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十四を数える

奥井晴弥

21,115 字

政治哲学ファンタジー

"「指の数」が世界を分かつ。効率と美学、割り切れない均衡を巡る三世代の物語。"

目次(13 章・いまは第 1 章)
  1. プロローグ
  2. 第一章 十二の革命
  3. 第二章 十四の抑圧
  4. 第三章 十二個入りの瓶詰め
  5. 第四章 七拍子の会議
  6. 第五章 正直な男
  7. 第六章 二つの顔
  8. 第七章 抜擢
  9. 第八章 変質
  10. 第九章 失言
  11. 第十章 成長
  12. 第十一章 孤立
  13. 第十二章 (終章)両の手
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プロローグ

御前会議の席上、十二歳となった皇太子フリードリヒは地方長官の報告を最後まで聞いてから口を開いた。
「オットー、なぜ裁きと統治を切り分けてはいけないのだ」
「この者は、土地を知らずに領民を裁くことはできないと言う。だが土地を知っていることと罪を裁くことは、別ではないのか」
臣下たちの間にかすかな動きがあった。頷きではない。
だが否定でもなかった。
そして、その視線は一斉にオットーに向けられた。

オットーは卓の下で右手を握った。七本の指が順に掌へ折れていく。考えるときの癖だった。
一拍だけ息を止め、口を開いた。
「殿下。仰ることは道理にございます」
それだけを言った。肯定でも否定でもない。皇太子の聡明さを認めつつ、自分の立場を明かさない。
「そうだろう。私にはわからぬ。なぜ皆、このように割り切れぬことを好むのだ」
フリードリヒは呆れたようにそう言った。
「それは世の習いゆえ、にございます」
オットーはこの少年に何度も繰り返した言葉を反射的に返し、その問いをひととき封じ込めた。

帰りの馬車の中、オットーは気づいた。
あの一拍の間に、自分が探していたのは十二進法の言葉ではなかった。十四進法の言葉だった。
クレメンスならどう返すか。それを探していた。
オットーは自分の手を見た。右の七本、左の七本。この十四本の指で国を治めてきた。

翌朝、オットーは馬車を出させた。行き先を告げたとき、御者は何も言わなかった。
この道を知っていた。十二年前にも走った道だ。
半日の道のりをオットーは眠らずに過ごした。
首都の近郊は十二進法で区画された農地が整然と並んでいる。
この退屈な風景を、一身を賭して作ってきた。
それが次第に崩れ、景色には古い様式が混じり始める。
十四進法の時代が残っている土地。
境界線が曖昧で、畑と林の間に誰のものでもない草地がある。
非効率で、そして、美しい。
クレメンスの屋敷は、ちょうどその境目にあった。
十二進法の風景と十四進法の風景の間。あの男のことだ。意図しなかったはずがない。

門は開いていた。十二年前もそうだった。鍵をかけないのか、とあの時も思った。
庭は手を入れていなかった。いや、手を入れないという手の入れ方をしていた。
蔦は壁を覆い、庭木は剪定を免れて自由に伸びている。ただ、調和している。
何も決めていないのに、何かが保たれている。
この上ない、十四進法の庭だった。

老人は庭の椅子に座っていた。膝の上に本があった。読んでいたのではない。
本を膝に置くという形式を維持していた。
その体躯は小さかった。だがオットーは、権力の頂点にいたクレメンスを知っている。
この小ささもまた、「小さな老人」を演じているのに違いない。

「生きていたか」
クレメンスは振り向くことなく言った。
「あなたこそ」
「私は生きているのではない。死に損なっているだけだ」
冗談とも本音ともつかない言い方だった。この男はいつもそうだ。境界を引かせない。十四進法の流儀だった。
オットーはクレメンスの向かいの椅子を引き、腰を下ろした。招かれてはいない。だが拒まれてもいない。

「皇太子殿下の御前会議に出ました」
オットーは自分の声が、思ったより静かなことに気づいた。
「殿下は、なぜ皆は割り切れぬことを好むのだ、と仰いました」
その言葉を口にしたとき、オットーは御前会議の席で感じたものが蘇るのを感じた。
「好む、と。あの方にとって十四の世界は、理解できない古い趣味なのです。本当にわからないのです」
クレメンスは茶を啜り、静かにカップを置いた。
「そうか。それで、お前は何が言いたいのだ」
「あなたは、あの時、本当に十四進法の世界を守ろうとしていたのですか」
言ってしまった、とオットーは思った。十二年分の問いだった。あるいは三十年分の。

「……買いかぶりすぎだ」
「私はただ、十二に割られる醜い世界を見たくなかった。それだけだ」
クレメンスはそう言うと、老いて節くれだった七本の指を広げ、鼻と顎をさすった。
オットーが期待した答えではなかった。期待した答えなどなかった。
だが、この老人が今、割り切れる答えを渡さなかったことはわかった。
渡せなかったのではない。渡さなかった。

オットーは立ち上がった。
聞きたいことは聞けない。それが答えだ。
門を出るとき、背後でクレメンスの声がした。
「オットーよ」
振り返った。老人はまだ椅子に座っていた。
「お前は昔から、考えすぎる」
それが最後の言葉だった。

── 第1章 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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