僕の両親は月に二度、二人でデートに出かける。
今年、僕に初めての彼女ができた。
どうやらそれをきっかけに、そのイベントを思いついたらしい。
二人のデートには、決まった型というかルールが設定されている。
どこに行くかなど、デートプランは交代で考える。二人で相談はしない。
一回あたりの予算は、社会人の姉が生活費として毎月家に入れているお金、その三分の一を上限とする。
行き先と待ち合わせ場所は前日に共有し、別々に家を出る。
デートプラン考案担当が先に出て待つ。
帰宅後、父は僕に、母は姉に、当日のことを話す。
その話を踏まえ僕は母に、姉は父に、間接的にフィードバックをする。
面倒なことをする両親だと、息子ながらに思う。
まあ、僕ら姉弟も面白がってるところは正直、あるんだけど。
その習慣が始まって五回目のデートの日、父が先に一人で帰ってきた。
「あれ?母さんは?」
僕は玄関で靴を脱いでいる父の姿を見て、そう言った。
「ああ、帰ってくるよ」
「……喧嘩でもしたの?」
「いいや」
父はそれだけ言うと、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ダイニングの椅子に腰を下ろした。
僕は父の向かいに座った。
今回はたしか父がデートプランの担当だったはずだ。
僕は父に言った。
「で?反省会、やる?」
プシュ、という音がして缶が開く。
「反省会じゃない、報告。ただの報告」
父はそう言って缶に口をつけ、二回ほど喉を鳴らした後、テーブルに置いた。
「わかったよ。それで、今日はどこに行ったの?」
「えーと、電車に乗って、映画を見に行った」
「それだけ?」
今日の最高気温は三十五度を超えていたから、あちこち歩き回るよりはそれぐらいがちょうど良いのかもしれない。
「いや、待ち合わせはその近くの喫茶店にして、そこで昼を食べた」
父はそう言うと、スマホの画面を僕の方に向け、木目の濃いテーブルに置かれたナポリタンの写真と、銀の器に載ったプリンアラモードの写真を続けて見せた。
「昔は、こういうのはもうダサいし絶滅するだろう、って思ってたけど、最近逆に流行ってるみたいだよな」
「うーん……一時期よりは落ち着いてるかな。まあ、ブームが過ぎたとか飽きられたというより、いちジャンルとして定着した感じかもね」
「そうか」
「それで?」
「以上。」
「いやいやいや、もっと言うことあるでしょ。なんで一人で帰ってきたの?母さん怒ってなかった?」
怒ってないのに一人で先に帰らせるとか、意味不明だ。
「それが、わからんのさ。映画の後、川沿いを二人で歩きながら話してたら急に、今日はここでいったん解散、って」
「それ、何の話してた時に言われた?」
「普通に、映画の感想とかだよ。……そういえば、急に思い出したように『私、待ち合わせに遅れたの、初めてじゃない?』って聞かれたかもしれない」
「母さん、遅れてきたんだ」
「でも、二、三分待ったぐらいだし、謝られはしたけど、大丈夫って返したんだけどな」
「それで、待ち合わせに遅れたの初めてじゃないかって聞かれて、なんて答えたの?」
「そうだっけ、って」
「それだ。やっぱり母さん、怒ったんだよ」
「うーん、全然そんな感じじゃなかったんだけどなぁ……」
次の瞬間、玄関の鍵を回す音がして、ドアが開いた。
「ただいま」
母が帰ってきた。
「おかえり」
母の姿を見て、僕と父の声が重なる。
「お腹空いたら食べて」
母はそう言って買ってきたパンをテーブルの上に置くと、自分の部屋に戻って行った。
たしかに父の言うとおり、怒っている感じには見えなかった。
僕は姉に助けを求めたかった。だが、姉はまだ仕事から帰ってこない。
仕方ない。
僕は母の部屋に向かった。
父の話を踏まえて、フィードバックをしないといけない。
「母さん、ちょっといい?」
ドアを開けると、母はもう部屋着に着替えていた。
「今日、何があったの」
「何もないよ」
これは何かあったに違いない。そういう言い方だ。僕は言葉を続けた。
「何を言ったかわからないけど、たぶん父さんにはちゃんと伝わってないよ」
「そうでしょうね」
「ちゃんと話した方がいいんじゃない?」
僕がそう言うと、母は少し笑った。
「うーん、まずお姉ちゃんに言うルールだからね」
自分たちで作った面倒な仕組みを使って、面倒なことに巻き込まないでほしい。
面白がってたことを少しだけ、後悔した。
「あのね……まあ、いいか。あとはお姉ちゃんに話すから」
言い方が少し気になったが、母は怒ってはいなかった。
結局何が問題なのか、わからなかった。
翌日の夜、僕は仕事から帰った姉を捕まえた。
「昨日のこと、母さんと話した?」
「話したよ」
「どうだった?」
「守秘義務がありますので」
「ないでしょ。勝手にルール増やさない」
僕がそう言うと姉は少し笑って、続けた。
「なんかね、お母さん、昔の待ち合わせのことを思い出してお父さんに話したんだって」
「それはなんとなく、聞いた」
「それを全然覚えてなかったんだって」
「それも聞いた」
「最初は、覚えてないのが嫌なのかな、って思ったんだけど」
「それは聞いてないけど、まあ普通そう思うよね」
僕がそう言うと、姉は少し考えて、言い直した。
「お母さんさ、若い頃の待ち合わせでお父さんを待ってた時間のこと、覚えてて」
「それで?」
「でも、たぶんお父さんはその時のこと、着いてからのことしか知らないんだ、って」
「なるほど」
「わかった?」
「うん、なんとなく。嫌だったとか、腹が立ったとかじゃなさそうだけど……」
「そう。だからお母さんには、次は思いっきり待たせてやれ、って言っといた」
「え、普通に父さんにフィードバックしないの?」
「こういうのは実際に味わわないと、わからないからね。そうそう、お父さんへのフィードバックは核心に触れないようにうまいこと言うから、あんたも黙っといてね」
「お姉ちゃんも母さんも、二人とも性格悪くない?」
「いや、円満な家庭の維持にはこの作戦が必要なのだよ。私としても甚だ遺憾なことではあるのだ」
「誰だよ……」
僕が呆れたようにそう言うと、姉はケラケラと笑った。
僕は面白がってたことをまた少し後悔したあと、彼女とデートの相談をしようと、スマホを手に取った。
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