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Way to be the SPlendid.

洞施うろこ

25,291 字

青春群像劇、アイドル成長物語

"兄への歪んだ執着が、僕を輝かしいアイドルへと変える。"

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 自分の二次性を見た時、絶望と興奮が同時にきた。
 『α性』――異父兄の白夜はくやと違う二次性。これで俺たち兄弟は一緒に暮らせないことが決定し、そして、自身の体が白夜を噛むためのものであることが確認できた。
『みっくん、おめでとう!』
 二次性を告げると、電話口で白夜は祝ってくれた。
「でも、寮に入らないといけなくなった」
 妾腹のαだ。実母と二人きりでの生活はできない。Ω性とは違う理由で強制的に寮に入ることが決まってしまった。また白夜が遠くなる。
「白夜に会えないの寂しい」
 素直に甘える。直に会っていれば撫でてくれる場面だ。何なら抱き着いても許される。いや、許されていた、か。αという判定が出たのだから、これからはハグすら窘められてしまう。面白くない。
『冬休みには家に顔出すから、それまで頑張ろう? 大丈夫。入学した後でもこうやって電話するし、メッセージも送るから』
 お友達と仲良くしてね、と残して通話が終わってしまった。『お友達』なんか所詮上辺の付き合いしかしないってのに。
「早く冬休みにならないかな……」
 白夜に会いたい。会って抱き着いて、しょうがないなぁ、なんて笑いながら頭を撫でて欲しい。二人でいられた時間に戻って、そのまま時が止まればいい。
 何度も願って、何度も打ち砕かれるのぞみを抱えて、俺はひたすら兄の姿を思い返していた。


 どれだけ抗ったところで時の流れは止まらない。短い冬休みが終わり、惰性で卒業式までの日々は過ぎた。
 妾腹だからか、小学校での同級生はほとんどβ性だ。元々友人らしい友人もいなかったが、二次性検査でαと分かってからは更に避けられるようになった。白夜がいなければ耐えられなかったと思う。その白夜とも距離を置かなければならないのか、と考えると辛い。
「みっくん、頑張ってね」
 春休み、進学の準備を白夜が手伝ってくれた。明朝には寮に入らなくてはならない。これで、卒業までは自由に会えなくなる。
「白夜」
 両腕を伸ばしてハグを強請る。六年という歳月はあまりに長過ぎる。白夜を噛むまでずっと距離を取らなきゃならないなんて。
「光希、もう子供じゃないんだから」
「いいよ、お母さん。これが最後かもしれないから」
 窘める母を制止して白夜が抱き締めてくれた。これが最後なんてことにはしない。でも、次に触れ合うには少なくとも六年以上の歳月が必要になる。
「元気でね、みっくん。ちゃんとマメに連絡も入れるし、長期の休みには顔を合わせて話すからね。いい子にしてるんだよ」
「……うん」
 白夜の背中に手を回して頷く。この温もりとしばらく離れて暮らすのか……嫌だな……
 名残惜しいまま白夜と離れる。二次性が違うことが哀しくて泣きたくなってくる。
「またね、みっくん」
「うん……白夜も元気でね」
 そうだ。『また』会える。いつも一緒にいられなくても、限られた時間であれば。
 もう聞き飽きたような両親からの注意を半ば聞き流し、俺は次に白夜に会える日のことばかり考えていた。


 都内のα校は二校。経営や経済学、法曹、医学関係への進学を目指す第一校と、自分に合った進路を探す第二校だ。
 ほとんどの妾腹αは継ぐ物がないので二校へ行く。俺もご多聞に漏れず二校へ入学した。
 妾腹が多いこともあってか、学生寮はこちらの方が充実している。なんと個室だ。寮長の先輩は物静かな割に迫力があって怖かったが、思っていたより自由に過ごせそうで安心した。
 居住空間を整えて寮生活のリズムに体を慣れさせる。入寮してから一週間で入学式を迎えた。クラスは三十名ほどのαで構成されていた。男子が多いのは、元々α性の男女比に偏りがあるからだろう。
 授業は意外と楽しい。分かりきったことを繰り返すような小学生時代とは違って、どんどん学習が先に進んでいく。皆が付いて行けるのは、流石α、ということなんだろうか。
 二週間ほど経ち、学校生活に馴染んできた頃。唐突に「神崎って可愛い顔してるよな」と訳の分からないことをクラスメイトに言われた。
「…………」
「え、ちょ、睨まないで!?」
 癖の強い明るい髪色の男子。名前は……何だったか覚えてない。
「何か文句でも?」
「いやいや、文句がどうとかじゃなくて! 顔整ってて羨ましいってハナシね。俺もほら、イケメンだけどさ。神崎の顔ってモテそうっていうか」
 ……何言ってんだコイツ。自分で『イケメン』とか言うな。いや、よく見たら整ってはいるのか? 垂れ目ではあるけどバランスは悪くない。とはいえ、
「α校じゃ意味ないだろ」
 Ωもいない場所でモテるだのモテないだの。そもそも、そんなこと人生においては大した問題じゃないだろうに。
「そうか? 見た目ってかなりデカくない? いざって時に可愛いΩ口説き落としたいじゃん」
「神崎の方がΩより可愛らしいかもな」
 と、嘲るような声は真横から聞こえた。目の前の自称イケメンは、そっちを見て怪訝な顔をしている。仲間って訳じゃないのか。
「……だったら何だよ」
 やけに背の高い男子は腕を組んでこっちを見下ろしてくる。……まだ成長期だから身長差なんてあってないようなものだろうが。見下ろすなクソが。
 胸の内で悪態を吐く。と、ソイツがふん、と鼻で笑った。
「別に。可愛らしいαってのは需要があるのかな、なんて思って」
「…………」
「急に何言っちゃってんの、金谷。止めようぜそういうの。空気悪くなっちゃうじゃん」
 なるほど。このヒョロガリは金谷っていうのか。空気をわざわざ悪くしたってことは、俺に文句があるんだよな。
 苛ついたので席を立った。文句があるなら受けて立ってやるのが礼儀だよな。
「需要だの何だの知らねえし。何か文句あんなら話聞いてやろうか?」
「え、ちょ……っ、神崎も応えなくていいから!」
 自称イケメンが慌てて割って入ろうとしたけど、金谷の方がそれを制した。あっそ。やる気充分じゃん。
「廊下でいいよな」
「おう」
 連れ立って廊下に出る。何が起こるのか察した周りが見物に回った。……秒で片付けてやる。妾腹ナメんな。
 廊下の一部が空けられた。この辺りはα校独特の風習らしい。喧嘩の雰囲気を察したら、邪魔をせずに見届ける。まあ、小学校ではなかった状況だ。
 異母兄に聞いてはいたけど、まさか渦中に立つ羽目になるなんてな。そんなことを考えていたら、金谷が動いた。
 しゅ、と短い呼気と同時に拳が迫ってくる。上背がある分リーチが長い。が、それは同時に懐に入られると無防備になるってことだ。
 さほど早くないその拳を弾いて、広がった胸元に入り込んだ。大怪我はさせないのが鉄則、という決まりを思い返し、弾いた腕を掴んで捻った。背中側に回り込んで押し倒す。
「い――っ!」
 派手な音を立てて倒れた金谷の腕を掴んだまま、背中に跨った。身長差があって、且つコイツが細いからできる攻撃だ。マッチョなら確実に俺が負けてたな。
「……で?」
 上から聞いてやると、金谷が小さく呻く。更に腕を捻り上げると、呻き声が大きくなった。
「何か文句あんだろ? 言えよ」
「痛っ! ――い、です……」
「は? 聞こえねえし」
「――ない、です!」
 半ばヤケになったような口調で返された。……ここらが止め時か。
 手を離して金谷の背中から下りる。立ち上がるのを手伝うと、そこに教師が来た。誰かが呼びに行ったらしい。
「喧嘩か?」
 確認されたので頷く。教師は周りに「もう終わったので戻りなさい」と言うと俺たちに向き直った。
「じゃあ今から生徒指導室に来るように」
 そう命じて背中を向けた教師の後を、俺と金谷は付いて行った。


