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星宮ルナのハッピー☆ホロスコープ

奥井晴弥

4,051 字

現代社会、ソフトSF、職業小説

"星の導きか、AIの囁きか。ベテラン占星術師が見つめる、未来の「真実」。"

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朝の情報番組の星占いの仕事を始めてから今年でもう、二十六年になる。
多くの人が仕事に、学校に、出かける前の時間帯。
私が書いた原稿を、今日もアナウンサーが読んでいる。
テレビの向こうで彼女は、明るく楽しげな声で十二星座別の今日の運勢を伝え、
最下位のおうし座のみなさんごめんなさい、と言って占いランキングの発表を終えた。

星の配置を見て書くだけなら、私は何日先の原稿でも書ける。
だが実際は、そういうわけにもいかない。

災害級の豪雨が予想される日に、
外出先でいいことがありそうなどと言おうものなら。
私が挙げたラッキーアイテムが、
昨日発生した重大事件を連想させるものだったら。
ここでは占星術の流儀より放送の事情が優先される。

だから原稿の締め切りは前日の19時。
原稿の送付手段がFAXだった頃から、
その時間に一日ぶんずつ出すことと決められている。
深夜に起きた出来事で放送直前の差し替えを求められたことも、何度もある。

番組のプロデューサーに会った時、
「先生、毎日大変ですよね」と言われた。
私は「まあ、たしかに、監修料は割に合わないですね」 と答えた。
プロデューサーは申し訳なさそうに、舌を出して笑った。
長年愛嬌を武器にしてきた人の、そういう表情だった。

正直なところ、
毎日の手間と受け取る金額だけを天秤にかければ、
朝の占いランキングは割の良い仕事ではない。
だが、毎朝、全国放送で《監修 星宮ルナ》の名前が出る。
本を出せば番組で紹介してもらえたし、
ホームページに載せた『朝の占いでお馴染みの』という一文が、
私にどれだけの客を連れてきたかわからない。

だから私は二十六年間、この仕事を続けてきた。

二月のよく晴れた日。
里帆さんが私の事務所を訪ねてきた。
私は五年ほど前からWeb上で、『星宮ルナのハッピー☆ホロスコープ』というサブスク占いサービスを提供している。
里帆さんはそのシステム構築と保守運用を委託している会社の、代表兼セールスエンジニアだ。
私がお茶を淹れている間、里帆さんはいつものように打ち合わせスペースのテーブルの上にノートパソコンを開き、
モバイルディスプレイを繋いで私の座る席に向ける形で配置した。

私が二人分のお茶をテーブルに置き、椅子に腰掛けるやいなや、里帆さんが口を開いた。
「ルナ先生、今日は先日ご相談いただいていたシステムの改修のご報告と、AIを使った追加機能のご提案があります」
「追加機能?そんなこと、別に頼んでないでしょ」
「でも先生、きっと、いいね、と言っていただけると思います。あとでデモをお見せしますね」

改修の報告を終えると、里帆さんは追加機能について説明を始めた。
「先生、これまでプレミアムプランのユーザーには、先生がご自身でコメントを返していたと思うのですが、先生の代わりにAIがコメントする機能を作ってみたんです」
「AIが?でも、さすがにAIだってわかったら、ユーザーさんも占いを信じないんじゃない?」
「そうかもしれないですが……一応、これまでプレミアムプランで蓄積した先生のコメントのログと、ライトプランのアルゴリズムを統合して作っているので、精度はけっこう、高いはずです」
「そう?じゃあ見せてみて」
「わかりました」

目の前のモバイルディスプレイに、二つのスマホサイズのウィンドウが映し出される。
一つがユーザー画面、もう一つが私の側の管理画面という想定だ。
ユーザーが入力した情報が管理画面に映し出され、『AIコメント生成』という虹色のボタンが光る。
画面の上で里帆さんがボタンを押すと、両方の画面に、占いコメントが流れ始めた。

そのコメントを見て私は思った。これは、たしかに私だ。
もちろん、占星術の深いところまで入り込んだようなものではない。
だけど、ハッピー☆ホロスコープのサービスはもともとそういう、本格的な占星術のサービスではない。
プレミアムプランで私がコメントするといっても、
それは対面での占いと比べれば、はるかに軽いコメントだ。
このAIのコメントは、かなりそれに近い。
AIだと言わなければたぶん、わからない。
言っておけばまず、クレームにはならない。
ライトプランでは、ユーザーに対してアルゴリズムに基づいたある程度定型的な占いを出力している。
なんというか、ユーザー個人に向けられた感じがしない。そういうものだ。
言ってみればあの毎朝の、占いランキングの原稿。
あれとそう変わらない。
もし星宮ルナの名前がなければ、
ただのありふれたWeb占いサービスに見えるだろう。
このAIの出力であれば、ライトプランに近い金額で『星宮ルナのコメント』がユーザーに届く。
そういうサービスに、変わるかもしれない。

