第一章 『伸びた髪と床屋』
「隆、いい加減に床屋さん行ってきたら? その髪鬱陶しいわよ!」
うだるような暑さの昼下がり。
クーラーの吹き出し口の下で涼んでいたら、
母に後ろからどやされた。
伸びっぱなしの髪。
前髪も襟足もかなり伸びた。
そういや、前に切ったのいつだったかな?
イオンモールに入っているカット専門店で
半年前に切ったきりだ。
さすがに自分でもボサボサだなと思っていたので
言い返すこともできなかった。
床屋…3年前亡くなった祖父が
よく行っていた店が近所にある。
母からもらった散髪代を握りしめ、
家から10分程度歩いたところにある
床屋へと向かう。
高く上った太陽に
じりじりと頭皮を焼かれる。
頭が熱い。
どこかの家の庭木にいるセミ達が
けたたましく鳴き、より一層暑さを
演出しているような気がする。
しばらく住宅街を歩くと、
蔦が這った白壁がある。
ここだ。
壁沿いに右に曲がると、
"Barber Fujino"という古びた文字が見える。
看板こそ昔と変わらないが、
店構えはどこか今風になっていた。
ドアを開けるとカランコロンと涼やかな音がする。
エアコンのひんやりとした風と共に
パーマ液の匂いが全身を包んだ。
「すいません」
店内を伺いながら、少し遠慮がちに声をかけると、奥から白髪混じりの女性が小走りにやってきた。
「いらっしゃいませ。ご予約はされていましたか。」
女性は、バインダーに挟まれた表を見ながら聞いてきた。
「いえ、予約してないんですけど。ダメだったら、予約だけして帰ります」
「今日はどのように……」と言いかけて、
女性はこちらを見て高い声を上げた。
「あらあなた、片桐さんとこのお孫さんじゃないの?」
白髪混じりの女性は、僕が幼い頃祖父と
一緒にここに通っていたのを覚えていたようだ。
祖父を待っていた僕に、飴やチョコレートをくれた女の人――その面影が目の前の女性と重なった。
「そうです。――あの、今日はカットをしたくて。」
そう告げると、女性は僕の髪を確認し、
ソファで待つように言った。
革張りで、座ればお尻が沈み込むソファ。
昔は足が床に着かなかったが、
今では反対に足が余ってしまう。
ここでよく祖父を待っていた。
女の人が飴やチョコレートをくれて。
そして、こんなふうに暑い日には
時々ホームランバーをもらった。
「一緒に食べよう」って言って。
隣に座った年上のお兄ちゃん……。
幼い日の記憶は成長とともに
だんだん曖昧になって行くんだ。
そんなことをぼーっと考えていたら、
「お待たせしました。」と声をかけられた。
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