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凡才

こうよう

1,105 字

心理描写、内省、現代文学

"鏡に映る「私」は、凡庸な勝利の虚無を嘲笑う。"

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 怒り、妬み、悲しみ、──それ等は時に涙として表出されて行った。
 私はふと目の前の「私」にその感情をぶつけたくなった。しかし「私」は無表情に、私をぼんやり眺めている。その目に光はない。人形の如く、私を見つめている。鏡の向うの世界は、自分の生きている世界と、殆ど同じである。やはり「私」は二頭身のキャラクターが全面にあしらわれた、緑色のいつものパジャマ姿をしているし、その後ろの白い扉には小さな四角い曇硝子がはめこまれている。
 私は「私」に対するどうしようもない劣等感を──いや、それは彼に対する羨望なのかも知れない。勿論私と彼とは違う。が、少なくともこの鏡に映る私よりも、彼は私に似ていた。私に──それは見た目ではなく、内面の問題だった。鏡に映る私には、私の持つこの活き活きとした人間味がなかった。少なくともこの複雑な感情を持っているようには見えなかった。唯その外面だけを真似ているような──外面だけは全く同じと言える。私が右手を上げれば、「私」も同じように上げる。にっと笑えば、向こうの私も、にっと笑う。その事実に変わりはない。
 洗面所の白い光は、私と「私」とを照らし出している。世界を分かつ鏡の角の部分の白い反射は、その境界を嫌でも意識させる。鏡の中の「私」と私とは、決して交わることはない。
 私はそっと鏡に手のひらを押し当てた。自然鏡の中の私も手を合わせた。そうして手のひらからほんのり温かさを感じて──感じるはずのない温かさに私は驚いた。それは私の頭が起させた錯覚かも知れなかった。しかし鏡の向うの「私」は特に驚きもせず、突立ってこちらをにやにや笑い見ているではないか! その時突然風呂場の曇った硝子戸が開いて、温かく湿った空気がもんわり流れこんで来た。忽ち鏡は曇って何も見えなくなった。
 いつも学校で他人にちやほやされていた彼は、私と一しょに出場した大会で最優秀賞をとった彼は、或日の午後、ビルの屋上から飛び降りて死んだ。或はいつか彼は病気で死んでいた。彼は密かに死病を患っていた。
 一度も勝てない私に、二度と勝てなくなった私に、一体何の価値があるのだろうか? そっと鏡の向うの「私」に問いかけた。勿論「私」は何も答えない。唯嫌な笑みを浮べているばかり(?)である。
 世間では私のような人間を勝者と呼ぶ。唯努力だけを続け切った、凡庸なる人間を勝者と呼んで賞賛する。事実私は彼のいなくなった大会で最優秀賞を獲った。「私は勝ったんだ!」──ため息が出た。目の前の「私」も又同じように……
 外からからすの声が聞こえて来た。気づけば夕暮らしい。
 今日はもう飯を食って寝よう。さようなら、私。

── 了 ──

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