ep.1 0
この世界はあまりにも不便だ
体が重くて移動すらできない
身軽にしようにも向こうから送られてくるチカラのせいで常に満たされてしまう
重いものは遠くに飛ばない
すぐ帰ってくる
軽いものは遠くに飛ばせる
帰ってくるものもあれば帰ってこないのもある
…いつか動けるようになるだろうか
軽いものをたくさん飛ばす
重いものも一応飛ばす
どうせコレしかできないのだ
帰ってくるものがなにかを持ってくる
情報や記憶だ
稀だが飛ばす前より重くなって戻ってくるものがある
厄介だ、別の個体を吸収したようだ
まぁつまり帰ってこないものはその逆ということだろう
重くなって戻るのは困るが彼らの記憶を見るのは楽しい
それしか楽しみがないのだ
ep.2 彼
やればできるものだ
最初はとても怖かった
ケンカだってしたことないのにいきなり殺し合いをするなんて絶対無理だ
相手が人じゃなくて良かった
女性を守ろうという気持ちが自分にあって良かった
一匹が持っていた武器をなんとか奪ってがむしゃらに暴れた
金属の剣だけど絶対こいつらが作ったものじゃないだろ
動いてるうちに体が少し軽くなるのを感じた
ここが異世界ならゲームやマンガみたいにレベルみたいなのがあるんだろうか
襲ってくるやつを全部倒したけど少ない気がする
頑張って追わせないようにしたけど取り逃したのか
彼女達の後を追わなければ
やはり体が軽い
追いつければ助けられる自信がある
剣はもう使えそうにないから握っていた腕と一緒に捨ててきた
左目は開かないからどうにかなってしまったんだろう
アドレナリンってやつのおかげなのかな
痛みも悲観的な気持ちもなかった
ヒーロー張りのタイミングで彼女達を助ける
視界に入った奴に向けてとにかく暴れてやる
親孝行はあまりできなかったけど、この人数の命を助けたからきっと誇りに想ってくれるんじゃないかな
でもごめんね
こんなどこかもわからない場所で感謝も別れも言えないまま、おやふこうをしてしまって
せっかくそだててくれたのに
もうすこしはなしをすればよかったね
…おかあさんごめんなさい
ep.3 彼女
わけがわからない
とにかく逃げる
逃げろと言われたから逃げる
すぐに後ろから叫び声が聞こえた
逃げろと言ってくれた彼の声
それに重なる人とは思えないおぞましい声がたくさん
ここがどこか分からない
前の人がどこに向かっているか分からない
どこかにある深い森の中
日本であってほしい
日本であってたまるか
誰が懇願する、少し休ませてほしいと
どれだけ走ったか分からないけど、私ももう足が動かない
きっと逃げ切れたはず
みんな泣いている
いや、泣いてない人もいる
私は無理
小さい頃から怖いものは見てきた
でもこんなに生々しいものは初めてだった
怖くて怖くて涙が止まらない
今だって私達が来た方から草を掻き分ける音が近づいてくる
助けてくれた彼じゃない
だっていっぱいいるもん
一人の足音じゃないもん
少し会話した程度の記憶だけどあんな顔じゃなかったもん
動けない
疲れたからじゃない
怖くて動けない
動いて刺激したらなにされるか分からない
人の動きとは思えない
腕を振り下ろして頭を砕いた
拾った武器を振り回して殺していく
頭が血まみれで左腕がなくて正気かどうかもわからない
獣のように首に噛みついた
逃さないように足や曲がった腕を絡ませる
ゴキンという音がする
助けに来てくれたはずなのに
その彼が何より怖かった
最後の一匹が動かなくなって彼も倒れ込む
私達を見てなにかを言っているみたいだ
歯がない
バケモノの体にそれっぽいのが残ってる
声が聞こえない
多分…もう…
でも、『ごめんなさい』って聞こえたと思う
それで…それで…
それで
私は
ソレを見た
ep.4 私
頭が追いつかない
必死働かせようと頑張るけど、どうしても混乱する
ここはどこなの
アレらはいったいなんなの
助けてくれた彼ももう息を引き取ってしまった
どうすれば…いいか…
…
彼女が急に立ち上がってここを離れようと言う
そうだ、とにかくそうするのがまずすべきことだ
他の人と同じように泣きじゃくっていた彼女が震えながらも先頭を切って歩き出す
少し不思議だったけど、きっと必死に戦ってくれた彼に感化されたのだろう
私達は彼の遺体に感謝と謝罪を残して彼女の後を追う
彼女の足には迷いがなかった
一方向に向かって歩いている気がする
歩き難い場所は避けて通ることはあっても多分真っ直ぐになにかを目指して歩いている気がする
…気のせいだろうか
気のせいだろうか
やけに森は静かだった
緊張感は確かにある
ひりつく様ななにかをずっと感じている
でも、さっき襲ってきたアレにまた遭遇するかという恐怖が次第に薄れてしまう程に静かだった
実際にあれ以降、何も襲ってくる気配がない
野生動物はおろか飛び回る虫すら見ていない
本当にここは一体何なのだろうか
彼女はいったい何処に向かっているのだろうか
ep.5 私じゃなくて僕
わt…僕はこういうマンガやアニメは好きだ
でもそれにはチート能力をもらうことが前提だ
少なくとも自分が巻き込まれるならば!
今だってこっそり練習してみてるけど何も起こる気配がない
たくさん走っていっぱい緊張して喉がカラカラなんだ
今こそ水魔法に目覚めておくれよ
そんな思いで手のひらに念じてみたり大気中の水分を集めるイメージをしてみるけどいつも通りだった
じゃあ火の魔法はどうだ
さっきの怪物にまた襲われたらどうするんだ
今こそ覚醒せよ!
いつも通りだった
1人が喉乾いたねって呟くと他の子から同意の声が上がる
ぼk…私も喉渇きました…
先頭を歩いていた子が川とかあると良いですねと呟いて少し立ち止まってまた歩き出す
歩く方向が少し変わったような…?
しばらく歩くと水の流れる音が聞こえてきた
あの子はもしかしてなにかの能力が目覚めたのだろうか?
ep.6 あーしというニュアンスに近い私
サイアクだ
目の周りが痛い
腫れぼったい気もする
さっきの川ですくった水で顔を映して確認しようとしたけどうまくいかなかった
絶対にメイクが落ちて酷い顔になっているはずだ
なのに化粧道具の入ったバッグがない
川の水はそのまま飲んだらダメだと聞いてもいない事を前に兄が言っていた
不安で調べようにもスマホがない
なぜこんな事になったのだろう
友達と楽しく遊んでいたはずなのに
怖いし辛いしサイアクだ
男の子があんなに暴れて戦う姿を初めて見た
あまり記憶にないけと好みではなかったと思う
でも守ってくれていると思うと…
でも死んじゃった…
この先どうなっちゃうんだろう…
私も死んじゃうのかな…
死にたくないな…
もう歩きたくない…
休憩しようよと私が言う前に先頭の彼女が立ち止まる
彼女が見上げた、ちょっと高くなっている丘?みたいなところに女の子が立っていた
ep.7 1
大陸の北を領土に持つ国トゥフォッカ、その東に位置する街ロックハント
何か名産があるわけでもなく厳しい冬も経験するこの街は、200年前に世界を救った勇者の生まれ育った街である
世界に仇なす存在が確認されたのがその100年前
その侵攻は多くの街や村を掌握、または破壊した
平和を願う者達は団結し対抗したが、その力を前に今ある領域を守る事で精一杯だった
それも守りも徐々に押されだし、疲弊しきった彼らの願いを聞きつけたがごとく勇者は戦場に現れた
彼らは壮絶な戦いの末、彼の者を打倒す
ついに取り戻した平和を祝う宴のあと、勇者一行はこの街に戻る
ある願いの為に
それはこの街の北に広がる大森林
その浅瀬にいくつかの監視所を設け巡回し、異変があればすぐに対処して欲しいというものだった
平和をもたらした勇者の願いである
街は総力を挙げ監視所を作り、その役目を従事した
しかし
年月と共に
世代が代わるたびに
その監視所は何かと理由をつけられてはその数を減らしていく
確かに大森林は脅威の眠る場所である
世界が絶望に染まりかけたそれよりもずっと前からそれらは森を徘徊し、踏み入れた者たちを帰らぬ者にした
勇者達ですら探索や究明を諦めた程である
しかしそれは大森林の奥深くでの話
それらは森の中から出てくることはなかった
故に街は平和であり大森林を監視する意味はあっという間に薄れた
そして今では勇者より大恩を受けたという従者の子孫達が、たった一軒残った監視所を守り続けている
ep.8 2
今朝、街からの知らせが来た
なんでも森の方から複数の男女が街を訪れたそうだ
その姿は皆ボロボロであり、なにより言葉が通じないのである
もしやと思い領主様が彼らを保護
伝えられてきた大森林にて想定される異変の一つに該当する記述を見つけた為、ここまで使者を走らせた
母が書き写しを終えたばかりのニホン語辞典を携えて街へと出張ったのでこの小屋は私一人である
母の用意を手伝い見送った為、今は遅い朝食を摂っている
街からの援助は多くなく…いや、ハッキリ言って少ない
故に森で取れる薬草等から薬を作り、それを街で売って保存食買う
それと小さな畑から採れた野菜と森にある恵み、そして鳥や野生動物を狩ってなんとかやりくりしている
森での生活は大変だ
以前母に街に連れて行ってもらってからそれをより実感している
朝食を済ませたらいつもの散歩である
少し遅くなってしまったがどうせただの日課である
母が作ったゴーレムの頭を叩いて起動し、いつものルートへ向けて共に歩き出す
起きて
食べて
修行して
勉強して
食べて
祈って
眠る
どうせ今日も今日なのだ
ep.9 3
怖い…
ずっと呼ばれている
返事をしてしまったから
それからずっと呼ばれている
絶対良くない事が起こっている
少なくともいつもの今日じゃない
何故よりにもよって母の不在の日なのだ
…
いや、母が呼ばれたのもこれに関係しているのだろう…
鳥がいない
虫もいない
何故こんな浅い場所で?
この気配は絶対アイツらだ…
なんで?
ここまで来ないんじゃなかったの?
あぁ、ダメだ…
絶対にいる
私をずっと呼んでいる
なんの確認もせずに逃げ出したら母はどれだけ怒るだろうか
確かあのあたりは崖になっているはず
そこから見えるだろうか
いざとなれば連れてきたゴーレムを身代わりにして逃げれば良い…
…
……
………見えた
あれは…ヒト?
なんかもうすごいグチャグチャだけど多分、人だったものだ…
あの子達に取り憑いている?
守っている?
うへあぁあぁああぁ…こっち見てる…
ep.10 いつかの彼
ナンダッケ?エット…
マーイイヤ…ワカンナイ…
…
ダメナンダッケ?
ナンカ…ウン…ワカンナイヤ
…
……
………
なんか夢の中でたくさん食べた
片っ端からたくさん食べた
多分…
違う…
…違わない
僕は人を食べたんだと思う
こうやってまた意識を取り戻せたのはその人…
…達のおかげなんだろう
なんだっけ?
なんでこうなってんだっけ?
んー
とりあえず…
とりあえずそうだな
アレのところまで行ってみよう
アレのところに行きたいんだよね?
近づきすぎない程度に行こう
逆に食われないように
うん
まぁ
食えたら食おう
ep.11 女の子と?と彼女
指?を指した方向に女の子がいた
あの子が助けてくれるのだろうか?
『「あの」』
被ってしまったので黙る
『私の言葉がわかりますか?』
私達は同意する
『あの…あなた達を助けますが…ソレは連れていけません』
あぁ、良かった…見えているんだ
後ろでは(ソレ?)という疑問の声
説明してあげたいがごめんなさい、その気力も体力も残っていない
『離れてもらうように魔法を使います、多分大丈夫だと思います』
魔法?…魔法なんだ
『あの…あぁ…!あの結界を作ったんですがここに作ってしまって…すいませんが怒らせないように一人ずつ私のところまで来てもらえますか?向こうから登れますので…それであの…あなたが最後で』
そんな気はしました
一人が女の子の元へ行く度に彼の挙動がおかしくなる
私が最後に女の子の元へ
同時に彼が何かを探すそぶりを見せる
ぐるんっと首らしきものが今来た方向に向けられる
…
あっという間に彼は見えなくなった
ep.12 4
お風呂の用意をすると彼女達は目を輝かせた
勇者様と共に世界を救った賢者様が広めた文化の一つだ
なんでも生命の浄化に必要な事らしい
この小屋は建て直される度にちょっとだけ小さくなっていったがお風呂だけは広く立派な物だ
監視所を作る際に彼の方々がそうあれと記述を残している
彼女達がお風呂に入っている間にやらなければならない事が山程あった
母に知らせの鳥を送り、簡単な食事を作る
彼女達がこれから街へ向かうのは酷だ
今日はここで寝てもらうために寝床も整えなくてはならない
母も大変な様で今日は帰らないから…私と母のベッドを使ってもらって…私は床で寝てもらって…あと3つ…うーむ
正に我が一族の本分が果たされようとしているのになんという体たらくであろうか
おじいちゃん達が怒りのあまり化けて出てきそうである
いっそ化けて出てきて手伝って欲しいのである
お風呂を上がった彼女達に食事を勧め、パタパタと動き回る
ごめんなさい、ゆっくり食事してください
え…?お手伝い…だいじょうぶです…休んでいてください…
この時を想像した事があったがこんなんじゃなかった
彷徨い疲れた彼の方々を見つける私は女神が如く笑顔でそっと手を差し伸べ、泣き崩れる彼等に私がいればもう安心ですよと天使が如くささやく
そしてその中にいるであろう未来の勇者様は世界を救い、わざわざ私のところまで戻られてこう言うのだ
あなたのおかげd…えぇい!さっさとそっち持つのだゴーレムよ!
ep.13 彼女、私、僕、あーし、と私
ずっと守ってくれていた彼は行ってしまった
でもいつ襲ってくるかという恐怖もあった
最初は彼だった
彼の指挿す方向を目指した
ほんの少しの間いなくなった
戻ってきた時にはもう怖くなっていた
いなくなって戻ってを何度か繰り返してた
そのうちいなくなる必要がなくなったみたいだった
手が長く伸びる触手の様な物になって…何本も生えて…
そこでもう彼を見るのをやめてしまった
何をしてそうなったのかも考えない様にした
ただ彼が指し示す方向に歩いた
…
私達の会話に反応してくれたのには少し驚いた
少し安心した
でももうダメだった…見なきゃよかった
でも…それでも…守ってくれた彼の事をあなた達伝えなければダメだと思った
それが唯一彼の存在と…優…しさを見ていた私が彼に
彼の為にすべき事だから
翌朝、食事を終えた後でそう彼女が語る
あの時助けてくれた彼の事を思い出す
真っ先に私達を庇って逃がしてくれた
ボロボロになるまで戦ってくれた
そして遂には…
今、彼はどうしているのだろうか
まだ私達を守るべく探して彷徨っているのだろうか
会話もお互いの顔を覚える時間もなかったのに
私達をこの優しい場所に連れてきてくれた彼は
まだ苦しみの中にいるんだろうか
会話はおろか顔すら覚えておらず、思い浮かべる事も満足にできない事を悔やんだ
…
その後…
助けてくれた女の子が作った結界?からしばらく動けなかったのは彼が戻ってこれない距離まで、気配が感じ取れなくなる距離まで離れていくのを確認していたんだそうだ
大きな土の人形が私達を運んでくれて少し大きめで可愛らしいログハウスの様なお家に招き入れてくれた
大きな露天風呂に入れた時には涙が出るほど嬉しかった
パタパタと忙しなく動き回りちょっと危なっかしい女の子と人形を横目にソワソワしながらみんなで食事を頂き、用意してもらった寝室で泥の様に眠った
私達はこれからの事を女の子に教えて貰う
南へ森を抜けた先に大きな街があり、その街の領主様が私達を保護してくれるそうでその迎えが3日前後に来るらしい
既に別で保護された人達もいるんだって
ep.14 運の悪い男
視界が開けた
それに向こうに建造物も見える
あれは城壁…か?
気付いたら遭難していた
薄暗い森の中
場所が場所なら御神木と呼ばれそうな程に太い幹の樹木が乱立している
頭上高くに茂る枝葉の隙間から差す陽の光は、太陽の位置が変わればすぐに届かなくなりそうだ
暗くなる前に同じ境遇であろう女性達に出会う
お互い同じように助けを求め、同じような顔で落胆する
どうにかこの森を脱出したいがどの方向を見てもまるで見当が付かない
…のだが、行ってはいけない方向だけは分かった
そちらを指差し
怖い…絶対行きたくない…
そう震えながら言う人がいた
だから逃げるように反対方向を目指した
なぜその言葉を信じたのか
複数人がそう言うのなら信じるしかなかった
状況も相まってもう発狂寸前だったのかもしれない
怖くない方向は正に森の出口だった
なら怖い方向は森の深部だったんだろうか
彼女達の恐怖はそんな勘のようなものだったんだろうか
城壁?を目指し歩くと左右に田畑を望む道に出る
いくつかの小屋を見つけ巡ると人を見つけた
どう見ても日本人ではなかったが案の定言葉が分からない
多少の英語の聞き取りくらいはできるがどう聞いてもそれではない
なんだったらテレビや動画で聞いた覚えのある各国の言語のどのニュアンスも感じ取れなかった
出会ったその人も最初は困惑し明らかにいぶしがっていたが、突然ハッと何かに気付いた素振りを見せると慌てて小屋に戻る
やがて持ってきた水や食料を僕らに押し付けると…これは…ここで待っていろというジェスチャーだろうか?
