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冬の崎

戸川治

4,582 字

時代ロマンス、成長物語

"身分という鎖を断ち切り、愛と自由を求めた二人の少年の物語。"

ゴミかもしれない

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私は華族の子に生まれました。
家には召使いなどが大勢おりました。
私は欲しいものは何でも手に入りました。
そう、なんでもです。
それが大変退屈でした。
そんな幼少期を過ごしていました。
唯一そんな日々をかき消してくれたのは、
尋常小学校での毎日でした。
小学校に行けば、
穢多の大輔をいじめて楽しんでいました。
家から持ち出した金を大輔の前にちらつかせて、
欲しければ犬のように這い蹲って頼め、
という遊びでした。
私はそれだけに生きがいを感じていました。
ある日の帰りに、
穢多の大輔に会ってしまいました。
大輔は田の手伝いを終えた後でしょうか、
手や足を泥まみれにして土手に座っていて、
泥にまみれた手足とは不釣り合いな、
澄んだ声で『破戒』を朗読しておりました。
私は大輔の声に魅せられたのでしょう、
なぜか立ち止まって聞いていました。
そんな私を見た彼は、
手招きをして
「お前も、こっちへ来るか?」
私はもっと聞きたいと思い、隣へと座った。
すると彼は朗読をやめて
「お前はなんで、俺をいじめるんだ?」
まさに突拍子もなかった。
しかし私の誇りが邪魔し言葉を放った。
「それはお前が穢多だからだろう。」
大輔は「やっぱり、お前もそう言うのだな。」
「それが当たり前なんだ、三十六年前に太政官布告が出されたとしても
 お前が穢多の子という事実は、変わらないだろう?」
彼は
「穢多も華族も、同じ人間じゃないか。
 なら、こうして本を読むことも、       こうして話すことも、
 同じでいいはずだろう。」
私は悔しかった、言い負かされたからではない。
目の前にいる大輔は、私と同じように本を読み、
考え、言葉を返していることを、
私はその時初めて思い知らされたからだ。
それまで私は、彼を人間として見ていなかった。
いや、人間ではないと思うことで、彼をいじめていた。
私は華族という誇りを持っていました。
しかし家族に教え込まれた間違ったことには
誇り以前に腹がたった。

しかし大輔はこんな私に澄んだ声で
「お前もわかったか?
 華族や穢多もみんなおんなじ人間だろ?」
そんな事を言われたら
私はただ泣くことしかできなかった。
その日の出来事は忘れることができない。
その日を境に私の退屈な人生は変わったのです。

次の登校日に私は
大輔をいじめることをやめました。
しかし私は完璧な聖人になろうとは思いません。
ただ大輔に近づかない事が唯一の償いだと思いました。
本当は、謝る勇気がなかっただけかもしれません。
だが私が虐げる事をやめたとしても、
周りには穢多の子としてまだ虐げられる。

私は大輔の話を聞いたのですから、
それを思うと心苦しくなりました。

華族という立場はときには良いものです。
そういった同級生たちを陥れることもできました。

秋口に入った頃でしょうか、
ある日の下校中に
元々虐めていた時の腰巾着といいましょうか、
何人かの同級生が大輔を虐めていたのです。

面倒というより、
ただその一員に入りたくない、という一心だったのです。
しかし大輔の「痛い」の声に耐えられなくなった。
華族という立場を忘れて、檜の棒を振り上げて、
そして、腰巾着の一人に勢いよく振り下ろした。

なぜ大輔を守ったかは、わからない。
だが華族の誇りが動かしたのかも知れない。
そして綺麗だった服は泥だらけになった。

ただ、ただ心の中が晴れ晴れとした。
それだけなのです。

大輔はにっかり笑って
「お前やるな華族なのに」
私は疲れた体を立たせて
「華族なんてもう関係ない、
 お前と友達になりたかった。
 一緒に居たかった。
 ただそれだけなんだ。」
その後、笑いながら、互いの夢を語り合いました。
大輔は小説家になりたいと語りました、
特に島崎だと言いました。