 α校は秩序正しく統率の取れた学び舎だと言われる。それはある意味正解で、ある意味では間違いだ。
 全体の秩序が守られているのは、些細な問題を当事者間できちんと収めているからで、実際はこうした小競り合いがかなりある。
 私闘は当然あるものとして、α校内では小競り合いの際の暗黙のルールが存在している。

 一つ、お互いに怪我はさせない。
 一つ、勝敗が付いたらそれに従う。
 一つ、何度も同じ諍いは起こさない。
 一つ、当事者間で全て収め、他人を介入させない。

 ……つまり、喧嘩上等ではあるが争いは当事者だけで片付けろ、ということである。裏を返せば、当事者間で収まらない問題なら初めから争うな、ということでもある。
 今回は金谷が俺を嘲ってきたから、それ相応の態度で返した。喧嘩で俺が勝った以上、今後金谷は俺の容姿を嘲ることはない。やってきたら俺が鼻で笑って終わりだ。喧嘩の経緯は周囲も見ているので、下手なこともできないだろう。
 教師は喧嘩の内容と勝敗を確認し、勝負がついたなら双方謝罪して終わりだと言った。処分も何もない。随分とあっさりしたものだ。
 事が落ち着いた以上、お互いに遺恨はなし、ということで金谷と教室に戻る。授業が始まっていたので国語の担当教諭には渋い顔をされた。
「神崎スゲーな!」
 授業が終わると、また自称イケメンがやって来た。……名前何だったか……人の名前っていまいち覚えられないんだよな……
「何がスゲーんだよ……」
「なんてーか、こう、スターンっ! て勝っちゃったじゃん。金谷デカいから、神崎不利かなーって見てたのに」
 驚いた、とか何とか言われたが、金谷は喧嘩向きの体格じゃない。
「喧嘩は慣れてるし。妾腹だから」
 実際、白夜がよく絡まれていたので、年上相手にも突っかかっていった。残念ながら小学生の四歳差は大きくて、勝てた試しはなかったけれども。
「ん? 妾腹って喧嘩慣れすんの?」
 ……この反応は、コイツ、α家庭の出身か。
「通ってた小学校はβ多いからな。妾腹だと変なのに絡まれるんだよ」
「へー……」
 α家庭出身者が通うような学校は、αかΩと判定される生徒が多い。まあ、αΩ間の夫婦なら子供の二次性がβになることはないらしいから当然か。
「なーなー、神崎って昼は学食だよな。よかったら一緒に食わない?」
「は? なんでお前と?」
「さっきのこととか金谷とどうなったかとか、聞いてみたいなって思ってさ。この機会に仲良くしようぜ」
 何だコイツ。何で俺と仲良くとか言い出した?
「え……怖……」
「斬新なリアクション! 待って今怖い要素あった!?」
 コイツの大袈裟な反応の方が斬新だが?
 意図が読めなくて尚も自称イケメンを眺めていると、
「クラスメイトの誼ってことで、いっちょヨロシクしてくんない? お願い」
 俺には何の効果もないウインクを披露してソイツが笑った。


 もう一人誘いたいヤツがいるから、と自称イケメンが隣のクラスに寄って、何故か三人で学食に来た。寮生は寮費から食事が出るので、学生証を見せれば注文できるシステムだ。自称イケメンは財布を出していたが、呼ばれた男子生徒は弁当持参だった。
「俺は水上みなかみ新次しんじね。で、こっちが須藤すどう基親もとちか
 水上って珍しい名字だな……って、俺、クラスメイトから改めて自己紹介されてるんだけど?
「神崎、俺の名前忘れてたっしょ。あからさまに『誰だっけ』って顔してたもんなー」
 あはは、と笑って水上が言う。……クソ、顔に出てたか……
「神崎くん? えっと、何くんなのかな?」
 ほわほわと気の抜けそうな笑顔で須藤が聞いてきた。赤みの強い栗色の髪と優しげな鳶色の目をしてる。見た目からして柔らかい。なんつーか、いるだけでデトックスされそうなヤツだな。
光希みつき。神崎光希」
 素直に答えると、「そっかー。じゃあみっくんだねー」と返ってきた。白夜と同じ呼び方に、何となく懐かしさを覚える。
「へー、みっくんかぁ。俺のことは新次でもシンでもいいぜ」
「お前はみっくんって呼ぶな」
 反射的に返していた。新次? シン? が呼ぶと何故か怖気が走るんだが?
「ちょ、俺に対して塩対応!」
「しんちゃん、みんなに塩漬けにされてるねー。可哀想だからよしよしー」
 甘やかすように須藤がシンの頭を撫でる。だいぶ仲がいいらしい。……にしても『塩漬け』って。コイツ、そういうキャラか。
「俺、どうせならΩか女のコによしよしされたいんだけど……」
「うわ、キッショ……」
「塩対応が過ぎて岩塩投げ付けられてるレベル!」
 思わず漏らしたらシンがまた大袈裟に返してきた。ああ、ウザキャラか。
「岩塩は死んじゃうよー。みっくんもよしよししてあげよう?」
「それは嫌だ」
 そもそも、シンが嫌がりそうだが?
「須藤の方が癒やされそうだし、任せる」
「あ、僕のことは基親でいいよー。じゃあ任せられたー」
 とニコニコしながら基親はシンの頭を撫で続ける。いや、その勢いはハゲるぞ。
「みっくん、さっき誰かとケンカしてたよねー。怪我とか大丈夫?」
 真っ先に聞くのが無事かどうかなのか。基親はお人好しなタイプのようだ。
「怪我はしてないしさせてない。それが鉄則らしいから」
「鉄則?」
 オウム返ししてきたシンに、智輝ともき兄さん――父と本妻との間に生まれたα性の異母兄――から聞いたα校の話をする。OBとして『暗黙のルール』を伝えてくれたのはありがたい。
「意外と殺伐としてんだな……α校……」
「みたいだな。俺も喧嘩吹っ掛けられるとは思わなかった」
 しかも容姿のことで。正直鬱陶しい。てか、まだ苛ついてはいる。容姿なんざ能力には何の関係もねえだろうが。皮一枚捲れば人間なんて皆一緒だろうがよ。それを『可愛い』だの何だの気色悪ぃ。…………まあ、終わった話だから我慢はするけど。
「あー、金谷なぁ……アイツ、こないだのテストで満点取れなかったの悔しがってたからなぁ」
「は?」
 いや、満点取れなかったって。そんなのクラスの半数くらいいただろ。
「光希はしれっと取ってたじゃん? だからじゃね?」
「満点は俺だけじゃねえだろ」
 大体半数は満点だったって担任も言ってただろうに。
「偶然点数が見えたとかじゃね? 光希の席斜め前だし」
「何だそれ。最早無差別テロだろ……」
「いや、選んでるだろ? 光希なら勝てそうとか」
 当たり前のように名前呼びになってるな。まあ、『みっくん』呼びよりいいか。
「選び方がクソだな」
「勝てそうなトコから行くのは基本じゃん? ま、負けてたけどな、金谷」
 そうだな。アイツ俺に負けてたわ。
「ケンカに勝っても満点取れないよー」
「……それは金谷に言ってくれよ……」
 基親が微妙にズレたことを言い出した。天然か。天然だろコイツ。
「なんか、今後もケンカに遭遇する可能性はあるってことか。俺も気を付けよう……」
 はぁ、とシンは溜息を吐いて、時計を見る。
「と、それはともかく。いい加減にメシ食わないと昼休み終わる! いただきます!」
 シンの言葉に、俺たちは慌てて昼食を済ませたのだった。


