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天使の足跡

天音ろっく

6,238 字

日常系ファンタジー、成長物語

"乱暴な天使が残した、温かい足跡。それは、祖母の愛の記憶だった。"

ある日突然、自分は天使だと名乗る小人が現れた。 その天使は口が悪くてお節介焼きで、とても天使だとは思えないほどの乱暴者だった。

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 ある日突然、“天使”だと名乗る小人が僕の目の前に現れた。

「あたしは天使よ。あたしのことは“チコちゃん”て呼びなさい」

 そう言って偉そうに踏ん反り返ったのは、五センチ程の小さな小人。確かにその背中には天使らしき小さな羽が生えている。

「あの……天使さん? とりあえ──」

「だから“チコちゃん”よ!」

「痛っ、……いたたたた! 痛いですって!」

 僕の言葉を遮るようにして怒った天使は、手に持った杖のようなものでポカスカと僕の頭を殴りつける。
 これでも本当に天使だというのだろうか? いきなり人を殴りつけるとは乱暴者にもほどがある。

「ご……ごめんなさい、チコちゃん! やめて下さい! 本当に痛いですってば!」

「ふんっ。ちゃんとチコちゃんて呼ばないあんたが悪いのよ、このちんちくりん!」

 そう言って腕組みをしながら踏ん反り返った天使。随分と口も悪いようだ。

「あんたの為にわざわざ来てやったのよ。感謝しなさい」

「別に僕は頼んでませんが……」

「まあ! なんて生意気なの!」

 再び杖を振り上げる素振りを見せた天使を見て、慌てた僕は頭を隠しながら大きな声を上げた。

「ごっ、ごめんなさい! とりあえず後にしてくれませんか!? 今はちょっと……っ!」

「なによ、せっかく来てやったっていうのに。あたしに不満でもあるって言うの?」

「っ、……今お風呂中なの見て分かりますよね!? 今すぐ出て行って下さい! お願いします……!」

 こうして突如として始まった天使との奇妙な同居生活。事あるごとに僕に干渉する“チコちゃん”と名乗るその天使は、口も悪く乱暴者だったが、意外にもその存在はとても居心地のいいものだった。

「はやく起きなさい、このねぼすけ!」

「痛……っ、いたたた! 痛いです、チコちゃん!」

「早く起きないと学校に遅刻しちゃうでしょ!」

「まだ三十分は寝れますよ……」

「また朝食を食べない気ね!? そんなんだからちんちくりんなのよ!」

「いや……僕そんなに小さくないですよ。それにチコちゃんの方がよっぽど小さ──」

「まあ! なんて生意気なねぼすけなの!」

「痛っ! いたた……っ、痛い、痛いです! ごめんなさい! 今すぐ起きるから許して下さい!」

 こうして頭をポカスカと殴られながら起きるも、三日程前からの恒例になりつつある。頭の痛みさえ除けば、こうして賑やかな朝を迎えるというのも悪くはない。
 祖母が入院してからというもの、祖母と二人暮らしだったこの家は随分と静かになってしまった。そんな時に突然現れた天使は、僕の沈んだ心を明るく照らしてくれるのに充分な存在だった。

「人参も残さず食べなさいよ」

「苦手なんですよ、人参……」

「だからちんちくりんなのよ!」

 そんな小言を言いながらも、甲斐甲斐しく僕の為に朝食を用意してくれる天使。こんなに小さな身体だというのに、一体どこにそんな力があるのだろか? 
 そんなことを思いながら、両手一杯に食器を持ってフワフワと浮かんでいる天使を見つめる。

「さっさと食べなさい。遅刻するわよ!」

「はい、いただきます」

 急かされるようにして朝食を済ませた僕は、天使が用意してくれたお弁当を持って学校へと向かう。

「あんたもいい加減料理の一つでも覚えたらどうなの」

「僕には無理ですよ」

「甘ったれてんじゃないわよ。もう十七でしょ」

「先月十八になりました」

「ふんっ。それにしてはちんちくりんね」

「僕そんなに小さい方じゃないんですが……」

 そんなやり取りをしながら登校するのも、ここ最近の恒例である。

「おはよう、早水はやみくん!」

「あっ。……お、おはよう、高坂こうさかさん」

 笑顔で駆けてゆく高坂さんに挨拶を返すと、それを見ていた天使がすかさず口を挟む。

「何よその小さな声は! もっとシャキッとしなさい、シャキッと! あの子のことが好きなんでしょ? そんなんじゃ仲良くなれないわよ!」

「痛……っ! いたたた! 痛いですってば!」

「シャキッとしなさい、シャキッと!」

「わかりました、ちゃんとします! わかりましたから……っ!」

 ポカスカと僕の頭を殴りつける天使をどうにか宥なだめると、叩かれた頭に手をやりスリスリと撫でる。
 この乱暴さはどうにかならないものなのだろうか。いくら身体が小さいとはいえ、何度も殴りつけられれば地味に痛い。

(まあ……ばあちゃんのゲンコツに比べたらだいぶマシだけど)