私には夢というものはありませんでした。
故に彼に決めてもらうのも良いと思いました。
「ならお前は俺の作家人生を手伝ってくれ。」
そう惚れた人に言われるのも悪くない。

それからは大輔を守った噂が広まって、
「坊ちゃま、当主様がお呼びです」
そう父に呼び出された。
父は「何故、跡継ぎのお前が穢多なんぞ庇っておる。
   穢多なんてもの使い潰せ、それが華族の特権だ」
私は逆に父に問いただした。
「えぇあやつは穢多ですが、守ってなんかいません。
 父上はなにか誤解されてらっしゃる。
 華族———いや地主や資本家は道具こそ大事にすべきだといいます。
 私はただその言葉に基づいて動いているのです。
 父上も言いましたよね、学習院ではなく、
 尋常にいれた理由を
 下民どもの生活や教育を見てこいと言いましたよね?」
そうすれば父は逆に喜ぶ様に言った。
「それでこそ我が、綾辻家の跡継ぎよ、
 しかしその穢多とはこれ以降つるむなよ。」
私は勝ったのです。
こんな古臭い、家風だけの華族に

やはりと言いますか、
私は中学校に行くようです。
父の意向で。
しかし大輔が
「俺だって、中学校に行きたいよ、
 だがな俺の親はまともな仕事をできない
 だから入れないんだ。」
「中学校の学費なら俺が出そうか?」
「できるのか?」
「もちろん。月に小遣いとして、
 二十円もらっているんだ。
 学費なら多少出せる。」
「なら行きたい!俺は島崎を超えるのだ!」
「そんなことだと思ったよ。」
そう言う大輔の言葉に苦笑してしまった、と同時に
私は初めて誰かのために手助けをした気がした。

しかし穢多として差別されていた。大輔は中学校でも
いじめられていました。
私はこんな状況をどうにかしたいと思いました。
大輔に
「もしだ、もし雇ってやるって言ったら働くか?」
「それってどういうことだ?」
「俺の家で奉仕する…そういう形式上なだけだ。」
「俺はお前に仕えるつもりはねぇぞ。」
「いや奉仕では特に無い。」
「のぞむなら部屋を用意してやる」
「そこで文を書くのは良いとは思わないか?」
「ならお前が俺に金を渡せばいいじゃないか?」
「そういうわけじゃないのだ…」
言えない気持ちをはぐらかした。
私はランボウとヴェルレヱヌと同じ関係になりたいとは、
ただ言えなかった。
そうなりたいと言ってしまえば、終わってしまう。

大正という時代に入った時には、
私たちはもう十五歳だった。
上方は大正浪漫と騒ぎ立てるが、
津軽の私たちには関係ないかも知れない。
大輔は中学校では、穢多としては
もう虐められなくなりました。
理由は、表向きは私の家の奉仕人としたためでした。
しかし大輔は
「俺は奉仕人で良いのか?なんにもしていないのに」
「いいんだ。私に君の夢を見せてくれる、奉仕人だからな」
「いや、逆だな。私が君に奉仕しているんだ。私が君の夢をみるためにね。」
「それは滑稽だね。」
こんなやり取りさえ続けたい。
それだけでいいんだ。

十六歳になったときです。
大輔は初めて小説を刊行したのです。
名前は『奉仕人』
「私は下人ではあるが、奉仕される事を知っている…」
そんな書き出しは
島崎のようではなく、芥川のような美しさでした。
しかし耽美なだけではなく心情移入も容易くできる一冊で、
私は気に入り、寝る前にいつも読むようになりました。

