少女は灰色の階段の前で立ち止まっていた。見上げると大きく「〇〇すし」と書いた看板がたてられていた。高校生になった少女は、一人で寿司屋に行こうと決めて、家を出た。家から二十分ほど歩いてきたのに、いざ入ろうとしたところで足がすくんだ。少女は今まで家族としか来たことがなかった。
土曜日のお昼時で、周りにも人がたくさんいた。通りすぎる人がこっちを見ている気がして、もう帰ろうかと足を家の方向へ向けた。
「いや、ダメだダメだ」
首をぶんぶん振って、階段を上った。一段上る脚が震えていた。数十段しかない階段が数千段あるかのように見えた。喉が鳴った。お腹も鳴った。この日のために朝から何も食べていなかった。
一歩々々踏みしめるように上った。気を抜くと足を踏みはずし兼ねなかった。そうなれば今後二度と敷居をまたぐことはない。無事頂上に到達すると、透明なドアを引いた。中から酢の匂いが漂ってきた。
「いらっしゃいませ!」
中はけっこうな人混みだった。店員の声が響く中、前にドンと置いてあるタッチパネルを触った。画面には「20分待ち」と大きく書かれていた。機械から番号の書いたレシートが出てきた。それを千切るように取ると、ガシャポンの隣にあった緑色の長椅子の端っこに小さく座った。両手には"16"と書かれた白い紙があった。自分の年と同じでちょっと頬が緩んだ。
「14番でお待ちのお客様〜」
そろそろ呼ばれると心が踊っていた。すると「18番でお待ちのお客様〜」と飛ばされて呆然とした。よくゝゝ聞いてみると、カウンター席指定の客だった。隣に座られるのが苦手だった少女はテーブル席を指定していた。
「16番でお待ちのお客様〜」
手に持っていた番号をもう一度確認してから立ち上がって店員の方へ向かった。店員はにこやかに「紺色の16番にどうぞ〜」と言った。右から二列目のところに"16"と紺色で大きく書いた紙がたてられていた。そこに向かって歩いていった。
「あ、お水入れなきゃ……」
手前から三席目くらいのところで、来た道を引き返した。席の一番後ろに黒い給水器があった。その上には深緑のコップが幾つか逆さまに置かれていた。その一つを取ると、コップで給水器のレバーを押した。ジャーコボコボコボ……と手に冷たさが伝わってきた。
コップを震える両手で持ちながら、紺の"16"の椅子に座った。座ってから長い椅子の奥へと尻を滑らせた。右側にいろんな寿司の乗った皿が奥から手前に動いていた。レーンの上側にタッチパネルがあって、そこにさまざまな寿司の画像があった。
「何から食べよっかなー」
そんな独り言をいいながら、タッチパネルの▶︎をタッチしていく。気づけば軍艦のコーナーに入っていた。「軍艦は今じゃないなー」とか何とかボソボソいいながら、最初の画面に戻った。そして「マグロの赤身」と書かれたところをタッチした。画面に赤身の画像と個数の選択画面が映っていた。"1皿"にして決定を押した。
紺色のケースに乗った赤身が奥から流れてきた。自分の席に近づくと、タッチパネルが鳴り出した。その合図でその皿を取ってテーブルに置いた。赤身は赤く艶やかだった。その下でシャリが白く輝いていた。醤油をちょんちょんと2滴ほど落とすと、箸箱に大量に入っていた黒いプラスチックの箸を一膳取り出した。そしてその一貫を口に入れた。
「うーん、美味しい」
少女はまだ一貫の残っているうちにタッチパネルを触りだした。押す度にピッピッと電子音が聞こえることに気づいた。白身魚のゾーンが1ページあって、その次がイカタコのゾーンだった。
「次はイカかなー……いや、タイか……」
イカタコゾーンと白身魚ゾーンを行ったり来たりしていた。そうこうしている間に赤身は艶を失っていたが、少女は気づいていなかった。
「んー、タイだな」
下にタイと書かれた白身の二貫の画像をタッチした。さっきと同じように個数の画面に移動した。"1皿"で決定した。画面が戻ると、次手にイカも頼んだ。
来るまでの間に残っていた一貫を見た。「あ、なんか乾いてる……」とぼんやり呟きながらそれを口に入れた。味はさっきと変わらなかった。
タイとイカはほぼ同時にきた。口直しに水を啜ってから、タイに醤油を二滴かけた。白にいくつも黒い筋が走っている身に、赤褐色の液体が広がっていった。少女はさらにタッチパネルを操作して、いろいろ頼みはじめた。──アジやいくら、サーモン、それから茶碗蒸し。
「イカは……あ、塩にしよう」
少女は醤油差しの横の四角い箱に塩の入った小袋を手にとった。家族ときた時には使ったことがなかったそれを開けて、白く透明感のあるイカの寿司に振りかけた。……
皿が8枚くらい重なった頃、騒ついた中に曲が流れていたのに気づいた。和風のような不思議な感じのする曲に妙に心が惹かれた。ふと周りを見わたすと、さっきより人が減って空いた席もできていた。レーンもあるところから仕切られて短くなっていた。
「んー、そろそろデザートかなー……デザートデザートっと……」
そんな独り言をつぶやきながら、タッチパネルを操作していく。デザートのゾーンには左からショートケーキ、チョコケーキ、プリン、……と並んでいた。少女の指はいちごの乗った白いケーキへと伸びていた。
もう水もなくなって、最後の一枚の皿に残った一貫のマグロの赤身をどうしようか考え出した時、タッチパネルが音を出した。右のレーンを見るとショートケーキが今に過ぎ去ろうとしていた。少女は慌ててその白い皿をとって、テーブルに置いた。すぐにマグロを平らげて、箸のケースの前のスプーン立てから銀色のスプーンをつまんで取りだした。そしてケーキに巻いていた透明なシートを外すと、スプーンで、乗っていたいちごをケーキの横に置いた。クリームの甘い匂いが香ってきた。そしてケーキを縦に割って掬った。
「やっぱりケーキは美味しい……」
少女が再び透明のドアを押すと、涼しい風が前髪を揺らした。口の中にはまだクリームの甘さが残っていた。少女は階段を駆けるように下りていった。
寿司
青春小説、日常の冒険、成長物語
"初めての回転寿司、それは小さな世界の扉を開く、甘酸っぱい冒険。"
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