 最後にゲンコツをくらったのはいつだったかと、そんな昔を懐かしく思う。

「こらっ! 何ボーッとしてるの! 早く学校行きなさい!」

「……あ、はい」

 どうやら感傷に浸っている暇もないらしい。

 そんな天使との同居生活も一週間が過ぎた頃。
 僕が一人でゆっくりと湯船に浸かっていると、ノックもなしにいきなり乱暴に扉を開いて現れた天使。僕の顔を見るや否や、そのままの勢いで一気に捲し立てる。

「ちょっと! これは一体どういうこと!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!? なんで就職希望なんて書いてるの!!」

 そう言いながら僕の顔にペシッと貼り付けたのは、僕の字で書かれた進路希望用紙だった。
 

「っ……ちょ! 今お風呂中なんですよ!? 後にしてくれませんか!?」

「あんたの裸なんてどうでもいいのよ! それよりこれは何なの!? 説明しなさい!!」

「ま、待って下さい! 今出ますから待って! ……痛っ! いたたたた!」

 急かされるようにしてポカスカと頭を殴られた僕は、慌ててお風呂から上がるとリビングへと移動する。

「で!? どういうことなの!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!?」

「うちにはそんなお金はないんですよ」

「お金ならあるでしょ!? 行きたいなら大学行きなさい!」

「天使のチコちゃんには分かりませんよ。そんな簡単に用意できる金額じゃないんです」

 親の遺産がまだ少し残っているとはいえ、それも普通に暮らしているだけで二十歳はたちになる頃には底を尽きてしまう。そんな経済状況の中で、大学まで進学するなんてことは不可能だ。
 この先祖母の入院費だってまだまだかかるだろうし、それらのことを踏まえると進学せずに就職するのが一番現実的なのだ。

「お金ならあるでしょ!」

「……だから無いんですってば!」

 行けるものなら僕だって大学に進学したい。夢だって人並みにある。でも──。

「お金がないから諦めるしかないじゃないか……っ! うちにはそんな余裕はないんだよ!」

 悔しさに涙を流すと、そんな僕の頭目がけて杖を振り下ろした天使。

 ────ポコッ!

「…………痛いです」

「バカだね、あんたは。お金ならあるって言ってるでしょ」

「……どこにあるっていうんですか」

 そんな僕の言葉を受けてフワリとタンスへと近付いた天使は、上から二番目の棚を指差すと口を開いた。

「ここよ。開けてみなさい」

 言われた通りにその棚を開くと、中に入っていたのは僕名義の見慣れない通帳だった。中を開いて見てみると、そこには預金額五百万の文字が。遡って入金履歴を見てみると、それは十三年前からコツコツと入金されてきたものだった。
 十三年前といえば、ちょうど僕が祖母に引き取られた頃。きっとこれは、そんな祖母が僕の為に日々の節約から浮かせたお金を貯めてきてくれたものに違いない。

「ばあちゃん……」

「だからお金ならあるって言ったでしょ」

「いや……これは使えません」

「どうして?」

「これはきっと祖母が僕の為に十三年間貯めてきてくれたお金なんです。そんな大切なお金……僕には使えません」

「あんたの為のお金ならあんたが使えばいいのよ。このお金があれば大学にも行けるでしょ?」

 確かに五百万もあれば余裕で大学進学は可能だろう。ただ、それも普通に暮らしていたらの話だ。
 祖母が入院している今、いつどこで大金が必要になるとも分からない。

「確かに大学には行けますけど……でも、やっぱりこのお金には手を付けたくないんです」

「どうしてよ! 大学に行きたいんじゃないの!?」

「大学には行きたいですよ……でも節約しないと」

「だからって就職するの? お金なら心配ないって言ってるのに!」

「もういいんです、ありがとうございます」

 それだけ告げて通帳を元の場所へと戻すと、僕はそのまま静かにリビングを後にした。

*

 それからというもの、天使はすっかりと大人しく──なるわけもなく、今日も元気に杖を振り回している。

「ちょっと! 手は“猫の手”って言ってるでしょ! また指切ったらどうするの、ちんちくりん!」

「……痛っ! いたたた! 痛いですってば、チコちゃん!」

 こうしてポカスカと頭を殴られながら料理をするのも、もう二週間程になる。当初はまともに包丁さえ扱えなかった僕も、今ではどうにか形になってきた。
 口が悪くて乱暴者な天使にも今ではだいぶ慣れてきた。とはいえ、やっぱり痛いものは痛い。

「ちゃんとしなさい! 今日は高坂さんと一緒にお弁当食べる日でしょ! あんたの血だらけのお弁当なんて誰も見たくないのよ!」

「ちゃんとします! ちゃんとしますから殴らないで下さい……!」

 天使の助言のおかげで、今では友達と呼べる程の関係になった高坂さん。僕の為に現れたという天使の言葉は嘘ではなかったらしい。
 それは何も高坂さんに関することだけではなく、こうして自炊するということを学べたのも天使のおかげだった。不思議なもので、自炊するようになってからというもの、随分と食べ物の好き嫌いが減ったように思う。
 
