続けるために必要なものがたまたま金銭だっただけで、きっとそうでなければ畑を耕すなどをしていたのだろう。金銭を得るために無理をしてまで働くのだろう。ではなぜ金銭が必要なのが「普通」なのか、それはきっと世界に都合がいいからだろう。合理的だったのかもしれない。人間は報酬がなければ怠惰的になるものだ。幻想を抱いて、酒を煽って、煙草を吸って、幻想に耽って、寝て起きて食べて遊んで寝て起きて食べてを繰り返す。まるで、家畜のように。
 それが「普通」の人間であって、「普通」ではない。
 私はこの世界について知りたい。
 誰も考えないことを考えるのが好きだ。
 それを質問したところで、「何でそんなことを聞くのか」「頭がおかしい」などと思われるのも無理はないと思う。なぜなら彼らと私の「普通」が違うようだから。同じように生きているはずなのに、息をしているだけなのに、思考回路がまるで違ってくるのはなぜだろうか。それは私が「おかしい」からだろうか。
 どうでもいい、どうでもいい。
 他人の「普通」は、私にとっては「普通」という感じ方はしないし、出来ない。
 これを綴るのにあたって、私の妄言は誰かに届くのだろう。どう思われようが、私は私で、僕は僕だ。

  春は好きだ。
  心地のいい空気と春の匂いが好きだ。
  布団をかぶって寝る時のような安堵感や安心感。
  誰かに抱きしめられた時のふわりと漂う温かさ。
  春はそれを感じさせてくれる。
 
  夏は嫌いだ。
  虫が苦手なのもあるが、暑いのは嫌いだ。
  雨が降ってじめじめとする。
  長いようで短い夏休みがある。
  遊ぶ相手も、遊ぶ時間も無くなっていく。
  日を追うごとに鬱になっていく。
  夏は嫌いだ。

  秋は嫌いだ。
  それでも、色づく紅葉は好きだ。
  涼しくなるのも好きだ。
  それでも、春ほどいい匂いはしない。

  冬は苦手だ。
  寒くて、何枚も重ねて着て、眠くなる。
  暖房をつけたところで、体調が悪くなるだけ。
  冬に被る二枚重ねの掛け布団が好きだ。
  しかしそれで朝に起きるのが嫌になる。
  冬の朝は嫌いだ。
  冬の夜も嫌いだ。

 暖かい日差しはいい匂いがする。
 周囲の植物から匂う青い香りが鼻をくすぐる。
 僕は花の匂いは好きだ。
 だが人間の匂いは苦手だ。
 駅を通過する時、とても苦痛だ。
 ゆっくりと腰を曲げて僕に近づいてくる。
  どうしたの?
  最低な気分なんだ。
  そうかい、人はとても大変そうだね。
  ああ、本当に。面倒臭いよ。
 ゆっくりと腰を伸ばして元に戻る。
 彼らは生きていると思う。なので、あまり草花を踏みたくない。
 雑草は、僕らをじっと見つめてくる。
  雑草だなんて呼ばれているのは残念だ。
  僕も適切な呼び方は分からない。
  いや、別に良いんだ。人間から見たら、どれもただの「物」だろうから。
  小さい物を、大事に扱う人でも、植物は別に考えることもあるから、嫌だね。
  きっと君もそうなんだろうね。
  そうだね。
 「普通」について考える。答えは出ない。
 息をしている限りはきっと、出ないのだろうな。
 空を這う架線の上から烏が見下ろしていた。可愛らしいふっくらとした小さい体躯の姿をしている。
 声は高め。他の烏とは少し違って見えた。
 何かを見るように首を傾げている。
  何をしているの?
  獲物を探しているんだ。
  そうなんだ。
  人間もするだろう?
  そうかもしれない。
  まあ、人間は上品に生きようとするけれど、きっと自然に戻ったら、人間の方がよっぽど野蛮だろうね。
  僕もそう思うよ。
 烏はどこかへ飛んで行ってしまった。
 鳴き声をあげて。
 仲間を見つけたのか、それとも獲物を見つけたのか。
 動物と比べると、人間はやはりおかしいのだと思う。
 動物という自覚をしたくないのだろう。
 人間「様」だから、脳が発達しているから、二足歩行をするから、手が使えるから、あれこれと理由をつけて、社会を形成して、言語を扱って、適当に生きる人間と、そうでない人間を分けて考えて、優しさを謳いながら他人を見下して、高度な感情を扱って、その感情に左右されて、振り回されて、陥れて、楽しんで、他の種族を殺して食って、生きるためだから。とはいえ、人間同士でも、同じようなことして。
 動物って面白いなと心底思う。
 僕もやはり人間なのだと自覚する。
 自覚するたびに嫌悪感が体を駆け巡る。
 気持ち悪い。
 きっと、人間の支配する世界は、すぐに終わりが来てしまうのだろうな。
 そうなればいいな。
 