 その喧嘩以来金谷は俺と距離を取るようになり、逆にシンと基親とは一緒に行動するようになった。
 友達なんて上辺だけだ、と考えていたが、実際に三人で行動するようになると楽しい。α同士ということもあってか、変な格差は感じなかったし。気楽に過ごせる仲間は悪くない。
 一ヶ月も経過すると学校にも寮にもすっかり慣れてしまったんだが、どうやらまだ慣れないヤツもいるようで。
「光希! 基親探してくれ!」
「…………は?」
 いきなりシンに言われて理解が追い付かなかった。探せって、学校だよな、ここ。
「隣のクラスの堀江が言うには、一時間目が終わるまではいたらしいんだよ。それで教室移動があって、みんな理科室に行ったら基親だけいなくなったとか……」
「え、誘拐?」
「学校の敷地内ですよ!?」
 まあ、そうだな。α校の敷地内なんて、かなり警備も厳重だしな。
「アイツ、ぽやーっとしてるからな……案外迷子になってたりしてな」
 冗談半分で言うと、シンが真顔になる。おい待て。嘘だろ?
「……迷子だな…………」
「なんで真に受けてんだよ! 校内だろ!?」
「基親だからな……」
 その一言で説得力持たせるのはやめろ。
「考えようによっては校内にいるだけマシか……よし、単なる迷子ならどうにかなる! というワケで、頼む光希! 一緒に探してくれ!」
 捜索範囲が狭まった分探しやすくはある、と……仕方ない。
「分かった。取りあえず担任に説明してから行くぞ」
 すぐに見つかるかどうかも分からないし、断りを入れてから動いた方がいい。
 二人で担任に話を通して基親を探しに行った。A組から理科室までの間だよな……いや、どうやったら迷えるんだ? 二階の教室から一階の特別教室だろ?
 手分けして捜索するのも考えたが、大した範囲でもないし、とシンと一緒に行動する。その間に彼らが幼馴染ということと、月に三回ほどの頻度で基親は迷子になることを教えられたんだけど……何だよそのほわほわ度合い! 一人にできねえタイプじゃねえか!
 中等部のあちこちを巡って、それでも見つからない。あとは高等部になるが……まさかな……違うだろ、流石に。
「……なあ、シン……」
「……聞こうか、光希クン」
 言いながら、俺たちの顔は高等部の方に向けられている。
「いなかったよな、中等部……」
「いなかったねぇ……中等部には」
 顔を高等部の校舎に向け、目だけでお互いにコンタクトを取る。……『まさか』なのかよ――!
「行くしかねえかな……」
「だろうな……しゃーない。行きますか……」
 肩を落として中等部と高等部を繋ぐ渡り廊下に向かった。校舎内だったらどうするか……最初に職員室か? 高等部の教師と交流なんかねえぞ。どう話せばいいんだよ。中等部の生徒ですけど、友達が迷子なんです。探させてください、とか説明すんのかよ。頭痛え……
 と、渡り廊下に差しかかったところで、見覚えのある後ろ姿があった。って、おいおい……基親の前に高等部の制服着た銀髪の男子生徒がいるんだが!?
「α校のグローバル化か……?」
「ちょ、誰うま」
 いやいや、笑ってる場合じゃねえよシン。どうすんだコレ。
「あああ、あいがっと、ろすと――」
「待って待って、落ち着いて! 僕日本人だって!」
 あはは、と笑いながら銀髪の先輩が応じてる。いや、銀髪に金の瞳で彫りが深い顔とか、とても日本人には見えないけど……まあ、日本語で問題ないなら行くか。
「すみません! ソイツの友達です!」
 手を振って先輩に声をかけると、こっちを見た先輩が手を振り返してきた。……日本人? どう見ても北欧系だが?
「ほら、お友達だって」
 へらっと軽い笑顔で彼はとんとん、と基親の肩を叩いた。振り返った基親が涙目でこっちを見る。
「しんちゃん! みっくん!」
 わーっと両手を広げてこっちに走ってきたから、あとはシンに任せた。ったく。何やってんだコイツは。
「中等部の子がいたからびっくりしたよ。なに? 迷子になった?」
 何故か楽しそうに先輩は話しかけてくる。なんかヤバそうな先輩だな……
「新入生みたいだけど、中等部の制服だよね。今五月だけどまだ道迷うんだ」
「あー、はい。アイツ、ちょっとボーッとしてるタイプで」
 そんなの俺の方も信じらんねえよ。一ヶ月通って迷子になるってどんだけなんだよ。大体、α校はそんな広くもねえだろ。ないよな?
「僕高等部の二年だけど、迷子に遭遇したのは初めてかな。アレかな。案内板とか要る感じ?」
「いや、こんな経って迷子になるのアイツくらいだと思うんで……」
 案内板は大袈裟だろ。一応校内に案内図はあるんだし。
「でもさ、実際迷子が出ちゃったんだし――」
「おいとき、何中等部生に絡んでる」
 と、先輩の背後から声がかかった。……双子か? 髪と目の色以外そっくりな二人だ。
「あ、つむぎくん。なんか、あの子迷子みたいで」
「迷子?」
 ツムギと呼ばれた明るい茶髪の先輩がこっちを見た。
「高等部に用事があったのか?」
「いえ、友達が正真正銘迷子になってこちらまで来てしまったようです。俺ともう一人で探しにきたら、こちらの先輩にお世話になっていました」
 と、トキ先輩? を示す。俺の説明になるほど、とツムギ先輩は頷いて、はた、と動きを止めた。
「迷子……?」
 その反応は理解できる。入学から一ヶ月経ってるもんな。それが普段は交流のない高等部の方まで迷い込んだなんて聞いたら誰だって驚く。
「これは想定外だよね。だから案内板とかあった方が便利じゃないかなって話を――」
「初対面の後輩にややこしい話をするな。……すまない。コイツのことは無視していい」
「え……ああ、はい……」
 ややこしい、か。議論好きな人なんだろうか。今捕まるのは確かにややこしいことになる。見つけたら即戻るよう担任に言われてもいるし。
「中等部へは戻れるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。お世話になりました」
 そう言って頭を下げると、ツムギ先輩は頷いてトキ先輩と校舎に向かって行った。……今、確か授業中じゃなかったか? トキ先輩の方がサボってて、ツムギ先輩が呼びに来たとか……ありそうな感じだな。
「光希」
 先輩方を見送ってると、シンが呼びかけてきた。まだ基親はシンにくっ付いてんのか。
「お前スゴいな……先輩相手に物怖じしてなかったし」
「あー……はく――兄が今の先輩方と同じくらいの歳だから、慣れてるのかもな」
「兄? α校のこと教えてくれた人?」
「その兄とは別。実兄でΩ」
 白夜もΩ校で後期学習に入ったって言ってたな……Ω校は八年制で、真ん中の四年で前期後期に分けられてるとか。
「珍しいな」
 ああ、そういやシンはそれなりに言葉を選べるヤツだったな。妾腹で実の兄弟がいるなんてそうそうない。複雑な環境だって察するだろうに。
「まあな」
 その一言で返しても特に追求してこないし、付き合いやすいいいヤツだ。
「みっくんすごいねー……僕、英語で話さないとって焦っちゃったよー」
「いや、相手普通に日本語だったろ」
 見た目は北欧系だったけど、日本人とか言ってたしな。というか、真っ先に英語で話そうとしてた基親のがスゲーよ……α家庭ってそこまで教育行き届いてんのか?
「基親、焦り過ぎてアワアワしてたなぁ……ま、とにかく見つかったならヨシとしますか!」
 シンが締めくくって、俺たちはようやく中等部の方に向かった。A組B組両方の担任に呆れられつつ叱られたが、お咎めなしで事態が収束したのはよかったと思うしかなかった。


