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タンクのなかのこと、

有城 砂卯

7,095 字

児童文学、寓話、成長物語

"きみの『タンク』には、何が育つだろう?人生の始まりを巡る、温かな寓話。"

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 そぉーと。
 そぉーっと。
 キットの中身をタンクに移す。
 そぉぅーっ、と。

 ばあん!
 がしゃん!
「きゃー!」
「うわっ!」
「あーーん!!」

 途端、部屋のあちこちから聞こえてくる破壊音、悲鳴、叫声。
 なんだ?
「もー!ほらほら、大丈夫ですから!失敗じゃないです!まちがいじゃないですから!」
 先生があたふたと部屋中を駆け回ってる。

 そんな賑わいの中、ぼくのタンクは、さっぱりなんにも起こらない。
 ちょっと臆……慎重にやりすぎたのかしら?

「ああ、スナくん。さすがですね。君のととさまやかかさま、じいさまばあさま、まあ、ある意味あにさまもあねさまもそんなでしたよ」
 あちこちを見て回ってた先生がぼくのとこに来て言った。
 そうなんだ。
 
 でも、ガラキシオくんのは今にもタンクを突き破りそうだし、エムくんは泣きながらかき混ぜてるけど、ぽやぽやと沢山のモヤの塊ができている。
 ぼくのとは、大違いだ。

「これって、いずれ一つになるんだよね?」
「そうですよ。タンクの境界を外して、一つになります」
 その時までには、なにかできるのかしら?

「あうっ!あうっ!あうー!」
 ……エムくん、いくらなんでもかき混ぜすぎじゃないのかな?
 中身がちりじりになってるよ?
「大丈夫ですよ。タンクは壊れません」
 それでいいの?

● 二日め。
 
 やっぱり変わらない。
 上から、横から。
 そーっと持ち上げて下からも覗いて見たけど、タンクの中は真っ暗なまま。
 んー。
 これはこれで、『失敗』なのではないかしら?

 みんなのはいろいろ形を変えていて、楽しそうなのに、ぼくのだけおいてけぼりだ。
 いっそエムくんみたいに、かき混ぜてみようかしら?
「やりたいなら止めませんけど、きっと大丈夫ですよ」
 先生……どっちなん?
「どちらでも。やりたいようにおやりなさい」
 なら、これはこれで見てようかな。
 ふふって、先生が笑った気がした。
「あーーん!」
 そして、エムくんは相変わらず泣いている。

 おうちに帰ってから、ととさまとあにさまに聞いてみた。
「ぼくのだけ、なんにも出来ないんだ」
 そしたら、あにさまが、
「んー。タンクの観察かあ」
 って言ってから、
「俺のは十日間、何も起こらなかった」
 十日間?!得意げにしてますけど、その間不安じゃなかったの?なにをしてたの?
「ずっーっと、真っ暗闇のタンクをじぃーっと、凝視してた。――ら、いつの間にか寝てた!」
 ……
 ごちん、ってととさまの鉄拳が、あにさまに飛んだ。
「痛った……」
「ととは、七日かなーあ、これ以上は、内緒だ。正解はないから、聞いても参考にならない。失敗もないから、自分のをちゃんと見てるといい」
 ……ふうん。
 そういうものなのね。

● 五日め。
 
「なんというか……ガラキシオくんのは元気ですねぇ」
「へへっ」
「元気なのはいいことです!」
 いいなぁ。
 今日はぼくの隣にいるガラキシオくん。
 ふふんって、なんだか嬉しそうだ。

 だってね。
 ガラキシオくんのタンクの中は、ぱんぱんなんだ。
 すかすかで真っ暗な、ぼくのタンクと全然違う。

 と。
 ばちん。
 音がした。
 ガラキシオくんのタンクから、ガラキシオくんのの先がちょっと飛び出て弾けた。
「わ、わ、!」
 ガラキシオくんが慌てて蓋をする。
 けど先に飛び出した何かは、ひょい、とぼくのタンクに入ってしまった。
 え?え?
 
 まじまじと見つめていると、真っ黒いタンクの中に、もっと黒い塊ができた。
 真っ黒いのに黒い。
 黒いのは何かを包んでいるみたい。
 さっきのガラキシオくんのやつかしら?
 
 黒い塊の隙間から、……隙間?!なのかな?でも、多分隙間。
 光がちろちろと漏れてるから。
「なんか入っちゃいましたけど、大丈夫でしょう。みんな同じキットを使ってますから。それよりほら、動き出しましたよ」
 
 何が?って思ったら、その黒い塊はぐねぐねとぐりぐりして、中の光を捏ね回すみたいにぐりゅぐりゅしてる。
 光……なのかな?物質なのかな?
 
