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消せない過去

ボビー

5,358 字

現代怪異コメディ

"デジタルタトゥーが実体化した現代妖怪に、最強の開き直りで挑む、痛快サイバー怪異譚。"

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​深夜二時。

フリーランスの動画配信者、如月ナオトは、自宅の防犯カメラ映像を震える手で何度も巻き戻していた。

​「……まただ。また映ってる」

​ノイズの混じる録画映像の隅。街灯がチカチカと明滅する薄暗い路地裏に、白い装束を纏った女が立っている。

昨日はいなかった。一昨日もいなかった。だが今日、彼女は不自然に首を伸ばし、確実にナオトの部屋の窓を『覗き込んで』いた。

​異様に高い位置にある顔。そして――人間のそれではなく、スマートフォンの多層レンズが何十個も敷き詰められたような、鈍く光る無数の瞳。

​ナオトは恐怖のあまり、慌ててスマートフォンを掴んだ。

弾みで起動してしまったインカメラ。画面に映ったのは、青ざめて疲れ切った自分の顔。

​そして――自分の肩越しから画面を覗き込む、あの多層レンズの瞳。

​「ひっ、あ、あああ……っ!!」

​悲鳴を上げてスマホを床に叩きつけた瞬間、背後の気配は掻き消えるように消えていた。

​翌朝。怪異専門の何でも屋・紫兎(しと)の事務所。

​「へぇ! 防犯カメラの死角から現れて、スマホの画面越しに覗いてくる女の人ですか!」

紫兎の紫色の瞳が、好奇心でキラキラと輝いた。

「これはまた、最高にサイバーで悪趣味な案件ですね!」

​(ガジェット:・▽・;)

相棒の提灯お化けガジェットは、依頼人の恐怖に同情するように少し不安げに揺れる。

​「大丈夫、大丈夫!」紫兎はパチンとウィンクした。「まずは外から『観測』を開始しましょう!」

​現場周辺の路地。

紫兎は手元のタブレットを高速で操作しながら、一見何の変哲もない住宅街を歩いていた。

​街頭の防犯カメラ。交通監視システム。上空を飛ぶ配達ドローン。各家庭のスマートインターホン。

周辺に存在するあらゆる映像ネットワークへ、バックドアから次々とアクセスし、解析を進めていく。

​「……うわぁ」

数分後、紫兎の口からぽつりと声が漏れた。

「これは、想像以上の大物ですよ。周辺の監視ネットワークが、まるごと一つの『巨大な観測装置』として乗っ取られています」

​(ガジェット:!?)

ガジェットが驚いてカタカタと震える。

​「つまり、このエリア全体が彼女の『目』になっているんです。だからどこに逃げても――」

​その時だった。ぞくりと、背筋に強烈な視線を感じる。

ハッと振り返るが、路地裏には誰もいない。

​だが、頭上の電柱に設置された防犯カメラ、そして対面のマンションのインターホンカメラが、モーター音を立ててギギギ……と一斉に紫兎の方を向いた。

​「おや、もう見つかっちゃいましたか」

紫兎は全く動じず、レンズに向かってひらひらと手を振る。

「こんにちはー! 現代妖怪調査員の紫兎でーす!」

​一瞬、カメラのレンズが戸惑ったように僅かにブレた。

(ガジェット:>□< ;)

ガジェットは慌てて紫兎の背後に隠れ、ブルブルと震えている。

​その日の夜。高架下の薄暗い路地裏。

じっと待つ紫兎たちの前で、急に空気がピリピリと張り詰めた。

​強烈な電波ノイズ。視界がかすかに歪む。

街頭のカメラが一斉に激しく首を振る中、空間の歪みから「それ」が染み出すように現れた。

​白い古風な装束。だが、その首は配線コードの束のように異常に長く伸び、頭髪は無数の光ファイバーが混ざり合って白く発光している。

そして、顔の半分を覆い尽くす、大小様々なカメラレンズの集合体。

​【現代妖怪:高女(タカオンナ)】

​「かつて窓を覗き見た怪異が、現代の『過剰な監視社会』と混ざり合い、全長3.5メートルに及ぶ巨大な観測機構と化した存在」

​「おおっ!」紫兎の目が輝く。「実物は想像以上にでっかいですね!」

(ガジェット:;▽;)

