都会に出て驚いたのは、夜、繁華街付近を歩いていると見かける、路傍の植え込みに吐きだしている若者の姿の多さだった。
白いYシャツの背中が、両手をついて、豪快に。そんなに辛いなら、もう帰ればいいのに。しかし、彼らの夜はまだ終わらない……終われないらしい。時には自身の広がった吐瀉物の真横で背を丸めて寝ている者もある。
しかし、あれだけの量の吐瀉物を注ぎ込まれた植え込みからは何が生えるのだろう。
少し想像してみる。
昔、刑場や墓場だった土地には、後から何かしらの曰くがつくことが多い。生首が出るとか、ポルターガイストがどうとか……。そのような噂を語る人々に霊感があるのかどうか、または彼らが土地の歴史を知った上で噂を立てているのかどうかは知らないが、少なくともその土地に住む人々は、そのような地面に染みついた不の気配を敏感に感じ取っているように思う。
そんな感じで、吐瀉物が染み込んだ土壌にも何かしらの曰く、穢れがつきそうなものである。しかし吐瀉物は、まだ湯気が立ち昇るほど人の身体から出てきたばかりだから、霊の側ではなく生命の側であるように思う。となるとそこから生えてくるものは、穢れが凝り固まったような空間で、しかし人間の暮らしの側にあり、なおかつ不快なものである。
私はそこにカラオケを当てはめてみた。あの大きな箱の中に、あらゆる年齢やジャンルを節操もなく押し込めたような猥雑さ。夜の街に煌々と輝く外観の卑猥さ。ドアや窓のちょっとした隙間から歌声が外に漏れ出ているあの品の無さ。まさしくあの建物は若者の吐瀉物を養分にこの大都会に屹立したものではないだろうか。
数人の若者の群れがカラオケに入っていく。大学生らしき彼らの浮ついた服装に、私は吐瀉物に混じった噛み砕かれた内容物を見出した。
夜景を見たくなった。
タワーの下の層のテナントは全て閉まっていたが、展望台だけは開いていたので私はエレベーターで上へと向かった。
展望台では、空に星がない代わりに、地上に星空があった。その中におそらくカラオケの明かりも含まれていることは私を不快にさせかけたが、これだけの星があるならば、そのうちのいくつかが吐瀉物でも構わないように思えた。
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