施しのお礼を言う隙もなく彼は城壁へと走っていく
これからどうなってしまうのだろうか
彼がこれ以上、不幸を連れてこないように祈った
ep.15 運ばれる男
馬車に揺られ夕陽に照らされた城壁の門をくぐる
手足に縄が縛れることもなく恐る恐るといった感じで僕らを気遣う素振りを見せる彼らの、見張りというよりは護衛といった様子で僕達は少し安心した
剣を携え鎧に身を包む彼らはコスプレというわけでもなさそうで、馬車の後ろからのぞく街の様子もセットと呼ぶにはあまりにも生活感を感じられるリアルさがあった
中世か
異世界か
どちらにせよ帰るという選択肢の自由はなさそうだ
前を見ると建物の陰から城が顔を出した
観光という気分ではないが夕陽に照らされて美しく佇む光景に感動を覚える
ただこの馬車がその城を目指していると気付くと、王様や貴族に無理難題を迫られるというありそうな展開を想像して憂鬱になる
彼女達の顔を覗くと同じ思いなのか、それとも考える気力もないのか無表情に城を眺めている
恐らく僕達はこの世界に一度も笑顔なんて見せていないだろう
馬車が城の入り口に付き丁寧に降ろされると白衣やメイド服の人達に毛布をかけられ背中をさすられる
相変わらず言葉は分からないが、優しさと気遣いに思わず愛想笑いを浮かべる僕は日本人だなと思った
ep.16 5
知らせを受けた時は一体何の報告なのか理解が遅れた
まさか自分の代で事が起こるとは思ってもみなかった
なにせ今は平和そのものだからだ
領地を巡る諍いはあっても戦争と呼べるものではない
なにより世界をどうこうなどという脅威やその兆候は確認されていない
…兆候というのであれば今回の事がそれに当たるのかもしれない
ならば丁寧に扱うのが良い
…救国の英雄となるのなら…ならずともその秘めたる力は我らに安寧を…ならぬのなら彼らこそ脅威そのものでは…?
よそう…私が投げた石のせいで世界が滅んでは目も当てられない
私はただ彼らの残した意思に沿った決定をすれば良い
しかし言葉が通じないのは問題だな
探させている文献の中に手助けになる事が書かれている事に期待しよう
ep.17 いつかの領主様
私のせいか!?
…
なんだあのモンスターの群れは
何処から湧いて出た?
増援は?
勇者は?
救国の英雄は?
なぜこの城にいない?
我が兵だけであれを相手にしろというのか
なぜ私の代なのだ
…
私で終わるのか…?
兵から報告が上がる
別方向から
歩兵でも騎馬でもない
馬以上の速度で迫るモンスターの群れ
命じてもいないのに
術師が水晶にその絶望を映し出す
人…巨人…?
鎧をまとった巨人の群れ
およそ百
知性など期待できない狂ったようなその顔に怖気が走る
中には獣のように這うものすらいる
街を守る防御壁はあれらにどれほどの意味があるのだろうか
勇者は…どこだ…
ep.18 心配する男
おはようございます
…あの…大丈夫ですか?
朝の挨拶をしてくれた女性の顔を見てつい尋ねる
僕らの言葉が分かる唯一の人だ
彼女の通訳がなければ僕らは未だ不安の底にいただろう
その彼女の娘さんが、恐らく僕らと同じ境遇の人達共に行方不明となっている
迎えに行った人達の話では争った形跡はなく、使いに扮して連れ去ったのではないかとの事だった
追跡をしようにも程なく降った雨が痕跡を消してしまい難航しているらしい
僕らの存在は以前この世界を救った人達と同じらしく、先の誘拐も理由はそこにありそうだ
彼女の日本語も彼らが残したものや直接学んだ先祖より代々受け継いで習得を行ってきたもの
そして言葉だけではなく今回の領主様を含めた彼女達の対応も彼らの願いなんだそうだ
彼女に送られ、充てがわれた自室に戻る
今はただ自身の事だけを考えていて欲しい、そう笑顔で告げられた
ep.19 ステータスをオープンする男
『ステータス、オープン』
名前 佐藤義孝
レベル 20
性別 男
職業 フリーファイター
…
これが今、部屋に虚しく響く独り言を呟いた男のステータスだ
レベルは年齢と言い換えても良い
職業は…まぁ…
『ステータス…オープン!』
世界のシステムが聞き逃さないように勇気を出してもう少し強めに言ってみる
今日はとても良い天気なようだ
窓の外に広がる青空がよく見える
コンコン
おっとこれは絶望の音だ
死んでしまいたい
ドアを開けると明らかに気を使った顔の女性が立っていた
まだ出会って数日だ
からかって笑いに変えてくれるほど仲良くはなっていない
コミュニケーションを取るために1つの部屋に集まっているらしい
確かにこんな状況だ
いつでもスムーズに協力し合えるようにしておくのは重要だ
今も僕が話のネタを彼女に提供したばかり
彼女達にとっては大いに良いコミュニケーションが取れることだろう
自室をあとに彼女の後をついていく
目的の部屋に着く頃には顔の赤みも落ち着くはずだ
ep.20 いつも通りの男
(うん、上手に話せたな)
順番にというプレッシャーを跳ね除け、自己紹介と挨拶を噛まずに言うことに成功した僕は安心して得意の聞き役に徹する
勿論、目立たない程度の相槌を忘れてはならない
残念ながら僕らはこの世界の情報をまだ得ていない
僕が参加できる話は誘拐事件の事、それに伴いなるべくひとりにならないよう気をつける等の内容に留まるのだった
それ以降、彼女達は女子トークに花を咲かせたので邪魔にならないよう席を外す
元気が出たのは良いことだ
正味10分もいなかったであろう部屋を後に、僕はひとり廊下を歩き自室へと堂々の帰還を果たした
…
ただ気がかりが1つある
無難な行動に徹することに気を割きすぎて彼女達の名前を満足に覚えていない事だ
なんとなく聞き覚えている名前とうろ覚えの顔を合わせるパズルを早々に諦めてベッドへダイブする
異世界?に来ても人は変わらない
まだ日は昇ったばかりだというのに、僕のまぶたはもう重くなっていた
ep.21 6
いつも大した情報は入らない
どこの貴族がどうしたとかあの商人がなにを買ったとか
緊急性のないものは全て手紙で済まされ、その判別は彼らに任せてある
そして大抵の情報はそのまま眠りにつくのだ
なにせ平和そのもので平民である兵士はもちろん、騎士団ですら己が握る剣の意味を見出せずにいるのだ
我らの情報も今は国を守る剣にも盾にもなってはいないが情報の重要性は疑いようはない
故に我らはいる
だからこそ今回、素早く動いた
隣国に潜む密偵からの鳥が知らせを運んできた
事前に訓練の連絡は来ていない
ならば緊急な情報を持ってきたのだ
かの大森林…
保護された言葉の通じぬ者たち…
勇者達の予言…
さらに確認された存在…
異変…
価値…
時間…
猶予…
潜み、溶け込み、死んでゆくだけだった彼らの元に鳥が行く
汝らが使命を果たせと告げる為に
ep.22 見学をする男
アンナさんが気晴らしにと僕達を城内見学に連れ出してくれた
保護された直後に誘拐事件があって、ほぼ軟禁状態の僕達に気を使ってくれたのだろう
娘さんが事件に巻き込まれて気が気でない筈だが、明るく振る舞ってくれる彼女に僕達も甘えることに
城内を案内してくれる執事さんの言葉をアンナさんが通訳してくれる
…安全だと思っていた城内でも帯剣した人達が僕達を警護しているということは、つまりそういう事なんだろう
訓練場では剣を持たせてもらった
僕が利き手だけで振るうのは難しく両手でやっとという剣を、稽古している人たちは物凄い速さで軽々と振り回している
女性陣もやけに感動しているが恐らく僕とは違う理由だろう
お昼ごはんは領主様が同席してくれ、優しい言葉をかけてくれる
『困った事があれば』と言われ『この世界に来てからずっと困ってます』とも言えず、さりとて軟禁状態の方も仕方がない状況であり、それ以外はむしろ助けられていることに感謝しかない
…僕達は彼らが期待するなにかを持っているのだろうか
剣すら満足に振るえないのに
ep.23 さらにいつかの彼、そしてその彼と話すいつかの男
あの街の領主様はとても良くしてくれたんだ
…
だから君に助けてほしい
…
勇者が剣を抜いた
…
これは君なら使えると思う
…
僕は彼をここに連れてきた
存在が強力になった彼はもう誰にでも見える
最初はとても凄かったと彼女が苦笑いしながら言っていた
でも理性を取り戻した彼は随分とヒトらしい姿だ
そしてすこしは表情もつくれている
僕に笑顔を見せるがその顔は誰にも定まることは無い
その中には鏡でよく見る顔もある
僕は君を信じているよ
…
君だって僕を助ける理由がある
…
だって君は…
ep.24 言葉と男
僕だ
僕の番が来た
緊張しながら覚えた挨拶をみんなの前で披露する
発音にも気をつけた
アンナさんが笑顔で大げさな拍手してくれる
女性陣も一切の嫌味もなく褒めてくれる
そう、彼女達と僕は仲間なのだ
今日中に、絶対に、顔と名前を覚えよう
お昼が終わりお茶を頂いているところで、アンナさんからこの国の言葉を習ってみませんかという提案をもらった
やる事に飢えていた僕達はその提案に飛びつくように受け入れた
みんなが覚えた挨拶で護衛の人達の反応を楽しむ中、僕は恥を忍んでアンナさんにステータスやレベルという単語に聞き覚えがないか尋ねる
片手に持っていた本をバババッっとめくり出す彼女を見て希望を捨てる
どんな意味なのか聞かれたが、意味はないので忘れてくださいと答えた
勇者はともかく、同じ境遇の彼らはどうやって強くなったのだろうか
けして急ぐことではないが強くなれるならそれに越したことはない
なによりせっかく飛ばされた異世界だ
空を飛んだりちょっと危ない魔法を使ってみたい
最低でも火、いやまぁもしくは妥協して風でも可
後ろに構えた両手を前に突き出して魔法を放つ
その魔法を僕はこう叫ぶのだ
かめはm
ep.25 後悔する男
はぁ〜…
ベッドの上でため息を肺が空になるまで出し尽くした
このまま息が切れて死んでしまえばいい
覚えたはずの名前を間違えたのだ
なんと失礼な事だろう
夕食を終えるまでに会話に聞き耳を立てて情報を集めた
部屋に戻る際のほんの一瞬二人きりになった女性に、名前と挨拶を並べて別れようとした
吹き出すように笑って訂正された
平謝りして部屋に逃げ帰った
天井に向けて今日教わった挨拶を繰り返す
明日から少しずつで良いから仲良くなろう
怖がらずに話しかけよう
眠りに落ちる前
ふっと浮かぶ記憶
アンナさんが持っている辞書
意味も読み方も分からないという文字
『kill them』
僕も分からないとだけ答えた
ep.26 魔法の話を聞く男
僕が要望を出した数日後、許可が降りて魔法の見学をさせてもらえることになった
ただ魔法やその術師の存在は貴重らしく、多くは見せられないとの事だった
魔法は才能によるもの
この世界にある力を感じ取れるかどうか
それを利用し、術師が望む力に変える
その効果の多寡はさらなる才能と知識と磨いた技術
呪文…魔法を用いる際の特別な言葉はあるのかという質問に、言葉や動作と共に発現させる人もいるそうだ
多分だけど必須というより、集中する為のルーティンやトランス状態に入る事なんだと思う
見せてもらった魔法は、術を施した鳥達の視界を水晶玉に映し出す魔法
頭上高くから見た僕達が映っているのでみんなで手を振って見せた
他者を攻撃するような危険な魔法は使えるかという質問も出たが、残念ながら答えられないと言われる
ただ勇者と共に世界を救った賢者は多彩な攻撃魔法の使い手であったし、その時代には強力な魔法を使う術師達が大勢いた国があったそうだ
『あった』というのは、世界が平和になる前にその術師達と共に国が滅んでしまったのだ
貴重な知識や技術、なにより教えを請うべき存在達が居なくなってしまったと術師さんは嘆いていた
今の僕達は何も感じ取ることはできない
だけど賢者と呼ばれたその人は僕達と同じ境遇だった人だ
もしかしたらあなた達の中に、将来に賢者と呼ばれる方がいらっしゃるかもしれませんねと術師さんは笑顔を見せてくれた
ep.27 勇者の物語
彼はこの街で生まれた
彼は同世代の子供たちと共に興じた騎士ごっこで棒切を振るううちにその才能を開花させた
将来はその才能をもって戦場を駆け活躍する戦士になるだろうと期待された
そして少年から青年になろうかという頃、大森林より彼らは現れた
世界は危機に瀕しているものの、戦火の中心からは程遠いこの街はまだ他者に親切をできる余裕があった
だからというわけでもないが彼は言葉の通じない彼らに親身になって接した
なにより街ではいなくなった彼の訓練相手をその中の1人がやってのけた
やがて勇者は彼らと共に戦場へ向け旅をする
旅の中で勇者は仲間の一人と恋に落ち、子を授かる
子孫は今もこの世界の何処かでその血を脈々と受け継いでいる
世界が平和になった時、勇者の傍らにその人はいなかった
旅の途中
激戦の最中
彼女は勇者を守る為、その命を捧げた
平和をもたらすまで剣を振るい続けた勇者は言う
彼女はいつもそばにいたと
彼が愛用していた剣は聖剣と呼ばれ、今はどこかで封印という形で眠っている
ep.28 勇者?の物語
彼はこの村で生まれた
その風貌はかつての勇者そのものだった
その才能も全て受け継いだのではと思わせる程だ
かつての仲間達が目にすれば、彼そのものだと言わせしめるだろう
この世界のどこかにある、勇者の血筋を大事に守り受け継ぐ村
…の閉鎖的な暮らしから逃げ出した男がなんの因果もない村に腰を下ろし、世帯を持ち、そして彼が産まれた
かつての勇者の顕現は神の采配か運命か
違う
ただそう生まれただけ
偶然…考えるのも嫌になる程の確率を乗り越えて、彼の生き写しと呼べる体と才能を持っただけ
彼がどう生き、どう死のうが彼の自由
背負うべき宿命などない
世界は彼を必要としていない
しかし彼女にとっては違う
彼と彼女が出会った時
勇者の物語とは切り離された、また別の物語が描かれる
ep.29 7
ある者達を保護したという報告もあったが興味はなかった
珍しい事ではあるが予想していた事でもあるし、なにより自分にとって利用価値を見出せない
どうせこんな平和ボケした世界だ
最初から護られていればどうという事はない
ゴーレムを作り操るという娘の方が面白そうだとは思ったが、小さく非力で掃除しかできない土人形というギャグ漫画の様な記述に苦笑する
私には必要ない
如何様にでも対処せよ
私に希望を持たせてくれる様な情報を、今まで誰一人として持ってくる事はなかった
…そもそも期待するべきではないのだ
あの時に得た知識は、まるでこの世界を隅々まで見渡した様なものだった
あの時に気付いてしまったのだ
希望など無いと
いっそあれに喰われてしまおうか
あれに私を喰わせればとんでもない嫌がらせになるだろう
それなりに世界を救う事にもなるだから、それはそれは面白い土産話になる筈だが
ならば、だ
その逆をして彼等の失望や悲しみの顔を見に行くというのもまた然りだ
…詰まるところ、最初からどうでもよかったのだ
こんな世界なんて
ep.30 8
違和感を捉えた
雷が闇を裂き天から降りて地に触れるほどの時間
大海の水を匙で掬うほどの量
それは動く
そしてすぐに闇は深くなり
しかしまた海は満ちた
確かにそれは動いた
世界を滅ぼさんとする魔王も
それを阻止せんが為の宿命を背負う勇者も
それの前では互いに手を取り合うだろう
その それが動いた
距離は人の歩幅で半歩程
それが送り
それに送られるもの
そのバランスを何かが刹那、崩したのだ
僅かに変わった世界の景色にそれはニヤリと笑う
人の歩幅で半歩程
それにとっても
世界にとっても
理が歪み始めた
ep.31 9
流石におかしい…
母への面会が通らず幾日も過ぎた
言伝は頂いた
『彼の方々が不便なさらぬよう尽力せよ』
勿論です、誠心誠意尽くします
『ただあなたもしばらくは城での生活を楽しむと良い』
あの母がそんな事を言うはずがない…
少し丸くなった顔とお腹を気にしつつ2個目のケーキ手を伸ばしたその時、私はそう気が付くのだった
目まぐるしく変わる環境に不安を抱く皆様は、常に私をそばに置かれた
故にお食事もお茶も同じ物を頂いた
美味しかったのだ…
楽しかったのだ…
しょうがなかっただろう…?
私の背丈にも満たぬゴーレムの顔を振り回しながら言い訳をする
だがコイツが裁きの場にいたところで私の擁護などできるはずもなく、むしろ己が未熟さの証拠にしかならない
恐らくここは私の知る街…城ではない
確信は持てない
なにせ行動範囲にある窓からの景色はほぼ空と城しか見えないのだ
お迎えの馬車ではすぐ眠気に襲われ、起きたらベッドの上だった
とても親切なお城の人達
私ですらお姫様のように接してくれた
だからちょっと浮かれたのだ
ゴーレムの穴をあけただけの空虚な目を見つめながら、これからの事を考える
逃げ出す?どうやって?ここがどこかも分からないのに?まだ何も起きていないのに?起きてからでは遅い?ここに連れてきた目的は?お母様ならどうする?
立派なお城、立派な方々
彼女達ががどういう存在か知らぬはずはない
その尊さを
この世界に対する存在理由を
滅多な事は起きない…筈だ
…
あぁお母様
どうか私に知恵をお貸しください
そして怒るのはどうか程々にして下さい
ep.32 魔法の事を教わる彼女
望んでこの世界に来たわけではない
元の世界に帰りたい
でも良いこともある
常に俯いたり見て見ないふりをせずに済むことだ
なんときれいな世界だろう
とても輝いて見える
なんだったら比喩じゃなく時折本当に輝くものが見える
でも全然怖くない
ノアちゃんに聞いてみたら感心された
感じられる人は多いけど見える人はあまりいないんだって
ノアちゃん曰く、
見える人は総じて強力な魔法や特殊な魔法を使う術師として活躍してきた
きっと未来は賢者様ですよとキラキラと目を輝かせ、ぷにぷにになったほっぺを紅潮させた
そして、
見えるどころか掴んでしまうなんて人もいて、伝説と呼ばれる武具はそういう人の手で作られた
そうやって作られたものは壊れにくいし壊れてもすぐ再生されるし時に使う人の想う通りに変化もする
同じ様にして作られたゴーレムもあり、一目見たいというのがノアちゃんママの願いなんだそうな
私が魔法を使える様になったら一緒に冒険しようねと言ったら「はい!」と元気なお返事が返ってくる
ノアちゃんがゴーレムの取れた腕をくっつける
その作業を眺める陽気なお昼のことだった
ep.33 調子をこく男
もしこの世界が誰かの綴る物語で
僕がその主人公なら
僕が冒険に出たいという場面を描くのだろう
しかし否である
こちとら引きこもり大好き人間である
冒険?アウトドア?クソ食らえでござる
あちらに見えるは雄大なる山脈
こちらに見えるは神秘なる湖潭
…
モンスターいるんですってよ!
