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暗殺だよねもはや

759 字

思索的エッセイ

"日常に潜む「言葉の暗殺」を巡る、痛烈な思考の旅。"

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みなさんこんばんは。見てくださった時間によってはこんにちは、おはようございます。空を見ながら歩いてたら電柱の存在に気づかず、ぶつかる直前で避けるも小指を直撃した人です。今日は言葉について考えていきたいと思う。早速行ってみよおお
これを考えるきっかけになったのは最近母上が言った言葉なんだけど、「言葉は凶器になる」確かに普通にそうなのかもしれないけどそれだけじゃなくね?って思った。言ってくる人とか関係性によって凶器のその先、その凶器でどれだけ深い傷をつけられるかまで決まるということをこの人は理解していないのかな?と思ったからだ。よく学校でも言葉は凶器になるとか教わったな懐かしい(´Д` )けどその時もその凶器によってどのような傷をどれだけつけられるのか教わらなかったよね。当時からよく考えてたんだけど、知らん人から暴言とか言われても「は?」とかなって逆に着火剤的なものになる。けど友人やら身内に言われるとそれが一変して凶器となる近ければ近いほどそれは致命傷になってしまう。同じこと言われてるのに不思議だ。さらに深ぼってみると、人だけじゃなく状況によっても変わる。それに、陰で言ってる方が傷つく場合とかもあるよね。そして何より怖いのが、加害者側が何も悪意ないとか気づいてない場合があるとゆーこと。これって凶器とかそーゆー感じじゃなくてもはや言葉というものによる暗殺だよね。だって誰も悪意がないのに言葉を介して無意識のうちに人がこの世をさるこんな芸当言葉にしかできないよ。言葉による暗殺これは防ぎようのないことだ。だからこそ怖い、悪意がないからこそ加害者も反省できないパターンがある。怖い怖い( ; ; )
途中ちょっとくどくなったかもしれないけどここまで読んでくれた方ありがとうございます。また次の記事で会いましょ

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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