 部活動の勧誘やら定期試験やらと何かと忙しく日々は過ぎて、夏休みになった。短い帰省で無事に白夜とも過ごせて安心する。なかなか会えないといっても、こうして一緒にいる時間は取れるんだ。例え抱き合うことを禁じられても、俺たちの仲は変わらない。そう実感できて嬉しかった。
 二学期が始まって学校生活に戻る。久しぶりに会ったシンと基親と夏休みの間の話をして、そこで改めてお互い家族の話なんかもした。シンの父親が検事なのも驚いたが、基親の父が冠番組を持ってるタレントだというのは流石に言葉を失った。確かによく見れば似てるな……いやでも、言われなきゃ気付かねえわ……
 中高合同の体育祭だの文化祭だの、初めての校内イベントはそれなりに楽しんだ。シンは軽音部、基親はサッカー部、俺はゲーム部と部活動も充実していた。
 そうして年も明け、進級も目前になった学年末。俺は思いもしなかった理由で実家に呼び戻された。

 事件のあらましを聞いた白夜は、血の気が引いた顔で俺を抱えた。これだけ近い距離にいるのに誰も咎めなかったのは、皆が皆、それどころじゃなかったからだ。
「あの人、今更こんな……」
 母の血の気も引いている。ただでも白い肌が更に蒼白になっていた。
「それにしても無理筋な訴えだな……どうして光希の方を」
 小さく呟く父の言葉に俺は同意した。どうして俺なんだ? 原告側とは全く無関係だっていうのに。
「……ごめんなさい……」
「白夜が謝ることじゃない。とにかく、こちらも弁護士を立てないと」
 白夜の謝罪を不要だと言い切り、父はカバンからスマホを取り出した。恐らく社長に事態を説明して弁護士を紹介してもらえるか聞くのだろう。
 しかし、意味が分からない。どうして今頃、白夜の父親が出てくるんだ。白夜の認知すら拒絶していたくせに。しかも、縁もゆかりもないを認知したいなどと。
「俺は無関係なんだし、放っておいてもいいんじゃない?」
「欠席裁判は圧倒的に不利になる。道理を曲げてでも向こうの主張が通りかねないからな。それにしても光希の方とは……碌に調べもしてないんだろう」
 溜息を吐いて父はこめかみを手で押さえた。頭痛でもするのかもしれない。
「この様子だと、紗月さつきが俺の番になったことも知らないんじゃないか。そうじゃなければ、こんな厚顔無恥な訴えなんかできないしな」
 まあ、そうだろうな。白夜の実父だからあまり言いたくはないが、あまりに浅はかで呆れるしかない。
 この訴えは、白夜の実父で母を孕ませた上に認知もせずに逃げたタブチデンキの現社長が、何故か俺を認知すると言い出したことに端を発する。血の繋がった白夜ではない。全く無関係で、更に既に父の認知を受けている俺を、だ。
 噂によると田淵氏はあちらこちらで浮名を流し、白夜のように認知もしない子供が多数いるらしい。それでどこの誰かも理解しないまま、α性の子供だからと俺を指名したに違いない。母に白夜の認知を迫られたことは覚えていたのかもしれないし。
 それにしても、普通間違えるか……? 大体、白夜と俺はさほど年も近くない。四年も差があれば気付きそうなものだが。
「弁護士が間に入れば片付くような事件だ。そもそも無茶な訴えなんだし、こちらで手配しておく」
 と、父はお茶を一口飲んでこっちを見た。いきなりその眉間にシワが寄る。
「白夜、光希。近過ぎるだろう。離れなさい」
 ……クソ、気付かれたか。
 仕方ないので、白夜の腰に回していた腕を解いた。抱き着く恰好は諦めて隣に寄り添う。
「二次性が違うんだから、そこの節度は保つように。全く……光希もα校に入ったんだから、いつまでも弟気分でいるんじゃない」
 そう注意して父はスマホを手に席を立った。廊下の方に行ったので、今から弁護士の手配に動くようだ。
「……ごめんなさいね。大丈夫。二人とも絶対に守るから、心配しないで」
 そう言って、母が俺たちの頭を撫でる。もう十三歳になってるんだけどな……まあ、こんな理不尽な訴えをされてるんじゃこの過保護っぷりも仕方ないか。
 母も不安なのだろう、とその過保護さを受け入れていると父が戻ってきた。
「ひとまず弁護士を紹介してもらえるようになった。手間をかけるが、二人とも何度か帰ってきてもらうことになる。よろしく頼む」
 父の表情を見て肩に入っていた力が抜けた。よかった。真剣に俺たち二人に向き合ってくれている。
「誰がなんと言おうと、二人とも俺の子供だ。向こうになんか渡さないから安心しなさい」
 そう断言した父は、いつもと同じように白夜と俺の頭をぽんぽんと軽く撫でてきた。


 事件を担当したのは若い――といっても二十代半ばくらいか――柔和な顔の弁護士だった。人当たりの良さそうな笑顔で、まだ子供の俺たちに対しても丁寧に接してきた。
 一通り白夜と一緒にその弁護士と話して、今回の訴えについて聞く。俺たちを安心させるための説明なのは分かった。分かりやすいよう噛み砕いて説明してくれた。
 その間、白夜が俺をしっかり抱えていたのは不安の表れだ。だがそれも説明を受ける内に落ち着いたようだった。
 弁護士と二人で話したい、と言ったのは、向こうが白夜をどう扱うつもりなのかを聞きたかったからだ。俺がαだからという理由で認知などと言い出したのなら、Ωである白夜に手が伸びることはないだろう。だが、単に『息子』を認知する必要があるのだとしたら、白夜が認知される可能性がある。これまでずっと父さんの子として、俺の兄として一緒にいたんだ。今更そんな風に関係を絶たれるなんてあってはならない。
 話し始めてすぐに弁護士――小菅こすがさんは俺への対応を子供向けのものから一人のαとしてのものに変えた。もしかして彼はαなんだろうか。雰囲気がα校の教諭に似ている。
 子供扱いされないというのは、今回において助かった。問いに対して変な誤魔化しはないからだ。
 まず一番聞きたかったのは向こうが白夜にどう対応してくるか。小菅さんが言うには、白夜を認知する可能性は低いだろう。田淵氏はαの子を欲しがっているようだから、とのこと。ただ、白夜と一緒に、という条件で養子縁組を打診するかもしれない、と言われた。
「白夜がどう言おうと断ります。白夜も渡しません。父は兄のことも自分の子供として接していますし」
 話を聞いた白夜が即座に俺を抱えるくらいだ。離れるのはもちろん、この家を出ることだって嫌に違いない。俺たちはずっとここで家族として過ごしてるんだ。
 それを告げると小菅さんの表情が柔らかくなった。
「そうですか。いや、それが確認できてよかったです。ご両親も子供たちは渡さないと仰っていたので」
 確認できてよかったのはこちらもだった。『両親』が白夜を大事にしてくれている。それが分かって、更には小菅さんにもそれを示してくれて安心した。
 このふざけた訴えを退けるために、小菅さんに頭を下げてお願いした。笑顔で頷く彼は後にきっちりと仕事をやり遂げてくれて、とても頼もしかった。αとして見習わなければ。――そう思っていたんだ。白夜が将来を決めたと知る時までは。