『kill them』?
なんだ中学生英語でカッコつけやがって
モンスターを狩れって事?
誰かと戦えって事?
…
ケンカもした事ないんですって!
なんで もうちょっと正義感とかやんちゃ風味の強い人間を主人公にしないかな〜
誘拐された人達?
僕が助けに行ったらミイラ取りがなんちゃらでしょ
無理でしょ
どこにいるかもわからないし
わかってたらとっくに領主様達が助けに行くでしょ
窓の一杯の青空を睨みながら自身の境遇を嘆くと、スキップをしながら扉へ向かう
残念だったな
僕は今日もみんなと楽しいおしゃべりをしつつ、アンナ先生の授業を受けに向かうのだ
ep.34 フラグだった男
…え?あ、あぁ…いや…あの…
みんなで冒険に出る話が進んでいる
というかとにかく外に出たいというのが発端だ
街を歩くという案が先だが、多くの人が行き交う中での護衛の判断は簡単ではない
ならいっそ、不用意に近づくものや警告に背くものを容赦なく処断できて見通しもよい街の外へ行こうということになった
騎士が周りを固め、信頼の置けるギルドや出入りの中から傭兵や冒険者がスカウトとして派遣される
みんなはお姫様扱いしてくれる紳士な騎士さん達とそのマッスルにすっかり魅了されている
男(漢)として嫉妬できるレベル差ではないのでそのへんはどうでもいいのだが、カッコいいところが見てみたいなんて事で『モンスター』なる単語まで出てくる始末
数に入れられている事を断れぬ空気読みを悲しみつつ
されど当たり前のように数に入れてくれていることを喜びつつ
3日後に備えるのだった
ep.35 信仰
この世界は勇者崇拝が根強く広まっている
遣わしたとされる神は国によっては異なることもある
だが王族も貴族も平民も皆、勇者の物語を聞いて育った
そして勇者を支えし使徒
聖女 賢者 武神
彼らも当然信仰の対象である
民が癒しを求める聖堂には聖女が
術や学を修めんとする校舎には賢者が
騎士を強者を覇を志す者達の教えには武神が
ただ彼らの信仰には薄暗い伝承があった
平凡に生きて平凡に死ぬ者達には聞こえぬ囁き
まるで華やかで活気あふれた街の路地裏の奥深く
人の歪んだ欲望や願望が落とした影
神と結びついてしまった勇者には望んではならぬ事
始めは酒場の酔客の冗談だったかもしれない
だがそれはやがて正道なる信仰とはけして交わらぬもう一つの信仰を生んだ
使徒達は戦うほどに強くなった
命を奪うほどに強くなった
世界の何処かにあるはずの彼らの遺体
我が身に取り込む事が出来ればその力を宿せるのではないか
そう信じて疑わぬという信仰がこの世界の裏側にこびり付いている
ep.36 狩りを見学する男
僕の手に渡されたナイフが首を深くえぐり血が吹き出す
まず助からない
致命傷だ
浴びた顔から
ナイフから流れて伝わる手から
その体温を教える
事切れて、もう何も見ていないはずの虚ろな目
確かに僕の目を見た気がした
お前が殺したんだと訴えている
違う…違うんです
今日、僕達は城から久しぶりに本当の外に出た
訓練所やお茶を頂いた中庭で空を仰いたが視界に必ず壁があった
馬車で街を通り抜け門をくぐり、着いた先は領主様達がよく狩りをする場所だ
近くには小川が流れていて野営用の調理場が設けられている
すでに日よけの為のテントも立てられていて、さながら休日を優雅に過ごす日帰りキャンプといった感じだ
ここでお昼まで過ごしご飯を食べてお城に戻るのだ
空が高い
草の感触を手で楽しむ
子供の頃に連れて行ってもらったキャンプでは走り回ってた記憶があるが、今はきっとあの時の親の気持ちと同調している
目を瞑った瞬間に少し遠くに怒声が聞こえた
…モンスター
ではなく動物を獲物とした狩りが行われていて、みんなでそれを見学している
流石にモンスター見学ツアーは却下された
そもそも街の近くにはモンスターは確認されていない
常日頃から依頼を受けた冒険者や傭兵の人達が巡回しているし、騎士団でも遠征訓練によるモンスターの排除を行なっている
放たれた矢が大きな鹿の脚を捉える
歓声が上がる
射手の名が呼ばれ称えられる
まだ少し暴れる獲物を射手が捕まえ軽々と掲げる
また上がる歓声
獲物は今から処理をするがすぐに食べられるわけではないそうで、僕達のお昼ご飯は別でちゃんと準備されている
でもそのうち『あの時の鹿です』と言われてお皿の上に出されるのかも知れない
まだ生きている鹿が吊るされる
これから血抜きをするそうだ
『やってみますか?』
護衛の騎士さんがそう言いながらナイフを渡してきた
無理無理無理無理!
ep.37 狂信者
ナイフの受け取りを拒否されたが安心してもらうように笑顔を作りしっかり握らせる
恐らく初めて剣を握ったであろうあの日から、彼は毎日訓練所を訪れては隅の方で剣の練習をしている
領主様と騎士団長の許可をもらい我々の指導の下、ぎこちなく確かめるように剣を振るっている
まだまだ実戦どころか模擬戦すら遠い、基礎段階のさらに準備作業といったところだ
それでも黙々と剣を振るう様子は、強さに憧れるというより強くならなければならないという使命感を感じた
だからこそ彼にナイフを握らせた
この先も剣を振るい強くなる為には命を奪わなければならない
いずれこの国が…世界が彼の剣を必要とする時が来るかも知れない
彼は強くなるべきなのだ
…そして詩に謳われる英雄となった時
世界を救い給うた使徒と並ぶ伝説となった時
思い出してくれるだろうか
いや、思い出してくれなくていい
彼の英雄譚に刻まれなくとも
彼の覚醒の手助けになるなら
彼と一つになって戦えるのなら
彼の手をしっかり握り
そのナイフを私の首に当てた
ep.38 10
騎士全員の身辺調査を徹底させる
先の誘拐が起きた時点で騎士を含めた城の者の動向を調べさせたが、頭の中だけはどうにもならない
まさかあんな汚らわしい邪教に傾倒している者が騎士の中にいるとは思わなかった
今回の事でもし彼がそれの正しさを証明してしまったらどうなる
奴を追随する様な…それどころか分をわきまえない恐ろしい行動に出る者すら存在しかねん
彼らは今、行動を制限された軟禁状態だ
不安や不満が溜まる前に調査を終わらせたいが見落としがあってはならないので順調には進まないだろう
警備には騎士団長が自ら行なっている
今回のことに限っては自分以外信じられない、騎士団長すらという現状だがそこはもう神に祈るしかない
これより彼の元へ行き、誰も通さず私が直接聞き取りを行う
もし彼の身に変化が起きている様ならその時は…
コンコン
扉が叩かれその者より報告が入る
かねてより進めていた大森林の調査、それと並行して監視者の選定などだ
選定は済み現在は派遣の準備段階
問題は調査の方だ
大森林は広域に渡る
人の足では周り切るのが困難な為、危険だが術士を同行させた
誘拐犯の手がかり
未だ彷徨い脱出できていない存在がいるかどうか
それらの発見はなかったが少し奥に入りすぎた鳥が数羽襲われて戻らなかった
その場所が予想されるよりかなり手前な為、改めて慎重な調査が必要になる
…とにかく改めてだ
今は…そう今は彼の元へ赴くのが先だ
ep.39 11
最後に先日の事件についてだ!
騎士バースがあろう事か護衛の任務を放棄し、首を切り自害した!
これの理由については貴様らの中にも見当のつく者、あるいは実際にそれらに関する物を見聞きした者がいるかもしれん
よって我ら臣下は信頼に値しないとして領主様が直々に事の真相の調査に当たられた!
そして団長である私が代表としてその結果の報告を頂き、さらに恐れ多くもそれが紛うことなき真実である事をこの目で証明する機会も与えられた!
…今回の件、騎士バースは無駄死にである!
奴は街の噂…気狂いの戯言に踊らされ領主様の信頼を!捧げた剣を!騎士の誇りを!己が家名を汚したのだ!
それが奴が命をかけてまで遂行した事の結果だ!
貴様らの命はいったいなにに捧げた!?騎士の誓いは!?
これ以上私を失望させてくれるな!
今一度騎士の本分を思い出せ!
…では解散!
ep.40 12
「ではやはりあれが真実であると…」
「あぁ…頼むから貴様は奴を後を追うような事をしてくれるなよ?」
領主の執務室
極力人払いをした部屋には三人
領主 騎士団長 執政長官
領主としては信頼の置ける二人を残した…というよりはこの二人のどちらかでも自分を裏切るような事があれば、それはもはや自身に落ち度があるのだろうという半ばやけっぱちの理由である
騎士団長が真実とその詳細を聞いたのはまさに今である
考えをまとめたいが事がこれ以上悪化するのは防ぎたいという領主
騎士団長はそれを汲み、先の表明で騎士達に釘を差した
なにより真実が何であろうと関係ない
奴と同じ考えを持つ者がまだいるのならさっさと目を覚ませ、お前は私と同じ騎士だろう?と語っただけだ
「では彼は…彼と彼女達についてはどのような対処をお考えでしょうか?」
「命を捧げた、強くなった、なんてとんでもない話が広まるのだけは絶対に避けねばならん
かと言って彼をいつまでも部屋に閉じ込めておくわけにもいかん
彼の心情もそうだが部屋に閉じ込められていた者が出て来たら強くなっていたなどと、いくら感の悪い者でも気付くだろう」
「であれば…」
「であれば彼等には申し訳ないが我らの決定を受け入れてもらう他ない…でなければこの地のみならず世界に混乱が広がりかねん」
「…一つ懸念が」
「なんだ?」
「攫われた方々の所在が未だに掴めておりません…犯行を行った者達がどういった考えを持っているか
もし今回の事、もしくはそれ以上の非道を行っていたら…」
「…我らは人事を尽くす
あとは神に祈る他ない」
ep.41 領主の決断を聞かされる男
「え?…それってつまり…」
「申し訳ない、何度も言うが君はなんの落ち度もない
全て私の責任だ」
領主様が頭を下げられて事の重大さを知る
でも…だからってそんな…あんまりだ…
「それで筋書きとして、今回の事で君は『護衛の者への信用をなくし…』」
うぅ…
「『自身で身を護る必要があると思い至った』」
確かにそれはそうだけど…
「『故に後日行われる遠征に同行し、モンスターとの戦闘に参加、これの討伐による力の覚醒を目指す』という事を表向きな理由とする」
モンスター…
「…わかりました」
「モンスターとの戦闘…闘争を経た勝利を条件に覚醒に至る、そういう認識を騎士どもに与えておきたいのだ」
「…死なないっすかね?」
「騎士団長ともう一人の騎士が常に君の傍を固める
どちらも堅物で実力、口の硬さは保証できる
それに君自身でも対応できるはずだ」
「…他の皆は?」
「身辺調査などが不十分な騎士が多く対応できない
それに彼女達は心身共に準備が必要だろう」
「僕の…「ではよろしく頼む」
ep.42 13
「外に馬車を用意しております、お早く!」
そう言うと彼は剣を抜き、追っ手を足止めする為に元来た方へとその身を翻す
ずっと私達の警護をしてくれていた騎士様だ
混乱している皆様をどうにか説得して部屋から連れ出した
とにかく城からの脱出をする為に走ってもらう
先導してくれるのはいつも美味しいケーキを作ってくれた料理長さん
前方に知らない顔の騎士様が私達に向けて叫ぶ
「皆様ご無事ですか!?」
そう言いながら剣を抜く姿勢を取る騎士様
背後から現れた別の騎士様の体当たりを受け揉み合いになる
「行け!」
そう叫んだのは果たしてどちらか
もう誰が味方かわからない
バッグの紐をギュッと握る
いざとなったらお母様に助けてもらう
必死な目、血走った目、寂しそうな目、そしてジッと見つめてくる無感情な目…
様々な視線に晒されながら城を出る
もう皆様の体力がもたない
転ばれた方を料理長さんが抱き起こすと同時に、複数の騎馬が城の裏手から現れた
剣を抜いていて…血走った目
(助けて!お母様!!)
そう祈りながらバッグの中に手を突っ込む
掴み取ったものを巻き添えにならない程度の場所に投げる
そして現れる壁…と見まごう巨大なゴーレム
賢者様が自身の世界の知識や事柄をごちゃ混ぜに書き殴り、我らがご先祖様に与えたもうた聖書
それを読んだお母様が着想を得て作ったゴーレム
命令を理解、実行する知能
細かい作業をする繊細さ
一度起動させれば長時間動作が可能な稼働時間
それら全てを犠牲にする事で作り出したお母様の秘技
心臓部となる魔法石を地面に投げた時の衝撃で発動
その辺りの物を材料に瞬時に顕現(水やお湯があるとより巨大になる)
その稼働時間はごく僅か
その名は『3分ゴーレム』
特徴的な頭や輝く胸元の石の実装は出来なかったと、自身の不甲斐なさに悔し涙を流すお母様を思い出す
ep.43 14
巨大なゴーレムが行く手を阻んだ
驚き怯える馬を抑えなだめる
途端、目の前を巨大な手のその指先がかすめる
前方にいた騎士が一人、馬と共に薙ぎ払われた
「下がれ!」
そう叫び馬を反転させると同時に轟音と土煙に襲われる
巨体を制御できていないのか薙ぎ払いの姿勢のまま倒れ込んだらしい
だが瞳に当たる部分はこちらを常に追っている
停止しそうになる頭を無理やり動かし残る部下にゴーレムを迂回するよう指示を出すが、奴もまた転がる様に姿勢を戻しながらこちらの行く手を阻んでくる
(ちっ!コイツに剣は効くのか!?)
握った剣を構え相対しようとしたのが間違いだった
恐ろしい物量の腕が真上から振り下ろされる
凄まじい轟音
ゴーレムのもげた腕が近くの城壁を破壊した
砂の山になったゴーレム…
見失った目標…!
「追うぞ!」
迷いなく東へ向け馬を走らせる
彼女達を追う彼らがこの城に戻ることはなかった
ーーー
街道を東へ向け馬車を走らせる
整備されているとはいえこの速度でいつまでも走れば馬や馬車は勿論、せっかく助けした彼女達の身が持たない
突発的な作戦にしては上手くいったと思うが、東に逃げてしまった事は浅はかだったか
とにかく一度、馬車をとめる
ゴーレムの少女に彼女達の状態を確認してもらうが思ったよりは元気そうだった
街道を逸れ隠れる場所を探すのも手だが草原の広がるこの辺りでは隠れる前に見つかるだろう
また馬車を走らせる、少し速度を落として
どうか奴らが迷い見失ってくれることを祈るしかない
ーーー
街道を行く者にそれらしい馬車の目撃の証言を得た
ならば馬車と騎馬では速度が違う
しばらく走らせればその姿を捉えるのは時間の問題だ
馬車が街道を逸れる
どうやら近くの森に逃げ込むらしい
ならばもはや詰みだ
馬車が森を走れるわけがない
女の足でどこまで逃げ切れるというのか
整備もされていない草原を行く馬車の速度は明らかに落ちていた
足止めに来た御者と思しき者を切り伏せ、馬を降りて女共の後を追う
無駄だとは思うが口それぞれに安心させる言葉で声を騎士達にかけさせる
まだ昼になったばかりで森の中は比較的に明るい
すぐにでも見つかるだろう
…
……
………気が付くと辺りは暗くなっていた
だが暗いというには違和感がある…
現に周りの騎士たちの姿もはっきりと確認できる
‥いや、どうも人数が少ない気がする
(はぐれたか?)
隣の騎士が前方を指差す
目玉が浮いている
人の頭ほどの大きさだ
(この森は…そうだ…しかし…まだ…)
隣でドサッと音がする
指差す腕を残したまま隣の騎士が姿を消した
やがて辺りからも悲鳴が聞こえ…悲鳴ではない声も混じっているようだ
やがて周囲に姿を表す異形達
何本も指が生えた腕がぱっくり割れて無数の歯が生えた口の中に何かがこっち覗いて左半分しかない頭部の4つの目から足や耳のある巨大なヘビが生まれ続け口になった目玉は溶けた自分を食い裂けた腹から吐き出して腕が二本と足が二本生えた男が自分を無表情に見つめて永遠にめくれ続ける耳が作った血溜まりから肉の塊が下卑た笑い声を上げながら這い出していくつもの目玉が忙しなく動き続けている
足の痛みに襲われ下を見ると大口を開けた騎士達の顔が私の足を膝まで飲み込んでいた
目の前まで歩み寄ってきた男がなにかを抱えている
頭だ
私の頭だ
あぁ…つまり…えっと
えット…
ナンダッケ?エット…
マーイイヤ…ワカンナイ…
ep.44 暗闇と彼女(1)
震える足を叩いて森の中を進む
木を避け、石に足を取られ、斜面や段差を越える
どうしても体力が削られ、思うように進めない
遠くから声がする
言葉は分からないが優しそうな励ますような誘われているような声
前を行くノアちゃんが私達に向けて首を横に振る
もう何が起きているかわからない
城にいるのが危険になったと言われ連れ出され逃げて逃げて逃げた
そしてまた森のなかにいる
また追われている
今度は人に追われている
私達が何かしたのだろうか
何かしなきゃいけなかったのだろうか
捕まったら何をされるのだろうか
声が近くなった
木々や地形に阻まれて見えないだけでもうすぐそこにいるようだった
嫌だ…
助けて…!
誰が助けて!
暗い…え?…な、何?
