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勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した日

シャボン

4,582 字

メタ構造を用いた救済のファンタジー

"絶望を知る者だけが、最高の結末を書き換えることができる。"

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勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した日

勇者レオンがその男を仲間に入れると言い出した時、パーティ全員が反対した。

「駄目です」

僧侶ミリアは即答した。

「絶対に駄目です。職業欄を見ましたか? 小説家ですよ。しかもただの小説家ではありません。“バッドエンド専門”です」

「専門って響きは格好いいだろ」

「縁起が悪いんです」

魔法使いのリゼも、杖を抱えながらこくこくと頷いた。

「この人の代表作、知ってます? 『勇者、仲間全員に看取られず孤独死』ですよ」

「名作だ」

「勇者本人の前で言うタイトルじゃないんですよ」

当の小説家は、宿屋の隅で所在なさげに座っていた。

名をノクトという。

黒い外套に、寝不足の目。指先にはインクの染み。腰に剣もなければ、魔導書もない。あるのは分厚い手帳と、羽根ペンと、どう見ても冒険に向いていない細い身体だけだった。

彼はぼそりと言った。

「……ちなみに続編では、勇者の死後、仲間たちが彼の遺志を継いで魔王を倒します」

「続編で倒すな。今倒せ」

戦士ガルドが頭を抱えた。

だが、勇者レオンだけは笑っていた。

「いいじゃないか。俺たちには必要だと思うんだ」

「どこがですか」

「この人は、最悪の結末を誰よりも考えられる」

その言葉に、ノクトの視線がわずかに上がった。

「俺たちは勝つために旅をしている。けど、勝つことばかり考えていると、負け方を見落とす。だから必要なんだ。どうやったら俺たちが死ぬかを、誰よりも嫌なほど考えられる人が」

宿屋の空気が少しだけ止まった。

レオンは、何でもないことのように続ける。

「ノクトさん。俺たちの旅を書いてくれ。できれば、最悪の結末を先に」

ノクトはしばらく黙っていた。

それから、手帳を開いた。

「……構いません。ただし、私はハッピーエンドを書けません」

「じゃあ俺たちが変える」

レオンは笑った。

「あなたが書いたバッドエンドを、全部」

こうして勇者パーティに、バッドエンド小説家が加入した。

翌日。

ノクトは最初の仕事として、洞窟探索前に一篇の短編を書き上げた。

題名は、

『慢心した勇者、崩落した洞窟で仲間ごと生き埋めになる』

「やめろ」

ガルドが真顔で言った。

「朝飯前に読むものじゃない」

「内容を説明します」

「するな」

「勇者一行は洞窟奥の宝箱に気を取られ、天井の亀裂に気づきません。魔物との戦闘で炎魔法を使った瞬間、熱で岩盤が脆くなり、崩落。出口は塞がれ、回復薬も尽き、最後は暗闇の中で――」

