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今日は封印してたあの人について語ろう。佐野元春が俺に与えた莫大な影響について。

コーン・フィールド【iybi,hwc】

5,374 字

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長年敬愛するMr.モト。
こと佐野元春さんについて好き勝手に書きますです。

もう本当に独断と偏見に基づいて書きます!
ですのでファンの方がですね、もし不愉快な思いをされたら、
ご一報ください!速攻で謝ります、ゴメンナサイ!って謝ります。

もう書く事ありすぎなんで、2回に分けて書きますね。

で、ですね、詳しく語るまえにですね、
プロローグをお送りしたいのですが、

結婚式であれば、
写真スライド仕立てで最初に流れるやつです。

新郎ナントカさんは昭和何とか年何月何日に生まれ……
的なあれ(笑)

とはいえね、私の生年月日なんか誰も聞きたくないでしょうから
そこは泣く泣く(全然泣いてはいないが)自重してですね。

彼がどれだけ、直接的、間接的にね、そして結果的にね、
私の人生に影響を与えてきたのか?
デッカイものから、まずは簡単に振り返ります。

①
モトが「サムデイ」後に渡米したの見た私。
「モトやっぱカッケー!」てことで、
その2年後アメリカの大学に進学。

②
モトのTVデビューが、当時のテレビ神奈川だったことで、
帰国後テレビ神奈川でディレクターになっちゃう。
で、10年。

③
サウンドストリートの熱心なリスナーだったことを思い出し、
NHKのディレクターに転身しちゃう。
以後フリーとしてアッチャコッチャ。

てな感じで、ほぼ人生の大半を佐野元春氏の後を、
ちょこちょこ追いかけてきたミーハー人生だったわけです。

少しでも近づきたい!
というキモいパッションを発揮しつつですね、
ここまでやったにも関わらずですよ、
実は、お会いしたことは一度もなしです。
スゴイ!

まぁ、会えそうな機会は何度かあったんですが、
もう、恐れ多くてね、
どんな顔してお会いしていいか分からんし。

お会いしたら何口走っちゃうのか、
怖くて、恐ろしくて……。

そんなこんなでね、もう還暦。
もう一生お会いできませんよ。
い
いんす、それで(笑)
陰でずっと見守る「日陰者のジジイ」でやんすよ。

あと会えそうで会えなかったのがですね、
野茂英雄さんですね。

蕎麦屋の引き戸開けたら、
いきなりいらして…。

そのまま引き戸をすっと閉めてですね、
一目散に逃げましたよ。

だって、蕎麦食べてらっしゃる野茂さんをね、
ズーーーとね、

見ちゃうの分かりきってたんでね、
ちらほらとはいえね。
「なんだあいつ失礼なやつだな」

とかさ、野茂さんに万が一にでもね、
思われたらさ、
いやー、耐えられないですからねぇ。

とは言えね、とは言え、
という気持ちはあります、
正直に言えばね。

ですから皆さんもですね、憧れの方に会う機会があればね、
迷わずお会いしとくことをお勧めしますよ。
タイミング逃すともうダメですから、ホント。

ということでですね、次回はですね。
「常に革新的であった佐野元春の音楽を陳腐化させたのは、
 常に佐野元春である」の法則。
「 2026年時点では70歳の佐野元春が佐野元春史上一番かっこいい」
「佐野元春はいつでも今が一番かっこいい」の法則。

この2つの法則についてお話しするよー。
ではでは。

さてさて、佐野さんの二回目です!
俺は、今年6月くらい?「mixi」(懐かしー)以来、
四半世紀弱ぶりくらい?にSNSに復帰しました。
この「note」にね。

まぁ「mixi」に書かなくなってからもさ、
仕事のネタ探しや連絡手段として、色々なSNS登録してました。
というかしています。
そうね、よく知られる有名なSNSほぼ全部。

でその「note」最初の記事が佐野さんの「永遠のコメディ」
だったわけですよ。

これは特に楽曲がどうのこうのって話ではなかったんだけど、
いやー佐野さん怒ってんなーとは思っていてさ。
そう最近の佐野さんは怒ってます。
の話をしよう。

でね、ちょっと佐野さんの歴史を俺なりに、
俺なりに振り返ってみたいと思うよ。
ではでは。

佐野さんのデビューは1980年だ。
一部の音楽ファンの間ではデビューと同時に注目され、
当時大流行していた「少年チャンピオン」連載の
漫画「マカロニほうれん荘」にも、
デビュー曲「アンジェリーナ」の一節が登場するなど、
知る人ぞ知る存在だった、俺もこれは覚えてます。
でも俺の記憶では、この後きんどーさんが佐野さんを
褒めるシーンもあったような気もしてるんですが……。
もはや記憶の彼方です。