ノアちゃんも驚いている
後ろを振り返る
みんなと目が合うが答えは出ない
「ノアちゃん、」
どうしよう、そう言うつもりだった
ノアちゃんがいない
また後ろ向く
誰もいない
怖くて震えて体が動かない
違う
何かが私を掴んでいる
私は浮遊感に襲われた
ep.45 暗闇と彼女(2)
目を開ける、眩しい
ここは…森の外だ
ノアちゃんもみんなも全員いる
鳴き声が響く
そちらに視線を向ける
何かに引き込まれるように森の中に消えていく馬の鳴き声だった
私達が乗ってきた馬車だと思う
4頭の馬が居たはずだったけど今は空の馬車だ
森の中は真っ暗だ
何も見えない
後退りする
馬車の向こうに血溜まりがあるのが見えた
恐る恐る覗くと倒れている誰かの腕が見えた
あれは御者さんの服だ
どうしよう…し…死ん…
その腕が動く
もしかしたらまだ助けられるかも知れない
違った
血溜まりから引きずられ、彼もまた森の中へと消えた
よく見ると暗闇が蠢いている
森が暗いのではなく、すぐそこにそれがいるのだ
「離れましょう」
ノアちゃんが言う
「森から離れましょう、助けてくれたかもしれませんが襲ってくるかもしれません」
森…その暗闇から目を離さぬようゆっくり…ゆっくり…やがて小走りで…
だいぶ遠くまで来てもまだ、森の中からこちらを見ている気がした
心当たりならあった
ノアちゃんと目が合う
彼女も多分一緒だ
ep.46 モンスターと相対する男
左手に盾を持ち、右手で剣を構える
そして目の前のモンスター…がいるとイメージして中空に向けて剣を振るって見せる
まともに剣を持てずに木剣で練習していた僕を騎士団長さん…ウォードさんは見ている為、様になった一連の動作に驚いている
もう一人の騎士さん…ウォードさんの息子のバルドさんとは初対面だからか驚きは少ないが事情を知る為別の感心を見せている
遠征に出発して二日目
他の騎士さん達の目の届かない、野営地から少し離れた場所で予行練習を兼ねた訓練を受けている
領主様はこの僕の変化を覚醒と呼んだ
剣の技術が向上した、そういう認識なんだろう
…今はその認識でいてもらう方が良いと思った
僕だって別に自身に何が起きたかなんてまだよく分かってないし、憶測で答えて無駄に怖がられたりしたくない
多分本当は…
でもそれならモンスターを倒して僕が強くなったとして、僕は何を得ているんだろうか
この遠征で何体倒す?
まず一体目でしっかり確認しないと
前例として使徒と呼ばれた人達もそうだったはずだから多分大丈夫だと思うけど…
呼ばれて思考を戻す
簡単な会話ができるようになったのは嬉しい
剣技を重視したからか言葉の知識はあまり…といった具合だけど十分だ
あとはアンナさん監修、副団長さん協力のこの辞書があればこの遠征中は困らないだろう
ただウォードさんの厳格な雰囲気
年の近そうなバルドさんは寡黙な性格
会話の上達はあまり期待できないかも知れない…
四日目
今日、僕はモンスターと戦う
勝利したその時、僕が得るのは果たして希望か絶望か…
五日目
ついに僕はモンスターを殺すだろう
内なる闘志に火がつくのがわかる、戦いを欲する僕もまた悲しいけれど漢なのだろう…
六日目
そう、この日を待っていた
もはや機は熟した
生まれるのだ…新たなる使徒が…
七日目
痺れを切らしたバルドさんに背中を突き飛ばされてモンスターの前に颯爽と躍り出る
二人が適度に弱らせ、立っているだけで精一杯といった大きな獣がいた
ep.47 暴走する男
もし今の僕の思考を読む者がいるのならばその者に問おう
あなたは猫派か犬派か
僕は断然、猫派である
小学校の頃に飼ったハムスターを世話が足りないばかりに無惨に死なせてしまってからは自身にペットを飼う資格無しとしている為、猫を飼ったことは無い
だが動画サイトのお気に入りやおすすめ欄は猫で埋め尽くされていた
スマホもパソコンもないこの世界
城の中にも存在は確認できなかった
それが今、何とも弱々しい姿で僕の眼の前にいるのだ
これまでは虫や醜い猿のような見た目をしたモンスターだったではないか
見た目、黒い体毛のサーバルキャットだ
一回りか二回り程大きい
これがモンスター…?
…否!
これは猫…いやあえて言おう!これはぬこであると!
切傷が酷い…殴られた形跡もある…誰がこんな酷いことを…
思わず涙がこぼれてしまう
邪魔な盾と剣を置きゆっくり近付く
飼った経験はない為、動画の知識頼りだ
誰かが怒鳴っている
静かにしてくれと手で制する
これ以上刺激したらダメに決まってんだろ素人め
動画では◯ゅ〜◯があると効果的なんだが流石にない
テントに戻れば何かしら食うものはあるが、取って戻ってくる前に逃げられる可能性が高い
なんとか保護して治療をしなければならない
服を脱いで右腕に巻く…大きな口に頼りなさを感じた為、ズボンも脱いで更に厚く巻く
射程圏内に入った途端に飛んでくる爪攻撃
今の僕なら余裕で避けれる…なにより悲しい程に勢いがない
さらに前に出る
右腕に噛みつかせることに成功する
牙が巻いた布を突き破り肉に届く
抱き寄せてゆっくり撫でてやる
これが正しいかはわからない
本来なら檻越しに存在を認めてもらうべきなんだろう
痛みをこらえてとにかく優しく撫でる
僕は敵ではないと伝えるように
ーーー
この世界のモンスターとはそういうものではない
人とは決して相容れない存在なのだ
世界の隅々まで探したとして、モンスター使いなる者が存在した例はない
この男のやっている事は全くの無駄である
この後、男はぬこと呼んだモンスターと引き剥がされ、騎士によってそのモンスターは殺される
…筈であった
ただ男が異世界から転移してきた事
それによるある特殊な事情が本来の結果を覆すのだった
ーーー
(ん…落ち着いたかな?よーしよーし良い子だ、すぐ治療してもらうからな)
ep.48 15
つい部下に接するように強めに押してしまった
相対する前に彼が体制を立て直せたことに胸をなでおろす
団長は彼から視線は外さぬとも、怒りは私に向けているのがよくわかった
この距離ならば対応はできるが彼との間を一歩踏む
あくまで彼は我々の尻拭いをしてくれている立場なのがだから自重せねば…
…
…彼は何をしている?
装備を置いてモンスターににじり寄っている
思わず叫んだ声が団長と重なる
それはやたら圧力を感じる彼の手によって制された
重くて動き辛いからと彼は鎧を着ていない
戦いに身を置いた事のない故の浅慮には困った
故にモンスターはできるだけ弱らせた
だが盾すら捨て、あれ程無防備に近づくのはいただけない
…シャツを脱いだ
まぁ、アレの爪や牙にかかればないも同然だが…
…ズボンを脱いだ
どちらも腕に巻いている…何をしたいのか
遠巻きに見ている騎士達のざわつき声が大きくなる
彼に向かって振り下ろされる前足
素晴らしい動きで軽々避ける彼に少し安心する
衣服を巻きつけた腕に噛みつかれ…いや、噛みつかせた?
担架を用いて運ばせたのは『彼』ではなく『モンスター』
彼自身は腕の治療もそこそこに、モンスターに付き添い声をかけている
遠征に同行していた医師に見てもらうが恐怖と困惑に治療は捗らない
それはそうだ、医師は人を救う為にいる
なんとか治療を終えたあとも彼は側を離れない
モンスターもまるで泣く友を慰めるが如く、その舌で彼の涙を拭う
そしてそんな荒唐無稽な想像をする自分にも驚く
やがてモンスターが不安がるという理由で彼は団長と私を部屋から追い出した
当初の予定は果たされていない
混乱が生まれ、仕方なく騎士達の手を借りた
我々二人の信頼出来る者達を集めてはいる
…が、事が済むまで我々以外近づけるなと厳命を受けている
報告を聞けば領主様はさぞお怒りになられるだろう
とにかく…
とにかく明日からの予定も含めて父と相談しなければ…
その夜、治療と彼の看病の甲斐もなくモンスターは死んだ
ep.49 やるべきことをする男
この子はけして僕の味見をしたかったわけじゃない
愛らしくも知性を感じる目はとても優しく僕を見つめてくれた
頭や顎をさすってあげると気持ちよさそうに目を細めた
息がまた少し小さく、そして荒くなる
不安は重くなるけどお医者さんにはこれ以上何もできないと言われた
もう涙は止まらない
顔を舐められる
涙とよだれでべちょべちょになった自分が面白くて笑えた
お返しにまた頭を撫でる
気持ちよさそうに目を閉じる
もうその目が開くことはなかった
野営用のシャベルを借りて穴を掘る
騎士の人達に手伝ってもらうわけにはいかないので頑張った
領主様からしたらこんな事をする為にこの遠征に動向させているわけではないと思うが、まぁ許してもらいたい
包んだ遺体を背負って運ぶ
この大きさは以前の僕じゃ運べなかったなと苦笑する
お二人から手伝いを申し込まれたけど自分だけでやりたいので断った…ごめんなさい
土をかけて埋葬する
流石にお墓のようにするのはいろいろ問題もありそうなので自重した
手を合わせる
僕のせい
巻き込んでしまったこと
苦しませたこと
助けられなかったこと
受け入れてくれたこと
受け取ったこと
二人からは行動はともかく感情は理解できると言われた
その上で苦しみから解放する為の止めを僕が刺したとしてくれないかと提案され了承する
今回の事はモンスターを倒したという事を事実として押し通すらしい
僕の身勝手な行動で随分と困らせてしまったようだ
虫だろうが猿だろうが猫だろうが、騎士にとっては等しく平和を脅かす敵だ
虫や猿はモンスターとして見れるのに、愛らしいという理由で猫は愛でる僕は正義じゃない
感情が爆発してしまって取った行動を思い返し反省する
反省します
…反省は…します
次の日には素直に、余計なことを考えずにモンスターを倒した
気を使ってもらったのかたまたまなのか、植物がうねうね動いている奴だった
体に変化はあったかと問われたけどよくわからない
つまり感じられる程の変化はない
芳しくない僕の答えに二人が顔を見合わせる
その後も訓練も兼ねてモンスターと戦闘を重ねた
変化を見つけては疑い見つけては疑う
そんなレベルの変化というか強さを得た気がしなくもなくもないようなそんな感じがあったりなかったりあったりするかもしれない
一応モンスターを倒すたびに強くなったという演出は頑張った
騎士の人達にその成果?を見せることはできたと思う…たぶん
得たものや当初の目的の達成はあるが、領主様の望む当てが外れてしまった結果をお土産に遠征を終え帰途についた
ep.50 彼らと彼
彼は動いた
理性、使命、記憶…
それらを得た事で帰巣本能に抗う事が出来た
しかし彼の複数の意思の多くは帰巣本能に従い森の奥深くを目指す
森の中から轟音が鳴り響く
獣とも人ともつかぬ叫び声
巨大な何かを引きずる音
巨大な何かが踏みしめる音
肉を裂き、ちぎり、喰らい合う音
木々はなぎ倒され、丘が破砕される音
ーーー
丁度その時に監視者としての任を受け、大工などの技術者と共に大森林に踏み入らんとする者達がいた
が、即座に引き返す
どんなに急いだとて領主に報告するするまでもない
轟音はその者達の頭上を越え街に、そして城にも届いた
その者達はただ、己の命惜しさに逃げ帰るのだ
ーーー
三日三晩、彼は自身である彼らと戦い続けた
やがて体や力の大半を彼らに奪われ森の外に出る
常人であれば簡単に発狂できる程の混沌とした思考、その中から浮かび上がったのは真新しい騎士達の記憶
女達を追う使命
…よりも生きて家族のところへ帰りたいと泣き叫ぶようなものだった
彼はそれに従う
だがそんな記憶や願いなど、彼が一歩目を踏み出した時にはすでに混沌の中だ
しかし彼は行く
自身の歩みを止める程の理由が、混沌の中から浮かばなかっただけだ
彼の今の理性など獣以上ヒト未満
彼女達を守る
それが最初であり根幹であり未練であり呪い
だがそれは彼女達を前にした時の話
今はただ全てが敵
襲うか壊すか喰う
それも元を辿れば彼女達の敵を、という行動から来ることかも知れない
ep.51 16
冒険ギルドと傭兵ギルドの合同による大規模な作戦が決行される
この街の傭兵ギルドに入ってからこれほどの騒ぎを経験するのは初だった
なにせ城一つと多数の街や村が何者かによって破壊されたのだ
その破壊の痕跡は人的なものとは考えにくい巨大な何か、つまりモンスターの仕業によると断定された
傭兵ギルドは討伐を主に、冒険者ギルドは討伐と共に調査を行い発生源の特定に従事する
若手としては名を挙げてきた自分は強制的に参加が決まっていたが、その分報酬も破格だったので文句はない
傭兵ギルドの会議室にて自分と同じ待遇を持つもの達と顔合わせ(と言ってもほぼ顔見知りだ)と冒険者ギルドとの打ち合わせの日程等の話し合いを終え、ギルドのドアをくぐると声がかかる
「やぁやぁ、大変なことになったねぇ〜」
…このおっさんはしばらく前からやたらと声を掛けてきては、飯だの飲みだのたかりにくる
最初から馴れ馴れしく、そしてこちらの懐に易々と入ってこられては流石にそっちの気を疑ったがそうではないとケラケラ笑っていた
恐らくは冒険者ギルドに所属しているようで実力もそこそこらしい
傭兵ギルドに所属していては得られない情報なんかも持ってくるので奢った分はお釣りが来るくらいだが、つけあがらせるのも癪なので憮然とした表情をで出迎える
「傭兵として君も参加するんだろぉ?まぁ悪いこと言わないからテキトーに振る舞って折を見て後退しなさいな」
「ふざけるな…と言いたいところだがアンタがそう言うってことは何か知っているんだな?話せる事があるなら話してくれ」
「うーん…知ってるっちゃ知ってるけど知らないっちゃ知らないって感じかなぁ 多分北にある大森林からの使者じゃないかな?あの勇者達すら手に負えなかったっていう…」
あぁ…と生返事を返すが正直に言うと理解に乏しい
勇者の御伽噺のついで位にしか語られぬ伝承で、碌な儲けも期待できぬ北の辺境だ
冒険者共も『行って帰ってきた者はいない』と言うのが決まり文句らしい
「アンタも参加するんだろ?どうせあってないような合同作戦だ、示し合わせて合流しようぜ アンタの実力も見てみたいしな」
「え〜僕参加しないよ?」
は?と声には出さなかったが顔には出たのだろう
ケラケラと笑いイタズラが成功した子供のように笑う
曰く、冒険者ギルドにすら所属していないらしい
思わず眉をひそめ困惑にも怒りにもとれる表情で奴を睨む
「まぁ助言と見学も兼ねて君に同行するよ あってないような作戦なら僕1人くらい紛れてたって大丈夫でしょ?それになんか言われても君が口添えしてくれれば良いし」
別に他人の言葉を全て鵜呑みにする程の尻の青さは持ち合わせていないし、使えない奴と判断すれば蹴飛ばして囮にしてやろう
一つため息をして不服を全面に出し、奴の提案に了承する
ep.52 17
『おいルディ!なんだそのおっさんは!?』
うるせぇ…
討伐に向かう移動の最中、いきなり近寄ってきたかと思うと耳元でがなり立てる筋肉ダルマ
大して変わらん、おっさんがおっさんをおっさんと呼んでいる
「俺が個人で雇った奴で剣がそれなりに使える 世界を放浪して回ってるってんでな、今回の手掛かりを俺らの知らん知識で掴んでくれるかもしれんから連れてきた」
自分で言っててなんの説得力も感じないがどうでもいい
なにせコイツは
『そりゃあ頼もしいぜ!おっさん、何かわかったらオレにも教えてくれな!』
脳みそまで筋肉でできているような奴だからな
おっさんの肩バシバシ叩いてドスドスと去っていく
おっさんはおっさんでヘラヘラと愛想良く受け流していた
周囲にいた奴らも気になってはいただろうが、この騒ぎでとりあえずの答え合わせを与えてやれただろう
「いやぁ、噂程度は聞いていたけど凄い御仁だねぇ」
「気にするな、なんでも力任せに解決するだけで頭は空っぽな奴だ」
「うーん、その考えは改めた方が良いかな?よく見ると目は笑ってなかったよ 第一そんなおバカさんが何年も傭兵ギルドの上位で生き残っていられる程、仕事は緩いものなのかい?」
そう言われては半信半疑ながらも奴の背中を睨みつけてしまう
その視線に気付いたのか、奴はこちらに笑みで返してくる
空気を読めぬ阿呆と高を括っていたその笑顔が妙に狂気じみて見えた
斥候が戻らない
近づき過ぎるなと厳命されていたはず
情報を持ってくるのが仕事なのだから
この規模だ、ギルドも生半可な者にそんな重要な仕事を任せるはずがない
日が暮れる頃に野営予定地である林と湖を挟んだ草原到着し、両ギルドの主要な者達が集まり話し合う
既に狂い始めたこの異常事態にも関わらず、作戦の続行が決まる
状況を理解しない新人や名を挙げるのだと血気盛んな命知らずを、ベテラン共が纏めて焚き付けている
あれだけ囮がいれば自分達の逃げる理由も時間もしっかり稼いでくれるだろう
筋肉ダルマ等の主力達はそれに参加はしていないが、忠告や注意を与える気もなさそうだ
こちらの囮は相変わらず何を考えているか分からない笑顔でその光景を眺めている
最後の目撃情報を元に新たな斥候を出す
【どこにいる】
ただそれだけ持ってくれば良いと
ひぐっ
間も無く斥候達の向かった方角から間抜けな声が上がる
追う事も探す事も、もう必要なかった
奴はとっくに餌場を見つけていた
ep.53 18
ベテラン達によって焚き付けられた者達はなんとかその仕事を全うした
最も声高に煽動した本人はもういない
最初に捕まった彼は今頃、稼がれた時間によって亡くなった家族だか知人だかのところまで到達できたことだろう
その時間も他の者達にとってはまだ少し足りない
一方は逃げる為の理由を欲しがるが、如何せん目の前のモンスター並みに恐ろしい視線が背後を捕えている
もう一方はその視線の本人達であり、冷静にモンスターへの対処と駒の使い道を話し合っている
冒険者 傭兵
それぞれのギルドの中枢にいる者達
何を志しどう生き残ってきたか
その道は違えど到達した境地は似ていた
モンスターの形態はどうか
巨大な蛇を連想させる
頭と思しき場所にはいくつもの触手が生え、それで獲物を捉えて一番近くにある口に運んでいる