世間はこういったのです『文壇の新星』と
しかし私の世間では違います。
ただ愛しい一人の惚れた人なのです。

その夜に私は言ってしまったのです。

「お前がランボウなのだ、私にとっての
 だから私は君の文字渦に巻き込まれたのだ。」
「なんだ、いきなり何を言っているのだ、お前は?」
「私は正直、辛抱ならないのだ、君が欲しくて、欲しくて堪らない。」
そう言って私は一枚一枚脱いでいった。
大輔は肯定も否定もせずに、ベッドに私の手で押し倒された。
ただその部屋は一つの鳥籠となったのです。

その夜だけは、身分など社会など関係ない
ただの一人の少年へと帰した。

私はこんな夜がずっと続いて欲しかったのです。
ただそれだけ…なのです…

数ヶ月後に私は、父にお見合いをしろというのです。
私にとってそれは一つの苦痛でした。
その事を大輔に告白しました。
大輔は俯いて何も言いません。
いや、その顔は何か言いたげでした。
私にはその顔には悲しみ以外の感情がとぐろを巻いていました。

そこから私と大輔は離れさせられたのです。
おそらく親の仕業だろう、
「私は華族という一つの鳥籠の中なのだ。
 私には自由になれない。」
そう思いました。
そこからも次の登校日から、世界は元に戻っていました。
私は華族という檻の中に、大輔は『穢多』とよばれる人へと…
いや、もしくは『文壇の新星』と呼ばれるでしょう。
退屈、ひどく憂鬱な色の雲が私を押しつぶす。
虹彩が死んだように色が失せる。
ただ…ただ…虚無でした。

そこから中学校を卒業しました、
その頃にはもう十八歳…
大輔がいなくなってから、二年
私の見合いまで数日…
恥ずかしながら、私は皇子を待っているのです。

そして祝言の日、私は雪のような白無垢を纏い、
祝言へと出ました。
大輔との夜を過ごした私は、
無垢と言えるのでしょうか。
さぁ…三三九度の契りへとなりました。
盃を淡い口元に濃い漆塗りが触れようとすると、

塀の外から聞き慣れない、
獣の唸り声と思うほどの轟音が聞こえた。
その音を聞いた瞬間、胸の奥の何かが弾けました。
あぁ......大輔が来た。そう直感しました。
異様な二輪の乗り物に乗って大輔は来ました。
私はもしもの時のための懐に忍ばせた、
白匕首を使い、白無垢の裾を
切り裂いて大輔に向かって走った。
父は
「なぜだ、なぜ、
 お前は綾辻の家を残すことが幸せじゃなかったのか!」
二輪車の後ろに乗って
「いいえ、父様、人は自由にいきたいのですから!」
そう言って、
雪の降る津軽から二人で走り出した。

私は綾辻の名を捨てました。
しかし全てを捨てたわけではありません。
「川井」という文字を大好きな人からもらいました。
何分、大阪は良いところです。
私は大輔と夫婦です。
大輔は夫婦となった私にこう言います。
「由希」と
そんな大輔の赤面を見て、私は堪忍なりませんでした。
昼間から盛んな毎日…あれは酷かったですね…
そんな毎日が続いたら、当然のようにつわりが始まったのです。
『できてしまった。』
それを大輔に話すと、
「由希、よくやった。」
大輔は泣くほど、喜びました。
季節が経つたび、私のお腹は大きくなり続けた。
そんな光景をみた大輔は「心揺らぎ」という、
小説を刊行しました。
あらすじは「私は妻子を持つが、あの美しい嬢が欲しい…」
そんな小説は好評ではあったのですが、何分男が自堕落なのだ。
そして私の腹から、男の子が生まれた。
名は「大希」、大輔の「大」、私の「希」を合わせた子なのだ。
そんな大希を見た、大輔はおもむろに机に向かって、
執筆を始めた。
「冬の崎」それが代表作になることをつゆ知らず。
「私の幸福は津軽の冬の崎で出会った。」
それが小説の最後の一文でした。

── 了 ──

読んでくれてありがとう。良かったら作者にスキを送ろう。

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