重工のメカロニカ
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あらすじ
未知の惑星に不時着した主人公は、事故の衝撃で記憶が曖昧となり、声を出すことさえできなくなっていた。
彼を発見したのは、元素を擬人化した知的生命体「元素体」たち。
絶対的な指導者である「金」をはじめとする元素体は、高度な科学技術で主人公を治療し、保護する。
言葉を話せないながらも、主人公は友好的な「鉄」や、
自身の毒性に苦悩する「水銀」といった個性豊かな元素体たちと交流を始める。
やがて、その未知の知識を期待され「導師(ドクター)」という名を与えられた主人公は、
彼らの社会に少しずつ受け入れられていく。
しかし、元素体の中には人間を「最悪の異種」と呼び、激しく憎悪する「プルトニウム」のような存在もいた。
主人公の存在は、この星の平穏に静かな波紋を広げ、元素体たちが抱える内部の対立や葛藤を浮き彫りにしていく。
様々な思惑が交錯する中、主人公は生きるために必要な装備を与えられ、この星で生きていくことを決意する。
自身の失われた過去の謎と、この星が秘める真実、
そして人間を憎む者との避けられぬ対立に、彼はこれから立ち向かっていくことになるのだった。
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第一楽章:目覚め
第0番:始まり
エリアMの方角から莫大なエネルギーと共に酷く大きな衝撃を感知した。空気の揺れは拠点内部にいても判る程で、星の天上から巨大な何かが降ってきたのではないかと考えた金はアルカリ金属による調査部隊を派遣した。エリアMはいつもよりも視界が悪く、晶石が粉砕されたらしい粉々によってきらきらと周辺が光っていた。ランタノイドが設置したハロゲン電球の普段の煌々とした明かりさえ曇ってしまっているが、ある程度の視界の確保は可能だった。調査場所に着き、ナトリウム、カリウムの二つの班に分かれて調査を行った。セリウムはカリウムとルビジウム側に付きながら視界が悪い中、それぞれの能力で探知をしていた。一方でナトリウムはリチウムに抱えられながら辺りをきょろきょろと見回していた。
「うーん」と出来る範囲で首を動かしていたナトリウムは途端に「あ」と小さく声を上げた。
「どうしたの? ソーダ」
ナトリウムは何かを見つけたように指を差した。その先を辿ると大きな物体が地面をえぐって刺さっていた。エリアPにある原始の母胎とは全く異なる物質で構成されていて、彼らにとって全く見たことの無い形をしていた。ナトリウムはそれに対して酷く興味を持ってしまったようで、リチウムの腕の中で暴れるが、一番近付けてはいけないメカロニカの為、リチウムは必死の思いで押さえ込み、しっかりと腕を固定できずに震えながらも対象物の写真を撮った。
アルカリが長く滞在するには危険な地域である為、リチウムや他の隊員は瞬時に金に連絡をし、早々に引き返したがナトリウムだけはずっとその物体の一点を見つめていた。
連絡を受けた金は続いて遷移金属戦闘部隊の一部を派遣した。鉄はその謎の物体をさっと見上げ確認すると「ソーダがここの辺りが気になるって言っててな」とノックしてみた。少しずつ場所を変えながら感触を確かめていくと、一定の部分だけが他の装甲と違うように感じ、「ここか」と素手で思い切り打ち破った。この星の気圧に耐えられると言うだけでなく、天上から降ってきたということは星の外からやって来たということだ。それほどの作りの物体を素手で打ち破り、まるで木の皮を剥ぐように銀色の装甲を剥がす。
中には緻密な機械群がエラーを出して真っ赤な警告を出していた。そして気になるのがそれと対面するように座り項垂れている、半透明な球体の頭と薄っぺらく見えるボディースーツを身に纏った謎の人型だ。自分たちと似ているがどこか違うように感じる。すぐに隊員に拠点へ連絡するよう伝えると、鉄はそれを一気に引き上げ、肩に担ぎ上げた。
鉄の横にそっと現れた水銀に気が付くと、「これについて知ってるか?」と何となく聞いてみた。しかし、その担がれた物体を見て、首を横に振るだけだった。水銀はただじっと担がれたそれを観察するように眺めている。だが決して近づき過ぎないように距離を取って。
「鉄の旦那ぁ」
すかさず反対の脇から銀が顔を出した。
「これはぁ、もしかしたら“ニンゲン”かもしれませんよぉ」
「ニンゲン?」
「はぃ、えー多分、彼なら知ってると思うんですけどぉ」
いやらしく水銀の方を横目に見る銀に溜息をつくと、鉄はもう一度水銀に聞いた。
「何か知ってるのか?」
純粋にただ気になって聞いただけだが、水銀は答えづらそうにどもりながら、「何も」と言った。「でも……僕よりも、ウランたちの方が知ってると、思う」
責めているわけではないのだが、水銀はかなり遠慮がちになっていた。ウランの名を出すと、鉄は「あー」と思い出したように唸った。
「あいつらか……まあ一度、持てるだけ持って持ち帰るか」隊員に資料となるようなものを片っ端から持つように指示を出す鉄に、おずおずと水銀が提案をした。
「僕が聞いてこようか? 彼らに」
「おう、頼んだ。とりあえず諸々は俺から話しとくよ」
彼らと話せるのは一部しかいない。中でも水銀は優秀だ。鉄は水銀を高く評価していた。「わかった」と頼られて少し嬉しいのか無表情ながら鉄には口元は微笑んでいるように見えた。
そうして二手に分かれ、鉄一行はニンゲンと呼ぶ異種と謎の構成物の一部を持ち、エリアDの拠点へ戻った。
*
光の無い真暗闇に立っていた。否、立っているとは言い難い。何故なら方向感覚がまるでないからだ。上下左右の区別がつかない。一歩を踏み出していいものか悩むほど何も見えない。次第に自分の存在ごと闇に呑まれて消えてしまうのではないかという錯覚に陥る。錯覚どころかもうなっているかも分からない。私は誰だろう。一体どこへ向かうというのだろう。徐にそっと顔を手で覆った。感触は伝わる。これは自分の手だ。ただしかし、顔が無かった。真っ平らというよりは雲を掴むような感覚に近いが、目も鼻も口も認識できない。手のひらの温度も形も感覚も伝わるのに、顔だけが分からないのは些か不自然だ。しかしこれは夢ならばそう言う意図があるのだろうと思った。夢には必ず何かしらの理由があるはずだ。
────気配がする。
夢から醒めた気はするものの何も見えないが、周りに何かがいる気がする。それも複数の気配だ。体は全く動かせず、指の一本さえ微動だにしない。ただ躰を横に寝かせられているのだけは分かった。
「早く出て行ってくれ、気が散るだろ」
「良いじゃない。見学させてよ」
「そうだそうだ!」
「全く……」
何だか賑やかな声が聞こえてきた。なんの話をしているのだろう。
「それじゃあ、手術開始だ」
その声と共に、再び瞼が重くなっていく感覚に陥る。体が、頭が物凄く重い。ただ痛みは全くなかった。麻酔によるものだろうか定かではないが、今はただ、楽になりたい。そう思い、見えない相手に身を任せることにした。
異種が目を覚ました時には呼吸が安定して行えるように酸素によって救命措置が取られていた。急拵えとは言え、異種の為だけの設備はかなり高度なものだった。それは水銀が手に入れた情報と、金が後払いを保証して銀から情報をもらったことによるもので、他の元素体からすれば見慣れない光景だった。その為、異種やその部屋を一目見ようと扉付近には好奇心旺盛な元素体が勢揃いしていた。
金はすらりと、まだ状況を把握しきれておらず、静かに困惑する異種の前に美しいお辞儀を披露した。
「私は金。オーラムや先生とも呼ばれている。ここの指導者をさせてもらっている者だ。君はどこから来た何者か、教えてくれるかな?」
怖がらせないようにするための配慮なのか、金が膝を折って異種に目線を合わせて話しかけている。その様子がいかに衝撃的な光景かを元素体たちは知っていた。絶対的な存在である金が酸化を恐れずに、更に見知らぬ人型のために膝を折って目線を合わせるだなんて指導者のすることなのか、そんな思いで扉越しから様子を見守るものたちがいた。
異種は答えなかった。一先ず状況を整理せねばならないと思いつつ、圧倒的な輝きを放つ金から目を離せずにいた。呆然として眺めていると、
「ふむ。言葉は分かるか? 口が聞けないのか? それともどこか損傷しているのか……また中を見てもらうしかないだろうか」
自分よりも圧倒的な美貌と大きな背丈に恐れているのか、異種はじっと金を見つめ続けていた。否、内心はただ動揺しているだけかもしれない。自分を放ってぶつぶつと何か話し始めた金に対して少しばかり緊張が解けてきたようにも感じる。とは言え何も現状は変わっていない。少し視線を動かせば、金の背後にある扉に目がついた。扉にはガラス窓が嵌め込んであり、部屋の外から覗く影がわらわらといるのに驚いた。ここはなんの施設なのだろう、自分は一体どうしたのだろう。そんな疑問が溢れるばかりだが、声が思うように出なかった。出し方すら忘れてしまったのかもしれない。下に視線を動かせば、自分は斜めになっている横長の椅子のようなベッドに寝かされているのに気がつく。まるで研究室か、人体実験でもされるような実験室のソレだろうかと思うほど無機質で温度を感じられない。部屋を見回しても、様々な機械が置いてあるがやはり人が作ったものとはどこか違うと感じた。記憶の断片を探り起こして地球の研究室を思い返してみてもこのような部屋は見たことがない。部屋どころか機械すら見覚えのないものばかりだ。不思議な感覚として肌に感じるが、それ以上の情報は入ってこない。
「まあいい。とりあえず、私が見えるか? 見えるならば何か反応してくれないだろうか?」
真っ直ぐと目を見据えてくる金に息を呑む思いだが、ゆっくりと首を縦に動かしてみた。
「ほう、聞こえていて見えているのか。それならいい。よし、まずは君の精密検査をもう一度行いたい。我々とは体の作りがまるで違う上、未だ研究段階でね。君の状態を正確に知りつつ、勉強させて欲しい」
なんだか不思議な頼みだと思いつつ、了解の意を込めて首を縦に動かした。
分かったことがある。ここは全く“未知”の惑星ということ、そして彼らは“生物ではない”ということ。しかし人間のように感情があり、意思があり、使命に奔走する存在だということ。
「検査の結果はどうする? 聞くかい?」
金は軽やかにそう聞いてきた。聞くしかないだろうと思い首を縦に動かした。
「それなら結果が出るまで皆で広間で暇を潰そう」
異種たちがいたのは指導者が使用するエリアであり、会議室から武器庫までなんでも揃っているらしく、他の元素体の出入りも自由。決まったルールも特にないが、「反応」が激しいものには厳重に注意するという。そこから歩いて(金たちはどちらかというと空中浮遊に近いが)広間へ向かった。広間は指導者のエリアと他の元素体が使用する寮の境目にある大きな部屋で、皆が集まる際や当番がない元素体など各々が自由に過ごせる空間と言える。何があるというわけではないが、部屋の一部が弧を描いた言わば舞踏室のような広さとデザインをした部屋だった。ハロゲン電球が光源として煌々と周囲を照らしているところを見ると少し研究室を恋しく思った。広間には既に何人かいて元素体が談笑していたが、異種には一切興味はない様子で見向きもしなかった(金には軽く挨拶をしていたが)。
異種は少し居心地が悪かった。金はかなり親切に話しかけてくるが、他の元素体は遠目から眺めていたり、訝しげに見ていたり反応は様々で、好意的なものは好奇心旺盛な性格ばかりだろうと推察した。それもそうだろうが、どこか異質に感じた。その異質さがどこから来るものなのか皆目見当もつかなかった。
「しかし困ったね。呼び名が欲しいな」
「ねーぇ、このこにちかづいてもへーき?」
金がじっと異種の顔を覗き込むと同時に幼い子供が金をつついた。
「うむ。資料によれば酸化水素が多く関わっているようだから、絶対に触れてはいけないよ」
「むー」
どうやら彼女(性別はないようだが)は酸化水素、つまるところ水分に反応するようだ。金に忠告を受けた子供は名残惜しそうに元いた場所へ戻っていった。名前でも分かれば対処できるだろうか、と金の方を見ると、にこりと笑って「彼はナトリウム。ソーダと呼ばれることも多いな。リチウムとよく一緒にいるよ」とその子供、ナトリウムの方を見ながら話した。
かなり個性が強いようだ。他の元素体も名前通りの性質をしているのかもしれない。記憶が混乱した異種の心の中ではかなり好奇心に満ち溢れていた。知りたい。彼らのことを。
「君は言葉は分かるようだが、話せないのか?」
不意に金はそう聞いた。答えようがなかった。先程声を出そうとしたところで全く声が出せなかったのだ。
「まあ結果が出次第ってところだな」
異種の困惑した素振りを見て、少し切なそうに遠くを見つめた金の横顔はどんな美術品よりも美しいと思った。
「オーラム先生、結果が出たよ」
そう言いながら入ってきたのは白衣の元素体だった。タブレットを受け取った金は慣れた手つきでざっと読むと、「ほう」と声をこぼした。
「簡単にいうと、内部に損傷が見られるようで、心臓はほぼ無傷であったことから再生した、というところだな。我々がした治療は損傷した内部の縫合や赤血球懸濁液の供給がメインだが、その中でも土台の損傷も見られたことから」
「回りくどいよオーラム」
金が饒舌に話していたのを遮るようにまた美しい元素体が現れた。
「俺は白金、よろしくね異種くん。彼が話していたのはつまるところ、あなたの内臓や脳の損傷、骨折を見つけたから輸血をしつつ、適切に治療をしたということだ。それだけ分かれば良いだろう。それと、言葉が出ない現象についてだが、調べても分からなかったから、きっと精神面から由来する異常だろう。時間が経てば戻るんじゃないかな。リハビリには付き合うよ。他の……そうだね、トランジたちとかどうだろう」
白金が努めて明るく話し、その横から少し黒っぽい肌の元素体が顔を出した。
「俺たちはまあヒマが多くてね。仲良くしようぜ」
とても気さくに軽く挨拶をすると、手を差し出してきた。
「彼は鉄。触れても問題ないよ」との白金の言葉に背中を押されて握手を交わした。
「異種ってのもなんか嫌じゃないか? 先生、なんか名前つけてやりなよ」
「俺よりオーラムの方がいいんじゃないか?」
横目で金を見やるとタブレット片手にまたぶつぶつと何かを言い続けていた。白金に横槍を入れられても一切動じず、自分の世界に入れるのだから彼は大分マイペースな性格なのかもしれない。
「導師……ドクターはどうかな」
「指導者の上ってことか?」
「もしかしたら、我々の知らない何かを知っている可能性がある。少なくとも、ここに来れただけで相当の知識や技術があるはずだ。だが彼自身に技術がない場合、知識がない場合も無くはないだろう。しかしこうして我々の技術で治せるほどの損傷しかしていなかった。きっとあの構造物の内部でかなりの知恵を絞ったに違いない。ならば知識はあるだろう。技術面は不明だが、知識があれば申し分ない。我々が必要とするのは知識、技量。エリアMの探索やあの場の研究に、これ以上我々だけではどうしようもないのではないか、そう考えると彼は必要だろう。私や白金が指導者として居るのはほとんどの化学反応を見せない揺らぎが無いからだ。だがこの生命と呼ぶべき異種はどうだ、ナトリウムの手によって破滅することも考えられる。水銀の毒素にも弱いかもしれない。それにあのエリアMのアクチノイドも含めてだ。だが彼ならば、我々の知らない何か知っている可能性があるならばそれに賭けるのも悪くは無いだろう。どうだい、白金。君はそう思わないか?」
とても理屈っぽく、現実的な見解だった。白金は頷き、「オーラムが言うならばそうなんだろう」とだけ言った。この二人は本当に信頼し合っているのだろう。白金は多くを語らずとも、金が言うなら、そう考えるなら従おうとする。危ない橋を渡ろうとすればきっと止めるのかもしれないが。
「じゃあ、あんたのことはドクターって呼ぶぜ。改めてよろしくな。俺のことは鉄でいい」
肯定するように首を縦に動かした。
「一先ず、あなたの部屋を用意しよう。それと、外へ出る時の装備も渡そう」
また少し待っていてくれと言って白金は指導者エリアへ向かった。
*
少し前。
水銀は不思議な気持ちでいた。あれがプルトニウムたちを作った“最悪の異種”なのだろうか、しかしそうは見えない。プルトニウムは最も人間を嫌う様で人間について知らないかと尋ねた時そのような話をした。代わりにウランやネプツニウムは全てを受けいれているような口ぶりだった。
「――ここにタブレットがある。しかし、ガラスが割れているから使えるかどうか」
「直せる技師はいる、問題無い」
「……その人間を治してどうする?」
「さぁ……僕には分からない」
ただ、皆の役に立てれば。それだけだった。その場で連絡を受けて来ていた白金にタブレットを渡した。素手で触れられない為、手袋をはめた状態でウランから受け取ったものだ。触れた部分は合金にはなっていないようで少し安心した。受け取った白金は先に戻ってもらった。人間の修復の為に最善を尽くしたことだろう。
水銀はただ分からなかった。自分はアクチノイドの様に毒を持っている。しかし彼らほどの毒素はない。彼らと共にいた方が良いのではないか、自分が拠点に戻るのはいけないのではないか。そんな考えがぐるぐるとまわる。
研究所の外でぼーっとしていると、ネプツニウムが背後から声をかけた。
「きみがいきたいところへいけばいいのよ」
「……行きたいところ?」
「そうだよ。わたしたちは、あそこへはいけないからここにいる。オーラムたちとのやくそくだから」
不安そうな水銀を気遣ってか、ネプツニウムはふわりと優しく諭した。
「そう……でも、僕は」
「わかるよ。にうのしょうくつのいりぐちにけいこくをだしてるのも、あのこたちがいかないようにしているんでしょう?」
「……そう、他の元素体があの場へ行くのは、きっと悪いことだから」
そう言うとネプツニウムは頷いた。
「きみはちゃんとわかってる。それでも、たすけたいんだよね。 ……わたしたちはここにいる。だから、きみもいきたいところへいって、もどってきたければもどればいいんだよ。 ……プルトニウムは、すこしきむずかしいだけだから」
「……ありがとう」
ネプツニウムの励ましととれる言葉はすっと身体に馴染んだ。一言礼を言うと、ネプツニウムは優しく微笑んだ。
プルトニウムはネプツニウムの下の兄弟のようなもので、ウランから生まれた実験の為の存在だった。メカロニクス鉱力研究所跡地で生まれたプルトニウムはその出自を酷く嫌っていた。前のウランの記憶を受け継いだウランや達観したネプツニウムとは対称的で、かなり感情的だった。性質に起因するのだろうが情緒が不安定とも言えた。水銀が人間の話をした途端人間への恨みを話し出し、そして部屋の隅で頭を打ち付けながら自分の存在を恨み始めたのだ。
水銀はプルトニウムに酷く同情していた。自分は人工物ではないが、忌み嫌われる存在に等しい。自分に出来ることが分からない、ただの毒物ではないのか。だが金や白金、鉄は味方をしてくれる。それでも自分を許せないのは、無意識にアマルガムを起こしてしまうような性質と、臆病な性格にあるのかもしれない。
考えていても仕方ない。一度拠点へ戻るか、と気が進まないながらもエリアDへ向かった。
*
導師は部屋を分け与えられ、ヘルメットとマスクが渡された。ヘルメットは鼻先までをガードできるもので、目元はかなり高性能なAIが搭載されていて見える物体や物質の名前や説明が出てきたり、研究班などの元素体が持つタブレットと同期しているらしく、操作画面のようなものも出てくるかなり便利なアイテムのようだ。更にヘッドホンがついており、周囲の“音”を拾い、AIが判断して聞こえやすいように調整してくれるというもの。マスクはマイクがついており、反響させる為ではなく、彼らの通信機器や彼ら自身との通信の為で、声に出さなくても“聞こえる”ようにしたようだ。勿論自分の声を届けることもできる。それはたとえ口から出る「声」じゃなくても元素体がするように己から発信できる「声」でも同じように通信ができる。地球にも似たような道具は存在するが、実際に見たことも使ったこともなかった導師にとってかなり貴重な体験だと言えた。
服は薄手の宇宙服の様だがかなり頑丈なつくりのようだ。元々着ていた服は事故によって破れ、再生しようとしたが動きやすいように改良したと技術班は言った。更に外へ出るなら必要だろうと厚意の上で大きめの真っ白なバッグを受け取った。
押し付けられたと言っても過言ではないが、護身用だと言って細長い刃物も渡された。頑丈なつくりになっていて切れ味も抜群だという。形状は刀のようで打刀から太刀ほどの長さだ。抜くことがあるかは不明だが、一応腰に差しておくことにした。
好奇心旺盛な元素体たちはああでもないこうでもないと様々な物を持たせようとしてきたが、必要最低限で構わないと言い、渋々それで納得してくれたようだ。
そうして一息ついた頃、金が部屋へ入ってきた。
「調子はどうだ?」
「お陰様で、好調です」
「それならば良かった。マイクの方も平気そうだな」
そう感心すると、「君に渡したいものがある」と言って取り出した物を導師に渡した。
「これは?」
「エメルドという。銀や他の商売人の元素体が欲しがるものだ。持っておくといい」
いわば通貨のような鉱石だった。金属繊維で出来た袋にいくつか入っており、エメラルドグリーンのようにもゴールドのようにも見える不思議な色合いをした鉱石だった。形は歪で鉱石それぞれの味がある。
「金の旦那ぁ、後払いって言いましたよねぇ?」
するといつからいたのか、銀が金の背後から顔を覗き込んだ。
「ほら、これでいいか?」
金は特に驚く様子もなく、エメルドが入った小袋を渡した。
