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契約ショ

或信号機

3,331 字

不条理ホラー・ダークファンタジー

"エレベーターの墜落が招いた、悪夢のような「契約」と、変質した日常。"

「契約しよ」という声に、揺らされた。 ※人によっては不快な気分になるので注意

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カードをめくった、ダイヤだった。
「まだ、続けるおつもりなんですね?」
女の声が響く、目の前に座っている、奴の声だ。
「あなたが望んだんですよ?ここにいることも、こうしてダイヤのカードを持っていることも、全部あなたが望んだんですよ?」

俺は、いつの間にかここにいた。いや正確に言えば、俺がエレベーターに乗ていた時だ。
「どうして、拒むの?」
上目遣いで顔を下から覗き込まれる。
この女の要求は、いまだわからない。ただただ問いかけ、俺の中にこの「場」を飲み込ませようとしている、はき戻すことさえもかなわず、一方的に。
「あ、わかった!もしかして、あなたって自分がここにいる状況が分かっていないんですね!私が直々に説明してあげましょう!」
「あなたは、エレベーターで、墜ちたんですよ!真っ逆さまに、『ひゅーん』と!」
「ダイヤは、私が持ってきた福音でもあるんですよ?」
「あなたは、まだ昇る価値があるらしいですね!」
支離滅裂に聞こえる発言が続く、会話が成立しない、彼女に糸で釣り上げられてしまったようだ。
女の発言に、俺は揺れ続ける、意思の境界がぼやけながら。
「説明は以上になりますけど、これで分かりましたか?」
「あなたは、価値を自ら示さないといけないんですよ?」
何も頭に入っていない。
女は同意を求める眼で、こちらを流し目で見てくる。
俺は、内容を理解もせずに危うくうなずくところであった。
女は容姿だけを見れば、傾国である。艶やかな黒髪は風がなくとも揺らぐように見える。奴の目は「向き合う」者を執拗なまでに取り込もうとしてくる。
しかし、頭部には異質な猫科の耳のような何かと、スカートの下からはしっぽらしき器官をのぞかせている、人間のそれとは違う特徴がある。
尻尾は上に伸びて、小刻みに震えているのが見える。
このまま喰われてしまうのだろうか。
「まだ、同意しないようですね?」
「いいでしょう、では新しいカードをここに並べますね!」
机の上には4枚のカードが並ぶ、それぞれ見た目は違うが、同列の、奇妙な気配を感じる。トランプには到底見えなかったが、やはりトランプにしか感じられない。
「さぁ、自由に引いていいですよ!」
女はじっと、ただ俺が引くカードをじっと見ている。
それは、女豹が狩りの前に息をひそめるように、ただじっとこちらを見ている。
俺は、カードのうちひどく折れ曲がってぐちゃぐちゃになった跡が付いたものを選んだ。
ほかのカードは、どれも、星型だったり、机とは垂直に立っているのにもかかわらずこちらには柄が一切見えない四角いカードだったり、意思を持っていそうな雰囲気だったりと、奇怪で触れさせない気配を纏っていたが、このカードだけは、見慣れた「カード」の形をしていたからだ。
俺は、カードをめくった。
「ふむふむ、なるほど、こうなっているんですねぇ~」
エレベーターの稼働音が、刹那、空間に鳴り響く。
「あなたの選択、しっかりと覚えましたよ。」
エレベーターが乱降下し始める。
「あなた、って、こういう選択が本当に好きですよね。」
女は淡々としゃべり続けている。
エレベーターはさらに勢いを増していく。自由落下ではありえないスピードで加速していく。
「もう、助けを呼んでも無駄ですよ。」
さっきまでの猫なで声は息をひそめた。
『ただいま、▮を通過中』
エレベータの文字はすでに理解を超えていた。
「あなた、どういう風に見えたんですか。見えたいように、見えるようになっているんです、これは。」
女は口調を緩めない。
「あなたは、私の大切な選択肢を、ここで選んだんです。責任、取ってくださいね。私は、ずっと一緒なんです。」