 とりわけて変化があったことといえば、高校卒業後の進路についてだった。それまで就職することしか考えていなかった僕に、天使は大学へ進学するようにとしつこく薦めた。
 久しくしていなかった受験勉強とやらも、最近では毎晩のように励んでいる。勿論、このまま大学に進学することを決めたわけではなかった。ただ、そんな選択肢が残されていてもいいのではないかと、そんな風に思えるようになったのだ。

 ──そんなある日の晩。
 いつものように深夜遅くまで受験勉強をしていた僕は、喉でも潤そうとリビングへと向かった。その途中、漏れ出る薄明かりに気付いた僕は、祖母の部屋の前でピタリと足を止めると室内を覗いてみた。

「……チコちゃん? こんなところで何してるんですか?」

 僕の声にゆっくりと振り返った天使は、部屋の真ん中に置かれたテーブルにちょこんと座りながら笑みを溢した。

「強く生きなさい、ちんちくりん」

「チコちゃん……?」

 何だかいつもと様子の違う天使を前に、妙な胸騒ぎを覚えた僕は部屋の中へと一歩足を踏み入れた──その時。静まり返った家の中で一本の電話の音が鳴り響いた。

 ────プルルルル────プルルルル

 嫌な予感がした僕はすぐさま受話器を取りに行くと、そこで告げられた言葉に耳を疑いながら自宅を飛び出した。

(ばあちゃん……、ばあちゃん……っ!)

 病院へと駆け付けると、そこには静かに横たわる祖母の姿があった。

 両親を早くに亡くした僕は、まだ小学校に上がる前から祖母との二人暮らしを始めた。そんな祖母はいわゆる肝っ玉ばあちゃんというやつで、まだ元気だった頃にはゲンコツをお見舞いされることも少なくはなかった。

『強く生きなさい』

 そんな祖母が口癖のようによく言っていたのを、今でも鮮明に覚えている。
 一年程前から寝たきり状態になってしまった祖母は、心臓こそ動いてはいたものの、最近では意識を取り戻すことさえなくなっていた。それでも、僕は回復することを信じて毎日のように病室に顔を出していた。
 それは今日も同じだった。たったの数時間程前に祖母の姿を見たばかりだというのに、今、目の前にいる祖母の姿は先程見た時とは随分と違って見える。

「ばあちゃん……っ!」
 
 
 痩せ細った祖母の身体にしがみつくと、僕はまだ温もりの残った肌を感じて涙を流した。

「北野マチコさん。午前一時四十六分、ご臨終です」

「裕也ゆうや……。ばあちゃんは苦しまずに逝けたそうだよ」

 そんな医者と叔父の声を聞きながら、僕はひたすら涙を流し続けた。

*

 それから四日程が過ぎた頃。お通夜と葬儀を終えた僕は、一人静かな家の中を彷徨い歩いていた。

「……チコちゃん? どこにいるんですか?」

 忙しさで気に留める暇もなかったとはいえ、ここ四日程天使の姿を全く見ていなかったのだ。一向に見つからないその姿に、怒ってしまったのだろうかと不安になる。
 確か最後に見かけたのは祖母の部屋だった。それを思い出した僕は、急いで祖母の部屋へと向かうと勢いよく扉を開いた。

「……チコちゃん!?」

 焦りと期待の混じった声音は誰も居ない部屋の中で虚しく響き渡り、ここにも天使は居なかったかとガックリと肩を落とす。
 そんな僕の目に留まったのは、テーブルの上にポツンと置かれた一冊のアルバム。あの時天使が見ていたものはこれだったのかと、僕はゆっくりとテーブルまで近付くと腰を下ろした。

「ばあちゃんのアルバムか……」

 そこには若かりし頃の祖父と祖母の姿があり、初めて目にするその写真を前に僕は涙を流した。
 最期はあんなに痩せ細ってしまった祖母だったけど、当然ながら昔はこんなに元気だった頃もあったのだ。そう思うと何故だか涙が止まらなかった。

 天使の“チコちゃん”とよく似た面差しの若い頃の祖母の姿。その写真を眺めながら、もう二度と天使に会うことはできないのだと静かに悟った。

「……ばあちゃん」

 パラリと捲めくったページにピタリと手を止めると、幸せそうに微笑んでいる祖母の姿をそっと指でなぞる。その瞬間、まるで走馬灯のように一気に蘇ってきた祖母と過ごしてきた十三年間という月日。
 決して優しいばかりではなかったものの、いつだってその言動には僕への愛情が詰まっていた。

「ばあちゃん……っ、ありがとう。大好きだよ……」

 最後にその姿を見かけたあの日。とても愛おしそうな表情を浮かべながら、テーブルに置かれた何かを眺めていた“天使のチコちゃん”。そんなチコちゃんの横顔を思い浮かべる。
 あの時見ていたものは、おそらくこの写真だったのだろう。そう思うと、堪らず声を詰まらせた僕は嗚咽した。

【ちんちくりんの裕也】

 そんなタイトルと共に大切そうに貼り付けられた一枚の写真。その写真に写っているのは、この家に引き取られたばかりの僕が祖母に抱かれて嬉しそうに笑っている姿。

 そのすぐ横には、とても小さな足跡がクッキリと残っていた。

─完─

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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