中身を確認した銀は「あ〜……」と少し不満そうだったが、「まあいいでしょう。毎度どぅも〜」と軽やかに去って行った。一連の様子に呆然としていると、金は苦笑して「彼が銀。他のものよりもエメルドの価値を見出すものだ」と説明した。
「エメルドって一体……?」
「さあ、私にも分からない。ひとつ言えるのは、相当希少価値のあるものだということだな」
そう言うと金は部屋を出ていった。
エメルドは袋の中でエメラルドやゴールドの光が合わさり、まるでステンドグラスのような美しさを放っていた。この星の中の唯一無二の色彩は、モノクロの星を照らし出し、導師の目に強い印象を植えつけた。
第1番:ここに眠る
会議室では金と白金が対面していた。手元には大きめのタブレットがあり、そこにはアルカリが調査したハロゲンの光を吸収し、視界がぼやけた薄暗いエリアMと、その空気の中、異様な存在感を放つ謎の構成物の写真が映し出されていた。
「前にも似たようなものを見たことがなかったか?」
金はふとそんなことを言った。謎の構成物は導師が乗ってきた乗り物であり、鉄が素手で打ち破ったもののかなり頑丈な作りをしていることから高度な文明の発明だということは判明している。そしてそれは、同じエリアMに以前から存在している物体と似ていたのだ。
金はかなり研究に身を入れていて、セリウムと熱い議論を交わすほどの熱中ぶりだ。科学班のランタノイドによる解明は進んでいるとはいえ、あの乗り物や異種の目的が全く検討がつかない。様々な憶測を立てるが、この手の話になれば必ず議論が繰り返し交わされるほど何十年も判明していない事実だ。
画像を眺めながら言う金に、白金は再び細部まで目を通した。氷の地面に突き刺さるそれは損傷があったり焼け焦げた部分があったりしているがそれほど致命的なものには見えない。内部で何かしらが起こり、制御が不可能となってしまったのだろうかと推察できた。天上を泳ぐ為のものだろう推進板のようなものが複数ついているが、いずれも衝撃であまり活躍を期待出来そうにない状態になっている。細部まで見てもあまり記憶に刺激が起きない。知らないのか、覚えていないのか。白金は少し首を傾げてうーんと唸ると、
「あるかもしれない、が、俺には記憶はないな」
「前の写真があったかもしれない、それを見てみよう」
金はすかさずタブレットを慣れた手つきで操作し、「あった」と言うと画面を開いて白金に見せた。宙に映し出されたそれを少し前のめりになって細部まで目を通した。瓜二つとまではいかないが、導師が乗ってきたものと似ている乗り物の姿があった。それは事故的な写真ではなく、研究所跡地の隣に停止させたものであり、この写真を撮った時期は異種が“いなくなった”直後だったと記憶している為、写真では比較的新しく、状態も美しいまま残っているようだ。この乗り物があの残骸の本来の姿というならば、科学班と技術班の力で直すことは可能なのではないかと白金は考えた。しかし、導師が着ていた衣類はこの星ではかなり心許ないもので、貧弱さに拍車をかけるだけと言えた。ということはこの乗り物自体も発達した文明の残したものだとしてもまだ未熟なものだったのではないか、そんな思考がよぎると、「私と同じことを考えているだろう?」と金は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ただ、導師の話を聞いてから全て判断しよう。直せるかどうかも判らないからな」
「そうだね」
「ああ、もういっそのこと分解して中身を全て曝け出して暴いてみたい! きっとランタノイドは賛成するだろうね」
「なんならセリウムが一番張り切りそうだ」と白金は苦笑した。
「さて、とりあえず彼の元へ行こうか」
会議室を出た金と白金は導師の元へ向かった。
導師は鉄やリチウムとナトリウムによって拠点を案内してもらっていた。ナトリウムは勝手に動き回らないようにリチウムによって抱きかかえられ不服そうだが、鉄が意気揚々と紹介する度に便乗して追加の情報をくれるナトリウムの様子はまるで子供のようだった。
「──で、先生たちのエリアの隣のスクールは不定期で開かれてるな。まー暇な時しか出来ないからなぁ」
「スクールって?」
「あのね! せんせーたちがいろいろおしえてくれるの! えっとねー、メタン水のたまりば、とか?」
ナトリウムは元気良く前のめりになって答えた。思い出しながら例えを出したようだが、ここには水溜まりの概念があったのかと言う事に興味が湧いた。
「えっと、“氷物質超臨界相”っていうエリアがあってね。それの話をした時にメタンとかの名前が出たからそれで覚えたのかも」
リチウムが答えると、鉄は苦虫を噛み潰したような顔をし、「覚えらんないよなぁー、なぁソーダ?」とナトリウムに問いかけた。
「うん、わかんない!」
元気良くそれを肯定する様子は本当の兄弟のようで微笑ましい。鉄とナトリウムは座学が苦手なようだ。
氷物質超臨界相、聞き慣れない言葉だが何となく分かった。氷を指す言葉は天文学で出てくることがある。天王星や海王星などの話では必ず触れられるもの、更に超臨界相という言葉から“氷物質超臨界相”は天王星型惑星や衛生などにある内部海系の可能性が浮かび上がった。思わず身震いをしてしまうほどかなり面白い話が聞けた。到達など不可能と思っていた惑星に運良く不時着できてしまったということ。更にここの文明はかなり進んでいる。人間的な建造物は全く無いし文化的な面もみられないが、科学はかなり進んでいる。それは導師を治療した技術や身に付けているものからも想像出来る。この星は面白い。まだ解明の余地がある。もっと知りたい。
高速で回転される導師の頭の中ではそんなことを考えていたその時、「正しくは酸化水素・テトラヒドリド炭素・窒素水素化物混合超臨界流体だ」と聞こえてきた。
「他のものたちにそれは伝わらないとあれほど言ってるだろう、オーラム」と続いて呆れて苦笑する声。
金と白金だ。金はかなり学者的な発言をするが、何者なのだろう。
「白金先生が簡単な言い方を教えてくれたんだよ」とリチウムは言うが、金は「いいや、こういった名称や事象は正確に伝えるべきだ」と意見は曲げなかった。かなり頑固だ。
「まあそんなことよりも、君に聞きたいことがあって来た」そう言って切り替えると金は真っ直ぐ導師を見下ろした。初めて顔を合わせた時よりも威圧感を感じる。頭二つ分ほどの差があるからだろうか、それとも何か別の理由だろうか。導師にはわからなかった。
「君は何者だ?」
淡白な一言だがずしりと重い。これが威厳と言うやつだろうか。だが、自分でも何者かどうかは、よく分からない。
脳を高速回転させ、答えを絞り出す。
「……正直、自分でも分からない。でも、さっきの超臨界流体の話はすぐに理解出来た。あれは天文学の中の、天王星型惑星などの話で出てくる言葉だったと思う」
率直に伝えるべきだと思った。こう言えば、きっと彼は納得するし、興味を持つだろうと。案の定、金は嬉しそうに「ほう」と声を漏らした。
「それについて詳しく談義したい。が、今はまだそのときでは無いな、次に聞きたいことがある」
そう言うと金はタブレットを取り出し、ある写真を見せてきた。地面に突き刺さった“宇宙船”だった。見覚えがあるが思い出せない。
「これに見覚えは?」
「見覚えは、ある」
「ほう。記憶は無い、と?」
「無い、かな」
そう答えると金は見せる手を引っ込め、写真を見つめながら黙り込んだ。
「今は何でもいい、これについて知っていることを教えてくれ」
金はそう言ってもう一度画面を導師に見せた。それは先程見せた写真では無く、もう一つの“船”の写真だった。状態はかなり良い方で、つい最近まで動いていたのではないかという程だった。先人がいたのか、と導師は少し落胆した。
写真をじっと見据えていると、脳内にノイズが走ったような気がした。ずきりと痛む頭を無視し、再び頭を高速回転させて思い返す。
船の形状は当時の最新式で、鳥や魚を模したデザインと軽量化された外殻や、必須のプログラムAIの最適化、延命の為の荷物もかなり軽量化された上、食事や水分などもただの作業よりも楽しめるようになっていた。「外」での仕事はかなり過酷だ。人間として快適に仕事ができるよう、より良い進化を遂げている。地球の未来に希望を与える素晴らしい船は、たった一度しか打ち上げられなかった。その意味がわかるのはきっとごく僅かだろう。一度きりの船は次第に風化された。そして、第二の全く別の船が打ち上げられた。そしてその第二の船については憶えがない。そこまでは記憶していた。しかし、あの船の乗船者は関わりが薄く全く記憶にない。
とはいえ、金たちが知りたいことは──
「これは宇宙船……“パンドラ”」
パンドラ、同業者たちは皆、あれをそう呼んでいた。過去の残骸を超えた先の未来の素晴らしい発明だ、と。
第2番:アーカイブ
メカロニクス鉱力研究所、それは先人たちがこの地に刻んだ“最初の痕跡”だった。
先人未踏の地だったこの星は何もかもが手付かずの状態で、まさに彼らにとっては宝箱のようなもの。学者たちはさぞ歓喜したことだろう。
高い技術を有した彼らは、その場で拠点を作って研究に勤しんだ。研究所は寝床の確保と機械をなくした状態で呼吸が出来るようにする為の建物でもあり、かなりの温度調節も必要とされ、それだけで多くの時間を費やした。
しかし彼らには野望があった。船は直せばまた飛ぶことが出来るほどの状態であった事もあり長期滞在することを決め、地球では不可能だった研究を存分にする事にした。彼らを止める者はいないのだから。
研究者にとって他人の倫理観というものは邪魔でしかない。探究心の強い者にとって障害となる、「感情」という曖昧な物で切り分けられるのはどうにも腑に落ちない。地球という神秘の星は人間の巣だ。彼らが統治する限り、探究する者たちにとって最高の科学は実現不可能だろう。だが同時に、地球内でかなり突飛な研究や実験は存在していたのだ。しかし資源にも限度がある。
この未知の星には地球に存在しえない何かがある。
研究は鉱力、つまるところ土地や空気の成分の検出をしたり、辺りに浮遊している石や岩などの解析をし、人間にとって有力な道具となり得るのか、はたまた毒物なのかを調べ、有効活用出来そうなものは各々の研究で扱い、実験を繰り返す、ただそれだけだった。
この場に集まっていたのは宇宙飛行士、医学者、化学者、天文学者、物理学者などで、地球に帰還出来ることを踏まえ、メインミッションの他に各々がやりたい研究を行っていた。
しかし、しばらく滞在していた時。宇宙飛行士は外へ出ることを躊躇うようになった。
「おいケビン、もう修理は終わったのか?」
「……いや、あれは……」
「ん? 何かあったのか?」
天文学者は彼の様子を不思議に思い、医学者に話をして共に外へ出て理由を探ることにした。その理由は、船の向こう側にあった。
船は建物に隣接するように停められ、ケビンという宇宙飛行士が修理を試みていた。そして修理がもうすぐ終わるだろうという頃、殺気のようなものを感じた。そしてそれは今まさにふたりが感じている気配だった。船で視界を遮られていた為、少し歩いて正体を探ったそのとき、見たこともない、巨大な竜がじっとこちらを見据えていた。
*
セリウムは数あるモニターの前で記録を読んでいた。これらの記録は人間たちが遺した物で、完全に記録されていない部分もあるが、AIによって補完され、イメージとして残していた。
何のために彼らはここにいたのか、そして、何をしてあの惨状と化してしまったのか。
じっと画面を睨みつけているとランタンが入室し、声を掛けた。
「セリウム、調子はどう?」
「…………」
「セリウムー」
セリウムは頭の中で数々の憶測を思考し続けている。ランタンに気付く様子はなかった。
「……どうやら、あの海生脊椎動物がまた暴れたみたいだよ」
いつもの様子に溜息をつき、ランタンは続けた。
「でも研究所や鉱山は無事。エリアCの下層近くの岩盤で二頭が喧嘩しただけみたい」
「報告は?」
「まだ。これから」
「そう」
淡白に話を区切ると再び熟考し始めたセリウムに「一応話しといただけだから」と言って部屋を出た。
セリウムはランタンの言葉を反芻させた。
「……海生脊椎動物が暴れた……か」
記録には、海生脊椎動物の存在が記されている。医学者が描いたものとされるスケッチはかなり的確だった為、ランタンの望遠能力で時折観察をしてもらっているが、記録にあるような事故は今のところ無い。それはこちらから近付かないという理由もあるが、向こうから危害を加える理由もないということか。
ニンゲンといい、海生脊椎動物といい、興味深い存在は探究心に火をつけるだけだ。暴きたい、必ずこの手で。
*
「パンドラ……それはどう言う意味だ?」
金はかなり興味を持ったようで前のめりに聞いた。
「災いの先には希望がある……災い、というのは過去の実験の結果とか、事故とか。災いというには、自分たちの技術を棚に上げて言うようにも感じるけれど……そして、希望と言うのがまさにあの船のこと」
「ほう。希望の船か、君の船は違うのか?」
「分からない、ごめんなさい」
「いや、気にする必要はない。だが、それらは何の為のものだ? 必要だから作ったのだろう?」
何の為、彼らの疑問は当たり前かもしれない。宇宙船は科学者のロマンだ。しかし実際に作るとするとかなりの技術と知識が必要となり、さらに資源も限られてくる。実験の繰り返し、人間と荷物を乗せて飛ぶまでにはかなりの時間がかかった。それを何の為かと改めて問われると少し思考が鈍る。しかし、ロマンと言う他に、人間の強欲さが関係しているのではないかと考えた。人間は欲に塗れた種族だ。強欲で傲慢なのは綺麗事で着飾っても隠しきれない。そして、科学者は実用性とロマンを天秤にかけて成し得る事にもあり、星を出て更に世界を知りたいと思う強欲さは昔からずっと変わらないことだろう。目の前の元素体たちが理解できるのかは疑問だが、ほんの少し考えると言う。
「……私たちにとって、宇宙船はロマンの塊だった。昔から宇宙へ出ること、それが力の証明でもあった。これだけの科学を扱えるぞと言う他国への証明、そしてその所為で様々な事故が起きた。それでも諦めきれないのが科学者だ。国なんて関係なく、ただ知りたい、それだけの為に」
様々な犠牲の上で成り立つのが科学だ。犠牲が出て初めて欠陥に気づくのは遅いが、未来に活かす材料となる。その感覚が理解されるかどうか、はたまたこちらが間違っているのか、それは分からなかった。
金はそうか、と呟いた。
「きっと、我々と似ているのだろうな。しかし分からない部分もある。が、今は大した問題ではない。ただ、今は君と同じ科学者として共にいたい。君の知識はより良い糧となるだろう。もちろん、協力してくれるのならその分報酬を渡す。改めて、――我々に協力してくれるか?」
自分自身の記憶なんて正直どうでもいい。彼らと話すことは何よりも楽しく有意義なもので、更にこの星の知りたい事は山のようにある。言われずとも、共にいたい。
「もちろん。報酬なんて大袈裟なものはいらない、食事、くらいかな。欲しいのは」
「ありがとう、友。そして兄弟よ」
そう言って金は手を差し出し、固い握手を交わした。
すると鉄が大きな欠伸をした。
「あ、ごめんごめん。難しい話ばっかで眠くて」
軽い調子で謝ると、すぐ横でリチウムの腕の中でナトリウムが「すよー」と言いながら眠っていた。
「僕は面白いと思ったけどな、ドクターの話、聞いたことのない言葉がいっぱい出てきたし」
リチウムは学者の才能がありそうだと感じた。
「すまない、だが大事な話でもある」
「俺も内心わくわくしたよ。今度ちゃんと覚えていること、何でも聞かせて欲しいな」
白金はそうにこりと微笑んだ。
「じゃあ、一応話は聞けたからセリウムのところに行ってくるよ」と踵を返し、白金は研究エリアに向かって行った。
すると、白金とすれ違いに白衣姿の元素体がこちらに向かってきた。
「良かった、いた」
「ランタン、どうした?」
「さっき、いつもの場所で海生脊椎動物を望遠してたんだ。エリアCの下層近くの岩盤で二頭が喧嘩してて、鉱山や研究所は無事だけど暴れてたから報告しようと思って」
「そうか。何も無かったのなら幸いだな」
海生脊椎動物が存在するのか、と二人の会話を聞きながら感嘆の声を漏らした。
「エリアCで暴れてたの? でも分からなかったね」
「それほどの振動は感知されてないし、分からなくても当然かな」
リチウムも知っている事情なのか、しかし鉄は変わらず興味なさそうに傍観していた。
「それって、どう言う生物?」
少し気になってランタンに聞いてみると、「あ、君がドクターか」と声を漏らす。
「海生脊椎動物は、かなり巨大な生命体のようで、研究所跡地の近くに棲みついてるんだ。体は曲線を描いてて、推進板が六つあって、長いガラス細工のような臀部がある」
要するに、巨大なトカゲのようなものだろうか。大昔に存在した海竜の特徴に似ている気がする。それが生身の状態でこの星の中に留まっていると言うのはかなり興味深い。
「……待って、研究所跡地があるの?」
口に出したもののすぐに理解した。船があるならそれくらいあるだろう、しかし建物があると言うのは不思議だ。この拠点もそうだが、(憶測だが)天王星型惑星の中に建物が建てられるものなのだろうか。しかし現状、建物があるのだから可能なのだろうが。天王星型惑星という仮説を払拭した方がいいのかもしれない。ここは、本当の意味で未知の星なのだ。
第3番:対話
「エリアMにあるぜ。研究所跡地、ただまあ……あんたは行かない方がいい」
鉄がそう答えた。気持ちを察してか、少し言いづらそうに。
「そうだね。その装備は完全なものではない。アクチノイドもいることだし、あそこの空気は未だ汚染されているから、水銀でも長く留まるのは危険なんだ」
便乗してランタンが言う。エリアMと言うのは前にも少し触れていた場所だが、まだ拠点の中でしか行動出来ていない為、イメージがつかない。
「そう言えば、水銀はまだ帰ってきていないのか?」と辺りを見回した金は問う。
「ひとりでこっそり帰ってきてるんじゃないか? あいつはいつもそうだからな。部屋行ってみるか?」
鉄の言葉に金は「ふむ」と一瞬考えると、ランタンに、「水銀の性質的に、導師が近づくのはまずいか?」と確認した。
「危ないだろうね。まあ、多少は装備のおかげで器官に毒素が入り込む余地は無いだろうし滅多なこともないだろう。ただ、百パーセントは無い」
水銀は元々毒性が非常に高い為、生身の人間が近づくのはかなり危険である。この星内の空気で言えば蒸発して体内に入り込むということは無いのだろうが、完全に安全とは言い切れない。ランタンの言った通りだ。
金はランタンの言葉に納得した。
「あまり危険なことはするなよ」
そう忠告し、踵を返して指導者エリアの方へ歩いて行った。
鉄は適当に返事をすると、「じゃ、行ってみようぜ!」と何だか楽しげに寮へ歩いて行く。
「僕は、ソーダを寝かせに行こうかな。全然起きないし」
依然として腕の中で寝息を立てているナトリウムにリチウムは苦笑した。
「んじゃー、途中まで行こうぜ」
「そうだね」
鉄が前を歩き、その後ろをリチウムとナトリウム、そして導師がそれを追っていた。
寮は無機質で、独房のように感じた。ただ仕切りがついているだけという風で、ある意味では合理的なのかもしれない。
「ひとつで居るのが好きなヤツは基本的にここにいるなぁ、俺とかは広間とかが好きだけど」
「水銀は特に単独が多いし、他の毒素がある子も、結構寮か母胎に帰ってたりするし」
「まあ大体はこっちに帰ってくるよな、なんだかんだ言ってさ」
母胎というものがあるのか、それでもここに戻ってきてしまうのは理由があるのだろうか。適当に相槌を打つと、「母胎って?」と質問した。
「母胎は僕たちが生まれた場所だよ。正確には成分が入り交じってるから単独でその場で生まれた訳じゃないんだけど」
「でも俺とかトランジのヤツらは単独で生まれたぜ。クソ重いナントカ流体ってとこから、ジャブジャブって這い上がってさ」
「沆核の谷底ね、確かにあそこが母胎のトランジ多いよね。だから力強いの?」
「ったり前だぜ!」
見るからにスレンダーで細い腕だが、鉄は筋肉コブを作るように右腕を掲げた。
そんな会話を交わし、リチウムたちと早々に別れ、鉄の後ろをまたついて歩いていく。
「沆核の谷底か……」
「おう。ドクター、母胎ツアー行ってみるか? まーでもあそこはあそこで危ねぇかな」
うーんと唸りながら思い返しているようだ。
「あっ、着いたぜ。あそこだ」
聞きたい事はまだまだ尽きないが、どうやら水銀の部屋に着いたようだ。部屋の表札には「No.80」の文字がある。それは元素番号と同じ数字だった。どの部屋も元素番号で振り分けられているようで、よく見ると他の部屋の表札にも書いてある。金と白金の番号は飛ばされているようだ。
「おーい、水銀ー」
鉄は中に呼びかける。格子越しに中の様子が見えるようになっているものの、薄暗いせいで見えづらい。
「いないなぁ」
「どこにいるんだろう?」
「うーん、まだMにいるのか、それとも母胎の方にいるのか……母胎の方にいるなら近付けねえな」
水銀の母胎と言えば、辰砂だろうか。辰砂が眠る鉱山がこの星にあるのか。
「しゃーない。別のとこ探すか」
鉄が元気良く導師に向き直って言う、それと同時に「おっ」と何かを見つけたように声を出した。
振り返ると流れるような銀色の長髪とスリットが入った長いタイトスカートが特徴的な元素体がいた。彼が水銀か。
水銀は明らかに警戒しているようで、咄嗟に後方に跳ね退いた。
「おー来たなぁ? 水銀のこと探してたんだ」
軽い調子で水銀の横に歩き寄ると肩を組んでがははと笑った。水銀の影響を受けないとはいえ大胆だな、と感心してしまう。実際、水銀を保存する容器としては鉄が主に用いられる。だからだろうか、この二人は距離が物理的にも近い。やはりこのものたちは興味深い。
「……何の用?」
水銀は身を縮め、鉄の手を振り払って聞くが、鉄は再び肩を組んだ。
「ドクターのこと何も聞いてないだろ? まーあれだ、シンボクを深めようってな!」
