そぉーと。
そぉーっと。
キットの中身をタンクに移す。
そぉぅーっ、と。
ばあん!
がしゃん!
「きゃー!」
「うわっ!」
「あーーん!!」
途端、部屋のあちこちから聞こえてくる破壊音、悲鳴、叫声。
なんだ?
「もー!ほらほら、大丈夫ですから!失敗じゃないです!まちがいじゃないですから!」
先生があたふたと部屋中を駆け回ってる。
そんな賑わいの中、ぼくのタンクは、さっぱりなんにも起こらない。
ちょっと臆……慎重にやりすぎたのかしら?
「ああ、スナくん。さすがですね。君のととさまやかかさま、じいさまばあさま、まあ、ある意味あにさまもあねさまもそんなでしたよ」
あちこちを見て回ってた先生がぼくのとこに来て言った。
そうなんだ。
でも、ガラキシオくんのは今にもタンクを突き破りそうだし、エムくんは泣きながらかき混ぜてるけど、ぽやぽやと沢山のモヤの塊ができている。
ぼくのとは、大違いだ。
「これって、いずれ一つになるんだよね?」
「そうですよ。タンクの境界を外して、一つになります」
その時までには、なにかできるのかしら?
「あうっ!あうっ!あうー!」
……エムくん、いくらなんでもかき混ぜすぎじゃないのかな?
中身がちりじりになってるよ?
「大丈夫ですよ。タンクは壊れません」
それでいいの?
● 二日め。
やっぱり変わらない。
上から、横から。
そーっと持ち上げて下からも覗いて見たけど、タンクの中は真っ暗なまま。
んー。
これはこれで、『失敗』なのではないかしら?
みんなのはいろいろ形を変えていて、楽しそうなのに、ぼくのだけおいてけぼりだ。
いっそエムくんみたいに、かき混ぜてみようかしら?
「やりたいなら止めませんけど、きっと大丈夫ですよ」
先生……どっちなん?
「どちらでも。やりたいようにおやりなさい」
なら、これはこれで見てようかな。
ふふって、先生が笑った気がした。
「あーーん!」
そして、エムくんは相変わらず泣いている。
おうちに帰ってから、ととさまとあにさまに聞いてみた。
「ぼくのだけ、なんにも出来ないんだ」
そしたら、あにさまが、
「んー。タンクの観察かあ」
って言ってから、
「俺のは十日間、何も起こらなかった」
十日間?!得意げにしてますけど、その間不安じゃなかったの?なにをしてたの?
「ずっーっと、真っ暗闇のタンクをじぃーっと、凝視してた。――ら、いつの間にか寝てた!」
……
ごちん、ってととさまの鉄拳が、あにさまに飛んだ。
「痛った……」
「ととは、七日かなーあ、これ以上は、内緒だ。正解はないから、聞いても参考にならない。失敗もないから、自分のをちゃんと見てるといい」
……ふうん。
そういうものなのね。
● 五日め。
「なんというか……ガラキシオくんのは元気ですねぇ」
「へへっ」
「元気なのはいいことです!」
いいなぁ。
今日はぼくの隣にいるガラキシオくん。
ふふんって、なんだか嬉しそうだ。
だってね。
ガラキシオくんのタンクの中は、ぱんぱんなんだ。
すかすかで真っ暗な、ぼくのタンクと全然違う。
と。
ばちん。
音がした。
ガラキシオくんのタンクから、ガラキシオくんのの先がちょっと飛び出て弾けた。
「わ、わ、!」
ガラキシオくんが慌てて蓋をする。
けど先に飛び出した何かは、ひょい、とぼくのタンクに入ってしまった。
え?え?
まじまじと見つめていると、真っ黒いタンクの中に、もっと黒い塊ができた。
真っ黒いのに黒い。
黒いのは何かを包んでいるみたい。
さっきのガラキシオくんのやつかしら?
黒い塊の隙間から、……隙間?!なのかな?でも、多分隙間。
光がちろちろと漏れてるから。
「なんか入っちゃいましたけど、大丈夫でしょう。みんな同じキットを使ってますから。それよりほら、動き出しましたよ」
何が?って思ったら、その黒い塊はぐねぐねとぐりぐりして、中の光を捏ね回すみたいにぐりゅぐりゅしてる。
光……なのかな?物質なのかな?
