第一章 『妖精に、恋をした』
わたしと妖精の出会いは光が差した体育館だった
「はい、これで終わります!」
体育の坂本由美の声が体育館に響いた。
「流石マイクいらず……」
ぼそりと呟くと、隣の木下若菜が肘でつついてくる。
私は隣を無視し、号令をかけた。
気をつけ!
礼!
ありがとうございました!
号令が終わると共に一斉に床がキュキュッと鳴りだした。
「早く行かないと、ホットドッグ売り切れるよ」
「私はフルーツサンドがいい」
「午後小テストあったっけ?」
クラスメートたちの話し声が、シューズの音と共にだんだん小さくなっていく。
仕方がない。今日はパンを諦めよう。
私は床に散らばったボールを
かごに集めて倉庫へと向かう。
体育館の窓から光の筋が差し、体育倉庫の扉を照らしていた。
幾分熱くなった厚い鉄に手をかける。
びくともしない。
かごを床に置き、今度は両手で開けようとするが
やはり扉はびくともしない。
なんでこんなに硬いの
壁に足を置き踏ん張ろうとした時、
照らされていた鉄の扉に影ができた。
肩越しからするりと長い腕が伸びた。
その腕は、取っ手に手をかけ、重い扉を横にスライドさせた。
後ろを振り返ると、
青白いカッターシャツだけが見える。
そのまま目線を上にやる……
シャツの向こうに下顎だけが見えた。
カッターシャツがゆらりと揺れ、
柑橘系のデオドラントの香りがした。
白い腕が床に置いたかごを持ち上げて
倉庫の中の跳び箱横の台に置く。
私はぼんやりと目で追っていた。
「ここでいいよな」
倉庫の高い窓からの日差しに、細かいホコリがキラキラと光っている。
その向こうに、ヒョロリと背の高い、色白の男の子が立っていた。
眩しすぎて、顔がよく見えない。
「あ、ありがとう」
なんとなくそちらの方向を見て、お礼を言うと
光の妖精はこちらにやってきた。
私に背を向けて、再び厚い扉を片手で閉じ
「鍵」
と言って私に手を差し出した。
体育倉庫の鍵を渡し、妖精が南京錠をかける。
白いうなじに、色素の薄いさらさらの髪が少しかかっている。
「はい」
鍵を手渡され、我に返る。
「ありがとう」
「……うん」
私より、30cm ほど高いその妖精は
長い足でずんずんと前に進み、校舎に入る頃には見えなくなっていた。
目の前に広がった影。
ほんのり感じた背中の人の気配。
肩越しに伸ばされた腕。
柑橘系のデオドラントの香りに混じった汗の匂い。
ほんの数分前の残像が、私の心に色水を落とす。
周りの喧騒が遠くなり、
すれ違う友達が背景のように感じる。
職員室前で呼吸を整え、鼓動を抑える。
「失礼しま~す。坂本先生、
倉庫の鍵持ってきました。」
お昼ご飯を食べている先生達の向こうから、
坂本先生が来た。
「どうしたの?保健室行く?顔が赤いよ。」
坂本先生が私の顔を覗き見る。
私の脳内の全てを見透かされそうで、
慌てて俯いた。
「大丈夫です。何でもないんで、失礼しました!」
鍵を渡し、教室まで走る。
窓からの風が私の髪を揺らす。
熱くなった首元に吹き込む風が気持ちいい。
廊下に差し込む日差しに、
光の妖精がかすんで見える気がした。
今胸が苦しいのは、廊下を走ったからなのか。
妖精のせいなのか。
更衣室で着替え、教室に戻る。
窓際の席につき、
水筒のお茶をゴクゴクと飲み、一息つく。
校庭で男子生徒がサッカーをしている。
「男子は楽しそうだなぁ」
ぼんやりしていると、思っていることが
言葉になってつい口に出る。
何が楽しいのか、大声で笑いながら
ボールを蹴っている無邪気な彼らを見ていると、
男子生徒と目が合った。
ひょろりと高い背の彼も
こちらを見ている。
「危ない!佐伯!!」
ボールが佐伯と呼ばれた男の子の頭に直撃した。
頭が揺れて、サラサラの髪が軽く浮いた。
尻もちをついた彼は、男子生徒たちに囲まれて
笑っている。
その柔らかな笑顔に、胸のあたりが温かくなる。
「佐伯くん」
妖精に名前がついた瞬間だった。
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