「必要無いし、大体噂で聞いてるから」
再び手を振り払うが鉄は負けじと肩を組む。
「ホンモノがここにいるのに、それでいいのか?」
「だって、僕は……」
「ほら、ドクターなんて完全防備だぜ? 平気だって!」
肩を叩きながらかなり強引に進めようとしている為か、水銀は大分引いている様子。
「えっと、無理にしなくても……」
導師が言うと、水銀はじっと導師を見た。
「……君、喋れたんだ」
「え?」
「お? そう言えば通信で返ってこないと思った」
「気づかないなんてアホでしょ」と水銀は呆れた様子だが、鉄はそれを笑い飛ばした。
「だっははは! それなぁ!」
豪快な鉄のおかげなのか、気が付けばきちんと自分の声で話せていた。
「まぁ……僕は水銀。トランジのひとつ、よろしく」
少し照れ臭そうに簡単に自己紹介をしてくれ、「こちらこそ、よろしく」と返した。
「そうだ、先生のとこ行ってやれよ。探してたぞ」
「……うん」
気が乗らない様子の水銀は俯きがちに返事をするとそのまま踵を返して戻って行った。
「んじゃーどうしよっか」
鉄の言葉を聞き流し、導師はじっと廊下を眺めていた。
原子番号順の寮はかなり興味深い。もしかしたら周期表のようになっていたりするのかもしれないとさえ思う。まだ会っていない元素たちは今どこにいて、何をしているのだろう。
「……暇な時は、スクールという名の謂わば講習会のようなものが開かれる、じゃあそうでは無い時は何をしてる……?」
「気になるか?」
考えていたことが口から漏れていたようで、鉄がにやっと口角を上げた。
「当番は広間の壁のモニターにうつされてるから、広間で説明しよっか」
行こうぜ、と言って鉄はまた歩き出した。
広間に戻ると天井近くの壁に大きなモニターがあるのに気が付いた。鉄はその方へ向かうと、「そう言えば、連絡先教えてなかったな」と導師を振り向いて言った。
「連絡先?」
「ある程度の距離なら簡単な通信で届くが、たとえばエリアPの奥とかに行くとさすがに届かないからな。だから機器を使って補助するんだけど、あんたはそれがあるから機器の必要はねえな」
それ、とはヘルメットの事だろう。これを活用するとトランシーバーのようなことが出来るようで、鉄は「こうだっけ、えーっと」と言いながら自分の機器を操作し、導師のヘルメットと同期させるとまた操作し、「これでいいと思う」と手を止めた。
「先生たちと俺と、まあ持っといた方が良さそうなやつのは入れといたぜ。まだ会ってないやつらのは、本人に聞くといい」
「ありがとう」
「で、まあ当番なんだが、その前に俺たちのことを少しだけ教えるな。俺たちってのは完全体じゃないんだ。ていうのは、日々能力を使う毎に俺たちは体内の元素を摩耗してるらしいんだ。だからそれを補うために補給が必要ってわけ」
要するに自分の構成元素をすり減らしながら生きているが、それを体内で循環させることが出来ないということだ。人間とは違う、奇跡とも言えるが本当に不完全な人型の何かなのだろう。
それで消耗してしまった分を補うために食事をする。その辺りは人間と似ている。
「で、その補給する為のそれぞれの元素を母胎ってとこから持ってくる。それが当番の一つだ」
「要は食料調達か」
「多分そんな感じ! でー次は、能力補助の為のアイテムをランタノイドが作ってるんだが、やつらのおつかいが当番のひとつでもあるな」
「材料を別のチームで集めてくる感じかな」
「そう! あとはそうだな、先生から勅命で任務にあたる以外の調査任務もある。調査っつっても、細々としたものが多いけどな。簡単に言えば個人依頼みたいなもんだ」
「元素たちそれぞれの悩みを解決する、みたいな?」
「そうだな! ここにボードがあるだろ? この画面に当番以外の元素体が任務内容を書くんだ」
モニターの下部にはタブレットのような機器が壁に貼り付けられており、画面内には付箋アプリのような構図で様々な形の付箋の中にそれぞれらしい内容が書き込まれていた。その中で任務が達成されたのだろうものには判子のような模様が描かれてある。
文字を見てみると、古いラテン文字があった。中には英語、ドイツ語などとばらつきがあるものの、彼らが文字を理解しているということに心底驚いた。
研究所跡地があると言っていたが、そこにもし、人間が残した物が保存されていて元素体たちがそれを利用しているのだとしたら文字を解読して使用していても不思議ではない。
本当に驚くことばかりだ。
「興味津々だなー面白いかー?」と導師が画面を凝視してるのを心底不思議そうに鉄は見ていた。
「あ。あとな、基本的に当番は少数チームで、補給チームは4体、材料探しチームは4体、調査チームは3体って感じでな。メンバーはごっちゃごちゃで通常の部隊とは関係なく組むんだ。まあ、毒素があるタイプは単独か、毒素があるやつ同士で組むか留守番って感じだな」
「ごちゃ混ぜなのは何か意味があるの?」
「んーどうだろうな。でも楽しいぜ、普段あんま関わらないヤツと組めるしな!」
「少数なのは意味があるの?」
「そんないっぺんに行ったって動きづらいし、もしもの時の為だってさ。だからまあ、基本的に連携しやすい奴らで組んでるな。あと反応がしやすい同士だとかなり危ないから別のチームに入れたり……俺は決める側じゃねえから分かんないけど、拠点にはある程度数揃ってないとだしな」
これは白金が考えたのだろうか。かなり理屈的で合理的だと思った。
モニター画面を見てみると鉄が話していたそれぞれのチームの割り振りが顔写真と名前が揃って書いてあった。
全く見慣れない顔だが、名前だけは何故か妙に見慣れているのが不思議な感覚だ。
「そうだ。明日俺が補給チーム入ってるし、来てみるか? 先生には話しとくよ」
「行ってもいいの?」
「興味あるだろ?」
お見通しだぞと言わんばかりの自信に満ち溢れた鉄の言葉に胸を高鳴らせて頷いた。
第二楽章:交錯
第4番:異種と説得
朝礼のアラームが鳴った。広間にはぽつぽつと元素体が集まり始めるが、真っ先にスピードを上げて着いた鉄は朝からかなり気分が良かった。
「よっしゃあ! 一番乗りぃ!」
「鉄、うるさい」
次いで来たのは鉛だった。溜息をつきつつ、待っていた金と白金に挨拶をする。
「ハロー、先生」
「やぁ、相変わらず早いね」
「君たちは補給チームだったね。良い結果を楽しみにしているよ」
金の言葉に了解の意を込めて頷く寡黙な鉛に反して、鉄はモニターの前で他のメンバーを確認していた。まるで幼い子供のようで鉛はまたひとつ溜息をついた。
「なぁ、ベリリウムも一緒だって! 俺あいつ好きなんだよな、結構面白いしさ!」
ベリリウムはテラ後方支援部隊の副隊長で、鉛と似て感情表現が苦手な方だ。しかし仲間想いで内に秘める情熱は人一倍大きい。鉄とはかなり相性がいい能力を持っていることもあり、鉄とベリリウムは仲が良かった。
鉛は鉄のはしゃぎぶりに既に疲労していたが、先生たちは微笑ましそうに眺めている。
「導師を連れて行くんだろう? 部屋まで迎えに行かなくて良いのか?」
金の質問に「あっ!」と言うとすぐに広間を走って出ていこうとするのを鉛が止めた。
「通信」
「あ、そうだ! へへ、忘れてた」
この単細胞は考えるということをしないな、と呆れてじっと鉄を見遣る鉛を意に介さず、鉄は通信を始める。暫しの呼出音の後、導師が応じたようで、鉄はとても嬉しそうに「Selam! ドクター。今から広間に来いよ! 朝礼始まるからさ!」と言うだけ言って通信を切った。
「多分すぐ来るぜ!」と陽気に鉛にサムズアップをする。
「何の話だ?」
すると背後から鉄の顔を覗き込むように身を屈める姿に、鉄は「うおっ」と驚いて跳ね退いた。
「ベリリウム! びっくりさせんなよなぁ」
「ごめん。声掛けても気付かなかったみたいだから」
「そうか? それは悪かったな」
「嘘だよ」
「嘘かよ!」
「ところでさっきのは?」
「通信か? ドクターにこっち来てもらおうと思ってな!」
「ドクターか、まだ会ってないな。どんなやつ?」
「けっこーすんなり馴染んでたよなぁ」
「そうなの? ふーん」
ベリリウムと鉄が話していると、元素体たちがほぼ全員集まり、それぞれの部隊で点呼を取り始めていた。気が付けば鉛も自分の部隊の列に戻っている。
「ベリリウム、話はそれくらいにしな」
なかなか来ないベリリウムに痺れを切らしたカルシウムが呆れたように声を掛けた。
「あ、ごめん」と軽く謝り、カルシウムについて行った。
鉄はベリリウムを一瞬見送った後、トランジ部隊の方へ向かい、「トランジはいるよなぁ!?」と大声で確認をとった。
「彼以外ならいますよぉ」と銀が応えると、Tamam!とサムズアップした。
鉄はそのまま列の最前で立ち、先生たちの動向を見守る。
先に口を開いたのは金だった。
「我が導師が広間に来るまで暫し待って欲しい」とだけ言うと再び口を閉ざした。
導師の話はある程度広まっていたが、噂を耳にした程度で会ったこともない異種の存在を好ましく思わないものもいれば、やはり興味の対象とするものもいる。ざわざわと騒めく中、出入口付近に一番近くにいるアルカリ調査部隊のカリウムが「お! きたぜ!」と声を上げた。するとその声で場は一気に静まり返った。
かなりの数が集まっている中、導師は特に動じる様子は無く、毅然とした態度で金の元へ真っ直ぐ向かった。少し気になるようで部隊をちらりと一瞥する導師に、鉄はすれ違いざまにハイタッチを交わした。
「我が兄弟、導師よ。よく来てくれた」
「招いてくれてありがとう」
「いや何、君はもう我々と協力関係にあるのだから遠慮は必要ない。次からも是非に参加して欲しい」
「分かった」
そう交わすと導師は白金とは逆の金の隣に立った。
導師を初めて見た元素体たちはまた騒めきだした。
「あれが異種?」「触れてみたい」などの声が上がる中、既に会って話している元素体たちはさっさと集会を終えて話しかけに行きたいようでそわそわとしているものもいた。
金は高らかに、空気を震わす。
「聴け、皆の者」その声に瞬時にまた静まりかえる。「彼は導師、エリアMにかつて飛来し、今は氷に眠るあれらと同種のもの」
そこまで言うと、カルシウムが即座に反応した。
「あのアクチノイドを生み出した奴らと同種だって!? ナトリウムを危険に晒したやつの仲間か!?」
導師は驚いてカルシウムを見た。怒りに震えるカルシウムはじっと睨みつけ、わなわなと拳を握り込んでいる。
「落ち着け、カルシウム」
金の一声に一瞬息を呑むも、「でも!」と反論しようとする。だが金はそれを許さず「聴け」と一喝した。
「彼は我らと異種の存在、しかしそれだけで敵対するのはおかしな事ではないか? 導師は今記憶を失っている。だが科学に関する知識だけは強く残っているようで、我々の知らない知識を披露して見せた。既に会っているものたちはそれを証明するだろう」
「だからと言って……」
カルシウムは納得が出来ないようだが、信頼する金の言葉に耳を傾け、かなり動揺していた。
「カルシウムの気持ちも分かる。他にも同じように感じるものもいるだろう。ならば私を説得してみせてくれ。協力関係になろうというのは私の勝手な判断に過ぎない。よって、何か意見があるならば全て私が聞こう。言っておくが、彼はこの中で最も無力だ」
重く響く金の言葉に皆押し黙ったまま、カルシウムもカルシウムのように導師反対派につくものも、金の言葉には何も言えなくなってしまった。
ただひとつを除いて。
「彼は本当に記憶を失っているの?」
その姿を見せず、ただ声だけが聞こえる。
「先に話した通りだ」と金はそれ以上の事は言わない。
声は沈黙の後、「過去の異種とは違う証拠は?」と放った。
「違うという証拠も無ければ、同じという証拠も無い。だから言ったろう──私を説得してみろ、水銀」
ただ事実を述べているに過ぎないと言う風に金ははっきりと言う。そして、その名を白金の方を向きながら呼んだ。
白金は少し呆れたように肩を落とし、足元に視線を向けた。そこには水滴程度の水銀があった。
「仮に、彼が何かしらを企てていたという証拠や、噂程度でもいい、そういった何かしらがあれば私に言え。もう一度言う、彼は我々の技術が無ければ簡単に崩壊する。言葉を変えようか、我々が手を貸すことによって彼もまた我々に手を貸してくれると言うのだ。だからこそ、彼を崩壊させる相応の理由があるのならば、私を説き伏せてみろ」
指導者と言う立場からこその言葉か、依然として態度も声色も変わらないがかなり強い言葉を使っている。それだけ思い入れがあるのか、それともただ彼ら元素体を試しているのか、白金は最初から最後まで口を挟むことは無かった。
白金は掌に水銀を乗せると鉄に渡した。鉄は包むように持つとにやにやと笑みを浮かべながらその手の隙間から覗き込んだ。
「…………ふむ。まあ、直ぐに名乗り出る度胸のあるものはいないとみた。さて。これより、画面に映るチームに別れて別行動となる。ランタノイドと待機班は普段通り過ごしてくれ」
続いた「以上、解散」の言葉で張り詰めた緊張が解けたように呼吸を但し、各々動き始めた。
導師はかなり気圧されていた。勿論、口を挟む気は一切無かったものの、金の凄さに舌を巻いていた。この中の最高指導者である金が身の保証をしているのだから、これで心置き無く己の知的好奇心や探究心に身を委ねられる。そうだとしても、敵視するものが少なからずいるという現実はどうも受け入れがたかった。ここで何があったというのだろう。
導師が呆然と立っていると、セリウムが唐突に近寄った。ヘルメット部分に思い切り、ばんっと白衣の袖で叩き、その視界を遮った。かと思えば、音がするほど勢い良く袖を退けると「ばぁ!」と満面の笑みで顔を近づけた。
「わっ」
「ハッハー!! 実に愉快!! コレがかの放射線事故の同種だってー? 有り得ない有り得ない〜否! 有り得る! 微々たる数値は正直だ!! ゼロが6つ以上ついたとしても1があれば有り得るのだ!!」
今度はその怒涛の寸劇に気圧され、思わず口が半開きになっていた。
「その間抜け面、実に面白い!」
「いや見えてないでしょ……」
「そうだ、申し遅れた。僕はセリウム、ランタノイドのひとつだ。ランタンよりもこの僕が! ランタノイドを仕切らせてもらっているよ」
セリウムはオーバーな身振り手振りで自己紹介したかと思えば紳士のように手を差し出し、導師に有無を言わさぬ勢いで手を取り「ハイよろしくー」と握手を交わした。
「何者……」
「それはまた次回!!」
「え……?」
第5番:準備万端
セリウムは堂々とした佇まいで、導師をさっと観察した。
「僕は基本的に武器や防護服の生成、様々な事象が起きた場合の解明や研究、君のような異種やエリアMにいる海生脊椎動物の研究解析などなど様々な事をここの研究室で行なっている。基本的に記録を参照するが、それはエリアMにあるメカロニクス鉱力研究所跡地に遺された、いわば異種共の残骸を拝借して行なっているのだ」
「ランタノイドのリーダーとしてそれらを、一人で?」
「いやいや、基本的な部分はランタノイドチームがやることだ。専門的に踏み込んだ部分は僕の領域さ」
彼らランタノイドが行う研究や生成は他の元素体にとって要となるものだろう。先程の金の話の時はかなり大人しそうに見えたが、セリウムはかなり静と動の差が激しい。
「……と、僕の話はこれくらいでいいか? 君たちもこれに用があるんだろう?」
セリウムの背後にはアルカリ調査部隊の子供たちや鉄、ベリリウムが何故かわくわくとした様子で待っていた。そこから少し離れた場所に鉛が待機しているが、こちらを見て呆れているように見える。
「オレ! オレ、カリウム! すっげー気になってたんだ! なぁ、ルビジウムもそうだよな?」
カリウムはかなり元気があるようでナトリウムのように異種である導師にかなり興味津々だ。対してルビジウムはカリウムの背後に隠れ、おどおどと挙動不審になっていた。話を振られて「えっ、いやっ」とかなり焦っている。
「まったく、カリは落ちつきがなさすぎです。ボクのようにきぜんとしたたいどをですね」
「うるせーなぁ。てかフランはどうしたよ」
「エカ・セシウムなら自室です。彼はよわいですから、そもそもさそったところで来ませんよ」
エカ・セシウムとは一般的には呼ばれないが、これはフランシウムのことだ。同位体の中で最も長い半減期でも二十二分というかなり短い時間しかこの世に存在できない元素だが、それがここにいるというのか、俄には信じ難いが、セシウムの言う「よわい」というのは、ここでは病弱的な扱いなのか、それとも精神面が弱いと言うことか、いずれにせよ一日二日、それ以上の時間に存在できると言うのはかなり奇跡的な事だ。有り得るのか、そんなことが。
導師は彼らの会話を聞きながら悦に浸っていた。
「でさ、おまえってウランってしってるか?」
カリウムは不意に導師にそんなことを聞いた。
ウランは原子力発電に用いられる、身近で危険な元素の一つだ。導師の記憶では過去の地球で用いられていたが、直接関わる機会は無かったようにも思う。
「ウランそのものは知っているけど、ここのウランは知らないよ」
「そっかー。じゃあおまえはあのけんきゅーじょのひとたちとはちがうな!」
子供らしい発想と言うべきか、楽観的だがかなり心強く感じる。にかっと笑うカリウムを見ると思わず笑みが溢れる。
「でも、でも、記憶が無いだけかも……」
カリウムの背後からぼそっとルビジウムは言うが、セシウムにきっ、と睨まれるとひぃっ、と怖がって縮み込んだ。
「ボクだってまだかくたるしょうこはないと思っていますから、完全に信用しているわけではないですが、せんせいが言っていたので、きっとだいじょうぶだと思います」
セシウムは勤勉で頭の良い子供と言う印象を受けた。しかし見た目も中身もまだまだ子供で、派閥に挟まれてさぞ息苦しいだろうと思った。とはいえ金はその中でも最高権力者で、研究者としても元素そのものとしても格が上で、証拠が無いにしろ有無を言わさぬ空気がある。高いカリスマ性のせいか、あの言葉の重みは誰であろうと痛感するだろう。そんな金を信用するのも仕方が無いことだろうと思った。
「ねーぇ、わたちもおしゃべりちたいの!」
頬を膨らませてナトリウムがリチウムの腕に抱かれつつ、じたばたと暴れていた。
「おまえはすぐつっぱしるだろー?」
「しないもん!」
「はいはい、お子さまはお口をとじましょうね」
「んもー!」
カリウムとセシウムに交互に言われ、更に暴れた。リチウムもかなり大変だな、と導師は同情した。
「えーっと、もういいかー?」
口を挟まないように見守っていた鉄がおずおずと挙手をして言った。
「すみません、鉄さんにベリリウムさん。ボクらはこれでしつれいしますね」
「だなー、オレらもおつかいいかなきゃだし」
「ごめんね、ドクター」
ばいばい、と手を振ってリチウムは他のアルカリたちを連れて出て行った。その後ろ姿はまるで保育士のようだ。一番手のかかるナトリウムをずっと抱えて行動するのはなかなか骨が折れそうだが、彼らは別行動をすることがあるのだろうか。
鉄は導師の頭をバンバン叩きながら「いやーあいつら、まじかーわいーよなぁ!」とデレデレの様子。鉄はかなり他の部隊の元素にも思い入れがあるようだ。
「ほいじゃ、準備するから来てくれ」
そう言って鉄はベリリウムと鉛を連れて歩いて行き、導師もすぐに追いかけて行った。
セリウムはじっと、最後まで観察していた。本当に彼が記憶喪失なのかどうか、これから元素体とどう関わっていくのかどうかを。
*
鉄たちが来たのは寮のエントランス。一室には遠出する為の用意が一式揃えられているようで、ランタノイドのお使いチームや調査チームも既に来ていた。お使いチームには先程会ったカリウムやルビジウム、他にもまだ知らない元素体がいた。
「カリとルビーは会ったよな、他の二体がケイ素とマグネシウムだ」と鉄は紹介してくれた。その声に気づいたマグネシウムがこちらに手を振ると近づいてきた。
「アタシはテラ部隊のマグネシウム。よろしく、ドクター! ドクターも補給チームなの?」
「俺が誘ったんだ〜」
嬉しそうに鉄は導師の肩を抱き寄せて笑った。
「へぇ! 次は一緒に当番したいなあ」
「順番だぜー?」
「わかってるよぉ。あ、ほら。ケイ素も!」
マグネシウムに声をかけられたケイ素は物静かなタイプのようで全く返事もしないが、導師をじっと見ると、静かに近寄った。
「……ハーフの、ケイ素」
それだけ言うとぺこりと軽く頭を下げた。
「補足するね、ハーフ金属の、特殊工作部隊の隊長さんなんだ。これでも凄腕の技師なんだよ!」
マグネシウムが自分のことのように自慢げに話すのを、そんなことはないと言いたげに首を横に振るケイ素は謙遜しているのか、表情が読みづらいが水銀とは違って無口なだけで、意外と取っ付きやすいのかもしれないと思った。
「よろしく」
「調査チームも紹介しとく……あれ、もういねぇや」
「また次のときでいいんじゃないかな?」
「だなー。んじゃ、俺らも準備するか!」
マグネシウムたちお使いチームの四体は先に寮を出ていき、鉄たちは準備を始めようとしたが、鉛が既に始めていた。
「そういやちゃんと紹介してなかったよな? こいつが鉛!」
作業している鉛の首に腕を引っ掛けてぐいっと抱き寄せる鉄に、かなりいらっとしたようで鉛は肘で思い切り腹の辺りを突いた。痛そうだなと思ったら鉄よりも鉛の方が痛がっていた。
「おいおい大丈夫か?」
「お前のせいだ!」
見兼ねたベリリウムが、「鉛はプア技術支援部隊の隊長なんだ。私はマグネシウムと同じ部隊の、テラ後方支援部隊の副隊長やってるベリリウム。改めてよろしく」と補足しつつ自己紹介をした。
「よろしくね」と導師が言うと無表情ながらも口元は少しだけ綻び嬉しそうに頷いた。
「でなー」と続きを話そうとした鉄に「もう話したからいいよ」とベリリウムは言い、「いつの間に!?」と驚く鉄を置いて鉛が先に用意した物を導師に見せながらまた説明を始めた。