死角を探ろうにも、あらゆる場所にある多数の眼がそれを許さないだろう
本体の動きは鈍く、林から出てきたあたりでほとんど動いていない
行動原理はどうか
ただ獲物を探し狙い喰うことのみに執着しているようだ
それ以外になにか知性を感じるような行動は見受けられない
なら簡単だ
触手の伸びる速さも彼らにとっては避けられぬものではない
切り落とせば再生はするものの一時的に脅威はなくなる
触手を伸ばし忍ばせ、背後から襲おうなどという知性もない
再生能力を無限に持つモンスターなど存在しない
全員で奴を囲い触手を避けて本体を切る
そんな簡単な仕事を続ければ明朝を待たずに片がつくだろう
ルディは拍子抜けしていた
確かにこの辺りでこれ程の巨大なモンスターは見たことがない
平和ボケしたお決まりの訓練や、ギルドが狩り残した弱いモンスターを相手にする兵士には脅威であろう
だが未知を知とするためあらゆる場所を踏破せんとする冒険者、そして対処できぬ敵を対処してきた傭兵
今戦っているのは、自分を含めその命のふるいを潜り抜けたもの達だ
小休止の為、周りの者に声をかけ一時的に下がる
水を口にすると鳴り響く轟音
筋肉ダルマが咆哮と共に放った渾身の一撃が奴の太い胴を薙ぎ払う
思いの外固く再生能力のせいで断ち切るまではいかなかったが、大木が如きその体がこの後方から分かるほど動いていた
もはやモンスターは彼らにとって大技を試す絶好の相手となっていた
次は誰が行くかとか、あれこれを試そうなどと笑い合っている
さて自分もとっておきを使うべきか隠しておくかとひとりごちて剣を再び抜いた時、やっと気付く
おっさんがいない
さては逃げたか…
はたまた奴の腹の中か…
ep.54 19
彼…ルディや他の者達の様子を見る限り、しばらくは命の危険はなさそうだった
故に彼はモンスターの出てきた林の中を走り…今、その木々の頭上まで浮かび上がり上空から林を見渡す
奴の来た方向…あれはこの林で林業を生業とする者達の工場か集落があったのだろうか、ぽっかりと開いた場所がある
そこにいた
腕があちらなのだからこれは頭か胴体か
どちらにしろ呼びかけるにはまだこちらの方が得策だろう
どうやらデカくなりすぎて立ち上がることが出来なくなったようだ
それはそうだ
あの大森林のモノを取り込むのとは訳が違う
物質的な肉を喰らって取り込んでいては魔法で強化でもしない限り、体の重さが重力に負けてしまう
まぁ、だから腕だけでも伸ばして減り続ける腹を満たそうとしていたのか
上空からそれに向かって降りていく
巨大な肉の塊が蠢き、裂け、無数の刃歯を形成すると近づいてきた間抜けな獲物を飲み込まんと恐ろしい速度で迫る
その飲み込まれた獲物は結界を通して彼の内側から呼びかける
混乱と恐怖が混ざり合う、混沌とした意識の渦を正しく導き整理する
この体の主である者を探し出し、呼び起こす為に
ep.55 20
おかしい…
モンスターの再生の止まる気配を感じない
調子に乗って大技を連発していた連中は、その顔に疲労の色を隠せなくなっている
止まった足を触手に絡め取られた奴が口に運ばれるすんでのところで、ルディと筋肉ダルマの剣がその触手を切り落とした
礼を言うソイツを一瞥してルディはモンスタ―に向き直る
(別にお前の命なんかどうでもいい…これ以上手数が減ることも奴の体力が回復する事も許されねぇんだよ)
陣頭指揮を執る奴から声が上がる
奴の腹を満たすな、食われるようなノロマは戦線を離脱しろと
「なぁルディよぉ…なんでアレはあんなに動かねぇんだろうなぁ ああいう奴だと巻き付いてきたり尻尾で薙ぎ払ってきたりってのがお決まりだろ? 林に隠れた先が尻尾であればだがなぁ…」
筋肉ダルマの問いは、恐らく自分の嫌な予感や考えを整理しているだけで応えを求めているわけではない
明確ではないが嫌な想像をしたルディは思わず林の奥を睨む
指揮者が叫ぶ
「ルディ!奴の胴の先を辿れ!!」
逃げる獲物を逃がすまいとする触手を切り捨て林に飛び込む
その後ろではモンスターに少し変化が見えていた
触手が再生しない
勝機を悟った指揮者を筆頭に主だった者達が周囲に喝を入れる
一斉に響く応の声を微かに聞こえたルディは混乱する自分を抑えるのに必死だった
奴の太い胴はいつまでも太いまま続いていた
このまま走り追い続けるか、報告に戻るか
ルディはそのまま走る
目の錯覚か
胴の太さが奥に行くほど増しているように見えた
ただ胴の先を確認するだけの戻らぬルディを忘れ、最後の総攻撃が始まる
あらゆる場所にあった眼はもう見当たらない
口は頭部の中央のみ
触手も残すは5本にまで減っていた
筋肉ダルマこと、ザイオンの重い一撃を最後にモンスターの動きが止まる
ややあって轟音と共にその巨躯が大地に堕ちる
だが鬨の声は上がらない
最後の一撃を放ったザイオン
トドメを譲られたからではない
誰も動かなかったから自分が動いた
自分達が戦っていたものはなんだったのか
頭にあった口は消えていた
頭?違う…手のひらだった
目の前に倒れるのは巨大な左手
見つめる彼らの耳に、先程と同じ轟音が遠くに聞こえた
見るとここにあるものと同じモノが倒れているようだ
ならばあれは右手か
今までと比較にならぬ、さらなる轟音が林より響く
朝日が顔を出したばかりの世界にまた夜が訪れる
疲れ 諦め 絶望
乾いた唇はくっついたまま
声を発する者はいない
只々、それを見上げていた
ep.56 21
その巨躯はともかく、姿形は随分とヒトらしくなった
手も貸したし、適当に誘導してやれば後は勝手に元来た場所へ帰るだろう
時々に話しかけてやればもう少しはマシになる筈だ
彼の行く先に町や集落が無いことを願いつつ、巨大な影を見送る
「なんだアレは」
ルディ君の近くに降りると早速の質問を受ける
「予想通りあの森からの使者だったよ」
「使者…とは…?」
「まどろっこしい言い方だったねぇ あの森にいるバケモノ共の中から変な成長しちゃった奴が森から出てきちゃったんだね 百年、二百年に一体出るか出ないかって個体だからあんまり気にしなくていいよ」
「…アレは何処に向かっている?」
「お家に帰るように誘導したよ 流石に『足元に気を付けてね』とは言っても理解してくれないし、進路先に人がいたら逃げてもらうほかないねぇ」
「お前は何なんだ?魔法が使えるのか?」
「使えるよぉ?いっぱい使えるよぉ? 誰なのかって聞きたいならとりあえず君の敵になるような奴じゃないとだけ理解してくれれば良いよぉ?」
「良いよぉって…まぁ、分かった じゃあとりあえず最後に…」
「うん、なんだいなんだい?」
「ソレはなんだ?」
この日、冒険者並びに傭兵両ギルドの合同討伐隊は戦闘によって荒れ果てたキャンプ地にて休養を取り、翌日になってようやく出発した
その間に調査専門として同行していた部隊が奴を追うように林に入り、日が暮れる頃に半数になって帰ってくる
といっても戦闘や事故が起きたわけではない
先行していたルディと共に行く変人…もとい志願者を合流させ、奴を追って北の大森林へと向かったのだった
討伐隊は巨人と彼らを追う…事なく街への帰還を選択する
成果はない
討伐は果たされず、調査は継続中
いくら信に厚い者たちの証言とはいえ、お偉方はその言を信じるだろうか
しかし体力が回復したところでもう一度あの絶望に立ち向かう気力はなかった
疑われるようなら全員力尽くで縛り上げてこの惨状を見せてやろう
奴の体重がしっかり乗った手形
林の中には探さずともその足跡を見る筈だ
今は只
浴びるように酒を飲み
瞼の裏に焼き付いた光景を一刻でも早く忘れたいのだ
ep.57 22
なにやら幾分、他の私より少し大きめの個体が帰ってきた
しかも還ろうとするより恐れを抱いている
あれ以上近づいてこない
同じ私でありながらこの私を敵か捕食者とでもみなしているのか
分体を与えてみる
吸収した
また与えてみる
また吸収した
大きめのを与えてみる
様子がおかしい
…危うくせっかく獲得した個を消してしまうところだった
素晴らしい
どうやって生まれたのか
どうして今まで生まれなかったのか
アレを吸収すれば何かわかるだろうか
知りたい
しかし生まれる条件が絶望的だった時の損失が計り知れない
判断に困りつつ私…ではなくヤツを育てているとまた珍しいモノが来る
アレは確かこの世界のヒトだ
前に見たモノより少し大きい気がするのは気のせいか
ヒトもまた距離を保って近づいてこない
しかしその肉の中に私を取り込んでいるようだ
分体を与えてみる
直接取り込めないのか分体が動かなくなるまで叩いてようやく取り込んだ
また与えてみる
また同じ要領で取り込んだ
大きめのを与えてみる
バカか私は
…危うく殺してしまうところだった
素晴らしい
殺されかけたのに、このヒトは逃げない
コイツは肉という明確な壁があるから安易に私が吸収する事は無いはずだ
今はまだ小さすぎて使い物にならないが、どうにかして私の器にできないだろうか
2体の使い道を考えながら分体を与え育てる
慎重に…
丁寧に…
潰さないように
あぁ、愛しき私の希望達
ep.58 23
どんな報告をあげても梨の礫
しかし流石に一つの領が壊滅したとあっては、緩んでいる危機感を少しは締め直したようだ
重い腰をやっと上げた中央からの特使が使命を終え、帰路に着くその馬車を見送る
とはいっても及び腰の彼らが直接その地に向かうはずもなく、諸々の調査を我らに押し付けて逃げるように帰って行った
彼らにとって大事なのは永遠の平穏と、ぬるま湯に浸かりながら金勘定ができる王都の生活を守る事だけ
下手に首を突っ込んでその首を絞められるような事などあってはならないのだ
『彼ら』への面会すらその時間は短く、その目は化け物か侵略者を見るようだった
「いや…アレは私だな…」
彼らを知る前の私だ
特使を乗せた馬車は丘の向こうに消えた
ならば無意味な感傷や思考を切り替える
やるべき事は山積している
あのおぞましい3日間の大森林の異変
その後に起きた隣領、オータヴェストの壊滅
噂ではその原因の進路先である南領ベルクフォルムから派遣された討伐隊によって撃退されたらしい
同時期に巨人を見たという複数の目撃談
これは各地の被害報告やその足跡を証拠に事実として確認している
足跡は大森林まで続いているそうだ
あの乱立する大樹がつくる闇の奥
我々では到達できぬ恐怖の深淵
間違いなく何かが起きている
その森から現れた存在
眠る彼女達の記憶の中に、何か手がかりがあるかもしれない
頃合いを計り席を立つ
先触れに秘書官に呼ぶ
丁度、秘書官からも報告が上がる
「傭兵ギルドからの面会依頼だと?」
「はい、それも火急の用件らしく…その…『巨人について』と」
ep.59 24(−8)
森を離れ草原を進み、ようやく道に出る
馬車は自分達を逃がそうとこの道を進んでいた
詳しい話を聞いていない為、ここがどこでどの方角に進めば良いかわからない
このまま進むのが正解なのか
しかし、この道を歩いていては追っ手に見つかるかも知れない
あの森は彼がいた…恐らく彼だ
なら自分の知っている森のはず
だがその森は広大だ
自分が知っているのはいつもの散歩道と家と街を繋ぐ道
太陽の進み方で方角は分かるが家に近づくのか離れるのかが判断できない
私は母の娘であり、ご先祖様の意思を継ぐ者なのだ
皆様をこれ以上不安にさせてはならない
馬車と同じ方角へ
少なくとも逃げることが最優先だ
しかし道を避け草原を行く
恐らく今夜は野営になる
道から死角になる丘や岩場を見つけるべきだ
夕刻前に適当な場所を見つけ皆様に休んでもらう
その場所に魔物よけを施し、私は道に戻る
この日の傾きに、人が通る可能性は薄い
来た方向からは追っ手として警戒し、行く方向からはなんとか情報を得たい
途中で動物でも狩れれば上々だ
いや、それより水が必要だ
固く棒になりそうな足をさすり、鈍る思考に頬を叩いて気を入れ直す
頑張れ、私は母の娘なのだ
ep.60 祈り願い求め望み念じ唱える僕
また逃げている
今度は人から
あんなに優しくしてくれたのに
いや、優しいままの人達もいた
だからこうして助かったのだろう
…助かった?
あんなに怖い思いをいっぱいして?
こんなに疲れて喉がカラカラなのに?
見渡す限りの草原
人のいる場所…安心できる場所までこれからどれだけ歩くのだろう
お腹も空いてる
寝て起きたらもっと体は弱ってるんじゃないかな
裕衣さんを見る
彼女はノアちゃん曰く魔法使いの素質があるらしい
羨ましい
僕も何か見たり感じ取る練習をしてみたけどダメだった
こんな時に彼女が魔法を使えたらこんな苦しい思いをしなくて済んだのでは…
そんな事を考える自分が嫌いだ
ただの嫉妬じゃないか
そういえば一度だけ
ほんの一瞬だけ
違和感を感じた事があった
ちょっと熱を出してベッドで横になっている時
朦朧とする意識の中、彼女が僕の額に手を当ててくれた時
あれは夢うつつ、熱にうなされた感覚の中だった
忘れていた
まぁ覚えていても人付き合いが苦手な僕がお願いなんてできなかったけど
でも今なら
こんなに辛い今なら
死んじゃうかもしれないなら
裕衣さんの前に座る
不思議そうな顔をされる
頑張って言う
「ゆ、裕衣さん、少し試したい事があるんです」
「え?」
きっと他のみんなにも変な奴だって思われてる
「失礼します!」
そう言って裕衣さんの手を握る
頑張って探す
裕衣さんの片方の手を自分の額に当てる
目を瞑る
感覚を集中して探す捜すさがす
家でも学校でも、そしてこの世界に来ても散々妄想してきた不思議な力のイメージ
なにかが答えた気がした
『…っ!!水!水飲みたい!水よ集まれ!シャワー浴びたい!シャワー!いっぱい水!雨!水!シャワー!雨!雨!いっぱい雨!!』
目を開く
地面は乾いた色をしている
空を見上げる
綺麗な夕焼けだ
赤く染まった雲
影は小さい
あれでは雨は降らない
結衣さんに謝罪して手を離す
みんなが心配そうな目で見ている
この視線には慣れていた
『ん〜君かなぁ?さっき水〜!とかシャワー!とか雨〜!って叫んでたのはぁ?』
僕は叫んでいない
心の中で叫んだだけだ
声に振り返るとおじさんがいた
浮かんでいた
日本語だった
ep.61 見守り微笑むあーし
「ふ…ふぉおおお!」
紬ちゃんが奇声をあげる
ずっと一歩引いた感じの子だったから、こんなにハイテンションなところを見るのは初めてでちょっと面白い
暗くなる前に戻って来たノアちゃんが途中で採ってきてくれた野草と、おじさんが狩って来てくれたウサギや鳥を捌いたのが晩ごはん
その食後におじさん持参のハーブティーを飲んでいたら、紬ちゃんが土下座しそうな勢いでおじさんにあるお願いをした
そのお願いが叶った結果が奇声をあげる紬ちゃんだ
おじさんは魔法使い
魔法使いなおじさん
絶望的で死にそうになっていたあたし達を、お伽話の様に助けてくれた
何もない空中から水を出したり、岩陰に簡単な岩風呂を作ったり、あたし達が着ていた服を洗濯乾燥したり、お風呂から上がったあたし達の前に焚き火と石の鍋と木の食器が用意されていたり…
一家に一台おじさん状態だ
おじさんが紬ちゃんの額に人差し指を当てて何度かやり取りした後、透明な何かを包む様な紬ちゃんの両の手のひらの中に小さな水の玉が現れた
「ふぁあああ…」
今度は奇声というより感嘆のため息をする紬ちゃん
とても綺麗なもの、とても大切なものを見ている様だった
あたし達も試してみたけど、結局できたのは紬ちゃんだけ
おじさんに『魔法使いの才能があるよ』と言われた紬ちゃんは、まるで赤ちゃんみたいに泣いていた
ep.62 食後の私
おじさまは名乗ることなくおじさんで良いよと言った
古い知人の様子を見てきた、その帰りの途中だったそうだ
「膠着状態から一歩踏み出したみたいでねぇ」
「それはおめでとうございます」
満面の笑みが返ってきたのでよほど親しい間柄なのだろう
私達の事情を簡単に話すと、本来なら南に向けていた帰路を変更して安全な場所まで同行してくれる事になった
「ロックハントという街まで行きたいのです」
「あ〜それなら東だねぇ…ロックハント領に入って、更に東へ行けばその中心都市のロックハントだ
領境を越えたら近くの町か村で馬車でも探そうかねぇ」
おじさまから明確な答えを貰ったノアちゃんはほっとした顔を見せる
ここまで随分とこの小さな女の子に頼り切ってしまって申し訳ないと思う
この世界での常識は分からないが、私がノアちゃんの年齢の頃はまだまだお母さんにべったりだった
こんな状況に放り込まれたら、ただ泣いてお母さんを呼ぶしか出来なかったはずだ
「おじさま、不躾ですがご助力をどうかよろしくお願い致します」
頭を下げる私達におじさまはおどけて見せる
「いいよいいよぉ〜 急ぐ理由もないしねぇ
女性のピンチに手を差し伸べられておじさんも嬉しいよぉ」
気を使ってくれるおじさまの言葉にみんなが笑い合う中、おずおずとノアちゃんが小さく手を挙げる
「…あのぉ、【ぴんち】ってなんですか?」
「【ピンチ】っていうのは簡単に言うと『危ない状況』って意味かな」
私が答えるとノアちゃんはコクコクと頷く
そして覚える為か、繰り返し唱えるように小さな口が動く
そういえば…
「おじさまは…あ…その失礼でなければ良いのですが…」
「なんだいなんだい?」
「これほど日本語を流暢に話される事に感服いたしまして…どちらかで学ばれたのですか?」
「あぁ!別に失礼な事なんかないよぉ 僕に魔法を授けてくれた人にニホン語も…
『おじさん!大変!!』
綾乃さんが叫ぶ
少し離れた場所で魔法の練習をする紬さんの見学していた筈だ
『紬ちゃん、頭クラクラするって言って倒れちゃった!』
ep.63 早朝の私
日の出の眩しさで眠りから覚醒する
腕で瞼に染みる光を遮るが、再び眠りに落ちるのは難しそうだ
カサカサという音が周りから聞こえ出す
周りも起き始めた気配に諦めて目を開ける
真っ青な空
見つめていると重力が頼りなく感じて落ちてしまいそうだ
私もカサカサと音をたてて起き上がる