でもね残念ながら、当初は一般的なファンからの大きな支持を
得ることはできなくて。
結局、1stアルバム、2ndアルバムでは思うような
セールスは上げられなかったよね。

しかし、1982年にリリースした3rdアルバム「SOMEDAY」で、
楽曲的にも初期の一つの到達点に達して、
売り上げもオリコン4位を記録。
ようやく全国の音楽ファンにその名を知られるようになったのは、
この頃からでした。

しかししかし、せっかく成功しかけたその直後、
単身渡米しちゃうのが、佐野さんの佐野さんらしいとこだよね。
が、しかし渡米前後にリリースされたベストアルバム
「No Damage」が大ヒット。
一躍若手注目株NO1のポップミュージシャンとして認められ、
現在に至ります。

ここ重要よ「現在に至る」不動の地位を築くこととなった。

そう考えると、今考えても「SOMEDAY」「No Damage」のヒットは、
ミュージシャン佐野元春にとって、語らずには通れない、
とてもエポックな出来事だったと言えるよね。

良くも悪くもアレがなければ、その後の好き勝手もなかった、
かもしれない、と今では思うよ。

そして1年後、帰国直後に佐野さんがリリースした問題作が、
これまでの音楽スタイルを全く否定したかのような、
当時としては極めて斬新なサウンドを纏った「VISITORS」です。

当時、サムデイ的メロディを継承した楽曲を待ち望んでいた
ファンや批評家からは大ブーイングを受け、
「裏切り者」扱いまでされる有様で、
現在でもそのように振り返り語られることが多いです。

でもね、あまり語られてないけど実際は、
デビューからの熱心なファンは、意外と普通にその変身ぶりを、
受け入れていてさ。

喜んで「VISITORS」を聴いていた印象しかない、正直言って。

騒いでいる周囲の連中は「SOMEDAY」「No Damage」でついた、
新たなファンで、それ以前からのファンには、
特に大きな驚きはなかったように思うよ。

少なくとも俺はそうだった。
「やっぱモトカッケー!クーッ!!」だったよ。

そう言うことをしかねない男である、
と言うことを、何となくわかっていたファンが多かった気がするな。

でもね、今思えば、とっとと渡米したのも、
サムデイを継承した曲を作る気なんぞ、ハナからなかったんじゃね。
疑惑を感じてます。

ましてデビューからサムデイに至るまでの
集大成とも言える「No Damage」リリースしてーの、
とっとこハム太郎は、ますます疑惑は深まるばかりなんですね。

で、その後ツアーをこなすと、
案の定これまたとっとと、渡英しちゃう。
名盤「VISITORS」は継承されず、なんだかんだで
この一作コッキリ(笑)
ここから佐野さんの音楽的カメレオン人生が始まるわけだね。

だから、大ヒット曲のスタイルを作っても絶対にそこに安住しない。
そこで法則その1だね「常に革新的であった佐野元春の音楽を
陳腐化させたのは、常に佐野元春である」
大ヒットさせる、フォロワーが生まれる
(この頃で言えばデビュー当時の吉川晃司さん)
でも当の本人がスタコラサッサだから、
それ以上ブームは大きくは育たん(笑)

でもね、だからこそ俺は佐野元春に絶対の信頼を置いている。
ユーミンさんも桑田さんも、私の敬愛する清志郎氏でさえもできなかった。
あるいは、やらなかった。
大衆に支持されてた自分を拡大再生産した、
ビジネスとしての音楽から抜け出すこと。
(まぁ清志郎氏に関しては、活動スタイルではなく、
 音楽スタイルと言う意味では、です)

もちろん安住しないイコール良いこと、安住すること悪いこと、
なんて言ってない。
本人が自分が作り上げた音楽スタイルを続けることに、
納得してれば何の問題もない。
ある意味ファンとの約束を果たしてるわけだから、
むしろ素晴らしいことですよ。
我々わがままな主人を持った、佐野元春ファンには決して味わえないね、
それはそれで贅沢だと思うわけです。

でも、そんなこと気にしないのが佐野さんだ、
あんなに穏やかで良い人に見えるけど、
ある意味恐ろしくわがままな男、それが佐野元春だ、
と俺は思ってる。

そしてもう一つ、 佐野元春は決して止まらない、常に変化する。
なのに言う事は馬鹿みたいに変わらない(笑)

「本当の真実(スターダストキッズ)」
「瓦礫の中のゴールデンリング(ロックンロールナイト)」
愛とは?自由とは?真実とは?イノセントとは?
本当に正しいとは何なのか?