「これがタブレット型の補給道具。それぞれの元素の一週間分の栄養が入ってる。私の場合はベリリウムが一週間分この中にぎゅって詰まってるってこと」
人で言うサプリメントのような物だろうか、しかしそれとも違う。彼らの補給はあくまで体内と同じ元素を何らかの方法で摂取することにある。人よりももっと単純な方法で賄えるのか。
「多分、一個行く前に飲めば問題無いけど、馬鹿は二つ三つ食べて行くこともあるね」
馬鹿、とは多分鉄のことだろう。ベリリウムはそう言った時にちらりと鉄の方を見た。本人は気付いていないのかそれとも気にしていないのか、同じように作業をしているが、言った通り二つタブレットを飲み込んだ。
「……あれは、大丈夫なの?」
「鉄は頑丈になるだけだからまあ良いんじゃないかな。基本的にはそこまで問題では無いと思うけど、危ない子はいるね。他の準備、と言ってもこれと言ったものは無いな。掘る為の道具と、クリスタルを保管するものを持ってくだけ」
掘る為の道具と言って取り出したのは一見すると普通のツルハシのようだが、カウント表示がついており、掘った分がカウントされる仕組みなのだろう。そして保管するものと言って取り出したのは、前に導師が道具を貰った時に一緒に手渡されたポケットが多くついた大きめのバッグと似たようなもので、そこは普通のバッグなのかと思っていると、バッグの脇にツルハシを差し込み、その近くの小さなポケットにタブレットを入れるとベリリウムが再び説明をしてくれた。
「この入れ物は、この大きい口の方に入れると……あ、鉄、それ貸して」
鉄が持っていたツルハシに指差すと「これか?」と言って鉄は不思議そうに手渡した。
そのツルハシをバッグの主要の大きな口の方へ入れるとすぐにミニチュアサイズになった。
「何これ、え?」
まるで魔法の様だ。地球も高度な技術を有しているがそれでも限界がある。やはり科学は面白い、ここまでのことが出来るのか。導師はかなり感動していた。
食い入るように見ている導師に鉄はかなり嬉しそうに「すげーよな!」と言った。ベリリウムは「そこまで興味持つとは思わなかった」と少し引き気味だが。
一方で鉛は早く行きたいのか出入口でとんとんと足を鳴らしながら待ってくれていた。
「あ、ごめん鉛」
「ふん」と不貞腐れたようにそっぽを向く姿は少し子供っぽく感じた。
「んじゃあ俺らも行くか! 待たせたな鉛!」
「エリアPまで飛ばすよ」
そう言うとさっさと出て行った。
「じゃ、俺と行くかドクター」
「どうやって?」
「どうって、泳いで?」
「え……?」
第6番:母なる大地
じっと一人、金は広間のモニターを眺めていた。
過去の異種はあまりにも傲慢だった。そして強欲だった。これこそが人間なのだろうと思わざるを得ないほどに。
エリアMの枉磊の晶窟にいるロボットたちは今も尚採掘を続けているが、彼らは主の帰りを待っているように見える。
しかし彼らに感情も意思もなく、プログラムされた命令をただ守っているだけに過ぎない。
その証拠に氷と化した異種さえも採掘対象となっている。採掘された物は一部はウランに、他は金たちが貰い受け様々な研究に使用していた。
その中の異種の氷はかなり興味深いものだった。氷のみを溶かして成分を調べ、構造も把握出来た。導師を治せたのもこれがあったからだが、とは言えこうなった異種の善悪を考えることは愚かにも思えた。
今あるべきは導師のこと、彼ら過去の残骸をどうしていつまでも引き摺る必要があるのだ。だがそれを受け入れられないものがいるのは確か。
どうしたものか、金はずっと黙考していた。
「オーラム」
背後から声が聞こえた。振り返るとセリウムがポケットに手を突っ込みながら仁王立ちしていた。
「どうした?」
「ああ。僕はねオーラム。彼があれらと同じ異種で、あれらと同じ学者で、それでいてあれらと違う正義、とはどうも考え難い。根本は同じだと思う、それこそが人間と言う生物だと、君も分かってると思うがね。つまるところ、異種は皆同じ。しかし個体差があるそれは僕らと同じ」
金はただじっと聞いていた。
「ドクター君は記憶が無い、それは事故の衝撃によるものと見て間違いない。だが何の為にここへ、もしくはこの辺りの宇宙域へ来たのか。奴らの記録はあまりにもデータが少なすぎる。故に未だ解明は出来ず仕舞いだ」
「セリウムは導師をどう捉える?」
「あれは善悪で切り捨てるものではない。我々元素体の集合体でありながら全く異なる種族で且つ、奴らとは異なるが故に異端であり道標とも成りうる綺羅星とも言える。奴の専門分野が知りたい、科学者はこの世の全てを掌握するが99.99%に足りない。分かるだろう? 分野から外れれば彼や我々すら無力だ。勿論今現在彼は無力だそれは変わらない。だが……まあ、カルシウムたちの言うことは分かるがね、水銀なんて試しただけだろう。アレに度胸は無い」
「そうだな。彼は96時間前は惑星の話をしていた。セリウムは何か知っているか?」
惑星と聞き、セリウムはかなり興奮した様子で早口でぶつぶつと言い始めた。
「惑星! 記録にあったこの星は白い星らしい。その前の記録は青や赤や、サイズの違いからどこかの星からの距離までも書かれてあった。だが記録は途中で終わっていたりデータの復旧が困難なものもあった。君の話からすれば彼はもしかしたら宇宙の専門家かもしれない」
「ふむ」
セリウムの言葉を聞き、再び黙考した。
宇宙の記録はこれ以上見つからないが、我々にとって外の世界の存在はあまりにも大きい。海生脊椎動物がどこから来るのかと言う時点で外の世界があることは分かっていた。しかしそれ以上を知る術は無かった。我々にとって他の空気や状態の違いはあまりにも致命的だ。しかし、異種の装備を調べたところではこの星とさほど変わらないようにも見える。もしかすると元素によっては外へ出て研究の幅を増やせるかもしれない。だがリスクがあまりにも大きい。もし、仮に本当に導師の専門が宇宙ならば、もしかしたら海生脊椎動物のことも分かるかもしれない。あれさえ排除出来れば、この地全てを調べ尽くすことが出来るのだ。
「海生脊椎動物がまた増えた話はしたっけ?」
セリウムは不意にそんなことを言った。
「増えた?」
「ん? ああ言っていなかったか。とは言ってもエリアCの岩壁辺りだ、まあ問題ないだろう」
「しかし降りてきた場合、こちらが不利になる可能性が」
「弱点は分かってる。問題無い」
それじゃ、と言い、セリウムは広間を出て行った。
金はただエリアMの方角の窓を見ていた。異種たちが恐れた人型にのみ反応する暴れる竜、早く滅殺しなければ。
*
「うわぁ!」
導師は鉄に引っ張られ、宙に浮き、手を引かれるままに泳いでいた。
どういう仕組みなのか、言わずもがな彼らは元素体だからか宙を泳ぐことは容易い。この星の空気は地球とは全く異なる上に彼ら元素体は自身の重ささえも調整できるというのか、いとも簡単に鉄は息を吐いただけで宙に浮いたのだ。鉛やベリリウムもまた同じ要領で浮き、鉛は賑やかな鉄の声を背に真っ直ぐとエリアPを目指していた。
「良いだろ〜! ベリリウムも付いてきてるかー?」
「勿論ー」
「すごい! まるで魔法だ!」
導師は話に聞いていた魔法のようだと歓喜していた。鉄は「なんじゃそりゃあ!」と笑い飛ばしているが、ベリリウムは首を傾げるだけだった。
空中遊泳は直ぐに慣れたが、さすがに鉄の手を離すのはどうなるのか分からないためやめておいた。
ふと、眼下に広がる景色を見た。白い地面に宙に浮かぶ岩石群、遠くの景色はぼやけていて見えないが何かが蠢くのを認識出来た。あれが、海生脊椎動物だろうか。そうであるならば向こう側はエリアMなのだろう、その反対側、向かう先がエリアP。MとPは巨大な鉱山で繋がっているのが視認出来た。山脈のようになっており、高さ的には地球で言うところのK2ほどだろうか。実際に見たことは無いので感覚的な例えでしかないが。それほどの高さの山脈はずっと奥まで続いているように見えた。
「すごい……」
「あれが枉磊の晶窟だよ」
鉄に導かれながら山脈に見惚れていると、ベリリウムが答えた。
「中すっげー広いぜ! あそこも行くから覚えとけよ!」
「え? あの中に入るの?」
「中が鉱脈で、クリスタルはあの中に沢山あって、一度採った後は96時間、つまり一日経てばまた生えてくる」
96時間というのは先人が計った時間だろうか、まさか四日分の時間が経っていたとは驚きだ。
言葉も出ない導師に鉄たちは他にも、と言って説明しようとしたが前方を行く鉛が「着いた」と言い、急降下し始めた。
「よし、じゃあ降りるか!」
そう言って鉄は導師を横抱きにし、そのまま速度を落としながら降りていった。
降りると、眼前に巨大な岩石が鎮座しており、よく見るときらきらと黄金色の欠片が藍色や茶色などまるで地層のような色合いの層に混ざっており、形やサイズ感からしてこれは隕石だろうと推測出来た。黄金色の粒は金だろうか、ということはこれが金の母胎ということか。
背後にはどす黒い海が広がっていた。黒い絵の具に白い絵の具を少しずつ混ぜていったような色合いで、近くには真っ白な岩が並んでいた。所々欠けているように見えるが、これも母胎なのだろう。
そのまま右を向く、隕石の左側の奥に見えるのは真っ赤な洞窟だった。地球にある採掘場とはまるで違う。本能的にあの洞窟は近づいてはならないと悟った。あれがきっと、丹生の晶窟なのだろう。水銀の母胎だ。
導師は内心恐怖心があった。しかしそれより遥かに好奇心が勝っていた。これより先、クリスタルが眠る晶窟の中を暴けるのか。
「俺はまあ丹生の晶窟行けるっちゃ行けるけど、今日はあそことあそこな」
そう言って指を差した先は海の方と枉磊の晶窟だった。
「ちなみに、目の前にあるのは原初の母胎って言って、金先生と白金先生が産まれた場所だよ」
ベリリウムがそう補足した。
「原初……」
「んじゃ、鉛は枉磊の晶窟行く?」
鉄が鉛の方を振り返ると既に行く気満々だった鉛がすぐに頷き、歩き出した。
「ベリリウムも鉛の方行けよ」
「えー。鉄だけで大丈夫? 心配」
じと、と怪訝そうな顔をするベリリウムに「へーきへーき!」と笑った。相変わらずの楽観視だが、一歩間違えば導師は簡単に過去の遺物となるだろう。
「とりあえず、塩闃の汀と、珊瑚の碞庭と……沆核の谷底だな! 塩闃の汀ならドクターも採れるだろ!」
そう言って真っ直ぐ岩々に向かって歩き出した。導師はそのすぐ後を追う。
「ちょっと、気になったんだけど」
「んー?」
「名称は誰がつけたの? 金たちなのか、それとも先人の“異種”なのか」
「あー、それはあれだ。異種の方だな」
やはりそうなのか、と内心納得した。枉磊とはつまり「往来」を示す言葉遊びだろうし、塩闃の汀と言うのも岩塩群がある汀と言う意味だろう。丹生の晶窟も、丹生とは歴史的に意味のある言葉であり、珊瑚というのも地球にあるものだがここには存在していない。だが、それに似た何かがあると言うことだろうか。
しかし分からないのは、原初の母胎。原初とはどういう事だろうか。この隕石だけは、金もしくは白金が付けたように感じる。
「珊瑚、って見たことある?」
鉄にそう聞いてみると、うーんと考えた後、「ちょっと待ってろ!」と言って海の中へ消えていった。
かなり重たい音が響いた。それに水飛沫も重たいような、見慣れない不思議な感覚がした。やはり空気の影響だろうか。
少しすると、鉄は何かを持って上がってきた。手には白くてごつごつとした質感の岩のように見えるが、太い枝分かれした形は珊瑚のようにも見える。
「これ……か? 確か白金先生がこれを異種は珊瑚と呼んでいるーとか言ってた気がする! 多分!」
白い珊瑚。それは地球にもあるが、珊瑚という生き物としてあるまじき姿だった。
鉄からそれを受け取ってみる。かなり軽い。珊瑚のようだが生きてはいない、全く軽いが感触としてはざらざらとした石に近い。それに触るとさらさらと粉状の何かが宙を舞った。もしかするとカルシウムの母胎こそがこれなのかもしれない。
「これ、カルシウムの母胎だよね」
「お! さっすがドクター! そうだぜ、カルシウムの母胎のひとつだな。この中にいっぱいあんだぜ!」
海の中にこの白い珊瑚がたくさんある、だから碞庭と言うのか。
「このもっと下の方に沆核の谷底があるんだけど、見せれねえなあ」
「大丈夫、ありがとう」
「おう!」と満面の笑みで頷くと、バッグからツルハシを取り出し、「バッグはドクターに預けるな」と言ってバッグを抱えさせた。
「これも一応入れとくか」手に持っていた珊瑚をバッグに入れると、ツルハシを構えて岩を掘り出した。
力任せに砕いているが、大丈夫なのだろうか、と内心はらはらしたが、落ちた欠片をひとつ残らずバッグの中へ入れていった。
「けっこー脆いなあやっぱぁ」
「塩ならそんなもんじゃないかな」
「そうなのかぁ?」
導師としても専門では無い上に未知の土地の採掘に立ち会っているのだ。彼の疑問に答える術が無い。
いくら掘ってもバッグの中は1%に満たないように感じる。よく出来てる収納袋だと感心してしまう。
「おし、まあこんくらいかな!」
カウント表示は65とあった。鉄はかなり力があるようなのでカウント数はあまり関係ないようにも思う。一回につきかなりの大きさの破片を落とすからだ。
「よし、次は海の中だなー。ドクターは待っててくれよー」
そう言いながら無意味だろう準備体操をしてまた海の中へ飛び込んで行った。
自分もあの中に飛び込んでどんなものが沈んでいるのか見てみたい。否、沈むと言う表現はこの地では正しくない。何故なら海は空へ続く大波のような高さだからだ。
第7番:異分子
鉄は軽々と珊瑚を摘み取っては水上へ投げていった。導師は、何だかミニゲームみたいだな、と思いつつそれを回収していった。暫くそれが続くと、鉄はより深い方へ泳いでいき、導師は全く鉄の気配を感じられなくなった。
沆核の谷底にはあらゆる重金属が眠っていた。そして、氷に侵食された潜水艦も底に落ち、中途半端に喰いかけられた岩壁には至る所に鉱石が落ちていた。それを回収して一度水面へ這い出た。
「これぁ、投げらんないから往復するな」
導師が差し出したバッグにそれを入れながら言うと、再び谷底へ向かった。
一方、鉛とベリリウムは枉磊の晶窟でそれぞれクリスタルを黙々と掘り続けていた。同じチームであるがほとんど単独行動に近い。
鉛はチームで動くのが嫌いな訳ではなかった。単なる合理主義者で、計画通りに進まなくなる言動が多い鉄を嫌っていた。ベリリウムだけならば特に問題は無く、更に導師というよく分からない存在の相手を嫌いな相手が対応しているのだから鉛にとってかなり好都合だった。早いところ切り上げて帰りたいくらいだ。しかし鉄は力任せな所がある。こういった作業は物によれば得意分野だろう。とはいえ全てが同じ手口で済むとは限らない。慎重にしなければならないものだってあるはずだ。鉛はそう考えていた。
そんな鉛に対して、ベリリウムは作業を続けつつも鉄と導師のことを考えていた。鉛はきっと異分子である導師を嫌うだろうから気にも留めてないだろうが、金先生の言っていたように彼は脆弱の塊のようなものだ。あの防護服があったとしても、谷底までは行けないだろう。あの場所は重力が歪んでいる。様々な成分が入り交じった重い重い液体と空気の大地だ。仮にあの中に入って押し潰されても、きっと自分たちのように戻ることは出来ないだろう。とはいえ冷静沈着な彼が鉄のように後先考えずに入ることも考えにくい。考えるだけ無駄だろう、そう思い直すと再び目の前の作業に集中した。
*
カルシウムはエリアDの端にある防壁で見張りをしていた。防壁はテラ後方支援部隊の仕事のひとつであり、金や白金、ランタノイドも加わっているとても頑丈な作りのドーム状の防壁で、様々な元素を組み合わせて作られており、向こうから襲撃が来ても護れるようにしていた。ここには誰かが必ず見張りをしており、基本的にはテラ後方支援部隊がいるが、金や白金がいることもある。近くに望遠塔もあり、そこでランタンが望遠をして随時状況を報告している。
カルシウムはナトリウムのことを考えていた。彼は無邪気で何にでも興味を示す傾向にある。その為どんな場所だろうと突き進むし、どんな相手だろうが構わず突撃する。後から聞いたが、ナトリウムは導師に対して触れてもいいかと聞いたそうだが、それはきっとウラン事件のことがあってのことだろう。
ウランを作ったのが奴の仲間なのか、それとも種族が同じだけの別物なのか。カルシウムには理解出来なかったし判断出来なかった。事実を語るならば導師は空から降ってきた何かに乗っていた。そしてその衝撃のせいか記憶を無くしている。
カルシウムの知識では因果関係を洗うことなど到底不可能だった。考えれば考えるほど迷宮入りしていく。
「ねーぇ」
足元から不意に声がした。
「ソーダ、なんで……リチウムは?」
きょとん、と小首を傾げるナトリウムに聞いても埒が明かないかと周囲を確認するが他に気配は無い。自分はこの場を離れることは出来ない為、どうしたものか、と悩んだ。
「カルクシュー抱っこしてー?」
「ここは危ないから、別の場所に行ってくれないか」
「むー! やだ!」
ナトリウムは強情だ。他のアルカリのように利口にしてくれないものだろうか、そこが可愛らしいのだが。など思いつつも、再び周囲を見回す。目新しいものは無い。
「ソーダ、言うことを聞いてくれ」
「なんでー?」
「危険だからだ。もしここで地割れが起きたり、危険生命体が襲撃して来たり、そんな事があるかもしれないだろう」
なるべく小さな体に目線を合わせるようにしゃがんで言い聞かせるが、ナトリウムには効果が無いようで、そっぽを向いていた。こういう場合のナトリウムは何かが気になって話を聞いていないか、本当に興味が無くて聞いていないかのどちらかだ。
仕方無くカルシウムはナトリウムの視線の先を向いた。
そこにはナトリウムの頭より大きな何かがいた。カルシウムは咄嗟にナトリウムを自分の背後へ掴み上げて移動させると、即座に通信した。
「伝令! 伝令! 防御壁M方角にて謎の生命体を視認! 繰り返す──」
ナトリウムが動かないようにカルシウムは彼の前に手を出し、異物の動きを監視しながら拠点全体へ言い放った。ナトリウムはじっとカルシウムの手を握っていた。そうすればカルシウムが安心すると思ってのことだった。じっと真っ直ぐ異物を見つめるナトリウムは、直ぐにでもそれを触って確かめたかった。
連絡を受けて金は即座に水銀を呼んだ。水銀ならば身軽に動く事が出来る。案の定、水銀は直ぐにカルシウムたちの元へ着いた。
カルシウムたちの目の前にいるのは、海生脊椎動物の子供だ。水銀がエリアMで見かける海生脊椎動物とは違う、ナトリウムのように無邪気そのもののような目をした子供が、カルシウム、というよりはナトリウムをじっと見ていた。
「…………」
水銀はそっと近付いた。
「おい! 何をする気だ?」
「彼を逃がしてあげなきゃ。 ……でも、僕の毒を吸ってしまったら大変だから、もう一体応援が必要」
すかさず「どういうことだ? 崩壊させてしまわなければいけないんじゃないのか?」と殺気立つカルシウムは言った。
「これは海生脊椎動物の子供だよ。まだ未熟で、僕たちのことを分かってない。子供ならば親がいるはず、ここで彼を留めておけば親が来るよ」
淡々と返すとカルシウムは押し黙った。
「ナトリウムは近付いちゃだめだよ。 ……先生に、報告しなきゃ」
そう言うと水銀は金に連絡を取った。
〈──……ならば、そうだな。白金に……〉
すると、通信を聞いていたセリウムが割って入ってきた。
〈諸君!! 僕の出番だな!〉
意気揚々と高らかにセリウムの声が聞こえたかと思うといつの間にか金との通信は切れていた。
「ばぁ!」と突如水銀の背後からセリウムが出現し、水銀は一瞬肩を震わせ驚いた。
「…………」
「ああ、これか。よし、僕に任せろ」
そうニヒルな笑みを浮かべると防御壁から出て海生脊椎動物を抱き上げた。
セリウムは海生脊椎動物を脇に抱えて宙を泳いでいた。真っ直ぐエリアMに向かっていたが、どうも惜しい気がしてならなかった。
水銀の言うことは一理ある。しかしいち研究者として機会をみすみす逃していいものだろうか。
この子供は全く邪気が無い。この世界に対する好奇心で満ちている。簡単に拉致して幽閉して研究に扱うことは容易だろう。奴らの視界に入る場所では駄目だ、全く別の所へ行かなければ。
セリウムは思考するのと同時に別の場所へ向かっていた。
この星が球体であることは分かっている。ということは反対側に全く未踏の地があるはずだ。そう思い、エリアPの上空、エリアC付近の岩石を伝って当番中の彼らに見つからないようにも気をつけて移動した。
海を越えようとした時、左手側に岩石群が広がっているのに気付いた。向こう側に行ってみよう。
そして向かった先には銀がいた。
銀は何かをじっと観察していた。彼ならば何か協力してくれるかもしれない、そう思ったセリウムは銀の元へ降下した。
第8番:瞳
銀はじっと観察していた。
眼前には巨大な宙を舞う海、周囲には岩石とナトリウムたちの母胎となる岩塩群。そして、その中の異物である金属片。
この金属片は導師が乗っていた物の一部だろうことが推測された。銀はこれをどう取引に使おうかと悩んでいた。
すると、セリウムが何かを抱えて降りてきた。
「やぁーセリウムの旦那ぁ。 ……それは……?」
いつもの調子で背を丸めて顔色を伺うように問う。セリウムの顔を見ると、何だかそわそわと落ち着きが無いように見える。セリウムならいつものことだが、今はいつもと違う。
「これ、海生脊椎動物の遺伝子だ。全く脅威がない異物だよ。気にならないか? 僕は奴らにばれずに研究したいと思っている。君も興味あるだろう?」
畳み掛けるように興奮した調子で言い、海生脊椎動物をその場に置くとそれは好奇心で満ちた目で銀を見上げた。
「お、おぉ……な、なるほどぉ……? んー、まぁー……自分としましてはぁ……危険が無い、とは限らないものには、手を貸す訳にはですねぇ……」