昨夜おじさんが、刈った大量の草をあっという間に乾燥させて作った簡易的な寝床
それでも厚みが足りなかったのか体が少し痛い
「大丈夫?」
そう聞こえた方向を確認して返事を飲み込む
紗織さんが紬ちゃんに体調の確認をした様だ
昨夜気絶して倒れた紬ちゃんは、綾乃ちゃんに抱き止められ頭を打つ事はなかった
『あらあら』と小走りで様子を見に行ったおじさんが『大丈夫だよ』と言って狼狽える綾乃ちゃんを安心させた
魔法の発現によって普段使わない脳の回路を行使したせいだそうだ
しかも複数の事を同時に行うようなもので、負荷に耐えきれずショートしてしまったらしい
『魔法が使えたのが嬉しかったのかねぇ、危険信号に気付かないくらい夢中になってしまったんだろうねぇ』と紬ちゃんの額に手を当てたおじさんが苦笑していた
「良いかな?」
岩の向こうからそう声がかかる
やや間をあけてひょっこり顔を出したおじさんと朝の挨拶を交わす
「お風呂の湯を張り直したから顔を洗うなりしてくると良いよ」
昨日からなんと至れり尽くせりなのだろう
まだ寝ていたノアちゃんと綾乃ちゃんを起こして、みんなでお言葉に甘える
昨日の夕食の残りを朝食として食べていると、おじさんが一点を見つめて首を傾げた
「どうしたんですか?」
「…んー、なにかがこっちに近づいてきているんだよねぇ」
昨日の事もあって体が強張る
人?獣?それとも…
周りの草原は私の腰あたり、ノアちゃんがギリギリ頭を出せる程の高さ
確かに少し遠くの草の先が揺れている
それがこちらに向けてゆっくり近づいてくる
おじさんを見る
なにか不思議そうな顔をしている
危険が迫っているわけではないのだろうか
すぐ近くの草が揺れ始める
みんなでおじさんの後ろに集まる
私が抱きしめていたノアちゃんが「あ!」と声をあげる
やがてソレが草の中から姿を現した
コテン
片腕のないノアちゃんのゴーレムが、顔を出すと同時に石に躓いて転んだ
ep.64 24(−7)
術師さまが私とゴーレムを交互に見比べて「ほうほう」と頷く
「ゴーレムで…ロックハントかぁ…もしかして森にお住まいかな?」
「?…はい、ずっと森の中で生活しております あの…どうしてそう思われたのですか?」
「いやぁ、縁があってね 君のゴーレムに少し手を加えてみたいんだけど…何か思い入れがあったりするかな?」
思い入れ…
私はゴーレムを見つめる
このゴーレムを作ってから一緒に過ごした日々…
皆様を我が家に保護した日から今日までこのゴーレムがずっと側にいた…
そう、私にとってこのゴーレムは…
「特に思い入れとかはないです」
「そうかい?じゃあちょっと借りるね?」
術師さまはそう言ってゴーレムを抱えると歩き出す
私達から丁度岩陰に隠れて見えない位置にゴーレムを下ろす
術師さまがなにやらこちらに向かって片目をつぶる仕草をした
そして恐らくゴーレムに向かって手をかざしているであろう術師さまの目線が徐々に上向いていくのがわかる
やがてこちらに戻ってくる術師さまを追従する形で大きな馬が岩陰から現れた
私の記憶にあるどの馬より一回りは大きく雄々しい
ただよく見ると…いやよく見なくてもそれが生物ではなくゴーレムであると姿形からわかる
「術師さま…あの、これは?」
「確かここまでくるのに途中まで馬車に乗っていたって言ったよね?この子に引かせよう」
そう言うと術師さまは馬のゴーレム…そう、ウマーレムに跨り森の方へと駆けて行く
やはりかなりの重量があるようで、蹄が大地を踏み鳴らす音は姿見えなくなっても聞こえていた
ep.65 東を目指す彼女
馬車はゆっくりと東へ向けて街道を進む
元々四頭の馬で引いていた馬車を、馬になったノアちゃんのゴーレムがそれ以上の馬力で力強く引いている
馬車の荷台に、ベッド代わりにしていた草を敷き詰めて乗り心地の悪さを誤魔化した
御者台に座るノアちゃんが時々、ゴーレムのお尻に手を伸ばしてペチペチと叩く
命令して動かしていたので不思議に思っていたが、見ていたら叩きたくなったとの事なので特に意味はないらしい
ゴーレムを馬に変えたおじさんは、ゴーレムの背中で器用に寝そべり寝息を立てていた
倒れた紬ちゃんの事もあり、寝ずの番をしてくれていたようだ
やがて前方に見上げるほどの大きな岩が現れる
街道はその岩の前を通るようにまっすぐ伸びている
「この岩が領境だよぉ」
岩の目の前までくるといつの間にか起きていたおじさんが胡座をかきながら岩を指差す
岩は綺麗に二つに割れていてそれが領境との事だ
ここで領土争いがあった際に武神が岩をここまで担いできて持っていた斧で真っ二つに割り、領境と定めて争いを無理矢理に収めたいう逸話があるそうで身振り手振りを交えながら話してくれる
北は大森林、南は川にあたるまで
武神の意思を汲み取り多少の曖昧さはあれどこの岩を基準に真っ直ぐに領境は伸びている
「夕方前には街に着く、そこに僕の知り合いがいるから紹介しよう」
肩に止まった鳥を指で撫でながらおじさんが言う
そこでお別れになる
大森林から逃げるように南に逸れる街道
次第に人の姿を見るようになり道の左右には田畑を望む
左手の小高いあたりには町が見えてきた
傾きと共に濃くなる陽の光が、並んだ赤い屋根の家々を照らしている
馬車が丁字路を町に向かって曲がる
正面にきた町を眺めていると馬が何頭か駆けて来るのが見えた
近くまで来ると踵を返し並走しながら馬上の人達がおじさんと何か親しげに話している
紹介されたのか私達に向けてそれぞれ丁寧な会釈を見せてくれた
「みんな疲れただろう?今夜はゆっくり休むといいよ」
ep.66 保護してもらう彼女
ロックハント領の西、領境の近くの町コーンウェル
私達を出迎えてくれたのはその町長の息子さんと衛兵さん達だ
「おじさんってやっぱり凄い人なんだね〜」
「ぜ〜んぜんだよ〜」
サイズ感のおかしい馬の上で胡座をかくおじさんを馬車から見上げる
いつもの事というように堂々としており、迎える町の人達の表情も明るい
到着したのは町長さんの自宅で立派な館
「歓迎してくれているよ、しばらくはここに滞在してくれってさ 君達が襲われた事情はなんとなく察しが付くけど、この町の人達はそんな事しないから安心して良いよ」
「おじさんはどうするんですか?」
「僕も今夜はお世話になって、明日家に帰るよ」
おじさんの家は出会った場所からこことは逆方向とも言っていい街にあるそうだ
どんなに感謝してもしきれない
館へ入る時にゴーレムも付いてこようするが巨大な馬の姿の為、ノアちゃんが制止する
ふっふっふ…とおじさんがイタズラをする少年のような顔で笑う
そしてコンコンとゴーレムをノックすると、胸と首の付け根辺りから見慣れたノアちゃんのゴーレムが姿が形取られピョンと飛び降りる
合体変形は男のロマンとのこと
満足げなおじさんとは裏腹にノアちゃんは、相変わらずなゴーレムの姿を見てなんかビミョーな顔をしていた
まだなにか説明しようとしてたけど町長さんの息子さんに促されて館へと入る
招待された夕食の席では町長さんと息子さん夫婦、そしてその子供達が同席して紹介された
ノアちゃんと同世代であろう子供達を見ると、ノアちゃんは凄いなぁと実感する
今おじさんの隣の席で改めて紹介を受けているのは、今後の私達との通訳の為の計らいだろう
私達も境遇に甘えずもっと言葉を覚える努力をしなければならない
食後におじさんは町長さん達とお酒を飲み、私達は用意された部屋のうちの一つに集まる
ノアちゃんが聞いた話では、ロックハントから遠征している騎士団が補給の為にこの町に寄る予定があるそうだ
その時に帯同できないか町長さんが確認を取ってくれる事になったらしい
翌日の朝、おじさんは朝食をとってから出発した
紬ちゃんに少し真剣な顔で注意とアドバイスをすると、フワッと足が石畳を離れる
私達の感謝と再会の言葉を笑顔で返すと、ひらひらと手を振り上空へと浮かび上がる
そして方角を確認するおじさんは南西の空を目指す
私達はおじさんの姿が見えなくなってもなお、その空を見つめて見送った
ep.67 24(−6)
「副団長、補給部隊長より報告がございます」
南の農村に補給に出ていた部隊と共に、村民が嘆願書を持って我々の野営地を訪ねてきた
内容はモンスターの目撃報告と討伐依頼
北の城塞都市ロックハントと南の砦アインウォルの中間には広大な農地を開拓され、それを管理する為の農村がいくつか点在している
発生源となるような自然の境界とは隣接しておらず、モンスターの目撃報告は稀だ
ここより西には南北に走る山岳地帯と随所に刻まれた深い渓谷がある
我々が抜けてきた森林域からでなければその辺りからだろう
目撃証言の内容を鑑みてもその可能性が高い
わざわざ縄張りを抜け、川や草原を通過して農地までたどり着く理由は分からないが
会議により嘆願を受理する事が決定する
今回の遠征には少し特殊な背景があるが、この北の地でその食糧庫の異常は見過ごせない
遠征計画が組み直され、各地への伝令が出発する
会議が終わると騎士団長と目が合う
私は頷き了承すると席を立ち天幕を出て目的の場所を目指す
少し気が重い
その兆候は前々から感じ取っていた
だから、今朝方までの決定事項を報告した際には明るい笑顔を見せた
それがたった今、覆された
二人の護衛が守る天幕
異常の無いことの報告を受けると、私は入り口で呼びかけて了承を貰い中へ入る
挨拶を交わし体調に変わりはないか等、軽いやり取りをする
そして一呼吸の間をおいて本題に入る
会議での内容と決定事項、その必要性
そして最後に遠征が延長される事を伝える
「うえぇぇあぁ…ぅはぁ…」
やっと帰れると思ったのに
彼の絶望した顔は私にそう伝えてきた
ep.68 歌ったり訓練したりな男
ふん ふーふふん ふん ふーふふん
ふん ふーふーふーふーふーん
「良い歌ですね、故郷の歌ですか?」
遠征延長2日目、僕が何気なく浮かんだメロディーを口ずさんでいると副団長のヘイムスさんが声をかけてきた
数日前の領主様からの伝令で、遠征に参加している騎士さん達の身辺調査が終わった事と疑いなしという事が報告された
元々は騎士団長さん厳選の団員で構成されていたけど団長さんもホッとしたと思う
「はい、故郷の歌です 光る虫が題名になっているんですよ」
「光る虫ですか 歌になるくらいなのだから美しいのでしょうね」
「もう帰る時間だよってなったら歌う歌です」
「そう…ですか…」
「ふふふふふーんふーん ふふふーん」
「それはどんな」
「売られていく子牛を歌った歌です」
「………」
「………」
ヘイムスさんと楽しくおしゃべりをしたあと、僕は装備を取りにテントへ戻る
バルドさんに稽古をつけてもらった成果と、あの日から伸びに伸びた身体能力
そのお披露目?も兼ねて騎士団の全体訓練に参加する
身体は確かに引き締まった感じはあるけど、筋肉ムキムキのゴリマッチョになったわけではない
なのに、単純な力勝負をしてムキムキゴリマッチョのバルドさんと良い勝負ができるようになってしまった
いつも以上に固く無表情になったバルドさんが提案し、そのバルドさんを薄い目で睨む団長さんが了承して今日の全体訓練の参加が決まった
ムキムキゴリマッチョなのに僕と良い勝負をするバルドさんと合流し、野営地から少し離れた場所へ向かう
身体をほぐしたり連携の確認が主なので、城にいる時ほど本格的なものではない
戦力として遠征に組み込まれて、訓練で怪我をしてお荷物になっては目も当てられない
「負傷者として護衛付きで城にご帰還できるよう手配いたしましょう」
「いやだ!」
周りの騎士さん達がハラハラしながら見守り、結局お忙しい団長さんと副団長さんを連れてくるまで僕とバルドさんの熱のこもった打ち合いは続いた
ep.69 山岳地帯へ向かう男
参加する予定はなかったが僕も山岳地帯へ向かう分遣隊に同行する
元々この遠征自体にも同行している立場なので、必要以上の戦闘に参加させたくないと一度は断られたがどうしてもと押し通した
どんな心境の変化かと片眉を上げるバルドさんも護衛として同行してくれる
多分僕を呼んでいる…正確には僕ではないが
山岳地帯の手前に陣を張る
ここまでの移動の際、遠見の騎馬の一騎が山岳地帯へ向け草原を走る影を目撃した
故に捜索の照準は山岳地帯に絞られた
といっても山岳地帯は広範囲であり、棲息するモンスターの数や種類も明確ではない
当該の標的かどうかはともかく、推察や怪しい動きをするものを対象として討伐し様子を見る
これ以降も目撃や被害が報告されるようなら対応できるギルドに引き継ぐという形になる
ただなんとなくだけど、僕はその姿を予想していた
だから僕も一緒に行く
誰より先に僕が見つけなければならないし、きっと向こうが僕が見つける
山岳地帯に入る
とは言ってもその入り口と呼べるようなあたりをウロウロするぐらいだ
麓ですら既に険しく人の侵入を拒んでいる
深く入ればそこはこの辺りに巣食うもの共の縄張りになるだろう
餌場に餌が自ら飛び込むようなものだ
知能の高いものが存在すれば退路など無くなるだろう
部隊は慎重に捜索する
時折、遠吠えが聞こえる
山肌に反響して距離も方角もわからない
これじゃない
これでもない
これもちがう
僕らは呼び合い引き合う
バルドさんが僕に向かって叫ぶ
もう遅い
見上げる僕の前にはあの子よりもっと大きな黒いサーバルキャットがいた
ep.70 母と男
喜び 困惑 悲しみ 怒り
モンスター
なのに でも だって
僕の頭より大きな眼球が目の前で感情を揺らす
お前が喰った お前が生かした お前はなんだ
そう言っていると思う
野良の子はやっぱりちょっと臭う
今動けばあの牙についた肉片のお仲間入りだ
無理やり触ろうとすると怒るだろうな
僕も眼球を見つめる
悟りは開いてないし命は惜しい
けどこのまま喰われてもそれはそれでしょうがないかなって心境だ
あの日からずっと捜していたのか
だって君の大事な子供だったんだもんね
ごめんな こんな形で帰ってきて
ほんとうに
ごめんなさい
去っていく彼女の後ろ姿に、自分の母の姿を重ねてしまった
向こうで僕はどうなったのだろう
僕の死を忘れてくれただろうか
行方など捜さず諦めてくれただろうか
もう帰れないのならせめて
お願いだから神様
どうか…どうか…
ep.71 幼い頃に見た父の勇姿を再現する男
正座とは我が国の文化において、他者やその場に対して敬意を示し失礼のないように配慮した作法である
ここから発展型として上半身を前方に折り曲げながら両手の指と腕をできるだけ美しく伸ばして上半身を支えるように手を並び揃えて地面に置く
その姿勢から大地を割らんばかりの勢いで頭部を激しく振り下ろし、相手の鼓膜を破るつもりでこう叫ぶのだ
「すいませんでした!」
「…それ…は、いったいどういう…いや、なんとなく意図はわかりますが…」
流石我が国伝統の必殺技『ザ・ドゲザ』、異世界&異国の騎士にすら効果抜群だ
実に誇らしい
あんなに怒りに満ちたバルドさんも、僕のこの高潔で真摯な姿勢に冷静さを取り戻さずにはいられない
ジャンピングドゲザやスライディングドゲザという高難易度技も今の僕なr「とにかく…」
「…我々と共にする間はどうか軽率な行動はお控え下さい 我々は皆様の自由を縛るつもりはありません いずれ城を出る事があっても我が主は万全の備えをもって送り出すでしょう しかし今は自由より必要な事が多くあると思われます 先ずはどうか我々を信じて自重して頂きたく…」
土下座の良いところはこの姿勢さえ保てば長い説教を聞き流していてもバレない事だ
無心の境地に達した真顔の僕の表情を見ているのはこの小さな虫さんくらいだ
おでこを地面に預ければ謝意の最大値を稼ぎつつ、このまま眠る事だって不可能じゃなi「聞いておられますか?」
チッ感の良い…
「聞いてます!」
思わず顔をあげてバルドさんと睨めっこ
見よ、この誠実でウルウルとした我が瞳を
ep.72 北を目指す男
進路は北へ
都市ストーンハントへ伸びる街道を目指す
最短距離ではないが町や砦での補給を行いやすい行軍となる
この遠征の初日は馬車に揺られていた僕も、今じゃ一頭の馬を借りてなかなか立派に乗りこなしている
視線を感じて振り返る
危険があればすぐ動けるようにと、まるで問題児を監視するかのような視線を僕に送るバルドさんは昨日団長さんにメチャクチャ怒られていた…かわいそう
そのバルドさんの向こうに広がる険しくも美しく雄大なる山脈
見つめていると怪訝な顔をしたバルドさんに促されて前方に視線を戻す
バルドさんの微細な表情の変化も随分と分かるようになってきた
視線はずっと感じたまま
正午を過ぎ傾く太陽はやがて西の山脈に隠れた
麓には山脈の影が重く横たわる
見上げる空はまだ青く、太陽の光に照らされた雲が美しくオレンジ色に染まっている
一枚の絵のような風景の中を感動しながら進む
移動と野営を繰り返して三日目、山脈は不自然な程に急に途切れ視界が開ける
その恐ろしく高い断崖には巨大な滝が流れ落ちていた
遠目に見るこの場所にも届く滝の音
その落ちる先ではどれほどの轟音が響いているのだろう
逸話や昔話
目の前に広がるこの地に神様か巨大な竜が現れ、その時の衝撃で山脈が削られて出来た断崖だと語られているらしい
そう教えてくれたバルドさんが指を刺す
その方向、微かに町が見える
「あの町の近くに東西に伸びる街道があります 東へ三日も進めば城に着くでしょう」
「そろそろベッドで寝たいのですがどうでしょうか?」
「…補給のみです これまで通り町や砦に寄ることも泊まることも許されておりません…今の貴方をどうこうできる民や兵は少ないと思いますが念の為です ご理解ください」
「…言ってみただけです」
ep.73 24(−5)
物資の確認作業を部下に任せ、私は駆けつけた町長の元へ向かう
「補給部隊を預かるニコラスと申します
町長殿、此度の我らの急な物資調達の依頼を受けて頂いた事、騎士団長に代わり深く御礼申し上げます』
「いえいえとんでもございません!領内の平和の為に御尽力なされている皆様の御要請とあらば、我々領民は協力を惜しみませんとも!