 事件の解決には思いの外時間がかかった。が、ほとんど小菅さんに任せていたのもあって、こちらにはあまり負担はなかった。
 何の問題もなく進級し、後輩もできた。そこで改めて思ったのだが、α性の人間はアクが強い。現に――

 校舎中追い回されて、階段下のデッドスペースに潜り込む。上がった息を整えていると、足元で影が動いた。
「……っ!」
「……神崎先輩だ。驚いた」
 見覚えのある男子生徒が俺を見上げてぽつりと呟いた。驚いたようには聞こえない平坦な口調。ブルネットの髪と、光を吸い込んでるんじゃないかと思うほどに黒い両目。同じ寮生の後輩、久世くぜ緋依ひよりだ。
「……久世か……驚いたのはこっちだ」
「先輩も平良たいらに追われてるのか」
 平良望愛みあ……合唱部所属の女子だ。当然αで、やたら押しが強い。
 合唱部は本格的に声楽家の道を選ぶαが多く、平良の父も有名なオペラ歌手だ。本人は「アーティストになりたいの」とか抜かしてたけど。
「まあな……つか、なんで俺なんだ……」
「先輩は音感と声がいい。どうして音楽の道に進まないのか分からない。声楽は嫌か?」
 久世は淡々と答えてるが、俺のどこが音感がいいんだよ。音楽の授業でいつまで経ってもアルトリコーダーが吹けないんだが? 俺一人残される屈辱はさっさと忘却の彼方に追い遣りたい。
「声楽じゃなくても、歌手でもいい。あの声と感情を伝えられる才能はなかなかない」
「……そりゃどーも。つっても、俺より久世の方が向いてるだろ」
 褒められても困る。褒めてる本人が絶対音感の持ち主で、鼻歌すら芸術的に上手いのだから。
「僕は弦楽器がいい。この間チェロを触らせてもらったが、あんなに想いを乗せられる楽器は初めてだ。僕はチェロがいい。チェリストになる」
 グッと両拳を握って久世は何度も頷いていた。パッと見Ωか、と思うほどに可愛らしい顔をしている彼がそういう仕種をしていると、どこかウサギを彷彿とさせる。尤も、それを口に出すとこの小さい体で執拗に蹴倒されるので、絶対に言わないけれど。
「そろそろ昼休みが終わってしまう……先輩は学年が違うから逃げ切れる……羨ましい」
「そういや、お前ら同じクラスだったか」
 俺は昼休みやら放課後の部活前に追いかけられるが、クラスも一緒なら休み時間ごとに追われてもおかしくない。ご愁傷さまだな。
「……僕は諦めて戻る。いざとなったら木崎に助けてもらおう。アイツはいい奴だ」
 木崎あやめだったか、眼鏡をかけた規律に煩そうな女子だ。彼女も寮生でよく久世のところに様子を見に来るからか、何かと目にする機会が多い。男女で寮は別になっているが、久世が心配で確認しに来るのだとか。これが完全﹅﹅な異性なら冷やかす場面なのだろうが、α同士ではまず『ない』だろうな。実際、二人の様子を見ていると最早親子のように見えてくるし。もちろん子供は久世の方で。
 今後も木崎は壁にされるんだな、と哀れみながら廊下に出る久世を見送った。遠くから平良の声がしたので、また追いかけられるのだろう。……俺も早々に逃げよう。
 夏休みに入る頃には落ち着くだろう、と少々甘い希望を抱きつつ、俺は教室に戻った。


 落ち着くだろうと思っていた勧誘は夏休みどころか制服が夏服から合服に変わってからも続き、更には何故か勧誘が増えた。合唱部だけではなく、演劇部から。
「なんで俺なんですか!?」
 目の前で頭を下げる先輩を無下にもできずに困惑する。どうして高等部の先輩が中等部まで来るんだよ!
「君のチェスターのコスプレを見て直感した。君は演者になるべくして生まれたんだよ神崎くん!」
「意味が分からないんですが!?」
 直感って何だ。アンタの『直感』にどうして俺が付き合わなくちゃならないんだよ!
 ……とは、流石に言えず。中等部生に頭を下げる高等部生、という異様な状況から逃れたくて「お願いですから頭を上げてください」と、か細く願い出るしかない。
 演劇部の新部長、渡辺先輩が言っていた『チェスター』とは、今年の夏休み前にゲーム部が販売した『Reライブ』というメトロイドヴァニア系ゲームのキャラクターだ。中等部生の部員は特殊な才能でもない限り開発の肝に携われないので、デバッグやテストプレイ、販促をすることになる。
 因みに、ゲーム部は年に一回ゲームを作成して、デベロッパーはゲーム部、パブリッシャーがα校という形でインディー販売している。その利益が次作の開発費……つまりは部費になるわけだ。
 販売開始するとα校内でその販促活動をするのだが、今年は俺がキャラクターのコスプレをして販促のために校内を回った。正直恥ずかしいし嫌だったが、次の開発費になるなら、と覚悟を決めるしかなかった。
 そこで俺の姿を見たらしい渡辺先輩が、何故か『ぜひ演劇部に!』と迫って来ている現状なのだが……全く意味が分からない。コスプレと演劇は関係ないだろ。ないよな?
「頼む! その才能を埋もれさせるわけにはいかないんだ! こんなに舞台映えする逸材を逃してなるものか!」
「やめてください怖いです!」
 思わず本音が漏れた。いや、こちとら中等部生だぞ!? いきなり高等部生に頭下げられるって何なんだよ! 周りのクラスメイトも遠慮なしに見てくるし!
「大体、俺今ゲーム部の部員ですし、掛け持ちなんてする余裕ないです」
 まだ俺が任せられるような内容は少ないけど、デバッグ作業に入ったら時間が足りなくなる。あの作業マジでキツい。想定外の動きでどういう挙動になるかの確認って、想定外の動きなんてまず分からないだろ。想定外なんだから。
「そちらとは上手く話を付ける。何なら舞台で宣伝しても――」
「絶対に無理です!」
 そんな不自然な舞台があってたまるか! 次は何のゲームを作るかすらおぼろげな状況だぞ!? 恋愛シミュレーションとかだったらどうすんだよ! 雰囲気ぶち壊しだろ!?
「無理かどうかはやってみてから判断しても遅くないだろう。さあ、今からゲーム部に――」
「……行きません。演劇部に戻りますよ部長」
 と、もう一人現れた先輩が渡辺先輩を背後から掴んだ。この様子だと部に出てこない部長を探して回ってたんだろう。お疲れさまとしか言えない。
「いや、俺は部のために勧誘を……」
「嫌がってる後輩を無理やり入部させると全体の士気に関わるのでは? とにかく戻りますよ。……ごめんね、神崎くん。コイツはきちんと監督しておくよ」
 そう言って、部長を連れ戻しにきた先輩は彼を抱えたまま教室を出て行った。……さり気なく関節極めてたな……あれは痛い。
「光希、モテモテじゃん」
「あれをモテモテっつーな。そんなに言うならシンが合唱部か演劇部に入ればいいだろ」
「いやー、俺は軽音部だからムリだわー。バンドマン目指してるしどっちもパスで」
 そう言ってシンが笑う。バンドマンって。チャラいから合ってはいるけども。
「でもまぁ、光希が誘われるってのは分かるな……むしろ、なんでゲーム部入ったん?」
 分かられてたまるか。
「ゲーム好きだからだよ。作る方にも興味あったし」
「へー……何? プログラマーとかなりたいの?」
「それもいいな。あと、企画とか立てるのもやってみたい」
 部で作ったゲームをいくつか遊ばせてもらったけど、学生でもここまで面白い物が作れるのか、と感動した。販促した『Reライブ』も難易度高いしやりごたえあって好みだったし。
「結構ガチめじゃん。なるほどなぁ……なら頑張って逃げないとな」
 シンはそう軽く笑うと、
「じゃ、俺らも部活行きますか」
 と教室を出た。