そしたら、ぱあっといろんな色の光を放った。
あらぁ。
すごい、すごい。
で、中からじわじわと燃えるやつが現れた。
ガラキシオくんのとは比べ物にならないけど、それでもめきめき大きくなる。
「うわっ!わ!」
「これが、スナくんの観察対象ですね。スナくんが丁寧に扱ったからきれいな形です」
ほんとに?!
「先生。これ、すごく燃えてるけど、火事にならない?」
「タンクの中なら大丈夫ですよ。心配ならちゃんと蓋をしておきましょうね」
飛び出すと、びっくりするもんね。
「あのねー!燃えてるのができたよ!」
おうちに帰って、ぼくは意気揚々とかかさまとあねさまに報告した。
「よかったねー。さすがうちの子だ!」
って、かかさまは褒めてくれて、おやつをくれた。
ずずって、おやつを吸い込んでると、あねさまが、
「あたしはタンクを落としちゃって大変だったんだよ。燃えるのが二つになっちゃったからねー」
うわ、あねさま、二つ分観察したの?
持ち上げるのは、もうやめよう。
「そうなのよ。持ち運びにだけは気をつけなね」
「うん。二つは嫌だもんね」
もっと慎重になろうと決意しました。
● 七日め。
めらめらと燃えてるのの周りに、よーく見るとちっさいのがわらわらできてる。
数えてみると、いーち、にぃ、……九つ。
うーん……
「スナくん、どうしました?」
「先生ぇ……ぼく、十個の観察しなきゃいけないの?」
「面倒なら、おっきいのだけで良いですよ」
ほぉ。助かった。
「あのね。この三つ目、青いでしょう?」
「うん。青いね」
「これね、腐りやすいから、気をつけて……てもやっぱり腐るんだけど、まあ、たまーに見てるといいよ」
「え?腐るの?なんで?」
「なんでなんだろうねえ。どんなにお世話をしてても、腐っちゃうんだよねーだから、成績とは関係ないからね。おっきいのをちゃんと観察してくださいね」
「はあーい」
「青いの?あたしは、燃えてるのが二つだったから、ちいさいのは気にしなかったなぁ」
ぼくは、おうちに帰ってからの報告会が定例になっていた。
あねさまは燃えてるの、二つ見なきゃだったんだもんね。
あにさまはどうだったんだろう?
たしか、生まれるのに十日かかったんだよね。
うーん……って、あにさま。
「お前の燃えてるの、どのくらいの大きさだ?」
「んーとね、これくらい」
「おれのはこれくらいあった。だからちっさいのは……あったかな?あった……気はする。でも青いのねえ?気にしなかったなぁ。なんでも歴代でも稀に見るデカさだって先生言ってたし!」
ま、いいでしょう、って先生の声まで聞こえるよ、あにさま。
でも、ま。
ふーん。
そうなんだぁ。
● 十三日め。
「みなさんのタンクの中が安定してきましたねー。そろそろくっつけちゃいましょう!」
って、先生が言った。
一つにする?って、なんでだろう?
なんでって、先生に聞いたら、
「みんなのタンクの中が手狭でしょう?広いところに出してあげないと、かわいそうじゃないですか」
なるほど、ガラキシオくんのはいくらタンクが頑丈だとはいえ、みちみちだもんね。
先生の指示に従って、タンクを重ねる。
上に、横に。
部屋の後ろはタンクで埋められた。
ぼくのはガラキシオくんの側で、エムくんのも側にある、けど随分隅っこだなー。
タンクを並べ終えると、先生は崩れないように固定した。
ぱちん、ぱちん。
ふぅん、そうなってるんだ。
重なり合ったみんなのタンクは、なかなかの絶景で、ほぉぅって、眺めていたんだけど、しばらくすると、すーっとタンクの境が溶けておっきな一つになった。
「おー……」
みんなから、感嘆の声が漏れる。
あれ?感嘆って、漏れてるんだっけ?
ま、いいや。
タンクからはみ出た、ガラキシオくんのがもぞもぞと広がる。
……こんなに大きかったのね。
そりゃ、窮屈になって飛び出したくもなるよ。
そういえば、色や形は違うけど、ガラキシオくんのみたいのが、あちこちにある。
ガラキシオくんのがぞろぞろと、エムくんのを飲み込んで、何人か分のタンクのあったところに膨張し始めてる。
あや?あや?