わたくし、この町の町長を務めさせていただいておりますルドマンと申します どうか捨て置き、ただ町長とだけお呼び下さい
…一応、皆様の御宿泊の用意はさせておりますが…やはり今夜は野営で済まされるのですか?」
「はい、今回はいくつかの訓練も兼ねたものですのでどうかお気になさらずに」
「であれば良いのですが…何か御入り用があればなんなりとお申し付け下さい」
「ありがとうございます」
作業の様子見る為に視線を戻す私に、今度は町長から声がかかる
「ニコラス殿、ひとつよろしいでしょうか?」
「?…どうぞ」
「これから城へご帰還されるとの事で…その行軍に随行させて頂きたい方々がおりまして…」
「…我々は商隊ではありません、申し訳ありませんが」
「いや!わかっております!わかっておりますが…その…『監視者アンナの娘ノア』という名前に聞き覚えはございませんか?」
私は剣を抜くと同時に部下に命令
町長を拘束し、場を制圧した
ep.74 24(−4)
急報を受けて指示を出す
制圧は完了しているとの事だが油断はせず二十名ほど連れて行く
残りは副団長の指揮の元に厳戒態勢
我々は装備を即座に整え馬を走らせ町を目指した
町に侵入したところで敵意を探すが住人達に怯えや困惑以外は感じられない
伝令の者の案内で現場に到着するがニコラスや町長の姿はない
その場に残った者の報告によると対象の確保の為に先んじて町長の館へと向かったそうだ
制圧されている者達は一つところへと集められ膝をつき無抵抗を示している
ここにも敵意はない
町長の単独的な犯行なのだろうか
館の方向と道順を聞き出すと再び馬走らせる
時折、住人達に聞き込みながら辿り着いた館の入り口には我が兵が待機していた
報告を促すが妙に歯切れが悪く、その違和感とこれまでの住人達の態度からもしやといった推測がよぎるがとにかく案内されるまま館の中へ入った
案内された部屋を開ける
慌てふためく幼子
困惑している数名の女性
苦笑いをする町長と思しき身なりの男
そして頭を下げ謝罪の姿勢を取るニコラス
皆が一斉にこちらに視線を向けた
ep.75 男メット彼女
いろいろと誤解があったらしい
この町で騎士団の補給が行われる今日
予定通り私達をお城まで同行させてもらえるか聞いてきますよと、笑顔で出ていった町長さんが後ろ手に縛られて帰ってきた
『城に行った母が私を探しているはずだから』
と言うノアちゃんが自分の名前を出して欲しいと提案した結果らしい
行方不明者の名を口にした町長さんは誘拐犯と間違われ、さらに騎士団を脅迫したという罪まで付いて捕まっちゃうところだった
…やっぱり誘拐されてたんだなぁ
私達は勿論、ノアちゃんもここまで事が大きくなっているとは想像していなかったんだから仕方ない
後から来た偉い人と一緒に謝られた町長さんも笑って許してたみたい
改めて私達や自分の身元をノアちゃんが説明し、騎士団の人達に保護してもらえる事になる
今日は後から来た偉い人こと騎士団長さんと数名の人が館に残り明日の出発となった
翌日、町長さんをはじめとしたお世話になった人達にノアちゃんから習った言葉でお礼を伝える
おじさんがまたこの街に来た時には私達からのお礼を伝えてもらえるようお願いする
ウマーレム(私じゃなくノアちゃんが命名)が引く馬車に乗り込み騎士さん達に守られながら町を出る
騎士さん達もウマーレム(ノアちゃん命名)の大きさに随分と驚いていてノアちゃんは随分とご満悦
一度野営地に向かうという事で、そこに私達と同じ境遇の男性がいると団長さんが教えてくれた
野営地に着くとウマーレム(ノアちゃん)の様子がおかしい
キョロキョロとあたりを見渡していて落ち着きがない
野営地で出発の準備を終えた騎士団の人達と合流する頃にはなんかもう臨戦体制って感じ
流石におかしいと思ったノアちゃんが相談しようとした団長さんが手を挙げる
その視線の方向に黒髪の人がいる
これまでこちらの人で黒髪は見た事がないので多分そうなんだろう
団長さんの合図に気付いた隣の人と一緒こちらに向かってくる
ウマーレム(ノ)がドン!と脚を鳴らしびっくりする私達
ぺちーんとウマーレム()のおしりを叩くノアちゃん
男性の後ろの方から怒号が聞こえる
途端に何かが宙を飛んだ
人?…と…馬?
あ、また飛んだ…
ウマーレムからなんかビキビキという音が聞こえる
混乱と喧騒の中、今度は大きな黒い影が宙を舞い黒髪の人の背後に着地する
とても大きな…黒猫
黒猫は黒髪の人を咥えると凄い速さで山の方へと駆けて行った
…わ、なんかあの滝すごく大きい
ep.76 24(−3)
『馬を落ち着かせろ!負傷者の救出急げ!』
怒号と混乱の中、私は馬を走らせ団長の元へ向かう
「彼が攫われました モンスターの追跡、及びその人員編成の許可を」
「ならん、一足飛びで姿も見えなくなるような脚に騎馬でどう追いつく?」
「では私だけでも捜索に向かう許可を」
「…駄目だ、アレが向かったのはあの山脈か?捜索するにもその範囲は?そもそもあの脚なら一晩であの頂すら越えるぞ?」
「…許可を」
「とにかく先ずはその傷を治せ、何をするにも今の貴様は負傷者でしかない」
言われて痛みを思い出す
ヤツの爪に払われ、情けないほど簡単に剣は折れ腕は曲げられた
私は彼に「信じろ」と言った
それがこれか
納得できぬと顔に出ていたであろう私に団長…父は言う
「聞けばアレは母親なのだろう?一度許し、そして追ってきた 恐らく彼の中に子を感じて連れ去ったのかも知れん であれば彼に危害は加えまい」
「一度許し、しかし許せなかったのかもしれません」
「…治療を受けろ どの道、今の貴様にはなにも出来ん」
言葉を探す私の目に、町で保護されたという彼女達の困惑する姿が映る
私は団長に一礼し、その場を後にした
ep.77 24(-2)
『私の名はバルド
とある理由で放浪しているただのバルドだ
これを読む者の前には何者か分からぬ遺体となっている事だろう』
火を起こし、簡単な食事の後
そう書き出した日記
長い旅になる
治療は添え木で強く固定しただけのものだ
綺麗に折れていたようで安静にしていれば治るのは早いだろうと言われた
中央には即座に治癒を完全させる術師もいるらしいが、我が領には確認されていない
可能な限り馬に積める物資を分けてもらうと、止める友人に父への言伝を頼み私は団を抜けた
『私はとある使命を自らに課し、旅をしている
これを読む者はトゥフォッカ国ロックハント領領主にこの日記を届ければ謝礼が出る事を約束する』
私が家名を汚した事で勘当されていなければ、だが
モンスタ―の向かった方向
大滝の辺りで痕跡を探すだけですぐに辺りは暗くなった
あれほど巨体のその足跡をここでは見つけることはできなかった
人と違い水の在り処を見つける事など、モンスターには簡単なのだろう
ロックハントとオータヴェストの領境としてベルクフォルムまで横たわる大山脈
山頂はどこも雲に隠れ、稀に雲が抜けてもその輪郭は霞むほどだ
先ずはロックハント側を行く
どこまで登る
可能な限りどこまでも登ろう
大滝を囲む森林の中、木々を抜けたわずかな風の中に獣臭を嗅ぎ取る
怪我の痛みと熱に負け、森林を抜ける前に火を起こしたのはやはり早計だったか
草木をかき分ける音
真っ直ぐにこちらへ向かってくる
光に誘われたか、獲物の匂いに誘われたか
「あ、え?バルドさん?」
闇に浮かぶ巨大な2つの眼の下、彼の顔が焚き火の明かりにさらされた
私が日記の続きを書くことはなかった
ep.78 再会するまでの男
彼女が僕を頭から腰まで丸呑みもとい咥えて連れてきたのは、恐らく巣穴として利用している洞窟だった
ペェっと僕を吐き出した彼女は、僕をベロベロと舐め回すと懐に引き寄せた
途端にすやすやと寝息をたてはじめたので、僕は彼女の腕の中から這い出る
やっぱりあの日からずっと見張っていたのだろう
巨体の彼女でも優に受け入れる洞窟は、奥深くまで続いているが暗すぎてとても進めそうにない
まるで人工物かのようにきれいな半円を描く洞窟を出ると滝の音が聞こえた
野営地から僕が窒息死する前に開放された時間を考えると、あの大きな滝が落ちる先の森の中だろうか
今からでも走れば騎士団の人達と合流できるかもしれない
「…まぁ、君が許してくれたらだけど」
見上げる僕を後ろから見下ろす彼女と目が合う
頭を丸呑みされる
首の骨が外れそうになったので急いで彼女の毛を掴んで体を支える
のっしのっしと歩く彼女
ペェっと吐き出され以下同文
うーん、どうしたものか
死にかける事数度、どうにか彼女の監視付きで歩き回る事を許可してくれたようだった
とりあえず滝の落ちる音の方へと歩く僕と着いてくる彼女
歩くリズムが合わず僕は何度も蹴飛ばされる
滝の音の耳と脳の許容範囲あたりで見つけた川で僕は目的を果たす
「あばばばば…!さささ寒い!」
頭の悪い事この上なく、彼女のヨダレは水に落ちたが、寒さに震え思わず彼女の脚に抱きつく
濡れた僕を愚かだと言うように舐め回す彼女
とりあえず途方に暮れたので元来た道を引き返す
勿論すぐに迷ったので、どうやって死なない様に洞窟まで連れて行ってもらおうかと思案していると、暗くなった木々の間に暖かそうな光が見えた
ep.79 再会した男
「バルドさん!」
僕は嬉しさのあまり彼の元へ向かって走る
これは是非とも感動の抱擁をしなければならない
「うっ…!」
しかし顔をしかめたバルドさんに回避される
「(チッ)…バルドさん!」
仕切り直してもう一度攻勢に出る
またしても回避される
これまで見た事がない素早さを見せるバルドさん
僕達はじりじりと訓練さながらに間合いをはかる
「なぜ避けるんですか…」
「…分かってやっているなら悪ふざけはおやめ下さい」
バルドさんはそう言って片腕を上げる
その腕は添木で固定され、包帯が巻かれていない部分の肌は痛々しく変色している
「…!もしかして僕を助けようてしてできた怪我ですか…?」
「ええ、まぁ…自分の未熟さ故でもありますが」
「そんな怪我をしているのに…その、僕を探しに来てくれたんですか…?」
「私は自分の言葉に責任を持つべきと行動しているだけです、どうかお気になさらずに」
「では遠慮なく!」
「食うか!」
三度避けられ再び間合いをはかる僕達を彼女は興味なさそうに見つめていた
ep.80 話し合う男
促されて焚き火の前に座る
バルドさんは闇に佇む彼女に視線を向けたまま僕に問う
「現在のご自分の状況などで理解できている事は何かありますか?」
「どうして焚き火を挟む様に座るんですか?」
「…あれは貴方に敵意を持っていないと感じますがその認識でよろしいのでしょうか?」
「火の様子を見て風下に誘導しましたよね?」
「………」
「………」
大滝の轟音がわずかに聞こえる夜の森
僕達の話し合いはすれ違いの末、答えが出ずに難航していた
沈黙に業を煮やしたのか、のそりと闇から現れた彼女が『もう帰ろう』と言わんばかりに頭上から僕を咥えようとする
「それは助けた方がよろしいのですか?」
「でお゛だずどでぎに゛ん゛でい゛ざれ゛る゛がも゛じれ゛ま゛ぜん゛んんん!」
迫るひげ袋と巨大な牙から必死に抵抗する僕を涼しげに見守るバルドさん
ちょっと半笑いなのを僕は見逃さない
抵抗を理解してくれたのか、彼女は僕をひと舐めして僕の後ろに横たわる
「この森が縄張りなんだと思います
この子が子離れできるまで一緒にいてあげようかと思うんですが駄目ですかね…?」
「それはこの森で、という事ですか?」
「はい…多分、縄張りを出ようとすると怒るんじゃないかな」
微かに、ほんの微かにあの子の記憶がフラッシュバックする
有り余る体力…暴れたい盛り…遠くまで走れる脚力…初めて見る生き物………初めて受ける限界以上の痛み
一瞬通り過ぎた目の前の人への怒りは僕への優しさが塗り潰した
「と言っても試したわけじゃないですし…子離れできなくてもうまく誘導すればこの子と一緒にロックハントまで行けるようになんじゃないかな」
「それ…は…どうか遠慮願いたく…」
「バルドさんは騎士団に合流して僕の無事を報告して下さい
とりあえず大丈夫だし、大丈夫になったら帰りますからと」
「…分かりました、私がここにいても…その、子?を刺激するだけでしょうし
近くの町から定期的に食料を配達してもらえるよう領主様に頼んでみます
他に何か必要な物はありますか?」
「ベッドがほしi「なさそうですね」
ep.81 24(-1)
目の前で膝をつき頭を垂れる息子に私は苦虫を噛み潰す
怒りを放つより団長として冷静に対処する事を優先できた自分を珍しく褒めたくなる
「…罰はない
確かに貴様は軍律を破り私の命にも背いた
だが彼の無事を確認し報告に戻った功労でこれを相殺する
二度はない
これ以降、より軍務に励み領主様に尽くせ
分かったな」
短く応じた息子を下がらせる
彼の捜索に向かった男がたった1日挟んで戻ってきた
しかも『彼は無事だった』などという都合の良い報告を持って、だ
本来ならとても信じられる物ではないが、あれの覚悟と性格を加味すれば信じる他ない
(首の皮一枚繋がったか…?)
誰にも見られぬように私は苦笑する
今回の遠征での私の責任は重い
たとえ彼女達の無事と保護を報告できたとしても、あれが戻らなければ…彼の無事を報告できなければ私の進退問題を問われていただろう
昨夜には覚悟も決まり、次期団長候補は誰を推薦すべきか悩んだくらいだ
あと一日か二日、安全な街道を精鋭の騎士団を引き連れて行軍する
たったそれだけだが何が起きようともはやなんの不思議もない
一層気を引き締め、私は打ち合わせの為の場に向かった
私の心配をよそにこれ以降は万事順調に進み、我々は城への帰還を果たす
私の報告を聞いた領主様の表情の変化は相当なものだった
不敬かも知れぬが、いずれ引退した後の孫への昔話にでも取っておこうと思う
ep.82 とある日、気持ちは受け取った男
彼女がサッと顔を上げ、警戒のするように耳をぴくぴくと動かす
どうしたのかと不思議に思い、もしかしてと心当たりを思い出す
晴れた空を見渡すとギリギリ確認できる程度の煙が細く上っている
「行くよ」と声を掛け洞窟から煙の方向へ走ると彼女もついてくる
巨体の猫を引き連れ、アニメのOPシーンさながらに颯爽と走り出した僕
そのゴールの先で見たものは、Aメロで既に僕を置き去りにした彼女が食料品を載せた荷車を漁る様子だった
「え?待って…え…?その…ちょっと?…ねぇ…その足元にあるの何?…絶対それそうだよねぇ?え?嘘じゃん…原形とどめてないじゃん…え?やめて?ねぇなんで?」
僕とバルドさんの友情の証ともいうべき『それ』の内臓はグチャグチャに抉り出され、骨はバキバキに折られている
その残骸が横たわる地面に謝罪の文字を描き、なんとか無事に生き残った食料を小脇に抱え彼女と共に洞窟への帰路に着く
いじけて無視する僕の様子を察したのか、彼女は謝罪をする様に僕をベロベロと舐め回した後、懐に引き寄せ寝息をたてる
まるで壊れた『それ』の代わりに自分がなろうとでも言っているようだ…なんて優しいのだろう…
ふかふかの猫毛ベッドから抜け出す
洞窟の入り口辺り
体育座りで夜空を見上げる
月が優しく僕の涙を照らした
ep.83 (-?)
おい、どうした?死にたくないだろ?
しっかり見ろよ、頑張って感じ取れって
いけるいける!お前ならいけるって!
…
…おーい、目ぇ閉じんな
あーさーでーすーよー!
キラキラしてんのわかる?キラキラ
あれ?キラキラ伝わらない?
言葉わからなくてもわかるだろ?俺の言いたい事〜
せっかくここまで立派に育ったんだからもう一段階上を目指してみようって
だから目!を!と!じ!る!な!
こんだけ手伝ってやってんのになんも見えないのk…お?
お…!お〜お〜!
良いぞ!その調子!そうだ!もっといけ!
俺を殺したいだろ!?もっとだもっと!
…
…いやいや調子に乗んなって
その程度で俺が殺れるか、ばーか
んー
モンスター…
怪物…
魔物…
えーと
化け物…
んー
魔物で良いね?
喜べ!お前は魔物第1号だ!
じゃなくてやっぱモンスター第1号だ!
そのうちお嫁さん連れてきてやるからな?
あれ?お嫁さんでいいよな?…お婿さんか?
まぁ、どっちも連れてこれるように俺も頑張るよ
あ~でも一回植物を挟みたいかな…その後で良い?
だからフツーに無理だから
調子に乗んなって
いや、良い仕事したわ
俺がこの世界に転移されたのはこの為かも知れんね
やっぱせっかく魔法があるのにモンスターがいないなんてのはナシでしょ
どーせ日本に戻れないならこんくらいしタッテイイダロガ!!
ep.84 (+?)
ん?そりゃあ俺達はこの世界のモノじゃないからなぁ
ただ似ているだけ
何もかも違う向こうの世界から身体は勿論、魂やら心やら全部そのままこっちに持ってきちゃってんだ
本来この世界の理に無いものなんだからメチャクチャ不安定なんだよね
だから転移してきた瞬間に崩れたり霧散したりしてても不思議じゃないのよ
そのうち不運が重なって転移してきた瞬間に星を巻き込む超爆発やブラックホールみたいな現象になる奴がいるかもな
そういう原理とか知らんけど
んで最初の話に戻るけど、お前はただ倒しただけなんだろ?