​「初めまして! 噂のストーカーさん!」

紫兎が元気よく挨拶するが、高女は答えない。ただ、無数のレンズを『カシャカシャ』と不気味に作動させながら、紫兎を凝視した。

​その瞬間。

「……っ!?」

紫兎の身体が硬直する。全身の毛穴が逆立つような感覚。

ただ見られているだけなのに、自分の脳の記憶領域を、隅々まで手荒にスキャンされているような最悪の感覚。

​高女の瞳(レンズ)が、禍々しい赤色に輝きを増していく。

​「なるほど……。この人の能力は、ただの覗き見じゃない。

対象が**『最も見られたくない瞬間』『最も恥ずかしい過去(黒歴史)』**だけを正確に抽出して、白日の下に晒すことですか……!」

​次の瞬間、周囲の住宅のガラス窓や、路地の水溜まりが、一斉にプロジェクターのスクリーンへと変貌した。

​ジリジリとしたノイズと共に、そこに映し出されたのは――

​『画面の中の過去の紫兎:こ、こんにちはっ!

本年度の文化祭実行委員長を務めさせていただきます、ぼ、僕……じゃなくて、私!!』

​高校時代。大勢の全校生徒の前で緊張しすぎて、声を思いきり裏返して噛み倒す紫兎の映像だった。

​「わ、わあああああああ!!!?」

紫兎の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まる。

「ちょっと待って!? どこから掘り起こしてきたんですかその黒歴史ビデオ!!」

​だが、高女の容赦ない「過去暴き(ピーキング)」は止まらない。

隣のビルの窓ガラスに、別の映像が再生される。

​大学時代。ハッキングコンテストで見事優勝し、ドヤ顔で壇上に上がろうとした瞬間、思いきり足がもつれて派手にスライディング転倒する紫兎。

​さらに別の水溜まりには、つい先月の徹夜明け、寝ぼけたパジャマ姿のまま、なぜか変なオリジナルダンスを踊りながらコンビニへ突撃していく紫兎の防犯カメラ映像。

​「あああもうやめてください死んじゃう!! 精神的ダイレクトアタックはやめて!!」

頭を抱えてのたうち回る紫兎。

(ガジェット:;▽; 物凄く可哀想なモノを見る目)

