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橋本駅2077、本日も平常運転。

三嶋 辰吉

3,563 字

2077年、橋本駅。かつて人間であふれた通勤電車は、いまやロボットたちの通勤手段となっていた。八脚の巨大な蜘蛛型は都庁の建て直しへ、旧式のドローンはいつものように充電をねだり、食材運搬型は新横浜のカレーフェスティバルへ向かう。彼女が一本遅い電車を選ぶのは、気になる清掃型のお兄さんに会うためだ。やさしいお兄さんも、職場では高性能な監督型の理不尽な要求に腹を立てる。仕事には苦労も事故もある。それでも帰りの車内は、愚痴と笑いと淡い恋でいっぱいだ。夜景を眺めて明日の残業を楽しみにする蜘蛛型。寄り添って帰る二機。一方、駅を見下ろすマンションでは、何不自由なく暮らす男が、出かけようとした上着をそっと戻す。男はただ、輝く満員電車を眺めてつぶやく。便利さの果てに、人間らしい日常を送っているのは誰なのか。そんな問いを、2077年の何でもない一日が浮かび上がらせる。

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橋本駅2077、本日も平常運転。
「やあ、おはよう。八脚だと積載してもらうのも大変だね」
 橋本駅のホームで、タンク型が蜘蛛型に声をかけた。
「いや、いつものことさ。重量物は脚がいっぱいないと仕事にならないからね」
「今日はどこだい?」
 キャタピラを鳴らしながら、タンク型は二両目に乗り込んだ。
「新宿まで行くのさ。都庁の立て直し現場なんだ。楽しみだね。最近は新横浜で車両が自動で分かれるから、乗り換えなくていいんだ。時速360キロの低速運転でも15分で着くけど、やっぱり電車は楽しいからね」
 蜘蛛型は楽しそうにLEDインジケーターを光らせた。後ろから人型たちが話しかけた。
「君も都庁かい? それなら、駅から背中に載せてくれないか。僕らは電池の容量が少ないから、載せてくれるとありがたいんだよ」
「ああ、良いよ。3ユニットくらい余裕さ。だいぶん汚れてるけど、前の現場からそのまま移動かい?」
「八王子からそのままさ。最近は住宅の取り壊しが多くてね。狭い住宅地での細かい仕事は、多脚君たちより僕らの方が向いていることが多いのさ。おかげで大忙しだよ」
 旧型のドローン爺さんが乗り込んできた。
「ピッ、ピポポン」
「やあ、お爺さん。また調子が悪いのかい?」
 蜘蛛型の上に着陸したドローン爺さんは電車の充電ケーブルに接続肢を伸ばした。インジケーターが赤に変わる。
「いい加減、電源ユニット変えてもらいなよ。全く頑固なんだから」
「ピピッ!」
「わかったって。そんなに怒るなよ」
 蜘蛛型の周りのロボットたちは一斉にLEDを光らせながら笑った。ドローン爺さんは不貞腐れている。まぁ、いつものことだ。橋本駅は停車時間が長い。車内はあっという間に隙間もないほどギュウギュウになった。
 新横浜では列車が前後に切り離され、それぞれ別の目的地へ向かう。京王の新横浜連絡線が開通してから、蜘蛛型たちの乗る前方の編成は、そのまま新宿まで直通だ。数年前までは品川で降りて乗り換えていたが、便利になったものだ。蜘蛛型は外の景色を眺めた。今日の仕事が夜まであれば、夜の電車で戻れる。蜘蛛型は夜の景色のほうがどちらかと言うと好きだった。

「おはよう。今日は随分と荷物が多いね」
 話しかけられた食材運搬型は振り向いた。汎用清掃型のお兄さんは今日もこの車両だ。橋本駅には少し早く着いたが、わざと一つ電車を遅らせた。彼はいつも気にかけてくれる。食材運搬型はこの電車の時間が1日の中で最も大切な時間だった。
「今日、新横浜駅でカレーフェスティバルがあるんです。海軍カレーからタイのグリーンカレーなんかまで、私たちのチームだけで8種類も作るんですよ! 調理型さんがとってもこだわる方で、スパイスだけでも満載なんです。新横浜で渡したら、また食材を取りに橋本までトンボ帰りなんです」
「凄いよ。裏方さんあってこそだよね。ぼくもフェスティバル会場の清掃さ。一緒に会場まで行くかい?」
 汎用清掃型のお兄さんはインターフェースの顔でとっても良い笑顔を投げかけた。食材運搬型は、いつもより少しだけ新横浜での仕事が楽しみになった。
 新横浜駅で降りて、一緒に会場に向かった。秋の陽射しを照度センサーと温度センサーが検知し、下部の冷蔵ユニットが自動的に冷却出力を上げた。今日は10月も終わりというのにだいぶん暖かい。お兄さんはもっと早く歩けるはずなのに、食材運搬型の歩みに合わせてくれた。もっとこんな時間が続いたら良いのに……
 会場ではテントが設営中だった。会場設営型さん達がテキパキとテントを立てていく。凄いスピードだ。調理型の先輩が四本の腕を使って鍋などの調理器具を設備搬送型さんの背中から下ろしていた。
「あらあら、なんだかデートみたいね」
 調理型の先輩は汎用清掃型のお兄さんと一緒に歩く食材運搬型を冷やかした。
「もう、先輩、やめてくださいよ。たまたま方向が一緒だったんですって。あ、スパイス、良いのがありましたよ。予算内にちゃんと収まるように、倉庫のピックアップ型さんが手伝ってくれたんです。上部ユニットにはスパイス類、下部の冷蔵ユニットには食材を積んできました」
「ありがと。やっぱりスパイスが決め手よね。さあ! 腕を振るわなきゃ!」
 四本の腕でグッとポーズを決めて先輩はまた調理器具を運んだ。

