・prólogo≠sorto:始まりは宿運ではない
「分かった。異世界に行く」
「はあぁ?……」
日常の、些細な言い争い。
……些細?
些細なんだろうか?
旦那が……
婚姻関係を結んでいる相手が。
あたしでない女と、ラブホに入っていく姿を見た、ということは。
「流行りでしょ?異世界」
「おまえ、頭大丈夫か?」
「死んだら行く天国とか地獄とか。実は異世界なんじゃないかって思うのよね」
「……」
「あたしね、あなたのこと好きなのよ。だから、あたしを好きじゃないあなたはもういいかなって。一緒にいなくてもいいのかな、って思うのね」
「……っ!」
「あなたの居ない所……ここじゃない、どこかに行きたいのよ」
旦那の顔をじっと見る。
我ながら、なに言ってんだろ?
旦那の顔は、食っちゃいけないもの――――大嫌いなカキを口にした時みたいな顔してる。
「……ごめ……」
「何に対して?」
また、黙る。
んー……それはそれで困ったな。
言い訳は要らないけど、言い訳があるなら聞いてあげるのに。
って、ぶったぎったのあたしか。
はあ。
「ねえ?楽しかった?あたし以外を抱くの」
「……!」
「ねえ?気持ち良かった?あたし以外を抱くの」
「……」
不思議だな。
あんなに大好きだったあなたの、辛そうな顔。
ちょっと前までは、笑わせてあげなきゃ、って躍起になってたのに。
ちっともそんな気が起きない。
何でそんなに、辛そうなんだろう。
でも、ああ、そうか。
あれか。
思い当たる節は、確かにあるわ。
キレイな肌を、抱きたかったんだね。
はああ。
溜息しか出ないわ。
カワイソウなの、あたしじゃない?
あなた、いい思いしただけだよね?
目も、鼻も真っ赤っか。
鼻水垂れてる。
汚いなぁ。
「――――君は……俺が好きだったの?」
途切れ途切れに、ようやっと吐き出された言葉。
この人、あたしの言った事、ちゃんと聞いてたのかな?
それ、言ったよね?
頭がじんじんする。
目頭がぎゅってして、
眼球がちくちくして、
喉がぐっとなって、
お腹がもやもやして、
両手がびりびりして、
足が…………凍りついたみたいだ。
魔法陣でも出てこないかな。
聖女でも、奴隷でもいいや。
違うところに行きたい。
──あたしの目が、水を噴き出してる。
涙か。
霞んだ視界で、朧気な旦那を捉える。
ねえ?あたし、どうすれば良い?
どうして欲しい?
どう……したい?
ぽたぽたと流れ落ちた雫が、足元に溜まっている。
ふと、縛られて足でネズミを描いた小坊主の話が浮かんだ。
足元にネズミがいたら、助けてくれる?
な、わけないか。
二進も三進もいかない沈黙。
ほとほと飽きたあたしは、水溜まりを足の指で伸ばすことに熱中する。
ネズミは……無理か。
あたし、絵心無いなあ。
線と線が重なって、魔法陣みたい。
ホンモノとか知らないけど。
そうしてあたしは、――――
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