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沈花繚乱

56,592 字

幻想青春群像劇

"境内の木々は知っている。散ってもまた咲く、君たちの物語を。"

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第一章

択路登天 美奈子篇
例年通り、境内は桜吹雪に包まれていた。
美奈子は制服のまま、手水も使わず賽銭箱の前を素通りし、桜の根元にしゃがみこんだ。
「どっちか決めなきゃいけないの」
桜は答えない。ただ揺れている。
「東京に行くか、ここに残るか。……ねえ、聞いてる?」
「聞いてる」桜が言った。
「東京の大学を受験するか、地元に残るか、翔太の気持ちも、わからない。
ねえ、どっちが……」
「答えは持ってない」
「桜って、そういうの得意そうなのに」
「誰も今の私には、聞かない。もう、皆の興味は私にない」
そして、
「くるなら、満開より前にきて、もう今年は終る」
怒っているのだろうか。何故か、わからない。
「散ったあとの話は、他の子にでも聞いて、私の役目は、散るまで」
美奈子は何気なく隣の、まだ蕾も目立たない木を見た。
杏だとは、まだ知らない。
 
 
石段の脇、日陰になった一本の梅の前で、美奈子は膝を抱えて座り直した。花はとうに散って、葉ばかりが茂っている。
「梅は、もう終わってるんだね」
「終わった。それより、迷ってるんでしょう」
「彼と別れて東京に行くのが正解なのか、分かんない」
「正解とかは、あなたが決めることじゃない」
美奈子は顔を上げた。
「じゃあ誰が決めるの」
「時間。それか、周りの誰か」梅は淡々と続けた。
「春の花の代表は桜。みんなそう言う」
「違うの?」
「最初に咲くのは私だけど皆が褒めるのは桜」
「悔しいの?」
「別に」
「本当は?」
「悔しいです」
美奈子は笑った。
「でも、先に咲くと、先に終わる。だから分かることもある」
「何が?」
「終わってからじゃないと、分からないことがあるってこと」
「無責任じゃない、それ」
「無責任、で合ってる。でもわかってくれる人もいる」
美奈子は少し笑った。初めてだった、この境内に来て笑ったのは

裏手にまわると、桃の木が一本、誰にも手入れされないまま伸びていた。花はまばらで、参道からはほとんど見えない位置にある。
「こっちまで来る人、あんまりいないでしょ」
「いない」桃はあっさり認めた。「でもイイの、私が女王だから」
「誰も見てないのに?」
「だって二輪咲だから、さみしくないし、そして」
「誰も見てなくても、わかっている、だって春の美味しい果物は? ピンク色を日本語にすると?」
美奈子はしばらく黙って、桃を見上げていた。
「東京行っても、こっちに残っても……どっちも、誰かに認めてもらえる保証なんてないんだよね」桃が言う。
「保証なんて、最初からいらない、でも」
美奈子は俯いた。「背中を押してもらいたいだけ、ただ、それだけ」
「決めたのは、自分。でも失敗した時、せめて吐き出せたら――」
「美奈子が背負うには重すぎるね。でもほっといちゃだめ」
桃が続ける。
「皆、私を羨む。あなたは、また来年、自分の花を咲かせることができる」
桃は少し枝を揺らした。
「一年頑張っても、満開は一週間だけ」

風がやんだ。美奈子はポケットの中の、まだ出していない願書のことを考えた。
 帰り際、鳥居の手前で、美奈子はふと足を止めて振り返った。
四本の木はどれも、ただ立っていた。
——行けばいい、と桜は言わなかった。
——残ればいい、と梅も桃も言わなかった。
誰も答えを持っていなかった
美奈子は海を見て小さなため息をついた。
 

── 第1章 了 ──

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