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助手席の彼女と車中泊 ——境界のロードノベル(平成)—— 【白川郷編】

連載中(書きかけ)

戸鳴 おりさ(となりのおりさ)

2,182 字

青春ロードノベル、内省的ミステリー

"平成の残照に揺れる、青春と旅の境界線。"

ジャンル: 旅紀行 / ロードノベル / フィクション / ホラー / 恋愛 「――今度みんなで白川郷へドライブに行こう」 ふとした約束から始まった小旅行。看護短大に通う静香と尚子、そして飄々とした先輩が乗り込んだ小さなリーザ・チャチャは、手取川の山間を抜け、白川郷へと走り出す。 本音と建前に揺れながら、それぞれの胸に秘めた感情が鮮やかな景色の中で動き出す。あの小さな車で駆け抜けた、ひと夏の大冒険の記録。 (※本作は「北海道編」「金沢日常編(夏)」に続くシリーズ作品です)

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 私は静香。
 あの日、日付が変わる直前、家族への帰宅報告を終えて、受話器を降ろした。
 「よかった、ぎりぎり間に合った」

 私は、自分が寮の門限までに帰ることだけ考えて、親友がその後どうなるかを考えもしていなかった。切れ長の目をした私は、周囲から少しクールに見られがちだけれど、一つのことに集中して熱くなると、他が見えなくなってしまうことがある。

 自分のベッドの端に腰を下ろしていると、あの夜の夜風や、耳の奥に残る重低音の残響が、今でもまだ生々しく蘇ってくる。
 あの夜、ディスコで私たちは確かに新しい世界へ足を踏み入れた。あの先輩はいつだって飄々としながら私たちの中心にいた。
 「ねえ先輩、本当にそんな小さな車で遠出できたんですか?」
 「当たり前だろ。俺のリーザ・チャチャを舐めんなよ。それならさ、今度みんなでどこか出かけないか? もう1人、シバでも誘って4人で、例えば白川郷あたりまでドライブなんてどうだ?」
 あの時交わされた約束は、退屈な寮と学校の往復に明け暮れていた日常に、一筋の鮮やかな光を投げかけた。

 先輩は、夏休みの間に男二人で小さなリーザ・チャチャを走らせ、北海道を巡ってきたのだと笑って言った。パッチワークの丘、ジェットコースターのような一本道、羊蹄山の夕焼けの話のどれもが羨ましい出来事に聞こえた。また、その道中でヒッチハイクで乗せた、不思議な女性の話も、先輩は教えてくれた。
 「え、どんな人だったんですか?」
 「それがさ、時代遅れの白いワンピースを着ていて、肌が透けるように真っ白で……。なんだかこの世の者じゃないみたいだったんだよ。今でも時々、ふと近くに居るような気がしてならないんだ」
 冗談とも本気ともつかない調子で先輩が語ったその女性の話を聞いたとき、私はなぜか胸の奥がざわめくような違和感を覚えた。確かに先輩の心に鮮烈な足跡を残したその女性の存在を、先輩は今でも近くに居るような錯覚に囚われていると言ったから。

 楽しかったディスコの時間は終わり、私たちは未成年ゆえに早めの退店を余儀なくされた。その帰り道、「キャンパスの中を通って帰ろうぜ。夜の校舎裏なんて、ちょっとした肝試しにもなるし、話しながら歩くにはちょうどいいだろ」という先輩の提案で、私たちは深夜の金大キャンパスを歩いていた。
 ――だが、その静かな夜道で、思わぬ騒動が起きたのだ。
 深夜の金大キャンパスで泥酔して泣き出した京子先輩をシバさんがあやし、私と尚子がただ怯えるだけだったのに、彼は冷静に対処していた。
 「おい静香、お前がハンドルを握れ。俺たちは旭町に帰るぞ」
 私に先輩がリーザ・チャチャの運転を指示して、私達は、先輩のアパートの駐車場まで戻ってきた。私達の女子寮は先輩のアパートは隣。でも、泥酔した京子先輩が寮生ではないため、寮には連れて入ることができないと分かった時も、彼は冷静に、小さなリーザ・チャチャに彼女を寝かせ、明日、自宅に送っていくと計画を立てていた。先輩に任せれば心配はないと思ったから、私は門限が迫っていたので、尚子を残して、寮に帰ってきてしまった。

 その翌日、尚子はもじもじしながら寮へ戻ってきた。彼女からこっそり聞いた話は、想像を遥かに超えるものだった。
 「私ね、先輩を見張るって言って、あの車に残ったの……!」
 尚子がそう打ち明けたとき、私は内心で驚き、そして激しい焦燥に駆られたのだ。先輩と、あのまま二人きりになってしまっていて本当に大丈夫だったのかと。あの子はいつもどこか抜けていて、自分の危うさに無頓着だ。本当にただ「見張る」だけで済んだのだろうか。それとも、あの優しそうな先輩に流されて――。
 心配で、二人きりにさせたのは失敗だったと本気で後悔した。だけど心のどこかでは、尚子のその無謀な真っ直ぐさが少し羨ましくもあった。
 「……ねえ、本当はどうだったのよ?」
 私が問い詰めたとき、顛末を説明する彼女の顔には、戸惑いと、気恥ずかしさが滲んでいて、私はそれを見ただけで心臓が跳ね上がるのを感じた。詳しいことこそ語らなかったけれど、ふたりの間にどんな空気が流れたのかは、彼女の潤んだ瞳を見るだけで充分に伝わってきた。

 ――明日になれば、いよいよ小さなリーザ・チャチャに乗り込んで、4人で白川郷へ行く。
 白山スーパー林道を抜け、新しい景色へ向かう車内で、私はどんな顔をして先輩や尚子と話をすればいいのだろう。複雑に揺れる胸を抱えながら、私はそっと窓の外の暗闇に目を向けた。あの日の続きがどう形を変えていくのかを探るように、窓の外の先輩のアパートの玄関灯を見つめた。

 先輩によると、思い出というものは勝手なもので、年月が経つと都合の良い輪郭だけを残して記憶が溶けていってしまうそうです。でも、ふとした拍子に、濁った水底から片鱗が浮かび上がるように、どうでもいい出来事のディテールが色鮮やかに蘇ることがあるんだって。

 リーザ・チャチャで、自分たちの本音と建て前に挟まりながら、白山スーパー林道を通って白川郷へ、そして金沢の街に戻って来た。先輩にはいつも不可思議な気配があった。それでもこの旅は私たちにとっては大冒険だった――あの小さな青い車で白川郷へ旅した記録を聞いてください。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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