 中等部は順当に卒業し、一応設けられている進学試験も当然クリアした。そもそも、進学試験に落ちるようなαがいるわけもない。気になって聞いてみたら、やはり今まで落ちた生徒など聞いたこともないそうだ。
 高等部に進学してからもあまり変わらない。ゲーム部では企画の方にも携われるようになった。オープンワールドゲームを作りたいという意見もあったが、一年間では時間も人手も足りない。諦めて、2D格闘ゲームを作ろうという話になっている。
 今更2D格闘? と思ったがどうも最近流行り出したらしい。こういった情報が入ってくるのも部活動の強みだ。
 そうして学校生活を続けていく内に、シンが悩む様子を見せ始めた。
 シンはやたら交友関係が広くβの友人もいるのだが、外で結成したバンドの売り込みが芳しくなかったらしい。本人は「また別のレコード会社に売り込み行くか」と明るく言っていたものの、どうやらその際にギターが引き抜かれたそうで。
 流石にギターが引き抜かれてしまっては、バンドの存続は難しい。で、今はメンバー募集をしている最中だが、売り込み時にレコード会社の人からシンだけ誘われたなんて事情もあって悩んでいるんだとか。
 それで、バンドメンバーを探しての存続か、誘われた通りシンのソロでデビューかで迷っているらしい。
 俺にも「ギターやらない?」とか抜かしてきたが、俺の楽器の腕前が散々なことは知ってるだろうに。音楽祭であまりに演奏できる楽器がなさ過ぎて、中等部二年の時点でさっさとコーラス隊専属に決められた。それ以降、楽器は授業でしか触ってない。高等部では音楽の授業は選択すらしていない。
 そして、基親もなにやら暗い表情が増えた。大学進学は決めているそうだが、その先になると口が重くなる。
 ゆっくり時間をかけて聞き出してみると、芸能界に興味があるんだ、と答えた。どうやら父親と同じ道を進んでみたいらしい。
 どうも基親は『二世タレント』というイメージが枷になるのでは、と悩んでいるようだ。どうしても親の影が付いて回るのではないか、と。
 まあ、基親の父親って知らない人はいない、くらいのタレントだからな……冠番組三個もあったらな……
 俺みたいな妾腹からすれば、α家庭に生まれてるんだし父親の威光なんて好きなだけ利用したらいいと思うんだけど、どうやら自力でやれるところまで頑張りたいらしい。最終的には基親が決めることなのだから、俺は「やりたいならやってみた方がいい」と背中を押すことしかできなかった。
 俺自身は一度専門学校を経由してゲーム会社に入ろうか、くらいのぼんやりとした目標しか立てていなかった。ところが、まさか悩む二人を支えるどころではなくなるほどの事件が起こるとは、全く予想もしていなかった。


 膝を抱えて中庭の隅に座り込んでいると、背中にぐっと重みがかかった。こんなに気安く抱え込んでくるのはシンしかいない。
「光希くーん。そろそろご飯くらい食べようぜ? な」
 ウザい。落ち込んでんの分かるだろうに絡んでくんな。
 と、普段の俺なら払い除ける。けど、今はもうそれどころじゃない。
「………………」
「何? なんか辛いコトあったん? ほら、お兄さんに言ってみ?」
 何がお兄さんだよクソが。俺の兄を名乗っていいのは――
「……」
「え、ええ、ちょっと待っ――!?」
 向こうに行け、と言おうと顔を上げたところで思いっきり涙が溢れた。まんまガキみたいに。
「よしよし、イイコだから話してみような。何でも聞くから。ほら」
 背中に手を回してトントン撫でてくんな。キショい。でも、今は助かるかもしんねえわ。辛くて死にそう。
「人少ないトコ探す? あ、何なら五時間目サボるか。言い訳できるし」
「……人、ダシにして、サボんな……クソが……」
「口悪っ! そういうトコは泣いてても健在かぁ」
 はは、と乾いた笑いを漏らして、シンは俺を解放する。
「今の時間なら部室は誰もいないし、そこで俺がヒミツの相談乗っちゃいますぜ」
 そう言って、シンは俺に手を伸ばしてきた。伸ばされた手を握って初めて、俺は誰かに縋りたかったんだ、ということに気付いた。

 泣きながら、俺はシンに先週末のことをぶちまけた。白夜がいつの間にか小菅――前に厄介になったことのある弁護士――と交際していたこと。そして、先週末の土曜日に挙式したことを。
「確か、実兄はΩだったよな。めでたいじゃん」
「何もめでたくない……なんであんなオッサンと……」
 十歳差だぞ!? しかもαのくせに三十超えて独身だったんだぞ!? 欠陥品だろあんなの!
「俺が、白夜を噛むはずだったのに……!」
「ちょちょちょ、ちょっと待とう!? 落ち着いて!? 実兄なんだよね!?」
 それがどうした。αとΩだろ。
「どうせ半分しか血は繋がってない……白夜だって俺のこと好きなはずなんだ……二次性分かってからも抱き締めてくれたし…………」
「……ふ、複雑なんですね……」
 そうだよ。複雑なんだよ。だから、離れなくてもいいようにしたかったんだ。白夜は父さんと血が繋がってないから、認知はできなかった。母さんが妾だから養子縁組も不可能だった。白夜が嫁いでしまえば、俺との縁は細くなってしまう。もしも両親が同じなら、心置きなく『兄弟だ』って言い切れるのに。田淵とかいうヤツが母さんをちゃんと番にしなかったから。
「俺が噛んで、ずっと一緒にいたかった……」
 呟いたせいで、それが叶わなくなった現実がのしかかってきた。幸せそうな白夜の笑顔が忘れられない。どうして俺以外のαに、あんな笑顔を――
「……っ、んで……白夜……」
「あー……うん。分かった。ここでいっぱい泣いとこうな。よしよし。吐き出したいだけ吐き出しとけ。な」
 背中を擦られて、何度も頷く。悔しい。白夜を噛めなかったのも、あんなオッサンに奪われたのも、俺がぶつけた怒りが簡単に往なされてしまったのも、ここでシンに慰められてる情けない姿も、全部。
 それからしばらく泣いて、ポツリポツリとシンに生い立ちから今までのことを話した。俺と白夜の関係とか、あのオッサンと会ったキッカケのこととか。シンはただ頷いて話を聞いてくれていた。
「そっか。お互いに大切な兄弟なんだな」
「……ん……」
「離れたくなかったんだ」
「うん……」
 ガキみたいに鼻をグスグスいわせながら頷いた。離れたくなかったよ。今だって一緒にいたい。二次性が違うから、簡単に会えない。もう他のαの番になってしまったから。
「白夜に会いたい……」
 俺が卒業して実家に帰っても白夜はいない。会いたいのに。頭を撫でて欲しいのに。抱き締めていて欲しいのに。
「会えるじゃん。二次性が違っても番ができたなら」
「でも俺だけの白夜じゃない……苗字だって変わって……」
 そうだ。なんだよ『小菅』って。クソが……
「…………どうやったらこっそりアイツぶっ殺せるかな……」
「わああぁぁーっ! 落ち着け! ストップ完全犯罪!!」
 シンが慌てたように手を振り回した。『完全犯罪』――そうだ。小菅ぶっ殺して『書き換え』すれば……
「もう何!? 怖いわこの子!」
 俺の前でやめて、とか何とか喚いてるけど……ああ、そういえばコイツの父親って法曹か……
「とにかく! 番がいるΩなら、ハグくらい問題ないから。甘えさせてもらえばいいんだって。もしも独身同士だったら会うのも二人っきりじゃ不可能なんだし、ある意味会いやすくなったって思えば」
「だとしても……」
「寂しいんだよな。分かる。分かるけど、ちょっとプラスに考えよう! 今度の冬休みにでもね、会って甘えとこう。ね!」
 そう簡単に言うなよ。会えてもあのオッサン付いてくるだろ。……マジで事故にでも見せかけて……
「と、とにかく、落ち込むのは仕方ない。俺が話聞くから変に考え込まないように! な!」
 光希ってたまに突拍子もない行動取るからな……とか何とか言ってんなよ。聞こえてんぞチャラ男が。
「……泣きたいだけ泣いて、落ち着いたら戻ろうな。ゆっくりでいいから」
 胸の内で悪態を吐きながら、でもシンに縋るしかないような体たらくで、俺はただ頷いた。