「先生!ガラキシオくんのが、ぼくの食べちゃった!!」
「食べてませんっ!くっついただけです。こちらから見たらちゃんとタンク別に観察できますから、ちゃんと観察を続けてくださいね」
いっぱいの、ちゃんと。
ホントだ。
窓から見ると、ぼくのがわかる。
ちゃんと出来るかな?
ほおぉ。
窓から燃えてるのを見てたら、なんかぱちぱちする。
「じっと見ると、燃えちゃいますよ。ざっと分かる範囲で良いですよ」
ちゃんと、ざっとですね!
大きさを測って、色や形をメモする。
ついでに青いのを覗いたら、黄色と緑のわさわさが詰まって、ざぶんざぶんしてる。
わ。可愛いかも。
あ!そういえばだよ。
「先生、あにさまの燃えてるのはすごいでか……大きかったんでしょ?」
「ああ、……大きかったですねー。それはもう。混ざりものがなくてゆっくり育つとああなるんですね。あにさまは呑……それはそれは慎重でしたからね」
物はいいようですね!先生。
「食べられた?!……あ、ああひっついたのね。ガラキシオのとこはまた、ぐるぐるわーっとしたやつ?」
あねさま、擬音ばかりです。
けど、そんなかな?
「うん。ぐるぐるしてて、あむって、ぼくのとかエムくんとかいろいろ食べ……くっつけちゃった」
「俺の時もそうだったぞ。いくら俺のがおっきくてもあいつのの比じゃないんだよな」
あれ?そうだ!
「あにさまのはおっきくて、あねさまのは二つでしょう?おめめばちばちしなかったの?」
「したな。みっつ燃やした。燃やしたからとっかえた」
ふえー。
「あたしは焦げただけだったから、まだ在るよ。ほら」
ふ、ふえー。
まあ、なんとかなるけど、気をつけるにこしたことはないねと、あにさまとあねさまから言われた。
心します!
● 二十九日め。
おっきくなったタンクの前で、エムくんが泣いてる。
「どうしたの?」
「ぼ、ぼくのね。ガラキシオくんのの中で散らばって、散らばって……数えてみたら、百五十あるの!うわーん」
「ひ、百五十?!」
十個で大変とか言ってたらだめだな、と思ったよ。
でもほら、見るべきものは決まってるんじゃないの?
先生は窓を覗きながら、
「そうですね。全部はいいでしょう。これと、これと、これ……。あら、百十個ですね」
「わ、うわーん」
エムくん、最後まで泣くことになりそうね。
さて、ぼくのを見よう。
窓からそっと覗いて、燃えてるの、ある。
その周りをぐるぐる回るちっさいの。
わーこれ、ちっさいのの周りに輪っかがある。
面白いなー。
青いのは相変わらず、黄色と緑がざぶざぶしてて、でもちょっとだけ減ったかな?
ん?
「先生ぇ。これ、黒いの。カビ?」
「カビって……ああ。これ、多分腐る原因なんです」
「取らなきゃ!」
「取ってみてもいいですけどね。どうやっても、増えます。不思議なんですけど」
カビは増えるもんねぇ。
「……まあ、そうですね」
先生!呆れた?!呆れたでしょ!!
むうぅ。
「カビ?」
もしカビだったら、お掃除のことはかかさまだと思ったの。
だから、聞いてみたら、かかさま考え込んじゃった。
「かかにも青いのはあったけど、カビねえ?」
かかさまに、青いのあったの!
「あ、ああ。あれね。カビって……」
先生とおんなじ反応。
むうぅ。
「ごめん、ごめん。増えるけどカビとは違うし、お手入れ法はないし、おやつでも食べなさい」
きょうのおやつは、どろんとしてますね。
美味しくいただきました。
● 四十七日め。
みんなのは形を変えたり、びゅんびゅんと何かを飛ばしたりして、忙しいです。
爆発なんかも日常茶飯事です。
ガラキシオくんのは、融合したときこそ忙しくしてましたが、今はちびちびと大きくなるくらいで、これと言って動きはありません。
燃えるのの大きさを測って、色や形の状態をメモしてると、エムくんが表を作って管理してる!すごいっ!
「うへへへへ」
って、エムくん?大丈夫?とは思うけど、お手伝いは出来ない。
自分の作ったのを、自分で観察する、がルールだから。
ごめんね。
「えむいち、こーなって、こう。
えむに、あーなってそう。
えむさん……」
あ、エムくん、一つ一つにお名前つけたのね。
自分の見なきゃ。
燃えてるのメモを終えて、なんか気になる青いのを見てみる。
……うぎゃ!
