……ふっと目が覚めると、なぜかカーテンが開いていて、そこから白い月明かりがぼんやりと差していた。時計を見てみると、まだ四時を過ぎた頃だった。私はカーテンを閉めようと、石のように重く乗る掛け布団をずらして窓の方へ歩み寄った。
すると妙に月明かりの中に、朧げながら、少女の像が浮かんできた。まだ四月の肌寒さを感じるというのに、少女は薄い白色のワンピースを夜風にひらひらさせていた。彼女は幼馴染のSだった。
「どうしたんだ? どうしてここに?」
私は思わずSに声をかけた。窓の外にいるSは相変わらず微笑を浮かべて、そこに立っていた。私が窓を開けようと近づくと、その像は少し後ろへ下がった気がした。
今になって考えれば、二階の窓の外に立っているなんて事は有り得ない事であった。が、どうもその時は、そんな思考はなかった。ただ、久しぶりにSに会えて、どこか心が踊るような、どこか不思議なような、そんな複雑な気分に包まれていた。
Sは何も答えなかった。なんとなく白い顔に微笑みを浮かべながら、小さく手招きをしていた。白い頬は、月の光を吸い込んだように青白く見えた。細くなったその目はどこか物悲しく、じっと私の方を眺めていた。
私はふと、どこからか桜の香りを感じた。それはSといる時にいつも感じていた香りだった。私は思わず、Sのその手を引っ張ろうと思い、手を延ばしてみた。けれども私の手は空を掴むばかりで、到底Sには届かなかった。
「こっちに来いよ」
私は、何も口を聞いてくれないSに、こう声をかけ続けながら、思いっきり身を乗り出した。が、Sは遠くにいくばかりで、手には何の感触もなかった。胸の奥が焦りで熱くなっていくのを感じた。Sの手をどうにか掴もうと、どんどん身体を前へ前へと延ばした。
「どうして来ないんだよ。なあ。」
気づけば窓から半身が出ていた。あ、と思った時には既に頭は下を向いていた。急に後ろから妙に強い春の夜風が吹いて、私の背中を押したと思うと、そこではじめてSの声が聞こえてきた。
「さよなら」
その声色は落ち着いていて、柔らかい、まるで風に舞う桜の花びらのようだった。いつもと変わらないSの声だった。そしてそこで私はようやく思い出した。Sが去年の春、病気で亡くなった事を。
身体がふっと軽くなっていくのを感じて、そっと目を閉じた。強まっていく桜の香りに身を委ねながら。
春の月
幻想文学、死生観
"月明かりに誘われ、桜の香りに包まれて、彼は愛しい幻影と永遠の別れを交わす。"
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。