 しばらく何も手に付かない日々が続いた。最低限の活動はこなしたが、何をしていたのかすら記憶にない始末。
 ことある毎に白夜を思い出してはシンに泣き言を漏らす。そんな毎日を過ごしていたら、ある日シンがとんでもないことを言い出した。
「アイドルやろうぜ、光希」
「………………は?」
 『アイドル』という単語が意味を成すまで数十秒かかった。理解できてからもコイツが何言ってんのか分からなかった。
「いや、前に売り込み行ったレコード会社がさ、俺のソロでアイドル路線なら考えるって言ったハナシしただろ。ハッシーも引き抜かれたし、バンドも今じゃ空中分解みたいな感じでさ」
 そういや、コイツはコイツで難しい顔してたっけな……ギターのヤツ、引き抜かれたんだったか。
「基親も芸能界行きたいっつってたじゃん? だからいっそのことα三人グループってことでどうかなって」
「……なんで三人なんだよ」
 二人でいいだろ、と続けると、シンが首を振る。
「いやいや、アイドルはデュオよりトリオが相場よ? それに俺らいつも一緒に遊んでんじゃん。どうせなら光希も誘いたいなーって基親も言ってたしさ」
「そんな軽いノリで誘うモンじゃねえだろ……」
 お友達でデビューです、ってか。シンと基親なら全然イケるだろうが、俺なんかに声かけても引き立て役にもなれねえよ。俺異分子だろ。どう見ても。
「軽いノリが嫌なら真剣に誘うわ。一緒にやって欲しい。力を貸してくれ、光希」
「な――」
 普段のヘラっとした笑顔じゃない。これまでの付き合いでもほとんど見たことのない真摯な表情だった。コイツ、マジだ。それが嫌でも伝わってくる表情。
「光希にもメリットはある。名前が売れたらテレビや雑誌にも載るだろ。ポスターなんかも駅やビルに貼られるかもしれない。そうしたら、白夜さんの目にも留まるだろ」
「――――」
 言葉が出なかった。白夜の目に……
「忘れられるのが怖いなら、常に見てもらえばいい。売れさえすれば、毎日でもお前の姿は届けられる」
 白夜に俺の姿を……
「見て、くれる……?」
「そうだよ。そうしたら、お兄さんなら応援してくれるだろ。握手会とか、ライブにも来てくれるかもしれない。会えるようになるよ、光希」
 そんな都合のいい話をされても困る。売れたら確かにそうだろう。でも芸能界だ。実力だけでどうこうできる世界じゃないだろ。そんなところに、俺が?
 馬鹿げた話だってのは分かる。でも、白夜に見てもらえる可能性は確かに高い。人前に出て、目立つことができるのなら。
「…………」
 無理だ、と言い切れずに俯いた。シンは答えを返せない俺の肩をぽんぽん、と労るように叩き、
「今すぐ決めなくていい。でも、俺も基親も待ってるから」
 そう言って席を立った。


 あの時に答えられなかったのが、もう答えだったんだと思う。後になって考えたらバカみたいな話だけど、その時はシンの提案に乗るしかない、と思ってしまった。
 シンと基親に答えを伝えると、二人とも大袈裟に喜んでいた。引き立て役にもなれないかもしれないけど、と言うと、引き立て役じゃない、思いっきり前に出ろ、とシンに背中を叩かれた。
 α校の在学中に細かなことを決める。グループ名は『SPlendid.スプレンディド』。アイドル名なんてのも決められた。本名でいいだろ、と言ったら「基親の名前が長く感じちゃって」とか返ってきた。そうなのか?
 アイドル名とやらはそれぞれの名前の漢字からシンが決めた。新次は『ネオ』、基親は『ディア』、光希おれは『レイ』らしい。アイドルの仮面を被るなら、確かに本名じゃない方がいいかもしれない。切り替えが容易そうだ。
 グループ名だの何だのと早々に決めたのは、既にシンがレコード会社との契約を結んでしまったからだ。
 元々シンのソロでアイドルなら〜という話があったのは聞いていた。それで改めて売り込む時に三人の顔写真を見せてα男子三人組ではどうか、と交渉したところすぐさま契約締結に至ったらしい。
 デビューは卒業翌年のバレンタインデー。そこまでにダンスとボーカルのレッスンをこなしておくこと。ステージ衣装を決めること。シンがいくつか楽曲も作っておくこと……と、トントン拍子にやることも決まっていき、そうこうする内にα校の卒業式を迎えた。

 形式に則った式典を済ませ各々が別れの言葉を交わしていると、軽いもので後頭部を叩かれた。振り返ると平良が仁王立ちしている。
「なんでアイドルなんですか!」
「はあ?」
 『なんで』も何も……なんで俺が平良に文句言われてんだ?
「アイドルになるなら合唱部入ってくれてもよかったじゃないですか!!」
「はあぁ!?」
 合唱部って、今頃になって言うことか!? 卒業式も終わったんだぞ!?
「ヒドイですよ先輩……アイドルとか、絶対に歌うじゃないですか……なんで合唱部はダメだったんですかぁ!」
 ふえぇ、と泣くフリをしてるが、α校内でやっても無意味だろそれ。実際、女子が泣いている、という局面でも周りの生徒はシラーっとしている。女子といってもαだと分かってるしな。
「こうなったら合唱部に入らなかったこと、後悔させてみせますから! それまではせいぜい売れておいてくださいよ!」
 なんの宣戦布告だ。蹴落としたいのか応援したいのか、ハッキリさせてくれ。
「……どこの悪役令嬢だよ……」
 校舎内に向かって走り去るその後ろ姿を見送って、俺はこれで最後になる学び舎に背を向けた。


 アイドルになると決めてから、父さんに進路の話をした。動機については誤魔化したが、本気で芸能界入りする考えであることと、デビューまでの援助のお願いを伝える。
 渋られるかと思っていたが、父は思っていたよりあっさりと「分かった」と応えた。
「あ……ありがとう。その、部屋は友達とルームシェアするし、デビュー前はバイトもするから」
「バイトよりレッスンだろう。デビューまで一年もないんだ」
 確かにその通りではあるけど……妾腹なのにそんなに甘えて大丈夫なのか?
 そう考えていると、父さんがニッコリと――待て、これは何かしら裏があるだろ! こんな好条件、タダで引き受けてくれるワケが……
「デビューと同時に仕事があった方が、何かと安心だな。四月からならちょうどキリもいいだろう。いやぁ、新聞社ウチのCMも若い世代に向けたものにするべきだ、と社長に話したばかりなんだ。来年度から頼むよ」
「CM…………」
 これってコネでキャスティングするってことか!? 妾腹なのに!? デビューとほぼ同時期で!?
「当然、それまでに大手新聞社のCM出演に相応しいアイドルグループになっているだろう? 楽しみにしているよ、光希」
 確かに俺は断れない。立場からしても、これからのスプレの利益からしても、絶対に断るわけにはいかないけど! 実質脅しみたいなモンだろコレ!!
 とはいえ、このオファーは重要だ。援助と引き換えにアイドルとしての『レイ』を完璧に仕上げれば、スプレの名が売れる。出演料も入る。
 芸能界なんて、実力があっても運やコネがなければのし上がれない。基親は二世タレントとして見られるのが嫌だと言っていた。シンは業界にコネがあるわけじゃない。なら、ここで俺が父さんのコネを最大限活かすべきなんだ。それを理解しているから、父さんもこの援助とオファーの話をしている。『完璧に仕上げろ』と俺に要請しているんだ。
 できるできないの話じゃねえな……やるしかない。
「分かった。デビューまでにちゃんと仕上げてくる。だから、援助、よろしくお願いします」
 歩き出した以上は進む。そう改めて決意して、俺は『SPlendid.』の『レイ』になった。