取引で最も重要なのはどれだけ自分に利益があるかどうかだ。損をすることが分かりきっているならばそれを覆す程の得が無ければ成立しない。これはエメルドをどれだけ貰ったとしても割に合わない取引だろう。セリウムがどう出るのか、銀は下手に出つつも目は商人よりも審判官のような、審議し判決を下す側のような冷徹さがあった。
セリウムは一瞬考えたのち、
「奴らが暴れる本当の理由、知りたいと思わないか?」
毅然とそう言いのけた。
銀はきょとん、と呆気にとられた。
まさか、価値のありそうな情報と引き換えに協力をしろと言うのか。
何故暴れるのか、人型を見ると発狂するように威嚇し襲って来る奴らは危険ということで長らく放置されていた。
銀も知りたくても知ることが許されない状況は一向に変わらなかった。それが今目の前にぶら下がっているとなると、食わなければならない。食らいつかざるを得ない。
銀が知りたいことはただの情報では無い。取引価値のあるものだ。セリウムと結託すれば金と白金に売ることが出来るのではないか、皆が食らいつく最高の商売となるのではないか。
銀は腹の底から笑いが込み上げた。
「ふふ、くく……あっははは! いやぁ! セリウムの旦那ぁ! 分かってますねぇ! 分かってますよぉ! ただねぇ自分はぁ、何もしたくないんですよぉ。分かりますぅ? トランジといえね、戦闘なんて真っ平ごめんですよ!」
セリウムを試そうと、「どう安全にそれをやり遂げるのか」を聞いた。
しかし分かっていた。セリウムの能力があると。
「ふっ、簡単なこと。僕たちを透明化する」
そう言うと指を鳴らした。ぱちん、と空気が揺れるが、特に何かが変わった様子は無い。
「これで見えないはずだ」
「ほう! これはこれは」
「これならば問題無いだろう? 本題はここからだ」
セリウムの言葉を聞きながら、銀は海生脊椎動物を抱き上げた。
*
ある程度往復した鉄は、「疲れたー!」と言って浜に身を投げ出し倒れ込んだ。
その様子を苦笑しつつ見ていた導師は身震いをした。何か悪寒がした。何かは分からず、周囲を見渡すが、特に変わった様子は無い。
それに気付いた鉄は「どうしたー?」と聞くが、導師はただじっと考え込むだけだった。
「んじゃあ、合流するかぁ」
よいしょ、と立ち上がると導師からバッグを受け取り、ツルハシを元の位置に戻すと肩に背負って歩き出した。
導師は鉄が歩き出したことに気付かず、考え込むばかりだった。
「ドクター!」
何かを感じた。しかしそれが何なのか正体が掴めずにいる。鉄は一切気が付いていない。海のあらゆる方向を見ても、上には岩石が浮かんでいたり、浜の近くに岩石群が密集していたり、今までと変わった様子がないのだ。これから何が起ころうと言うのだ。
「ドクター! どうしたんだよ」
鉄に肩を叩かれてようやく気が付いた。鉄は不思議そうに顔を覗き込んでいる。
「あ、うん」
「言えよ。何があった?」
報告はすべきだろう。しかし、これと言って決定的なことは何も無い。
導師は悪寒がした、何でそう感じたのか理由がはっきりしないと伝えた。鉄は周囲を見渡すがやはり何も無い。
「そうか、先生に一応報告しといてくれ。俺は先に向こうに行くぞ」
心配はあるが、今やるべきは補給チームとしての仕事。鉱石を採ることだ。先にと言いつつ、歩いてゆっくり向かっていった鉄は導師が後から着いてこれるように配慮した結果だろう。
導師は言われた通り金に連絡をとった。
〈…………セリウム〉
話を聞いた金はぼそりと呟いた。
〈カルシウムが防御壁にいた時、幼い海生脊椎動物が現れたそうだ。水銀にその場を任せたがその後、セリウムが邪魔をしてね。そのセリウムが、海生脊椎動物の遺伝子を抱えてどこかへ消えたそうだ。水銀の話によれば、彼はきっと群れに戻すことはしないだろうと〉
海生脊椎動物は人型を見ると暴れる、襲って来る、そんな風な話があったにも関わらずその海生脊椎動物の子供は襲うことはなく近づいてきた。それに興味を持っただろうセリウムは、それを抱えて姿を消した。
彼は誇り高い研究者だ。きっと自分の安全を優先しつつ、邪魔の入らないような場所で研究に勤しむことだろう。
導師は「海なら……ここで、悪寒がしたのも」と呟いた。
金は頷いた。
〈だろうな。まあ、構いやしない。だが、そちらに危険が及ぶようならば鉄とベリリウムなどもいることだし、上手く対処してくれ〉
分かった、と頷くと通信は切れた。
金は全て分かった上で放置する選択をとったようだ。やはりここは本当の意味で無法地帯ということか。そもそも人間がいない時点でそれは確定事項ではあるが。
導師は鉄を追いかけ、そして枉磊の晶窟へ入った。
*
「……ふむ。興味深い」
掌に浮かぶ白い炎の中で、その生態系を垣間見ていた。
宇宙の真中に銀河棲生物に乗ったティアは炎をしまうと立ち上がった。
「刻を進む、歪みは波と成り、灯火は朽ち果てる。点は線を描き、線は湾曲し、回り回る星のその歪さ、まさしく黄金比! これぞ美術、これぞ自然の美しさたるや…………もっと、もっとだ。主よ、もっと私に」
主は答えない。
舞台に立つ演者のように振る舞うティアは再び白い炎に映し出した。
第三楽章:世界
第9番:研究者として
研究とは真理を突き詰めるもの、この星の過去の来訪者は皆、始めこそ闘志に燃えていた。しかし、欲を出せば出すほど、結晶となり、やがて来たる異種共に採掘されていく。科学者はどの時代、どの国、どんな種族であっても、やはり欲深いものだ。
海生脊椎動物に付着する成分を調べ始めたセリウムは、様々なデータを照合し続け、まるで銀のことなど忘れたかのように没頭していた。
銀は特にやることも無く、その場で座り、持っていたエメルドでタワーを作って遊んでいた。
「旦那〜ぁ……聞いちゃいないか」
タワーが崩れると同時にそろそろ銀の限界も迎えたようで、セリウムに声をかけたが全く反応を示さない。
先人たちのデータを見ると宇宙にあるものとは違う何かがあると指摘されていた。それはセリウムの知る元素などでは無かった。元素同士が融合したものでもない。全く未知の成分が検出されたのだ。
「ていうか旦那ぁ。よくここまでそれ持ってきましたねぇ」
銀はセリウムが持ってきていた研究の為のセットを見て呆れ返っていた。コンパクトとはいえ、これを想定して持ってきたとするとさすがの銀も関心を通り越して呆れてしまう。
「…………銀」
銀が欠伸をすると同時にふと、セリウムは短く呼んだ。
「ん?」
「外部から何かしらの接触がある。可能性として全く未知の脅威が我々を脅かしていると言っていい。その脅威が、我々に直接害を成すのであれば、諸々準備をしなければならない」
淡々と言うセリウムの言葉に銀はまたきょとん、と呆然とした。
これは内部だけの問題でないのか。異種でもないとすればなんなんだ。そんな疑問が瞬時に駆け巡り、銀は立ち上がった。
「戻ります。セリウムはそれ、戻して来てくださいね」
銀にしては似つかわしくない声音でそう言い残すと颯爽と拠点へ戻って行った。
セリウムはじっと大人しくし続ける海生脊椎動物を見つめた。これを返していいものなのか? しかし、長く借り続けるのはいけない。宇宙を行き来する種族故に被爆することはないが、群れから長く離れてしまえばこの子供の居場所はどこにもなくなってしまう。一度エリアMへ行くしかない。
セリウムは立ち上がった。透明を解き、再び海生脊椎動物を抱えて跳躍した。
*
この星に降りてから二日目。我々以外に、過去に先人がいた事が分かった。そのほとんどが枉磊の晶窟内で被爆して倒れ、日に一度再生される鉱石によって飲み込まれている。被爆の症状は晶窟の中の鉱石からどれほどの距離の位置にいたかによるもので、低線量被爆し、日が経ってから症状が現れ、一層苦しんだのだろう者から重度の被爆者は見るも無惨な状態のまま鉱石に閉じ込められ、重なり合った鉱石を掘ることでその顔を露わにし、ようやく気がつくような状態まで様々である。そしてそこを運良く抜けられたとしても被爆は免れることは無い。大量のウラン鉱や他の放射線を出す鉱石が蔓延る空間の中を歩くということは人間、否、生物にとってかなりリスクが高いものだ。
運良く抜けた後はまた重く動きづらい空気が襲う。泥水や水田の中を歩くような感覚だろうか、あれらのように足元が引っかかることはないが、厄介なのは軽装備の酸素吸入器付きの宇宙服だとしても無事ではなく、岩壁などに引っかかれば簡単に命の危機がやって来ることにある。重い上に動きづらく、空気を掻き分けて泳ごうにも人類の力ではどうにもならないのだ。
空を見上げればドラゴンのような、首の長い海生恐竜のようなものが、まるで餌を探す鮫のようにぐるぐると仲間同士で旋回しているのを見掛けることがある。あれほど恐怖を覚えたことは一度もなかった。潜在的な恐怖と言えようか、あれを捕まえて調べてみたいなど口が裂けても言えない。あれには人間は敵わない。
そして巨大な隕石が鎮座する開けた場所にはあらゆる鉱山が口を開けて待っていた。まるで死への入口、地獄へと誘われるかのようだ。一番恐怖を抱いた場所は赤い口だ。あれは地球では見ることが出来ないほどの美しさだ。宝石のような真っ赤な輝きが道標のように光り、誘惑する遊女のドレスのように本当に魅力的に見えた。その感覚でいえば硫酸の池と似たようなものだろうか。 近付いてみればそれは辰砂で、至る所に水銀が朝露のようにそこにあった。紫陽花の葉に滴る朝の泪の様に辰砂の隙間という隙間に水銀はいて、上からそれが落ちてくればかなり危険だろうと察した。隙間から入り込んでくればその瘴気に当てられて罹患するかもしれない。
魔の域だ。ここはまるで、天国の看板を掲げた地獄そのものだ。
竜の存在、人類の作る防護服では敵わないらしい晶窟内部に対する記述、白金にとっての異種である彼らのこれまでの記述を分析していたが、どれも決定打に欠けるものばかりだ。
彼らも理解出来ないまま崩壊して行った、それだけは確実だった。
鼻頭を押さえ、ふぅ、と一息ついた。
白金は異種について何か分からないだろうかと様々なデータを読み耽っていたが、ここ何十年……異種の時間感覚で言えば何百年以上と言ったところか、それほどまでの時間一切変化がない。見つかるデータを片端から読み解いても分かるものは既にこちら側が知っている研究内容ばかり、他には人間は残酷だなと思わざるを得ない実験の数々の記録。宇宙船を分解させてもらったが特にこれといった成果は無く、分かったことは我々が作るものより遥かに脆弱だと言うことだけ。とは言え、その脆弱性を持った船であったとしてもあの岩盤に突き刺さるまではある程度形を保っていたということは、我々の技術であれば外へ行けるかもしれないということだ。
外へ行ったところで何があるかは皆目検討もつかないが、それはデータを読んだ白金やランタノイド、金さえも彼らの目的が分からない為だ。導師ならば理解出来るのだろうな、とは思うものの、彼は今この星に興味を持っている。外へ出る手伝いをしてくれるかどうか分からない。
──違うな、外へ出るか出ないかは論点では無い。今の一番の問題は海生脊椎動物とアクチノイドだ。彼らとの関係は未だ平行線、何一つ変わらない。とは言え、ウランとは多少は上手くやれているかも分からないが、距離感としては上々。一番厄介なのは言葉の通じない海生脊椎動物だ。近付けば襲いかかってくる為、安易に近付けない。宇宙を行き来できる彼らにとってアクチノイドでさえ敵では無いのだ。だからこそ手も足も出ない。アクチノイドに対峙を任せれば空気がどんどん汚染されてしまう。こちらの布陣が動けなくなれば元も子もない。
ここまで考えると導師に対してやはり不安が出てくる。
彼は今、大丈夫なのだろうか。あの防護服は基本的な被爆は防げるが、長時間いればさすがに保たないだろう。チームの誰かが気が付けばいいが……。
ナトリウムの心配もある。白金は一度席を立ち、その場を右へ左へと落ち着かない様子で歩き出した。
最善策は、何を一番に考えるべきか、セリウムの居場所は……。
そこまで考えると足を止め、髪をくしゃ、と掴んだ。
「白金の旦那ぁ」
いないはずの銀の声が背後からした。
「セリウムの旦那が、何か見つけましたよぉ」
間延びした声はいつもよりも真剣みがあった。
第10番:幼体の行方
銀から話を聞いた白金は直ぐに金を会議室へ呼んだ。金は依然として落ち着いていて、白金が会議室へ呼ぶことすら想定していたかのように白金が会議室へ移ると既に座って待っていた。
「集礼の後、広間にいた私にセリウムは導師に対するひとつの見解を話した。とても合理的なものだった。そして海生脊椎動物がまた増えたと直後に話した。その後カルシウムから連絡があり、水銀を向かわせるとどうやら海生脊椎動物の遺伝子だと言う。するとセリウムが通信に割って入って来てね。そしてセリウムはその海生脊椎動物をどこかへ連れて行き、そして情報を得た」
白金が入り口で呆然と立ち尽くしていると、「座らないのか?」と金は何事でも無いように促した。
「いや……知っていたのか?」
どこまで、と言いかけると金は否定した。
「セリウムが介入したことからある程度の予想はつく。ここへ呼ばれるのも可能性のひとつとしてあったにすぎない。私は別に予知している訳では無いよ、全ての可能性を予測しているに過ぎない。 ──信じて動く。それこそが指導者の務めだ。“科学に絶対はない”、そうでしょう?」
やはり金には叶わない。白金は苦笑し、対面する形で椅子に座った。
「問題なのは、外部の存在。我々をどうしたいのか目的が不明だな」
考える仕草をし出す金に、白金は言う。
「あらゆる可能性を洗い出す。それが科学者だ……でしょ?」
ランタンやセリウムの言うような言葉を借りて言うと、金は頷いた。
「そうだな、そうだ。そもそも奴らは我々が近づかなければ温和な生命体のように見受けられる。だが先程、海生脊椎動物の遺伝子が現れた。好奇心旺盛な個体なのか、ナトリウムのような個体だったのか」
「その辺は推測するしかないけど、だとしても幼い個体にとっては距離があると思うけどね、向こうからここまでは」
「まああれらにとって、100km程度造作もないとは思うがね。ナトリウムだって止めなければどこまでも行くだろう」
白金は納得した。確かに普段は危険だからと直ぐにナトリウムを止めに行くが、彼はかなり好奇心旺盛で、止めに入らなければ星を一周してしまうんじゃないかとさえ思う。幼体にはそれだけの力があるのだろう。
「他の幼体は……もしかして、拠点以外にも」
「可能性としては充分にある。だが、そもそも奴らの攻撃手段は尾を振り回したり、食べた岩石を吐き出して飛ばしてくるくらいだ。幼体ならばそれほど危険はないだろうが、当番チームには知らせておこう…………ああ、その心配は要らないか」
金は肘をつくとにやりと笑った。
そう、白金は通信機器から全元素にこの会議を発信していた。白金はほくそ笑み、目を伏せると一拍置いて金に尋ねた。
「他に共有事項は?」
「そうだな、セリウムが見つけたもの……それをどうにか調べるしかないわけだが、導師の力を借りることは出来るだろうか」
「彼は科学の知識はあれど、それ以外となれば」
「ああ。まあ、確認方法の一つだな。導師よ、応答せよ」
機器に向かって金は告げると、少しの間の後、導師は応えた。
〈……はい〉
「補給チームはノルマはもう完遂しただろう? 一度こちらへ戻る時、導師は私の元へ来い」
〈了解〉と短く返答すると金は「よし」と立ち上がった。
「諸君、手掛かりを調べ尽くすぞ。一度広間へ集合せよ」
機器に向かって少し強めに言い放ち、通信を切った。
補給はある程度ノルマを完遂しただろうという金の予測は見事だと思った。他のチームと共に一度拠点へ戻り、荷物を所定の場所まで導師と鉄だけは向かおうとしたが、鉛やベリリウム、他のチームは「一度集合って言われたから」とそのまま広間へ直行したので導師と鉄もそれに続くことにした。
それが正解だったのかは定かではないが、少なくとも長年暮らしている彼らに合わせておけば間違いも早々無いだろうと導師は考えた。広間へ着くと各々の部隊に分かれて列を成した。軍隊よりは緩さはあれど、さすがの教育の賜物だろう。
「導師はこちらへ」
金は淡白にそう促す。言われた通り集礼の時同様に金の隣へ立った。
「銀、セリウムは戻っているか?」
遷移金属部隊とランタノイドを交互に見た金は少し強めに言い放った。ほぼ同時に「いますよー」「いるよー」とふわっとした返事が返ってきた。金は短く息を整えると、全体を見回した。
「まずは、セリウム。勝手な行動をしたね」
特に問題では無いが、と言う雰囲気の元、少し呆れ気味な声色でセリウムの方を向いて言った。
「いやー、はは。つい……」
「まあ、ちゃんと返したんだろうね?」
「返したよー当たり前──」
直後、セリウムの頭上にトカゲの様な頭と躰、サンショウウオの様な手足が生えた見慣れない生物がちょこんと現れた。正確にはそれなりに重そうな図体だが、そういうに相応しい愛くるしい瞳で周囲を見回している。これが例の海生脊椎動物だろう。確かに調べたくなるセリウムの気持ちは分かる、と内心賛同の意を込めて何度も頷いた。
「それは?」
少し語気を強めた金にセリウムの肩は跳ねたが、頭上の重さを感じてか、内心「やばい」と思ったのか途端に焦りだした。
「いや! あのっ、僕はちゃんと上から返したんだ! 返したはずなんだ、元凶は僕かもしれないがでもちゃんとっ」
あまりにも焦るセリウムの様子を見て金は深く溜息を吐いた。
「……分かった。それの処分については」
処分と聞いて幼体の海生脊椎動物は思い切りびっくりして跳ねた。食べられるとでも思ったのだろうか、しかしセリウムから一向に離れようとしないところを見るとセリウムはどうやら懐かれてしまったらしい。本人にとっては研究対象だからか願ってもないことだろうが。その様子を見た金は少し考える素振りをした。
「ふむ。折角だ、この場で聞こうか。それの処分はどうしようか?」
幼体の海生脊椎動物を戻すか、それともこのまま研究対象としてここに置いておくか、選択肢はそんなところだろう。アルカリたちや鉄、ベリリウムやマグネシウムはかなり興味津々なようで置いておこうよ、などと口々に話している。対してカルシウムや鉛などはやはり硬派だ。置いておくべきではない、一匹に対する対処は容易だが、他の大人の海生脊椎動物が襲いに来た場合を考えると戻すべきだ、そんな意見が飛び交っている。地球にいた頃が懐かしい、ひとつの研究対象に対して多くの意見が飛び交うのはどこでも同じなのだろう。十人十色とはよく言ったものだがこの場合はほとんど二手に分かれている。
白金は苦笑しつつ、おやおやと止める気はないようだ。そしてまた白金の手のひらには水銀が一滴あった。
金は全ての主張を聞いているようにも見えるが、半ば呆れているのか、彼らのまとまりが無くなった論争を聞きながら鼻頭を抑えていた。
「…………分かった。大体五分五分と言ったところか、デメリットを考えるとここに置いておくのは短期間、否……短時間、数時間ほどだろうか。彼らの生態を明確にしない限り、長く置いておくことはできない。ランタノイド諸君、頼んだ」
皆を黙らせるとそうはっきりと宣言した。セリウムだけ(頭上の海生脊椎動物も連動しているように見える)が酷く喜んでいた。
「それと、これからは警戒を強める。故に今までの当番制を一時的に変更することにしよう。補給班とランタノイド補佐班はそれぞれ、遷移金属戦闘部隊と半金属特殊工作部隊を分散させて編成する。なお、アルカリ土類金属後方支援部隊は引き続きエリアDの防壁の死守を継続、ポスト遷移金属技術支援部隊と非金属はそれぞれ当番二班のフォローへまわってくれ。詳細は追って連絡する」
「はい!」と力強い返事を聞くと、解散の音頭がとられた。
非金属、まだ面と向かって会っていない元素の一つだ。これからどうなるのだろうと期待と不安と心配を胸に下げていると、ふと、見慣れぬ元素体と目が合った。ナトリウムのような幼さを持つ表情をしていたかと思えば小首を傾げてにこりと微笑んできた。
第11番:決意
集会が一度終わり、金はセリウムの頭上に乗っかったままの海生脊椎動物について「あれについて何か心当たりは?」と導師に尋ねた。導師は補給班に同行した際に上から見た景色も同時に思い出すが、やはり全く見たことがない。しかし、導師は以前に聞いたことがある伝説をはたと思い出した。関係があるかどうかは不明だが、もしかしたら手掛かりになるかもしれない。
「…………天海竜、銀河棲生物、“ウラノピスキス”──国や人によって色んな伝承があったが、いずれにせよ──宙を泳ぐ巨竜は、古来より岩石から星を護る。地域によって内容は違ってくるけれど根本は皆同じで、そんな話が一部ではかなり有益だと信じられていたが、私もその中のひとりだった。 ……勿論、実際に見た者の証言なんて記録に残っていない。だからこそ伝説や伝承として尾ひれがついて語り継がれたんだ」
もしかしたら、それかもしれないが。そんなことを付け加えて話すと金は少し考え込んだ。そしてちらりとセリウムの方──頭上の海生脊椎動物を見た。海生脊椎動物はかなり怯えているが、反抗心は無いようで、セリウムの髪にしがみつき、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。愛くるしいが金は特に何も感じないのか、それとも頭脳の回転に集中しているだけかじっと静かな攻防のようなものは続いた。
「なぁ、オーラム。これはどうやら導師くんの言う通りかもしれんぞ、出てきた成分は全て宇宙のものだ」
セリウムはそう言い放った。
「だが一部、全く未知の成分が検出された。それこそが、鍵ではないか? なぁ、そうだろう。オーラム」
先程まで萎縮していたセリウムとは異なりかなり堂々とした佇まいだ。頭に呆けたトカゲが乗っていなければ威厳があっただろう。
金はうむ、と頷いた。
「導師、どう思う?」
「私にもさっぱり……」
「何か、俺たちの知らない成分について、あなたなら分かるのではないかと」そう言いながら白金は歩み寄って来た。