とにかく倒さなきゃとか別の事に気を取られてたりとか
奪うとか貰うとかそういう意思がないから何も起きなかったの
意思の問題
お前に自分を殺させた奴の考えはある意味正解なんだよ
お前に触れて干渉しながら自分を捧げたから、完全とまではいかなくても自身の能力をお前に与える事が出来たんだよ
俺もさぁ…うん、まぁこの話はいいや
あとはそうだな…
例えばそこにある鎧
お前は知識や経験から『鎧は硬くて壊れにくい』って考えるだろ?
でもお前が本気で『鎧は布の服より破れやすい』って認識出来ればその通りになるんだよ
まぁ極論だけどな
向こうで持ってた常識とか固定概念みたいなのをこっちで覆すなんて無理だしな
え?ステータスオープン?
何お前やったのw俺もやったやったwww
でもさー…イメージできる?どういうプロセスが働いて自分の能力を数値化や言語化して目の前に表示させるって…できたら便利なんだろうけどなー…
この世界の魔法だってそれと一緒
本気で魔法の存在を信じて生きてきたヤツなんていないでしょ?だから俺達は基本的に魔法は使えないのよ…基本はね
あ、ダメだぞ!?今出来てることをどうやって出来てるんだって本気で疑いだすと出来なくなるからな?
出来ないって認識したらアウトだ
まぁとにかく殺す時は奪うとか寄こせって思いながらやると良いよ
何を奪うって?
…見えない奴に説明したって意味ないよ
そりゃ見えたほうが良いけど、見えなくてもそれなりに成立してるんだからいーのいーの
…いや、森の中にいるのはまた別の存在
アレは倒せば倒すだけこっちの力になるけど、その分精神やら肉体やらへの干渉も酷いよ?
だってアレはさー…
ep.84 24
領主との謁見を終え、城門から抜け出す
こっちのギルドに情報を伝えがてら顔を売っておこうかと寄ったら済し崩し気味に領主への報告まで付き合わされた
まさかこんな事になるとは思わなかった
固めていた首や肩をほぐしようやく一息つく
先導するこの街のギルド長が労をねぎらい酒と食事をご馳走すると言うと、後ろでは冒険者ギルドの男が嬉々とした様子で大股で俺達を追い抜き、急かすように歩いていく
これ以上はあれを追えぬと悟った他の奴らはとっくにベルクフォルムに帰り残ったのはこいつだけ
何か意図があるのかと思えばずっと冒険気分観光気分といった様子だ
領主との謁見すらこいつにとっては珍しいものが見れたといった感想なのだろう
ギルドが用意した立派な宿に帰る
軽装に着替えてから合流して飯を食いに行こう
そういう手筈で一旦解散する
俺は自分に用意された部屋…を通り過ぎ隣の部屋の扉を叩く
相変わらず間の抜けた返事に扉を開け声を掛けた
「よう、調子はどうだ?」
「元気だよぉ、絶好調だ」
「一応言っとくがお前が不調になるような事は想像出来ないからその心配はしていない、そいつの事だよ」
「つれないねぇ…さっき消えそうになるくらい薄くなったけど今はこうして無事でいるよ」
「別にそいつが無事かどうかも気にしていない…むしろ消えるなら本体が死んだって事なんだろう?喜ばしい事じゃねぇか」
「そうかい?…でもまぁ消えそうで消えなかったっていうのもまた気になるねぇ…」
「そいつに聞けよ、てかいい加減なんか話せねぇのか?」
「なにか聞こうにも彼の中にいる人達が一斉に話そうとするようなものだからねぇ
混乱はするし、口も今のところ一つしかないからねぇ」
「今のところってやめてくれ…あれを思い出しちまう…まぁいいや、飯を食いに行くからお前も支度して降りてこいよ
そいつも…まぁ連れて行くか、酒でも飲ませてみようぜ」
ep.85 24
領主との謁見を終え、城門から抜け出す
こっちのギルドに情報を伝えがてら顔を売っておこうかと寄ったら済し崩し気味に領主への報告まで付き合わされた
まさかこんな事になるとは思わなかった
固めていた首や肩をほぐし、ようやく一息つく
先導するこの街のギルド長が労をねぎらい酒と食事をご馳走すると言うと、後ろでは冒険者ギルドの男が嬉々とした様子で大股で俺達を追い抜き、急かすように歩いていく
これ以上はあれを追えぬと悟った他の奴らはとっくにベルクフォルムに帰り残ったのはこいつだけ
何か意図があるのかと思えばずっと冒険気分観光気分といった様子だ
領主との謁見すらこいつにとっては珍しいものが見れたといった感想なのだろう
ギルドが用意した立派な宿に帰る
軽装に着替えてから合流して飯を食いに行こう
そういう手筈で一旦解散する
俺は自分に用意された部屋…を通り過ぎ隣の部屋の扉を叩く
相変わらず間の抜けた返事に扉を開け声を掛けた
「よう、調子はどうだ?」
「元気だよぉ、絶好調だ」
「一応言っとくがお前が不調になるような事は想像出来ないからその心配はしていない、そいつの事だよ」
「つれないねぇ…さっき消えそうになるくらい薄くなったけど今はこうして無事でいるよ」
「別にそいつが無事かどうかも気にしていない…むしろ消えるなら本体が死んだって事なんだろう?喜ばしい事じゃねぇか」
「そうかい?…でもまぁ消えそうで消えなかったっていうのもまた気になるねぇ…」
「そいつに聞けよ、てかいい加減なんか話せねぇのか?」
「なにか聞こうにも彼の中にいる人達が一斉に話そうとするようなものだからねぇ
混乱はするし、口も今のところ一つしかないからねぇ」
「今のところってやめてくれ…あれを思い出しちまう…まぁいいや、飯を食いに行くからお前も支度して降りてこいよ
そいつも…まぁ連れて行くか、酒でも飲ませてみようぜ」
ep.86 25
かつての勇者や使徒の姿を表した像や絵画は多い
各地にあるそれらを見て誰しもが彼らはそうであったと記憶する
彼らの記録や伝記を綴じた書物を読む者の頭の中では記憶した彼らが躍動し、その空想はやがて真実として置き換えられていく
玉座を擁する中央の城
その一室にも彼らの絵画が飾られている
中央の椅子に腰掛けた美しい衣を纏う聖女
その肩に手を置く立派な鎧と聖剣を携えた勇者
その勇者と肩を並べるように
剛者の体格と厳格な雰囲気を持つ武神
知性と神秘性を帯びた賢者
その四人が一枚の絵の中で描かれている
これはいつ描かれたというのか
世界が危機に瀕している戦時中にそんな余裕は果たしてあったのか
平和が訪れた時には聖女は崩御されている
何が言いたいかというと勇者一行の姿や動向を伝えるものは全て制作者の主観や願望によるものであり、彼らの本当の顔がどうであったかはもう誰も知らないのである
この城にある一枚の絵
けして上等とはいえぬ材質の紙
それは聖女が書いたとされる勇者の似顔絵
そう伝え聞いている
勿論それとて真偽を確かめる術はない
どの絵画にも見る様なそれではなく、只々あどけなく素朴な顔をした青年が精巧に描かれている
それが領主一族のみが閲覧できる書物の中に保管されているのだ
朽ちぬように術を施されて
幼い頃より、私はこの領にあるこの絵こそが真実であると疑わなかった
私は今日、勇者を見た
隣領で起きた悲劇とその原因
それらの詳細を報告に来た傭兵
彼を見た瞬間、思わず目を見張った
使徒と同じ境遇を持つ存在の出現
私の信じる勇者の来訪
大森林の異変
これらをまとめて偶然だと投げやる理由が私には無かった
ep.87 26
朝起きると隣で寝ていた母がいない
ここ最近ではそれが当たり前になっている
森の小屋では共に起きて共に作業を行うのが当たり前だった
それがこんなにお寝坊しても怒られることなく、笑顔でおはようをしてくれる
ぐぅ〜っと伸びをしてベッドから飛び降りる
丁度お母様がお戻りになった
「お母様、おはようございます!」
私の元気な挨拶にお母様は笑顔で…
…
……
………
…あれは怒っている時の笑顔だ
「えぇ、その通りとっても怒っていますよ?」
お母様は私の頭の中を覗く能力を持っていらっしゃいます
「貴方は考えている事がすぐ顔に出ますからね」
「お寝坊した事でしょうか…?」
「…」
「お勉強を怠ったからでしょうか…?」
「…」
「…そ、それが七日ほど続いたからでしょうか…?」
「………」
「しかし!しかしですね!私は皆様のお菓子作りやお召し物作りに協力していたからなのです!お店を出すにあたり私の様な年齢の意見は貴重だからと!そう!そうなのです!私は皆様のお役に立つべく頑張っていたのです!」
そう、これは私が監視者として
なによりお母様の娘として何一つ後ろめたさのない行動だった筈だ
「それほど貴重な意見は寝言でお伝えできるものなのですか?」
「…」
「何度か御夕飯を残しましたよね?」
「…」
「貴方に合わせて作った服が『何故か』着れなくなっていたそうですね?」
「………」
「夜中に仕込みをしている厨房にお邪魔したそうですね?」
「内緒にしてくれるって言ったのに!……あ!」
「…貴方、鏡を見t「お母様!鏡?鏡とは!?そんなもの何処にもありません!」
「貴方の右手方に鏡台がありますよ…ご覧なさい、今も私達…貴方のその丸いお顔をしっかり映していますよ」
「お母様、私は生まれた時から右が向けない病に罹っているのをお忘れですか」
「産んだ私も初耳ですよ…共に攫われた方々は口々に貴方を褒めていましたし、今も頼りにされているご様子
それを鑑みてお目溢しをしていたつもりですが少々度が過ぎましたね、私も反省しています」
「そんな…お母様が反省する事なんて」
「そうですね、貴方が反省するべきですね」
「…」
「しばらくお菓子は禁止です、皆様からあまり厳しくしないでほしいとお願いされていましたが流石に子供の成長に良くありませんからね」
いぃゃやああああ「わかりました…」あああああぁぁ!
ep.88 移籍するあーし
「え〜?でも面白そうじゃね?お店開くとかやってみたかったし
紬ちゃんもやろうよ」
「あ、あの…でも…」
「…あ〜魔法使いたいよね?めっちゃ頑張ってるもんねぇ…うん、わかった!でもあんまり無理しちゃダメだかんね?」
同じチームじゃないのは寂しいけど、才能あるなんてあたしは言われた事ないし友達として応援しよう
あたしとちーちゃんはお店チームに合流する
交代ってわけじゃないけど、代わりに双子ちゃん達が冒険チームになる
ちーちゃんがめちゃくちゃ説教してたけど、二人は全然聞かなくてお姉ちゃんも大変だねって慰めてあげた
お昼頃、ノアちゃんがアンナママと一緒にあたし達のところに来たけど様子がおかしい
俯くノアちゃんを元気付けようとお菓子を口に押し付ける
おかしい…全然入っていかない…
なんならガチ泣きしそうになっている
『頑張ったもんねぇ!可愛いもんねぇ!』であたし達がやりすぎた結果、ちょっとまんまるになってしまったノアちゃん
今朝はついにアンナママにお菓子禁止令を出されてしまう
流石にお母さんの顔になったアンナママ
あたし達にも手加減する様にってお願いされちゃった
ep.89 運の悪い私
この城で二人を見た時は再会の嬉しさのあまりに泣いてしまったが、今はその運の悪さに泣きそうだ
この世界に来る前の記憶は定かではないが、少なくともあの子達と一緒ではなかったと思う
どういう力が働いて、どういう基準で選ばれたのかは知らないが、私達姉妹に何か恨みでもあるのだろうか
先にこの城で保護された女性達は、向こうの世界の知識を元に商売を始める計画を立てていた
私達も協力をお願いされたので二つ返事で承諾するが、その輪の中にあの子達はいなかった
案内されて血の気が引いた
二人して楽しそうに剣を振っていた
「…あんた達なにしてんの?」
「冒険に出る準備!」
「私達、強くならなきゃいけないんだって!」
「誰が…?」
「「リョーシュさま!」」
意味が分からない…
…いや、分からなくはない
たくさん追いかけ回された
私達が強かったら辛い思いはせずに済んだのだろう
だからと言って…
「「えい!えい!」」
なんでも訓練を始めて1ヶ月かそこらだそうで
1ヶ月でこうなったのか
1ヶ月経ってもこうなのか
本人達は真剣だから笑えない
周りの人達の目線が優しいのが救いだ
私達を襲ってきた人や怪物、騎士の人達を軽々ぶっ飛ばした巨大な獣を思い出す
(これは死ぬなぁ…)
ep.90 修行の成果に満足する僕
最初はごま粒大の大きさをふよふよと顕現させるので精一杯だった
両手の平で包む様に浮かべたゴマ粒な水玉
あの輝きを僕は一生忘れない
あれから毎日修行を続けている
頭が痛くなるまでやっちゃダメだよというお師匠様の教えはしっかりと守っている
その成果のおかげで、喉が渇いたと言われれば先着1名様にゴマ粒ではなくこのアポ◯チョコを振る舞えるだろう
(ふふふ…おっと、今日はここまでの様だ…)
パクッと水玉を口に含みベッドにダイブする
修行による集中力が途切れると途端に倦怠感に襲われる
だがそれが良い
聞いているか、過去の僕よ
お前が望んだ自分、望んだ世界が叶うぞ
だからお前はそのままで良いんだぞ
笑われたって虐められたって信じて良いんだぞ
コンコン
『紬ちゃーん、いるー?』
「あ…はい、今…開けます」
扉を開けた途端、綾乃さんに頬をむにむにされて顔色の悪さを心配される
なんでもみんなでお店をやるそうでそのお誘いに来てくれたらしい
「あ…でも…あの…あの…僕…」
ep.91 決して揺らぐ事のない決意の私
間違いなく間違っている
伸ばした髪をバッサリと切り
ピアノを弾く大事な手にマメを作って剣を握る
私も千歳さんや綾乃さんの様に店舗経営にまわれば、まだ両親も不承不承ながらも納得してくれるだろう
それともピアノの構造は理解しているのだから職人様の手をお借りして、この世界にピアノを誕生させる事こそ私らしい使命と言えるかもしれない…しかし…ん?
(ピアノの方が良いか?………いえ!駄目です!)
ブンっと邪念を剣で振り切る
小さい子が私達の手を引き
やつれた顔に無理矢理笑顔を貼り付け
荒れてボロボロになった小さな手
申し訳なさそうに握りしめられた一房の野草
私はあの野草の味を一生忘れない
ノアちゃんやアンナさんが私達になにを求めているかは分からないが、守られ続けるなんて事は私には無理だ
アンナさんの通訳を介して領主の方や騎士の人と面談する
私達の存在は使徒と呼ばれ、力を得る素質があると言われた
最近でもその実例があるそうだ
モンスターをと言われ、あの森へ行くのかと聞いたら違うと返ってくる
冒険者ギルド?の人達が何人も調査に向かったが深く入った人は誰も帰って来なかったそうだ
私達は剣の扱いを覚えたら南へ向かう予定
騎士の人に虫や植物に愛着を持つかと聞かれ、とんでもないと答える
その答えに何やら内輪で相談し出したのでアンナさんに視線を移すが口を結んだままだった
「あの…虫や植物のモンスターとか嫌ですよ?…アンナさん?」
アンナさんは優しい苦笑いをしたあと、私の意思を伝えてくれる
騎士の人が固い表情で答える
「善処します、だそうです…」
わぁ〜凄い、そんな言葉もご存知なのですね
『善処します』だなんて…
え?
ep.92 知ってしまった彼女
この世界で私がやっていけない事が一つ分かった
それをやってしまったから彼はあんな化け物になってしまったのだろう
最初の時もあの時も、彼に助けられた
でもその代償を彼は今も払い続けている
私のせいだった
みんなに謝って私はその輪を抜けた
隣を歩く子犬がじっと私を見つめる
店舗の候補となる建物の下見に同行した
どうせならこの世界をとことん楽しんでやろう
そんな気持ちでみんなと出かけた
領主様は別の考えがあったみたいだけど、別段私達を止めるわけでもなく協力してくれる
私達の武器は向こうの知識だ
それも成功がほぼ確約されている
みんなが大好きな美味しいものや可愛いもの
きっと領主様だって喜ぶ筈だ
ここが良い、あっちが良い
何を売ろう、内装はこうしよう
そんな楽しい帰り道
狭い路地に横たわる一匹の子犬を見かけた
思わず駆け寄る
母犬に放棄されたのか痩せこけていた
呼吸もか弱い
もう今すぐにでも止まるだろう
みんなも私の背中越しに子犬を心配している
私は子犬を撫でる
(!………お疲れ様…ゆっくりおやすみ…)
もう動かなくなった子犬を見つめる
偶に見かけるキラキラが子犬からフワッと溢れた様に見えた
私はそれを見つめる
きっとこの世界はこうやって循環しているのだろう
…
……?
キラキラはその場に留まり形を作る
目の前で動かなくなった子犬そっくりに
この世界で、私なのに見なかったモノ
ノアちゃんは言った
キラキラを見れる人はこの世界にもいると
でも私と同じ人はいなかったんだろう
だからこの世界はこんなにキレイだったんだ
あぁ…
ごめんなさい…!
私が君を見てしまった…!
ああぁぁァあアァあアアァァァ!
ごめんなさい!
どうしよう!!
わたしがあのひとをばけものにしてしまった!!!
ep.93 ??
ヒトから肉を切り取り器を作る
私だったものから一部をちぎり、私の一部と共に器に入れる
ヒトの再生能力はそれなりにはあるが、なかなか大きく育たない
切り取った肉を食わせてみたが変化はなかった
暇つぶし遊び半分で肉人形を大小様々、何千何万と作った
まず使い物にならなかったが二つ成功した
元々肉にあった自我もうまく作用したみたいだ
解放してみる
私から逃げるように去っていった
糸より細い二つの視界が私に共有されている
どこまでも続く木々の隙間を走っていく
随分と森が広く感じ、小人になった様で面白い
やがて森を出たところで二つは対立し二手に分かれる
あぁ…素晴らしい…
全てが新鮮だ
私がこの世界に来た時は見渡す限り何もなかった
時が経つにつれ木々が私の視界を狭めていき、やがて何一つ変わらない退屈な日々が続いた
それが今、二つを通して沢山のものを見れる様になった
何処へ行き、何と出会い、何とぶつかり、何を壊すか
構わない…思うがままに動くと良い
どうせ私には関係のない事なのだから
まだコメントはありません。最初のひとことをどうぞ。