 そしたら、ぱあっといろんな色の光を放った。
 あらぁ。
 すごい、すごい。
 で、中からじわじわと燃えるやつが現れた。
 ガラキシオくんのとは比べ物にならないけど、それでもめきめき大きくなる。
 
「うわっ!わ!」
「これが、スナくんの観察対象ですね。スナくんが丁寧に扱ったからきれいな形です」
 ほんとに?!
「先生。これ、すごく燃えてるけど、火事にならない?」
「タンクの中なら大丈夫ですよ。心配ならちゃんと蓋をしておきましょうね」
 飛び出すと、びっくりするもんね。

「あのねー!燃えてるのができたよ!」
 おうちに帰って、ぼくは意気揚々とかかさまとあねさまに報告した。
「よかったねー。さすがうちの子だ!」
 って、かかさまは褒めてくれて、おやつをくれた。
 
 ずずって、おやつを吸い込んでると、あねさまが、
「あたしはタンクを落としちゃって大変だったんだよ。燃えるのが二つになっちゃったからねー」
 うわ、あねさま、二つ分観察したの?
 持ち上げるのは、もうやめよう。
「そうなのよ。持ち運びにだけは気をつけなね」
「うん。二つは嫌だもんね」
 もっと慎重になろうと決意しました。

● 七日め。

 めらめらと燃えてるのの周りに、よーく見るとちっさいのがわらわらできてる。
 数えてみると、いーち、にぃ、……九つ。
 うーん……

「スナくん、どうしました?」
「先生ぇ……ぼく、十個の観察しなきゃいけないの?」
「面倒なら、おっきいのだけで良いですよ」
 ほぉ。助かった。
 
「あのね。この三つ目、青いでしょう?」
「うん。青いね」
「これね、腐りやすいから、気をつけて……てもやっぱり腐るんだけど、まあ、たまーに見てるといいよ」
「え?腐るの?なんで?」
「なんでなんだろうねえ。どんなにお世話をしてても、腐っちゃうんだよねーだから、成績とは関係ないからね。おっきいのをちゃんと観察してくださいね」
「はあーい」

「青いの?あたしは、燃えてるのが二つだったから、ちいさいのは気にしなかったなぁ」
 ぼくは、おうちに帰ってからの報告会が定例になっていた。
 あねさまは燃えてるの、二つ見なきゃだったんだもんね。
 
 あにさまはどうだったんだろう?
 たしか、生まれるのに十日かかったんだよね。
 うーん……って、あにさま。
「お前の燃えてるの、どのくらいの大きさだ?」
「んーとね、これくらい」
「おれのはこれくらいあった。だからちっさいのは……あったかな?あった……気はする。でも青いのねえ?気にしなかったなぁ。なんでも歴代でも稀に見るデカさだって先生言ってたし!」
 ま、いいでしょう、って先生の声まで聞こえるよ、あにさま。
 
 でも、ま。
 ふーん。
 そうなんだぁ。

● 十三日め。

「みなさんのタンクの中が安定してきましたねー。そろそろくっつけちゃいましょう!」
 って、先生が言った。
 一つにする?って、なんでだろう?
 なんでって、先生に聞いたら、
「みんなのタンクの中が手狭でしょう?広いところに出してあげないと、かわいそうじゃないですか」
 なるほど、ガラキシオくんのはいくらタンクが頑丈だとはいえ、みちみちだもんね。

 先生の指示に従って、タンクを重ねる。
 上に、横に。
 部屋の後ろはタンクで埋められた。
 ぼくのはガラキシオくんの側で、エムくんのも側にある、けど随分隅っこだなー。
 タンクを並べ終えると、先生は崩れないように固定した。
 ぱちん、ぱちん。
 ふぅん、そうなってるんだ。
 
 重なり合ったみんなのタンクは、なかなかの絶景で、ほぉぅって、眺めていたんだけど、しばらくすると、すーっとタンクの境が溶けておっきな一つになった。
「おー……」
 みんなから、感嘆の声が漏れる。
 あれ?感嘆って、漏れてるんだっけ?
 ま、いいや。

 タンクからはみ出た、ガラキシオくんのがもぞもぞと広がる。
 ……こんなに大きかったのね。
 そりゃ、窮屈になって飛び出したくもなるよ。
 そういえば、色や形は違うけど、ガラキシオくんのみたいのが、あちこちにある。
 
 ガラキシオくんのがぞろぞろと、エムくんのを飲み込んで、何人か分のタンクのあったところに膨張し始めてる。
 あや?あや?
「先生!ガラキシオくんのが、ぼくの食べちゃった!!」
「食べてませんっ!くっついただけです。こちらから見たらちゃんとタンク別に観察できますから、ちゃんと観察を続けてくださいね」
 いっぱいの、ちゃんと。
 ホントだ。
 窓から見ると、ぼくのがわかる。
 ちゃんと出来るかな?