「どこから来て、何者なのか。もう一度問うことになるか」
金はそう目を伏せた。
察することは出来る。自分自身が経験したことのあるものを淡々と並べ、それらの関係する職業を割り出せばいい。しかしそうすることに意味があるだろうか。どこから来たのか、それは明白だ。だがそれすらここでは何の意味も持たない。ただの記号の羅列に彼らは縋り付くほどまだ知識が足りていない。技術はあれど、人類よりも遥かに先を行っているように見えても、やはりここは牢獄や鳥籠のようなものなのかもしれない。閉鎖的な場所で生まれた物はいずれ外へ興味を抱くが、その外を知らなければ興味すら持つことはない。彼らは知ってしまったのだ。外からの来訪者によって、牢獄以外の存在を。
言ってもいいものだろうか。いや、知らなくてもいい事実、どうでもいいことだ。
導師は記憶を手繰り寄せた。
目の前の指導者の問いかけに熟考する異種の一挙手一投足を全て、セリウムは観察と分析をしていた。
「この世界は、あまりにも広い」
ついて出た言葉はとても浅はかな言葉だった。
「興味や関心で片付けられない、君たちの知識欲は全て、この星そのものを知るための道具で、そして我々と同じようにその為に最善を尽くし、同じように過ちを犯す。それでもここには法が無い。倫理も道徳も無価値で、自然そのものだ。だからこそ魅了されてしまった人間たちは哀れだった。そして私も──その一人だったんだ」
指導者も科学者もじっと静かに聞いていた。独白は続く。
「けれど、完全に記憶が戻ったわけではない。私自身の事は、本当に覚えていない。ただ言えるのが、点と点を繋げば推測出来る。そして何者か答えようと思えば答えられるかもしれないということ。だがそれでは、違う気がするんだ。 ……私は彼ら異生物──銀河棲生物と呼ぼうか。ウラノピスキスは、伝説や伝承の中では“一体しか”描かれない。だから、群れで行動していること自体、そもそもおかしいのかも……しれない。すまないが、これも証拠は無い。ただの言い伝えだ」
申し訳なく思う導師は項垂れた。しかし金の瞳はいっそう輝いた。そしてセリウムも。
「ああ、良い! そうさ! それでいい!」
高らかに歌うように金は言った。
「嗚呼、兄弟よ。それでいい。分かっているじゃないか、君のことなどちっぽけなものだ。今の君を見ていれば分かることだったな。そして……ウラノピスキス、か。確かに奴らは喧嘩はするが二体で行動することは報告されていない。食事をしているところも、睡眠をとるところも、ほとんどの行動は一体で周囲では好き勝手に各々が暮らしているように見える。ランタンがよく観察してくれているが、ならば、これは……」
再びセリウムの頭上に目を遣る。ウラノピサキスはきょとんと小首を傾げた。
「アルカリたちが喜びそうだ」と白金は苦笑した。
「それならば研究にも使おう! 思う存分使おう! そしてこれを我々に従属させるのだ!」
物騒な事を言うが、セリウムはこういうところがあるのだろう。ぐはははと高らかに笑うセリウムに対して金は特に何も言わなかった。ただふっと笑った。これからまた騒がしくなりそうだ、そう言いたげに。
「おはなしはおわった?」
白金の背後からひょっこりと現れたのは先程目が合った元素体だった。
「うん? ああ、水素か」
「え、水素?」
「水素だよぉ! ちゃんとおはなしできてなかったよね? わたしは水素っていうの。ふれてみる?」
「水素は気体……って、そうか。元素体は」
「非金属も元素だ。ここでは意志を持つことができる。自由に動ける脚があり、世界を見る瞳があり、空気を感じることだって出来る。我々は、君たちと同じようなものだ」
そう言って金は水素に微笑んだ。
「水素はチーム全体の結束を強める能力を持つ。だからこそ今回の編成には必要不可欠な存在だな」
そんな金の説明にそんなことはないけど、ともじもじとしながら水素は謙遜している。セリウムも鼻が高いようで水素の背中をばしばしと叩いて笑っている。人の姿をしていると触れられるのかと妙に感心してしまった。
「これからどうするの?」水素は導師を見上げて言った。
これからか、と考え出そうとしたその時、「なぁ、異種」と声がした。水素の背後からカルシウムがいつの間にか現れた。水素はすいっと軽やかに避けると、カルシウムは前へ出た。顔を合わせづらいのか俯いたまま。
「敵意は無いと、信じていいのか?」
そして真っ直ぐ顔を上げて導師を見た。その表情はあまりにも不安げで、今にも壊れてしまいそうなほど繊細さを帯びていた。
「ずっと考えていた。だが、先生がああ言ったのは必ず理由があるはずだ。あんたにそうさせる何かがあるって……今の話聞いて、少しだけ分かった気がする。 ──私たちも、個の能力はあれど、ひとつで完結するものではない。連結してはじめて強くなれる。あんたは分かってるだろうけれど……他の元素体に対する言動は、どこか白金先生に似ている気がする。まだ他所者として扱って欲しいならそうするが、私は導師を信じて仲間として認めたいと思った。だが万一にも、私たちに害をなすのであれば、その時は容赦なく崩壊させる。一線は引かない。それでいいか?」
真っ直ぐ見据えた緋色の瞳には決意が宿っていた。散々悩んだだろう。仲間を傷つけられた、家族を傷つけられた過去があれば誰であれ警戒する。それでも信頼する金を信じたい気持ちが強いのかもしれない。その気持ちに応えたい、導師もまた決意した。彼らと利害が一致しただけではない、研究仲間と言うだけではない、同じように“家族”のように思ってもらえたら。それはとても難しい願いかもしれないがそれだけ信頼して貰えるように励まなければならない。
──あの研究室の皆のように。
第12番:空の怒り
「私は導師を信じて仲間として認めたいと思った。だが万一にも、私たちに害をなすのであれば、その時は容赦なく崩壊させる。一線は引かない。それでいいか?」
カルシウムのその問いに導師は頷いた。
「それで構わない。そもそも、そう簡単に信じる方が危ないと思うしね。カルシウム以外の方々にはどう思われているか分からないが、それでも……少しは前向きに考えてくれるだけで嬉しいよ」
その返答にカルシウムは微笑んだ。しかし、その直後カルシウムの背後から怒号が聞こえてきた。
「何でだよカルクス!!」
カルシウムに対して絶望したような顔を向ける元素体は静かに歩み寄った。彼はカルシウムと同じ部隊の列にいたが顔合わせはまだしていなかった為、導師はただ呆然としていた。カルシウムは彼を向いて「セレスタイン」と呟いた。
セレスタインとは天青石、硫酸ストロンチウムを主成分とする宝石の名だ。ストロンチウムとカルシウムはそう呼び合っているのか、と即座に理解した導師は二人を静かに見守った。
「なんで、ぼくは認めないぞ! それは危ないやつだ!」
「セレスタイン。落ち着け」
「だって、カルクスが言ったんじゃないか! ぼくはっ、ぼくはカルクスが」
「落ち着け、セレスタイン!」
ストロンチウムは頭を抱えて唸り出した。カルシウムはストロンチウムの体を支えるが、もはやストロンチウムは相手が誰なのかすら視認出来ていないのかもしれない。
「あらら」と水素は様子を眺め、特に手を出す気は無いようで、金や白金すらも彼を眺めるだけだった。ストロンチウムの方を見ると、こちらをじっと睨みつけていた。指を差しながら。
頭が重い、方向感覚が狂っていく。吐き気がする。どこからか時計の音が聞こえてくるが、異常に近い。ここには時計はない。正確には時計と思しきものはあるが見たことの無い形だった。
時計の音はゆっくり、ゆっくりと進んでいたが、次第に止まった。
ストロンチウムの力か。彼は時間を操れるというのか。
「光格子時計──一時停止。きみの土手っ腹に光格子時計を埋め込み、時間を止めさせてもらった。これでぼくはきみを自由にできる。言ってる意味はわかるよな?」
周囲には金たちがいると言うのに、導師とストロンチウムだけの世界のように周囲が止まって見える。ブラックホールに飲み込まれる側は理論上こうなるらしい、それが体験出来ただけでもよしとしようか、などと考えてしまうが、これを脱しなければ。
「ぼくは、きみが憎くて憎くてたまらない。きみがいるからカルクスがおかしくなった。カルクスはぼくのものだ。ぼくには笑わなかったカルクスがきみには笑ったんだ。きみは、きみが来たから、ニンゲンが、異種が、この世界へ踏み込んできたから!」
青白い光と共に、指の先から大きな日時計のようなものが現れた。影によって時間を刻み込むそれは素早く回り始めた。同時に体内の時間も高速に解かれたようで、時間感覚が狂い、他国へ飛び移った時とまるで比較にならないほどの苦痛が襲った。解かれたと同時にその場にしゃがみ込むと頭を抱えた。呻き声しか出てこない喉元には胃液が今か今かと這い出ようとしてくる。
頭が痛い。押し潰されるような、脳を掻き回されるような訳の分からない痛み。腹も掻き回されているかのような気持ち悪さだ。ウイルスというより寄生虫が暴れるような痛みと気持ち悪さを感じる。
「待て」
すると黄金の光が導師を包み込んだ。同時にストロンチウムには金糸が巻き付かれ、そのまま床に組み伏せられた。
「私を説き伏せてみろと告げたはずだ。ストロンチウム」
その声には怒気が強く込められていた。白金でさえ萎縮するほどの、その場全員が固まるほどの迫力だ。金は白金に導師を治療室へ運ぶよう告げると、ストロンチウムを掴み上げた。
「ストロンチウム。君がカルシウム一辺倒なのは知っている。私の声など届かないこともね。だがこればかりは見過ごせないな──私の仲間を傷つけた罰を受けてもらう」
「い、ぁ」
我に返ったストロンチウムは、カルシウムに助けを求めようと顔を見た。しかしカルシウムは怒りを込めた表情でストロンチウムを静かに睨んでいるだけだった。
愛するカルシウムへの思いが暴発した。結末はお粗末なものだった。ストロンチウムは懲罰室へ幽閉されることとなったが導師はそれを後から知った。
ストロンチウムがどんな罰を受けたのか気になったが、金は一切口を割らなかった。
導師自身は後遺症も無かったが、治るのに時間が掛かった。痛みよりも吐き気などの気持ち悪さがずっと残り、何をしてもどんな体勢でいても気分が悪くて仕方なかった。一番心配していたアルカリ部隊はよく様子を見に来た。
「そろそろ大丈夫ね」
「酸素、ありがとう……」
酸素や水分がこれだけありがたいと思ったことはなかった。酸素と水素のおかげである程度回復することが出来た。
「それでも大変ね。オーラムはずっと不機嫌だし、プラチナもみんなへの事情説明大変そうだし、でもあなたのせいではないのよ。アルカリたちもトランジたちもみんな心配してるから、顔見せてあげなきゃね」
そう言うと酸素は導師の頭を優しく撫でた。頭を撫でられる事など人生で一度もなかったなと思いつつ、酸素の「顔見せてあげなきゃね」の言葉が引っかかっていた。
顔──はじめに夢で見た。自分の顔が認識できない夢だ。あれは、本当に夢だったのだろうか。
「ねえ、酸素」
不意に口をついた。
「私の顔は、どうなっているんだ?」
聞くのは怖かった。だがやはり自分も科学者なのだろう。恐怖よりも興味を惹かれるものを知りたくなってしまう。
酸素はきょとんと見つめた。「お顔?」と不思議そうに。
「うーん。どうって言われても、傷がある訳では無いし、普通のお顔じゃない?」
変な質問をして困らせてしまったか、と「ありがとう、ごめん、何でもないんだ」と謝ったが、酸素はふふっと笑った。
「きっと不安なのよね。でも記憶が無くなって、顔が変だって、あなたはあなたよ。大丈夫、ここではどんな姿であってもあなたを受け入れられる。だって、あなたと海生脊椎動物だけが生身の生き物だからね」
安心させようとしてくれているのか、酸素は優しく導師の手を取って話した。
「酸素も水素も、オーラムもプラチナも、みんなみんな、あなたのこと大好きよ。まだ日は浅いけれど、乗り越えられない壁なんて無いわ」
優しく微笑む酸素に温度は無いが、それでも温かく感じるのは言葉のせいだろうか。どこまでも不安だったのかもしれない。頬を伝う温かなものは、久しく流していなかった涙か。人前で大人が泣くだなんて、と内心冷静になりつつも、心のどこかで欲していたものはいつしか硬い何かで覆われていた。だがそれは彼によってほぐされたようだ。
酸素はもう一度導師の頭を撫でると、落ち着いたらゆっくり運動してね、と言って部屋を出て行った。
*
懲罰室は指導者のエリアの地下にあった。まるで牢獄のようなその場所は地上とは違って光源を常設しているわけではない。従って本当の暗闇がそこを漂っていた。空気は淀み、過去にウランが捕縛されていたエリアは特に汚染が酷く、その半減期を過ぎない限りはその一帯はエリアMと同等であり、金はそこへ近づくことを恐れる程であった。
地下への入口には水銀がいた。罰を与えるのはお前の役目だ、そう通信を受けたのだ。
水銀は怖かった。床下の階段を降りればそこは真っ暗闇、光源を持っていかなければこちらも何も見えない。水銀に対応する光源を持ち、ただその場で震えていた。金には逆らいたくない。だがそれでも仲間を助けたい。
ストロンチウムは水銀に対して興味を全く持っていない。金に対する気持ちよりもカルシウムに対する気持ちが強いからだ。過去の金との事故によって金を慕う元素体からは水銀は嫌われているが、それだけで嫌わず関わろうとする者もいる。そこに関して、カルシウムは中立的だった。自ずとストロンチウムも中立的、ないしは興味すら持たない。
水銀が代わりに懲罰を行わなければならないのには仕方がないと思っている。汚染されたエリアは自分がいちばん安全に動けるからだ。
導師のことは心配だった。だが白金が連れて行った関係もあり、自分には何も出来ない。金から命じられた責務を全うすることだけが今の出来ることだ。
地下へ降りた。
水銀はただ、皆と仲良く暮らしたい。ただそれだけなのに、こんなことをしなければいけないのだろうか。
独房が並ぶ。光源は一定の範囲を照らすが、その先は真っ暗闇で何も見えない。本当に空間があるのかすら不明なほど何も見えない。水銀にはそれが何よりも怖かった。世界でたったひとりになるのはあまりにも恐ろしい。
きっとそれは、ストロンチウムは一層感じていることだろう。
第13番:同位体
空を汚染するそれは内部から徐々に躰を蝕んでいく。空の愛称を持つストロンチウムは月も星も無い闇夜の中、ただ孤独に崩壊を待っていた。
セレスタインと呼ばれるようになったきっかけは思い出せない。過去の記録に鉱石の名前や写真があった。そこにはストロンチウムの母胎となる鉱石の名前があったから、いつしかそう呼ばれるようになった。その名の本当の意味は一切知らない。空が何を指すのか、天青石の青とは何なのか、ストロンチウムも例外ではなく全く分からなかった。けれどその美しさだけは理解出来た。カルシウムは天青石は美しいが、それを形作るストロンチウムこそ美しいと言った。だから彼について行こうと思った。何よりも好きだった。
今はカルシウムを幻滅させてしまった。もう元には戻れないかもしれない。あいつのせいで──異種が来なければ、この世界は平和だったはずだ。何も知らなくとも良かった。愛称が無くともそれで良かった。異種と同じようになりたくないが、戦争でもなんでもしてやる気合いだった。けれどカルシウムは金の肩を持った。異種を受け入れると言った。
「ぼくの、カルクスなのに」
許せない、許せない、許せない、許せない。
すると檻の向こうから光が見えてきた。光はこちらに向かってゆっくり歩いてくる。金ではない、何だろう。そう思い、顔を上げた。
「水銀か?」
それは答えなかったが、光の奥で見える顔は酷く強ばっていた。この空間が恐ろしいのだろう。閉じ込められている自分よりも怖がるなら来なければ良かったのにとさえ思うが、金に言われたのだろうか。
「…………ここを出て、隠れたらいい」
暫しの沈黙の後、水銀はそう言った。何を言っているのかさっぱり解らなかった。
「は?」
「僕は、仲間を傷つけたくない。でも、ドクターが傷つけられたのは、僕も許せない」
「やればいい。きみが触れれば済む話じゃないか」
合金は水銀の特性だ。どんな金属であれ融合して体内に取り込んでしまう。そのせいで金も手が一部欠け、今は継ぎ接ぎになっている。欠けた本人は気にしていないようだが、水銀は気の毒だなと思う。この特性を使えば罰にもなるだろう。さっさとやればいい、そう思ったが水銀は首を横に振った。
「……違う。アマルガムは、完全に溶け込むわけではない。ただ合金するだけだ。他の金属が混ざりすぎれば、僕だって危ないんだ。だから、無闇には……」
ほかの金属の割合が増えれば、水銀が欠けたも同然ということか。水銀は既に何体も取り込んだことがあるだろう。それにそもそも本人にその気は無い。ならば彼は何が──
「僕はただ、皆と仲良くしたいんだ……だから、ドクターに謝って……」
「謝る? 確かにぼくは彼に酷いことをしたかもしれない。でも謝る義理はない。奴は敵だ」
「違う、記憶は無くても彼は彼自身だ。僕たち元素は同位体があるだろ……同じだよ、彼も彼らも」
性質の異なる同じ元素、同位体。水銀の同位体も他の元素の同位体も安定しているものもあれば不安定なものもある。危険なものもそうでないものも様々ある。しかしそれが異種と同じとはどういうことなのかストロンチウムには解らなかった。到底理解出来ない。異種は別物だから異種なのだ。同じならば同族ではないのか。
「訳が分からない……」
手枷が重く地面に浮く。力なく項垂れるストロンチウムに、水銀は言う。
「確かに本来の性質は皆違う。 ……でも、ニンゲンも同じだと思えばいい。 ……セリウムやランタンが言ってた、あれは色んな元素が集まって出来た物だって。勿論それだけでは無いかもしれない、けど、形だって」
「ならアイツらはぼくたちに何をした!?」
手を振り翳して怒りを露わにするストロンチウムに水銀は動じなかった。
過去の異種はアクチノイドを生み出し、自滅した。それ以前に、“海”も晶窟も穢した異種もいる。未だに氷となった残骸や結晶に侵食された異種はそこへ残ったままだ。だが彼らは既に罰を与えられている。自滅こそが答えだ。水銀はそう考えた。
怒りを持つのは正しいだろう。だが、未来を見るべきではないだろうか。過去ばかり見ては先へは進めないだろう。
僕も同じだ、嫌われたって影で皆の役に立てるなら良い。ストロンチウムを導けるのは僕だけだ、そう思った水銀は静かに呼吸を整えた。
「彼らは、自滅したんだ。前もその前も、弱いから……僕らよりも圧倒的に脆弱で、傲慢だった。でも、それがあるから今解ることもある。それが、歴史ってやつかもしれない。 ──僕は、彼らの罪は、もうとっくに罰を与えられ、浄化されたと思う。だから、」
ストロンチウムを説き伏せられるかもしれないと思った。だが、それは甘かった。
「今いる異種は、エリアMにいたのと違って拠点にいるんだ。ここで何かされたら……奴らと訳が違う!」
ストロンチウムはどうしても理解したくないのか、混乱しているだけなのか、導師を認めたくなかった。違う、違うんだと呟きながら頭を抱えたストロンチウムを見下ろしながら、水銀はどうすればいいのか考えていた。
水銀は隠し持っていた通信機器をぐっと握り締めた。通信相手の金はただじっと聞いていたが、不意に溜息が聞こえた。
ストロンチウムはそれが聞こえたようで、誰? と顔を上げた。
〈水銀。さっさと罰を与えてやれ〉
「でも」
〈私にしたようにすればいいだろう〉
ずきりと胸が痛んだ。
お前は人を傷つけるのが容易いだろう、そう言われているような気がした。やりたくてやったわけではない。だがそれは言い訳にはならない。分かっていた。だからこそ誰とも関わらないようにしていた。
金は分かっていない。金こそ、周りが見えていない。自分主義な最高指導者、白金がこの場にいればまた違っていただろうが、今は彼こそが水銀にとっての重たい足枷となっている。指導者などではない、ただの身勝手な科学者そのものだ。
〈やれ、水銀〉
「……オーラム」先生と呼んでいた水銀はこの時ばかりはその呼び名を拒んだ。「僕は彼を助けたい。でも、彼自身はそれを拒んでいる。だから、カルシウムに頼みたいと思う」
〈馬鹿なことを言うな。これは命令だ〉
「僕はあなたを指導者と認めない」
水銀は言い放った。目の前で苦しんでいたストロンチウムもその言葉には顔を上げた。
〈……そうか。分かった、ならばMへ行くか? ストロンチウムと共に〉
金の声は僅かに震えていた。今まで言うことを素直に聞いていた水銀に反発され、怒りが込み上げているのか、震えと共に怒気が込められている。水銀は分かっていた。それでも大事な仲間を助けたい、その一心だった。
「……ドクターは、無力で、今はただ、この世界を知りたがってるだけの……いわばナトリウムのような状態なんだ。 ──ストロンチウム、過去の奴らは複数人でやっとあんなことが出来た。でも、彼はたった一人だ。僕らと同位体の関係よりも遥かに劣る。それでも、憎い? 崩壊させたいと思う?」
水銀は諭すようにストロンチウムに言った。
ストロンチウムは項垂れた。そして小さく、わかった、と言った。
手枷を嵌めた両手を差し出し、「罰だけは受ける。ちゃんと」と目を瞑った。
やはりどうしても傷つけなければならないのか、と水銀は深く溜息をついた。
ストロンチウムは覚悟していた。どうせ治すことは出来る。ならば金のように継ぎ接ぎにして目に見える形で残しておかなければいけない。カルシウムだってそうしている。
「やれ、やってくれ」
「…………分かった」
仕方が無いか、と決意した水銀は震える手を、ストロンチウムの指にそっと触れた。
*
セリウムは銀河棲生物からあらゆるデータをとった後、しつこくせがんできたナトリウムにウラノピスキスを渡した。
渡して貰ったナトリウムはアルカリ調査部隊の皆と広間で輪になって話していた。大きなウラノピスキスをぎゅっ、と抱きかかえたまま他のメンバーの顔色を伺う。
