← 作品ページへ戻る

Oración──恒常性同化作用が導く不条理な終着点

有城 砂卯

11,265 字

現代ロマンス、ライトコメディ

"推しとの出会いは、不条理な運命のいたずら。甘く、時に切ない、大人の恋のプレリュード。"

入院先で“長年の推し声優”勢雄祥匡(せお よしまさ)と出会った高校生・杉田弥依(すぎた みい)。 偶然を祈りと錯覚しながらも、彼女は「推し」を“人”として見つめはじめる。 やがて大学生となった弥依は、勢雄の母・祥華の喫茶店で働くことに。 再会、距離、そして「大切なだけじゃ、ダメか?」の夜──。 これは恋の成就ではなく、“憧憬を現実に還す”までの物語。 母から娘へ、推しからファンへ、そして人から人へ。 誰かを想う気持ちが、恒常性を取り戻すまでの四季の記録。

← 右から左へスクロール

1・端午

──夜の帳が下り、一面の闇に星と街の灯が溶ける静寂。
 その静寂に放たれた流星のごとき鋭い嘶きに、鼓動が胸の奥で低く脈を打つ。

一歩、また一歩と近づいてくる未知の足音。

───そこに現れたのは、黒銀の髪を肩に揺らす――黒曜石の化身、クリストファー。

「……ここまで辿り着くとは、驚いたよ。見つけてくれて、ありがとう」

 彼の口元から微笑みが溢れ、光が零れる。
 それは、恐悦至極の笑み。
 
「ああ、君の自己紹介はいらない。君のことは何でも知っている」

 静かだったピアノの旋律は、壮大なオーケストラへと変調し空気を揺さぶる。

「君と紡ぐ物語の先に、まだ見ぬ真実が待っている」

 やわらかで、印象的な低い声が告げる。

「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」

 その緑の瞳に映し出されるヒロインは
 差し出された手の先で実像となる。

 白光が扉のように開き、その先に新たな世界が広がっている───

───Special Thanks
 すべての淑女たちに───
 デイムメイカー
 
─────

 
「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」
「どわあっ!びっくりした!耳元は卑怯です!」
 
 声の主は勢雄 祥匡せお よしまささん。
 ゲーム『デイムメイカー』のクリス様のお声の方。
 
 こうやって背後からあたしを驚かすのが日課となっている。
 ――そりゃあ驚きますけど……
 あたしには御褒美以外の何物でもないんですけど!

「…お嬢ちゃん、ホントに好きな?それゲーム
 あたしの持ってる携帯ゲームを指差して言う。
 
「だって、勢雄さんですよ?!好きですよ!」
 本人に向かって言うことじゃないのは百も承知。
 でも、好きなもんは好きなんですもん、仕方ない。
 
「……ま、いっか」
 呆れたように、照れたようにそっぽ向く横顔。大型犬か、可愛いぞ。

───あたし、杉田 弥依すぎた みい
 高校の入学式当日、期待と不安で踏み出した一歩はなぜか踏み外し、自宅玄関の扉すら開けず、すっころんだ。
 
 捻挫だろうと、高を括って病院に来てみれば、レントゲン→CT→MRIのフルコースを1日で味わう羽目になり、見事入院決定。
 骨折しておりましたとさ。
 ――この、軟弱な足め!

 そんな、同室の方々の涙を誘ってしまう境遇を恨んだことも有りましたけど、捨てる神あれば拾う神あり!
 なんと長年の推し、勢雄 祥匡せお よしまさ様と、運命の出会いをしたのでした!

 とか言っても、運命かは知らんけどね。

 え?勢雄さんを知らない?
 まあ、あたしも母の受け売りなんだけどね。
 母が熱心にオタク活動を勤しんでいたのは二十年程前、そりゃあもう、大人気だったお方らしいのです。
 何でも商売をされているご実家には連日女子が押し掛けていたとのこと。

 それから、活躍の場を舞台中心に移されて、そのお姿、お声はCMのナレーション(ノンクレジット)とか、ドラマでは脇を支える役どころでお見掛けするくらいで、すっかりアニメやゲームからは遠ざかっておられた、のに!
 のに、ですよ!
 
 この度、『デイムメイカー』で、実に十五年ぶりにゲームのお声を当てられているのですよ。
 
 ノンクレジットなんだけどねっ!
 母に鑑定して貰ったので、間違いはない!
 はず!

「で、勢雄さんはまた一人で寂しく談話室にあたしをからかいに来たんですか?」
「嬉しかろう?」
「嬉しいです!」
「……っ!」
 ……勢雄さん?笑いすぎです。
 
「俺、来週、退院が決まったから」

 ――――えっ?

「…あ、そ、そうなんですね。これで、お仕事バリバリ出来ますね!何から始めるんですか?アニメ?ゲーム?それともお芝居?テレビとか?映画とか?あ、ハリウッドとか?あたしが見られるものにして下さいね。そうじゃなくても見るけど…」

 最後まで言いきる前に、あたしの頬を勢雄さんの指がなぞる。
 勢雄さん、物憂げですよ?

「……泣きながら言ってんじゃねーよ…」

 あたし、泣いてるんだ。

 見上げれば、誂うでもなく莫迦にするでもなく。
 困ったような、見透かしているかのような勢雄さんが笑ってる。

 うー。
 
 なんか悔しいから、勢雄さんのシャツで鼻かんでやる。
 
「……おまっ!……ぅ。あー…悪ぃ…」
 そういって頭、ぼんぽん…ぽんぽん
 
 ふんっ!
 入浴制限で髪洗えてないけど知るもんか!
 撫でさせてやる!

 ───そうして、あたしは、勢雄さんのシャツに涙と鼻水で顔拓を取ることに成功した。
 
 ───ん。分かってるよ。
 これは、憧れ。
 
 雲の上の人のお姿を偶然にも拝見して…おつきさまに手が届いちゃったって、勘違いしちゃったんだ。

 ◆
 
 ほんの暇潰し、だった。
 
 イベントの最中に血ぃ吐いて、ぶっ倒れて、運び込まれた病院。――胃潰瘍だと。
 ……ふぅ…。
 
 喫煙所を探して、通りかかった談話室の前、車椅子で、もぞもぞしてる少女。
 これくらいの年なら、俺の事なんざ、知らんだろう…と声を掛けてみたら、まさかのファン…だ、と?
 
 俺の方が面喰らったわ。

 それでも、ファンを自称しながらサインやら、あれやってだのを要求してくるわけでもなくて、くるくると変わる表情と、突飛なのに言い得て妙な物言いは見ていて飽きない。

 そんな子の涙はさすがに来るものがあって、ふと、親父が死んだ時の事を思い出した。
『おまえは産声と親の死に目で泣いたから、後は財布を落とした時だよ』ってお袋……『だって、主君に忠義する時代でもないでしょ?』お袋の時はどうすんだよ。
『…笑えばいいんじゃない?』

 ───目が、追う。
 おつきさま欲しい、と手を伸ばす子供みたいに。

 

── 第1章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

作品ページへ戻る

コメント

まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。

しおりを挟みました