 α校卒業後、アイドルとしてのレッスンに明け暮れる。シンはこれまでバンドの経験があるからなのか、ダンスも歌もほとんど完璧だった。
 意外だったのは基親で、ダンスは問題ないのに歌の方がなかなか上手くいかない。別に下手なわけじゃないんだが、何というか……あまりに普通というか、素人臭さが抜けない。元々はアイドル志望じゃなかったのだから、これから訓練していくしかなさそうだ。
 俺の方は、何故かボーカルレッスンの先生に褒められた。声の安定感と音感がいいらしい。昔、久世に言われたことはお世辞じゃなかったのか。
 ただ、ダンスの方がキツかった。踊ること自体は問題ない。でも、体力が続かない。俺、確かに文化部だったしな……運動なんて体育の授業くらいだったもんな……どうやって体力付けりゃいいんだ。
 日々のレッスンは少しずつ進歩した。そして、シンとのルームシェアは最悪だった。
 初めは食事は各々勝手に作るはずだったんだけど、アイツが横から「ちょっとちょうだい」とか持っていくモンだから、諦めて食費折半にして俺が作るようにした。
 まあ、メシ係になるのはいい。部屋を借りてる立場だし、美味いって褒めてくるから納得してる。それはいいんだが、俺も住んでるのに部屋にΩや女連れ込んで盛るのはマジで勘弁して欲しい。
 アイツに誘われて何度かα社会の遊び場『交友会』に行ったことがある。そこで童貞を捨てたから、別にそういう方面で潔癖でもない。でも、アノ声が聞こえてくるような環境でリラックスできるわけねえだろクソが!
 どうにも居辛い空気ができてるので、バイトに出ることにした。本来なら父さんの援助があるからレッスンに集中できるはずだってのに。
 仕方なくカフェでバイトした。対人が得意じゃない自覚はあったので、ついでに笑顔の練習もした。何度か客の女に声をかけられたので、成功はしたんだろう。いい経験だった。
 で、ルームシェアも三ヶ月になる頃、我慢できずに別の物件を探した。
 援助を受けている身でもあるので、父さんに報告する。と、今間借りしているシンの部屋と同じフロア――隣室が空いている、と言われた。そう言われても、家賃が二桁万円なんだが!?
「今は父さんに頼りっ放しだし、あんま家賃高価いトコは……」
 シンも実家からの援助であの部屋を借りてるらしいが、アイツ、芸能界入り親から反対されてる状況でよく平然とあの部屋借りられるな……いや、家庭の状況は人それぞれってのは分かってるけども。
『気にすることはないだろうに。先行投資だよ。ウチのCMに出てもらう予定だからな』
 またプレッシャーを……なるべくなら、早くイーブンな関係に落ち着きたいってのに。
『それでも申し訳ないと思うなら、少しこちらの手伝いをしてくれないか? 写真素材が欲しい』
 要は、新聞社発行の雑誌や小冊子にモデルとして出ろということらしい。ほぼボランティア程度の報酬でこき使おうと。……援助の額が額だから、文句は言えないか……
 了承して、シンの隣に部屋を借りた。「隣ならシェアでもいいじゃん」とか言われたが、もうシェアはコリゴリだ。断固拒否する。
 独り暮らしにも慣れ、日課になっているレッスンを続けた。父からの紹介で始めたモデルのバイトは、アイドルになるための訓練だと割り切ってこなした。
 そうする内に『可愛い』扱いされても笑顔で流せるようになった。いっそのこと『可愛い』を武器にするか、なんて半ば諦めながら笑顔を作る。
 顔と声、ダンスで食っていく覚悟は決まった。シンの書く寒い歌詞は、メロディに乗ると何故かキッチリ嵌まる。アイツにはちゃんと才能があるんだな、と変に感心した。
 基親は大学に通いながらでもレッスンを続けている。最近は歌の方も順調だ。改めて見ると笑顔が自然で柔らかいし、華がある。芸能人になるべくしてなった、という感覚だ。……本当に俺、この二人と同じ舞台に立つのか? 公開処刑じゃね?
 俺は『可愛い』を武器にするという方向性が定まったので、表向きでは口の悪さを隠した。『レイ』の仮面を徐々に固めていってる。
 口調は白夜と話す時の自分を意識した。あんまり口が悪いと、白夜に叱られる。それを意識していたら何故か『みんなの弟』キャラに落ち着いた。因みにシンは『頼れるリーダー』で、基親は『優しいお兄さん』というキャラ設定でいくそうだ。三人ともキャラが違い過ぎる、と腹を抱えて笑った。
 準備は整った。後は、ただ前へ前へと進むだけ。


「そろそろ出番だね」
 基親――ディアくんが表情を引き締めて言う。
「初めての生放送だから、ちょっと緊張する」
 『レイ』が答えるならこうだ。今のはアイドルだから。
「大丈夫。このために練習してきたんだから」
 シン――ネオくんが僕たちを見て頷いた。頼りがいのあるリーダー……三人ともちゃんとできてるな。
 舞台裏のスタッフが、手振りで入場を促す。『それでは登場していただきましょう。α男性アイドルグループ、SPlendid.の三人です!』という女性アナウンサーの紹介を受けて、ステージに向かった。
 抽選で来た観客に笑顔を振り撒く。僕たちを知る観客はほとんどいない。だから、今夜ここでスプレを焼き付ける。
 イントロが鳴った。『HONEY²』――ネオくんが未来のファンへと向けた曲だ。
 品定めをするような視線の主へ笑顔を見せ付ける。声を張り上げて注目を集める。僕らならできる。僕らにしかできない。そんなステージを作り上げる。
 ――君はHONEY²
「ハニハニ!」
 ネオくんの声を追ったコーラスに観客の声が重なった。一瞬、ディアくんと視線が合う。コール&レスポンスできてるじゃん!
 二度目のレスは声が増えていた。次は更に。僕らは確かに観客の心を掴んでる。その感覚がある。
 そこからは三人を魅せるために持てる力を出し切った。たった一曲。しかも、テレビの生放送というカメラを介したパフォーマンス。それでも画面の向こうにいる誰かに刺さるようにと。
 ジャッ、とアウトロが終わって、拍手が沸き起こった。スタジオは間違いなく沸いていた。
 熱気が残る空気の中、響く歓声はこの瞬間だけのものなのかもしれない。それでもいい。僕らはこれを何度も繰り返し重ねていく。日本中に届くように。そして、誰よりも白夜に届くように。
「We are SPlendid.!」
 ネオくんがマイクを頭上に掲げた。僕らも続いて左手を高く上げる。
「こんばんは! SPlendid.です!」
 両手を振った僕らを歓迎するように、声が大きくなる。その歓声に浸りながら、僕らは着実にアイドルとしての道へ進んでいるのを実感していた。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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