セシウムやカリウムは興味深そうに顔を近付けて見ているが、ルビジウムはリチウムに抱き着いて離れそうにない。かなり怯えている様子に、ナトリウムは理解出来なかった。
「ねーぇ、このこもおなまえつけよー」
首付近を締め付けられ苦しがるウラノピスキスを見ながら、抱きかかえている張本人であるナトリウムはそんなことを言った。リチウムに窘められ、持ち方を変える。
「なまえかぁ、なまえってなんだっけ?」とカリウムは首を傾げた。
それにセシウムは溜息をついて答えた。
「たとえばアナタならカリウム、たとえばボクならセシウム。それが名前です」
「そっか!」
「このこ、おなまえあるの?」とリチウムの後ろに隠れながらルビジウムは恐る恐る聞くが、ナトリウムは「しらなーい」と一蹴した。
「名前かぁ、なんか似たような名前がいいよね。ロジウム! みたいな」
「もっとかっけーなまえつけてやろーぜ!」
「んー、ナトチウム!」
「それはにすぎですよナトリウム」
「えー」
「じゃあ、他にいなさそうな名前……ユグニウム、とか?」
リチウムの提案に一同がうーんと唸る。
「ゆぐ、なんかかわいーね」とナトリウムは顔を見合せた。
「なにかいみがあるんですか?」とセシウムは聞くと、リチウムはうーんと唸ると、「確か“結合”って意味がある言葉があって、語感でつけてみたんだ」と答えた。
「結合……結合、ですか」
ユグニウムと命名されたウラノピスキスはナトリウムや他のメンバーを見回すと嬉しそうに笑った。
第14番:未知の電波
ストロンチウムが暴走したのはあまりにも強すぎる思いのせいだろう。形を成し、それぞれの元素の力が使えるのは我々の心の強さに比例する。従って強い思いは時に最悪を招く。
────これではいけない。私は指導者として皆を導くのだ。否、それももはや必要ないのかもしれない。
金は自室の鏡の前で装飾を脱ぎ去った。そっと目の前の自分に手を重ねる。もう一人の金はどこか切なそうに顔を歪めていた。
全て脱ぎ去ったその躰には金脈が走っていた。右手には水銀との事故で失った指の接合部を強調する金継ぎがある。
外のハロゲンランプが反射して金の至る所が輝いている。夜空に浮かぶ一等星のように、躰が美術品であるように美しく輝いている。しかしその表情には憂いを帯びている。
「私が威厳を放棄するのはいけない」
《金は美しく、荘厳であるべきだ。》
声に出した瞬間、不意に別の声が聞こえてきた。周囲には何もいない、聞こえてくるのは内部に直接響いてくる“声”。何かしらの電波かもしれない、金はじっとその場に留まった。
《象るのは人間の支配者では無い。自然の長だ。》
「誰だ?」と声に出すが、反応は無い。
《君は阻まれている。そのゆく未来を、人間と非人間との間で、揺れ動いている。》
次は耳元で声が聞こえた。高い声、自分やセリウムが学説を述べる時のような高揚感のある声。しかしその二つよりも複雑な感情が読み取れる、そんな声だ。
《私の実験は、彼らでは収まらん。君たちがいれば──》
刹那、金はぐっ、と自分の胸に手を突っ込んだ。何かを埋め込まれている、直感的に気が付いた金はそれを引き抜いた。
「…………これは、通信機器か?」
研磨された鉱石が埋め込まれた謎の機器は外へ出した瞬間に破裂した。金の内部にあったそれの正体を探る為、セリウムの所へ向かうことにした。
*
ランタノイド研究室。セリウムは自室のコンピュータの前にじっと座っていた。そこへ金がやって来た。壊れた機器を持って。
「やぁオーラム──って、その服どうした?」
脱ぎ去った服とは別の簡易的な服に着替えた金を見て「らしくないな」とセリウムは笑った。
「ふっ、今は良いだろう。それよりもこれだ」
破損した機器をセリウムに渡す。研磨された鉱石はひび割れていて、それを取り囲んでいた本体は修復不可能な状態だった。
「鉱石を媒体とした通信機器、ということか?」
「ああ。声が聞こえて来たんだ、そこからな」
「これはどこで?」
「私の中にあった」
「そうか────はぁ!? 中にって、どういうことだよ」
一度は飲み込もうとしたがさすがのセリウムでも飲み込めなかった。金の中に通信機器が入っていた、そんな事実を一度で飲み込めるはずが無い。
金は苦笑した。胸にそっと手を当て、ここにあったぞと言った。
「馬鹿な……まぁ、実際にあったわけだな。まあいい。ともかく調べてみよう」
壊れた機器を手に、セリウムと金はメイン研究室へ向かった。
ランタンをはじめとしたランタノイドが多数そこにはいて、今はまだウラノピスキスの研究をしていた。
「銀河棲生物の研究の鍵となるかもしれんぞ」
そう言ってセリウムは声を張った。ランタンたちは手を止めてセリウムを見た。
「オーラム、先程あった事を話してくれ」
「ああ」
頷くと、金は謎の声が聞こえたこと、その内容と胸に埋め込まれていた機器について話した。
「──“私の実験”と言ったのか、それなら奴らは実験体で、私たちすらもその可能性があるということか」
ランタンはそう結論づけた。
「外部からの接触を考えていたが、まさかここまでとはな!」
愉快そうに笑うセリウムは「だが、奴の思い通りにはさせてはならん」と主張した。
──そう、思い通りにはさせない。
手にしていた白い炎を握り消す。
広大で果ての無い宇宙の中、遠くで光る星々がまるで観客のように彼女を見つめる。舞台に立つ一人の美麗な女は、歌うようにその身の上を話す。
「真理の魔女、第七番目の“魔女”、ティア・フォルシオン。地球にある六つの魔女──感情、欲望、希死、希望、絶望、大海……そのどれでもない。私は真理を求める真理の探求者。 ……なんなら、大海のような“偽物”ではなくて、私が本物の魔女だ」
巨大な銀河棲生物の背に立ち、星々に向かって紳士的に一礼をした。
「鉱石の星、メカロニクスは天王星とは違う。アジュールとも違う。だがそのふたつと似通ったものがある。氷と鉱石、分厚い大気……それらが神秘の源となって、生命が誕生した。 ──私には星々の結末を見届ける義務がある! 彼らの物語は、この世の真理そのものだ!」
『誰に向けて話している?』
ティアの足元から声が響く。巨大な銀河棲生物が声を放ったのだ。
「観客に向けてかな」
何でもないように前をただ真っ直ぐ見て言った。
『ここには誰もおらぬ。貴様と私のみだ』
「従属する銀河棲生物の老いぼれ如きが私に意見するのか。 ……良いね。また縛ってやろうか」
足元の銀河棲生物の首元にある大きな魔法の首輪は、ティアが握り拳を作ると同時に思い切り締まった。ぐっ、と苦しがる銀河棲生物に対して特に反応を見せないティアはこの状況に慣れているようだった。
『従属させているのは貴様ではないか』
「そうだね。私は強いからな」
本物の魔女だしね、そう付け加え、悦に浸るように上を見上げた。両手を天に掲げ、また星々に見せつけるように言う。
「私はただ、知りたいんだ。人間と非人間の、愚かで、お粗末で、愛おしい物語の結末を。そしてこの全宇宙において、銀河を統べる者たちへ、私が真理を説くのだ! この世の真の理を! ──私がジャンヌ・ダルクとなろうじゃないか。旗を掲げ、嘘偽りを吐く夢追い人たちを導いてやり、主へ還す。主は希む、この世の真を侍る従属共を」
『その“主”とは何なのだ』
力無く手を下げ、じっと前を見据える。
「この宇宙を作った者だ」
*
そして様々な事情を調べた上で、金は気になったことを導師に尋ねようと探していた。広間に導師と仲良くしている元素体が集まっていた為、そこへ向かうと、鉄がいち早く気付き、「お、先生だ!」と声を掛けた。
「何の集会だ?」と見下ろす金の視界には、あの銀河棲生物がナトリウムをはじめとしたアルカリたちに囲まれていた。ユグニウム、ユグ、などの愛称で呼ばれていて、いつの間に名付けたのかと苦笑した。
「こいつ、ユグニウムって名前付けたんだって!」と鉄は楽しそうに話した。
「そうか。良い名前だな」
「だよね! あ、ドクターも抱っこする?」
リチウムはユグニウムを抱き上げ、鉄の後ろに座っていた導師に渡した。導師は表情は見えずともかなりユグニウムに強い興味を持っていて興奮しているように金は見えた。
「悪いが、導師よ。気になることがあってな」
真剣な面持ちで導師に尋ねる金を見て、場は静まり返った。導師はユグニウムを離して金を見据えた。
「君がいた星に、遠隔で体内に異物を埋め込むような事が出来る者や声を届ける事が出来る者はいたか?」
ナトリウムとルビジウム以外騒然とした。二体は金の質問の意味を理解出来ないようで小首を傾げているが、鉄やリチウム、セシウムなどは先生が襲われたのか? などと話している。
導師はじっと記憶を手繰り寄せ、答えを導き出そうとしていた。
「…………もしかしたら、でも」
答えは出た。だがそれがあまりにも突飛なものである為か、導師は答えあぐねた。
「問題無い。言ってみろ」
その言葉を受け、導師はまた少し考えたあと言った。
「魔法使いなら、可能かもしれない」と。
第15番:不思議な力
魔法使い、この世界において五色に分かれたオーラを持ち、その色の属性の不思議な力を扱える人間。一般に知られていた時代は確かにあった。ニュース番組などで魔法学校の行事が報道されたこともあったほど、その地域では身近に感じられるものだったことだろう。しかし実際にこの目で見ていない人々はやはり容易く信じる事は出来なかった。導師も情報は持っていたものの、この目で見ていないものを信じることは難しかった。だが魔法以外にもこの世界には超常的な現象は存在している。実際にまだ未解明のものが世界には溢れているのだ。総てが科学で説明出来るのかそうでないのか、知らないものを知るのは科学者としての本文だろう。とはいえ魔法について知る機会はあまりにも少なかった。
そして今直面している現象、金が体内に異物を埋め込まれたということ。そして遠隔操作や声を届けることが出来るかどうかという疑問。物理的には不可能だが魔法ならば可能かもしれない。導師は以前読んだ魔導書を思い返した。物体を操る事自体は魔法使いで言えば初歩的なもので、誰でも出来る基礎のようなもの。だがこの場合基礎の応用とも言い難い。星の外から鑑賞しているとして、どうやってこちらを見るというのだろう。それも魔法の一種だろうか。だとすれば何かを介して覗きながら遠隔で埋め込んだというのか。
そもそも金はどのようにしてこの星に来たのかに遡るともはやそれが正解かもしれないと思えた。彼と白金は落ちた隕石から産まれた。原初の母胎と呼ばれる隕石には違和感があった。他の母胎の名称は以前やってきた学者たちがつけたものだろうが、原初の母胎と言うのは学者たちがつけたにしては関連性が薄い気がする。皆それぞれ母胎のイメージや地球と関連したような名前をつけているが、隕石だけは「原初」とだけついている。初めから存在していた、総てここから始まった、そんな意味があるように思うが、それをやってきたばかりの学者がつけるだろうか。
隕石をわざと落としたとしたら。
その瞬間から、彼らはこの姿で産まれることが決まっていたのではないだろうか。
それが出来るのはやはり魔法使いだろう。だが宇宙空間にいるとは考え難い。魔法使いも人間だ。別の星か、もしかしたらこの星の中にいるかもしれない。 ──いや、不可能だと思われることすら彼らには出来てしまうのかもしれない。
金には簡単に魔法使いとはどういう存在か、そして推論を話した。
「──つまり、我々はその魔法使いの実験の為に造られた存在だと?」
「可能性の話だけど、そうとしか……」
「ふむ……確かに、この状態の前から埋め込んでいれば可能だろうが、私が“こうなる”と推測していたのか、全て計算通りということか」
「実際に声が聞こえたとなればその異物を通して声を届けてたのかもしれない。 ……確かに、この姿になる事が予測できていたのかは私たちが推測出来る範疇に無いと思う。だけど、その人物は確実にここを“見てる”と思う」
導師の推論は場をざわつかせた。やはりナトリウムとルビジウムはよくわかっていない様子だが、ルビジウムは皆の様子に不安になったのか泣き出した。
「るびー、だいじょーぶだよ」とナトリウムは頭を撫でるが、ルビジウムは嗚咽をもらしながら泣き続けている。
「……まぁ、ともあれ我々はどうすべきかを考えねばならない」
「ウラノピスキスがいるからこそ行けない場所がある、もしかしたらその場所に何かがあったりするのかな……隠したいものがあるとか」
リチウムは閃いたように言い、鉄も確かに! と頷いたが、他の皆はうーんと唸った。
「わざわざ隠す必要あるかな」
「実験でしょ? 僕たちを試してるなら何かしら残してるかも」
「考えづらいが、仮にその張本人が我々が考える人物像ではなく、全く想像のつかないようなものだとすれば、あるいは」
金の言葉に、導師は一瞬考え込む。
「……人間と、君たちの違い」
「違い?」とリチウムは聞き返した。
「感情の数、かなって。人間には善意と悪意があって、その上で様々な感情を持って行動するし話すんだ。でも君たちはほとんど裏表がない。悪意を持たないのは基本的な動物、悪意を持つのは人間だけ……そう言われることがある。だから、魔法使いと言えど人間だから、もっと複雑な思考回路があるかもしれない。 ……し、ナトリウムみたいに直線的な感情と思考回路の可能性もある」
「なるほど。人はもっと複雑か」
「あー! 分かんねえ!!」
髪をくしゃっと掻きながら鉄は叫んだ。
「もうアイツら倒しちまえばいいよ!」
「それはそれで危険だから話してるんだけどね」と苦笑しながらリチウムは言った。
「……導師、君はどうすべきだと思う? 君の言葉で、我々を導いてくれないだろうか」
金は真っ直ぐ見据えて言う。導師はその瞳に弱かった。ただどうすべきか、どうするのが正解なのかわからなかった。
彼らの願いは争いではなく平和。ならばそれでいいのでは無いだろうか。無闇に争う必要は無い。人間ならばここで戦いに行く者もいるだろうが、エネルギー源の鉱石が定期的に再生するとはいえ、彼らは人間ほど頑丈ではない。いっそのこと全て忘れてしまえればいい。
──私はただ、知りたいだけだ。この星の事を。
導師は言った。
「──無理に突っ込まなくていいと思う。このまま、日常を過ごせば……」
「でもよぉ、干渉してきたんだろ? やばいじゃんか!」
「私としては、間接的にでも奴の声が聞こえた、干渉されたのは不快だ。奴の思い通りにさせたくない」
鉄と金はそう言うが、リチウムやセシウムはうーんと唸っていた。
「なんかむずかしいよなぁ、からかってんじゃねーの?」とカリウムの言葉で導師ははっとした。
「確かに、ただ弄んでいるだけかもしれない。全て計算済みで、こうしている間にもきっとこっちを見ている」
「……やはり、直接会いに行くしかないだろうか」
金はふとそんなことを呟いた。
技術力としては可能だろうが、外部の環境にどれだけ対応するのか計り知れない状況でのそれはかなり危険だろう。あまり現実的とは言えない。
不意にユグニウムが導師の頬を舐めた。驚き抱き上げると、次は頬擦りしてくるその姿に妙な安心感を覚えた。飼っていた犬や猫を思い出し、何だか懐かしくなった。
「ユグ、君は元の群れに戻りたいと思う?」
導師の問いに、ユグニウムは答えずにただ導師の躰に頭を擦り付け、手に尾を絡めている。ここにいたい、ということだろうか。
幼いながらに何かを感じ取っている、ルビジウムとどこか似ている。
ナトリウムは身を乗り出してユグニウムの背を撫でた。
「一先ず、研究結果が出るまで待つか」
そう言って金は立ち上がり、広間を出て行った。
「なんかなぁ、ドクターはなんであんなこと言ったんだ?」
鉄の言葉にずきりと胸が痛んだ。理由は定かではないが、彼はウラノピスキスを全て排除すれば終わるとでも思っているのだろうか。
「鉄、もし仮にあそこにいる彼らを駆逐したとして、それで終わると思う?」
静かに問いかけると、鉄はうーんと考え始め、あっと声を出した。
「もしかして、またこっちに増えたりするのか?」
「どれだけの数棲息しているかは不明なだけ、蟻の数だけいたとしたら、ただこちらが消耗するだけで何も誰も得しない。だから無闇に手を入れるのは得策じゃない」
蟻の数という例えは理解出来ないだろうが鉄は何となく察したようで「確かにそうか」と納得した。
「でも、ボクたちにできることってないんでしょうか」
セシウムは腕を組んでずっと考えていたようで不安そうな表情で言った。
「ただもしも、万が一にでも攻めてきたらと考えたら、その時の為に準備をしておくのはいいかもね」
そう言うもセシウムはそうですね、と返事をしつつまだ不安そうだった。
「ゆーぐーあそぼー」はナトリウムは呑気にユグニウムの尾を引っ張っている。
「……うぅ、ぼくたち、どうなるの……?」
ただ一人、ルビジウムはずっと泣いていた。
*
その鱗や皮膚は、放射線や温度変化などの変質的な宇宙空間に対応する強靭な生体高分子で構成され、鰭には複数の超小型の噴出口があり、そこから超高密度のプラズマが噴出される仕組みで、尾や鰭は推進力を利用して舵を漕ぐ為の装飾、そしてそのエネルギー源となるのはソーラーパネルのような特殊細胞によって吸収される恒星の光。光は貯蓄され電気自動車のような充電の役割を担う。電磁波探知能力を備え、あらゆる電波を拾い、更に視覚も発達している為、赤外線や紫外線を捉え、周囲を把握することが出来る。岩石を食べることがあるがその理由は判明していない。
この銀河棲生物はかなり特殊な、宇宙空間に適応した生物であることが分かった。
セリウムは硬く閉ざされた皮膚の一部を採取した物を試験管に入れ、様々な反応を見た。そもそも採取するのにかなり手間を掛けたのでかなり頑丈な造りである事は承知だったが、あらゆる物質に一切反応しないのを改めて見ると、戦闘部隊そのものが気休めでしか無かったことを思い知らされた。
完全に倒すことは不可能だ。だが、外部の光が届かないこの星で、この生命体が活動できるには理由があるはずだ。その栄養源さえ分かれば対処できるだろう。
もう一度Mへ行くべきだろうか。金へ頼んで配置してもらおうか、そう悩んでいると、視界の端から何かが覗き込んでいるのに気が付いたセリウムは「見学か?」と話しかけた。
「おやおや、そんなことないですよぉ。セリウムの旦那ぁ、何かお困りかなぁと思いまして」
手を擦り合わせて下からにこにこと覗き込む銀にセリウムは苦笑した。
第四楽章:権謀術数
第16番:玩具
「――ところで、この脚本はどこまで続くんだ?」
ティアは天を見上げた。
「私のセリフ、どれもつまらないどころか、ここまで全く面白みがないな」
足元に漂う惑星をただじっと見下ろした。
「観測者たち、これを見ているんだろう? 私には、どうも結末が分かりきってしまって全くつまらないんだ。きっと、このまま謎が全て解け、私が真の悪役として登場するか、はたまた銀河棲生物と戦って……ああ、本当につまらない。
“宇宙の真理を覗き見る時、真理もまた、こちらを覗かんとしている。”
この言葉の意味を理解できる観測者はさてどれだけいるだろうね? 主は何も創造神を指す言葉ではないよ。そう、今もずっとこちらを観測している存在。届きそうで届かない、このもどかしさこそ、研究の意義ではないか。 ……そうでしょう?」
ふと、掌を天に向け、その上に白い炎を出す。その中に映る登場人物たちを冷めた目で見つめ、さっと炎を握り消した。
「“完璧”とは、何を指すだろう? 円? 凹凸のない無限に等しいこの宇宙? ……完璧とは、その美しさとは、“歪み”だ。歪みこそ完璧で美しく、愛おしい。歪みこそが真理、その歪みを生み出すのはいつだって第三者だ。一対一では生み出せない異分子による介入、それこそ最も美しい。 ……ねぇ、観測者諸君?」
笑みを浮かべながら、どこかをじっと見つめた。
「この物語に意味があると思う? 彼らの物語に、価値はあると思う? そもそも、この星を知っている?」
足元に漂う惑星を足蹴にするように片足をぱたぱたと動かした。
「メカロニクス。第五銀河の最初の惑星。鉱石と機械で構成された天王星型惑星。ただそれだけの惑星に、私が手を入れた。私の研究の一環なんだ。特定の惑星の元素を抽出し、一つ一つの「巨大な人型の群れ」として再構成する実験。元素ごとの生体構成、その反応などを内部に意思疎通ができる者を送り込んで間接的に観測し研究する。さらにそこで特定の銀河棲生物だけを狂わせる「精神汚染電磁波」を打ち込む実験を同時に行い、惑星で何が起こるかを観測する……これがこの結末だよ。これがこの物語の答えだよ。ほら、君たちが求めるような意味などないでしょ。
けれどね、僕はまだ遊び足りない。今度は趣向を変えてみようと思う。面白くなるかは、彼ら次第かな。」
そこまで言うと、指を鳴らした。
舞台はメカロニクス学園。勉強、運動、恋に未来への希望と不安、青春と呼ばれる幼気な幻想が交差する舞台。主人公Aはこの春転入してきた少年で、天文学と歴史が好きな普通の少年だ。少年は金校長の元へ向かった。
「来ていただき感謝する、ドクター」
ドクターと呼ばれた少年Aは毅然とした態度で金を見上げている。
「今日から君は、我々の仲間だ。歓迎するよ」
しなやかな腕を伸ばし、握手を求めた金に少年Aは応え、あつい握手を交わした。
この日から所属することになる教室へ案内され、その扉の前で立ち止まり、ふぅ、と息を整える。教師の「入ってこいー」の声で入室した。
「今日から俺らと一緒に勉強する仲間だ!」
担任の鉄が少年Aを隣に立たせると笑顔で言った。クラスメイトとなる者たちは好奇の目で彼を眺め、ひそひそと話している。
「じゃあ自己紹介しような!」
促された少年Aは教室内をさっと見回し、「本日からこちらに転入しました、■■■■です、よろしくお願いします」と言い、頭を下げた。随分と硬い挨拶をするな、と再び教室内はざわめく。
「あっはっは! んなかたくならなくてもいいって! じゃ、リチウムの隣でいいな!」