「どうしました!スナくん!」
あ、声に出てたんだ。
「せんせぇ……これ、気持ち悪い」
「あ、あー。見ちゃったんですねー。気にしてましたもんねー」
黄色と緑のわさわさ。
ざぶざぶ、ちゃぷちゃぷしてて可愛いのに。
点だった黒いのがうじゃっとわいてる。
「やっぱりふえちゃいますねー」
「お掃除だ!」
でも、どうすんだろ?
「それがですね。取っても出てくるし生命力?が強いんですよ」
それってアクタムシみたいだねーって、言ったら、スナくんはそうぞう力が豊かですね、だって。
褒められてるのかな?
「うじゃとしてるの。腐るんだって。どうするの?」
じじさまに聞いてみた。
「ああ、あれかあ。ほんとにしつこいよな。水をかけてみて、黄色と緑のだけにしてみたけどそのときだけだったのぉ」
じじさま、水かけたの?
「ああ、やったのぉ。しばらくは青くなるんじゃ。けどのぉ。その後に……どっとふえるんじゃよ。なんだろなぁ、あれ」
お掃除作戦はうまくいかないのか。
「わさわさは可愛いのよ。ちゃぷちゃぷしてたり、さわっとしてたり」
「……“運命”なのかもなぁ」
じじさま、かっこよく決めてませんか?
「バレたか。ま、気にすんな」
結局、それなんですね!
● 七十一日め。
黒いのはうじゃうじゃと増え続けて、ついに青いところが、赤黒くなり始めた。
まだ、ちょっとだけど。
これって、これが腐るなの?
「はじまり、ですね」
可愛かったわさわさが、しんなりしてる。
黒いのよりは多いけど、数も減った。
燃えてるのは相変わらず燃えてる。
けど、ちょっとだけ大きくなった。
色も明るくなった。
ぼくは思い切って、黒いのをそぉーっとつまんでみた。
青いのから出す前に、しおって枯れた。
これでいいんじゃない?!
「きりがありませんよ。もっと青くなくなります」
そうなんだ。
悲しいね。
「なるほど。青いのの色が変わり始めたんですね」
今日は、ばばさま。
ばばさまは頭が良いの。
あまりおうちにも、帰ってこないの。
お仕事が忙しいんだって。
ととさまも同じ仕事なんだけど、毎日帰ってくる。
何が違うんだろうねぇ。
でも、お仕事してるばばさまのことが、じじさまは大好きなんだって。
仲良いよねえ。
「腐るのは止められないんだよ。他の子に青いのはあるかい?」
「ううん。ない。エムくんはいっぱいあるけど、青いのはない。ガラキシオくんの中にもない。ガラキシオくんのと似てる他のには……青っぽいのはあっても、わさわさはいない」
「そうなんだねぇ……」
それ以上、ばばさまは何も言わなかった。
ばばさま、かっこいいと思った。
● 九十七日め。
ガラキシオくんのは、はじめの頃と比べて倍くらいの大きさになってる。
でも、広がってるだけで中身は増えてない。
すかすかで、はっきりとしたぐるぐるではなくなってる。
窓からしか見えなかったぼくのが、透けて見える。
ふうっ……って、ガラキシオくんがため息をついた。
「いつも、なんだってさ」
よく聞く言葉。
いつも。
「……えむひゃくはちじゅういち!」
え?増えてない?!
「増えたけど、減ってるよお。今は七十八個しかないもん」
し、しか?
「この頃、めきめき減ってきたねえ。……もう、おしまいなのかな」
ひゅんひゅんと飛んでいたものはなくなって、塊ごとなくなった子のもある。
小さく、生まれるのもあるけど、お世話をする子がいなくて、ちりになる。
「なんか、広くなったねえ」
「そうだねえ」
最近の先生は、違うお仕事で忙しくしてて、この部屋にいつもいない。
ぼくのに、わさわさはすっかりなくなって、黒いうじゃうじゃがこびりついていた。
最終日
タンクは撤去された。
すっかり元通りの、ぼくたちの部屋。
久しぶりの先生は、次の準備をしていたみたい。
「さあ!次はですね……!」
新しいこと、始まるんだ。
今度は何をするんだろうねぇ。
ガラキシオくんと、ワクワクするねえ、って話してると、エムくんが「今度は少ないといいなあ」って、言った。
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。