 黄色と黒の縞模様の昆虫。
 棘を多く生やす虫、気持ち悪い羽虫。
 虫も生きているのに、嫌悪してしまうのは、先祖同士の争いがきっかけなのだろう。
 大昔は、虫は大きかったらしいから。我々の祖先は、さぞかし小さかっただろう。
 血に刻まれるそれは、きっとこれからもずっと変わらないのだろう。
 人間同士も、何百年も経ってもなお仲の悪い人同士がいたりする。
 なぜ仲が悪いのか分からずに戦っている人もいる。
 馬鹿馬鹿しい。
 きっと、綺麗事を歌う童謡のように、手を取り合うことは出来ないのだろう。
 彼らは周囲の人間に害が及ぶことを理解しているのだろうか。理解していないのだろうな。それとも、多少の犠牲はどうでもいいと思っているのだろうか。
 多分、そうなのだろう。
 一人より大勢を取る人間は多くいる。実際いる。いた。いや、聞いた話にしかいない。

 トロッコ問題というものがある。
 僕の場合は、大勢をとる。理由は、大勢が死ぬところが見たいから。単純な興味でしかない理由。けれど、それを、そう思っても言わない人もいるだろう。思わない人の方が多いのだろうか。
 トロッコ問題に出てくる人間が見知った人間な場合はどうだろうか。
 一方が家族、一方が友人たち。
 僕は迷わず友人たちを救う。家族は、正直どうでもいいかもしれない。
 ヒロイズムを持つ人間ならば、きっと両方を救える方法を探すのだろう。
 僕はどれも正解であって不正解だと思う。
 自分にとって都合の良い解釈をして答えを出しているから、正解であって、不正解。
 「普通」というのは、そういうものなのではないだろうか。
 
  君がそう思うなら、そうなんだろうね。
  それでも、やっぱり分からない。
  分からなくて良いさ。
  分かりたい。知りたい。だって、気になるから。
  気になるなら、学者にでもなればいい。
  僕は、科学的な話をしたいわけではないし、現象を突き止めたいわけでもない。ただ、知りたいだけ。
  じゃあ本を読むのはどうだろう。
  そのためにはお金がかかる。
  そうだね、確かに必要だ。
  人間が怖い。
  怖いね、分かるよ。
  この恐怖は、なくならない?
  無くならない。ずっと。君が立ち止まっていたら、ずっと。
  戦う勇気が欲しい。
  そうだね。でも、僕は力になれない。
  普通になりたい。
  普通ってなんだろうね。
  分からないね、何も。

 何も、何も。
 結局、息をするのも、息を止めるのも、嫌になって、終わり。
 死んでしまいたいと思った。
 「死」というものに対する恐怖は、あるのかもしれない。けれど、好奇心というか、興味は少なからずある。
 死後が気になる。
 本当に幽霊がいるのかどうかも。
 私はいると思う。
 人間は怖いから、感情に左右されやすいから、怨念なんてものが生まれる。
 だから神社がある。だから寺がある。
 私はそう思う。
 昔話はそのほとんどが本当だと信じている。
 馬鹿げているかもしれない。それでも、証明ができないのなら、信じても良いのではないだろうか。オカルト、創作などと言われても、そう思えて面白いと思えて、息をする理由になるのなら良いのではないだろうか。
 誰かにとっての「普通」は、きっと他の誰かにとっての「異常」なのだ。それは育った環境も、価値観も、思考回路も全部違うから。たとえ同じ学校に通ったところで、通じ合える人間はほんのわずか。僕が生きた中でそう感じているのだから、僕にとっての「普通」がこれだ。

 誰かを信じる勇気がなくなってしまったような気がする。
 けれど、どうにかして息をする理由を見つけて、誰かを信頼する勇気を、誰かを、誰かに愛される勇気と、欲しい。けれど、きっと。僕は。

 ああ、僕は怖いのだな。
 とても、「普通」が怖い。
 考え方と、社会の「普通」と、人間の冷たさと優しさが怖い。
 飴と鞭を兼ね揃えている人間が怖い。
 僕も、本性はきっと怖いのだろうと思うことがある。

 犬を嬲り殺したい衝動に陥ることがある。殴って、蹴って、殴って殴って殴って。僕ももっと見て欲しかった。もっと直球的な愛が欲しかった。素直になれなかった。だから、いや、戻りたい。やり直したい。もう嫌だ。
 考えるのをやめた。
 急いでも、
 殺意が湧いても、
 どうにもならない。
 良いことはない。
 分かっているのに。

 背中を撫でてくれる友人、優しく声をかけてくれる友人。
 僕は好きだ。
 それでも、僕は彼らの期待に応えてやれているのだろうか。
 きっと、出来ていないだろうな。
 何も出来ないから。
 無力で、無知で、どうしようもない屑だから。
 ああ、生まれ変わりたい。
 「普通」を謳歌してみたい。
 それでもやはり、「普通」は怖い。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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