鉄は豪快に笑いながら少年の背中を叩き、空いている席へ座るよう促した。
数歩歩いているだけで、彼はステージを歩いているような錯覚に陥った。それほどクラスメイトは異様な転入生に興味津々だった。そうしてリチウムの隣に腰を下ろすと、リチウムはにこりと笑い、よろしく、と挨拶をした。
「うし! じゃあ、次の時間までちゃんと準備しとけよー」
その鉄の言葉に続くようにチャイムが鳴り、セシウムの号令によって朝礼が終わった。その途端、クラスメイトがこぞって少年Aの元へ駆けつけた。どこから来たのか、何が好きか、どうしてこの学校へ来たのか、そう言った質問が次々に流れていく。しかしそれは少年Aの耳には届かなかった。正確に言えば、正しく聞き取れなかった。
自分はついこの間、メカロニクスに降り立った。しかし自分が何者か、初めこそ忘れていたが次第に思い出していた。だがそれよりも目の前にいるこの惑星の中で必死に生きている生命体と、この惑星そのもののなんとも形容し難い興味をそそるような事象、あるいは自然に興味が移ろい、自分自身のことなど些細なことでしかなく、自分もこの生命体たちの一員として認められたいと思うようになり、ただそれよりも事実を解明したいという研究者のような思考が脳を支配していった。それだけが確かなもので、現在進行形で行われている不可思議な茶番はなんなのだろう。なぜアルカリたちが生徒? 鉄が担任教師? そもそもまるで大ホールのようなこの空間が学校のように扱われている……違和感を持っているのは自分だけのようで――少年Aもとい導師は目の前の事実を受け入れることができないでいた。
現実なのだろうか? そう頭を高速回転させていると、肩を軽く叩かれた。
「大丈夫?」
リチウムが心配そうに顔を覗き込んでいた。大丈夫だ、と頷く少年Aにリチウムはまだ少し心配そうに笑みを作ると、「次の授業、高次数学だよ! 参考書とか持ってる? 持ってなければ一緒に使お!」と言った。
高次数学か、とすんなり受け入れ、持っていた鞄の中を漁る。しかし空だった。持っていないことを告げると、リチウムが自分の机の中を漁り、参考書を出した。そこには分厚い洋書があった。読めない言語でタイトルと副題が書かれてあるが、地球にある言語で間違いなさそうだった。少年Aは記憶を手繰り寄せた。ラテン語、それが一番近いと思ったが、やはり読み取れない。高次数学だと言っているのだから、そうなのだろうが、不確かなことをそのまま受け入れる器は持ち合わせていなかった。矛盾していた。その心の内に確かな疑惑や違和感があった。けれどそれは、周囲が続々と次の授業の準備に取り掛かる様子を見て聞き、次第にほぐれていく。リチウムに頼み、参考書を見せてもらうとぺらぺらとめくり始めた。地球では見たことがない内容だった。
――地球? 地球とは、何だったか。
頭が痛い、ずきずきと脳を刺激する痛みに耐えかね、額に手を当てる。周囲と自分自身の感じる時間の速度がずれていく感覚に陥る。そのままぐにゃりと空間が歪んでいく。
自分は生徒。メカロニクス学園の転入生。何を考える必要がある? 次の授業は高次数学だ、もうすぐ始まってしまう。筆記用具なども借りなければ、何も持ち合わせていないのだから。
そろそろチャイムが鳴るだろうか、と言う時にがらっと扉が開き、すたすたと長身の男が教室へ入ってきた。頭が硬そうで生真面目そうな学者風のその男は、チャイムが鳴る直前に教卓の上に授業の資料となるものを全て置き、それと同時にチャイムが鳴った。時間に正確で厳しい教師なのだろうことは見てとれた。そして、「私」は彼を知っていた。ここに来る以前の記憶で、知っていたのだ。
「号令を」と短くセシウムに促すと、セシウムはあっと短く反応し、号令をかける。
「それでは、授業を始めましょう。本日の題目は――」
学園とは名ばかりの、まるで研究室のような重い空気が漂い始めた。脳が理解を拒むように眠気を誘う授業。アルカリたちは早々に寝落ちていた。リチウム、セシウムは耐えていたが、厳しそうだ。かく言う少年Aすら、理解が出来ていなかった。高次数学など聞いたことも見たこともなかったからだ。そもそも数学Aや数学Bとは違う、専門的な内容の上をいく、もっと具体的かつ概念的で、もはや哲学に等しい数学的追求の内容は、狂気的と言わざるを得なかった。
「今回の授業では居眠りが多いな。全く」
教師は呆れたように軽く首を振り、気にせず続けるようだった。眠っている生徒よりも起きてしっかりと聞いている生徒へ向け、時間通りに予定している内容を伝えようと言うことだろう。この教師は居眠りをして授業を聞き逃してしまった生徒にも、職員室まで行ってしっかり聞きたい内容を質問すれば応えてくれる、生真面目だが懐が深いことで愛のある教師として密かに人気があった。アンティーク調でレンズが小さいミニラウンドを掛け、ペリドットのような美しい色の髪はこだわりなのかしっかりと目の上で切り揃えられ、細身だが鍛えられたその体躯に合わせて作られたスーツをしっかりと着こなしたその姿は、誰がどう見ても完璧で計算し尽くされた美しさがあった。ボイジャー・アインシュタインという名のこの数学教師は、少年Aにとって憧れの対象だった。
チャイムが鳴ったことで約一時間の高度な授業が幕を閉じた。少年Aはずっと教師の授業を聞いていたが、それよりも気になっていたことがあった。この惑星に来た時、彼の存在を感じるものは何もなかった。前にこの場所へ訪れた人間が残したものはどれも名前も聞いたことのないような研究者ばかりだったが、そもそもボイジャー・アインシュタインは宇宙学、天文学、数学、生物海洋学、物理学など様々な分野を跨いで事象解明などに尽力するストイックな学者で有名だった。そして今、彼はNASAの研究の一環で宇宙へ出ていた。少年Aが知っている彼はそもそも教鞭を執るような人ではなかった。同じ志を持つ者として多大な敬意と憧憬を持っていた。今ここで彼と会話ができるのであれば……少年Aはそう思うが早いか立ち上がり、教室を出て行くその背中を追いかけて行った。リチウムの声を背中で受け止めながら、しかしそれどころではなかった。
職員室へ入ろうとしたボイジャーを呼び止めた。
「先生」
「おや、私を呼び止めるとは。君は?」
「本日、転入してきました■■■■です」
「そうか。何か質問かね」
「はい、お時間よろしいでしょうか」
「構わないよ」そう言いつつ、ボイジャーは腕時計で時間を確認した。「ふむ。十分もないがいいかね」
「はい」と大きく頷いた少年Aにボイジャーは納得して職員室へ入り、荷物を自分の席へ置くと、応接スペースへ向かった。向かい合うように座り、長い足を組むと「何が聞きたいのかね」と促した。
「先生は、■■■■■という惑星をご存知ですか?」
――それは聞いてはいけないよ。ねぇ、導師。君は彼を知らないはずだ。私が勝手に適材適所でお招きした幻想に過ぎないんだから。今の彼はボイジャー・アインシュタイン先生、高次数学の担当で二年生の担任だよ。それ以上でも以下でもない。ほら、先生も困ってしまっているよ。
「授業に関係のない質問は遠慮願いたいが。君は何者だ? ここの生徒だろう? そして私が受け持つクラスの中で私の授業についていける優秀な生徒だ。あまり言いたくはないが、そういったことは」
ボイジャーがくどくどと説教を始めると、少年Aは呆気に取られていた。知っていると思い込んでいた、他人の空似でしかなかった。そもそも、誰を知っていたと言うのだろう。隙を見て少年Aは頭を下げて謝罪をした。
「すみません、どうしてこんなこと言ったのか……」
「仕方がない。そういうこともあるだろう。 ……さて、時間だ。君も次の授業があるだろう。戻って準備をしなさい」
「はい」
肩を下げて悶々としながら少年Aは教室へ戻っていった。
「――……ああ、ボイジャーは僕の友人なんだ。言っておくけれど、友人と言っても友情とかそんな退屈で悪趣味なものではないよ。そうそう、きっと君たちもどこかでまた出会うと思うよ。それにしても、意志が強いね。面倒だな」
ティアは足を組み替え、惑星を見下ろした。
「次はもうちょっと別の見方をしよう。次は誰を登場させようかな」
楽しげににこりと笑った。
第17番:探索
○第五銀河・第一惑星付近
?「(足を組み、大きな本を開く)第一銀河の第三惑星・オリジンアースから——(ノイズ)年越しに“船”が打ち上げられた。しかし、その船はわずか数分で事故を起こした。原因は不明、船は長い長い旅をすることとなった。そしてこの第五銀河に辿り着いた船は、第一惑星の近くまで来て、その引力に負けて落ちた。その装甲のおかげか、燃え尽きることもなく、中は比較的無事、そこにいた生命体は、第一惑星で発芽した生命体の一つに助けられた。(ページを捲る)重い気流体が渦巻き、オリジンアースなどに見られる海のような現象も確認されるこの惑星。過去に何度も人類が到達してしまう引力を持っている、この惑星——(本を閉じる)ティア・フォルシオン、……いや、真理の魔女。君はどういうつもりだ?」
(男は前で惑星を眺める三本腕の女を見て尋ねる)
ティア「何、シグ・カルディアン。君の朗読もっと聞いていたかったのに(男の方へ振り向く)」
カルディアン「(小さくため息をつく)僕はこの惑星を調査しにきたんだ。君がいると何も出来なくなってしまう。」
ティア「(可笑しそうに笑いながら)あら、僕がいたらだめなの? いいじゃない、同じ専門家でしょ?」
カルディアン「(首を横に振りつつ)全く違う。僕の専門は未知を探究し調査することにある。君の歪んだ思想とは相反するものだ。」
ティア「そう? ほとんど一緒だと思うけれど。この脚本だって、君だって、主が創造した作り物だってことくらい知っているでしょ?」
カルディアン「今は関係ない話だ。それに根拠のない絵空事には興味ない。机上論も結構だ。僕は自分の足と目で見たものしか信じないからね。」
ティア「(カルディアンを見つめ、諦めたようにため息をつく)……そう。好きにすると良い。僕はちょっと飽きてきたよ。退屈なんだ。その中でも一番退屈なのがここの生命体、元素たち。愚かなのは良いけれど、なんだか歪みが足りないんだ。君が好きそうな生命体が、たくさんいるよ。見てくると良いよ」
(ティアは軽く手を振ってどこかへ消えた)
カルディアン「……見てみよう。この星の歴史と、生命たちを。」
(指をぱちんっと鳴らして姿を消した)
× × ×
○第五銀河・第一惑星、「メカロニクス鉱力研究所跡地」前
(重い空気が漂う。ハロゲン電球の明かりがぽつぽつと見えるが、視界はほとんどぼやけている)
カルディアン「さて。大魔法使いの力でも見せてやろうか。」
(再び指をぱちんっと鳴らすと、範囲五キロメートルの視界が少しひらけた)
カルディアン「オリジンアースの空気で押すにも限界があるな。まあいい。まずはここだな。」
(読めない言語で書かれた看板のある、岩石の洞穴を見上げた)
カルディアン「ここは、過去に人類が踏み入れてから作られた拠点か。(洞穴の左を向く)隣には船の残骸があるな。(洞穴の中へ入る)さて、何が出てくるのやら……。」
(中は簡易的に作られた研究室のようで、石を削って作られた机に持ち込んだものだろう機材が無造作に置かれている)
カルディアン「生身の人間が入れば、そもそもこんな場所に長居できないだろう。魔女がわざわざ作ったものではないとすると、(しゃがんだり、機材を手に取ってみたりして)老朽化? 酸素ではない何かによって、例えば風とか、何かしらの原因によってここは朽ちているのか。それともここの生命体の仕業か?」
(カルディアンは隅々まで見て、地面に階段があることに気がつく)
カルディアン「地下があるのか。行ってみる価値はある。」
× × ×
○「メカロニクス鉱力研究所跡地」・地下室
(表の空気とは変わらないものの、どこか重たい雰囲気がある。上よりも一段と人工的なつくりで、中心には研究者にとって見知ったものが置かれていた。近くは書類やタブレット、半球状の蓋のようなものが転がっている)
カルディアン「デーモンコア実験をしたのか。三度目、であっているだろうか。前に記録を読んだことがあったが、そうか。(魔法で小型放射線測定器を取り出し、操作をする)放射線量もまだかなり残っている……そうか、ここは倫理も何もない場所なんだな。魔女が言うには、ここの生命体は元素で出来ていると聞いたが、デーモンコアがあるということは、これに関する元素生命体が生きてやしないだろうか。」
(カルディアンは周囲を見渡し、壁沿いの隙間に何かがいることに気がついた)
カルディアン「(物体に近づき)君、何をしているんだ」
(影はゆっくり振り向いた)
?「にんげん、にんげ、にんげん、にんげんにんげんにんげんッ‼︎ にんげんだ、にんげん、にんげんがいる、ああまた、またくりかえすのか! うう、くぅう、うう」
(半狂乱になり、叫び、頭を掻きむしり、壁に頭を打ちつけ始めた)
カルディアン「……ふむ。激しい憎悪を感じる。そして恐怖か。まるで……いや、よしておこう。他の生命体はどこにいるだろうか。」
(頭を打ち付ける生命体を視界から外して、再び室内を歩き始める)
カルディアン「タブレットか……書類……(それぞれ持ち上げ、タブレットは電源をつけようとしてみたり、書類は質感を確かめ、文字を細かく分析しようとコンパクトな拡大鏡を使って見る)タブレットは同じ種類のものが数台、しかしどれも電源がつかない。書類はなぜ残っているのか不明だが、触っても問題のない、ただのコピー用紙だな。ステーションでも使ったことがある一般的なものだ。ほとんどは手書きのようだ、筆記具は(近くに複数落ちている石を見て)これだな。この石を削って、書いたんだろう。(白紙の紙を持ってきて、そこに石で線を引く)うん、間違いない。ここで採れた鉱石か何かだろう。調べてみないことには成分などはわからないが。言語はどれもオリジンアースに存在する言語だが、過去に使用されていた言語ばかりだな。かなり古い……(拡大鏡で再び見ながら)二十世紀より、……いや十世紀以前か。欧州の言語が多いな。書いてあることはどれも研究内容、もしくはメモという感じだな。ステーションで既に研究し尽くされているものばかりだ。まあ、古い時代の人類のものなのだし、当たり前といえばそうか。何度も人類はここに引き込まれ、環境的にもすぐに全滅したのだろうな。ただ、時代が交差して現物が残っているのは、なかなか面白い。」
(再びめぼしいものがないか歩き出した時、カルディアンの背後から声が降ってくる)
?「人間?」
カルディアン「(後ろを振り向き)話ができそうな生命体が来たな。僕は研究者のカルディアンだ。」
ウラン「そう、私はウラン。何代目だったかは忘れたけれど、今までのことは覚えているよ。それにしても……(カルディアンを下から上へ流し見る)生身の人間は、初めて見たかもしれない。どうして生きているの?」
カルディアン「僕は魔法使いでね。自分の周囲にのみ魔法を使って適応できる。長居はするものではないがね。しかしウランか、記憶を継承する性質があるのだな。何代目、というのはそういうことだろう?」
ウラン「うん。ここで何が起きたのか、私たちが生まれた時とか……Dで何が起きてここに来たのか、とか。」
カルディアン「D? エリア区分があるのか?」
ウラン「そうだよ。一つずつ話しても良いけど、どうする?」
カルディアン「……(一瞬考え込み)いや、よそう。他のエリアも見ておきたい。」
ウラン「なら、Pとか、近くの枉磊の晶窟に行ってみるとか。」
カルディアン「なかなかユニークな名前だな。往来か。行ってみる価値はありそうだ。助かるよ。では僕はここを出るとしよう。」
ウラン「気をつけてね。」
(カルディアンは階段を上がっていった。ウランは心配そうにその背中を眺めていた)
第18番:交流
○「メカロニクス鉱力研究所跡地」
カルディアン「(周囲を見渡して)さて……近くに、枉磊の晶窟というのがあると言っていたな。行ってみるとしよう。」
(少し歩くと、船の残骸が行手を塞いだ)
カルディアン「これは、オリジンアースのエルピスの船か。(本を取り出し、ぱらぱらと捲る)……ふむ。パンドラの次の船だな。ただ、(船の外装や中を見て、触っていく)これが打ち上げたはいいものの、そのまま連絡手段が途絶えたか。だから魔法道具を併用しろとあれほど言ったのに……まあいい。乗っていた人間が助けられ、その後どうなったのかは、まだ不明だな。〈魔女の脚本〉はまだ確固たる証拠がない。この僕が、さっさと調査して本来の研究へ移りたいものだ。」
(船を通り過ぎ、魔法道具の小型反響定位装置を使用して、周囲を確認する)
カルディアン「(画面を確認する)ふむ。上方には岩石群、右にも何か反応があるな。左はなし、そして前方に(前方をじっと見据え、少し上を向く)巨大な何かがある。これが、例の枉磊の晶窟だろう。反響の仕方を見るに、山脈のようだな。」
(魔法を使い、飛んで正面へ向かう)
カルディアン「入口は……(周囲を見渡す)右の方に何かあったな。行ってみよう。」
(壁に手を置きながら右へ歩いていく)
○枉磊の晶窟・出入り口前
カルディアン「(前方に何かを見つけて立ち止まる)これは、ロボットか。しかもひとりでに複数体も動いているな。動力源はなんだ?(採掘をし続けるロボットの一つに近づき、持ち上げる)小型の採掘用ロボット、動力源はぱっと見た限りでは不明だが、持ち上げてもなお動き続けているのはシュールだな。」
採掘ロボ「(小さい駆動音を鳴らしながら両手を回し続けている)」
カルディアン「小さな働き者たちは、延々と掘り続けているのか。(入り口の奥へ目をやる)そしてここが、入口だな。後でロボットたちは解剖してみるとしよう。(その場にロボットを置くと、ロボットは再び鉱石を掘りに行った)」
(ロボットを避けながら坂道を下っていく)
○枉磊の晶窟・出入り口付近の中
カルディアン「(ベストの胸元から懐中時計を取り出し、時間を確認する)……時間の進みが早いな。まるで第一惑星のようだが、あれよりは遅いか。確か脚本に書いてあったか。(本を開いてぱらぱらと捲る)あった、96時間か。なるほど(本を閉じる)。このロボットたちが(足元の動き続けるロボットを見ながら)、延々動き続けても、(周囲にある鉱石と氷の群生を見る)これだけ多くの鉱石たちが未だ眠っているというのは、数時間か一日か、それだけの時間で再び元の状態に戻るのか。(しゃがんで近くの鉱石を見る)いや、重なるように生えているのを見るに、何も手をつけなければきっと埋め尽くすように生え続けるのだろうな。(立ち上がって前方を見る)ということは、先人たちは賢い戦略をとったわけだ。だが、環境が悪かったな。周囲の空気も鉱石も、洞窟自体ほとんど毒だ。(小型放射線測定器を取り出し、操作する)あの研究所跡地とそう変わらないレベルだな。」
(カルディアンは少し歩き、枝分かれした道を前に立ち止まる)
カルディアン「枝分かれの道か。未知の土地を探索するときは、無闇矢鱈に進むのは避けたいところ、まずは構造から理屈で解いてみるか。この晶窟はざっと調べたところだと横に長い山脈のようだった。高さは、濃い空気のせいで明瞭にわかるわけではないが、一千メートル以上はあるだろう。また後で上から確認してみるとして、問題は地下だな。前方はさらに下に伸びている。右はほぼ平行に道が伸び、左は逆に上に伸びている。生きた洞窟ならば、下に降るのは危険が伴うだろうし、かと言って上へ……(ぶつぶつと呟き続けると、足元のロボットに目がいった)ロボット……(ロボットたちは必ず右の方へ向かっていた)なるほど。行ってみる価値はあるな。」
(採掘を続けるロボットたちを踏まないようについていく)
カルディアン「(周囲を見渡しながら、時折カメラを取り出して写真を撮る)黒蒼に見せたらどう反応するだろうな。この星ごと欲しがったら……うむ。考えないようにしよう。しかし美しい星だな、オリジンアースとは違った趣がある。鉱石の星か、確か第一銀河か、第二銀河にあるアジュールも美しかったな。ここと似たような星だが、向こうはもっと(何かを見つけて立ち止まる)……生命体か。」
(影はカルディアンに気がついた)
?「あれ? 知らない人がいるよ!」
?「本当だな、てことは、ドクターの知り合い? とか?」
?「知り合いって、それはさすがに安直すぎじゃない?」
(二人はそう会話を交わして、カルディアンに近づいた)
鉄「あんたは異種だよな? よろしくな! 俺は鉄っていうんだ!」
カルディアン「鉄? 遷移金属の鉄の生命体か。なかなか珍しい。会えて光栄だ(握手を求めて手を差し出す)。」
鉄「おう!(ぱんっと音がなるほど思い切り払って握手をする)」
カルディアン「鉄らしい力強さだな。君は?」
リチウム「僕はリチウムだよ、よろしくね。」
カルディアン「リチウム! そうか、僕はカルディアンという。よろしく(握手を求めて手を差し出す)。」
リチウム「あっ、僕は握手はいいよ、きっと危ないからね。」
カルディアン「そうか、ならいい。」
鉄「ところで、あんたはなんでこんなところに? というか、生身で平気なのか? 異種じゃないとか?」
カルディアン「僕は魔法使いでね。特殊なんだ。普通の人間とは違う。」
鉄「へー! すっげえ! あ、じゃあドクター知ってるかな? なあ、うち来る?」
リチウム「ともかく先生たちに報告が先かな? というか、早く戻らないと。」
鉄「あ、それもそうだな。よし、あんたも来いよ!」
(鉄はカルディアンの腕を掴んで引っ張りながら奥へ歩いていく)
カルディアン「なかなか強引な方だな。」
リチウム「あはは、ごめんね〜。」
(リチウムはその後ろを歩き、三人で出口へ向かった。)
重工のメカロニカ
SFファンタジー、キャラクター小説、メタフィクション
"元素たちが息づく星で、作られた運命に挑む。これは、真理を求める魂の物語。"
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