そう思った私は、里帆さんの提案を受け入れ、三ヶ月間のテスト運用をしてみることにした。
私はライトプランのユーザーに対して、『AIプラン』を初月追加料金なしで試せることを知らせるDMを配信した。

AIプランは評判が良かった。
初月だけ試すつもりだった人の多くが、二ヶ月目以降もその利用を続けた。
ライトプランとの差額を小さく設定したことも、
あえて『AIプラン』と名付けたことも、好意的に受け取られたようだ。
私はその状況を見て里帆さんに連絡し、管理画面のAIコメント生成ボタンを廃止して、一定時間経過後に自動的にコメントを返す、そういう仕様に変更してもらった。

そのころ、私は別のことを考えていた。
里帆さんに電話をかけて、考えていたことについて聞いた。
「ねえ里帆さん、これって、テレビの占いランキングでも使えないかな?」
「……え?先生、それはさすがにまずいのでは……?」
「いや、むしろ向いてると思うの。テレビの仕事って、いろいろ配慮しないといけないことが多くて……」
「そうなんですか。でも、AIにも得手不得手はあるので、配慮の内容によると思いますよ」

私は続けて里帆さんに、テレビの仕事でいつも気にかけていること、苦労していることを説明した。
里帆さんは、なるほどそういう内容なら、たしかにAIを使えば原稿作りが楽になるかもしれないです、と言った。
「先生、でも一応確認なんですけど、先生がちゃんと占わなくても良いんですか?」
「そこなんだけどね……。とは言っても、AIプランと同じように、私が監修した占いアルゴリズムは使うわけでしょ。もともとテレビの十二星座ランキングは私がやっている占星術より、放送のための調整の方が多いぐらいなの」
私は占いランキングの過去の原稿を里帆さんとの共有ストレージに入れ、占いランキング生成アプリの開発を依頼した。

一週間後。
里帆さんがプロトタイプを用意してきた。
私が明日の占いランキングの原稿生成を指示すると、AIは数十秒のうちに情報を集め、原稿を作り出した。
私はそれを、注意深く読んだ。
今日報道された企業不祥事にも、
番組が推しているアイドルグループの公演予定にも、
明後日の海外要人の来日にも、ちゃんと目配りがされている。
一位も最下位も昨日とは違う星座になっているし、
占星術の基本からも、大幅にはずれていない。

私は思った。
これは、このまま送れる。

19時になって、いつもどおり占いランキングの原稿をメールに添付し、
テレビ局の担当者のアドレスを入れ、送信ボタンを押した。

その日私は夜中に、何度か目を覚ました。

夜が明け、やわらかな光が窓から差し込んでくる。
私の原稿をアナウンサーが読んでいる。
彼女は明るく楽しげな声で、視聴者に十二星座別の運勢を伝えている。
最下位のみずがめ座のみなさんごめんなさい、と言っている。
いつもどおりの朝だった。

それから一ヶ月。
私はAIが作った占いランキングの原稿を確認し、
毎日19時にテレビ局へ送る。
それを繰り返した。
私が実際に書き直したのは一回だけだった。
番組内で紹介される予定の商品を、
そのまま最下位の運気を挽回するラッキーアイテムとして提案していた部分だ。
それは「配慮」が過ぎていて、
視聴者の反応を想像するとまずいかもしれない、と思った。

私は里帆さんにメールを送った。
《この一ヶ月で、私が直したのはこの一回だけ。かなり優秀。このあたりの出力が調整できたら、もう私が見なくても大丈夫なぐらい》

里帆さんから返信が来た。
《そう言っていただけて嬉しいのですが、もし本当にそうされるなら、テレビ局の方にも一度、しっかり説明された方が良いと思います。万が一のことで先生の名前に傷がついては、取り返しがつきません》

私は里帆さんの返信に少し、納得がいかなかった。
一ヶ月の間、毎日私自身が見て、ほとんど大丈夫だと思った。
私が書くのよりミスが少ないかも、と思えたぐらいだ。
直した箇所も、
もしそのまま送っていたとしてテレビ局からNGが出たかといえば、
それは微妙なところだ。

そして翌日、里帆さんからメールが来た。
《ご指摘の部分、適切な出力になるよう調整してみましたので、ご確認お願いします。なお、繰り返しになって恐れ入りますが、テレビ局には一度、ご説明いただくことをおすすめします》

私はその後一週間、AIの出力チェックを続けた。
その内容は里帆さんの調整のおかげで、格段に良くなっていた。
同時に、以前のバージョンの出力に対して「問題ない」と判断していた部分にも、わずかに自分が危うさを感じていたということに後になって気づいた。

私が何に危うさを感じていたのかは、うまく説明できない。
説明できないまま、いつもどおり19時になって、原稿を送った。

明日もたぶんいつもどおりの朝が来て、
アナウンサーが私の原稿を読む。
《監修 星宮ルナ》の名前が全国放送に流れる。
私はそう思い、眠りにつくことにした。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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