彼が伝えたいことはいつも変わらない、そして彼は考え続ける。
そしてその時々の思いを、どんな音楽の舟に乗せて運ぶのか……。
その時々で最もリスナーに届くと彼が信じる、
さまざまな音楽スタイルでメッセージを届け続けてきた佐野元春。
信頼に値する表現者であり、尊敬に値する人物。
それが俺の佐野元春の評価なんだよね。

ユーミンさんみたいな人も、桑田さんみたいな人も、
清志郎氏みたいな人でさえいる。
でも佐野元春みたいな人はあまりいない。

で、その後の経緯についてだけどさ。
若い頃の熱い熱は、その熱が本物でさらに本質を変えなければ、
年齢とともに冷めて硬い硬い鋼になるよね。
彼の変化は、そう言う変化だと俺は思っていてね。
あのね、まぁ同じ話でもありちょっと違う話でもあるのだが。

彼には「つまらない大人にはなりたくない」
を封印していた時期があって、
それは「僕は大人になった」なんて言い出した時期と重なってる。

その少し前には「シェイム」とか結構ストレートに
怒ってる時期があって、
(とはいえ佐野さんだからソフィスティケイティドされた怒りだけど)

やがて「ガラスのジェネレーション」を再び歌い出すようになって、
更に50歳の声を聴く頃から、怒りのありようが大きく変わってきたと、
私は感じていて。

それは私的には、村上春樹のデタッチメントから、
アタッチメントへの変化と相似性があると思っていて。

相変わらず静かな怒りなんだけど、デタッチメントっぽい怒りから
アタッチメントっぽい怒りに変わったというか(笑)

「優しい闇」とか「野蛮な闇に満ちていく」とか、
今ある政治権力に、直接異議申し立てするメッセージが
目立つようになってくる。

「あれから何もかも変わってしまった」
「人はあまりに傲慢だ、残酷だ、帰り道を無くしているのも知らずに」
「夢は破れて、全てが変わってしまった」
「君が夢に見てた温もりは、他の誰かのためのおとぎ話だった」
「真実を知るたびに生まれた意味を探るたびに何か 少しずつ失くしてゆく(読売新聞の依頼でこれ書くって笑)」
「これ以上待っていても無駄だろう」

以前だったら決して書かないであろう怒りのワードが、
どんどん増えてきたよ。

「永遠のコメディ」「シグナル」(笑)
かつて、どこか外から見てた怒りが、変質してきて、
最近の佐野元春はみんなに言ってる
「もうさすがに怒ろう!怒らなきゃ本当にやばいとこまで来てる」ってね。
俺はそう見てるんだよね。

佐野元春は馬鹿みたく変わらない(笑)
ただ、誰に向かって何を打ってるのか?
少しだけ変わったかもしれない。

これは俺の印象だけど、佐野元春は昔から
「自分より少し下の世代」に向けて歌ってた印象があった。
今は少し変わったと俺は思っていて、
一つは同年代に対して歌っている。
そして、少しずつ変わってきたと思われる対象がもう一つ。
これは俺の勝手な想像なので、ほぼほぼノーエビデンスの話として
聴いてもらって良いんだけどね。

かつて40年ほど前にブルーハーツは歌いました
「見えない自由が欲しくて、見えない銃を打ちまくる」
では年老いた表現者は誰に何を打つのか?

そうなんです。
佐野元春はいいます、世の中なんてコメディだ。
それでも一発だけ撃っておく。
誰に?若い世代に。

俺たちは勝てなかった、でも負けなかった。
思いは叶わなかった、でも黙らなかった。

そこを見てほしい、我々に続くであろう人たちに。

そして続いていく「永遠のコメディ」
でも諦めるな!「シグナル」を発信し続けろ!って話。

まぁね、老いてますます盛んな佐野さんなのさ。

だからね二番目の法則。
「佐野元春はいつでも今が一番かっこいい」の法則。
「2026年時点では70歳の佐野元春が佐野元春史上一番かっこいい」(笑)
これも稀有だと思いますよ。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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