 ほおぉ。
 窓から燃えてるのを見てたら、なんかぱちぱちする。
「じっと見ると、燃えちゃいますよ。ざっと分かる範囲で良いですよ」
 ちゃんと、ざっとですね!
 大きさを測って、色や形をメモする。
 ついでに青いのを覗いたら、黄色と緑のわさわさが詰まって、ざぶんざぶんしてる。
 わ。可愛いかも。

 あ!そういえばだよ。
「先生、あにさまの燃えてるのはすごいでか……大きかったんでしょ?」
「ああ、……大きかったですねー。それはもう。混ざりものがなくてゆっくり育つとああなるんですね。あにさまは呑……それはそれは慎重でしたからね」
 物はいいようですね!先生。

「食べられた?!……あ、ああひっついたのね。ガラキシオのとこはまた、ぐるぐるわーっとしたやつ?」
 あねさま、擬音ばかりです。
 けど、そんなかな?
「うん。ぐるぐるしてて、あむって、ぼくのとかエムくんとかいろいろ食べ……くっつけちゃった」
「俺の時もそうだったぞ。いくら俺のがおっきくてもあいつのの比じゃないんだよな」
 あれ?そうだ!
「あにさまのはおっきくて、あねさまのは二つでしょう?おめめばちばちしなかったの?」
「したな。みっつ燃やした。燃やしたからとっかえた」
 ふえー。
「あたしは焦げただけだったから、まだ在るよ。ほら」
 ふ、ふえー。
 まあ、なんとかなるけど、気をつけるにこしたことはないねと、あにさまとあねさまから言われた。
 心します!

● 二十九日め。

 おっきくなったタンクの前で、エムくんが泣いてる。
「どうしたの?」
「ぼ、ぼくのね。ガラキシオくんのの中で散らばって、散らばって……数えてみたら、百五十あるの!うわーん」
「ひ、百五十?!」
 十個で大変とか言ってたらだめだな、と思ったよ。
 でもほら、見るべきものは決まってるんじゃないの?
 先生は窓を覗きながら、
「そうですね。全部はいいでしょう。これと、これと、これ……。あら、百十個ですね」
「わ、うわーん」
 エムくん、最後まで泣くことになりそうね。

 さて、ぼくのを見よう。
 窓からそっと覗いて、燃えてるの、ある。
 その周りをぐるぐる回るちっさいの。
 わーこれ、ちっさいのの周りに輪っかがある。
 面白いなー。
 青いのは相変わらず、黄色と緑がざぶざぶしてて、でもちょっとだけ減ったかな?
 ん?
「先生ぇ。これ、黒いの。カビ?」
「カビって……ああ。これ、多分腐る原因なんです」
「取らなきゃ!」
「取ってみてもいいですけどね。どうやっても、増えます。不思議なんですけど」
 カビは増えるもんねぇ。
「……まあ、そうですね」
 先生!呆れた?!呆れたでしょ!!
 むうぅ。

「カビ?」
 もしカビだったら、お掃除のことはかかさまだと思ったの。
 だから、聞いてみたら、かかさま考え込んじゃった。
「かかにも青いのはあったけど、カビねえ?」
 かかさまに、青いのあったの!
「あ、ああ。あれね。カビって……」
 先生とおんなじ反応。
 むうぅ。
「ごめん、ごめん。増えるけどカビとは違うし、お手入れ法はないし、おやつでも食べなさい」
 きょうのおやつは、どろんとしてますね。
 美味しくいただきました。

● 四十七日め。

 みんなのは形を変えたり、びゅんびゅんと何かを飛ばしたりして、忙しいです。
 爆発なんかも日常茶飯事です。
 ガラキシオくんのは、融合したときこそ忙しくしてましたが、今はちびちびと大きくなるくらいで、これと言って動きはありません。

 燃えるのの大きさを測って、色や形の状態をメモしてると、エムくんが表を作って管理してる!すごいっ!
「うへへへへ」
 って、エムくん?大丈夫?とは思うけど、お手伝いは出来ない。
 自分の作ったのを、自分で観察する、がルールだから。
 ごめんね。
「えむいち、こーなって、こう。
 えむに、あーなってそう。
 えむさん……」
 あ、エムくん、一つ一つにお名前つけたのね。

