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彼岸花

こうよう

4,203 字

現代ファンタジー、ダークロマンス

"命の取引、愛の代償。彼岸に咲く、切なくも美しい選択の物語。"

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 ある冬の寒い日、僕は往来に一人歩いていた。灰色の空にはもう電燈の白い光が点いていた。先程ずっと通っていたバイト先で粗相があり、とうとう店長にクビを言い渡された。頭の中はソシャゲの課金で得た、借金のことでいっぱいだった。

「これからどうしようかな」

 ふと横を流れていた川が目に入ってきた。川は緑いろに濁っていて、卵の腐ったような臭いが鼻についた。

「いっその事、死んでしまおうかな」

 ため息混じりにぶつぶつ呟いていると、突然後ろから女の声が聞こえてきた。

「そんなのできませんよ」

 振り返ると、そこには真っ白なワンピースに、これまた白いカーディガンを着た、十八くらいの少女がにこにこと立っていた。その黒い髪はミディアムに整っていて、冬の風に揺らめいていた。

「人にはね、寿命があるんです」
「君は一体?」
「私は、通りすがりの死神です」
「死神?……君が?」
「はい」

 俄に信じられなかった僕は前を向きなおしてもう一度歩きはじめた。後ろからタッタッタと軽い音がして、僕の目の前に立ちはだかった。

「信じてないですね? では一つ咒文を教えてさしあげましょう。これを使えば目の前の死神を消すことができます。『あじゃらかもくれん、てけれっつのぱ』です。さあ、やってみてください」

 少女は左の人差し指を顔の前に立てた。そうしてまたにこにこと首を傾けた。「さあ、どうぞ」
 僕は不審に思いながらも小声でその咒文を唱えた。

「あじゃらかもくれん、てけれっつのぱ」

 すると目の前から少女の姿が忽然と消えた。僕は飛び上がるように驚いてあたりを見渡したが、少女の姿はどこにもなかった。すぐに隣に何かの気配を感じると、耳元に少女の声が聞こえてきた。

「ただしこれが使えるのは身体に触れてない死神だけです。もし身体に触れている死神を見たら、……その人は助かりませんよ」

 僕は首を気配のした方へ向けた。しかしそこは、ただ川が流れていただけだった。
 それから僕は死神が見えるようになった。死神の姿は多種多様で、女性の姿をしている者もいれば、男性の姿をしている者もいる。老人の姿に、子供の姿もあった。ただ彼らに共通しているのは、人のななめ後ろにひっそりと立っているということだけだった。

『死にそうな人を救います』
 
 僕は霊媒師としてインターネットでホームページを立ち上げ、あらゆる所で宣伝をしてまわった。が、その怪しさからか依頼は中々来ることはなかった。
 そんなある日、ふと受信メールに一件の通知があった。またいたずらか何かだと思いながら件名を見ると、「助けてください」の文字があった。

『息子が病気で……余命幾日かなんです。何とかなりませんか』

 すぐに返信を書いて送ると、そのメールに書かれていた病院へと足を運んだ。病室の白い扉を開けると、そこには十歳くらいの男の子の顔があった。その横には心電図があって、ピッ……ピッ……と無機質な音をたてていた。そしてその足元に口髭のたくわえたタキシード姿の細い紳士が立って、にこやかな顔で男の子を見つめていた。紳士の足を見ると、透けて白いベッドが見えていた。

「あなたが、霊媒師さん?」

 ガラガラと扉から後ろから母親らしい中年の女が入ってきた。黄緑のトレーナーを着た女は胸のあたりに手をぎゅっと結んでいた。その目尻には涙が貯まっていた。

「ええ。」
「息子はもうずっと眠ったままなんです。……助かりますか?」
「助かります。……いえ、助けてみせます」

 僕はわざとらしく胸元に拳を掲げながら真剣な表情で答えると、少年の枕もとに歩き出した。

「少し咒ないをかけます。……あじゃらかもくれん、てけれっつのぱ」

 足元にいた紳士は目を丸くしてこちらを見た。瞬きをしないうちにスッ……と紳士は消えていなくなった。

「うーん。ママ?」
「優太!」

 眠っていた男の子は目を開けると、ザアと布団を押して起き上がった。「お腹すいた」男の子がそう言うと、女は涙を流して男の子に抱きついた。

「痛いよ、ママ」

 男の子は苦笑していた。

「もう、大丈夫でしょう」

 僕がつぶやくように言うと、女は慌てて男の子を離してこちらを見た。すぐに立ち上がると何度もお時宜をした。

「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 また一人、二人と助けるうちに、僕の評判は"奇跡を起こす霊媒師"として忽ちSNSで話題になった。毎日まいにち病院という病院をハシゴして、その帰りに居酒屋で高い酒を飲んだ。ソシャゲにも天井まで課金をした。
 ある日の夜、一件のLINEが届いた。その日はたまたま依頼がなく、自分の部屋で一日ゆっくりと横になっていた。「久しぶり」誰かと思って通知を確認すると、高校以来の同級生だった。僕は彼女に淡い恋心を抱いていた。が、卒業とともにすっかり疎遠になっていた。