​しかし、高女のレンズはさらに冷酷に、紫兎の記憶の「最深部」へとズームインしていく。

​ノイズ混じりの画面に映ったのは、少し若い頃の紫兎。

初めて担当した怪異調査。実力不足で助けられなかった依頼人。間に合わなかった救援。

誰もいない夜の事務所で、一人で膝を抱え、悔し涙をボロボロと流して泣きじゃくっている紫兎の姿――。

​「…………」

紫兎の叫びがピタリと止まる。顔から血の気が引き、本気で動揺したように唇を噛んだ。

「それは……ダメ……。見ないで……」

​その隙を見逃さず、ガジェットの警告アラートが空間に弾けた。

【警告:プライバシー流出率 92%】
【社会的信用崩壊(デジタルタトゥー化)まで:00:09:18】
【近隣ネットワークへの拡散(トレンド入り)を開始します】
「まずい、見せるだけじゃない……! 彼女、この映像を近隣の住民のスマホやSNSに一斉送信して、完全に私を社会的に抹殺する気です!」
​高女の無数のレンズが、勝利を確信したように嘲笑的な駆動音を立てる。周辺の大型広告ビジョンまでが、紫兎の涙の映像に切り替わりつつあった。
​「……ハァ、ハァ……。やってくれましたね……」
紫兎は前髪をかき上げ、額の冷汗を拭った。
​どん底まで追い詰められた。――はずだった。
しかし、彼女の紫色の瞳の奥にある「不敵な光」は、まだ全く消えていなかった。
それどころか、その唇はニィッ、と不敵に吊り上がる。
​「でも。……完全に攻略ログ、回収しました」
​高女のレンズの動きが、不審そうにピタリと止まる。
​紫兎はバチンと力強く指を鳴らした。
「なーんだ、そういうことですか! 貴方の強さの源泉(リソース)は、人間の『隠したい』っていう羞恥心ですね! 隠そうとして拒絶するから、そのフィルターが攻撃力に変換される!」
​紫兎は迷うことなく、手元のタブレットのエンターキーを思いきり叩いた。
「だったら――先手を打って、私から全世界に『共有(シェア)』してあげます!」
​ハッキングにより、高女の拡散ネットワークを逆流させる。
文化祭の激萌え(?)噛み倒し映像、大学時代の華麗な爆転動画、パジャマの変なおどり、全てを自身の公式SNSのトップに大々的にピン留め(固定)した。
​「はい!! これ全部、過去の私でーーす!!」
紫兎は両手を広げて、これ以上ないほど堂々と胸を張った。
​(ガジェット:!? !? !?)
ガジェットが、正気を疑うように限界まで目を丸くして固まる。
​「声は大裏返りしたし! 壇上で盛大に転んだし! 徹夜明けで頭おかしくなって変な踊りも踊りました!
ついでに、自分の無力さに絶望してワンワン泣いた夜だってあります! それが何か問題でも!?」
​高女の無数のレンズが、バグを起こしたようにガチガチと激しく乱れ始めた。
​「終わった失敗(バグ)をいつまでも隠すから、デジタルタトゥーなんて言われて怯えるんです!
見られて困る過去があろうが何だろうが、それも含めて全部、今の私を構成する大切なマスターデータですから!」
​高女が、怯えたようにズルズルと後退する。
観測対象が「恥」を受け入れ、完全に肯定してしまった。隠すべき秘密がなくなった瞬間、高女の観測権限(力)は完全に無効化される。
​「人間、失敗くらい山ほどします! 私なんて失敗の塊です!」
紫兎は、全長3.5メートルの巨大な怪異を、堂々と見上げた。
「でも、そのバグを修正して、乗り越えてきたから、今の私がここにいるんですよ!」
​パリン……ッ!!!
​周辺のガラス窓のスクリーンが、一斉に砕け散るように元の透明なガラスへと戻っていく。
高女の身体が激しいデータノイズに包まれ、光ファイバーの髪が、綺麗な光の粒子となって崩壊を始めた。
​無数のレンズが光を失っていく中、高女の顔の中央にある一番大きなレンズが、悲しげに一度だけ明滅した。
そして、スピーカーの割れたような、か細い声が路地裏に響く。
​「……みていたかった」
どこか寂しげな、純粋な好奇心に満ちた声だった。
「みんな……隠してしまうから。ほんとうの、きろくを……」
​紫兎は、ふっと表情を和らげ、ネオン紫のバニー耳を優しく揺らした。
「大丈夫ですよ。失敗したことのない完璧な人間なんて、この世に一人もいませんから。……次からは、もっと楽しい動画でも覗き見してくださいね」
​高女のレンズが、最後にあたたかく、納得したように一度だけカシャリと鳴った。
そして、夜の闇に溶けるように、静かに消滅していった。
​数日後。
依頼人のナオトから、弾んだ声で感謝のメールが届いた。
もうあの視線を感じることはなく、自宅の防犯カメラにも不審な影は一切映らなくなったという。完全解決だ。
​昼下がりの事務所。
紫兎はマグカップに入ったホットミルクをズズズ……とすすっていた。
「ふぅ。今回も無事に一件落着ですね!」
(ガジェット:・▽・ )
​しかし次の瞬間、紫兎は「あ」とスマホの画面を見て、急に顔を真っ赤にした。
​「……あ、あの、ガジェット? さっきから私のSNSの通知が止まらないんですけど。あの文化祭の動画、プチバズりして『可愛い』って拡散されてるんですけど……」
​(ガジェット:>▽< !!)
ガジェットが、お腹を抱えるように空中で激しく転げ回って大爆笑し始めた。
​「ちょっと! 笑わないでください!! 開き直ったとはいえ、やっぱり文化祭とパジャマダンスの映像だけは今すぐ消去(デリート)したいです! 恥ずかしいものは恥ずかしいです!!」
​(ガジェット:;▽; )
​「もう! 次の妖怪より先に、ガジェットを初期化(フォーマット)しちゃいますよ!?」
紫兎は頬をぷくーっと膨らませた。けれど、その表情はどこか楽しそうだった。
​【紫兎の現代妖怪調査メモ】
​妖怪名:高女(現代スペック)
​特性:攻撃性はないが、「絶対に見られたくない記憶」をハッキングして抽出する天才。隠そうとすればするほど、相手の羞恥心を吸って肥大化する。
​対策:『これが私ですが何か?』と開き直って受け入れること。
​……とはいえ。
(ガジェット:・▽・ ?)
「やっぱり、深夜の路地裏で後ろからスマホ画面を覗かれるのは、心臓に悪いので二度と勘弁ですね!」
(ガジェット:>▽< )
「あと、皆さんもスマホのプライバシー設定と、徹夜明けの奇行にはくれぐれも気をつけましょう!」
​(第12話・了)

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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