 自分の見なきゃ。
 燃えてるのメモを終えて、なんか気になる青いのを見てみる。
 ……うぎゃ!
「どうしました!スナくん!」
 あ、声に出てたんだ。
「せんせぇ……これ、気持ち悪い」
「あ、あー。見ちゃったんですねー。気にしてましたもんねー」
 黄色と緑のわさわさ。
 ざぶざぶ、ちゃぷちゃぷしてて可愛いのに。
 点だった黒いのがうじゃっとわいてる。
「やっぱりふえちゃいますねー」
「お掃除だ!」
 でも、どうすんだろ?
「それがですね。取っても出てくるし生命力?が強いんですよ」
 それってアクタムシみたいだねーって、言ったら、スナくんはそうぞう力が豊かですね、だって。
 褒められてるのかな?

「うじゃとしてるの。腐るんだって。どうするの?」
 じじさまに聞いてみた。
「ああ、あれかあ。ほんとにしつこいよな。水をかけてみて、黄色と緑のだけにしてみたけどそのときだけだったのぉ」
 じじさま、水かけたの?
「ああ、やったのぉ。しばらくは青くなるんじゃ。けどのぉ。その後に……どっとふえるんじゃよ。なんだろなぁ、あれ」
 お掃除作戦はうまくいかないのか。
「わさわさは可愛いのよ。ちゃぷちゃぷしてたり、さわっとしてたり」
「……“運命”なのかもなぁ」
 じじさま、かっこよく決めてませんか?
「バレたか。ま、気にすんな」
 結局、それなんですね!

● 七十一日め。

 黒いのはうじゃうじゃと増え続けて、ついに青いところが、赤黒くなり始めた。
 まだ、ちょっとだけど。
 これって、これが腐るなの?

「はじまり、ですね」

 可愛かったわさわさが、しんなりしてる。
 黒いのよりは多いけど、数も減った。
 燃えてるのは相変わらず燃えてる。
 けど、ちょっとだけ大きくなった。
 色も明るくなった。

 ぼくは思い切って、黒いのをそぉーっとつまんでみた。
 青いのから出す前に、しおって枯れた。
 これでいいんじゃない?!
「きりがありませんよ。もっと青くなくなります」
 そうなんだ。
 悲しいね。

「なるほど。青いのの色が変わり始めたんですね」
 今日は、ばばさま。
 ばばさまは頭が良いの。
 あまりおうちにも、帰ってこないの。
 お仕事が忙しいんだって。
 ととさまも同じ仕事なんだけど、毎日帰ってくる。
 
 何が違うんだろうねぇ。
 でも、お仕事してるばばさまのことが、じじさまは大好きなんだって。
 仲良いよねえ。

「腐るのは止められないんだよ。他の子に青いのはあるかい?」
「ううん。ない。エムくんはいっぱいあるけど、青いのはない。ガラキシオくんの中にもない。ガラキシオくんのと似てる他のには……青っぽいのはあっても、わさわさはいない」
「そうなんだねぇ……」
 それ以上、ばばさまは何も言わなかった。
 ばばさま、かっこいいと思った。

● 九十七日め。

 ガラキシオくんのは、はじめの頃と比べて倍くらいの大きさになってる。
 でも、広がってるだけで中身は増えてない。
 すかすかで、はっきりとしたぐるぐるではなくなってる。
 窓からしか見えなかったぼくのが、透けて見える。
 ふうっ……って、ガラキシオくんがため息をついた。
「いつも、なんだってさ」
 よく聞く言葉。
 いつも。

「……えむひゃくはちじゅういち!」
 え?増えてない?!
「増えたけど、減ってるよお。今は七十八個しかないもん」
 し、しか?
「この頃、めきめき減ってきたねえ。……もう、おしまいなのかな」

 ひゅんひゅんと飛んでいたものはなくなって、塊ごとなくなった子のもある。
 小さく、生まれるのもあるけど、お世話をする子がいなくて、ちりになる。

「なんか、広くなったねえ」
「そうだねえ」
 最近の先生は、違うお仕事で忙しくしてて、この部屋にいつもいない。

 ぼくのに、わさわさはすっかりなくなって、黒いうじゃうじゃがこびりついていた。

最終日

 タンクは撤去された。
 すっかり元通りの、ぼくたちの部屋。
 久しぶりの先生は、次の準備をしていたみたい。

「さあ!次はですね……!」

 新しいこと、始まるんだ。
 今度は何をするんだろうねぇ。
 
 ガラキシオくんと、ワクワクするねえ、って話してると、エムくんが「今度は少ないといいなあ」って、言った。
 

 

 
 
 

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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