『霊媒師の話、聞いたよ』
『どうしたの?』
『この前、私に病気が見つかって……末期なんだって』

 身体が震えてスマホをベットの上に投げた。脳裏に紺色のセーラー服を着た白い顔の少女が浮かんだ。少女は机に頬杖をついてこちらを見て微笑んでいた。その後ろに窓からの光が入っていて眩しく見えた。
 震える手でどうにかスマホを取って、送信ボタンを押した。

『何とかするよ』
『ありがとう』

 次の日僕は早速彼女の病室へ向かった。消毒液の匂いのする白い廊下には斜めに日が差していた。扉を開けると黒髪の長い二十の女が白い布団をかけて座っていた。

「久しぶりだね」
「そうだね」

 僕は目の前の微笑を浮かべている女が頭の中の少女と全く変わっていないことに気づくと、つい頬が緩んだ。が、すぐに僕の額に汗が滲むのを感じた。ベッドのその横で、挑発的な笑顔を見せている白いワンピースに白のカーディガンの姿──死神が彼女の肩をやさしく掴んでいたのである。

「どう?治せる?」
「治せるよ」
「良かった。……ずっとね、君のことが好きだったんだ。でも告白されて振れなくてさ。……」

 僕の心臓の鼓動が止まった気がした。彼女の顔をじっと見つめた。彼女はぼんやりと白い布団を眺めながら語り始めた。

「病気が見つかってから、彼は急にいなくなっちゃってさ。……罰が当たったんだろうね。今でも君を想ってるから」

 彼女の目尻から涙が溢れて、白い布団に灰色の雫を作った。
 僕は額の汗が頬を伝っていくのを感じた。僕の手はまたぶるぶると烈しく震えはじめた。その震えを止めるように手を重ねながら祈るように唱えた。

「あじゃらかもくれん、てけれっつのぱ」

 死神は微笑みを浮かべながらスッ……と消えた。耳元で「ふふふ」と怪しい声が聞こえた以外は、今までと何も変わりなかった。僕はゆっくりと胸を撫で下ろした。

「あれ?なんか元気になったみたい。君に会ったからかな」
「かもしれないね」

 少女の明るい笑顔に、顔が熱くなるのを感じた。それを見られるのが嫌になって、病室を後にした。

「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

 白い扉を開けて廊下へ出ると、そこはなぜか真っ暗だった。扉は勝手に音をたてて閉じると何も見えない闇に包まれた。

「どこだ?ここは」
「私は言いましたよね。身体に触れている死神を見たら助からないって」

 怪しく笑う少女の声が聞こえたと思うと、目の前にぼんやり白いワンピースに白のカーディガンが浮かんできた。

「お前は、……死神」
「正解です」

 徐々にその姿が顕になっていくと共に、たくさんの蝋燭が僕と死神の周りに灯り出した。「なんだここは」僕はそれを見上げながら声を出した。

「このろうそくは寿命です。死神が触れてない時は火が消えるだけだったんです。たとえばこれ」

 死神はそう言って蝋燭のうちの細長く弱々しい火の灯った一本を指さした。

「これはあなたが助けた優太くんのものです。おかげで優太くんは長生きできそうです」

 僕の脳裏に男の子に抱きついた女の姿が浮かんで、大きな息が出た。
 死神はそれから順番に僕の助けた人の蝋燭を指さしては語っていた。「そして最後に、ああこれですね」その指先にあるのは太く長い蝋燭に小さい火が灯っていた。

「これが今の彼女のろうそくです」

 僕は深呼吸をするように胸を撫で下ろした。ふと右端の短くて今にも消えそうに揺れている火が目に入った。

「あれは誰の?」
「それは。……」

 死神は「ふふ」と怪しく笑って言った。

「あなたのものです」

 こちらを見る白い顔は満面の笑みだった。僕はその笑顔を前にして身体が震え上がった。

「どういうことだ? 前は死ねないと、……」
「だから言ったじゃないですか。今の彼女、って。……身体に触れた死神はろうそくそのものが消える証なんです。それを無理やり消したら、……どうなると思います?」

 くすくすと死神の笑い声が聞こえた。僕の頭の中は真っ白だった。そこにセーラー服の姿が浮かび上がったと思うと、今さっきの彼女の笑顔が見えた。「どういう、……ことだ?」身体が烈しく震え出し、力が抜けて尻もちをついた。

「あなたと彼女の寿命が入れ替わるんですよ。良かったですねぇ、彼女が助かって。……」

 相変わらず死神は微笑んでいた。僕は蝋燭の火を見つめながら徐にポケットからスマホを取り出した。そのまま震える手で一文字一文字確認するようにタップしていった。

『僕もあなたが好きでした。病気が治ったら、彼岸花でも見に行きませんか』

 最後に送信ボタンを押そうとして、ふと脳裏に彼女の泣き崩れる姿が浮かんだ。目が熱くなってきた。僕は意を決して送信ボタンを押した。
 その瞬間、前にあった一本の短い蝋燭が白い煙だけを残して跡形もなく消えた。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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