「やめなさい」

ミリアが両手で耳を塞いだ。

だがリゼだけは、少し青ざめながらも手を上げた。

「……待って。その洞窟、確かに古い鉱山跡よね。炎魔法、控えた方がいいかも」

「あと、天井の亀裂も確認しよう」

レオンは即座に言った。

結果。

洞窟奥で本当に天井に大きな亀裂が見つかった。

リゼは炎魔法を使わず、氷魔法で魔物の足を止めた。ガルドは宝箱ではなく支柱の補強を優先した。ミリアは退路に目印を残した。

そして彼らは、誰一人欠けることなく洞窟を出た。

夕方、焚き火の前で、ガルドがぽつりと言った。

「……役に立ったな」

「言い方」

ミリアが睨む。

ノクトは手帳に何かを書き込んでいた。

レオンが覗き込む。

「何を書いてるんだ?」

「改稿です」

そこには、題名が書き直されていた。

『崩落するはずだった洞窟で、勇者たちは空を見た』

リゼが目を丸くした。

「それ、バッドエンドじゃないじゃない」

ノクトは少し困ったように眉を寄せる。

「……失敗作です」

「いい失敗だよ」

レオンは笑った。

それから旅は、不思議な形で進んでいった。

ノクトは毎晩、最悪の結末を書いた。

『聖女、毒入りスープで眠るように死す』

その翌日から、ミリアは食事前に必ず毒見の魔法を使うようになった。

『戦士、守るべき村人に背後から刺される』

その話を読んだガルドは、救出した村人たちの中に紛れていた魔王軍の密偵を見抜いた。

『魔法使い、禁呪の反動で心臓を止める』

リゼはその夜から、威力ではなく制御を磨くようになった。

『勇者、勝利の直前に、仲間の死を知って剣を落とす』

レオンはその話を読んだ夜だけ、少し長く黙っていた。

そして翌朝、彼は仲間全員に言った。

「俺は、誰かを置いて勝つつもりはない」

誰も茶化さなかった。

ノクトの書く物語は陰気で、不吉で、救いがなかった。

だが、その救いのなさは、彼らの足元にある罠を照らした。

まるで暗闇に落ちる前に、そこが崖だと教える小さな灯のように。

けれど、ノクト自身は変わらなかった。

彼はいつも、最悪を考えていた。

誰が先に死ぬか。

どの選択で壊れるか。

どの優しさが裏目に出るか。

どの勝利が、次の悲劇を呼ぶか。

それは才能ではなく、呪いに近かった。

ある夜、魔王城を目前にした野営地で、レオンはノクトに尋ねた。

「どうしてバッドエンドしか書かないんだ?」

焚き火の火が、ノクトの顔を橙色に揺らしていた。

彼はしばらく黙ってから言った。

「昔、私にも仲間がいました」

その声は、紙をめくる音よりも静かだった。

「彼らは皆、明るい結末を信じていた。努力すれば報われる。正義は勝つ。絆は奇跡を起こす。そういう物語を、本気で信じていた」

ノクトは手帳を閉じた。

「でも、現実はそうではなかった。準備不足で死んだ。慢心で死んだ。優しさにつけ込まれて死んだ。奇跡を信じたせいで、助かる道を選ばなかった」

誰も言葉を挟めなかった。

「だから私は書くんです。最悪を。誰かが目を逸らす未来を。甘い結末に溺れて見落とす破滅を」

レオンは静かに聞いていた。

「私はハッピーエンドが嫌いなのではありません」

ノクトは言った。

「信じるのが、怖いだけです」

火の粉が夜に昇った。

小さな星のように舞い上がって、すぐに消えた。

レオンは少し考えてから、言った。

「じゃあさ」

「はい」

「俺たちが魔王を倒したら、一緒にハッピーエンドを書いてくれ」

ノクトは目を見開いた。

「……私は、書けません」

「じゃあ練習しよう」

「簡単に言わないでください」

「難しいから仲間がいるんだろ」

レオンは笑った。

「あなたが最悪を書いてくれたから、俺たちはここまで来た。だったら最後くらい、俺たちがあなたに見せるよ。最悪じゃない結末を」

ノクトは何も答えなかった。

ただ、閉じた手帳を強く握っていた。

翌日。

魔王城での戦いは、ノクトが書いたどの物語よりも凄惨だった。

リゼの魔力は尽きかけ、ガルドの鎧は砕け、ミリアの祈りは血に濡れた。レオンの剣も折れた。

魔王は笑った。

「終わりだ、勇者」

その瞬間、ノクトは叫んだ。

「違う!」

全員が振り向いた。

彼は震える手で、手帳を開いていた。

そこには、何度も書き直された跡があった。

黒いインクで潰された結末。

破られたページ。

迷いの線。

そして最後に、たった一文。

『勇者は、まだ終わらない。』

それは予言でも、魔法でもなかった。

ただの文章だった。

けれど、その言葉でレオンは立ち上がった。

ガルドが笑った。

リゼが杖を構えた。

ミリアが祈った。

ノクトは叫び続けた。

「ここで勇者が倒れれば、魔王は人間の希望を踏みにじる! ですが、もし立ち上がるなら! もし折れた剣でも前へ進むなら! 物語はまだ終わらない!」

魔王が初めて、不快そうに顔を歪めた。

「黙れ、小説家風情が」

「黙りません」

ノクトは羽根ペンを握りしめた。

「私はずっと、終わりばかりを書いてきた。誰かが死ぬ話ばかり書いてきた。救われない結末ばかりを信じてきた」

彼の声は震えていた。

それでも、止まらなかった。

「でも、今だけは書きます」

ノクトは叫んだ。

「この物語は、バッドエンドでは終わらない!」

その言葉と同時に、レオンが踏み込んだ。

折れた剣に、リゼの魔力が宿る。

ガルドが魔王の腕を止める。

ミリアの祈りが、最後の傷を塞ぐ。

そして勇者の刃が、魔王の胸を貫いた。

長い夜が終わった。

朝日が差した。

魔王城の崩れた窓から、白い光が入り込んだ。

誰も死んでいなかった。

傷だらけで、泥だらけで、泣きそうな顔で、それでも全員が生きていた。

ノクトはその光景を見て、膝から崩れ落ちた。

「……こんな結末、知らない」

レオンは笑った。

「なら、今知ったな」

数日後。

王都では、勇者一行の凱旋式が行われた。

人々は勇者を讃え、仲間たちを讃えた。

そしてなぜか、陰気な小説家にも花束が渡された。

ノクトは困り果てた顔で、それを受け取った。

後日、彼は一冊の本を出した。

題名は、

『勇者パーティにバッドエンド小説家が加入した話』

人々は最初、また救いのない話だと思った。

けれど、最後のページにはこう書かれていた。

――これは、最悪を知る男が、最高の結末を信じるまでの物語である。

その本は、ノクトの作品で初めて、誰も死なない結末を迎えた。

評論家たちは言った。

「作風が変わった」

「昔の暗さが薄れた」

「バッドエンド作家としては終わった」

ノクトはその評を読んで、少しだけ笑った。

そして新しい原稿用紙に、題名を書いた。

『バッドエンド小説家、ハッピーエンドを書く』

彼はペンを止め、少し考えた。

それから、小さく呟く。

「……悪くない」

窓の外では、勇者たちが次の旅の準備をしていた。

どうせまた、危険な旅になる。

どうせまた、最悪の未来はいくらでも思いつく。

けれどノクトは、もう知っていた。

物語は、最悪を想像したところで終わりではない。

そこから変えるために、人は仲間と歩くのだ。

だから彼は今日も書く。

最悪の結末を。

そして、その先にあるかもしれない、まだ見ぬ光を。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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