 その後、会場の反対側では、汎用清掃型がせっせと床を磨いていた。
「おい! 何やってんだよ、新入り、そこの床、まだ汚れてんぞ」
 汎用清掃型は通りかかった清掃監督型さんから怒られた。
「え? そこ、さっき清掃しましたよ」
「だから何なんだよ。客が通ったら汚れるだろうが、センサー古いやつなら積み直してもらえよ。俺のセンサー上じゃそこは汚れてんだよ」
 清掃監督型さんなら、そりゃ良いセンサーも積んでるだろう。自分にはそれほどの価値もないし、予算をかけてもらえる余地もない。そんなの分かってるだろうに。嫌なヤツだ。そのための清掃監督型さんじゃないのか。
「監督さん、勘弁してくださいよ。俺ら精細センサーないんすよ。一機あたりの担当範囲も広いですし、基準値ゆるくならんですか? 監督さんのおっしゃる基準値なら、二機は必要ですよ。その基準値と今の配置数、管理部門にそのままログ送ってもらって構いませんよ」
 清掃監督型さんはインジケーターを早く点滅させながら苛立ちを見せた。
「仕方ねえなぁ。とにかく、ちゃんとやれよ。俺も管理部門から目ぇつけられたくねえからよ。俺はちゃんと指導したぞ! ログ残しとけよ!」
 汎用清掃型は監督型さんに箒を投げつけてやろうかと思ったが、倫理思考回路が即座に却下した。そりゃそうだ。それよりも、今朝の食材運搬型ちゃんを思い出した。あの娘はトンボ帰りして、また食材を詰め込んだあと、こっちに戻ってくるのだろうか。視線の先に割り箸が一本落ちている。汎用清掃型はそちらに足を向けた。

 フェスティバルは予定通り終了した。警備型さん達は大変だったらしい。ビールをかけられたり、蹴飛ばされたり、新横浜から橋本駅に帰る車内では、警備型さん達の苦労話に花が咲いた。
「たまんねえよ。俺らの仲間もさ、水分には強めに作られてるんだけど、仲間の一機は前の事故でカバーが開いててさ、ショートして工場よ。ああいうイベントは予期せぬ色々があって面白いけど、さすがに仲間が工場送りは勘弁してほしいわ」
 新宿発、新横浜・橋本経由、八王子行きの京王線の車内は隙間なくギッチリとロボット達が積まれていた。みんな、インジケーターをピカピカさせながら笑っている。
 夜の仕事を終えた蜘蛛型は、凄まじい速さで流れる車窓の景色を眺めていた。やはり、夜の電車は良い。明日も遅くまで仕事があれば良いと蜘蛛型は思った。
 汎用清掃型は、今日だけで橋本と新横浜を三往復した食材運搬型の横に寄り添っていた。たまたま新横浜から帰る道すがらに、食材運搬型を見つけた汎用清掃型は今日の理不尽なやりとりを一瞬で忘れ、声をかけた。短い帰り道も、演算速度を上げれば、永遠のように長い時間になる。
 満員電車は今日も彼らを運んでいく。

 夜の橋本駅に、列車が滑り込んできた。車内では、たくさんのLEDインジケーターが楽しそうに点滅している。ホームに降りたロボットたちが、駅の出口へぞろぞろと歩いていった。
 橋本駅を見下ろすマンションの一室で、男はソファに寝転んだまま、ぼんやりとそれを眺めていた。
 音もなくマンションの下に無人タクシーが停まった。行き先を言えば、勝手にどこへでも運んでくれる。男も運転なんかとうの昔にやめた。誰かがどこかへ行くらしい。
 今日の予定は特にない。昨日もそうだった。たぶん明日もそうだろう。今日は新横浜駅の近くでカレーフェスティバルなるものがあったらしいが、五十年以上前から変わらないカレーフェスティバルなんぞ、もう行く気もなかった。
 部屋の奥で自動調理機が夕食の準備を終え、短い電子音を鳴らした。男は「あとでいい」とだけ答えた。
 窓の下では、先ほどの無人タクシーが誰かを乗せて走り去っていった。
 男はソファから起き上がり、玄関へ向かった。外出用の上着を手に取り、片方の袖に腕を通した。そのまましばらく立っていたが、結局、もう片方の袖に腕を通すことなく、上着をハンガーに戻した。
 再びソファに腰を下ろし、橋本駅へ目を向けた。次の列車がホームに入ってきた。窓の中では、楽しそうにLEDを点滅させるロボットたちがぎっしりと乗っていた。

「ああ、電車なんか何年乗ってないんだろうな」

 橋本駅のホームには、ロボットたちの光が洪水のように流れていた。

── 了 ──

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