身に覚えのない責任だ、これは何なのだろうか。
エレベーターはさらに速く下る、なのに俺は、まったく浮遊感を感じない、地球の重力は、感じなくなってしまった。
「ここは、地球でも地球じゃない、そんな場所なんですよ。」
「カードはあなたは望んでここに来た、と言うんです。そういうことなんです。」
俺は何を望んだのだろうか。わからない、もう何も思い出せない。
右手で左腕を思わず握りこむと、尋常じゃない粘り気と、熱さを感じて手を放してしまった。
口の中は何も感じない、舌先に固いものが降れていることだけしかわからない。
「さぁ、責任を、取ってね?」
女の口調が、和らいだ。甘ったるく水っぽい、囁くような、叫ぶような。
その刹那、エレベーターは急停止をして、俺は床に押しつぶされた。
動かない、動けない、全身はもう止まってしまった。
「私は、あなたを"想って"、選択肢を用意したんですよ?」
選択とは何なのだ。
体はやはり動かない。
痛みがないのに、体が悲鳴を上げているのだけはわかる。
横を見ると、俺が選ばなかったカードがあった。
俺は、一心不乱に横目で見た、そこには俺が選んだカードと同じ絵が、すべてのカードに書いてあった。
「このカードは、あなたの選択を記してくれているんですよ!」
カードの柄は、さかさまのネクタイである。首に巻く部分は広く、首輪のようになっていて、柄は斜めの格子模様であった。
俺はネクタイを付けられてしまったようだ。扉の格子はいまだに開く気配がない。
「私、ちょっとびっくりしちゃったんです、あなたがこの選択をしたことを!」
「...いま、あなたは動けないようですね?」
女は、俺を艶っぽく見た。
「私の言うこと、信じてくれますか?」
首は動かなかった。自由を渇望することもできなくなってしまった。
「では、ここにあなたの"一部"を入れてくださいね!」
女は俺の前でしゃがみ、俺の手を女の腹にあてた。
「正しい限りは、痛みはないので安心してくださいね!」
言葉とともに、女のメイドのような服の腹部が、裂ける。
その刹那、俺の手は女を貫いていた。
「じゃあ、始めますね!」
痛い、痛い痛い痛いいたいイタイイタイイタイイタイ。
声が上がらない。
「じゃあ、おなかの中で、手を握って!」
痛すぎて理性が働かない、本能のままに痛みを避けようとすると、握る動作をやめられなかった。
意味が分からない、どうして俺は、こんな目にあっているのだ。
俺がいつ、何をしたというのだ。
「そのまま引き抜いて。」
唐突な単調な声が聞こえる、同時にまた悶絶したくなる痛みが全身を走る。
「そう、いい子いい子、よくできましたね!」
俺は褒められている。血まみれの手の中には、一枚の紙が握りしめられていた。
女の腹には、穴が開いていた。
「じゃあ、その紙に、名前を書いてね!」
女は平然とした顔で、そこにいる。痛みをまるで感じていないのか、血が垂れることすらない。
俺は言われるがままに名前を書いた。
 「やっと、受け入れてくれたんですね!」
女は喜色を浮かべていた。
呆然とした俺は、いつの間にか動けるようになっていた。さっきまでの動けなさはもう感じない。
エレベーターは止まっていた。

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妻は、昔の鮮やかな思い出のように、何度も反芻するように、"出遭い"を話していた。

今までも、これからも、来世も現世も前世も、ここにいる、エレベーターのベルトは切れることなく動いている。
墜ち続ける、いつか地の果てにたどり着く、
そうであれば、俺はどれほどよかったのだろうか。
「チン」と鈴の音が鳴り響いた。
妻が「開」を押す。
「ただいま!」
あどけない、猫交じりな幼い声がエレベーターに響き渡る。
「おかえり」
俺は言葉を発していた。
「場」はすでに、あの瞬間から、俺のものではないようだ。

言葉は俺を裏切っていた。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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