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まつ毛の先

Makoto Yaoi

2,214 字

青春恋愛小説

"まつ毛が繋いだ、甘く、切ない、初めてのキス。"

BL作品です。 男子学生達の恋の始まりです。

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「目にまつ毛が入りそう……ってか、少し入ってるんじゃない? 大丈夫?」

霞はそう言って、冬馬の顔を覗き込んだ。

「なんか、コロコロしてたんだよね〜。ちょっと、取ってほしい……取れる?」

そう言って冬馬は固く目を閉じた。

「ばっかだなぁ〜。目つぶったら取れないだろ? 目、開けてみ、ほら。ーーお〜き〜く目を開けてくださいね〜」

「ほぁ〜い。。。」

なんとも気の抜けた返事が、冬馬らしい。

霞は小指の先で、そっと目の中のまつ毛を取ってやった。

一瞬、指先に触れた冬馬の濡れた瞳の感触が、
その湿度が、霞の指先から身体の奥へじわじわと広がっていくのを感じた。

「痛かったか?」

さっきまでと違う自分が不安で、咄嗟に声が大きくなる。

「大丈夫だよ! そんなにあせんなよ。」

冬馬も霞を安心させようと、少し声のトーンが高くなった。

何かが目に染みたような感覚に、目を閉じた瞬間、涙が溢れてくる。

「悪い、痛かったんじゃないけど……涙が」

「まだ、まつ毛……あるな。目つぶってみ?」

霞は優しく冬馬に言った。

「おう! 頼む!」

冬馬は、今度は静かに目を閉じた。

窓から差し込む木漏れ日が、冬馬の長い睫毛を濡らす。そして、少しまるい鼻梁の影を作る。

その下には、緩やかな弧を描いた、桃色がかった唇が――。

「取れた?……ねぇ、取れたの?……お〜い、霞く〜んーーー」

「……まだ……」

そう言うと霞はそっと左手で、冬馬の後頭部を支えた。霞の細く長い、骨ばった指が、冬馬の黒髪をふんわりと押さえる。

冬馬の唇の稜線と霞のそれとが重なった。

ほんの少しだけ、互いの稜線が、形を変えるような、そんな口づけだった。

――むに? むに?? むに???

冬馬は不思議な、それでいて懐かしいような感触に驚いて目を開けた。

最初は、唇にまつ毛がついていたのかと考えた。

だが、唇に触れたそれは、まつ毛を取るときに感じた霞の指先とは全くの別物だった。
もっと柔らかく、微かな湿度を帯びた……っっ!!

ちゅーだ!

冬馬はハッとした。

幼い頃、父や母や兄にまで追いかけ回されてキスされていた、あの頃の記憶が、唇の感触とともに蘇る。

は? なんで??

今度は、たくさんの“はてな”が頭の中を占領する。
そしてむくむくと怒りがこみ上げてきた。
しかしそれは、嫌悪や侮蔑とはまったく違う、
訳がわからないものへの不安から来る怒りだった。

「霞! お前今ちゅーしただろ!」

目を大きく見開いて、今の状況を脳内アップデートする冬馬の様子をじっと見ていた霞は、
優しく微笑み、軽く首をかしげながら、

「しちゃった……みたい?」

と聞いてきた。

「みたいじゃないよ、したんだよちゅーを!
 俺はもう子どもじゃないぞ!」

冬馬は、家族にキスされていたことを思い出し、
そんな愛情表現を受け入れる年齢ではないと
抗議した……つもりだった。

「そうだよな。俺ももう子どもじゃない。……だからした。」

いつになく真剣な霞の眼差しと、一語一語丁寧に言葉を置くようにして話すその口調に、“とくん”と、胸が鳴った。

それはいつもと違う霞を見たための、驚きの胸の音だった。

“もう子どもじゃない”――ほんの数十秒前に、自分が発したその言葉に、冬馬は身動きが取れない思いがした。

それと同時に、数分前に自分が経験したことが、
“もう子どもじゃない”という言葉によって、
まったく別物に上書きされた。

さっきのは、ちゅーじゃない。キスだ!

そう自覚した途端、冬馬は自分の体温が数度上がった気がした。

冬馬は目の前にいる霞の顔を見ることができない。そして霞はずっと話さないまま……。
冬馬は少し顔を上げ、ちらりと霞の顔を見た。
目の前に、顔を真っ赤にした霞が座っている。

さっきまで冬馬をすっぽりと覆っていた不安や驚き、そして小さな罪の意識がないまぜになったものが、少し晴れた気がした。

「おーい、誰か残っているのか〜」

学年主任の先生が、少し薄暗くなってきた教室を覗き、声をかけた。

「……あっ……」
「……あっ……」

ふたり同時に立ち上がり、先生の方を見る。

「いつまでも残ってないで、早く帰れよ」

ふたりとも声を出すことなく、静かに会釈した。

さっきまで別世界に切り離されていたような教室は、先生の言葉で、いつもの学校の教室に戻っていた。

「霞、帰ろ……」

冬馬は霞を直視することないまま、背に夕陽を受けて声をかけた。

こちらを向いているけれど、こちらを見ていない。そんな冬馬の目線に、霞は救われた。

どうしてキスをしたのか? 自分でもわからない。
自問自答しているうちに、冬馬が「自分は子どもじゃない」と言ってきた。

その時、霞は確信した。自分がしたそれは、子ども同士の戯れなどではない。

じゃれ合いなどで終わらせる気はない。

あれは、大人のキスだ……。

そう自覚すると、恥ずかしさと冬馬への罪悪感で、霞は冬馬の顔を見ることができなかった。

霞は「おぅ」と短く答えた。

二人は始終黙ったまま、夕陽を背にして歩いていた。

二人の影が長く伸びる。

付かず離れずしていた、二人の手の影が重なり合った瞬間、どちらともなく顔を見合わせ、
二人は柔らかく微笑んだ。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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