燃え盛る炎が思い出を踏みにじっていく。音を立てて何もかもが崩れていく様を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。これ以上、俺から何も奪わないでくれ。そんな言葉を灰と共に飲み込んだ。
京の都は慎ましくも華やかで、傘屋は今日も傘を張り、軒先に並べて売る。
職人気質の丙夜は手先が器用で、貴族の女子も丙夜が張る傘を痛く気に入り、彼の飾らない性格すら虜になっていた。
丙夜は母親が病気で死に、父親は丙夜に店を任せたあと、都で変死を遂げた。恨みを買うような人間では無かったから妖怪かなにかの仕業だと思われている。実際のところは何も分からない。
それから一人で切り盛りしているが、女は居ないのかとよく聞かれるようになった。全く興味も無く、死ねないから生きていると言う惰性のまま、丙夜は今日を過ごしていた。
ある日、材料を買おうと歩いていると、赤子を見つけた。丙夜は、これが運命だと思った。
赤子を連れ帰り、あつく介抱した。目いっぱい、出来る限り愛情を注いだ。
乙夜と名付けた女子はすくすく元気に育った。
「おにいちゃん、これあげるね」
店にいると、決まって乙夜は近くに咲いている野草を摘んできた。ありがとう、と微笑んで頭を撫でてやると、本当に嬉しそうに笑った。
乙夜から貰った物は何でも保管していた。残せない物も幾ら壊れてしまおうとも捨てることなど出来ず、大事にとっていた。
乙夜の為に傘を張り、服を編み、食事を用意し、玩具を与えてやる。乙夜を中心とした生活は本当に充実していて、死ぬ勇気をもてずにいて良かったと心から思った。
誰かを中心とした生活など考えた事など無かった。両親がいた頃でさえ、惰性で生きていたのだ。
乙夜が十一となった頃、いつものように丙夜は店先で傘を手入れしていた。乙夜は店の中でそわそわとあちこち歩き回っていた。いつもの光景だ、何も変わらない。
だが、不意に灰が視界にふわりと漂ってきた。すると近くの家が燃えだしたのが分かった。
「乙夜、」
その声が彼女に届く前に、灰煙が包み込み、冬の乾燥した空気がそれを増長させて炎が上がっている。
木造の家屋は直ぐに火に包まれて倒れていく。丙夜は一目散に駆け出し、「乙夜」と叫びながら店だった場所の中へ入っていく。
喧騒の中、丙夜を止めようとする人々の声が混じるが、丙夜には聞こえていなかった。
「ごほっ、乙夜、乙夜っ!」
火元に近い方に居たのか、倒れた焼けた木材の下敷きになっている乙夜をようやく見つけることが出来た。
────俺のせいだ。
乙夜の上に被さる木材を退け、肩を揺さぶる。
「起きてくれ、頼む、……乙夜、」
「……に、ちゃん……?」
「ああ、乙夜、しっかりしろ、兄ちゃんが助けてやるから」
「あ、」
乙夜の声に反応し、振り向くと火を纏った木材が落ちてきた。
火消しの足音が近付いてくる。
丙夜は乙夜に覆い被さる形で倒れた。片足が折れたが何よりも乙夜を守りたかった。
やはり仏など、いやしないのだろう。
都に一本足の唐傘が二つあった。一つは大きく、じっと傘張りの店を見つめていて、一つはその傘の周りを元気に飛び跳ねていた。
傘の兄妹はひっそりと暮らし始めた。
もうどこにも行かないように、離れないように、二度と過ちを繰り返さない為に。
大きな傘化けは一人の鬼に頼み込んで不思議な鈴をふたつ作りだした。鈴同士はそれぞれを導き合う御守りで、どこへ行こうと片方を持っていればもう片方の場所がわかると言う。
その片方を大事な妹の乙夜に、
「なるべく俺の側に居て欲しい。それも難しいだろうけど、これだけは、絶対に手放さないで」
そう言って手渡した。
これでいい。
乙夜の幸せを願ってはいる。けれど、二度と苦しい思いはさせたくない。
*
たまたま変装した鬼が二人を哀れに思い近付いたが、兄の方は人一倍警戒心が強かった。
『似ているな。兄妹か?』
何も答えず、ただじっと鬼を睨みつけている。
『そうか。美しい兄妹愛だな、敬意を示そう』
身を屈めてにこりと微笑むも、依然として睨みつけたままだ。
『君たちは、巷で噂の傘兄妹か。私は本来は鬼でね、前の時代に生きていた彫師なんだ』
そう言ってゆっくりと腰を下ろし、『君たちに見合う、美しい装飾品を作らせてくれないか?』
真っ直ぐに見据える瞳に揺らぎはない。兄は少しだけ体の緊張が解けた。
『いつか離れても、居場所が分かるような、……どこに居ても、見つけられるような、そんな物が欲しい』
兄は座り直し、「頼む」と頭を下げた。
鬼は微笑み、『任せてくれ。私に作れないものなど無いよ。そうだ、君たちも私と来るといい。二人の居場所があるよ』
隣ですやすやと眠る妹と、驚いて固まる兄に手を差し伸べた。
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